新たなる工房、そして試作第一号・・
「魔界へようこそ。来るのは初めてかしら?」
とりあえずメルウィーナの誘いに乗り、彼女の作り出した転移陣で移動すること数刻、魔界にある魔王軍拠点の一つへと到着した。
もちろん来るのは初めてである。
頭上にのしかかる紫色の空も、周囲に繁茂する粘液を滴らせながら蠢く植物も…何もかもが生まれて初めて目にするものだ。というかただの人間がいきなり魔界に来て大丈夫なのだろうか…。
「心配する事は無いわ。貴方のように突然魔界に連れてこられる人間は他にも居るし、割とよくある事だわ。皆元気に暮らしてる。」
なる程…そういう事なら……
「ただ空気中の魔力濃度が濃いから人によっては性欲が強まったり精力が増したり、あと魔術の素養が上昇したりすることはあるわね…。」
「……。」
「…!?」
隣のエリスが無言でガッツポーズをしたがその意図は敢えて聞くまい。
「さて、早速貴方たちに来て貰った目的を説明したいのだけれど…」
そう言って彼女は数枚の資料を手渡してきた。
「ネオ…ゴーレム計画…?」
資料の表紙には大きな文字でそれだけが書いてある。
「そう、言わば新型ゴーレムの開発計画…或いは既存のゴーレムの改良計画と言い換えてもいいわ。」
「その二つは大分違うが大丈夫か!?」
「こ、細かい事はいいの!とにかく!今後の魔王軍における戦力向上の為、貴方たちに協力して欲しいのよ!!」
……。
突っ込みたい所は色々とあるが、とりあえずやりたい事はわかった。
が…
「人間を攻める兵器を人間に造らせると…?」
「だって貴方たち追われてたじゃない。敵の敵は味方って言うでしょ。それに不条理な制約にフラストレーションも溜まってたんでしょう?ここなら思う存分やりたい事が出来るわ。」
「……。」
「私は人間の発想や想像力を高く評価しているの。この手の事には新しい視点を取り入れる事が重要だわ。そして貴男の能力についてはそこのゴーレムを見る限り充分…。特に期限を定めるつもりも無いし、軽い気持ちでいいから試しにやってみない?その間の住む場所と身の安全は保障するから…あまり多くは出せないけど報酬も支払うわ。」
そう言って彼女は条件の羅列された紙を手渡してきた。
それを受け取りざっと目を通す。
内容は簡潔に纏めてあり特に怪しい所はない。多くは無いと言っていた報酬は、それでもかつての研究所の時のそれと比べて遜色ないものだった。仕事を首になり職を探していたこの身にとっては渡りに舟、願ってもない好待遇である。
しかも期限が無いとは…人間とは比較にならない程長命な魔物ならではの時間感覚だろうか。四半期毎の成果報告を求められていたかつての研究所では考えられない事だ。企画部から矢継ぎ早に飛んでくる無茶な要求とその癖無駄に高圧的で厳しい査定にうんざりしていた自分にとってはむしろこの事の方が魅力的に映った。
あとは研究の目的、人間と敵対する事の是非についてだが…
「最後に確認したい。魔物が人を殺して食うという事は無いのだな?」
「勿論。魔物は人の『精を』食べるだけで殺す事は絶対にしないわ、…男は特にね。だから貴男の研究が人に不幸をもたらすような結果にはならないから安心なさい。徹底的に『平和利用』してアゲル♪」
…そういう事であるなら将来良心の呵責に悩まされるといった事もなさそうだ。
……浅はかだろうか?いや、そもそも現在自分は無職なのだ。選択の余地など実は端から無い。
「…わかった。正直私を過大評価しているように思えるが…協力させて貰おう。」
「ありがとう!!そう言って貰えると信じてたわ!じゃあ早速私たちの研究所へ案内しましょう…」
………、
……。
そして彼女に連れられ、魔界の街並みを歩いて移動する事更に数刻。
メルウィーナの魔術によりおそらく一瞬で目的地まで転移する事も出来たのだろうが、彼女の勧めで研究所までは歩いて向かう事にした。何せ初めての魔界であるため、街の様子を見てみて欲しいとの事だった。
…彼女なりに気を遣ってくれたのだろう。
で、その魔界の街並みはといえば思っていたよりも普通だった。技術水準或いは経済力の差か、道路や建築物はこれまで見てきた人間の街よりはかなり綺麗に整備されている。その他の違いと言えばやや性的な雰囲気を漂わせる店がやたら多く目につく位だろうか。
住民は当然魔物ばかりであったがごくまれに人間の男性を見掛ける事もある。しかし彼らも必ず一人以上の魔物と共に行動していた。
「一応忠告しておくけど街中を男性が一人で歩くのはやめておいた方がいいわ。理由は…まぁ言わなくても分かると思うけど。」
「ああ…。」
好奇…あるいはそれ以上の感情を秘めた視線が次々と突き刺さるのを嫌でも感じていた。そして時折視線の主へと目を向ければ物凄い笑顔で手や翼や触手を振ってくるのだ。その勢いにやや面食らいながらもその度に軽く会釈をしてやり過ごす。
どうやら歓迎はされているようで一安心と思っておくことにした。
「マスター、今後買い物やその他の用事は私にお任せ下さい。」
「あぁ…うん。」
後ろをついてくるエリスが感情の消えたような声で呟いた。
「着いたわ。」
案内されたのは城と見紛うような巨大な建造物。脇には魔界複合研究所第ナントカ支部とかいう石碑があった。
「これは…すごいな。」
「全部が魔王軍の物ではないわ。民間の研究所から個人的な工房まで色々と入っているから…魔導兵器関連の研究棟はこっちね。」
そう言うメルウィーナの後をつき、広大なエントランスを抜けて右へと進む。大理石のように不思議な光沢を放つ石廊をしばらく歩いてゆくと妙な物が目についた。
露店である。
しかも多い。
「何故研究所の中にこんなに店が…」
店舗を持たず、箱や籠を持って何かをしきりに売り歩く者まで居た。
「あぁ、あれはここの研究員が勝手にやってる店舗ね。自分達の研究成果で製品化出来た物を個人的に販売したり試供品を配って感想を聞いたりしてるのよ。貴男も新しいゴーレムが出来たらああやって売ってもいいわ。特に申請は要らないから…あ、場所は早い者勝ちね?」
「………。」
とりあえず色々と自由である事は分かった。
「触手〜、触手は要りませんか〜?」
そのまま露店の間を歩いてゆくと触手売りの少女に捕まる。
「おや、王女殿下ではないですか!ご機嫌麗しゅう。…後ろの方は新入りですかね?」
「ええ、ゴーレム技師のロニーム。反魔領の街から攫ってきたの。仲良くしてあげてね?」
一応合意のもとについてきた訳で、ついでに言えば自分の居た街は厳密には反魔領ではないのだがいちいち訂正するのも面倒なので黙っている事にする。
「それはそれは…!魔界へようこそ!!あ、お近づきの印に触手をとうぞ、今月の新作です。」
「あ、ども…。」
そしてやや強引に白い卵のような物を持たされた。
なんだこれは。
「水をあげると芽が出ますので精液か愛液を毎日与えてあげてください。この他にも衣服型や装着型、ローパーの種等様々取り扱っておりますのでご入り用の際は植物系触手専門店「レナンセラ触手工房」をご贔屓に♪それでは〜♪」
そして最後に工房の宣伝をして彼女は去って行った。
何が何だかよく分からないが取りあえず触手が必要になったら訪ねてみよう。
「テンタクルゴーレムですか…」
「「ファッ!?」」
「いや、何でもありません。」
…エリスが何やら興味を示したが深くは聞かない事にする。
その後も様々な店や工房の者達に絡まれては試供品だの挨拶だのと称して様々な製品を貰わされてしまった。
触手の種数種に始まり絶頂薬、エクスタシーガススプレー、催淫音響爆弾、テンタクルアーマー、淫夢蟲、デーモンの召喚陣、その他よく分からない野菜や果実、キノコ等々…。
…だが、それらの名前と効果こそ一見ふざけているように見えるが、そこに込められている技術は凄まじいものだった。特にデーモンの召喚陣に代表されるような魔術符は紙や板等の物体に魔術式と魔力が封じられており、使用者が任意のタイミングで封入された魔術を発動出来るのだという。これを使えば魔術師でなくとも、或いは魔力切れを起こした状態であったとしても誰でも魔術を使用出来る。これが店で売っているということは、つまりここでは「魔法が買える」という事に等しい。しかも挨拶ついでにタダでくれる程安価で…。改めてこれまでの常識が通用しない世界に来たのだと思い知らされる。
…と、そうしている間に目的の部屋に着いた。
「さて、ここが今日からの貴方たちの工房兼住処よ。あまり広くはないけど好きに使ってもらって構わないわ。改造工事も勿論OK、中央棟1階にジャイアントアントの業者が居るから彼女に頼んでね?」
「………。」
彼女は広くないなどと言ったが居住スペースと実験室が分かれているだけで十分過ぎる程だ。少なくとも自分達が今朝まで住んでいたあの借り家より上等で広い、というか二人で使うにしては部屋の数が多い気がするが…
「ここでは研究の助手として魔物娘を二人まで付ける事が出来るの。彼女達は住み込みになるからそのための部屋ね。種族の希望があれば今ここで聞いておくわ、魔力操作が得意なサキュバスや魔女、力仕事にオーガやオークなんかが定番だけど…勿論夜伽役も兼ねているから他に気になる種族が居れば出来る限り手配して…」
「マスター!私ならそれ!全て出来ますから!!特に夜伽とか!夜伽とか!!」
「あー……エリスも居るからとりあえずはいいデス。」
「よっしゃああああああ!!!」
完全勝利したエリスが右腕を掲げた。
「そう…残念、気が変わったらまた言ってね?この枠を狙ってる娘は多いから…。それじゃああとは…あそこだけね。」
一旦荷物を置き、メルウィーナに連れられ施設の裏へと回る。
「なんだ…とっ………!?」
来るときには建物に遮られ見ることの出来なかった場所、果たしてそこには広大な湖が広がっていた。
ただしただの湖ではない、その湖面は漆黒……魔力溜まりである。
「この中規模の魔力溜まりは共用だから好きに使っていいわ。当面の実験には足りるでしょう?」
「……。」
足りるも何も規格外過ぎて言葉が出なかった。この湖の表層を掬い取るだけでも、ゴーレム1000体を運用してお釣りが来るだろう。そしてこの水深を考えれば……この魔界の王女はここで戦略級の魔導兵器でも造ろうとしているのだろうか。
「り、利用の申請はどうすればいい?あと一人あたりの利用上限とかは…?」
「そんなの特に決めてないわ。なんなら一人で使い切ってもいいのよ?『コレ』は元々私個人に割り当てられていたモノだから使い道は自由だし……。ただこの中に落ちないようにだけ気をつけてね?一回落ちたら最後、すぐに洗い落とせたとしてもたぶん一生イキっぱなしだから。」
「「……。」」
エリスと共に無言で後退る。
「…それじゃあ私はこれで失礼させてもらうわ。部屋の中に魔導通信機があるから何か必要な物があれば連絡をちょうだい。」
「あ、ああ…感謝する……。」
そう言ってメルウィーナは去ってゆく。エリスと二人、魔界の湖畔に取り残された形だ。図らずも午前中に二人で言い合っていた冗談が実現してしまった。たった一日であまりにも変わりすぎてしまった自らを取り巻く状況にしばし呆然とする。
「……。」
「……。」
「まあとりあえず…」
「補給ですか!?」
「疲れたから寝ようか。」
「そんな…魔界では人の性欲が強まる筈では……。」
「一日も経たないうちに影響が出たらそれはそれで考えものだ。」
昼過ぎからの逃避行でもう肉体的にも精神的にも疲労の限界である。細かい事は明日から考ることにし、寝床に入ることにした…。
……のだがそういえば昼間に「続きは夜」と言った事を思い出され、結局気絶するまで搾り倒されたのだった。
……、
…。
ーーそして数ヵ月後ーー
…結果として、研究は順調に進んだ。
魔界の環境や常識に順応するのにはやや労を要したが、それでも職場環境に限って考えれば以前より遙かに恵まれている。さらに宗教上の制約も無い。この事による影響が思いの外大きく、これまでやりたくともできなかった実験を全て試す事が出来た。
敢えて気になった事を挙げるとすればエリスの身体が心なしか肉付き良くなってきた気がする事だろうか。
「お前…なんか成長してないか?物理的に…」
「えへ♪具体的に ど こ が 成長してるんですかねぇ?そう思うなら触って確かめてくださいよ♪ホラホラぁ♪」
彼女は彼女でここに来て以来、ご覧の調子で浮かれまくっていた。というかゴーレムが成長ってどういう事なのだ?
「さあ!マスターのその手で!この身体を!触って!!まさぐって!!隅々までぇッ!!!…あ、あと精ください。」
「ダメに決まっているだろう。これから性能試験なんだからそんなドーピングみたいなマネが出来るか。」
「ぶーぶー。」
そう、今日はこれまでの研究成果のお披露目をする日。この魔王軍所有の実験場にて、強化したエリスの性能が試される。
メルウィーナは研究に時間的期限は設けないと言ったが、そうは言っても何かしらの区切りは必要だ。その事を話し合った結果、だいたい3ヶ月毎に進捗報告及び意見交換の機会を設けることになった。そして今回の試験は実戦形式だという。魔界に来てから開発した全ての機構を積み込んだエリスと共に、メルウィーナと対戦相手を待っていた。
「…じゃあせめて血液変換型精補給装置は外してもらえませんかね?もう要らないじゃないですかアレ。」
「いや、あれは緊急で補給が必要になった際に役に立つ。もしもの時の為に残しておいた方がいいだろう。」
そう、常にゆっくり補給が出来るとは限らないのだ。肝心な時にエネルギー切れなどという事態はなんとしても避けたい。
「それに血液ならば最悪戦場だろうと現地調達がきく。生存率を高める事を考えれば敢えて外しておく道理は無い。」
「いや、マスター以外の精では魔力変換効率がですね……あ、いいこと思い付きました!マスターがもっと早漏になればいいんですよ!1擦りで漏らしちゃう位に!!よし、そうと決まったら早速今夜から訓練しましょう!精一杯お手伝いさせていただきますよッ!!」
「お前は何を言っているんだ…。」
「ほうほう。それが噂の改良型ゴーレムかえ?」
そんなたわけた会話を続けていると突然背後から声がかかった。振り返ると、山羊の頭を模した杖を持つ一人の少女…と言うよりは幼女?が立っている。遅れてメルウィーナと更に別のサキュバスがもう一人現れた。
「おぬしがロニームじゃな?メルが反魔領から引き抜いてきたという…。わしは王立科学局所属魔導工学研究所魔導兵器課第23係、主任のエリドヴァンじゃ、気軽にエリーと呼んどくれ。…あ、因みに種族はバフォメットじゃよ、見たことはあるかな?」
「助手のフィネアです、どうも。」
見たことなどあるわけ無い。意図が分からず無言でメルウィーナへと視線を向けた。
「この計画に興味があるみたいだから王都から連れて来ちゃった♪せっかくだから試験に協力して貰おうと思ってね。」
今回の試験は実戦形式…つまりこのバフォメットと戦わせろという事だろうか…それは、さすがに聞いてない。
「案ずるでない、わしが直接戦りはせんよ。…こいつらでどうじゃ?」
そう言うと彼女は数秒間のうちに空中に魔法陣を描き上げ、その中心を手にした杖でコツンと叩いた。陣が輝き、中から何かが連続して現れる。
それは人型を模した何か…手に剣と盾を持ち二本脚で立つ漆黒の人形…。それらが計3体、彼女の前に整列した。
「『シャドウパペット』…魔術で作り出した兵隊じゃ。術者による直接操作、自律行動共に可能でそれぞれの戦闘力は下級勇者相当…これを3体同時で如何かな?」
「な…」
対勇者戦…。初めての戦闘試験でいきなりこれは厳し過ぎるのではないかとも思うが、考えてみればそのくらいでなければ魔王軍として運用する価値が無いという事だろう。
ならば受けて立たねばならない。もともとこちらも勇者にぶつける位のつもりで強化を施してきたのだ。
魔導技師としての魂に火が灯った。
「いいだろう!エリス、全ての装備を解放しろ。お前の力を見せてやれ!!」
「はい、マスター。」
これまで浮かれていた彼女の表情が引き締まった。
背中の装甲が割れ、中に格納されていた機構が展開されてゆく。溶けた泥砂が溢れ出し、身体を覆って固まる。彼女の半流体の肉体が、あらかじめ記憶されたとおりに変形してゆく…。
数秒後、そこには純白に輝く異形のゴーレムが立っていた。
…いや、浮いていた。
両腕・両脚に大型の追加装甲を纏い、背部には流線形のバックパックがまるで翼の如く展開されている。両脚の装甲は既にその機能を発揮し、各部に空いた噴出口から淡い燐光を放ちながら彼女の肉体を宙に浮かせていた。
「ほほう!中々の威容じゃの。…見掛け倒しでないことを祈るぞ?」
「…。」
バフォメットの意地悪な台詞には応えずただ不敵な笑みを浮かべ、エリスは闘技場へと飛び降りた。
対戦相手である3体の影人形がその後に続く。
闘技場の端と端、お互いにとって十分過ぎる間合いをとり対峙した。
「では…始め!」
メルウィーナの号令が響くと同時にまず影人形が動いた。3手に分かれ、そのうち中央の一体が真っ直ぐに突進。地面が爆ぜ、黒き光条と化したそれが一直線にエリスを刺し貫くべく襲いかかる。
が、彼女は微動だにせず…白に黒が交わったその瞬間、その影を腕の一振りで切り捨てた。
「なんと!」
バフォメットが驚嘆の声を上げる。
影人形を真っ二つにしたエリスの右腕には装甲が変化した長剣が伸びている。その刃はやはり肉体と同じ純白、しかし脚部から漏れるのと同様の青白い燐光を放っていた。
「流体性可変装甲の発展型だ。一度記憶させた形状へは瞬時に変形させられる。さらにあの刃は高速で流動回転する砂と魔力力場により切れ味を極限まで強化してある。岩だろうが鉄だろうがゼリーのようにスパスパ切れるぞ。」
「やりおる…。だが残り2体はどうかな?あの影人形も盾の部分は魔力で硬度を上げてあるのだぞ?」
一撃で撃破された一番槍の事など意に介さず、最初に分かれた2体が変則的な軌道を描きエリスの左右から迫る。バフォメットの言うとおり、エリスの剣を警戒してかその2体は左手に備えた盾を前面に構えている。
右方からの影、その盾にエリスの剣が触れた。接触面から光が迸り、盾に切れ込みが入る、…しかし両断には至らない。左手からはもう一つの凶刃が迫っていた。
ボッ…
退路は前方。エリスの両脚と背部ユニットが火が吹く。
盾に撃ち込んだ剣撃の反発力も利用し、前へと飛んだ。脚部の追加装甲が可能にするホバー移動により、地面を滑るように距離を取る。
影人形もまた、慣性を無視した直角の軌道を以て追跡を開始する。スピードは影人形が僅かに勝る。間合いを完全に詰められる前にエリスは反転し、正面に向けた左腕の装甲からアンカーを放った。
…ガキンッ!
甲高くも重い破砕音が響く。
エリスの腕から伸びたそれは彼女を追う黒き影の顔面に深々と突き刺さっていた。間髪入れず先頭の1体にめり込ませたそれを振り回し、もう1体にぶつける。
衝撃と絡まったワイヤーにより2体の動きが止まった。
生まれる一瞬の隙、そして好機。
その瞬間には既に、エリスは背部ユニットに装着された細長い砲を取り外し腰だめに構えていた。
青白い閃光が走り、爆音が轟く。
「一般的な収束火線砲だが…照準固定から発射までのスピードが早く、特に貫通性を強化してある。」
砂煙が巻き上がり、戦闘を観察していた4人を突風が襲った。
……。
「さて…」
煙が途切れてゆく。
果たして爆煙が晴れた先には、2体まとめて粉々に破壊された影人形が散らばっていた。
「ほうほうほう!やるではないか!やるではないか!!機動性、火力、反応性…!共に素晴らしい!しかし……全ての攻撃を回避していたようじゃが、耐久には自信が無いのかの?」
「そんな事は無い。エリスの肉体は耐久性、被弾時の再生能力共にゴーレムの枠を超えたと自負している。仮にあの影人形の攻撃を全て受けたとしても破壊される事はなかっただろう。」
……たぶん。
「ほほう、ではわしもちょっと試してみようかの。どれ…」
「ゑ?」
そう言うが早いかバフォメットは闘技場へとピョンと飛び込んだ。その特異な杖を頭上に掲げ、クルクルと回し始める。
「来たれ万雷…さぁ束ねテ廻セ……」
「おい……」
桃紫色の空から幾つもの雷が落ちる。…彼女に向かって。
しかしその雷撃は杖の回転に束ねられエネルギーを増してゆく。そして彼女はその雷を纏った杖をエリスへと向けた。
「迸れ轟雷の奔流…収束雷撃砲〈サンダーボルトストリーム〉!!」
「ちょ…」
一瞬視界が白く染まる。彼女の杖から極太の光線が放たれ、エリスの肉体全てを飲み込んだ。膨張した空気が爆音を上げ、その衝撃派と爆風に吹き飛ばされそうになりながらも爆心地に眼を凝らす。
……、
…。
「す…素晴らしィ………!」
バフォメットが呟く。
エリスは無傷だった。
背部ユニットの翼状の部分を前方に折り曲げ、それで自らを覆うように防御し、更にその上から魔力障壁を展開している。その防御範囲とは対照的に、彼女の周囲には底の見えない大穴が口を開け、更にその境界は溶けた土が固まりガラス状に輝いていた。
「なんと美しい盾か!?しかもあれを受けきって尚ヒビ一つ入らんとは…予想以上じゃ!素晴らしい!素晴らしいぞ!!」
隣に戻ってきたバフォメットが興奮した様子で勝手な賞賛を述べる。最上位の魔物からの讃辞、本来であれば喜んで受け取るべきものだろう。しかしここでそれを受ける訳にはいかない。その前に今ここで、彼女に問い質さねばならないことがあった。
「……貴様!本気でエリスを破壊するつもりで撃ったな!?耐えきれなかったらどうするつもりだ!!」
エリドヴァンの襟首を両手で掴み持ち上げる。
相手が上級種族だろうが関係ない。エリスはゴーレムだが既に意志を得ている一つの命なのだ。それをたかが実験の中で殺されたのでは堪ったものではない。
「それとも所詮ゴーレムなど同胞ではないということか?どうなんだッ!!?」
…もしそうならばこれ以上ここで魔物に協力する事は出来ない。
「お、落ち着け!待つのじゃ!フィネア、こっちに来い!」
彼女は慌てた様子でメルウィーナの隣に居た自分の助手を呼び寄せた。
「この杖には先程放った魔術のエネルギーが僅かに残っておる。見ておれ、これを…」
「え…主任、何を…?」
見れば確かに、彼女の杖の先には先程の雷撃砲の名残である電流の火花が小さく散っていた。そしてその杖を助手の白衣で被われた肩にコツリと当てる。
「すまん…」(コツ…
「ぴぎゃあああああーーーーッ!!?」
その瞬間、彼女は背を仰け反らせ絶頂した。目は裏返り、股間から噴き出した液体が白衣の前を濡らしてゆく。
そして数秒後、糸が切れた様に自らが床に作り出した水たまりへと崩れ落ちた。
「はひーッ♥、ひっ♥…ひっ………♥」
「サンダーバードを知っておるか?肉体を傷付けず、性感のみを直接刺激する電擊を発射する魔物じゃ。わしの扱う雷撃には全てその性質を付加しておる。意志を持つ生物に当たった場合は破壊を行わず、皆『こう』なるわけじゃ。」
「おォっ♥、おぉおーーーッ♥♥」
そう言って今も床にへたり込み断続的な痙攣を続ける助手を指した。
彼女は未だ絶頂から降りてこられないらしく、目を明後日の方向にやりながら狂喜の笑みを貼り付かせている。口を開けば悲鳴にも似た嬌声が漏れるのみでとても言葉を紡げる状態では無い。
「こういう訳であるからしてあのゴーレムを破壊する意図は無かったのじゃ、分かっておくれ…?」
「……。」
持ち上げたままだったバフォメットを降ろす。
「そうか、悪かった。…だがそういうことは予め教えておいて欲しいものだな。」
「すまんかったのじゃ………してして!あのゴーレムの性能の話に行きたいのじゃが、わしの雷撃を防いだ最後のアレは魔力を感知して自動展開されるタイプじゃな?攻撃を受けてから展開までのスピードがあまりにも早い…一定以上の魔力量と距離がトリガーかの?」
「まぁ大まかにはその通りだが…機体に損傷を与えるレベルのエネルギーが一定範囲内に現れた時、自動的に展開されるように設定してある。常時展開していては魔力が持たなくてな…。」
「なる程なる程…。そこは改良の余地ありか…いや、運用次第では……」
「まあ個別の装備については後から幾らでも新しい物を搭載出来る。むしろこのゴーレム最大の特徴はそれを可能とする…」
「可変機構か…」
「その通り!固体から半流体へ肉体を自在に変化させることによりあらゆる武装が装備可能となる。しかも取り付けた武装を同化し取り込む事でその構造を記憶、いつでも瞬時に展開出来るのだ。」
「ほほう!?」
バフォメットが再度驚嘆の声を上げた。
そう、これこそがこの新型ゴーレムの真骨頂。スライムの様に常に流動している訳では無く、普段は硬度を維持しつつも必要な時だけ瞬時に半流体へと変化し肉体構造を組み換える。加工の仕方次第で固体にも流体にもなれる土の特性を最大限に活かした、ゴーレムの新たな形なのだ。
「それだけではない。半流体の肉体は衝撃を吸収する事で物理耐久性を高め、更に被弾時の再生能力も格段に向上させた。これが試験ナンバー01:ヴァリアブルゴーレムだ。さて、評価を聞きたい。」
試作1号機ではあるが、思い浮かぶ限り実用的な機能を盛り込んだつもりだ。更に追加武装によってこれから幾らでも強化出来る余地がある。はっきり言って開発のベースとするにはこれ以上無いスペックを誇ると自負している。
「いやはや…、いいものを見せて貰った。現時点での戦闘能力だけを見れば正直まあまあといったところじゃが将来性は十分。ただ惜しむらくは…」
そこまで言って彼女はエリスへと目を向けた。
「なんというかその……ばいんばいんじゃの…。もう少しコンパクトにならんか色々と…。」
「体積は内蔵出来る魔力量と武装の搭載数に直結する。コンパクトモデルを作る事は可能だが能力は大幅に低下して………あ、エリスの身体が生長したのはそういう…」
「ん?」
「いや、こちらの話だ。すまない。」
実験前にエリスに身体の成長について聞いたが彼女は彼女で武装の搭載と魔力量の増加に順応していただけなのだ。頭の片隅に引っかかっていた疑問が図らずも氷解した。
「まぁそういう訳であるからスペックを維持したままの小型化は現時点では困難と言わざるを得ない。」
「そうか…残念じゃ。その点はこちらでも研究してみよう。…さてメルよ。」
そう言って彼女はここまで沈黙を続けてきたもう一人の評価者を振り返った。
「わしとしてはこのまま量産を検討しても良いくらいだと思うんじゃが…おぬしはどう思う?」
「……。」
問われた先のメルウィーナはと言えば何やら難しい顔をしたまま俯いていた。
そして顔を上げ、言う。
「…ごめん!ボツ!!」
「なん…だと……」
「なん…じゃと……」
バフォメットと声がハモった。
「そのゴーレムの性能は認めるわ。でもね、そうじゃないの。」
「…と言うと?」
「最初に話を詰めておかなかった私の落ち度なのだけれど…私達が人間の都市を攻める理由は分かる?」
「そりゃ魔界の勢力拡大の為に…」
「そこからして違ーうッ!!私達が欲しいのはそこに住む人なの!男なの!!領土や城なんてオマケのオマケなのよォ!!それなのにこんな殺傷兵器を持って行ったら本末転倒でしょうが!!」
「「あ…」」
言われてみればそのとおりである。彼女はゴーレムを平和利用すると言っていたが非殺傷兵器を求められているという所まで考えが回らなかった。
だがしかし!こういった運用目的の変化にも柔軟に対応出来る所がヴァリアブルゴーレムの利点でもある。
「ならば非殺傷性の武装を新たに開発して載せればいい。確か魔界銀とかいう便利な素材があっただろう。」
「そ、そうじゃな。火器の類もわしがさっきやったように魔力付加すればよかろうし。今度やり方を教えてやろう。」
しかしこのリリムはまだ納得しない様子だ。
「そこまで出来れば及第点。…でもね、やっぱり貴男に期待していたのはそうじゃないのよ。勇者と互角に斬り結べる戦力なら今でも実は結構居るの。勿論それが増えれば上は喜ぶでしょうけど、そうじゃなくてもっとこう圧倒的な…見た瞬間に戦意を喪失する位圧倒的な力が欲しいの!!」
見た瞬間に戦意を喪失する圧倒的戦力がそんな事を言っている様はある意味滑稽ではあるのだが…突っ込み始めるときりが無さそうなのでとりあえず置いておく。
つまりリリムに匹敵する程の圧倒的プレッシャーをいちゴーレムに求められている訳だ。
「いや無理だろ…。」
「そんな事言わないでぇッ!!今回のデータはとりあえずプランBとして受け取っておくから!もうちょっと頑張ってみて!!お願いッ!!」
お願いときた。
まぁ確かに今の時点で不可能だと断ずるのは早計かもしれない。何しろ共用とはいえ湖一つ分の魔力が用意されており、時間に至ってはほぼ無限にあるのだ。
「うーん、しばらく考えてはみるが…あまり期待してくれるな?」
「ありがとう!期待して待ってるわ!!」
「だから期待するなと……」
…消えたァ!!
「大変じゃなお主も…。メルのやつもあれはあれで優秀な姉上達に追い付こうと必死なんじゃ。まぁあれの相手に疲れたらわしの所にでも来るがよい。相応のポストを用意するぞ?」
隣のバフォメットが同情めいた視線を送ってくる。…因みに彼女の助手はいまだアヘ顔のまま天国から帰って来ない。
「いや、有難い申し出だが大丈夫だ。彼女には新たな研究の場を与えて貰った恩義がある。せめてその恩には報いたい。」
「お主…いいやつじゃな……。魔導に関する技術相談ならいつでも乗るから何かあったらここに来い。では成功を祈る!」
そう言って何やら地図の書かれた紙を手渡すと彼女はアヘ顔の助手と共に消えていった。
後には自分とエリスの二人きり…
「…さて、我々も帰るとしよう。…どうしたエリス?」
実験場から舞い戻ってきた彼女の様子がおかしい。白磁の肌を仄かに紅潮させ、脚を内股にして震えている。そしてその目には涙が浮かんでいた。
「マスターが…私のためにバフォメット相手にあんな事を…私は!感激でございます…ッ!」
「それ結構前の話だなッ!!?」
…結局、感極まったエリスによりその後部屋で徹底的に搾り倒されたのだった。
とりあえずメルウィーナの誘いに乗り、彼女の作り出した転移陣で移動すること数刻、魔界にある魔王軍拠点の一つへと到着した。
もちろん来るのは初めてである。
頭上にのしかかる紫色の空も、周囲に繁茂する粘液を滴らせながら蠢く植物も…何もかもが生まれて初めて目にするものだ。というかただの人間がいきなり魔界に来て大丈夫なのだろうか…。
「心配する事は無いわ。貴方のように突然魔界に連れてこられる人間は他にも居るし、割とよくある事だわ。皆元気に暮らしてる。」
なる程…そういう事なら……
「ただ空気中の魔力濃度が濃いから人によっては性欲が強まったり精力が増したり、あと魔術の素養が上昇したりすることはあるわね…。」
「……。」
「…!?」
隣のエリスが無言でガッツポーズをしたがその意図は敢えて聞くまい。
「さて、早速貴方たちに来て貰った目的を説明したいのだけれど…」
そう言って彼女は数枚の資料を手渡してきた。
「ネオ…ゴーレム計画…?」
資料の表紙には大きな文字でそれだけが書いてある。
「そう、言わば新型ゴーレムの開発計画…或いは既存のゴーレムの改良計画と言い換えてもいいわ。」
「その二つは大分違うが大丈夫か!?」
「こ、細かい事はいいの!とにかく!今後の魔王軍における戦力向上の為、貴方たちに協力して欲しいのよ!!」
……。
突っ込みたい所は色々とあるが、とりあえずやりたい事はわかった。
が…
「人間を攻める兵器を人間に造らせると…?」
「だって貴方たち追われてたじゃない。敵の敵は味方って言うでしょ。それに不条理な制約にフラストレーションも溜まってたんでしょう?ここなら思う存分やりたい事が出来るわ。」
「……。」
「私は人間の発想や想像力を高く評価しているの。この手の事には新しい視点を取り入れる事が重要だわ。そして貴男の能力についてはそこのゴーレムを見る限り充分…。特に期限を定めるつもりも無いし、軽い気持ちでいいから試しにやってみない?その間の住む場所と身の安全は保障するから…あまり多くは出せないけど報酬も支払うわ。」
そう言って彼女は条件の羅列された紙を手渡してきた。
それを受け取りざっと目を通す。
内容は簡潔に纏めてあり特に怪しい所はない。多くは無いと言っていた報酬は、それでもかつての研究所の時のそれと比べて遜色ないものだった。仕事を首になり職を探していたこの身にとっては渡りに舟、願ってもない好待遇である。
しかも期限が無いとは…人間とは比較にならない程長命な魔物ならではの時間感覚だろうか。四半期毎の成果報告を求められていたかつての研究所では考えられない事だ。企画部から矢継ぎ早に飛んでくる無茶な要求とその癖無駄に高圧的で厳しい査定にうんざりしていた自分にとってはむしろこの事の方が魅力的に映った。
あとは研究の目的、人間と敵対する事の是非についてだが…
「最後に確認したい。魔物が人を殺して食うという事は無いのだな?」
「勿論。魔物は人の『精を』食べるだけで殺す事は絶対にしないわ、…男は特にね。だから貴男の研究が人に不幸をもたらすような結果にはならないから安心なさい。徹底的に『平和利用』してアゲル♪」
…そういう事であるなら将来良心の呵責に悩まされるといった事もなさそうだ。
……浅はかだろうか?いや、そもそも現在自分は無職なのだ。選択の余地など実は端から無い。
「…わかった。正直私を過大評価しているように思えるが…協力させて貰おう。」
「ありがとう!!そう言って貰えると信じてたわ!じゃあ早速私たちの研究所へ案内しましょう…」
………、
……。
そして彼女に連れられ、魔界の街並みを歩いて移動する事更に数刻。
メルウィーナの魔術によりおそらく一瞬で目的地まで転移する事も出来たのだろうが、彼女の勧めで研究所までは歩いて向かう事にした。何せ初めての魔界であるため、街の様子を見てみて欲しいとの事だった。
…彼女なりに気を遣ってくれたのだろう。
で、その魔界の街並みはといえば思っていたよりも普通だった。技術水準或いは経済力の差か、道路や建築物はこれまで見てきた人間の街よりはかなり綺麗に整備されている。その他の違いと言えばやや性的な雰囲気を漂わせる店がやたら多く目につく位だろうか。
住民は当然魔物ばかりであったがごくまれに人間の男性を見掛ける事もある。しかし彼らも必ず一人以上の魔物と共に行動していた。
「一応忠告しておくけど街中を男性が一人で歩くのはやめておいた方がいいわ。理由は…まぁ言わなくても分かると思うけど。」
「ああ…。」
好奇…あるいはそれ以上の感情を秘めた視線が次々と突き刺さるのを嫌でも感じていた。そして時折視線の主へと目を向ければ物凄い笑顔で手や翼や触手を振ってくるのだ。その勢いにやや面食らいながらもその度に軽く会釈をしてやり過ごす。
どうやら歓迎はされているようで一安心と思っておくことにした。
「マスター、今後買い物やその他の用事は私にお任せ下さい。」
「あぁ…うん。」
後ろをついてくるエリスが感情の消えたような声で呟いた。
「着いたわ。」
案内されたのは城と見紛うような巨大な建造物。脇には魔界複合研究所第ナントカ支部とかいう石碑があった。
「これは…すごいな。」
「全部が魔王軍の物ではないわ。民間の研究所から個人的な工房まで色々と入っているから…魔導兵器関連の研究棟はこっちね。」
そう言うメルウィーナの後をつき、広大なエントランスを抜けて右へと進む。大理石のように不思議な光沢を放つ石廊をしばらく歩いてゆくと妙な物が目についた。
露店である。
しかも多い。
「何故研究所の中にこんなに店が…」
店舗を持たず、箱や籠を持って何かをしきりに売り歩く者まで居た。
「あぁ、あれはここの研究員が勝手にやってる店舗ね。自分達の研究成果で製品化出来た物を個人的に販売したり試供品を配って感想を聞いたりしてるのよ。貴男も新しいゴーレムが出来たらああやって売ってもいいわ。特に申請は要らないから…あ、場所は早い者勝ちね?」
「………。」
とりあえず色々と自由である事は分かった。
「触手〜、触手は要りませんか〜?」
そのまま露店の間を歩いてゆくと触手売りの少女に捕まる。
「おや、王女殿下ではないですか!ご機嫌麗しゅう。…後ろの方は新入りですかね?」
「ええ、ゴーレム技師のロニーム。反魔領の街から攫ってきたの。仲良くしてあげてね?」
一応合意のもとについてきた訳で、ついでに言えば自分の居た街は厳密には反魔領ではないのだがいちいち訂正するのも面倒なので黙っている事にする。
「それはそれは…!魔界へようこそ!!あ、お近づきの印に触手をとうぞ、今月の新作です。」
「あ、ども…。」
そしてやや強引に白い卵のような物を持たされた。
なんだこれは。
「水をあげると芽が出ますので精液か愛液を毎日与えてあげてください。この他にも衣服型や装着型、ローパーの種等様々取り扱っておりますのでご入り用の際は植物系触手専門店「レナンセラ触手工房」をご贔屓に♪それでは〜♪」
そして最後に工房の宣伝をして彼女は去って行った。
何が何だかよく分からないが取りあえず触手が必要になったら訪ねてみよう。
「テンタクルゴーレムですか…」
「「ファッ!?」」
「いや、何でもありません。」
…エリスが何やら興味を示したが深くは聞かない事にする。
その後も様々な店や工房の者達に絡まれては試供品だの挨拶だのと称して様々な製品を貰わされてしまった。
触手の種数種に始まり絶頂薬、エクスタシーガススプレー、催淫音響爆弾、テンタクルアーマー、淫夢蟲、デーモンの召喚陣、その他よく分からない野菜や果実、キノコ等々…。
…だが、それらの名前と効果こそ一見ふざけているように見えるが、そこに込められている技術は凄まじいものだった。特にデーモンの召喚陣に代表されるような魔術符は紙や板等の物体に魔術式と魔力が封じられており、使用者が任意のタイミングで封入された魔術を発動出来るのだという。これを使えば魔術師でなくとも、或いは魔力切れを起こした状態であったとしても誰でも魔術を使用出来る。これが店で売っているということは、つまりここでは「魔法が買える」という事に等しい。しかも挨拶ついでにタダでくれる程安価で…。改めてこれまでの常識が通用しない世界に来たのだと思い知らされる。
…と、そうしている間に目的の部屋に着いた。
「さて、ここが今日からの貴方たちの工房兼住処よ。あまり広くはないけど好きに使ってもらって構わないわ。改造工事も勿論OK、中央棟1階にジャイアントアントの業者が居るから彼女に頼んでね?」
「………。」
彼女は広くないなどと言ったが居住スペースと実験室が分かれているだけで十分過ぎる程だ。少なくとも自分達が今朝まで住んでいたあの借り家より上等で広い、というか二人で使うにしては部屋の数が多い気がするが…
「ここでは研究の助手として魔物娘を二人まで付ける事が出来るの。彼女達は住み込みになるからそのための部屋ね。種族の希望があれば今ここで聞いておくわ、魔力操作が得意なサキュバスや魔女、力仕事にオーガやオークなんかが定番だけど…勿論夜伽役も兼ねているから他に気になる種族が居れば出来る限り手配して…」
「マスター!私ならそれ!全て出来ますから!!特に夜伽とか!夜伽とか!!」
「あー……エリスも居るからとりあえずはいいデス。」
「よっしゃああああああ!!!」
完全勝利したエリスが右腕を掲げた。
「そう…残念、気が変わったらまた言ってね?この枠を狙ってる娘は多いから…。それじゃああとは…あそこだけね。」
一旦荷物を置き、メルウィーナに連れられ施設の裏へと回る。
「なんだ…とっ………!?」
来るときには建物に遮られ見ることの出来なかった場所、果たしてそこには広大な湖が広がっていた。
ただしただの湖ではない、その湖面は漆黒……魔力溜まりである。
「この中規模の魔力溜まりは共用だから好きに使っていいわ。当面の実験には足りるでしょう?」
「……。」
足りるも何も規格外過ぎて言葉が出なかった。この湖の表層を掬い取るだけでも、ゴーレム1000体を運用してお釣りが来るだろう。そしてこの水深を考えれば……この魔界の王女はここで戦略級の魔導兵器でも造ろうとしているのだろうか。
「り、利用の申請はどうすればいい?あと一人あたりの利用上限とかは…?」
「そんなの特に決めてないわ。なんなら一人で使い切ってもいいのよ?『コレ』は元々私個人に割り当てられていたモノだから使い道は自由だし……。ただこの中に落ちないようにだけ気をつけてね?一回落ちたら最後、すぐに洗い落とせたとしてもたぶん一生イキっぱなしだから。」
「「……。」」
エリスと共に無言で後退る。
「…それじゃあ私はこれで失礼させてもらうわ。部屋の中に魔導通信機があるから何か必要な物があれば連絡をちょうだい。」
「あ、ああ…感謝する……。」
そう言ってメルウィーナは去ってゆく。エリスと二人、魔界の湖畔に取り残された形だ。図らずも午前中に二人で言い合っていた冗談が実現してしまった。たった一日であまりにも変わりすぎてしまった自らを取り巻く状況にしばし呆然とする。
「……。」
「……。」
「まあとりあえず…」
「補給ですか!?」
「疲れたから寝ようか。」
「そんな…魔界では人の性欲が強まる筈では……。」
「一日も経たないうちに影響が出たらそれはそれで考えものだ。」
昼過ぎからの逃避行でもう肉体的にも精神的にも疲労の限界である。細かい事は明日から考ることにし、寝床に入ることにした…。
……のだがそういえば昼間に「続きは夜」と言った事を思い出され、結局気絶するまで搾り倒されたのだった。
……、
…。
ーーそして数ヵ月後ーー
…結果として、研究は順調に進んだ。
魔界の環境や常識に順応するのにはやや労を要したが、それでも職場環境に限って考えれば以前より遙かに恵まれている。さらに宗教上の制約も無い。この事による影響が思いの外大きく、これまでやりたくともできなかった実験を全て試す事が出来た。
敢えて気になった事を挙げるとすればエリスの身体が心なしか肉付き良くなってきた気がする事だろうか。
「お前…なんか成長してないか?物理的に…」
「えへ♪具体的に ど こ が 成長してるんですかねぇ?そう思うなら触って確かめてくださいよ♪ホラホラぁ♪」
彼女は彼女でここに来て以来、ご覧の調子で浮かれまくっていた。というかゴーレムが成長ってどういう事なのだ?
「さあ!マスターのその手で!この身体を!触って!!まさぐって!!隅々までぇッ!!!…あ、あと精ください。」
「ダメに決まっているだろう。これから性能試験なんだからそんなドーピングみたいなマネが出来るか。」
「ぶーぶー。」
そう、今日はこれまでの研究成果のお披露目をする日。この魔王軍所有の実験場にて、強化したエリスの性能が試される。
メルウィーナは研究に時間的期限は設けないと言ったが、そうは言っても何かしらの区切りは必要だ。その事を話し合った結果、だいたい3ヶ月毎に進捗報告及び意見交換の機会を設けることになった。そして今回の試験は実戦形式だという。魔界に来てから開発した全ての機構を積み込んだエリスと共に、メルウィーナと対戦相手を待っていた。
「…じゃあせめて血液変換型精補給装置は外してもらえませんかね?もう要らないじゃないですかアレ。」
「いや、あれは緊急で補給が必要になった際に役に立つ。もしもの時の為に残しておいた方がいいだろう。」
そう、常にゆっくり補給が出来るとは限らないのだ。肝心な時にエネルギー切れなどという事態はなんとしても避けたい。
「それに血液ならば最悪戦場だろうと現地調達がきく。生存率を高める事を考えれば敢えて外しておく道理は無い。」
「いや、マスター以外の精では魔力変換効率がですね……あ、いいこと思い付きました!マスターがもっと早漏になればいいんですよ!1擦りで漏らしちゃう位に!!よし、そうと決まったら早速今夜から訓練しましょう!精一杯お手伝いさせていただきますよッ!!」
「お前は何を言っているんだ…。」
「ほうほう。それが噂の改良型ゴーレムかえ?」
そんなたわけた会話を続けていると突然背後から声がかかった。振り返ると、山羊の頭を模した杖を持つ一人の少女…と言うよりは幼女?が立っている。遅れてメルウィーナと更に別のサキュバスがもう一人現れた。
「おぬしがロニームじゃな?メルが反魔領から引き抜いてきたという…。わしは王立科学局所属魔導工学研究所魔導兵器課第23係、主任のエリドヴァンじゃ、気軽にエリーと呼んどくれ。…あ、因みに種族はバフォメットじゃよ、見たことはあるかな?」
「助手のフィネアです、どうも。」
見たことなどあるわけ無い。意図が分からず無言でメルウィーナへと視線を向けた。
「この計画に興味があるみたいだから王都から連れて来ちゃった♪せっかくだから試験に協力して貰おうと思ってね。」
今回の試験は実戦形式…つまりこのバフォメットと戦わせろという事だろうか…それは、さすがに聞いてない。
「案ずるでない、わしが直接戦りはせんよ。…こいつらでどうじゃ?」
そう言うと彼女は数秒間のうちに空中に魔法陣を描き上げ、その中心を手にした杖でコツンと叩いた。陣が輝き、中から何かが連続して現れる。
それは人型を模した何か…手に剣と盾を持ち二本脚で立つ漆黒の人形…。それらが計3体、彼女の前に整列した。
「『シャドウパペット』…魔術で作り出した兵隊じゃ。術者による直接操作、自律行動共に可能でそれぞれの戦闘力は下級勇者相当…これを3体同時で如何かな?」
「な…」
対勇者戦…。初めての戦闘試験でいきなりこれは厳し過ぎるのではないかとも思うが、考えてみればそのくらいでなければ魔王軍として運用する価値が無いという事だろう。
ならば受けて立たねばならない。もともとこちらも勇者にぶつける位のつもりで強化を施してきたのだ。
魔導技師としての魂に火が灯った。
「いいだろう!エリス、全ての装備を解放しろ。お前の力を見せてやれ!!」
「はい、マスター。」
これまで浮かれていた彼女の表情が引き締まった。
背中の装甲が割れ、中に格納されていた機構が展開されてゆく。溶けた泥砂が溢れ出し、身体を覆って固まる。彼女の半流体の肉体が、あらかじめ記憶されたとおりに変形してゆく…。
数秒後、そこには純白に輝く異形のゴーレムが立っていた。
…いや、浮いていた。
両腕・両脚に大型の追加装甲を纏い、背部には流線形のバックパックがまるで翼の如く展開されている。両脚の装甲は既にその機能を発揮し、各部に空いた噴出口から淡い燐光を放ちながら彼女の肉体を宙に浮かせていた。
「ほほう!中々の威容じゃの。…見掛け倒しでないことを祈るぞ?」
「…。」
バフォメットの意地悪な台詞には応えずただ不敵な笑みを浮かべ、エリスは闘技場へと飛び降りた。
対戦相手である3体の影人形がその後に続く。
闘技場の端と端、お互いにとって十分過ぎる間合いをとり対峙した。
「では…始め!」
メルウィーナの号令が響くと同時にまず影人形が動いた。3手に分かれ、そのうち中央の一体が真っ直ぐに突進。地面が爆ぜ、黒き光条と化したそれが一直線にエリスを刺し貫くべく襲いかかる。
が、彼女は微動だにせず…白に黒が交わったその瞬間、その影を腕の一振りで切り捨てた。
「なんと!」
バフォメットが驚嘆の声を上げる。
影人形を真っ二つにしたエリスの右腕には装甲が変化した長剣が伸びている。その刃はやはり肉体と同じ純白、しかし脚部から漏れるのと同様の青白い燐光を放っていた。
「流体性可変装甲の発展型だ。一度記憶させた形状へは瞬時に変形させられる。さらにあの刃は高速で流動回転する砂と魔力力場により切れ味を極限まで強化してある。岩だろうが鉄だろうがゼリーのようにスパスパ切れるぞ。」
「やりおる…。だが残り2体はどうかな?あの影人形も盾の部分は魔力で硬度を上げてあるのだぞ?」
一撃で撃破された一番槍の事など意に介さず、最初に分かれた2体が変則的な軌道を描きエリスの左右から迫る。バフォメットの言うとおり、エリスの剣を警戒してかその2体は左手に備えた盾を前面に構えている。
右方からの影、その盾にエリスの剣が触れた。接触面から光が迸り、盾に切れ込みが入る、…しかし両断には至らない。左手からはもう一つの凶刃が迫っていた。
ボッ…
退路は前方。エリスの両脚と背部ユニットが火が吹く。
盾に撃ち込んだ剣撃の反発力も利用し、前へと飛んだ。脚部の追加装甲が可能にするホバー移動により、地面を滑るように距離を取る。
影人形もまた、慣性を無視した直角の軌道を以て追跡を開始する。スピードは影人形が僅かに勝る。間合いを完全に詰められる前にエリスは反転し、正面に向けた左腕の装甲からアンカーを放った。
…ガキンッ!
甲高くも重い破砕音が響く。
エリスの腕から伸びたそれは彼女を追う黒き影の顔面に深々と突き刺さっていた。間髪入れず先頭の1体にめり込ませたそれを振り回し、もう1体にぶつける。
衝撃と絡まったワイヤーにより2体の動きが止まった。
生まれる一瞬の隙、そして好機。
その瞬間には既に、エリスは背部ユニットに装着された細長い砲を取り外し腰だめに構えていた。
青白い閃光が走り、爆音が轟く。
「一般的な収束火線砲だが…照準固定から発射までのスピードが早く、特に貫通性を強化してある。」
砂煙が巻き上がり、戦闘を観察していた4人を突風が襲った。
……。
「さて…」
煙が途切れてゆく。
果たして爆煙が晴れた先には、2体まとめて粉々に破壊された影人形が散らばっていた。
「ほうほうほう!やるではないか!やるではないか!!機動性、火力、反応性…!共に素晴らしい!しかし……全ての攻撃を回避していたようじゃが、耐久には自信が無いのかの?」
「そんな事は無い。エリスの肉体は耐久性、被弾時の再生能力共にゴーレムの枠を超えたと自負している。仮にあの影人形の攻撃を全て受けたとしても破壊される事はなかっただろう。」
……たぶん。
「ほほう、ではわしもちょっと試してみようかの。どれ…」
「ゑ?」
そう言うが早いかバフォメットは闘技場へとピョンと飛び込んだ。その特異な杖を頭上に掲げ、クルクルと回し始める。
「来たれ万雷…さぁ束ねテ廻セ……」
「おい……」
桃紫色の空から幾つもの雷が落ちる。…彼女に向かって。
しかしその雷撃は杖の回転に束ねられエネルギーを増してゆく。そして彼女はその雷を纏った杖をエリスへと向けた。
「迸れ轟雷の奔流…収束雷撃砲〈サンダーボルトストリーム〉!!」
「ちょ…」
一瞬視界が白く染まる。彼女の杖から極太の光線が放たれ、エリスの肉体全てを飲み込んだ。膨張した空気が爆音を上げ、その衝撃派と爆風に吹き飛ばされそうになりながらも爆心地に眼を凝らす。
……、
…。
「す…素晴らしィ………!」
バフォメットが呟く。
エリスは無傷だった。
背部ユニットの翼状の部分を前方に折り曲げ、それで自らを覆うように防御し、更にその上から魔力障壁を展開している。その防御範囲とは対照的に、彼女の周囲には底の見えない大穴が口を開け、更にその境界は溶けた土が固まりガラス状に輝いていた。
「なんと美しい盾か!?しかもあれを受けきって尚ヒビ一つ入らんとは…予想以上じゃ!素晴らしい!素晴らしいぞ!!」
隣に戻ってきたバフォメットが興奮した様子で勝手な賞賛を述べる。最上位の魔物からの讃辞、本来であれば喜んで受け取るべきものだろう。しかしここでそれを受ける訳にはいかない。その前に今ここで、彼女に問い質さねばならないことがあった。
「……貴様!本気でエリスを破壊するつもりで撃ったな!?耐えきれなかったらどうするつもりだ!!」
エリドヴァンの襟首を両手で掴み持ち上げる。
相手が上級種族だろうが関係ない。エリスはゴーレムだが既に意志を得ている一つの命なのだ。それをたかが実験の中で殺されたのでは堪ったものではない。
「それとも所詮ゴーレムなど同胞ではないということか?どうなんだッ!!?」
…もしそうならばこれ以上ここで魔物に協力する事は出来ない。
「お、落ち着け!待つのじゃ!フィネア、こっちに来い!」
彼女は慌てた様子でメルウィーナの隣に居た自分の助手を呼び寄せた。
「この杖には先程放った魔術のエネルギーが僅かに残っておる。見ておれ、これを…」
「え…主任、何を…?」
見れば確かに、彼女の杖の先には先程の雷撃砲の名残である電流の火花が小さく散っていた。そしてその杖を助手の白衣で被われた肩にコツリと当てる。
「すまん…」(コツ…
「ぴぎゃあああああーーーーッ!!?」
その瞬間、彼女は背を仰け反らせ絶頂した。目は裏返り、股間から噴き出した液体が白衣の前を濡らしてゆく。
そして数秒後、糸が切れた様に自らが床に作り出した水たまりへと崩れ落ちた。
「はひーッ♥、ひっ♥…ひっ………♥」
「サンダーバードを知っておるか?肉体を傷付けず、性感のみを直接刺激する電擊を発射する魔物じゃ。わしの扱う雷撃には全てその性質を付加しておる。意志を持つ生物に当たった場合は破壊を行わず、皆『こう』なるわけじゃ。」
「おォっ♥、おぉおーーーッ♥♥」
そう言って今も床にへたり込み断続的な痙攣を続ける助手を指した。
彼女は未だ絶頂から降りてこられないらしく、目を明後日の方向にやりながら狂喜の笑みを貼り付かせている。口を開けば悲鳴にも似た嬌声が漏れるのみでとても言葉を紡げる状態では無い。
「こういう訳であるからしてあのゴーレムを破壊する意図は無かったのじゃ、分かっておくれ…?」
「……。」
持ち上げたままだったバフォメットを降ろす。
「そうか、悪かった。…だがそういうことは予め教えておいて欲しいものだな。」
「すまんかったのじゃ………してして!あのゴーレムの性能の話に行きたいのじゃが、わしの雷撃を防いだ最後のアレは魔力を感知して自動展開されるタイプじゃな?攻撃を受けてから展開までのスピードがあまりにも早い…一定以上の魔力量と距離がトリガーかの?」
「まぁ大まかにはその通りだが…機体に損傷を与えるレベルのエネルギーが一定範囲内に現れた時、自動的に展開されるように設定してある。常時展開していては魔力が持たなくてな…。」
「なる程なる程…。そこは改良の余地ありか…いや、運用次第では……」
「まあ個別の装備については後から幾らでも新しい物を搭載出来る。むしろこのゴーレム最大の特徴はそれを可能とする…」
「可変機構か…」
「その通り!固体から半流体へ肉体を自在に変化させることによりあらゆる武装が装備可能となる。しかも取り付けた武装を同化し取り込む事でその構造を記憶、いつでも瞬時に展開出来るのだ。」
「ほほう!?」
バフォメットが再度驚嘆の声を上げた。
そう、これこそがこの新型ゴーレムの真骨頂。スライムの様に常に流動している訳では無く、普段は硬度を維持しつつも必要な時だけ瞬時に半流体へと変化し肉体構造を組み換える。加工の仕方次第で固体にも流体にもなれる土の特性を最大限に活かした、ゴーレムの新たな形なのだ。
「それだけではない。半流体の肉体は衝撃を吸収する事で物理耐久性を高め、更に被弾時の再生能力も格段に向上させた。これが試験ナンバー01:ヴァリアブルゴーレムだ。さて、評価を聞きたい。」
試作1号機ではあるが、思い浮かぶ限り実用的な機能を盛り込んだつもりだ。更に追加武装によってこれから幾らでも強化出来る余地がある。はっきり言って開発のベースとするにはこれ以上無いスペックを誇ると自負している。
「いやはや…、いいものを見せて貰った。現時点での戦闘能力だけを見れば正直まあまあといったところじゃが将来性は十分。ただ惜しむらくは…」
そこまで言って彼女はエリスへと目を向けた。
「なんというかその……ばいんばいんじゃの…。もう少しコンパクトにならんか色々と…。」
「体積は内蔵出来る魔力量と武装の搭載数に直結する。コンパクトモデルを作る事は可能だが能力は大幅に低下して………あ、エリスの身体が生長したのはそういう…」
「ん?」
「いや、こちらの話だ。すまない。」
実験前にエリスに身体の成長について聞いたが彼女は彼女で武装の搭載と魔力量の増加に順応していただけなのだ。頭の片隅に引っかかっていた疑問が図らずも氷解した。
「まぁそういう訳であるからスペックを維持したままの小型化は現時点では困難と言わざるを得ない。」
「そうか…残念じゃ。その点はこちらでも研究してみよう。…さてメルよ。」
そう言って彼女はここまで沈黙を続けてきたもう一人の評価者を振り返った。
「わしとしてはこのまま量産を検討しても良いくらいだと思うんじゃが…おぬしはどう思う?」
「……。」
問われた先のメルウィーナはと言えば何やら難しい顔をしたまま俯いていた。
そして顔を上げ、言う。
「…ごめん!ボツ!!」
「なん…だと……」
「なん…じゃと……」
バフォメットと声がハモった。
「そのゴーレムの性能は認めるわ。でもね、そうじゃないの。」
「…と言うと?」
「最初に話を詰めておかなかった私の落ち度なのだけれど…私達が人間の都市を攻める理由は分かる?」
「そりゃ魔界の勢力拡大の為に…」
「そこからして違ーうッ!!私達が欲しいのはそこに住む人なの!男なの!!領土や城なんてオマケのオマケなのよォ!!それなのにこんな殺傷兵器を持って行ったら本末転倒でしょうが!!」
「「あ…」」
言われてみればそのとおりである。彼女はゴーレムを平和利用すると言っていたが非殺傷兵器を求められているという所まで考えが回らなかった。
だがしかし!こういった運用目的の変化にも柔軟に対応出来る所がヴァリアブルゴーレムの利点でもある。
「ならば非殺傷性の武装を新たに開発して載せればいい。確か魔界銀とかいう便利な素材があっただろう。」
「そ、そうじゃな。火器の類もわしがさっきやったように魔力付加すればよかろうし。今度やり方を教えてやろう。」
しかしこのリリムはまだ納得しない様子だ。
「そこまで出来れば及第点。…でもね、やっぱり貴男に期待していたのはそうじゃないのよ。勇者と互角に斬り結べる戦力なら今でも実は結構居るの。勿論それが増えれば上は喜ぶでしょうけど、そうじゃなくてもっとこう圧倒的な…見た瞬間に戦意を喪失する位圧倒的な力が欲しいの!!」
見た瞬間に戦意を喪失する圧倒的戦力がそんな事を言っている様はある意味滑稽ではあるのだが…突っ込み始めるときりが無さそうなのでとりあえず置いておく。
つまりリリムに匹敵する程の圧倒的プレッシャーをいちゴーレムに求められている訳だ。
「いや無理だろ…。」
「そんな事言わないでぇッ!!今回のデータはとりあえずプランBとして受け取っておくから!もうちょっと頑張ってみて!!お願いッ!!」
お願いときた。
まぁ確かに今の時点で不可能だと断ずるのは早計かもしれない。何しろ共用とはいえ湖一つ分の魔力が用意されており、時間に至ってはほぼ無限にあるのだ。
「うーん、しばらく考えてはみるが…あまり期待してくれるな?」
「ありがとう!期待して待ってるわ!!」
「だから期待するなと……」
…消えたァ!!
「大変じゃなお主も…。メルのやつもあれはあれで優秀な姉上達に追い付こうと必死なんじゃ。まぁあれの相手に疲れたらわしの所にでも来るがよい。相応のポストを用意するぞ?」
隣のバフォメットが同情めいた視線を送ってくる。…因みに彼女の助手はいまだアヘ顔のまま天国から帰って来ない。
「いや、有難い申し出だが大丈夫だ。彼女には新たな研究の場を与えて貰った恩義がある。せめてその恩には報いたい。」
「お主…いいやつじゃな……。魔導に関する技術相談ならいつでも乗るから何かあったらここに来い。では成功を祈る!」
そう言って何やら地図の書かれた紙を手渡すと彼女はアヘ顔の助手と共に消えていった。
後には自分とエリスの二人きり…
「…さて、我々も帰るとしよう。…どうしたエリス?」
実験場から舞い戻ってきた彼女の様子がおかしい。白磁の肌を仄かに紅潮させ、脚を内股にして震えている。そしてその目には涙が浮かんでいた。
「マスターが…私のためにバフォメット相手にあんな事を…私は!感激でございます…ッ!」
「それ結構前の話だなッ!!?」
…結局、感極まったエリスによりその後部屋で徹底的に搾り倒されたのだった。
17/06/06 20:24更新 / ラッペル
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