ティリス攻略作戦〜教会編〜
ゴーン…
時計の針が午前１時を告げた。夜も深まり、日々多忙なこの街の住民も漸く皆寝静まる頃である。
「ふぁぁ…」
一人机に向かい書物を広げていたシスターは小さく欠伸を漏らした。
…此処は港街ティリスの中央区に建つそこそこに大きな教会である。昼間、特に休日ともなれば多数の市民が礼拝に訪れる。司祭を始め多くの牧師や修道女が勤めており、また見習いの少年少女も多い。
彼等は…身寄りの無い子供達がこの道を選ぶことが多いことも手伝って…多くが教会内に住み込みで生活していた。
…故に、起点としては理想的な場所であったのかも知れない。
読書を止め、本を書庫に戻すべく自室を発つ。ドアを閉め、回廊を左へ…。今彼女のいる区画は一つの円形の塔となっており、中央の吹き抜けを取り囲む様に各階に回廊が設置され、それぞれが階段で連結されている。回廊の途中、等間隔に設けられた大型の窓は星と月の光を効率的に取り込み、真夜中にもかかわらず燭台など必要ない程に進むべき道を照らしていた。
重厚な造りにしてある種洗練された美しさを併せ持つこの建造物の様相と窓より射し込む月光、そして彼女の他には人っ子一人見えない深夜の静寂は互いに調和し合い、どこか厳かな、そして神聖な雰囲気を醸し出している。
唯一つを除いて…
「どちら様でしょうか？貴方は。」
突然そう言い放って本を抱えたシスターは足を止めた。
彼女の前には誰もいない。
だが、
「あら…気づかれてしまいましたか…。」
その声は背後より聞こえた。彼女が振り向く。
すると彼女の視線の先、ちょうど窓を挟んだ向こう側の暗闇より、もう一人の修道女が姿を顕した。月の光を受けて輝く銀色の長い髪が揺れる。まるで暗闇に融けるような漆黒の法衣に包まれた身体は自分とは対照的に女性的な魅力に満ちた豊満なものである。彼女は優しげな微笑みをその顔に貼り付けながら、此方へ歩いて来た…ただ心からの純粋な善意しか感じられないその笑顔が、この状況ではかえって不気味だった。
「いつから気づいてらっしゃいました？」
「部屋を出てからずっと違和感を感じていました。空気が重いと言うか…何か禍々しい澱みのようなものが混ざっているというか…いつものこの時間の空気とは違った何かを…」
「毎日こんなに遅くまで…勤勉なのですね……
…、
…罪深いことです」
突然現れた不審なシスターは自分が投げ掛けた問いへの回答には興味を示さずにただそう告げる。
「…、そうですね…努力とは他者を凌ぐ為の行為。…勝負をすれば必ず勝者と敗者が生まれる。そして私のしている事は敗者を踏み台にして自らが勝者の側で在るための罪深い行為です。」
「そこまで理解して尚…貴女はそれを続けるのですか？」
闇より顕れた女は悲しそうな、いや、哀れむような目でこちらを見つめて問い掛ける…。
…なぜそんな目で見る。
仕方無いではないか、そうしなければ私は…
「それが…人間の世界です。皆そうして生きているのですから。」
「神様がそのように世界を創ったと？」
「そのとおり…です。神は厳父であり我々に試練を与え人を正しい方向へと導くのです。」
「その正しい方向というのがいったいどちらを向いているのか一度問い質してみたいところではありますが…意図的に一定数の敗者を生み出し、その犠牲の上に立ってさえ、満足な幸福を享受出来ない。今度は手に入れたその場所を守る事に腐心しなければならなくなる…勝者にも敗者にも苦難を振り撒くこの世界を神が創ったというならば…、
果たして貴女の信ずる『それ』は信仰に値する神でしょうか？」
「…やはり魔物…神を愚弄しますか。神は我々を愛しておられるのです！我々人間が道を誤らぬよう…」
「愛している？ならば何故『アレ』は人を救わない!?愛するものを救わず快楽を奪い苦痛を与える存在など正に邪神と呼ぶに相応しいモノではありませんか!!」
段々と追い詰める様に謎の修道女は近づいてくる。この回廊で最初に感じた禍々しい空気は今や絶大な気迫となって彼女より放出されていた。正面から押し寄せる得体の知れない力が肺を圧迫し、気を抜けば呼吸すら出来なくなりそうな有り様。しかし
「だ…黙りなさい！これ以上言うなら…ッ」
残った勇気を振り絞りこの真面目なシスターはなんとか声を絞り出すと後方へ跳躍んだ。同時に高速で詠唱を完了させると右手に光の槍を具現させる。
「貴女の云う神が貴女を愛しているというのならッ、『それ』が慈悲深くも与えてくださった力を以てこの窮地を脱してみせよッ!!」
「言われなくともッ!!」
先程立っていた位置より数メートル後方へ右足で着地するとその反動を右腕に繋げた。体の中で力が線となって繋がるイメージ…全ての力を右手の先へと収束させ体全体をバネとして槍を放つ。光の槍は彼女の手より離れた瞬間、超加速し真っ直ぐ前方の魔物の胸へと…
…パリィン!!
「―!!?」
…吸い込まれる少し手前で砕け散った。
目の前の魔物は一歩も移動していない。先程と違う所といえば、その右腕は水平に横に伸びていた。即ち…
「ほら…」
素手であれを薙ぎ払ったというのか…
「…貴女の言う神の愛など…こんなものです。」
…あり得ない。亜光速で飛来する物質を視認し横から打ち砕くなど不可能だ。……不可能であってほしい。
ならば予測したとでも言うのか、相手の予備動作から攻撃を時間や位置まで寸分違わず正確に…馬鹿げている。だが…
いずれにしろ自分が渾身の力で放った術がいとも容易く防がれたのだ。これ以上試すまでも無い程に実感させられた、……自分は勝てないと。
私は自ら実証してしまったのだ。
…神は私を救わなかった。
「たったこれだけの力を手にするために…どれ程の研鑽を重ねてきたのですか？どれだけの時間を費やしてきたのです？」
……ここまでの道程を思い出す。
幼少の頃より神学校に通い、周囲の誰よりも真面目に勉学に取り組んだ。常に最高の成績を取ってくる自分に対し、両親も先生も大きな期待を掛けた…何時れこの子は勇者になるのでは…と。それに応えるべく自分は更に努力を重ねた…身体を鍛え上げ、魔術も習得した。僅かな時間を見つけては勉強に費やし、寝る間も惜しんで自らを高め続けた…。
…しかし、それも結局は無意味な事だった。自分はついに勇者になることは出来ず、ここで終わるのだ。
いつの間にか、頬を一筋の涙が伝っていた。
「その対価がコレです。結局神は貴女を救わなかった。ただ貴女から奪い取っただけ…本来享受すべきだった幸福も、時間も…」
コツ、コツと足音を響かせながら魔物は近づいて来る。
「そしてお前は…幸福を享受し人々に分け与えるべく与えられた生を!時間を!!こんなものの為に浪費したのだ!!それこそがそなたの罪である!!」
そしてぼろぼろと涙を流すシスターの前まで来ると、まだ彼女の手に残っていた槍の破片をバキンと握り潰して見せた。
「ぅ…っ…」
ドサリと床に膝をついて嗚咽をもらす彼女を魔物は黙って見下ろしていた。その身に纏う雰囲気は今や目に見えぬ重圧を撒き散らし、先程槍を叩き割った時とは比べ物にならない力を感じさせている。まるで『何か』が乗り移ったかのように…
「…ところでそんな貴女に提案があります」
「…ふぇ？」
…ふと空気が変わった。
見上げるとさっきと同じ相手が自分を見下ろしている。しかし先程までの重圧も気迫も嘘のように消えていた。そしてその表情は全てを赦すような、ついすがりたくなってしまうような笑顔である。
彼女は流れるような動作で素早く身を屈めると力無く投げ出されたままの手を握り、ずいっと距離を詰め、そして言った。
「堕神教に入信しませんか!?今ならまだ間に合います!!」
「はい？」
宗教勧誘が始まった。……顔が近い。
しかし今まではじっくり観察する余裕など無かったが、よく見れば驚くほどの美貌である。そして女の自分ですら下手をすれば欲情してしまいそうなその完璧な肢体を擦り寄せながら、目の前の魔物は囁く様に言葉を続けた…。
「あんなモノにいくら祈った所で貴女は救われない、そして貴女もまた誰かを救うことなど出来ない…。ならばそんな神などもう見限ってしまいなさい。貴女が祈りを捧げる程の価値などありません。あなた方を真に愛しておられるのは堕落神様なのです…」
もう一度これまでの人生に思いを馳せる…今までただひたすらに禁欲的に、勤勉に、この身を捧げてきた。不満も欲望も心の底に押さえつけながら…。一体何のために？神がそう命じたからか……何のために…。
思考がグルグルと回る…自身の信念、信仰の根拠……そういったものにゆっくりと穴を空けながら心を蝕んでゆく。その傷口を埋めようとするかのように魔物の甘い言葉が流れ込んでくる。
「先程貴女は言いましたね？努力は他者を凌ぐための行為だと。勝者の幸福とは敗者の苦難の上に成るもの…。貴女が勤勉たることで代わりに誰かを不幸にしているのです。生きるために常に誰か同胞を犠牲にしていかなければならない、これが貴女方の世界の形なのですよ。競争がある限り皆が業を背負い、そして皆が真の意味で幸福にはなれない…。
ならば共に世界を変えましょう。『神』は言っています。全てを救えと…」
耳許で囁きながら腕を自分の体へと回し、抱きすくめてくる。服の上を優しく撫でるその手と、密着する柔らかな身体とその体温が、安心感と同時にこの魔物への信頼感すらも与えていた。つい力を抜いて甘えたくなってしまうような…いや、もう既に半ば体は脱力し、自分を抱き締めている魔物に逆にしなだれ掛かっていた。
「…さあ、貴女にも本当の神の愛というものを教えて差し上げますわ♪」
いつの間にか彼女の右手は尻を通って股の間まで来ていた。そしてそこにある敏感な女の部分を服の上から優しく撫で始める。
「…あ…ぁぁふ…」
自然と幸せな吐息が漏れた。ついに脱力しきったこの体ではもう彼女のその行為に抗うことなど叶わず、何より抗おうなどと思わせないほどそれはただひたすらに心地よかった。
強過ぎず弱すぎず、的確に自分が蕩ける場所を責めてくる指先は、しかしどこまでも優しく性感を高めてゆく。故に、本人が気付いた頃には体はもう引き返せないところまで来てしまっていたのである。
「気づいてます？貴女もうイッちゃってるんですよ？」
「ふぇ？」
そう言われて意識した時にはもう遅かった。
身体は既に絶頂の入り口に入っており後はもう上って逝くのみである。その間も魔物の指は止まらない。持てる技巧の全てを尽くしてその幸福な時間を長引かせようとしてくる。
「ふ、ふぇぁ、ふぉぉおおおお―――っ♪」
堕落神の信徒の、その全力の指技を力の抜けたその身体で受けることになったシスターは、吐息の様な叫びのようなよく分からない何かを吐き出しながら魔物の腕の中で悶える事しか出来ない。…とはいっても力の抜けきったこの体ではもがく事すら満足には出来ず、時折ビクビクと体を痙攣させながら絶え間無く与えられる快楽を享受するのみである。
………、
……、
…。
…そうしてどれほどの時間が経っただろうか。
「…ひぇ…ぇへえ…えっ……へへっ……」
驚くほど長く続いた幸せな絶頂がようやく収まり始め、その間自分が大量に溢した涎で濡れた魔物の肩にシスターはくたりと顔を預ける。
…彼女はこの上ない幸福を感じていた。誰かに与えてもらう快楽がこれほど幸せなものだとは知らなかったのだ。
これなら…、こんなにも素晴らしいものを人から取り上げようとしている神は、確かに邪神に他ならないのかもしれない…。世界中の皆がこんな幸せを当たり前に得られたならば、争いどころか、悪意すら一つ残らず消えて無くなるのではないか…そう思えた。
長時間に渡って与えられ続けた快楽によりとろとろに蕩けた頭で彼女はそう、考えを改めたのである。
「…如何でした？堕神の信徒となればこんな幸せが好きなだけ楽しめるのです。そしてこの様に他の人間を幸せにしてあげられるのですよ？勿論力だって手に入ります。それに…」
魔物はチラリと一度視線を下に向けた。そして顔を戻すと私の目を真っ直ぐに見て言う。
「貴女のおっぱいもきっと大きくなります！」
「やかましいわ！」
「…。」
「…。」
きゅっ、
「ひゃん!!」
未だ股間に宛がわれたままだった指に再び力が入った。
「入信しましょう？」
そして再びその指が高速で活動を始める。今度は最初から手加減無しの、相手を一瞬で絶頂に打ち上げる指使いである。
「ひっ、あ…も、もうやめっ、えっ、えぁ、あ…はっ……っごめんなはっひぃぃぃぃ―――――っ!!!?」
自らが置かれた立場も忘れて条件反射のようについ口を突いて出てしまった反論を今更後悔するがもう遅かった。魔物の指は止まらない、この場で完全に心を折っておくつもりのようだ。
「おぉっ、ほっ、もぉっ…イ゛っだがらっ、イ゛っでるがらぁっ!!」
「何を言ってるんです？ここからが楽しいんじゃありませんか〜♪」
100%善意で出来た笑顔を浮かべ、魔物は責めを続ける。…全てはこの腕の中の人間の幸せのため…そう信じて疑わない顔だ。
「あ゛っ、あ゛…あ゛……」
………、
……、
…。
「…ぁ…ぉぉ…ぉ……ぉ…」
ようやくお仕置き？が終わり、魔物の指が止まった。シスターの着ていた修道服は既に濡れそぼって変色し、床には彼女が漏らした液体が水溜まりを作っている。そして彼女が意識を失うギリギリのラインで責めを止めた魔物がもう一度問い掛けた。
「どうします？(にっこり)」
「……は…はぃりまひゅ…」
色々と混ざり合った自身の体液にまみれ、最早正気を保っているのかどうか怪しい顔になりながらも根性で答えた。…これで無視したら今度は何をされるか分かったものではない。
シスターの渾身の返答を聞いて魔物の顔がぱぁぁと綻んだ。
「ふふっ、歓迎しますわ！同士マリア!!これから一緒に頑張りましょう！」
腕に抱いた小柄な体をぎゅっと抱き締める。
「ひっ！」
抱きしめられた身体がビクッと震える。極限まで高ぶり敏感になった身体はそれだけの刺激で軽く絶頂に達したらしい。
(あれ…なんれわらひのなまえ………
…まぁいいか…)
ふと浮かんだ疑問を追及する体力など既に無く、シスターは大人しく自らを抱く優しい腕に身体を預けた。
…しばらくして…
「あ、そうだ。お祝いに私の服あげます♪」
「え、いらない…」
なんとか落ち着きを取り戻したシスターに向かって魔物が唐突に言う。
「まぁまぁそう言わず♪」
「え、ちょ…」
言うが早いか魔物がパチンと指を鳴らすと一体どんな魔術か、二人の着ていた服が入れ替わってしまった。
「うぐ…胸がキツい…」
「言うな!!………え？」
抗議する彼女の身体が突然ビクンと震えた。。
「えっ、えぇ、な、なにこれぇ!?」
「あ、来ましたか。その服実は結構イイモノで…、裏地に快楽のルーンが刺繍してあるんですよ♪しかも一度着てしまうと自分では脱げないという呪い付きの逸品でして…」
「にゃにそれえええぇえ!?っひゃぁぁぁ―――っ!!」
「服が纏っている魔力を上回る程の実力があれば今私がやったみたいに抜け出す事も出来るんですが……まぁまだ無理そうですね。」
「ひっ…ひぇっ……へ…」
服にかけられた魔術によって再度絶頂に打ち上げられ、顎を床に着けた情けない格好でもう二度と終わる事の無い快楽に悶え続けるシスターを生暖かく見守りながら言葉を続ける。
「懐かしいですね…私の居た教会ではみんな初めにそれを着せられてそのまま生活するんです。最初の頃は貴女の様にその場にへたり込んで動けなくなってしまう娘も居ましてね〜…」
…魔物が何やら遠い目をしながら思い出を語り始めたが今現在床で動けなくなっている当の本人はたまったものではない。
「…むり……こんにゃのむりぃ……なんにもしてないのに…イ、イく…ひゅぅ」
「大丈夫ですよ♪時間ならば幾らでもあるんですから…ゆっくりと慣れていけばいいんです。」(ナデナデ…)
「うひょぁぁぁぁああーーー!!!?」
そして付き出すように上げていた尻を優しく撫で上げられると、最後に一際大きな奇声を上げ全身が弛緩し崩れ落ちた。見れば涙と涎にまみれたその顔は幸せそうに歪んだまま動かない。…どうやらついに気絶したらしい。
その顔を見て魔物はクスリと微笑む。
「我が楽園へようこそ。ではまたあとでお会いしましょう。」
そう言って一回指を鳴らすと、次の瞬間には床に伸びていたはずのシスターの姿は消えていた。後には彼女の吐き出した液体が妖しく床を濡らすのみ…
…再びこの二人が出会うのは、この魔物にとってはほんの一瞬後の事かも知れない。しかし…今万魔殿へ送られた彼女にとっては、それは果たして何十年後の事になるのだろうか…
「…ティリス聖騎士団次期首席マリア・ルーベンス、万魔殿へと送りました、これで全員かと思われます。」
「…了解。ご苦労様です。結界の解除を許可します。」
「了解。…ふぅ」
彼女がここに見えない何者かへの会話を終えると同時にガシャンと音を立てて周囲の空間が割れた。深夜の教会の荘厳な雰囲気は瞬く間に霧散し、甘い香りと熱気、嬌声が流れ込む。辺りには色鮮やかな魔界の花が咲き乱れ、壁を這う肉色をした根が静かに脈動している。
教会の内部は既に魔界化していた。そして彼女が展開していた二重結界…魔界化した教会を外部から隠す為の一次結界と内部から隠す為の二次結界…その内側を解除したため今教会内部全てが完全に魔界と化したのである。
……こうして静かにこの街の教会の乗っ取りは完了した…外部の誰にも感付かれる事無く。外からの見た目はそのまま、中身が人も含めてそっくり入れ替わってしまったのである。後は礼拝に来るものから次々に『此方』へ取り込んでゆけばいい。そして彼らを使って作戦は次の段階へ…
すっかりその様相を変えた回廊を下りながら魔物はこれからの事を考える。
…慎重過ぎるだろうか？いや、そんなことは無い。我等が行うは救済…。神は言ったのだ。『全てを救え』と…ならば只一人の犠牲者すら出さず全てを救ってみせよう。
「御心の儘に…」
――かつては忌むべき敵神の拠点であり、今では美しき神の庭へと姿を変えた巨大な礼拝堂…その中心で彼女は誓いの如くそう呟いたのだった。
――――――――――――――――――
―万魔殿のとある一室にて…
「…ということがありましてねー、また気が向いたら手伝いに行こうかと…その時はハンスさんも一緒に行きましょう？」
「はぁ…でも気をつけて下さいよシエラさん、聞いたところそのシスターって勇者になりかけだったんじゃないですか？」
「そうだったのかも知れませんね…だからこそ完全に覚醒する前に私が遣わされたのかも……まぁ今の私なら相手が勇者だろうが負ける気はしませんけど♪」
「そういうのが危ないんです！何時いかなるときも相手を侮っては…」
「私のこと…心配してくれてるんですか？」
「当たり前じゃないですか!!」
「…じゃあ♪、私がもっと強くなるのに協力してくれるんですね？」
「え…」
「♪」(にっこり)
「…いや…私が言っているのは心構えとかそういうもので…あっ、ちょっと！」
「ハンスさんにもはやくインキュバスになって頂かないと♪そしたらもっとイロイロと…ゴニョゴニョ」
「え？」
「い、いえこちらの話です…では、今夜は覚悟してくださいね♪向こうに出てる間私も寂しかったんですから」
「(あれ、嵌められた？)」
青年は引き摺られるようにして寝室へと連れていかれる。
扉が閉まる。…再びこれが開くのは果たしていつになるのか
…今日も万魔殿は平和である。
時計の針が午前１時を告げた。夜も深まり、日々多忙なこの街の住民も漸く皆寝静まる頃である。
「ふぁぁ…」
一人机に向かい書物を広げていたシスターは小さく欠伸を漏らした。
…此処は港街ティリスの中央区に建つそこそこに大きな教会である。昼間、特に休日ともなれば多数の市民が礼拝に訪れる。司祭を始め多くの牧師や修道女が勤めており、また見習いの少年少女も多い。
彼等は…身寄りの無い子供達がこの道を選ぶことが多いことも手伝って…多くが教会内に住み込みで生活していた。
…故に、起点としては理想的な場所であったのかも知れない。
読書を止め、本を書庫に戻すべく自室を発つ。ドアを閉め、回廊を左へ…。今彼女のいる区画は一つの円形の塔となっており、中央の吹き抜けを取り囲む様に各階に回廊が設置され、それぞれが階段で連結されている。回廊の途中、等間隔に設けられた大型の窓は星と月の光を効率的に取り込み、真夜中にもかかわらず燭台など必要ない程に進むべき道を照らしていた。
重厚な造りにしてある種洗練された美しさを併せ持つこの建造物の様相と窓より射し込む月光、そして彼女の他には人っ子一人見えない深夜の静寂は互いに調和し合い、どこか厳かな、そして神聖な雰囲気を醸し出している。
唯一つを除いて…
「どちら様でしょうか？貴方は。」
突然そう言い放って本を抱えたシスターは足を止めた。
彼女の前には誰もいない。
だが、
「あら…気づかれてしまいましたか…。」
その声は背後より聞こえた。彼女が振り向く。
すると彼女の視線の先、ちょうど窓を挟んだ向こう側の暗闇より、もう一人の修道女が姿を顕した。月の光を受けて輝く銀色の長い髪が揺れる。まるで暗闇に融けるような漆黒の法衣に包まれた身体は自分とは対照的に女性的な魅力に満ちた豊満なものである。彼女は優しげな微笑みをその顔に貼り付けながら、此方へ歩いて来た…ただ心からの純粋な善意しか感じられないその笑顔が、この状況ではかえって不気味だった。
「いつから気づいてらっしゃいました？」
「部屋を出てからずっと違和感を感じていました。空気が重いと言うか…何か禍々しい澱みのようなものが混ざっているというか…いつものこの時間の空気とは違った何かを…」
「毎日こんなに遅くまで…勤勉なのですね……
…、
…罪深いことです」
突然現れた不審なシスターは自分が投げ掛けた問いへの回答には興味を示さずにただそう告げる。
「…、そうですね…努力とは他者を凌ぐ為の行為。…勝負をすれば必ず勝者と敗者が生まれる。そして私のしている事は敗者を踏み台にして自らが勝者の側で在るための罪深い行為です。」
「そこまで理解して尚…貴女はそれを続けるのですか？」
闇より顕れた女は悲しそうな、いや、哀れむような目でこちらを見つめて問い掛ける…。
…なぜそんな目で見る。
仕方無いではないか、そうしなければ私は…
「それが…人間の世界です。皆そうして生きているのですから。」
「神様がそのように世界を創ったと？」
「そのとおり…です。神は厳父であり我々に試練を与え人を正しい方向へと導くのです。」
「その正しい方向というのがいったいどちらを向いているのか一度問い質してみたいところではありますが…意図的に一定数の敗者を生み出し、その犠牲の上に立ってさえ、満足な幸福を享受出来ない。今度は手に入れたその場所を守る事に腐心しなければならなくなる…勝者にも敗者にも苦難を振り撒くこの世界を神が創ったというならば…、
果たして貴女の信ずる『それ』は信仰に値する神でしょうか？」
「…やはり魔物…神を愚弄しますか。神は我々を愛しておられるのです！我々人間が道を誤らぬよう…」
「愛している？ならば何故『アレ』は人を救わない!?愛するものを救わず快楽を奪い苦痛を与える存在など正に邪神と呼ぶに相応しいモノではありませんか!!」
段々と追い詰める様に謎の修道女は近づいてくる。この回廊で最初に感じた禍々しい空気は今や絶大な気迫となって彼女より放出されていた。正面から押し寄せる得体の知れない力が肺を圧迫し、気を抜けば呼吸すら出来なくなりそうな有り様。しかし
「だ…黙りなさい！これ以上言うなら…ッ」
残った勇気を振り絞りこの真面目なシスターはなんとか声を絞り出すと後方へ跳躍んだ。同時に高速で詠唱を完了させると右手に光の槍を具現させる。
「貴女の云う神が貴女を愛しているというのならッ、『それ』が慈悲深くも与えてくださった力を以てこの窮地を脱してみせよッ!!」
「言われなくともッ!!」
先程立っていた位置より数メートル後方へ右足で着地するとその反動を右腕に繋げた。体の中で力が線となって繋がるイメージ…全ての力を右手の先へと収束させ体全体をバネとして槍を放つ。光の槍は彼女の手より離れた瞬間、超加速し真っ直ぐ前方の魔物の胸へと…
…パリィン!!
「―!!?」
…吸い込まれる少し手前で砕け散った。
目の前の魔物は一歩も移動していない。先程と違う所といえば、その右腕は水平に横に伸びていた。即ち…
「ほら…」
素手であれを薙ぎ払ったというのか…
「…貴女の言う神の愛など…こんなものです。」
…あり得ない。亜光速で飛来する物質を視認し横から打ち砕くなど不可能だ。……不可能であってほしい。
ならば予測したとでも言うのか、相手の予備動作から攻撃を時間や位置まで寸分違わず正確に…馬鹿げている。だが…
いずれにしろ自分が渾身の力で放った術がいとも容易く防がれたのだ。これ以上試すまでも無い程に実感させられた、……自分は勝てないと。
私は自ら実証してしまったのだ。
…神は私を救わなかった。
「たったこれだけの力を手にするために…どれ程の研鑽を重ねてきたのですか？どれだけの時間を費やしてきたのです？」
……ここまでの道程を思い出す。
幼少の頃より神学校に通い、周囲の誰よりも真面目に勉学に取り組んだ。常に最高の成績を取ってくる自分に対し、両親も先生も大きな期待を掛けた…何時れこの子は勇者になるのでは…と。それに応えるべく自分は更に努力を重ねた…身体を鍛え上げ、魔術も習得した。僅かな時間を見つけては勉強に費やし、寝る間も惜しんで自らを高め続けた…。
…しかし、それも結局は無意味な事だった。自分はついに勇者になることは出来ず、ここで終わるのだ。
いつの間にか、頬を一筋の涙が伝っていた。
「その対価がコレです。結局神は貴女を救わなかった。ただ貴女から奪い取っただけ…本来享受すべきだった幸福も、時間も…」
コツ、コツと足音を響かせながら魔物は近づいて来る。
「そしてお前は…幸福を享受し人々に分け与えるべく与えられた生を!時間を!!こんなものの為に浪費したのだ!!それこそがそなたの罪である!!」
そしてぼろぼろと涙を流すシスターの前まで来ると、まだ彼女の手に残っていた槍の破片をバキンと握り潰して見せた。
「ぅ…っ…」
ドサリと床に膝をついて嗚咽をもらす彼女を魔物は黙って見下ろしていた。その身に纏う雰囲気は今や目に見えぬ重圧を撒き散らし、先程槍を叩き割った時とは比べ物にならない力を感じさせている。まるで『何か』が乗り移ったかのように…
「…ところでそんな貴女に提案があります」
「…ふぇ？」
…ふと空気が変わった。
見上げるとさっきと同じ相手が自分を見下ろしている。しかし先程までの重圧も気迫も嘘のように消えていた。そしてその表情は全てを赦すような、ついすがりたくなってしまうような笑顔である。
彼女は流れるような動作で素早く身を屈めると力無く投げ出されたままの手を握り、ずいっと距離を詰め、そして言った。
「堕神教に入信しませんか!?今ならまだ間に合います!!」
「はい？」
宗教勧誘が始まった。……顔が近い。
しかし今まではじっくり観察する余裕など無かったが、よく見れば驚くほどの美貌である。そして女の自分ですら下手をすれば欲情してしまいそうなその完璧な肢体を擦り寄せながら、目の前の魔物は囁く様に言葉を続けた…。
「あんなモノにいくら祈った所で貴女は救われない、そして貴女もまた誰かを救うことなど出来ない…。ならばそんな神などもう見限ってしまいなさい。貴女が祈りを捧げる程の価値などありません。あなた方を真に愛しておられるのは堕落神様なのです…」
もう一度これまでの人生に思いを馳せる…今までただひたすらに禁欲的に、勤勉に、この身を捧げてきた。不満も欲望も心の底に押さえつけながら…。一体何のために？神がそう命じたからか……何のために…。
思考がグルグルと回る…自身の信念、信仰の根拠……そういったものにゆっくりと穴を空けながら心を蝕んでゆく。その傷口を埋めようとするかのように魔物の甘い言葉が流れ込んでくる。
「先程貴女は言いましたね？努力は他者を凌ぐための行為だと。勝者の幸福とは敗者の苦難の上に成るもの…。貴女が勤勉たることで代わりに誰かを不幸にしているのです。生きるために常に誰か同胞を犠牲にしていかなければならない、これが貴女方の世界の形なのですよ。競争がある限り皆が業を背負い、そして皆が真の意味で幸福にはなれない…。
ならば共に世界を変えましょう。『神』は言っています。全てを救えと…」
耳許で囁きながら腕を自分の体へと回し、抱きすくめてくる。服の上を優しく撫でるその手と、密着する柔らかな身体とその体温が、安心感と同時にこの魔物への信頼感すらも与えていた。つい力を抜いて甘えたくなってしまうような…いや、もう既に半ば体は脱力し、自分を抱き締めている魔物に逆にしなだれ掛かっていた。
「…さあ、貴女にも本当の神の愛というものを教えて差し上げますわ♪」
いつの間にか彼女の右手は尻を通って股の間まで来ていた。そしてそこにある敏感な女の部分を服の上から優しく撫で始める。
「…あ…ぁぁふ…」
自然と幸せな吐息が漏れた。ついに脱力しきったこの体ではもう彼女のその行為に抗うことなど叶わず、何より抗おうなどと思わせないほどそれはただひたすらに心地よかった。
強過ぎず弱すぎず、的確に自分が蕩ける場所を責めてくる指先は、しかしどこまでも優しく性感を高めてゆく。故に、本人が気付いた頃には体はもう引き返せないところまで来てしまっていたのである。
「気づいてます？貴女もうイッちゃってるんですよ？」
「ふぇ？」
そう言われて意識した時にはもう遅かった。
身体は既に絶頂の入り口に入っており後はもう上って逝くのみである。その間も魔物の指は止まらない。持てる技巧の全てを尽くしてその幸福な時間を長引かせようとしてくる。
「ふ、ふぇぁ、ふぉぉおおおお―――っ♪」
堕落神の信徒の、その全力の指技を力の抜けたその身体で受けることになったシスターは、吐息の様な叫びのようなよく分からない何かを吐き出しながら魔物の腕の中で悶える事しか出来ない。…とはいっても力の抜けきったこの体ではもがく事すら満足には出来ず、時折ビクビクと体を痙攣させながら絶え間無く与えられる快楽を享受するのみである。
………、
……、
…。
…そうしてどれほどの時間が経っただろうか。
「…ひぇ…ぇへえ…えっ……へへっ……」
驚くほど長く続いた幸せな絶頂がようやく収まり始め、その間自分が大量に溢した涎で濡れた魔物の肩にシスターはくたりと顔を預ける。
…彼女はこの上ない幸福を感じていた。誰かに与えてもらう快楽がこれほど幸せなものだとは知らなかったのだ。
これなら…、こんなにも素晴らしいものを人から取り上げようとしている神は、確かに邪神に他ならないのかもしれない…。世界中の皆がこんな幸せを当たり前に得られたならば、争いどころか、悪意すら一つ残らず消えて無くなるのではないか…そう思えた。
長時間に渡って与えられ続けた快楽によりとろとろに蕩けた頭で彼女はそう、考えを改めたのである。
「…如何でした？堕神の信徒となればこんな幸せが好きなだけ楽しめるのです。そしてこの様に他の人間を幸せにしてあげられるのですよ？勿論力だって手に入ります。それに…」
魔物はチラリと一度視線を下に向けた。そして顔を戻すと私の目を真っ直ぐに見て言う。
「貴女のおっぱいもきっと大きくなります！」
「やかましいわ！」
「…。」
「…。」
きゅっ、
「ひゃん!!」
未だ股間に宛がわれたままだった指に再び力が入った。
「入信しましょう？」
そして再びその指が高速で活動を始める。今度は最初から手加減無しの、相手を一瞬で絶頂に打ち上げる指使いである。
「ひっ、あ…も、もうやめっ、えっ、えぁ、あ…はっ……っごめんなはっひぃぃぃぃ―――――っ!!!?」
自らが置かれた立場も忘れて条件反射のようについ口を突いて出てしまった反論を今更後悔するがもう遅かった。魔物の指は止まらない、この場で完全に心を折っておくつもりのようだ。
「おぉっ、ほっ、もぉっ…イ゛っだがらっ、イ゛っでるがらぁっ!!」
「何を言ってるんです？ここからが楽しいんじゃありませんか〜♪」
100%善意で出来た笑顔を浮かべ、魔物は責めを続ける。…全てはこの腕の中の人間の幸せのため…そう信じて疑わない顔だ。
「あ゛っ、あ゛…あ゛……」
………、
……、
…。
「…ぁ…ぉぉ…ぉ……ぉ…」
ようやくお仕置き？が終わり、魔物の指が止まった。シスターの着ていた修道服は既に濡れそぼって変色し、床には彼女が漏らした液体が水溜まりを作っている。そして彼女が意識を失うギリギリのラインで責めを止めた魔物がもう一度問い掛けた。
「どうします？(にっこり)」
「……は…はぃりまひゅ…」
色々と混ざり合った自身の体液にまみれ、最早正気を保っているのかどうか怪しい顔になりながらも根性で答えた。…これで無視したら今度は何をされるか分かったものではない。
シスターの渾身の返答を聞いて魔物の顔がぱぁぁと綻んだ。
「ふふっ、歓迎しますわ！同士マリア!!これから一緒に頑張りましょう！」
腕に抱いた小柄な体をぎゅっと抱き締める。
「ひっ！」
抱きしめられた身体がビクッと震える。極限まで高ぶり敏感になった身体はそれだけの刺激で軽く絶頂に達したらしい。
(あれ…なんれわらひのなまえ………
…まぁいいか…)
ふと浮かんだ疑問を追及する体力など既に無く、シスターは大人しく自らを抱く優しい腕に身体を預けた。
…しばらくして…
「あ、そうだ。お祝いに私の服あげます♪」
「え、いらない…」
なんとか落ち着きを取り戻したシスターに向かって魔物が唐突に言う。
「まぁまぁそう言わず♪」
「え、ちょ…」
言うが早いか魔物がパチンと指を鳴らすと一体どんな魔術か、二人の着ていた服が入れ替わってしまった。
「うぐ…胸がキツい…」
「言うな!!………え？」
抗議する彼女の身体が突然ビクンと震えた。。
「えっ、えぇ、な、なにこれぇ!?」
「あ、来ましたか。その服実は結構イイモノで…、裏地に快楽のルーンが刺繍してあるんですよ♪しかも一度着てしまうと自分では脱げないという呪い付きの逸品でして…」
「にゃにそれえええぇえ!?っひゃぁぁぁ―――っ!!」
「服が纏っている魔力を上回る程の実力があれば今私がやったみたいに抜け出す事も出来るんですが……まぁまだ無理そうですね。」
「ひっ…ひぇっ……へ…」
服にかけられた魔術によって再度絶頂に打ち上げられ、顎を床に着けた情けない格好でもう二度と終わる事の無い快楽に悶え続けるシスターを生暖かく見守りながら言葉を続ける。
「懐かしいですね…私の居た教会ではみんな初めにそれを着せられてそのまま生活するんです。最初の頃は貴女の様にその場にへたり込んで動けなくなってしまう娘も居ましてね〜…」
…魔物が何やら遠い目をしながら思い出を語り始めたが今現在床で動けなくなっている当の本人はたまったものではない。
「…むり……こんにゃのむりぃ……なんにもしてないのに…イ、イく…ひゅぅ」
「大丈夫ですよ♪時間ならば幾らでもあるんですから…ゆっくりと慣れていけばいいんです。」(ナデナデ…)
「うひょぁぁぁぁああーーー!!!?」
そして付き出すように上げていた尻を優しく撫で上げられると、最後に一際大きな奇声を上げ全身が弛緩し崩れ落ちた。見れば涙と涎にまみれたその顔は幸せそうに歪んだまま動かない。…どうやらついに気絶したらしい。
その顔を見て魔物はクスリと微笑む。
「我が楽園へようこそ。ではまたあとでお会いしましょう。」
そう言って一回指を鳴らすと、次の瞬間には床に伸びていたはずのシスターの姿は消えていた。後には彼女の吐き出した液体が妖しく床を濡らすのみ…
…再びこの二人が出会うのは、この魔物にとってはほんの一瞬後の事かも知れない。しかし…今万魔殿へ送られた彼女にとっては、それは果たして何十年後の事になるのだろうか…
「…ティリス聖騎士団次期首席マリア・ルーベンス、万魔殿へと送りました、これで全員かと思われます。」
「…了解。ご苦労様です。結界の解除を許可します。」
「了解。…ふぅ」
彼女がここに見えない何者かへの会話を終えると同時にガシャンと音を立てて周囲の空間が割れた。深夜の教会の荘厳な雰囲気は瞬く間に霧散し、甘い香りと熱気、嬌声が流れ込む。辺りには色鮮やかな魔界の花が咲き乱れ、壁を這う肉色をした根が静かに脈動している。
教会の内部は既に魔界化していた。そして彼女が展開していた二重結界…魔界化した教会を外部から隠す為の一次結界と内部から隠す為の二次結界…その内側を解除したため今教会内部全てが完全に魔界と化したのである。
……こうして静かにこの街の教会の乗っ取りは完了した…外部の誰にも感付かれる事無く。外からの見た目はそのまま、中身が人も含めてそっくり入れ替わってしまったのである。後は礼拝に来るものから次々に『此方』へ取り込んでゆけばいい。そして彼らを使って作戦は次の段階へ…
すっかりその様相を変えた回廊を下りながら魔物はこれからの事を考える。
…慎重過ぎるだろうか？いや、そんなことは無い。我等が行うは救済…。神は言ったのだ。『全てを救え』と…ならば只一人の犠牲者すら出さず全てを救ってみせよう。
「御心の儘に…」
――かつては忌むべき敵神の拠点であり、今では美しき神の庭へと姿を変えた巨大な礼拝堂…その中心で彼女は誓いの如くそう呟いたのだった。
――――――――――――――――――
―万魔殿のとある一室にて…
「…ということがありましてねー、また気が向いたら手伝いに行こうかと…その時はハンスさんも一緒に行きましょう？」
「はぁ…でも気をつけて下さいよシエラさん、聞いたところそのシスターって勇者になりかけだったんじゃないですか？」
「そうだったのかも知れませんね…だからこそ完全に覚醒する前に私が遣わされたのかも……まぁ今の私なら相手が勇者だろうが負ける気はしませんけど♪」
「そういうのが危ないんです！何時いかなるときも相手を侮っては…」
「私のこと…心配してくれてるんですか？」
「当たり前じゃないですか!!」
「…じゃあ♪、私がもっと強くなるのに協力してくれるんですね？」
「え…」
「♪」(にっこり)
「…いや…私が言っているのは心構えとかそういうもので…あっ、ちょっと！」
「ハンスさんにもはやくインキュバスになって頂かないと♪そしたらもっとイロイロと…ゴニョゴニョ」
「え？」
「い、いえこちらの話です…では、今夜は覚悟してくださいね♪向こうに出てる間私も寂しかったんですから」
「(あれ、嵌められた？)」
青年は引き摺られるようにして寝室へと連れていかれる。
扉が閉まる。…再びこれが開くのは果たしていつになるのか
…今日も万魔殿は平和である。
12/01/22 02:37更新 / ラッペル