異邦人と【理の宝玉】2
霊峰フリエンテスを抱えるフラグニス山脈はフリエント大陸の西端から中央に向かって走っている。よって必然的に大陸はこの山脈によって南北を分けられる形を取っている。
山脈の北側は険しく高い山々からなっているため、こちら側からの登山は空でも飛べない限りは不可能に近い。故に登山道は比較的なだらかな南側からになる。
リュウ達のいたセムスは大陸の北側に位置するため、東側から迂回しつつ大陸南部に向かわねばならない。
だが、大陸北東にはイクリオ大風穴が。大陸中央から東に向かっては山脈の清水が流れ込む巨大な湖のリヴェイラ湖がありほぼ東端近くまで行かなければこれを迂回することは出来ない。またそこを越えて大陸南部に入ったとして、大陸南部は標高こそ低いものの山脈が大きく入り込むため、平地は大陸の縁をなぞるようにしか存在しない。だから登山道まで進むにはほぼ大陸を大きく半周、時計回りに進まなくてはならないのだ。
海路は、と言えば、潮の流れや浅瀬などの問題で大陸南部には接舷出来る場所が全くない。無理に接近すれば激しい潮流に呑まれて消えるか、座礁するかのどちらかだ。
とは言え、北部は接舷出来る箇所が存在するので大概の場合、セムスとリヴェイラ湖の湖岸に存在する街、リヴェイラ間の交通はセムスの北にあるクレタ港からリヴェイラの東に位置するコル港を海路で移動する。イクリオ大風穴を迂回しながらの街道もあるにはあるが、色々と曰く付きの場所なので近付く者はほぼ皆無だ。冒険者や研究者といった者達が精々、といったところか。
故にリュウとイリアは大概の者が使う交通手段を利用するために、ここ、クレタ港まで来ていた。
「ようやくクレタ港に着いたか」
リザードマンのイリアがやや溜息でもつくように、そう漏らした。
「仕方…ないだろう………まだ……馴染んで…………ないんだ…………」
その横でかなり息も絶え絶えにリュウが膝に手を突いている。
辺りに人目がないので喋る口調は男のものだ。
数回深呼吸をして息を整えると、やや言い訳じみたように続けた。
「と言うか、お前歩くの速すぎ。魔力にも馴れてないんだから少しはこっちに合わせてくれよ」
………しかしやはり何というか。カグラの声音で男言葉は違和感が付き纏うこと夥しい。イリアはこめかみを指で解している。
と、そこであることにイリアは気が付いた。
「リュウは魔力を使ったことがないのか?」
てっきり以前の口振りや素振りから、既に適応しているものかと思い込んでいたが故の発言である。
「ああ。この世界の、特に『魔物』が使うような『魔力』は初めてだな。人間側の魔力…この場合は精力と呼んだ方がいいか?、ならあるけどな」
イリアは顎に指を乗せ、少し考え込むような素振りを見せた後にボソッと一言呟いた。
「………初体験か」
「誤解を招くような言い方は慎め」
半眼でリュウは即座に返しを入れた。
程なくして二人はクレタ港に着いた。
「なるべく早く馴れてくれ。そうすれば、」
まだ続いていたらしい。だが二の句をイリアが告げる前にリュウが被せた。
「身体能力の強化などは自然に出来る、だろ。分かるよ、魔物にとっての魔力操作は身体を動かすことと同じくらい当たり前の事なんだってのはさ」
そんなこんなを話ながら二人はそのまま港場へ向かっていたが、ふと足が止まる。
「人がいないから当たり前にいつもの調子で喋っていたが、こんなに閑散としてるのか?」
リュウの目が鋭くなり、辺りを聘睨している。
その横でイリアもやはり同じようにしている。
「いや、そんなはずはない。これは異常に過ぎる」
何度かイリアはここを訪れたことがあり、その時にはいずれもクレタは人で賑わっていた。しかし、よくよく考えてみれば道行く人と最後にすれ違ったのはセムスを出て割とすぐ。途中から追い抜きはしたが誰かとすれ違っただろうか。商いの盛んな時期でないのであまり気にしていなかった。
リュウもイリアも身体を脱力させ背中合わせになり、何があっても即応出来る態勢である。イリアに至っては剣の柄に手が伸びている。良くない予感だけが膨れ上がる。
「離れるな。今のリュウではまともに戦うことなどできないだろうからな」
緊張した面もちでイリアはリュウに告げた。
「いざとなれば戻れなくなっても『カグラ』に『俺』を合わせるさ。生きていればどうにかする方法なんて以外と見付かるもんだ」
リュウは軽く答えたが、そうなっては元に戻れるのかさえ分からなくなる。完全なそれをしたことはリュウにもないからだ。イリアは何も言わず、ただ雰囲気でそれを読み取った。
辺りに人の気配はない。
だが逆にそれがこれ以上ない緊張を二人に与えた。
数瞬。
不意に物言わぬ殺意の塊がリュウの前方から押し寄せる。
リュウは完全に動き遅れた。スローイングダガーが飛んでくるのを把握してはいるが、身体が動かない。
ー、突き刺さる。
後戻りは出来ない、という覚悟を一瞬で済ませ、身体に自らを適合させようとした瞬間、イリアが風のように動き、これを叩き落とした。同時に、
「外へ逃げる、掴まっていろ!!」
右手に剣を持ち、左手にリュウを抱えて疾く走り出した。が、
「起動」
呟いたような、しかしはっきりと誰の耳にも聞こえるような声がした瞬間、イリアの足下に広大な魔法陣が浮かび上がる。
「が………!!」
その途端、イリアは苦悶の表情にその顔を彩らせ、地に這い蹲るように倒れ伏す。リュウも放り出されたまま、地に転がった。
ザッザッザッザッザッザッ………
数名分の足音が周辺の建物などから通りに集合し、港場の方向から歩いてくる。
リュウとイリアが捕らえられている魔法陣には入ることなく、その手前で足音は止まった。
辛うじて目線だけをイリアはそこに向けると同時、眦を釣り上げた。
「中央大陸の教団の聖騎士………………!」
そこにいる数名の男………いや、女が一人いるが、いずれも剣と鎧とを血に濡らしている。
それらの中心人物とおぼしき男が口を開いた。
「お初にお目にかかる、汚らわしき大陸に住み着く、不浄なる者よ。どうであろうか?貴様等が被捕食者と下等生物と侮る者によって地に這い蹲らされた気分は」
言い返したいことはあるが、イリアは魔法陣が生み出す拘束の力と圧力によって、言葉を発せない。
それを屈辱に耐えていると取ったのか、僅かに唇の端を上げて、いやな笑みを湛えたまま続けた。
「では、父の造り給うた世界に蔓延る絶対なる汚れよ、聖なる我らが力にて………」
男が掌を掲げ、力がそこへ集約していくのが気配で分かる。
「滅するがいい」
10/07/30 03:50更新 / ぱんち
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