連載小説
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異邦人と【理の宝玉】1

フリエント大陸。

教団の根拠地たる聖都や諸王領などが存在する大陸、フリエント大陸の者には中央大陸と呼ばれているー、とは別に存在する大陸である。
この地では、人と魔物は共存しており、これが当たり前のように長い年月を占めていた為、魔物を排斥しようとする運動や政治的思想は存在しない。
だが最初からそうであったわけではない。以下はフリエント大陸における歴史書よりの抜粋、集約したものである。


この地には先住民と後から住み着いた移民とがある。今現在では両者は既に区別がなくなって久しいものの、当時は対立や争いなどもしばしば、見受けられた。この移民というのがいわゆる、親魔物派の人々であり、この中には寄り添う魔物の姿もあった。
もともと先住民達にも親魔物派と反魔物派があった。当然ながら後者の方が構成する数は多かった。しかし、ここに移民達の登場でその数は逆転する。
度々の抗争が起こり、これを見るに見かねた一人の人間の行動により事態は収束の様相を呈し、現在の思想に傾いていく。
英雄マクナ=フリエントである。
この大陸の名前も彼の苗字から取ったものであるのは言うまでもない。
彼は移民した一人である。
よってこの手の争いに辟易していた。
奇しくも彼は自他共に認める、ある記述には魔物にさえ一目置かれていたとされるが真偽は定かではないー、魔術師であり、ある事を常々人に言っていた。
曰く、
「魔物が人を襲う原因は、理にある。それもいつ、どう、定まったか分からない理に。最初からそうであれば人などとうに死に絶えていた。だが今日我々が生存することが、それが原初の理でないことの証明である。よって、これを是正する事が出来れば、永久共存は夢ではない」
誰もが鼻で笑うか、そんな事は神ならぬ身である自分達には不可能だと答え続けた。
しかし彼は不完全ではあったがそれを成し遂げてしまった。
彼自身の犠牲、という代償を元に。
ある時彼はこの大陸で最も高所に位置する場所を先住民の親魔物派に訪ね、聞くや否や出立してしまう。
それから一月経っても彼は帰ってこなかった。
更にそれから一月。大陸に変化が訪れた。魔物達が一斉にかつ、急速に理性を回復したのである。
驚いた民衆は同時にマクナ=フリエントが事を成したと悟る。
故に彼らは彼の姿を探した。果たして、彼はその姿を消してしまっていた。
大陸の最も高所、今では霊峰フリエンテスの名を冠している、フラグニス山脈の中にある最も高い標高を誇る山の頂上に彼の足跡と言える、魔術陣と一つの宙に浮く宝玉がそこにあるだけであった。
これこそが彼の残した、魔物の理を原初に帰す、という偉業である。
もっともこれは不完全であり、その全てをというわけには行かず、緩和に成功しただけであったが、その効果は絶大の一言に尽きた。
何しろ人の争いが止んだのであるのだから。
その先駆けとなるのが彼の捜索隊であろう。なんとこれには反魔物派も共同で人員の構成がされていたのである。
親魔物派、反魔物派、双方による合同捜索隊の発表により民衆は大いに悲しみ、やがて彼は英雄視されるようになる。
同時に魔物の鎮静化に伴い、両者はその思想を統合していった。
かくして現在の思想はその時より始まり今日に至る。
また、かの宝玉は彼の言から名前を用いられ、【理の宝玉】、と呼ばれるようになった。









「【理の宝玉】、ねぇ・・・・」
「そうだ、それ以外にお前を元に戻す方法はない!」
ここはフリエント大陸にある街のセムス。更にその中にある賃貸式の長屋の一部屋である。
「別に不都合はしないんだが・・・」
二人の女性が片方はベットに身を起こし、片方は椅子に座り討論をしている。片方の椅子に座っているのはリザードマンであり、無論イリアであるが、ベッドで身を起こしている方は一見したことのない九尾の妖弧か稲荷である。
しかしどう聞いても片方の女性の言葉は男が喋るようなものであり、次のイリアの一言で人物が確定された。
「リュウ、何故お前が唐突に魔物・・、しかも妖弧になったかは分からないが、とにかく私はお前に元に戻ってもらわねば困るのだ」
遡ること十日と数日、あの決闘あと、とりあえず腰を落ち着けて生活基盤を作る、ということで残っていた資金でここを借り、いくつかの仕事をギルドでこなしていた。
その最中、リュウが不調を訴えるようになり、心配したイリアは彼に休息を進言した。リュウはこれに対し支障はないと告げるが、イリアによって行動を封殺される。それからリュウは更に不調を濃くし、身動きが取れず寝込んでしまっていた。その間イリアは看病と仕事をこなし、つい昨日ようやく不調が収まって互いに安眠を取ったのである。
明くる次の朝、つまりは今だがイリアがリュウの部屋に来るとそこには絶世の美女、といって不過足ない妖弧が微妙な顔で彼女を出迎えたのである。
イリアはまず混乱をきたし、斬り掛かった。が、これは尻尾によって阻まれた。更に残った尻尾を使ってイリアの行動をさせないようにした。
その後に妖弧になってしまったリュウの説得でようやくイリアは落ち着き、すぐさま解決策を提案した次第である。即ち、理を正しめると言われる【理の宝玉】である。

「しかしなんだな、こう振り返ってみると恥ずかしいことしてるな俺」
イリアの説得の際に今までの経緯を説明した為に出たリュウの言葉である。
「で、どうするつもりだ?」
そんなリュウに気もくれず、無下に今後を問うイリアである。
「原因は分かってるんだ。ただ、それをこの世界の中にあるものでどうにか出来るだろうか?ってところさ」
現在のリュウは元来の姿ではなく、女性。しかも誰もが振り向くような容姿であり、その声もそれに準じたものだ。よって元々のリュウの喋り方をすると違和感が付きまとうこと夥しい。
その落差にメゲずイリアは咳払いをしつつ再度問うた。
「・・・んん!何か調子が狂うな。原因が分かってるなら具体策はないのか」
それに対しリュウは肩を透かし両の手を広げるジェスチャーを取りながら答えた。
「どうにもならない、というのが現在の見解。そもそも俺が“力”を使うために行った擦り合わせに原因があるんだ」
「悪かった、とは言わんぞ。こちらも全てを賭けていたからな」
「構わない。原因は俺自身にあり、イリアには一片もない」
二人の間に真摯な視線が行き交う。とリュウが苦笑しながら続けた。
「つまりこの世界に俺の同位存在がいる、あるいは、いたってことさ」
その言葉にイリアは頭の上に疑問符を大量に浮かべた。その様子を読みとったリュウが更に続ける。
「あ〜、ようするにだ、“リュウ”という個人はこの世界に生を受けなかったが、“俺”という存在はここに生まれる可能性を持っていたという事。で先日の擦り合わせによって“リュウ”はこの世界に存在しないから、この世界にいるべき“俺”が“リュウ”に上書きされている。だからこの世界に生まれた“俺”はこの姿だったんだろうという事なんだが・・・分かったか・・・?」
説明の途中からイリアの頭は過剰加熱しているようで、目がマンガ的な渦を巻いている上に、今にも耳から湯気が出そうな雰囲気だ。リュウが嘆息しながら告げる。
「まあ、これを理解するには少々お前の知っている“世界”は狭い。無理に理解に努めなくていいから、取りあえず今後を考えようか」
そう言われてややムッとした表情を見せるイリアだが、確かに理解するにはかなり自分に足りないものがあると感じた彼女は、すぐさま気を取り直して、今後を考える。
現状では、事態を把握しているリュウにさえ打開策はない。かといってこのままではイリア自身に困窮する事態が待ち受ける。
「ではやはり【理の宝玉】を目指そうではないか。ダメもとでもやってみる価値はあると思うが」
結局のところそれしかないだろうと考えたイリアはそう結論づけた。
「本当にそんなもんがあるのか?正直眉唾なんだけど」
疑わしいといった感じでリュウはあくまで渋る。
「ある。必ず、な。なければ私は今頃男でなくなったリュウに対して発狂しているはずだ」
対するイリアは確証さえあるといった様子を崩さない。と言うよりも確信している。
しばし無言での抵抗を試みるリュウであったがついには根負けし、それを了承した。この一言を添えて。
「単純に俺が男でないとお前の『食事』が満足に出来ないからだろうに」
尤も、この一言は囁くよりも小さかった程度であったため、イリアの耳に届くことはなかった。


それから数日。
旅支度を済ませ、道中で行える仕事を見繕い受注し、リュウとイリアは旅装に身を包み借りた部屋にいた。
「さて、こんなもんか。さっさと行って、とっとと帰ってこよう。と言ってもその頃にはここは別の誰かが住んでるだろうな」
「霊峰フリエンテスのおわすフラグニス山脈の登山道まで半年は掛かる。そこから更に一ヶ月でトルマの街に着き、そこから一ヶ月を掛けることでようやく目的地だ。兎にも角にもまずはその行程を行かねばな」
【理の宝玉】へ向かうことを決めてから聞かされた、その道程を再確認させられて、リュウはげんなりした様子だが、容姿が邪魔をし、その憂愁を誘う姿は一枚の絵画のようですらある。
と、それに気づいたイリアが一言。
「それでは男の劣情を誘うようにしか見えんぞ。もっとシャキッとしないか。・・・まあ、それはそれでやはり劣情を誘うが」
その一言で更にリュウの顔を覆う縦線が増したように見えるのは、錯覚ではないだろう。
少し沈黙が続き、やがてリュウが深い、深〜い溜息を吐いた。そして、
「行くか。これ以上ここにいると気ばっかり病みそうだ」
頷きイリアはきびすを返して扉をくぐる。リュウもそれに追随して扉をくぐった。

本通りに出る前、イリアはそう言えばと気になっていたことを口にした。
「喋り方はどうにかした方がいいぞ。それでは違和感があり過ぎる。それに名前も致し方ないとは言え、それらしい偽名を使った方がいいだろう」
との言に対しリュウは
「ええ、もちろん変えますよ?さすがにあれではおかしいでしょうから」
あっさりとそれらしい言葉遣いをした。しかも堂に入っている。イリアもそれには驚愕を隠せず、まじまじとその顔を見つめてしまっている。リュウは微笑を湛えながらその視線に返している。それも急造で拵えたものではなく、ごく自然に、というような感じであった。やがてリュウが再び口を開きだした。
「この様なことは、正直初めてではないのです。ですが、その都度元に戻るために必要な事柄は違いました。ですので打開策は分からないと申し上げたのです。恥ずかしいことですが、女性化も大分経験していますよ」
最早イリアは口を開けたまま微動だにしない。
「名前は・・・そうですね、神楽とでもしておきますか。姓は暁でいいでしょう。暁 神楽。以後人目がある時には、そう呼んでください」
「あ・・・、ああ、分かった・・・・・・・」
そう返事をしたあと完全にフリーズしてしまったイリアを尻目にリュウ、カグラはしずしずと歩を進めて行った。

呆然としたイリアの視線の先にはカグラの背中だけが写っているが、その時カグラが目線をあさっての方に逸らし、舌を少しだけ出してイタズラに成功した少女の様な顔をしていたことはついぞイリアが知ることはなかった。




10/03/31 06:02更新 / ぱんち
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■作者メッセージ
なんとか一ヶ月に一度の更新が出来ました・・・
眠いですwww

余談ですが、この大陸のギルドは冒険者ギルドとは違います。より市民の生活に近い何でも屋の様な感じです。

果てさて今後の展開も大して決めてないのに見切り発車ですw
稚拙な駄文ですが、なま暖かい目で見ていてやって下さいm(_ _)m


ではまたお会いできることを祈って

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