読切小説
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心の眼 身体の眼
奴隷の少女が一人、山の道なき道を進んでいく。
服とも言えないぼろきれを身に纏って歩を進めていく。

「はぁ…はぁ…」

息が苦しい。体に力が入らない。空腹や喉の渇きを感じる。
奴隷の証である首輪がガチャガチャと鳴る音に焦りと、いつ誰が追って来るかも分からない不安に襲われながらも足を動かす。
捕まってしまえば脱走していたのもあって前より扱いが悪くなるのは明らかだ。
もしかすると殺されてしまうかもしれないと思うと休むことすら躊躇ってしまう。

「はぁ………はぁ………」

そこらの野草を口にしたり葉の上にある露を啜ったりして飢えや喉の渇きを誤魔化しながらも進んでいたが、遂に力尽きて倒れてしまう。
急に今までの疲労や眠気が襲ってきて意識が薄れていく中、どうかあの場所へ戻らず誰か助けて欲しいと願ったところで気を失ってしまった。



昔の夢を見ていた。
気が付いた頃には既に奴隷として扱われ、過酷な労働環境、量も少なくただ生きるために食べるだけの粗末な食事、碌に日も差さない不衛生で狭い部屋に何人も押し込められる寝床、そして少しでも間違えれば容赦なく身体中を叩かれて傷が増える。
そんな生活が何年も続いたことで自分の名前すら忘れてしまった。
あの頃の辛く苦しい生活に二度と戻りたくない!



気が付くとベッドで寝ていたみたいで、首輪が付いておらず身体中に包帯も巻かれているようだ。
目にもしっかり巻かれていたようで周りを見ることも出来なかった。
取り敢えず身体を起こそうとした所、すぐそばから女性に声を掛けられた。

「気が付かれました?心身ともに疲れ果てているようですし暫く休んでいてくださいね。」

女性の声色から私に対して危害を加える人でないと思い、恐る恐る口を開いた。

「すみません、ここは…?」

「ここは山奥にある小さい集落のちょっとした診療所で、あなたが倒れていたところを通り掛かった人が運んできてくれたのよ。」

「そうですか…ありがとうございます。」

連れ戻されたり、他の悪意ある人に捕まらなかったことにホッとした。
周りが見えないことや看護してくれた女性を見ようと包帯を取ったがある事に気が付いた。
目を開けてみても真っ暗な世界が見えるだけで他に何も見えなくなっていた。

「目が…見えない…」

それを聞いた女性が言葉を詰まらせたかの様な少しの間を置いて話し始めた。

「今まで酷く大変な環境にいたのでしょう、恐らく治ることはないかと思います。」

目が見えなくなっていたことに衝撃を受けたけれど、生きてあの場所から逃げられて安心出来る場所に拾われただけでも十分に幸運であり失明で済んだだけでもありがたいとさえ思えていた。
その日、この診療所で始めて飲んだスープは美味しいだけではなく人の温かみも感じられた気がした。



それから数日は傷の治療や疲労を抜くためにベッドの上でゆっくりと安静させてもらっていた。
その間は看護してもらっていた女性の名前は「サフィー」といい、夫と共に集落の診療所をやっていること、ここの集落は魔物と人が一緒に暮らしていることなど色々と話を聞かせてもらっていた。
彼女も魔物で妖狐という種類なのだとか。
最初にお世話してくれていた女性が人間ではなく魔物だと聞いた時は驚いたものの、非常に大切に看護をしてもらえたことを思えば嫌悪感などは一切無かった。



そして体調が良くなった頃に診療所の外へ出てサフィーさんに集落の案内をしてもらい、最後に挨拶などをしにここの長である「ミストリン」の所へ行くこととなった。

「あらサフィーさん、今日はどのような用事かしら?」

「えぇ、今日はこの子のことで少しお話が…」

いきなり怪我人として余所者が転がり込んできた私にいい顔をしないのではと内心ビクビクしていたが事情などを説明すると、ミストリンさんは傷が治っても行く当てがないのならここにいてもいいし、その場合は寄宿先も探してくれるとのこと。
想像以上の寛大さに感涙しつつもありがたく住まわせてもらうことにした。

「住む所を探す前にまず名前がないと色々と不便ですわね。」

そう言うとミストリンさんは少し考えた後、私に「シルキス」という名前を付けてくれた。
そうして私はシルキスと名乗ることとなり、この集落の一員として暮らすことになった。



「その棚も並べ終えたし上がってもいいよ。」

「はい、お疲れ様ですヴェトルさん。」

「うん。シルキスちゃんもお疲れ様。」

数年が経ち、今は雑貨屋を開いているインキュバスの「ヴェルト」さんと妻でありラミアの「ヘレン」さんの元に住まわせてもらっている。
まるで二人の間に子供が出来たかのように可愛がってもらっていた。
暫くの間は目が見えない不自由さにお世話になってばかりだったが、少しづつ慣れてきてお店の簡単な手伝いをさせていただいている。

そして倒れていた私を助けてくれた人だが、近くに住んで薬師をしている男性で名前は「リヒト」というそうだ。
彼とはここに住む人や魔物と比べて年が近いことや診療所にいた時でも頻繁に通って傷によく効く薬を届けたり親身になってくれたこと、そしてなにより行き倒れになっていた私を奴隷であることが分かっていたにも関わらず助けてくれたことに好意を持っている。
時間が空いていると彼の薬草採集に付いて行くこともあった。

「この辺りの足場は悪いから躓いたりしないように気を付けてね。」

目が見えず採取の手伝いも出来ないのに快く受け入れ、色々と気遣ってくれている。
他にも

「この薬草は乾燥させてから磨り潰して飲むと心を落ち着かせる効能があって、飲み物に入れて飲んだりするね。」
「あの集落は身体が丈夫な魔物やインキュバスが住んでいるから怪我や病気に効く薬とかよりも、気分を高める様な精油や滋養強壮の薬とかがよく売れたりするんだ。」

など、私が暇にならないようにと思ってか採取や移動中に薬草に関しての知識を披露などの話をしてくれたりもした。
目が見えなくなった代わりに耳と鼻の感覚が鋭くなっているのか、ほんのりと香る薬草の違いが分かる…気がした。



それからもリヒトさんの採集に付いて行ったり、薬の調合をするのに付いて行っては家にお邪魔するのを何度かしている内に彼からある事に誘われる。

「3日後に山を下りた先にある町に薬を売りに行くつもりで、シルキスが良ければ薬を売った後に町中を一緒に歩き回ってみたいと思っているんだけれど、どうかな?」

私が付いて行っているいつもと違い、彼から遊ぶ約束に誘われたのはとても嬉しい。
しかし、元奴隷で身体中に多くの傷跡が残っており、目も見えない私が彼と一緒に町中を歩いてしまっては人々に奇異の目で見られてしまい、彼に恥をかかせたり迷惑を掛けてしまうのではないか。
そんな不安がよぎってしまい…

「ご、ごめんなさい。その日は別の用事があって…。」

嘘をついてまで断ってしまった。

「うん、そっか。それならまた今度にしようか。」

優しく返されて彼に対して罪悪感を持ってしまう…



「シルキスちゃん、いつもと違って暗いけどどうしたの?何か悩み事でも?」

雑貨屋に帰る頃には夕方になっていた。
今日はヴェルトさんは商品の仕入れに出掛けており、帰って来るまでの間はヘレンさんと二人でお店を切り盛りしている。
お店の手伝いをしている時も断ったことが頭に残っているせいで、ヘレンさんに心配されてしまった。
ひどく心配されたので、町へ行くのを誘われたことやそれを断ってしまったこと、その理由を伝えたところ

「傷や失明については、魔物になると魔物化の影響で人間の頃にあった怪我や病気が治ると聞いたことあるけれど…。でも、リヒトくんは倒れていたシルキスちゃんを助けては薬をよく届けていたりとよく気にかけてくれたりしたし、奴隷だったことや身体の傷跡を気にして嫌な顔をしない子だと思うの。」

「そう…でしょうか…?」

「ええ。むしろシルキスちゃんのことが好きだと思うから、嫌な顔をするどころか受け入れてくれるわ。」

ヘレンさんに不安に思っていたことを聞いてもらったことで少し気が楽になった気がした。
魔物になるかどうかについてはまだ考えてはいないけれど…
明日になったら彼に会いに行ってみよう。
会って彼と話をしたい。





―――リヒトの家―――
うーん…
サラッと流してしまったけど、あの時のシルキスの断る様子がどうも変だったような気がする。
確信は持てないけれど、どことなく避けているような…
そんなことを考えながら調合に使った器具の片付けをしていると戸を叩く音が聞こえた。
もう陽もすっかり沈んで辺りが暗くなっているというのに誰が来たのだろうか。
ドアを開けるとラミアが経っていた。

「えっと、ヘレンさん?」

「夜遅くにすみません。シルキスについて少しお話をしようと思いまして…」

「何かあったんですか?」

「実はあの子、リヒトさんに町へ行くことに誘われたのが嬉しかったけれど自分の姿とかを他の人に見られて迷惑を掛けてしまうのではと不安になっているみたいなんです。」

それを聞いて心の中にあった疑問が解けていった。

「こんな時間に訪ねては差し出がましいことをしてすみません。」

「いえいえ、わざわざ教えに来てくださりありがとうございます。シルキスの悩んでいた原因が分かりましたし、それが原因で迷惑に思ったり嫌ったりすることは決してありませんので。」

「そうでしたか…その言葉を聞いて安心しました。あの子を、シルキスのことをどうぞよろしくお願いします。」

そう言ってヘレンさんは深々と頭を下げたが、結婚相手として相手側の親から認められたようでかなり恥ずかしくなってきてしまった。
ヘレンさんが帰ってからは、早速明日シルキスに会いに行こうと準備を始めた。
シルキスのことを受け入れる気持ち、そして改めて一緒に町へ行くお誘いをしようと。





翌朝、リヒトさんに会いに家へ向かう途中で思いがけず会った。
なんでも彼も私と話がしたくて会いに来たのだとか。

「その…もう一度言うことになるけど、明後日に町へ行かない?」

「えっと、いや、その…」

再び誘われるとは思ってもいなかったので、上手く言葉が出て来ない。
返事を聞く前に彼は続けて言う。

「僕は、シルキスのことが好きだから一緒に町に行きたいんだ。元は奴隷だったとかそういうことは関係なく、シルキスのことが好きだから。」

嬉しかった…
奴隷だったことや傷だらけの姿を気にすることなく自分を受け入れてくれることが…
そう思うと自分が今までそれに囚われていたことに酷く恥ずかしくなってくる。

「ありがとう…本当に嬉しい…けど、少し待って欲しいの。自分の気持ちを清算して今日中には必ず返事をするから。」

「うん、そっか。じゃあシルキスが来てくれるのを待ってるから。」



リヒトさんと別れてからはすぐ集落へ戻り、ミストリンさんのところへと向かった。

「すみません!ミストリンさんいますか!?」

「あらあら、そんなに慌ててどうしたの?」

「その、私を魔物にして欲しいんです!」

急に空気がしんと静まり返る。

「……一応、理由を聞いてもいいかしら?」

「はい。今まで私は奴隷であったことや身体中にある傷跡に引け目を感じていました。けれど彼…リヒトさんはそれを一切気にすることなく好きと言ってくれました。過去に囚われ続けていた今の自分との決別をするためにも魔物になりたいんです。」

「そう…心に決めているみたいね。それなら気合入れて魔物にしてあげるわね。」

そう言うとミストリンさんは儀式の準備を始めるとのことで別の部屋で待つことにした。

暫し待っていると、準備が出来たと呼ばれて儀式を行う部屋へ向かう。
部屋へ足を踏み入れると甘い香りのする空気が肌に絡みつき、まるで異世界に来たかのように感じられる。
そしていよいよ魔物になる儀式が始まった。
ミストリンさんが小さな声で何かを囁き始めると、途端に私の身体が何かに優しく包まれていく。
初めは包み込むだけだったものの、次第に身体中を愛撫し始めてつい甘い声が出てしまう。
脚はドロドロに溶かされたかのように感じて立っているのかすらあやふやになる。
初めて味わう快楽に身もだえをするも容赦なく責め立ててくる。
何十分、何時間とも思える儀式を続けていると、不意に私を包んでは愛撫してきたものがスッと身体の中へと入り込んできた。
長い責めで身体が蕩け切っている上に身体の中まで溶かされてしまった末に、全身の力が抜けて倒れこみ意識が深い闇に落ちてしまった。


気が付くと今までの身体と具合が違う。
腰から下がぐねぐねと人間ではあり得ない動きをしたり、腕に羽毛が生え、顔にいつの間にか仮面が付いている。
自分の身体がどうなったのか身体を起こして確かめているとミストリンさんから声を掛けられる。

「あら、お目覚めかしら?お疲れ様、無事に儀式も終わって晴れて貴方も魔物の仲間入りよ。」

「あ、ありがとうございます…」

身体の感覚が変わっていることに気を取られてしまい、気の無い返事をしてしまう。

「ふふっ、まだ魔物になりたてで色々と混乱しているのね。でも、魔物になって次に何をしたいのかは分かるわよね?」

そうだ…魔物の身体になって困惑していても、次にやりたいことはハッキリとしている。
魔物の身体が、私の心がリヒトさんを求めている。

「はい、今まで色々とありがとうございます。行ってきます!」

「ええ、行ってらっしゃい。リヒトさんと末永くお幸せにね。」

お礼を言ってミストリンさんの家を出て、集落を出てリヒトさんの家へ向かう。
慣れないラミア属の身体を必死に動かしながら脇目も振らず進んでいく。
リヒトさんに会いたい…今の私を見てなんて言うのだろうか。
告白の返事もしないといけない。
そしてなにより儀式のせいか、魔物の身体になったせいか、それとも私の心から来ているのか、とても火照っているこの身体を彼に解消して欲しいの…♡



「リヒトさんいますか!?シルキスです!」

リヒトさんの家へ着き、ノックをして声を出す。
中から物音がしたあと、ドアが開き彼が出るや否や何かを話す暇も与えず抱き着き深く熱い口づけをする。

「んっ!?んんんっ…!!」

酷く驚いた様子だったけれどそのまま貪るようにキスをし、舌も絡めていく。
衝動が少し治まったところで口を離すと、二人の口から唾液が糸を引きとても煽情的だ。

「えへへ…これが私の返事。
私もリヒトのことが大好き!」

私の気持ちを、彼の告白に対しての返事をすると彼も顔を赤らめつつ抱き締め返してくれた。

「それでいきなりで悪いけれど一つお願いがあるの…」

「うん?僕に出来ることならば。」

「あのね、魔物になる儀式をしてからずっと身体が熱くて疼いているんだけど…リヒトが抱いて鎮めてくれないかなぁ…って♡」

「えっ、だ、抱くって、シルキスを!?」

「だってぇ、リヒトに会った先ほどからずっと彼の匂いがして興奮が治まらないし、キスをした時に微かな精の匂いも感じてもう我慢が出来ないの♡」

そう言うと彼を抱き抱えながら寝室へ運び、ベッドへ優しく降ろす。
強引にベッドへ連れて行き、身も心も発情しきっているけれど、どうにか暴走しようとする気持ちや身体を抑えながら仮面に触れる。

「抱いてもらう前に仮面を外してリヒトのことを見たいと思って。」

ミストリンさんから目が治ったかどうかは一切聞かされてもいないし聞いてもいないけど、きっと見えるようになっていると確信している。
少し震える手で仮面を外し、ゆっくりと目を開ける。

目を開けた先には茶色の髪、青く澄んだ色の瞳、驚きながらも優しく微笑んでいる彼がいた。

「綺麗だよ、シルキス。」

その言葉を聞いてから先のことはよく覚えていない。

彼が私の身体で気持ち良くなってくれるのが嬉しい。
彼が抱き締めてくれるのが嬉しい。
彼が私を求めてくれるのが嬉しい。
彼の精を浴びるのが嬉しい。
彼の精を身体の中に受け止めるのが嬉しい。
彼の…
彼…




互いの精力が尽きるまで交わり続け、ようやく終えて二人が眠りにつく頃には朝日が昇っていた。





その後はリヒトさんの家に住まわせてもらうことにした。

ヴェルトさんやヘレンさんは私とリヒトさんがくっ付いたことを自分達から離れたのを少し寂しがったりしたが大変喜んで祝ってくれた。
孫の顔を見るのが楽しみと言いながら、自分達の子が欲しくなったのかヘレンさんがヴェルトさんを毎晩たっぷり搾り取られているようだ。


今日は集落のところへ薬売りと顔を見せに行くところ。
彼と一緒に他愛もない話をしながら歩いている。

「そういえば普段から仮面を付けていて夜にしか外さないけど、何か理由があったりするの?」

「それは私の目で見られたらお互いに我慢出来なくなってシちゃうじゃないですか。それに…」


「私の顔は貴方だけに見て欲しいし、私の視界にいつでも貴方が映って欲しいんですから!」
17/03/22 20:52更新 / 群青

■作者メッセージ
バジリスクを主役にした2作目ですが

表現など色々と自分なりに初挑戦したところもあってか、もう少し改善出来る点が幾つか書いている途中や書き終えてから浮かんで書き直しや丸々ボツにして別の話にしようかなど悩んでいたら完成がかなり遅くなってしまいました…

とはいえ、今後の書く作品に反省を活かしていけたらなと思ってます。


次回は3つほどアイデアがあるのですが、まだ登場する魔物を誰にするかも決まっていなかったりで暫く掛かりそうです。



バジリスク可愛い…仮面外して魔眼で見つめて欲しい…

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