連載小説
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ある日の騎士達(後編)
シダーゼの口にした言葉は4人の教会騎士団には理解できないし、信じられない物だった。

「どういうことですか?」
「これはまた、教会もどうしようもない提案をしてきますね……」
「……逃げられるとも思っているなんて…お気楽なものね…」
「…へぇ…」

皆がそれぞれに口にする言葉は辛辣であった。
それを受けて、シダーゼは慌てて話を続けた。

「む…無論、私は今更そんな物を作っても役に立たないと思いましたし、その分の予算と時間を他の事に使うべきだと考えましたので、我々議員の中で賛同者を募り、王への具申を経て計画中止をお願いしたのですが……結局避難民の収容機能を有する武装避難船として建造する事になってしまいまして…」
「……この情勢下では海上戦力など物の役にも立たないはずなのに…」
「はい、申し訳ございません…我々の力及ばず…建造中止には至らず…武装避難船として建造するという、推進派の議員と教会にとっての譲歩案に落ちついてしまいました」
「…無用の長物を生み出す事までは止められなかった…と」

ノイストはそう言って、懐から何かを取り出した。
直方体の木製の箱が彼の手に握られていた。
文字も模様も書かれていない質素な作りのそれは、一箇所に蓋がついている。
それを開けて取り出したそれは指の間に挟めるほどの、細い筒状の物だった。
黒い紙で巻かれた筒の中には茶色い干草のような物が詰まっている。

それを見たラグナレースはそれが何かに気付いた。

「ちょい…ノイストのおっさん!、煙草なんて吸うのかよ…」
「……ラグナ…おっさんは無い」
「煙草苦手なんだよ……」

煙草を咥え、指先の炎術で火をつける。
すぐに紫煙が立ち昇る。
煙草の苦く刺激の強い煙を吸って吐き出すとノイストは溜息を付いた。

彼は滅多な事が無ければ人前で煙草を吸う事は無い。
つまりはそういう事だった。

「いずれにしても、戦闘可能な艦船を運用するという事で、船員に加え戦闘要員が必要になってしまいました」
「あー…それはそうだね…」
「当然の事ながら、この国には稼動可能な軍艦など両手の指の数程度しか残っておりません…これから軍艦や避難船を建造したところで動かす人間がいないというのが正直なところです」

ラグナレースが気が付いたように答えるが、シダーゼは更に続けた。

「ましてや、現存する軍艦の分しか人員がいない状態で、新鋭艦を2隻も竣工させた所で運用が出来ません…そこで…」
「我々から人員を引き抜く…と…」
「護衛戦闘の人員としては十分です、各部隊から100人ずつでもお貸し頂ければ、後は船の運用について、訓練を積んで頂くだけなのですが…」
「…なるほど…」

アノーサは思った、目の前の議員は教会のやり方に無条件に従うことを是としないタイプの人間である。
無論、信仰が無いというわけではなく、信仰とは無関係に教会の方針を無批判で肯定するような人間ではない、という事だ。
どうにも信仰が厚いがために、後先を見ない人間ばかりかと思っていたが、議員という人間にも色々いるようだと、アノーサは感心もしていた。

「無謀な計画を中止させるために尽力して頂いた事だけでも、ありがたいことです……それに恐らく、この2隻に避難民が乗り込むことはないと思います…」
「……でしょうね」

ノイストは根元まで吸った煙草の火を消しながら、意味有りげな事を言ったが、それを肯定するシダーゼの様子もまた意味有りげな物であった。
そして、炎術で吸殻を完全に灰にすると、彼は姿勢を正して、声を張り上げた。

「事情は分かりました、教会騎士団第一近衛騎士団、部隊長ノイストただちに人選を致します」
「教会騎士団第二近衛騎士団、部隊長アノーサ、同じく準備に入ります」
「教会騎士団第三呪法騎士団、部隊長フォルス、右に同じ」
「教会騎士団第四重装騎士団、部隊長ラグナレース、以下同文」

4人はそれぞれ思うところがあったようだが、結局何を言おうが、国王の許可を得た上での教会からの命令では拒否する事も出来ないのであった。
それが分かっていたからこそ、最終的には命令に対して応じる形になったのだ。

「申し訳ございません…ありがとうございます……我々も教会の動向については注意致しますが…騎士団長方も気をつけて下さい…」
「…分かってます…」

この話は此処で終わる。

「そういえば、あの船って名前はあるの?」
「……なんでもいいわ、わたしが乗るわけじゃないし」

ラグナレースが突然、興味津々と言った様子でシダーゼに詰め寄った。
そんな彼を見てフォルスは呆れ果てている。
アノーサもノイストと眼を合わせる。
彼はいつの間にか火をつけた2本目の煙草の煙を吐きながら静かに首を横に振った。

「…ああ…前の青い装甲の船がツァール、後ろの赤い装甲の船がロイガーです」
「妙な名前だね?」

シダーゼの答えた名前に、ラグナレースは主に語感に戸惑っていた。
そんな彼の様子を尻目に、ジダーゼは船の仕様を話し始めた。

「どちらも、魔力を帯びた特殊金属を薄く加工した装甲を船底から両舷に備え、推進力は風力と魔力を併用し、兵装も魔力砲弾という新技術を利用した新鋭艦です」
「…そんな技術をどこから?」
「…………教会経由です」

技術の出元を聞いたノイストは、その答えだけで事情を察したようだった。
この国の魔導技術や鉱石加工技術は魔物の援助がない分、新魔物派と比べると遅れている。
研究開発も思うように進んでいないこの国の現状では、これだけの物は作れないはずだった。

そうなれば、それらは魔物や新魔物派から得た情報や技術という事になる。
だが、敵対している相手にそんな重要な物を簡単に教えるはずも無い。
つまりは教会が力づくで魔物、もしくは新魔物派から引き出したという事であった。

さぞかし、えげつない方法で技術情報を引き出したのだろう…ノイストはそう考えた。
だが、彼は何も言わなかった。

確証が無いというのもあったが、技術情報を得る方法に対して別段憤りを感じているわけでもなかったからだ。

「それでは、私は教会からの命令を伝えました、私は私の義務を果たすために、自分の職場に戻る事とします」
「分かりました、我々もここで…」
「おっと、言い忘れておりました…」
「?」

ノイストは言い淀むシダーゼを見た。
何となく、悪戯がばれた子供のようである。

「ここで話した教会への愚痴は他言無用でお願いします」
「分かってますよ、…わたくし達も同じような物ですから」

口に人差し指を当てるいい歳した男に対し、ノイストはにっこりと笑ってそう言った。
他の3人の部隊長も同じように笑っている。

それを見たシダーゼは安心したのか、肩の力を抜きながら海に背を向け、振り返らずに立ち去っていった。

「…それでは私も担当地域に戻って人選を始めます」
「わたくしも…せめて生き残る可能性が高い者を選ぶ事にします」
「僕も戻らないと…ごめんねフォルス、またしばらくは会えないや」
「……ばかっ」

教会騎士達は思い思いの言葉を口にする。
フォルスはラグナレースの言葉に対して、彼に抱きつきながら短く答えた。
先程までの態度との違い、そして彼女がとった行為に驚く者は誰もいない。
互いに相手の事を心底大切に思い、そして愛している事をアノーサもノイストも、そして本人達も良く分かっているからだ。

フォルスは兄の耳元に口を寄せて、ゆっくりと話し始めた。

「兄さん……お会い出来る日をお待ちしております」

それだけいい、彼女は兄から離れ、一目散に駆けていった。
アノーサの眼に映ったのは、手を組み、顔を寄せ合った瓜二つの兄妹の姿。
微笑ましい様で、どこか妖艶でもあった。

「じゃあ、僕も行くよ…アノーサにノイスト、またいずれ…」
「ええ…貴方も身体に気をつけてね」

そして、彼女がいなくなった後に、同じ顔をした兄もまたその場を立ち去っていった。
その場に残ったのはアノーサとノイストであった。

「しかし…折角議員が教会に異を唱えて頂いたとは言え…結果はあまり良い物ではないですね」
「仕方ないですよ、教会派の議員や国王派の議員がいますし、簡単にはいきません…議員にしても一枚岩ではないという事なのでしょう」

アノーサの言葉にノイストはそう答えた。
彼らは教会所属の騎士団という立場であり、国家の運営には口を挟む事は無い。
そして同時に、彼らは教会の守護をする騎士であるため、教会の運営にも関わらない。
それ故に、今回シダーゼという議員との接触はノイストにとってもアノーサにとっても、興味深いものだったようだ。

「それにしても、教会からあんな要求がなされるとは思ってもいませんでした…」
「それは私も同感ですが…そのような人間しかいないわけでもありますまい、私やあの双子の面倒を見てくれた神父様は少なくとも私達や民のことを考えて下さっていましたし…」
「国も教会も内部には色々な人間がいるという事ですね……」

2人はそんな話をしながら少し考えていた。
自分達が知らないだけで、集団や組織というものは実に多様な人間が集まっているのだと。
そして、ひょっとしたら…魔物達もそうなのではないか…と。
だが、それを口にする事はついに無かった。

「それではわたくしも、城に戻り人選に入ると致します」
「私も、任務地へ戻り部隊から人を選びますね」

そして、ノイストとアノーサは互いに別れを告げた。
2人ともゆっくりと岸壁から離れていく。
アノーサは一度だけ、海を振り返った。

そこにあるのは動かすべき人がいない、木と金属の複合体。
おそらく乗せるべき避難民を乗せる事も無く、なし崩しな使い方をされ、役目を果たす事も無く海に消えていくのだろう…アノーサはそう考えていた。

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2人の教会騎士団がその場を去った後に残ったのは、海風と波に揺られる2隻の新型艦だけであった。


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シダーゼ議員が何らかの方法で国を脱出したという記録は残っていない。
他にも数名の議員がこの国の最後の戦いが終わっても尚、この国に残っていた。

それは教会の人間も同じであった。
神父や司教の一部も最後までこの国から離れなかったのだ。

そうした者達の中には、自ら命を絶った者もいれば、捕虜となった者もいたし、恩赦を受けてこの大陸を離れた者もいた。
しかし、最も多かったのはこの大陸に残り、魔物を妻にした者だったというのは皮肉な結果なのかもしれない。
11/11/17 20:56更新 / 月影
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■作者メッセージ
反魔物派の中の不協和音というのが何となくでも伝われば、私は嬉しいです。

次回予定:サバト殲滅戦の侵攻部隊がどうなったかを書きます。

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