連載小説
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ある日の騎士達(前編)

◎注意:反魔物派の話につき、魔物娘は1人も出てきません◎



聖王都グラネウス、教会騎士団第2近衛騎士団、部隊長の記録。


聖皇暦325年1月6日、その日彼女はレムリア大陸東端に位置する港町ブルームにいた。
ここは、大型艦船が停泊できる反魔物領唯一の港である。
無論、反魔物派が統治している海沿いの町もいくつかあるのだが、海の魔物達による海路封鎖によって、それらのほとんどは機能を停止している。

「……風が気持ち良いな」

彼女は髪をかき上げながらそう呟く、海からの心地よい風はそこにいる教会騎士を励ましているようであった。
彼女が今いるのは船舶が停泊するための岸壁である。
後数歩前に進めば彼女は青い海に落ちてしまうが、それでも彼女は視線を落として、青く波打つ海面を眺めたかったのだ……厄介事から現実逃避をするために。

(…こんな港町に呼び出しとは…何を考えているのか…)

彼女の疑問は、彼女にこのブルームに訪れるようにと命令を出してきた、教会に対してのものだった。
教会騎士団第2近衛兵団の再編成を終え、ようやく厄介な業務から解き放たれた彼女にとって、この命令は正直鬱陶しかったのだ。

そんな憂鬱な気持ちを慰めるように、潮風が白銀の鎧を撫で、陽光が影を落とす顔を照らし、鎧に反射し煌いている。

光と風に釣られるように彼女は視線を持ち上げる。
そこには他の木造船とは明らかに作りも大きさも異なる、2隻の船があった。

「……こんなものを今更作って何になるというのだ…」

彼女の呟きは海風に掻き消されるほどの小さなものであった。
だが、小さなその言葉は国と教会に対しての批判であり、誰かに聞かれたりすれば自分の身を危うくしかねないものであった。
それほどまでに、今の聖王都グラネウスと教会は身内からの離反者を恐れていた。

思想と言論への締め付けの中、それでも彼女は目の前の船に対して、疑問を持たずに入られなかったのだった。

「アノーサ殿、こんなところにいらっしゃいましたか」
「!」

突如かけられた声にアノーサと呼ばれた女性は驚いて振り返る。
先程の呟きが聞かれたと思ったのか、自然に腰のレイピアに手をかけていた。

視線が海から街並みへと移り変わる。
アノーサの視界に声の主の姿が入った。
そこには白髪が混じった黒い短髪と、同じ配色の髭を生やした男が立っていた。
その男に見覚えがあったアノーサは、レイピアを抜くのを止める。

「……ノイスト殿…驚くではないですか」
「コレは失礼しました」
「しかし、あなたまでこちらに来られていたとは…」
「わたくしだけではありません」
「ということは…?」
「はい、あの双子も今日こちらに呼ばれております。」

ノイストと呼ばれた男は静かな言葉でアノーサと会話を交わす。
彼は40歳を超えているが、未だに現役の教会騎士である。
彼の顔や手の見える部分に残る傷跡は彼の功績の記録でもあった。

しかし、それらの生々しい傷跡があっても尚、彼は他人に対しきつい印象を与えない人物であった。
それは、年下のアノーサに対してすら、丁寧な言葉使いを徹底するところからも伺う事が出来る。

「…現存する教会騎士団の隊長を全員ここに集めて、教会は何を考えているんでしょうね」
「それはわたくしの知るところではありませんが…目の前の『これ』が関係あるのは間違いないでしょう」
「なるほど確かに……そういえばあの双子は今どちらにいるんでしょうか?」

アノーサーはノイストを見上げながら、そう言った。
160cm程の彼女ではあるが、170cmを軽く超えるノイストが相手では、どうしても見上げる形になってしまう。
彼はいわゆる教会騎士の鎧は身につけていない。

本来ならば外での仕事の際は鎧の着用が命じられているのだが、彼は戦闘以外の外回りにおいてもずっと礼服にしか見えない、胸元の閉じた黒のコートと同じく黒のズボンを着込んでいる。
自分の数少ない趣味、と彼は言うが貴族の血筋というのも関係あるのかもしれない。
いずれにしても、彼だけは服装に関して黙認されている状態なのであった。

「さあ…どうでしょうな、わたくしにも分かりかねます、なにせあの2人は自由奔放を絵に描いたような方ですから」
「とは言うものの…約束の時間まであまり余裕が無い……私が探しに出たほうがいいかもしれないですね…」
「いえ、それには及びますまい、あの2人はまだ若輩とは言え、一級の教会騎士です、自覚が無いはずが無い」
「それもそうですね……」

ノイストの落ち着いた丁寧な言葉に、アノーサもついつい釣られて同じように丁寧になってしまう。
だが、彼の言葉はそれほど嫌味っぽくも無く、威圧感も無く、むしろ彼女にとっては父親と話しているような気分であった。

「そういえば、アノーサ殿の第2近衛騎士団は再編成を終えたのですね?」
「あ……はい、つい1週間ほど前に」
「確かそれに合わせて、勇者としての加護と祝福を受けられるか、試されたのでしたよね?」
「はい…それはつい4日前に…」

勇者として認められるか…すなわち主神の加護が得られるか否かという事なのだが、これは魔物と対峙する場合に、とても大きな要素となる。
何故なら、主神の加護は魔術・魔力への耐性強化や自身の魔力・体力の回復速度の上昇といった効果を与えるからだ。

試験の結果はまだ聞いていないが、もう出ている筈だった。
だが、それを確認する前にこっちに呼ばれてしまったのだった。

「どちらにしても、アノーサ殿の部隊が復帰した事で、何とか魔物達との均衡状態を保てればよいのですが…」
「均衡?」
「はい、現状では戦端を開いたところで勝ち目は皆無、聖王都は1ヶ月も持ちません」

教会騎士団の中で国王や大司教を直接護衛を命じられるのはノイスト率いる第1近衛騎士団のみである。
それだけ信頼されている部隊の部隊長である彼の口から出てきた、魔物との均衡という言葉はアノーサにとっては驚愕の一言だったのだ。

「意外に思われますか?」
「正直に言えば…」
「わたくしとて、魔物を許せるわけではありませんが、ですが現状の戦力比を考えれば今は機会を待つしかありません」
「……」

アノーサは待っていられなかった。
かつて第2近衛騎士団の隊長…彼を助けに行きたくてしょうがなかったのだった。
だが、ノイストの言っていることが分からないほど彼女は分からず屋でもないし、任務の遂行を全て投げ打ってしまうほど、無責任でもなかった。

「最終的に魔物を駆逐し尽くすべきだと、わたくしも思いますが、今の教会のやり方のままでは……おそらく我々は軍事的に魔物達に敗北します」
「ですが、現状のままでは社会構造から奴らに喰い潰されてしまいます」

現在の和平条約下ならば、軍事的に敗北し崩壊するということも無いだろう。
条約が有効である間ならば、国や教会を維持することが可能だろう。
問題は戦端が開かれずとも、魔物達が男を誘惑し、女を仲間にして徐々に反魔物派を切り崩してきていることだ。
それは条約下においても密かに、時は大胆に行われている。

「それはそうですが、今は何とか耐えるしかありません」
「…」

軍事に拠らない静かな侵略に対して、力ずくの抵抗を試みることが出来ない程、反魔物派の力は失われている。
精々、領地内において魔物の捜索を口実に排除することが精一杯であった。

「……ギルドの活動が頼みですね」
「そうですね、しかし新魔物派や魔物達もそろそろ3者合同ギルドの活動に疑問を持つ頃だと思いますよ、あそこには新魔物派も魔物も参加していますから」
「だからこそ、反魔物派ギルドを設立して対応させています」
「それも限界が見えています……ギルド員の損耗率は増加する一方ですし、それに反比例するように参加者は減ってきています」
「…」

条約を交わす際に設立した3者合同ギルドは既に本来の目的のためには機能していない。
魔物の完全排除を目指す反魔物派は人知れず反魔物領に住んでいる魔物や国境付近に生活する魔物を排除するために、このギルドを利用していた。
無論、3者合同ギルドには新魔物派や魔物も所属しているので、資料は幾度も改竄を繰り返している。

「…いずれにしても、今は戦力の維持と増強に努めるべきでしょうね」

ノイストはそう言って話を一端区切った。
それは、少し向こうの倉庫の脇からこちらに向かって歩いてくる人間が3人いたからだ。

50m以上あるのでおそらく彼女達の会話は届いていないが、万が一教会の人間であったりするとややこしい事になりかねない。
そういう事情でノイストは話をやめたのだった。

アノーサもノイストの視線を追うように、倉庫脇に視線を移す。
彼女はすぐにこちらに向かって歩く人に気がつき、警戒を強めたが、間も無くその人間のうち2人は見知った人間であった事に気がつき、彼女は身体の緊張を解いた。

「やっと来られましたね…」
「あの真ん中の方は……教会の人間でしょうか?」
「アノーサ殿…少しは自分の国の議員に関心を持ってください」
「…すみません」

剣術一筋な彼女にとっては政治というものに興味を持つことが出来なかった。
だが、それをやんわりたしなめられ、彼女は素直に謝る。
間も無く、3人はアノーサ、ノイストの目の前まで歩いてきた。

「アノーサとノイスト…先に来てたんだね」
「……ラグナが遅すぎるだけ」
「フォルスだって、露店の甘味食べて時間喰ってた癖に」
「……うるさい、殺すよ?」

最初に2人に声をかけた男はラグナレース、教会騎士団第四重装騎士団の部隊長、年齢は現在17歳である。
性格はこの歳の男にしては人懐っこく明るい、だが戦闘となれば巨大な戦槌を振り回し、武器も鎧も鮮血で赤く染め上げる。

そんなラグナレースと口論を始めた女はフォルス、教会騎士団第三呪法騎士団の部隊長、年齢はラグナレースと同じ17歳である。
女騎士ではあるが、同時に魔術師でもあり、その実力は現存する魔術師の中ではトップクラスである。
性格は寡黙で口が悪く、実の兄であるラグナレースにすら悪態や罵倒をつく。

そう、この2人は親を同じくする双子の兄妹であった。
だが、男女の双子にしては珍しく、並ぶと区別がつかなくなるほど容姿が瓜二つ、その発する声すら慣れなければ聞き分けることが出来ない程である。

「フォルス…そんな事言われると嬉しくなって本気出しちゃうよ?」
「無駄口叩いてないでやってみればいい、わたしに勝てるものならね」

アノーサが2人の事を考えているうちに、肝心の2人はなにやら雰囲気が怪しくなっていた。
ラグナレースの明るい笑顔が、冷笑を秘めた凄惨なものに変わっていく。
表情が殆ど変わらないフォルスも口元が釣り上がっていく。
ラグナレースは左手を突き出し、魔術を展開する。
術式は召喚術式であり、おそらくは自分の得物を呼び寄せようとしているのだろう。
フォルスは既に右手に杖を構えている。

だが、そんな状況で口を開いたのはノイストであった。

「……その辺にしておいてはどうでしょうか?」
「「!!、ごめんなさい」」

双子はノイストの少し強い口調の注意に声をそろえて謝った。
先程の殺気立った気配は一気に鳴りを潜める。

実力確かな双子騎士であっても、長年の経験と実績を持つノイストには頭が上がらないようであった。
そして、ようやく物騒な空気が去ったのを確認し、アノーサは口を開いた。

「フォルス、ラグナ…元気にしてた?」
「……ラグナは空元気だけが取り得よ、こいつから元気を取ったら何も残らないわ」
「こんな感じ、フォルスも元気だよ」



互いに自分では無く、相手のことを最初に言い出すのだからこの双子は面白い、アノーサはそう考えていた。
アノーサはそれから少しの間、今までどこで何をしていたとか、兄・妹への愚痴とか、そういった話を双子から聞かされることになった。



「そういえばさ、2日前に新魔物領の国境都市が1つ、陥落したって話を聞いたんだけど……あれはフォルスの部隊?」
「違う……わたしの部隊じゃない…ラグナの部隊じゃないの?」
「え…違うよ……じゃあ、アノーサの部隊?」
「……え…?」

ふと、ラグナレースが零した言葉とそれに答えるフォルスの言葉は、アノーサにとっては驚きだった。
『サバト』を撃滅し国境都市ノメインを陥落させた、という情報は彼女自身も知っていた。

(おかしい…どういうことだ?)

アノーサは殲滅戦の実行者はラグナレースかフォルスの騎士団だと思っていた。
何故なら、アノーサ率いる第2近衛騎士団は再編成を終えたばかりであり、作戦行動ができる程集団としてまとまっていなかったうえに、彼女自身がそんな命令を出していない。
更にはノイスト率いる第1近衛騎士団は聖王都防衛が主任務でそれ以外の任務には基本的に就かない。

だからこそ、双子騎士の『自分の部隊ではない』という言葉に驚いてしまった。

「……私でもノイスト殿でも無い…」
「「えっ??」」

それじゃあ誰が?、その問いに答える者はこの場に居なかった。
答えが出ぬまま沈黙する3人は、少し離れたところから聞こえる話声に気付いた。
3人が視線をそちらに移すと、そこではノイストと双子騎士に同行してきた男が何やら話しこんでいる。

「それでは、王都の防衛はどうなります!」
「……分かっております、我々も何とか説得を試みたのです」

どこか、口調の荒いノイストの様子に、アノーサは違和感を覚える。
先程までの話も気になるが、どうせこの場に居る誰も答えを知らないだろうし、それは後から調べられるだろう…彼女はそう考え、2人の側まで歩み寄って行った。

ラグナレースとフォルスもその考えを察したのか、何も言わずに彼女の後に付いて来る。
アノーサに気が付いたのか、ノイストは彼女の方を振り向き、焦燥感のこもった声をかけてきた。

「アノーサ殿も何とか言って下さい」
「とはいいましても、私は何の話をしているやら…」
「シダーゼ殿、アノーサ達にも説明していただけますね?」
「…もちろんです」

シダーゼといわれた男は身長こそアノーサと変わらないが、服装は美しい刺繍や装飾が施してあり、それ相応の身分の人間なんだと感じさせるものであった。
議員という立場の人間はそういうものだ…アノーサはそう考えた。
この国での議員の職務は王や教会が提案してきた政策に対して、意見を述べたり、議員の中での賛否を王に提示する事である。
無論、議員から政策を提案し、王に具申する事もある。
ただ、政策の是非についての最終的な決断は王が行うため、彼らはその決断の手伝いをしている…という形である。

そんな彼は先程少しノイストに話したという内容の話を始めた。

「本日、騎士団長方に集まって頂いたのは、教会から新たな命令がありましたので、それをお伝えするためでございます」
「…わざわざこんなところに集めなくとも、伝令を走らせるなり、念話術でも用いればよかったのではないですか?」
「いえ、今回は情報の漏洩をさせない様に最大限の注意を払って伝えるように、という厳命が下されました…そこで私が命令を伝えるために参じたわけです」

アノーサの言葉に、シダーゼはやや苦笑しながら答えた。
それは、時間や手間を取らせてしまった事に対しての気持ちなのであろう。
それを考えると、アノーサは彼に文句を言っても仕方ないと思えた。
また、同時に何故教会からの命令を一議員である彼が伝えに来たのかも気になったのだが、それはあえて聞かなかった。
どうせ、教会から押し付けられた…そんな所だろうと考えたのだった。

「それで、どんな内容なの?」
「はい、それは…」

ラグナレースが興味深々でシダーゼに指令の内容を聞き出した。
彼は先行する興味という感情を抑えるのが苦手なようだった。

「……この港に係留されてる新鋭艦の乗員を貴方達の部隊の兵士から召集したい…とのことです」
「「「!?」」」

3者3様、それぞれが驚いた。
アノーサは言葉も出ず、ラグナレースは先程の様に笑顔が消えつつある。
フォルスに至っては黙って睨み付けていた。

「と…わたくしが聞いたのも此処までです」
「理由をっ!理由を聞かせてください!」
「それで無くともわたしの部隊は人員の補充に時間がかかってて編成に苦労してるのに…」

アノーサが必死に喰い付く中、フォルスは溜息をつきながらそう言った。
魔術師は教会騎士を育成するよりも更に時間がかかる。
それ以前の問題として、魔術師への高い適正を持つ人材がなかなかいないのだ。
10歳から魔術師兼騎士をしていたフォルスのような例がレアケースなのである。

「僕の部隊だって人員に困窮することはあっても余る事は無いのに…」

ラグナレースとて困惑するのは同じである。
そんな各々の不満を聞き、シダーゼは更に表情を険しくしていく。
だが、それは怒りのせいではない、それは彼らが不満を持つことは分かっているし何とかしたいと思いながらも、それを何とかすることが出来ない非力さへの自己嫌悪のせいだ。

「申し訳ございません…我々も何とか教会からの提案に対して反対を申し立てたのですが…」
「……あの船はそもそも何のために建造されたんですか?」

シダーゼの謝罪に取り合わず、ノイストは更に問う。
それを受けて、彼は目の前の船の説明を始めた。

「教会が提案してきた当初の企画書では、あの船は大司教や王族、貴族がこの大陸を脱出する際に乗るための特別避難船だったのです」
「!」

今度は全員が驚いた。
とっさに声を出すものも無く、ただ唖然としている。

〜続〜
11/11/13 22:43更新 / 月影
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■作者メッセージ
反魔物派の現状を書きたかったわけですが、人間のみのエピソードってどうなんだろう…;
後半も後日UPします。

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