魔物娘生物災害 Z
― 反魔物領カルコサ ―
その日、街は死んだ。
開放された昇降口から溢れ出たゾンビ達は、真っ直ぐ中庭の先、校門へと向かっていく。
丁度、学園前の道を歩いてた自警団の男2人は、学園の中庭を猛烈な勢いで自分たちに向かってくる学生達を見つけ、何かあったのかと足を止めた。
だが、落ち着いて見れば衣服が破れ、表情が虚ろになった女学生ばかりが年甲斐も無く全力疾走してくる様子から、異変が起きている事と身の危険が迫っている事に気付くべきであった。
「どうした!、何があった!?」
「おぃ、待て、様子が変だ!!」
片割れが異常に気付いたが既に遅く、あっという間に中庭を突っ切り、門を超えたゾンビ達に押し倒されてしまった。
そして彼らは学園内の男性諸君と同じ末路を辿る事となる。
その2人の被害をきっかけに、街の東から西へと、爆発的に被害が拡大していく事となる。
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― セイレム学園 ―
7人は無人の学園の中を走っている。
化学実験室から出た彼らは、学園の中に魔物も人間もいなくなった時、初めて行動の自由を得ていた。
彼らは階段を駆け下り、場所は1階。
昇降口までの廊下を全員が走っている。
普段は人の喧騒が包むお昼の光景は、同じ時間帯であるにも拘らず、見ることは出来ない。
なんやかんやで周囲を警戒しつつ、トイレに行ったり携帯できる水筒に水を入れたりで、ゾンビ達が学園から全ていなくなってから、30分ほど時間が経っていた。
彼らはどちらにしても、ゾンビ達に追いつくわけにいかなかったのだ。
あれだけの数のゾンビを退け、しかもゾンビよりも先に家族の下へ到達する・・・そんな事は不可能だと分かっていたのだった。
今、7人は一通りの準備を終えた上で、昇降口にたどり着いた。
既に静かな学園と違い、開かれた昇降口の向こうからは微かに喧騒と血と魔の匂いが漂ってきていた。
「・・・本当に行くのよね?」
「ここに留まっても助からないぞ・・・」
トロメリアの不安げな言葉に、シルトが答える。
だが、他の面々もおおよそ似たような不安を抱えているらしく、その表情は暗い。
「ティクさんの家はすぐでしたよね?」
「ああ・・・5分位かな」
「じゃあ、行きましょう」
まずはティクの家に向かう。
クレンはそのことを確認すると深呼吸をした。
そして、彼女の吐き出す吐息を合図にしたかの様に、7人は昇降口を飛び出した。
中庭には誰も居ない。
ゾンビ達を率いる魔物は上手く自分の部下を制御しているようだった。
中庭を走りぬけると、間も無く校門にたどり着いた。
校門から目の前の街道を見回すが、幸い見える範囲にゾンビは居ない。
7人は校門で一旦足を止め、周囲を確認している。
「ここから・・・家、見えるよな・・・確か」
「だな・・・あそこだ」
レインは記憶を漁り、ティクの家の位置を思い出していた。
彼が指を指し示す先には他の家々に重なり合った1件の家があった。
見た目だけでは中がどうなっているかは分からない。
結局中へ入って、様子を見てみるしかなかった。
「じゃあ、一気に行くぞ、」
「了解」
シルトの掛け声に、ティクが小さく声を上げた。
そして、彼らは前もって打ち合わせた隊列を組む。
それは女性陣4人を中心に前衛をティクとレイン、後衛をシルトが担当し、その隊列のまま移動するという物だ。
現状、女性の方が多いため、どうしても防衛に回れる人間が少ないが、贅沢は言っていられない。
幸い、モップや箒の柄を武器として携えているため、素手で立ち向かうよりはましであった。
7人は得物を構え、隊列を組み、ティクとレインを先頭に全力で駆け出した。
学園を出てすぐの街道は左右に分かれている。
幸いそのどちらにもゾンビの姿はない。
彼らは学園を出てすぐの街道を左に曲がり、突き当りのT字路を更に右に曲がる。
ティクの自宅はこの街道を20m程進み、そこから脇道に入ったところに有るのだが・・・そこは光景が一変していた。
「なに・・・あれ」
シャルの言葉が示す物、それは狭い街道一杯に広がった20人ほどのゾンビ達が男に群がったり、追いかけていたり、女を押し倒したりしていた。
どうやらティクたちの反対側からもゾンビが来ているらしく、街の住人達は逃げ場を失い、パニックになっているようだった。
20m先というと、あのゾンビ達の肉欲の宴のすぐ脇をすり抜けなければならない。
果たして気付かれずにそれが出来るのかが問題だった。
「考えても仕方ねぇ、一気に抜けて、俺の家に避難するしかねぇよ」
ティクの一言に、足を止めていた7人は改めて走り出していた。
強行軍。
だが、現状では更に回り道をするのは賢いとはいえない。
ティクの実家がどうなっているかにもよるが、彼の家に一旦避難し、次のクレンの家まで逃げる算段をつける必要があった。
20m・・・全力で走れば意外とすぐである。
当然彼等の奏でる石畳を駆ける音は、近くのゾンビ達に察知される。
すぐに手持ち無沙汰のゾンビ達が4人、人間を見つけたと歓喜と悦楽の表情を零しながら7人に向かってきた。
全員が女学生の疾走ゾンビである。
「!!」
「急げ!!」
レインが一気に距離をつめてきたゾンビを躱し、すれ違い際にモップの柄で足を払って転ばせる。
後続の面々はそれを上手く避け、前衛に続いた。
「そこの角だ、早く曲がれ!!」
「まだ、まだ来てるわよ!!」
2人目の女学生ゾンビがティクに迫る。
「糞がァァァァ!!!!」
ティクが迫るゾンビに飛び膝蹴りを加え、そのまま押し倒す。
衝撃で胸部から嫌な音が聞こえたが、そんな事はお構いなし。
そのまま、無視して立ち上がり戦列に復帰する。
3人目と4人目を相手にせず、角へ近付くと、全員が無事に細道に入る、だが後ろからはゾンビが数人、彼らを追いかけてきていた。
「まだなの!、ルナがバテてるわ」
「分かってる、すぐそこだ!」
シャルの悲痛な叫びを受け、ティクは一軒の家の敷地に駆け込む。
そこが彼の実家、レンガ造りの簡素な一軒家だった。
「早く入れ!!」
ティクは7人全員が敷地内に逃げ込んだところで鋼鉄製の門扉を閉じ、鍵をかけた。
これで少なくとも、力が対して強くないゾンビはこの家の敷地に入ることは出来ない。
すると、間も無くゾンビが5人ほど、門扉に辿りつき、柵越しに手を伸ばしてきた。
「離れろ!!」
「ア゜ア゜ア゜ァァァァァ!!!」
トロメリアが手にしていたモップの柄で柵越しにゾンビを突き、向こう側に押し倒すが、その周りにいたゾンビ達にモップを捕まれ、思わず得物を離してしまった。
「!!」
「構うなトロメリア、早く家に入るんだ!」
シルトに促され、彼女はティク家の扉を開いた。
鍵が掛かっていない。
その事実に彼女の頬を冷たい汗が伝った。
そして、最初に家の中に足を踏み込んだのはレインであった。
トロメリアを押しのけた彼は得物を構え、ゆっくりと玄関から先へ進む。
他の面々についても打ち合わせた隊列を守り、最後尾のシルトが扉を閉め、内鍵をかけた。
家の中は静寂そのもの、窓も締め切られているせいか風の音もしない。
(・・・手遅れか?)
レインの心情は穏やかではない。
ティクの母親はとても落ち着いた優しい人で、何が遺伝してティクが生まれたのか分からないと、何度か身内でネタにしていた。
レイン自身も何度か料理を教えてもらったり、1人暮らしの上で色々と面倒を見てもらったりもした。
そんな彼女が魔物になってしまうというのはレインとしても、とてもショックな事だったのだ。
ティクの家には何度も遊びに来ているから造りは分かっている。
玄関から入って右手がリビング・台所になっており、左手が両親の寝室、突き当りがティクの寝室になっている。
「ちょっと・・・狭いわよ」
「皆同じですよ・・・あと、声量を落としたほうがいいと思います・・・」
「・・・分かった」
トロメリアが声を上げ、その声の大きさに思わずクレンが嗜めた。
だが、彼女の言うことも一理ある。
狭い廊下では7人が十分に距離をとれず少々手狭になっていたのだった。
そのことも有り、レインは右手のリビングへ、ティクは自室を残りシルトはティクの両親の寝室を見てくることになった。
「何かあったら声出せよ、あんまり大きすぎない様にな・・・」
「分かってる・・・・・・心配無用」
「いや・・・ルナが静かなのは分かってるから・・・」
寡黙なルナが声量を控えると言うのも可笑しな話。
思わず苦笑いをするシルトにルナは何のことか分からないといった様子で、首を傾げる。
銀白色の髪が静かに揺れるのを見つつ、シルトは寝室の扉を開いて中に入り込んでいった。
と、それとタイミングを同じくして、レインとティクもそれぞれが扉を開いて中に入っていく。
だが、彼らは気付くべきであった。
この街に入り込み、人を襲っているのはゾンビだけではない。
いや、本来は気付いていたはずだった。
学園の人間達をまとめて転移させたのは高位の魔物、その存在に気付けたのだから、当然ゾンビ以外の魔物が襲ってくる可能性も考慮すべきであった。
だが、この時は誰もがティクの家族の心配をしており、本当の意味で周囲を警戒していなかった。
魔物達に人間の常識を当てはめることなどできないと言うのに・・・
(・・・とは言ってもこの静けさ・・・誰か居る筈も無いわよね・・・)
トロメリアは内心で彼の家族が家に戻っている可能性を否定していた。
誰かがこの家にいれば、自分たちが家に侵入した時点で、それが人間か魔物か、確認するはずだ。
だが、実際には誰も様子を見に来ない・・・その事から彼女はこの家には人間が存在していないと考えた。
それは、間違っていない。
確かにこの家には人間はいなかった。
レインもティクもシルトも、それぞれが様子を見に入った部屋で、誰かが居る痕跡を見つける事が出来なかったのだ。
(・・・次はクレンの家よね・・・さっきよりも距離があるけど大丈夫かしr・・・!!)
そして、ふと彼女が物思いに耽りながら天井を見上げた時、それはニヤリとおぞましい笑みを彼女に投げかけた。
そう、この家には人間は居なかった。
だが、いつの間にか入り込んだ魔物が廊下の天井に張り付いていたのだった。
「!!」
「?、どうしたの?」
「ガチガチガチガチ・・・あぅ・・・あぁ・・・」
歯が鳴り合わさる音が響く。
シャルが彼女の見ている場所に目を移すと・・・
「!!?」
そこには6個の光る瞳が自分たちを見つめている光景。
思わず息を呑むシャルとトロメリアの目の前で、丸い瞳が細くなり、くすくすと笑い声が響いた。
「お〜ば〜か〜さ〜ん〜」
「間抜けねェ〜」
間延びした嘲笑の言葉が天井から降ってくるが、2人は反応できない。
ルナとクレンも声で異変に気が付き、前の2人に釣られて天井に視線を移し、2人と同様に固まってしまった。
人間、余りに異常な状況に陥ると声も出ない物なのかもしれない。
「じゃあ、早速頂きま〜す♪」
嬉しそうな声と共に、天井から降ってきたのは蝙蝠の羽とスレンダーな肢体、それに闇夜を見通す力を持つワーバット。
何故この家に入り込んでいたのかは不明だが、ひょっとしたら家に立てこもる人間達を内側から突き崩す為に送り込まれた魔物なのかもしれない。
頭から降って来るワーバットはトロメリアを狙っていた。
丁度彼女から一番近くにトロメリアが居たからなのだろう、爛々と闇に浮かぶ二つの瞳と、牙を剥いた彼女の形相を目の当たりにしたトロメリアは、逃げることも出来なかった。
そして、そこまで高くない天井である。
あっという間にワーバットが迫る。
トロメリアにはそれはまるでコマ送りの映像を見ている様だった。
天井から足を離し、そのまま自由落下を始める。
大口を開けた彼女には白く鋭い犬歯が生えていた。
あれは痛そうだ・・・そんな思考が彼女の中に芽生える。
見開かれた目、普段は前髪で隠しているのだろう、髪を振り乱して露になった目は、ギラギラと恐ろしく輝いていた。
それらがとてもゆっくりと感じる時間の中で、やけに鮮明に映し出されていた。
そして、彼女が伸ばす手がトロメリアに触れるその一瞬前に、自分の襟首を捕まれる感覚が襲い、物凄い勢いで後ろに引っ張られた。
頭に衝撃を感じ、彼女はそこで意識を手放してしまった。
ゴンッ!!
ワーバットが柔らかい女体では無く、硬い木製の床に落ちた事で音が出た。
当然それは探索に分かれた男性陣の耳に届いている。
間も無く、ティク・レイン・シルトがそれぞれの部屋から廊下に戻ってくる。
ワーバットが床で目を回し、トロメリアがクレンに引っ張られて扉に頭をぶつけて失神。
ルナはシャルに身体で庇われている。
その光景に状況を最初に把握したのはレイン。
天井を見上げ、ワーバットが2人いるのを確認する。
「おい、そこの蝙蝠っ娘!!、喰うならわしにしておけ!!」
「!!、男だ!!」
「あ♪、私の好み!」
レインが声を上げると、案の定男を見つけたと色めきたつ2人のワーバット。
見た目だけでは年齢を判断しにくい彼女達魔物ではあるが、喋り方からするにまだ幼い印象を受けた。
と、2人は天井から離れて一直線にレインに向かって飛んできた。
だが、ティクとシルトが前に踏み出し、それぞれの得物で2人のワーバットをあっさり叩き落した。
床に叩きつけられ、失神する2人を他所に、男性陣はそれぞれの調査結果を報告しあった。
結論としてはこの家に人間は居ない。
仕事先からここまで戻ってこれないのか、それとも手遅れなのかは不明だが、今ここに人が居ない時点でこれ以上の長居は無用。
ティクは一縷の望みをかけて書置きを残す。
1分をかけずにメモを用意し、リビングに置いた。
その間にトロメリアは目を覚まし、身体を震わせながらも何とか立ち上がった
そして、3人のワーバットをリビングの窓から外に放り出し、既に用のないこの家からさっさと出る事にした。
といっても、正面玄関から出ても目の前には門扉の前に群がるゾンビが居る。
そこで、玄関から出て、裏手に回り、別の通りを行くことにした。
男性陣3人は先陣を切って、玄関の扉を開け、外に出て行く。
それに合わせて女性陣も後に続こうとしたのだが・・・・・・
「えっ!?」
不意に腕を引っ張られる感覚がクレンを襲った。
そして、その原因を確認する一瞬前に彼女の腕を鈍痛が駆け抜けた。
「痛いッ!!」
既に外に出ていたシャルは、その声でクレンに何かが起きたのに気が付き、慌てて振り返った。
玄関際で繰り広げられていた光景。
それは最初に襲ってきたワーバットではない、全員の警戒が緩むのを待っていた4匹目のワーバットが最後尾のクレンの右腕に噛み付いている光景だった。
「クレン!!」
「何やってんのよ!!!」
シャルの叫び声に最初に反応したのはティクだが、行動を起こしたのはトロメリアだった。
彼女の得物はゾンビに奪われていたので、武器で殴りつけることは出来なかったが、その代わりに強烈な蹴りをワーバットの頭に喰らわせた。
「ムギュ!!」
奇妙な呻き声を上げて、ワーバットは先の3人と同じく、忘我の淵に叩き落された。
そして、トロメリアは何とかクレンを家から引っ張り出し、シルトがワーバットを玄関から外に引きずり出して家の扉を閉めた。
〜 続 〜
その日、街は死んだ。
開放された昇降口から溢れ出たゾンビ達は、真っ直ぐ中庭の先、校門へと向かっていく。
丁度、学園前の道を歩いてた自警団の男2人は、学園の中庭を猛烈な勢いで自分たちに向かってくる学生達を見つけ、何かあったのかと足を止めた。
だが、落ち着いて見れば衣服が破れ、表情が虚ろになった女学生ばかりが年甲斐も無く全力疾走してくる様子から、異変が起きている事と身の危険が迫っている事に気付くべきであった。
「どうした!、何があった!?」
「おぃ、待て、様子が変だ!!」
片割れが異常に気付いたが既に遅く、あっという間に中庭を突っ切り、門を超えたゾンビ達に押し倒されてしまった。
そして彼らは学園内の男性諸君と同じ末路を辿る事となる。
その2人の被害をきっかけに、街の東から西へと、爆発的に被害が拡大していく事となる。
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― セイレム学園 ―
7人は無人の学園の中を走っている。
化学実験室から出た彼らは、学園の中に魔物も人間もいなくなった時、初めて行動の自由を得ていた。
彼らは階段を駆け下り、場所は1階。
昇降口までの廊下を全員が走っている。
普段は人の喧騒が包むお昼の光景は、同じ時間帯であるにも拘らず、見ることは出来ない。
なんやかんやで周囲を警戒しつつ、トイレに行ったり携帯できる水筒に水を入れたりで、ゾンビ達が学園から全ていなくなってから、30分ほど時間が経っていた。
彼らはどちらにしても、ゾンビ達に追いつくわけにいかなかったのだ。
あれだけの数のゾンビを退け、しかもゾンビよりも先に家族の下へ到達する・・・そんな事は不可能だと分かっていたのだった。
今、7人は一通りの準備を終えた上で、昇降口にたどり着いた。
既に静かな学園と違い、開かれた昇降口の向こうからは微かに喧騒と血と魔の匂いが漂ってきていた。
「・・・本当に行くのよね?」
「ここに留まっても助からないぞ・・・」
トロメリアの不安げな言葉に、シルトが答える。
だが、他の面々もおおよそ似たような不安を抱えているらしく、その表情は暗い。
「ティクさんの家はすぐでしたよね?」
「ああ・・・5分位かな」
「じゃあ、行きましょう」
まずはティクの家に向かう。
クレンはそのことを確認すると深呼吸をした。
そして、彼女の吐き出す吐息を合図にしたかの様に、7人は昇降口を飛び出した。
中庭には誰も居ない。
ゾンビ達を率いる魔物は上手く自分の部下を制御しているようだった。
中庭を走りぬけると、間も無く校門にたどり着いた。
校門から目の前の街道を見回すが、幸い見える範囲にゾンビは居ない。
7人は校門で一旦足を止め、周囲を確認している。
「ここから・・・家、見えるよな・・・確か」
「だな・・・あそこだ」
レインは記憶を漁り、ティクの家の位置を思い出していた。
彼が指を指し示す先には他の家々に重なり合った1件の家があった。
見た目だけでは中がどうなっているかは分からない。
結局中へ入って、様子を見てみるしかなかった。
「じゃあ、一気に行くぞ、」
「了解」
シルトの掛け声に、ティクが小さく声を上げた。
そして、彼らは前もって打ち合わせた隊列を組む。
それは女性陣4人を中心に前衛をティクとレイン、後衛をシルトが担当し、その隊列のまま移動するという物だ。
現状、女性の方が多いため、どうしても防衛に回れる人間が少ないが、贅沢は言っていられない。
幸い、モップや箒の柄を武器として携えているため、素手で立ち向かうよりはましであった。
7人は得物を構え、隊列を組み、ティクとレインを先頭に全力で駆け出した。
学園を出てすぐの街道は左右に分かれている。
幸いそのどちらにもゾンビの姿はない。
彼らは学園を出てすぐの街道を左に曲がり、突き当りのT字路を更に右に曲がる。
ティクの自宅はこの街道を20m程進み、そこから脇道に入ったところに有るのだが・・・そこは光景が一変していた。
「なに・・・あれ」
シャルの言葉が示す物、それは狭い街道一杯に広がった20人ほどのゾンビ達が男に群がったり、追いかけていたり、女を押し倒したりしていた。
どうやらティクたちの反対側からもゾンビが来ているらしく、街の住人達は逃げ場を失い、パニックになっているようだった。
20m先というと、あのゾンビ達の肉欲の宴のすぐ脇をすり抜けなければならない。
果たして気付かれずにそれが出来るのかが問題だった。
「考えても仕方ねぇ、一気に抜けて、俺の家に避難するしかねぇよ」
ティクの一言に、足を止めていた7人は改めて走り出していた。
強行軍。
だが、現状では更に回り道をするのは賢いとはいえない。
ティクの実家がどうなっているかにもよるが、彼の家に一旦避難し、次のクレンの家まで逃げる算段をつける必要があった。
20m・・・全力で走れば意外とすぐである。
当然彼等の奏でる石畳を駆ける音は、近くのゾンビ達に察知される。
すぐに手持ち無沙汰のゾンビ達が4人、人間を見つけたと歓喜と悦楽の表情を零しながら7人に向かってきた。
全員が女学生の疾走ゾンビである。
「!!」
「急げ!!」
レインが一気に距離をつめてきたゾンビを躱し、すれ違い際にモップの柄で足を払って転ばせる。
後続の面々はそれを上手く避け、前衛に続いた。
「そこの角だ、早く曲がれ!!」
「まだ、まだ来てるわよ!!」
2人目の女学生ゾンビがティクに迫る。
「糞がァァァァ!!!!」
ティクが迫るゾンビに飛び膝蹴りを加え、そのまま押し倒す。
衝撃で胸部から嫌な音が聞こえたが、そんな事はお構いなし。
そのまま、無視して立ち上がり戦列に復帰する。
3人目と4人目を相手にせず、角へ近付くと、全員が無事に細道に入る、だが後ろからはゾンビが数人、彼らを追いかけてきていた。
「まだなの!、ルナがバテてるわ」
「分かってる、すぐそこだ!」
シャルの悲痛な叫びを受け、ティクは一軒の家の敷地に駆け込む。
そこが彼の実家、レンガ造りの簡素な一軒家だった。
「早く入れ!!」
ティクは7人全員が敷地内に逃げ込んだところで鋼鉄製の門扉を閉じ、鍵をかけた。
これで少なくとも、力が対して強くないゾンビはこの家の敷地に入ることは出来ない。
すると、間も無くゾンビが5人ほど、門扉に辿りつき、柵越しに手を伸ばしてきた。
「離れろ!!」
「ア゜ア゜ア゜ァァァァァ!!!」
トロメリアが手にしていたモップの柄で柵越しにゾンビを突き、向こう側に押し倒すが、その周りにいたゾンビ達にモップを捕まれ、思わず得物を離してしまった。
「!!」
「構うなトロメリア、早く家に入るんだ!」
シルトに促され、彼女はティク家の扉を開いた。
鍵が掛かっていない。
その事実に彼女の頬を冷たい汗が伝った。
そして、最初に家の中に足を踏み込んだのはレインであった。
トロメリアを押しのけた彼は得物を構え、ゆっくりと玄関から先へ進む。
他の面々についても打ち合わせた隊列を守り、最後尾のシルトが扉を閉め、内鍵をかけた。
家の中は静寂そのもの、窓も締め切られているせいか風の音もしない。
(・・・手遅れか?)
レインの心情は穏やかではない。
ティクの母親はとても落ち着いた優しい人で、何が遺伝してティクが生まれたのか分からないと、何度か身内でネタにしていた。
レイン自身も何度か料理を教えてもらったり、1人暮らしの上で色々と面倒を見てもらったりもした。
そんな彼女が魔物になってしまうというのはレインとしても、とてもショックな事だったのだ。
ティクの家には何度も遊びに来ているから造りは分かっている。
玄関から入って右手がリビング・台所になっており、左手が両親の寝室、突き当りがティクの寝室になっている。
「ちょっと・・・狭いわよ」
「皆同じですよ・・・あと、声量を落としたほうがいいと思います・・・」
「・・・分かった」
トロメリアが声を上げ、その声の大きさに思わずクレンが嗜めた。
だが、彼女の言うことも一理ある。
狭い廊下では7人が十分に距離をとれず少々手狭になっていたのだった。
そのことも有り、レインは右手のリビングへ、ティクは自室を残りシルトはティクの両親の寝室を見てくることになった。
「何かあったら声出せよ、あんまり大きすぎない様にな・・・」
「分かってる・・・・・・心配無用」
「いや・・・ルナが静かなのは分かってるから・・・」
寡黙なルナが声量を控えると言うのも可笑しな話。
思わず苦笑いをするシルトにルナは何のことか分からないといった様子で、首を傾げる。
銀白色の髪が静かに揺れるのを見つつ、シルトは寝室の扉を開いて中に入り込んでいった。
と、それとタイミングを同じくして、レインとティクもそれぞれが扉を開いて中に入っていく。
だが、彼らは気付くべきであった。
この街に入り込み、人を襲っているのはゾンビだけではない。
いや、本来は気付いていたはずだった。
学園の人間達をまとめて転移させたのは高位の魔物、その存在に気付けたのだから、当然ゾンビ以外の魔物が襲ってくる可能性も考慮すべきであった。
だが、この時は誰もがティクの家族の心配をしており、本当の意味で周囲を警戒していなかった。
魔物達に人間の常識を当てはめることなどできないと言うのに・・・
(・・・とは言ってもこの静けさ・・・誰か居る筈も無いわよね・・・)
トロメリアは内心で彼の家族が家に戻っている可能性を否定していた。
誰かがこの家にいれば、自分たちが家に侵入した時点で、それが人間か魔物か、確認するはずだ。
だが、実際には誰も様子を見に来ない・・・その事から彼女はこの家には人間が存在していないと考えた。
それは、間違っていない。
確かにこの家には人間はいなかった。
レインもティクもシルトも、それぞれが様子を見に入った部屋で、誰かが居る痕跡を見つける事が出来なかったのだ。
(・・・次はクレンの家よね・・・さっきよりも距離があるけど大丈夫かしr・・・!!)
そして、ふと彼女が物思いに耽りながら天井を見上げた時、それはニヤリとおぞましい笑みを彼女に投げかけた。
そう、この家には人間は居なかった。
だが、いつの間にか入り込んだ魔物が廊下の天井に張り付いていたのだった。
「!!」
「?、どうしたの?」
「ガチガチガチガチ・・・あぅ・・・あぁ・・・」
歯が鳴り合わさる音が響く。
シャルが彼女の見ている場所に目を移すと・・・
「!!?」
そこには6個の光る瞳が自分たちを見つめている光景。
思わず息を呑むシャルとトロメリアの目の前で、丸い瞳が細くなり、くすくすと笑い声が響いた。
「お〜ば〜か〜さ〜ん〜」
「間抜けねェ〜」
間延びした嘲笑の言葉が天井から降ってくるが、2人は反応できない。
ルナとクレンも声で異変に気が付き、前の2人に釣られて天井に視線を移し、2人と同様に固まってしまった。
人間、余りに異常な状況に陥ると声も出ない物なのかもしれない。
「じゃあ、早速頂きま〜す♪」
嬉しそうな声と共に、天井から降ってきたのは蝙蝠の羽とスレンダーな肢体、それに闇夜を見通す力を持つワーバット。
何故この家に入り込んでいたのかは不明だが、ひょっとしたら家に立てこもる人間達を内側から突き崩す為に送り込まれた魔物なのかもしれない。
頭から降って来るワーバットはトロメリアを狙っていた。
丁度彼女から一番近くにトロメリアが居たからなのだろう、爛々と闇に浮かぶ二つの瞳と、牙を剥いた彼女の形相を目の当たりにしたトロメリアは、逃げることも出来なかった。
そして、そこまで高くない天井である。
あっという間にワーバットが迫る。
トロメリアにはそれはまるでコマ送りの映像を見ている様だった。
天井から足を離し、そのまま自由落下を始める。
大口を開けた彼女には白く鋭い犬歯が生えていた。
あれは痛そうだ・・・そんな思考が彼女の中に芽生える。
見開かれた目、普段は前髪で隠しているのだろう、髪を振り乱して露になった目は、ギラギラと恐ろしく輝いていた。
それらがとてもゆっくりと感じる時間の中で、やけに鮮明に映し出されていた。
そして、彼女が伸ばす手がトロメリアに触れるその一瞬前に、自分の襟首を捕まれる感覚が襲い、物凄い勢いで後ろに引っ張られた。
頭に衝撃を感じ、彼女はそこで意識を手放してしまった。
ゴンッ!!
ワーバットが柔らかい女体では無く、硬い木製の床に落ちた事で音が出た。
当然それは探索に分かれた男性陣の耳に届いている。
間も無く、ティク・レイン・シルトがそれぞれの部屋から廊下に戻ってくる。
ワーバットが床で目を回し、トロメリアがクレンに引っ張られて扉に頭をぶつけて失神。
ルナはシャルに身体で庇われている。
その光景に状況を最初に把握したのはレイン。
天井を見上げ、ワーバットが2人いるのを確認する。
「おい、そこの蝙蝠っ娘!!、喰うならわしにしておけ!!」
「!!、男だ!!」
「あ♪、私の好み!」
レインが声を上げると、案の定男を見つけたと色めきたつ2人のワーバット。
見た目だけでは年齢を判断しにくい彼女達魔物ではあるが、喋り方からするにまだ幼い印象を受けた。
と、2人は天井から離れて一直線にレインに向かって飛んできた。
だが、ティクとシルトが前に踏み出し、それぞれの得物で2人のワーバットをあっさり叩き落した。
床に叩きつけられ、失神する2人を他所に、男性陣はそれぞれの調査結果を報告しあった。
結論としてはこの家に人間は居ない。
仕事先からここまで戻ってこれないのか、それとも手遅れなのかは不明だが、今ここに人が居ない時点でこれ以上の長居は無用。
ティクは一縷の望みをかけて書置きを残す。
1分をかけずにメモを用意し、リビングに置いた。
その間にトロメリアは目を覚まし、身体を震わせながらも何とか立ち上がった
そして、3人のワーバットをリビングの窓から外に放り出し、既に用のないこの家からさっさと出る事にした。
といっても、正面玄関から出ても目の前には門扉の前に群がるゾンビが居る。
そこで、玄関から出て、裏手に回り、別の通りを行くことにした。
男性陣3人は先陣を切って、玄関の扉を開け、外に出て行く。
それに合わせて女性陣も後に続こうとしたのだが・・・・・・
「えっ!?」
不意に腕を引っ張られる感覚がクレンを襲った。
そして、その原因を確認する一瞬前に彼女の腕を鈍痛が駆け抜けた。
「痛いッ!!」
既に外に出ていたシャルは、その声でクレンに何かが起きたのに気が付き、慌てて振り返った。
玄関際で繰り広げられていた光景。
それは最初に襲ってきたワーバットではない、全員の警戒が緩むのを待っていた4匹目のワーバットが最後尾のクレンの右腕に噛み付いている光景だった。
「クレン!!」
「何やってんのよ!!!」
シャルの叫び声に最初に反応したのはティクだが、行動を起こしたのはトロメリアだった。
彼女の得物はゾンビに奪われていたので、武器で殴りつけることは出来なかったが、その代わりに強烈な蹴りをワーバットの頭に喰らわせた。
「ムギュ!!」
奇妙な呻き声を上げて、ワーバットは先の3人と同じく、忘我の淵に叩き落された。
そして、トロメリアは何とかクレンを家から引っ張り出し、シルトがワーバットを玄関から外に引きずり出して家の扉を閉めた。
〜 続 〜
10/08/24 22:31更新 / 月影
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