魔窟の少女
少女は項を捲る手を止めた。
そして、脇に置いておいた陶器のカップを手に取り、口に運んだ。
紅茶の香りが鼻をくすぐる。
少女は改めて項を捲る。
何項から捲っていく内に、ある逸話についての記述に目を留めた。
それは歴史の講義で学んだ内容を少し異なる面から捉えていた。
――――――――――――――――――――
・聖皇暦３２１年１１月
場所は反魔物領の内陸深い場所。
周囲を木々が覆いう中、丘陵を切り裂くように築かれた１つの古城があった。
そこは反魔物領に有って尚、魔物達が住み着く曰く付きの場所である。
いや、正確にはギルドや騎士団に勘付かれずに潜んでいる場所というべきか。
ここ２年程の間、誰にも気づかれること無く、城にこっそりと出入りし、密かにその規模を増大させている。
城の中は大きく分けて４つのエリアが有る。
この城の主が座する居館がある北棟。
そして、来賓を最初に迎える中央棟と従者や衛兵が控える東棟と西棟だ。
時刻は深夜、城の魔物達は城のあちらこちらに潜み、ある者はトラップの施工に精を出し、ある者は眠りについている。
そんな闇に溶ける様な真っ暗な城の、東棟に彼女はいた。
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｢あっ…はぁ…っ…ん…｣
｢はぁ……はぁっ…はぁ…｣
暗い部屋の中で、２つの人型が互いの身体を貪りあっていた。
男が仰向けに横になり、女が男の腰の当たりに跨って、身体を揺さぶっている。
聞こえるのは荒い吐息と喘ぎ声、それとベッドの軋む音に混じって聞こえる水音だけだ。
｢私…もう…だめぇ！！！｣
｢うぁ！｣
女が叫び、男が呻き声を上げて、２人の動きは止まった。
いや、正確にはどちらも身体を僅かに痙攣させている。
男は彼女の中で精を放ち、彼女はそれを受け止める快感に体を震わせた。
女の体内に吐き出された白濁した粘液は、ゆっくりと彼女の紫の身体に溶け込んでいった。
｢ラルム……私の中…気持ちよかったのね…｣
｢…当たり前だろ…カオリ｣
｢んふっ…嬉しい｣
ラルムと呼ばれた男は彼女の下で荒い息をついてた。
カオリと呼ばれた少女は片手で自分の下腹部を撫でながら、空いた手でラルムのお腹を撫でていた。
彼女は体を倒し、彼に寄りかかると、そっと唇を重ねた。
だが、唇や舌を絡めあう前に、彼女は彼から離れてしまう。
｢？｣
｢ごめんね…これからお仕事｣
｢あ…うん…いってらっしゃい｣
｢行ってきます、ラルムはゆっくり寝ててよね、明日も予約が入ってるんでしょ？｣
｢…だね…｣
ダークスライムの少女はこれから、城内に仕掛けるトラップや魔術の施工に行かなければならなかった。
一方の元人間の男は明日、最低でも１０以上の魔物達と身体を重ねなければならない。
｢それじゃあ、また明日ね…貴方♪｣
｢ああ、また明日｣
扉が開かれ、紫の彼女は扉の向こうの闇の中に消えた。
彼は気だるげに起き上がり、浴室へ向かった。
２人は最近婚約した魔物とインキュバスのカップルだった。
元々、親魔物派側で運営されているギルドの構成員であり、今回の作戦に当たり召集された。
カオリはジパング出身のダークスライムである。
当時ジパングで修行を積んでいた今の主に見出され、行動を共にするようになった。
道中の苦楽を共にして随分経つ。
今では主にとって必要な魔術要員であった。
一方のラルムは親魔物派のとある国出身の元人間である。
魔王交代後の大戦の最中、２０人ほどのサキュバスに３日３晩輪姦された結果、インキュバスとなっていた。
それ以来、親魔物派として戦いに赴いたり、戦後創立されたギルドのメンバーに志願したりして現在に至る。
カオリと出会ったのはこの城に来る前、親魔物領内で今回の作戦の参加者を募集していた彼女にギルドで鉢合わせたのがきっかけだった。
それ以来、カオリは主からの仕事をこなしながら、ラルムはギルドの任務をこなしながら出会う時間を重ね、ついには婚約を結ぶに至った。
彼が彼女に婚約指輪を送るのと、親魔物派ギルドが作戦決行のために人員を召集したのはほぼ同日のことであった。
ラルムは浴室に湯を張り、身体を流す。
自分の体液や彼女の粘液を洗い流した。
蛇口からの水は地下から汲み上げられ、魔術道具を用いて煮沸している。
彼は身体を綺麗にし、次の仕事までの間、ゆっくり寝ようと考えていた。
彼の仕事は３００を超える魔物達への精(魔力)の供給だ。
もちろん彼以外にもインキュバスや人間がこの城に滞在し、彼女達へ精を供給している。
ラルムは寝巻きに着替え、ベッドに横になった。
思案に耽りながらまどろんでいく。
(確か、明日はラージマウスが３人とＢスライムが２人、ゾンビが４人とマミーが４人…それと珍しくワーキャットが１人か…)
相手は多く、しかも全員が好色ときている。
１人当たりに割り振られた時間で対応でき無い時は、一度に複数人と交わることもざらであった。
今回もそのパターンなんだろうか、などと彼は考えていた。
そして間も無く、彼の意識は夢の中に旅立っていった。
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翌朝から、彼は主に身体が多忙だった。
次々と自室に訪れる欲求不満＋魔力不足の魔物達に精を注いでいたのだ。
身体は疲れても心は慣れていた。
あの時から、彼は魔物に与えられる快楽に溺れ、魔物の肢体に心を奪われていたのだ。
彼はようやく今日相手にする予定の人数を全員こなし、自室に戻っていた。
(ふぅ…今日も疲れたな…)
時刻は深夜、今日はカオリと一度も顔を合わすことなく、過ごしている。
彼女も仕事中の彼の部屋に来たことは無かったし、彼も彼女に会いに行こうとはしなかった。
今彼は自室のベッドに横になり、まどろむまでの時間を過ごしている。
コンコン、と扉を叩く音が彼の部屋に響いた。
｢カオリ？｣
｢…そうだよ♪｣
ラルムはベッドから起き上がり、自室の扉を開いた。
そこに居たのは紫の肢体を持つ魅惑の彼女。
｢おかえり｣
｢ただいま、あ・な・た♪｣
カオリはラルムに飛びつくと、部屋に倒れこむように転がり込んだ。
入り口のところで抱き付かれながら彼は彼女の頭を撫で回す。
｢今日もお疲れ様｣
｢ん、ラルムもお疲れ様…その…今日も大変だったでしょ…｣
｢そうだな、身体は少し疲れたかな｣
｢んにゅー、今日はできない？｣
しょんぼりと、彼女が彼を上目遣いで見つめた。
ラルムはそんな彼女の表情が苦手だった。
絶対断れない彼女の顔だからだ。
｢ん…お風呂入ってからなら大丈夫だよ｣
｢やった♪、じゃあ私先に入ってくる♪｣
彼女は彼からさっと離れ、あっという間に浴室の扉に消えていった。
彼は薄暗い部屋をそのままに、部屋や台所を片して回った。
そして、カオリがやけに身体を温かくして浴室から出てきたところで、自分も浴室に入った。
髪を洗い、身体を洗い、浴槽に身を沈め、ゆっくりと湧き上がる湯気を見つめていた。
そんな事をしてはや２０分と少し、突然彼女が乱入してきた。
｢いつまで、私を待たせるのよ！！｣
｢うわっ！何やってんだ！｣
｢うるさい！黙って私を抱きなさい！！｣
それから、彼は浴室で延々搾られる事となり、こっそり夜這いに来たワーラビットが素っ飛んで逃げ出すくらい、盛り上がってしまった。
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そして、更に翌日。
ラルムは突然城主に呼び出され、彼が城主の個室に招かれた。
彼女の部屋は薄暗く締め切られ、天蓋付きのベッドが他の者達との身分の差を伺わせる。
床の絨毯も綺麗に掃除されており、埃１つ付いていない。
そんな薄暗い空間で、城主は透き通った、しかし響く声で彼にこう語った。
｢今日付けで任務を解く、明日中にこの城を退去しろ｣
｢！？｣
ラルムが何故と問う前に黒衣の麗人は続けた。
｢近日中に反魔物派の討伐隊が来る｣
｢！、気づかれたのですか？｣
｢否、準備が出来たので情報を流したのだ｣
｢しかし…｣
｢分かっておる、汝が心配しているのは、カオリのことだろう？｣
全て知っておるぞ、そう言わんばかりの笑顔だった。
彼女は椅子から立ち上がり、ラルムの前まで歩み寄る。
｢汝ほどのインキュバスにあの娘には勿体無いかもしれないが…まあ気にするな、妾としても長年の友であるカオリに結婚相手が出来たのだから、それを無下にはせぬ｣
｢それでは…｣
｢うむ、汝は自分の嫁を連れて首都まで戻れ、そっちで戦闘後の処理を頼みたい｣
彼女と一緒に帰れる。
それは万が一戦闘で自分や彼女のどちらかが怪我をしたり命を落としたりという事が無いことを示す。
彼にとってそれは朗報であった。
｢そもそも、既婚者をこの戦いに呼ぶ予定は無かった、妾は寡婦や寡夫を作るのは趣味じゃない｣
｢分かりまｓ｣
｢待ってください！｣
２人の退去の話がまとまりかけていたそこに、何の前触れも無く、カオリが飛び込んできた。
本来なら城主の部屋に呼んでも居ない者が飛び込んでくれば、即座に取り押さえられてしまうだろう。
だがしかし、この城主とカオリの関係はそれほど薄い物ではなかった。
｢カオリか…なんだ、騒々しいぞ｣
｢…すみません、しかしマスター私をここから追い出すとはどういう事ですか？｣
｢…汝ら来月にも式を挙げるのだろ？ ここに居る他の魔物達とは目的が違うじゃないか｣
｢しかし！｣
｢ラルム以外のインキュバスと人間の男も全員退去なんだ、汝も一緒に城を出ろ｣
麗人が静かにたしなめるがそれでもカオリは首を縦に振らない。
それどころか更に声を荒げて言った。
｢だめです、この城の魔術トラップの管理は３割が私でないと出来ないじゃないですか！｣
｢んぐ…それはだな…｣
｢他のダークスライム達に任せるには分量が多すぎますし、魔女は通信の中継とか各小隊の援護とか、とてもではないですが、私の仕事を代行しきれるほど手の空いてる人が居るとは思えませんよ？｣
｢だが…汝は婚約者が…｣
｢私のやるべき事はラルムとマスターを守ることです｣
城主にそこまで言ってのけると、カオリはラルムに向き直ると、少し物憂げな表情で笑った。
｢ごめんね…ラルム、しばしのお別れ｣
｢そんな…カオリ…｣
悲しげな表情の彼を見て、カオリはズルズルと這い寄り、彼をそっと抱き締めた。
ラルムは手放さないと言わんばかりに、力を入れて抱き返す。
｢お願い…私を行かせて……マスターには私の助けが必要なの…魔物や人間の被害を一人でも減らさないといけないの｣
｢…でも…もしカオリに何かあったら…俺は…｣
｢大丈夫よ、私なら何とでもできるわ｣
それにマスターが指揮するなら心配は要らない、そう彼女は続ける。
彼女に抱きつかれたまま、ラルムは言葉を搾り出した。
｢……マスター、お聞きしたいことが御座います｣
｢う…うむ…どうした？｣
城主は少し困った表情で彼を見つめている。
だがそれは決して嫌悪や侮蔑ではない、母親が子供を見るような瞳が有った。
｢カオリの配属はどうなるんですか？｣
｢妾の直衛部隊で後詰の部隊じゃな、そうそう簡単にはやらせんよ｣
｢それを聞いて少し安心しました……｣
ラルムは安堵のため息をついた。
歴戦の戦士である城主の直属ならばその損耗率はとても低い、後詰の駒ならばさらに安心であった。
そんな風に考えていた彼にカオリが擦り寄り、上目遣いで伺う様に覗き込んだ。
｢だめ…？｣
｢…いない間に式の準備をして待ってるよ｣
｢ありがとう♪｣
２人はその場で抱擁を始めてしまう。
城主は惚気は見ておれんと、顔を背けた。
｢マスター…カオリの事、よろしくお願いします｣
｢安心しろ…例えコアだけになっても全力で生かして連れ帰ってやる｣
顔を背けたまま、だが自信を込めて城主はそう言った。
果たして、自ら鼓舞する物だったのか、本当に自信があったのか、それは分からない。
そして、ラルムは再びカオリに向き直ると、ゆっくりと口付けを交わした。
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次の日は仕事をキャンセルして最後の一日を自室で過ごした。
親魔物領首都への移動は転移魔法陣で行うからいいとしても、荷物をまとめることは最低限必要だ。
ほぼ６の刻をかけて彼が荷物をまとめ終えると、ほぼ同時に自室のドアからカオリが入ってきた。
｢終わった？｣
｢終わったよ｣
時刻は夕刻、窓から差し込む夕日が２人を真っ赤に染めている。
じゃあ少し話をしよう、彼女はそう切り出した。
２人は部屋のベッドに腰をかけ、右手と左手を繋ぎながら、ポツリポツリと言葉を紡いだ。
｢ごめんね…一緒に帰れそうだったのに断っちゃって…｣
｢いや…この作戦が重要なのは分かってた…カオリが重要な役割なのも…それなのに、どう身を処すかなんて、俺が勝手に決めることじゃない…よ…｣
でも、とても悔しい、彼はそう答えた。
そんな彼の肩に頭を乗せ、彼女は呟いた。
｢…この作戦が終わったら…ちゃんと結婚しましょ？｣
｢そうだな…この作戦が終わればまとまったお金も入るだろうし｣
｢むふふ〜子供は何人欲しい？｣
｢んなっ…｣
にやにやと笑いながら、彼女は腰をかけていたベッドに倒れこんだ。
隣に座っていたラルムは上半身だけを捻って、彼女の様子を伺う。
｢…明日の朝には発つのよね？｣
｢そうだな…｣
｢じゃあ…今日は一緒に居てくれる？｣
｢…もちろんだ…｣
カオリの表情は泣いているようでもあり、笑っているようでもある。
そして、彼女は両手を差し出し彼の名を呼んだ。
｢じゃあ…今日は私を抱いて……ずっと…｣
｢ああ…｣
彼は手をとり、彼女に絡める。
彼女は全身で彼に纏わり付く。
その日は結局月が西に落ち、東に日が昇り始めるまで、２人は親愛と快楽を貪り尽くした。
そしてラルムが首都へと帰るその日。
場所は所謂玉座の間、彼は転移魔法陣を背にしカオリ達と向かい合っている。
隣には自分と同じく首都へ帰還する他の人間の男やインキュバス、
正面にはカオリ、隣には城主と参謀のダークエルフ。
ラルムが横を向けば、サイクロプスやジャアイントアント、アラクネが数人、自分達と同じように並んでいたり、他のインキュバスの隣に寄り添うダークプリーストが居たりと、城を出る面々はかなりの数になっていた。
｢諸君、今日までの協力を感謝する、諸君らの尽力を無駄にせぬ為に、我々は戦い勝利を勝ち取るぞ！！｣
黒衣の麗人は高らかに宣言すると、マントを翻し、杯を宙に掲げた。
城を去る面々は、一気に葡萄酒をあおる主人をただ黙って見つめていた。
｢皆、私の家族のようなものだ、作戦が終わったら私の館へ招こう、祝杯を挙げようではないか｣
｢マスター…またそのような悪い癖を…｣
参謀のダークエルフの言葉もどこ吹く風、彼女は本気であった。
一方、主人の誘いに、城を出る者達がこぞって歓喜の声を上げた。
だが、それもつかの間、別れが間近であることを思い出し、水を打ったように静まり返った。
｢…ラルム…｣
｢カオリ？｣
沈黙を破ったのはカオリだった。
ラルムの元に駆け寄り、手を握る。
彼も強く握り返し、彼女を見つめる。
｢…私…必ず帰ります…だから、待っていてください｣
｢ああ、もちろんだ…｣
｢おぉ〜見せつけてくれること｣
｢俺もあんな可愛い奥さん欲しいなぁ〜｣
他の魔物や人間に冷やかされながら、２人は別れを惜しんだ。
そして、最後にキスを交わすと、名残惜しげに２人は離れる。
｢…では、別れも済んだようですので、皆さんそちらの魔法陣へ…｣
ダークエルフの一言で、よし来た、と言わんばかりに人集りが動き出した。
皆が皆、魔法陣に入る前に城主に振り返り一言残していく。
｢また、首都でお会いしましょう、マスター｣
｢では、また私の鍛冶が必要な時は呼んで下さい｣
｢あたし等の工事が必要なら、後で請求書送るからいつでも呼んでよね♪｣
｢今度私の服が似合う男の人を紹介してね♪｣
インキュバスが、サイクロプスが、ジャイアントアントが、アラクネが、順々に去って行った。
最後に残ったのはラルムだった。
あっという間に喧騒が去り、静寂がやってきた。
この城には沢山の魔物達が居るはずだが、今はどこに潜んでいるのか…とても静かだった。
彼も魔法陣の前に立った。
そして、一度だけ、カオリを振り向いた。
彼女の首からは鎖の先に繋がれた婚約指輪が下がっている。
内緒でサイクロプスに作ってもらった一品で、こっそりと内側に刻印がしてある世界に１つしかない代物だ。
｢…じゃあ、またな｣
｢うん、必ず帰るよ…約束だもんね♪｣
正式な結婚指輪が都に戻ってから、それが約束だった。
ラルムは一瞬だけ微笑むと、迷わず魔法陣に踏み込んだ。
あっという間に彼の身体は光に溶け、姿を消した。
彼は彼女の涙を最後まで見なかった。
昨日の夜も、今日のさっきまでも。
だから、ラルムは彼が居なくなった後に涙を零した。
床の魔法陣は既に消えていた。
｢待っててね…必ず帰るから…｣
涙を拭い、彼女は振り返った。
ばつの悪そうな吸血鬼が１人、従者も連れずに立っていた。
｢…マスター？｣
｢すまない…｣
｢気にしないで下さい、私の結婚式の費用稼ぎと思って、頑張りますから｣
｢…ああ…汝は妾の直属の部隊として、魔術部隊に組み込む…勝手に前に出るなよ？｣
分かりました、と彼女はそう言った。
城主は黙ってカオリを抱き締めるとそっと頭を撫でた。
驚く彼女に、城主は優しく声をかける。
｢……死なせはせんぞ…｣
｢はぅ…｣
２人が抱き合って数分、突然廊下への扉が大きな音を立てて開いた。
｢｢！？｣｣
即座に構える二人だが、そこに居たのは魔王軍が幹部、バフォメットだった。
｢久々じゃな…ラピリス｣
｢そうだな…フェリン｣
｢喜べ、お主へのお届け物が間に合ったぞ｣
｢そうか、それは嬉しいな｣
｢それよりも、相変わらず、人間嫌いで身内に甘いのは治らんか？｣
｢黙れ｣
客人を持て成す主を見て、カオリは玉座の裏にある、衛兵の詰め所に下がった。
フェリンのもたらした情報は、聖王都から騎士団が動き出したという報だった。
数日後、この城は討伐隊に包囲される事となる。
そして闘争の宴は開かれた。
〜あとがき〜
ラピリスの手記には綴られていた。
重大な判断ミス(念話を送る相手を間違えた)を犯し、かけがえの無い友人を亡くした。
人間を憎む以上に自分が憎い、と…
この逸話を書き起こすに当たり引用した手記の書き手、吸血鬼のラピリス、ダークスライムのカオリ、インキュバスのラルムは何れも既に故人である。
この後の戦いと、それから５年後の親魔物派と反魔物派の間に起きた大戦で全員が命を落としている。
果たして、教会の主張するように、魔物娘とは男の精を食い漁るだけの化け物なのか？、本当に彼女達に親愛の情は無いのだろうか？
是非とも読者の判断材料として参考にして頂きたい。
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少女は本を閉じた。
そして、脇に置いておいた陶器のカップを手に取り、口に運んだ。
紅茶の香りが鼻をくすぐる。
少女は改めて項を捲る。
何項から捲っていく内に、ある逸話についての記述に目を留めた。
それは歴史の講義で学んだ内容を少し異なる面から捉えていた。
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・聖皇暦３２１年１１月
場所は反魔物領の内陸深い場所。
周囲を木々が覆いう中、丘陵を切り裂くように築かれた１つの古城があった。
そこは反魔物領に有って尚、魔物達が住み着く曰く付きの場所である。
いや、正確にはギルドや騎士団に勘付かれずに潜んでいる場所というべきか。
ここ２年程の間、誰にも気づかれること無く、城にこっそりと出入りし、密かにその規模を増大させている。
城の中は大きく分けて４つのエリアが有る。
この城の主が座する居館がある北棟。
そして、来賓を最初に迎える中央棟と従者や衛兵が控える東棟と西棟だ。
時刻は深夜、城の魔物達は城のあちらこちらに潜み、ある者はトラップの施工に精を出し、ある者は眠りについている。
そんな闇に溶ける様な真っ暗な城の、東棟に彼女はいた。
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｢あっ…はぁ…っ…ん…｣
｢はぁ……はぁっ…はぁ…｣
暗い部屋の中で、２つの人型が互いの身体を貪りあっていた。
男が仰向けに横になり、女が男の腰の当たりに跨って、身体を揺さぶっている。
聞こえるのは荒い吐息と喘ぎ声、それとベッドの軋む音に混じって聞こえる水音だけだ。
｢私…もう…だめぇ！！！｣
｢うぁ！｣
女が叫び、男が呻き声を上げて、２人の動きは止まった。
いや、正確にはどちらも身体を僅かに痙攣させている。
男は彼女の中で精を放ち、彼女はそれを受け止める快感に体を震わせた。
女の体内に吐き出された白濁した粘液は、ゆっくりと彼女の紫の身体に溶け込んでいった。
｢ラルム……私の中…気持ちよかったのね…｣
｢…当たり前だろ…カオリ｣
｢んふっ…嬉しい｣
ラルムと呼ばれた男は彼女の下で荒い息をついてた。
カオリと呼ばれた少女は片手で自分の下腹部を撫でながら、空いた手でラルムのお腹を撫でていた。
彼女は体を倒し、彼に寄りかかると、そっと唇を重ねた。
だが、唇や舌を絡めあう前に、彼女は彼から離れてしまう。
｢？｣
｢ごめんね…これからお仕事｣
｢あ…うん…いってらっしゃい｣
｢行ってきます、ラルムはゆっくり寝ててよね、明日も予約が入ってるんでしょ？｣
｢…だね…｣
ダークスライムの少女はこれから、城内に仕掛けるトラップや魔術の施工に行かなければならなかった。
一方の元人間の男は明日、最低でも１０以上の魔物達と身体を重ねなければならない。
｢それじゃあ、また明日ね…貴方♪｣
｢ああ、また明日｣
扉が開かれ、紫の彼女は扉の向こうの闇の中に消えた。
彼は気だるげに起き上がり、浴室へ向かった。
２人は最近婚約した魔物とインキュバスのカップルだった。
元々、親魔物派側で運営されているギルドの構成員であり、今回の作戦に当たり召集された。
カオリはジパング出身のダークスライムである。
当時ジパングで修行を積んでいた今の主に見出され、行動を共にするようになった。
道中の苦楽を共にして随分経つ。
今では主にとって必要な魔術要員であった。
一方のラルムは親魔物派のとある国出身の元人間である。
魔王交代後の大戦の最中、２０人ほどのサキュバスに３日３晩輪姦された結果、インキュバスとなっていた。
それ以来、親魔物派として戦いに赴いたり、戦後創立されたギルドのメンバーに志願したりして現在に至る。
カオリと出会ったのはこの城に来る前、親魔物領内で今回の作戦の参加者を募集していた彼女にギルドで鉢合わせたのがきっかけだった。
それ以来、カオリは主からの仕事をこなしながら、ラルムはギルドの任務をこなしながら出会う時間を重ね、ついには婚約を結ぶに至った。
彼が彼女に婚約指輪を送るのと、親魔物派ギルドが作戦決行のために人員を召集したのはほぼ同日のことであった。
ラルムは浴室に湯を張り、身体を流す。
自分の体液や彼女の粘液を洗い流した。
蛇口からの水は地下から汲み上げられ、魔術道具を用いて煮沸している。
彼は身体を綺麗にし、次の仕事までの間、ゆっくり寝ようと考えていた。
彼の仕事は３００を超える魔物達への精(魔力)の供給だ。
もちろん彼以外にもインキュバスや人間がこの城に滞在し、彼女達へ精を供給している。
ラルムは寝巻きに着替え、ベッドに横になった。
思案に耽りながらまどろんでいく。
(確か、明日はラージマウスが３人とＢスライムが２人、ゾンビが４人とマミーが４人…それと珍しくワーキャットが１人か…)
相手は多く、しかも全員が好色ときている。
１人当たりに割り振られた時間で対応でき無い時は、一度に複数人と交わることもざらであった。
今回もそのパターンなんだろうか、などと彼は考えていた。
そして間も無く、彼の意識は夢の中に旅立っていった。
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翌朝から、彼は主に身体が多忙だった。
次々と自室に訪れる欲求不満＋魔力不足の魔物達に精を注いでいたのだ。
身体は疲れても心は慣れていた。
あの時から、彼は魔物に与えられる快楽に溺れ、魔物の肢体に心を奪われていたのだ。
彼はようやく今日相手にする予定の人数を全員こなし、自室に戻っていた。
(ふぅ…今日も疲れたな…)
時刻は深夜、今日はカオリと一度も顔を合わすことなく、過ごしている。
彼女も仕事中の彼の部屋に来たことは無かったし、彼も彼女に会いに行こうとはしなかった。
今彼は自室のベッドに横になり、まどろむまでの時間を過ごしている。
コンコン、と扉を叩く音が彼の部屋に響いた。
｢カオリ？｣
｢…そうだよ♪｣
ラルムはベッドから起き上がり、自室の扉を開いた。
そこに居たのは紫の肢体を持つ魅惑の彼女。
｢おかえり｣
｢ただいま、あ・な・た♪｣
カオリはラルムに飛びつくと、部屋に倒れこむように転がり込んだ。
入り口のところで抱き付かれながら彼は彼女の頭を撫で回す。
｢今日もお疲れ様｣
｢ん、ラルムもお疲れ様…その…今日も大変だったでしょ…｣
｢そうだな、身体は少し疲れたかな｣
｢んにゅー、今日はできない？｣
しょんぼりと、彼女が彼を上目遣いで見つめた。
ラルムはそんな彼女の表情が苦手だった。
絶対断れない彼女の顔だからだ。
｢ん…お風呂入ってからなら大丈夫だよ｣
｢やった♪、じゃあ私先に入ってくる♪｣
彼女は彼からさっと離れ、あっという間に浴室の扉に消えていった。
彼は薄暗い部屋をそのままに、部屋や台所を片して回った。
そして、カオリがやけに身体を温かくして浴室から出てきたところで、自分も浴室に入った。
髪を洗い、身体を洗い、浴槽に身を沈め、ゆっくりと湧き上がる湯気を見つめていた。
そんな事をしてはや２０分と少し、突然彼女が乱入してきた。
｢いつまで、私を待たせるのよ！！｣
｢うわっ！何やってんだ！｣
｢うるさい！黙って私を抱きなさい！！｣
それから、彼は浴室で延々搾られる事となり、こっそり夜這いに来たワーラビットが素っ飛んで逃げ出すくらい、盛り上がってしまった。
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ラルムは突然城主に呼び出され、彼が城主の個室に招かれた。
彼女の部屋は薄暗く締め切られ、天蓋付きのベッドが他の者達との身分の差を伺わせる。
床の絨毯も綺麗に掃除されており、埃１つ付いていない。
そんな薄暗い空間で、城主は透き通った、しかし響く声で彼にこう語った。
｢今日付けで任務を解く、明日中にこの城を退去しろ｣
｢！？｣
ラルムが何故と問う前に黒衣の麗人は続けた。
｢近日中に反魔物派の討伐隊が来る｣
｢！、気づかれたのですか？｣
｢否、準備が出来たので情報を流したのだ｣
｢しかし…｣
｢分かっておる、汝が心配しているのは、カオリのことだろう？｣
全て知っておるぞ、そう言わんばかりの笑顔だった。
彼女は椅子から立ち上がり、ラルムの前まで歩み寄る。
｢汝ほどのインキュバスにあの娘には勿体無いかもしれないが…まあ気にするな、妾としても長年の友であるカオリに結婚相手が出来たのだから、それを無下にはせぬ｣
｢それでは…｣
｢うむ、汝は自分の嫁を連れて首都まで戻れ、そっちで戦闘後の処理を頼みたい｣
彼女と一緒に帰れる。
それは万が一戦闘で自分や彼女のどちらかが怪我をしたり命を落としたりという事が無いことを示す。
彼にとってそれは朗報であった。
｢そもそも、既婚者をこの戦いに呼ぶ予定は無かった、妾は寡婦や寡夫を作るのは趣味じゃない｣
｢分かりまｓ｣
｢待ってください！｣
２人の退去の話がまとまりかけていたそこに、何の前触れも無く、カオリが飛び込んできた。
本来なら城主の部屋に呼んでも居ない者が飛び込んでくれば、即座に取り押さえられてしまうだろう。
だがしかし、この城主とカオリの関係はそれほど薄い物ではなかった。
｢カオリか…なんだ、騒々しいぞ｣
｢…すみません、しかしマスター私をここから追い出すとはどういう事ですか？｣
｢…汝ら来月にも式を挙げるのだろ？ ここに居る他の魔物達とは目的が違うじゃないか｣
｢しかし！｣
｢ラルム以外のインキュバスと人間の男も全員退去なんだ、汝も一緒に城を出ろ｣
麗人が静かにたしなめるがそれでもカオリは首を縦に振らない。
それどころか更に声を荒げて言った。
｢だめです、この城の魔術トラップの管理は３割が私でないと出来ないじゃないですか！｣
｢んぐ…それはだな…｣
｢他のダークスライム達に任せるには分量が多すぎますし、魔女は通信の中継とか各小隊の援護とか、とてもではないですが、私の仕事を代行しきれるほど手の空いてる人が居るとは思えませんよ？｣
｢だが…汝は婚約者が…｣
｢私のやるべき事はラルムとマスターを守ることです｣
城主にそこまで言ってのけると、カオリはラルムに向き直ると、少し物憂げな表情で笑った。
｢ごめんね…ラルム、しばしのお別れ｣
｢そんな…カオリ…｣
悲しげな表情の彼を見て、カオリはズルズルと這い寄り、彼をそっと抱き締めた。
ラルムは手放さないと言わんばかりに、力を入れて抱き返す。
｢お願い…私を行かせて……マスターには私の助けが必要なの…魔物や人間の被害を一人でも減らさないといけないの｣
｢…でも…もしカオリに何かあったら…俺は…｣
｢大丈夫よ、私なら何とでもできるわ｣
それにマスターが指揮するなら心配は要らない、そう彼女は続ける。
彼女に抱きつかれたまま、ラルムは言葉を搾り出した。
｢……マスター、お聞きしたいことが御座います｣
｢う…うむ…どうした？｣
城主は少し困った表情で彼を見つめている。
だがそれは決して嫌悪や侮蔑ではない、母親が子供を見るような瞳が有った。
｢カオリの配属はどうなるんですか？｣
｢妾の直衛部隊で後詰の部隊じゃな、そうそう簡単にはやらせんよ｣
｢それを聞いて少し安心しました……｣
ラルムは安堵のため息をついた。
歴戦の戦士である城主の直属ならばその損耗率はとても低い、後詰の駒ならばさらに安心であった。
そんな風に考えていた彼にカオリが擦り寄り、上目遣いで伺う様に覗き込んだ。
｢だめ…？｣
｢…いない間に式の準備をして待ってるよ｣
｢ありがとう♪｣
２人はその場で抱擁を始めてしまう。
城主は惚気は見ておれんと、顔を背けた。
｢マスター…カオリの事、よろしくお願いします｣
｢安心しろ…例えコアだけになっても全力で生かして連れ帰ってやる｣
顔を背けたまま、だが自信を込めて城主はそう言った。
果たして、自ら鼓舞する物だったのか、本当に自信があったのか、それは分からない。
そして、ラルムは再びカオリに向き直ると、ゆっくりと口付けを交わした。
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次の日は仕事をキャンセルして最後の一日を自室で過ごした。
親魔物領首都への移動は転移魔法陣で行うからいいとしても、荷物をまとめることは最低限必要だ。
ほぼ６の刻をかけて彼が荷物をまとめ終えると、ほぼ同時に自室のドアからカオリが入ってきた。
｢終わった？｣
｢終わったよ｣
時刻は夕刻、窓から差し込む夕日が２人を真っ赤に染めている。
じゃあ少し話をしよう、彼女はそう切り出した。
２人は部屋のベッドに腰をかけ、右手と左手を繋ぎながら、ポツリポツリと言葉を紡いだ。
｢ごめんね…一緒に帰れそうだったのに断っちゃって…｣
｢いや…この作戦が重要なのは分かってた…カオリが重要な役割なのも…それなのに、どう身を処すかなんて、俺が勝手に決めることじゃない…よ…｣
でも、とても悔しい、彼はそう答えた。
そんな彼の肩に頭を乗せ、彼女は呟いた。
｢…この作戦が終わったら…ちゃんと結婚しましょ？｣
｢そうだな…この作戦が終わればまとまったお金も入るだろうし｣
｢むふふ〜子供は何人欲しい？｣
｢んなっ…｣
にやにやと笑いながら、彼女は腰をかけていたベッドに倒れこんだ。
隣に座っていたラルムは上半身だけを捻って、彼女の様子を伺う。
｢…明日の朝には発つのよね？｣
｢そうだな…｣
｢じゃあ…今日は一緒に居てくれる？｣
｢…もちろんだ…｣
カオリの表情は泣いているようでもあり、笑っているようでもある。
そして、彼女は両手を差し出し彼の名を呼んだ。
｢じゃあ…今日は私を抱いて……ずっと…｣
｢ああ…｣
彼は手をとり、彼女に絡める。
彼女は全身で彼に纏わり付く。
その日は結局月が西に落ち、東に日が昇り始めるまで、２人は親愛と快楽を貪り尽くした。
そしてラルムが首都へと帰るその日。
場所は所謂玉座の間、彼は転移魔法陣を背にしカオリ達と向かい合っている。
隣には自分と同じく首都へ帰還する他の人間の男やインキュバス、
正面にはカオリ、隣には城主と参謀のダークエルフ。
ラルムが横を向けば、サイクロプスやジャアイントアント、アラクネが数人、自分達と同じように並んでいたり、他のインキュバスの隣に寄り添うダークプリーストが居たりと、城を出る面々はかなりの数になっていた。
｢諸君、今日までの協力を感謝する、諸君らの尽力を無駄にせぬ為に、我々は戦い勝利を勝ち取るぞ！！｣
黒衣の麗人は高らかに宣言すると、マントを翻し、杯を宙に掲げた。
城を去る面々は、一気に葡萄酒をあおる主人をただ黙って見つめていた。
｢皆、私の家族のようなものだ、作戦が終わったら私の館へ招こう、祝杯を挙げようではないか｣
｢マスター…またそのような悪い癖を…｣
参謀のダークエルフの言葉もどこ吹く風、彼女は本気であった。
一方、主人の誘いに、城を出る者達がこぞって歓喜の声を上げた。
だが、それもつかの間、別れが間近であることを思い出し、水を打ったように静まり返った。
｢…ラルム…｣
｢カオリ？｣
沈黙を破ったのはカオリだった。
ラルムの元に駆け寄り、手を握る。
彼も強く握り返し、彼女を見つめる。
｢…私…必ず帰ります…だから、待っていてください｣
｢ああ、もちろんだ…｣
｢おぉ〜見せつけてくれること｣
｢俺もあんな可愛い奥さん欲しいなぁ〜｣
他の魔物や人間に冷やかされながら、２人は別れを惜しんだ。
そして、最後にキスを交わすと、名残惜しげに２人は離れる。
｢…では、別れも済んだようですので、皆さんそちらの魔法陣へ…｣
ダークエルフの一言で、よし来た、と言わんばかりに人集りが動き出した。
皆が皆、魔法陣に入る前に城主に振り返り一言残していく。
｢また、首都でお会いしましょう、マスター｣
｢では、また私の鍛冶が必要な時は呼んで下さい｣
｢あたし等の工事が必要なら、後で請求書送るからいつでも呼んでよね♪｣
｢今度私の服が似合う男の人を紹介してね♪｣
インキュバスが、サイクロプスが、ジャイアントアントが、アラクネが、順々に去って行った。
最後に残ったのはラルムだった。
あっという間に喧騒が去り、静寂がやってきた。
この城には沢山の魔物達が居るはずだが、今はどこに潜んでいるのか…とても静かだった。
彼も魔法陣の前に立った。
そして、一度だけ、カオリを振り向いた。
彼女の首からは鎖の先に繋がれた婚約指輪が下がっている。
内緒でサイクロプスに作ってもらった一品で、こっそりと内側に刻印がしてある世界に１つしかない代物だ。
｢…じゃあ、またな｣
｢うん、必ず帰るよ…約束だもんね♪｣
正式な結婚指輪が都に戻ってから、それが約束だった。
ラルムは一瞬だけ微笑むと、迷わず魔法陣に踏み込んだ。
あっという間に彼の身体は光に溶け、姿を消した。
彼は彼女の涙を最後まで見なかった。
昨日の夜も、今日のさっきまでも。
だから、ラルムは彼が居なくなった後に涙を零した。
床の魔法陣は既に消えていた。
｢待っててね…必ず帰るから…｣
涙を拭い、彼女は振り返った。
ばつの悪そうな吸血鬼が１人、従者も連れずに立っていた。
｢…マスター？｣
｢すまない…｣
｢気にしないで下さい、私の結婚式の費用稼ぎと思って、頑張りますから｣
｢…ああ…汝は妾の直属の部隊として、魔術部隊に組み込む…勝手に前に出るなよ？｣
分かりました、と彼女はそう言った。
城主は黙ってカオリを抱き締めるとそっと頭を撫でた。
驚く彼女に、城主は優しく声をかける。
｢……死なせはせんぞ…｣
｢はぅ…｣
２人が抱き合って数分、突然廊下への扉が大きな音を立てて開いた。
｢｢！？｣｣
即座に構える二人だが、そこに居たのは魔王軍が幹部、バフォメットだった。
｢久々じゃな…ラピリス｣
｢そうだな…フェリン｣
｢喜べ、お主へのお届け物が間に合ったぞ｣
｢そうか、それは嬉しいな｣
｢それよりも、相変わらず、人間嫌いで身内に甘いのは治らんか？｣
｢黙れ｣
客人を持て成す主を見て、カオリは玉座の裏にある、衛兵の詰め所に下がった。
フェリンのもたらした情報は、聖王都から騎士団が動き出したという報だった。
数日後、この城は討伐隊に包囲される事となる。
そして闘争の宴は開かれた。
〜あとがき〜
ラピリスの手記には綴られていた。
重大な判断ミス(念話を送る相手を間違えた)を犯し、かけがえの無い友人を亡くした。
人間を憎む以上に自分が憎い、と…
この逸話を書き起こすに当たり引用した手記の書き手、吸血鬼のラピリス、ダークスライムのカオリ、インキュバスのラルムは何れも既に故人である。
この後の戦いと、それから５年後の親魔物派と反魔物派の間に起きた大戦で全員が命を落としている。
果たして、教会の主張するように、魔物娘とは男の精を食い漁るだけの化け物なのか？、本当に彼女達に親愛の情は無いのだろうか？
是非とも読者の判断材料として参考にして頂きたい。
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少女は本を閉じた。
10/06/26 16:28更新 / 月影
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