読切小説
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魔炎の都市建設記
 魔炎の都市は空気が悪い……、と言われることもある。確かに、彼女が管理しているとはいえ、大きな火山だからガスは出るし、工場の煤煙も気になるところだろうが、見てほしい。ここの住人がどれだけ生き生きと遊び、働き、人生を楽しんでいるのかを。断言する、むしろこの街の空気は体にいいってな。

 路面電車からこの街を見てみよう。チンチンと鳴るベルに、ガラガラとモーターが回る音と、揺れ、最近走り始めた自動車というもののエンジンの振動、どこからともなく流れてくるギターの音色、そして何より、何万何十万もの市民たちの話し声、賑やかだろう。建物も、色とりどりの石を積んで作られ、窓も大きい。商店の看板もそんな街並みに埋もれまいと、それぞれレタリングも凝っているし、色遣いも派手だ。一目見ただけでも、他の街とは違う雰囲気を感じ取ってもらえたのではないかと思う。

 荒野に小さな家を建ててから、職人たちを招いて工房を開き、道も鉄道も敷き、商人が自然とやってきて服も飯も売りはじめ、最初は大変だったが、いつしか人も魔物も次々と集まってくるようになった。外輪街も際限なく広がって、皆が不便な思いをしていると聞いて、こうやって路面電車を敷いたりしてな。今度は百貨店も建てる予定だ。ここ一帯で最高の街を作る、それが目標だからな。

 俺はもともと鍛冶屋の息子だった。親父は農具やナイフを作っていた。小さな頃から実家の工房を継ぐことを自然なものとして受け入れていたが、十六歳くらいの頃にどうせ鍛冶屋をやるなら色んなものを作りたいと思って、修行に出たんだ。

 街から街へと渡り歩いて分かったことがある。親父のスタイルのまま鍛冶屋を続けていたら潰れるとな。日常で使うものほど、工場で大量に作られた安い製品に取って代わられる。そこで自分が鍛冶屋を続けるか、迷いが生まれたんだ。別のことをした方がいいんじゃないかって。そうは思うけれども、具体的に何をしていいか分からなくて、新しく世話になった工房の親方に言われるまま働いていたよ。

 何年も働いてて、気が付いたらある程度貯金ができていた。丁度そのころ、親方と意見がぶつかることが多くなって、辞めるってことになったんだが、ある噂を聞いたんだ。

「あの火山の周りからはいい鉄鉱石が出る」

 ってな。どうせ無職になったんだ。身軽になったってもんさ。一山あてるぞってことで、借金して、荷馬車を買って、すぐ向かったよ。

 そのときはまだ、最後の大噴火から10年そこらしか経ってなかったことと、魔物が出るようになったということで、その火山に人間はあまり近づかなかった。ただ、そのときの俺は若かくて、少しのリスクくらいどうにでもならあ、チャンスがあるなら掘り起こさないと損だと思っていたね。しばらくの間、大体三か月くらい、小屋を建ててそこを中心に、湧き水を汲んだり、炉を作ったり、薪を集めたり、石を集めたりする生活を送っていた。ああ、何もないなら、一週間ぐらいで引き上げただろう。噂通りな、いい鉱石が出たんだ。

 これなら投資家も話を聞くだろうと思って、いくつかの標本もまとめて、王都に出向こうかと準備していた、その夜だった。ふと窓の外を見るとな、山が赤く光ったんだ。おまけに、小屋の中にいても感じられるぐらいの熱気がした。どうしたもんかと思ったね。これで噴火するとなったら、金も時間も全部無駄になる。

 山は夜通し光っていた。冗談じゃない。あのときは熱くなって、俺、どうにかしていたんだな。やけっぱちになって、朝日が昇るや否や、火口がどうなっているのか見に行こうと思って山を登り始めたよ。岩がゴツゴツしていて、登山道もない。おまけにどんどん熱くなってくる。引き返そうとは思わなかった。むしろどういうわけかな、体中力がみなぎって、踏んづけた石がゴロゴロ斜面を下る中、ずっと休憩なしで太陽が真上に来るまで歩き続けた。

 高度が増すにつれて、空はより濃い青に染まっていく。全身汗だくで、登りきった火口にはとんでもない景色が広がっていた。この世ではなくなっていたんだ。溶岩の体を持つラーヴァゴーレムに、炎を纏うイグニス、そいつらがうじゃうじゃいた。呆気にとられたね。もう仕事どころの話じゃねえ。こんなところ、そりゃ、怖がって誰も来ねえはずだって、思ったね。もうこのままだと残るのは借金だけだ。

「やっほー。こんなところまで山登り〜?」

 軽薄そうな声だ。しかも、女。魔物が声をかけてきていると一瞬で分かったね。それで、振り返ると、いたんだ。一目見て思った、こいつは魔物どころの騒ぎじゃない。悪魔が目の前にいるって。

 怖かったわけじゃないんだ。むしろ、その、オレンジ色の燃えるような瞳と目線があったその瞬間、全身が燃え上がるような、そんな感覚に襲われたんだ。溶けた鉄を扱っているときの熱気よりも凄まじい。そのまま燃え盛る炎が古い自分を焼き尽くして、体を作り替えていく感じだ。聞いた感じだと、苦しかったように思われるかもしれないが、その逆だ。

「俺に何をした……」
「ん〜? ちょっとね。あ〜、そんな怖い顔しないで」

 炎のような舌を覗かせてにんまり笑っている。それで、そのずっしりと重そうな乳を揺らして、にじり寄ってくる。俺の方はというと、むしろ、山を登ってきた疲れも消し飛んでしまって、ただ不思議で仕方がなかった。

「へえ〜、怖くないんだ。魔物が」
「冗談じゃない。俺は、悔しいだけだ」
「どうして」
「あんなに質のいい石がゴロゴロ出る山に、魔物が出るとかそんな理由で全く手を付けられないのが。あれがあれば、どんな機械でもどんな武器でも作れる」

 それを聞いて、興味深げに、その、ピンク、緑、オレンジと様々に彩られた爪、指先で俺の顔の輪郭を品定めするかのように撫でてくる。ドキドキしたかって? 正直に言うと少しだけな。

「ふーん。君ってさ、お仕事は」
「鍛冶屋をしていた」
「へ〜、んじゃ、適任かもぉ。見た目も好みだし」
「なっ」

 魔物がこういう話をするとは思えなかった。あいつらは常に不埒なことを考え、堕落しきった生活を送っていてと、そんな偏見が当時はあったから。そして、何よりも。

「冗談じゃない。魔物に協力したと知れれば、俺は処刑される」
「もう手遅れだって」

 思いっきり笑われた。「どういう意味だ」と返すと、ひとしきり笑い終えた彼女に「君どこの人よ」と問われる。

「どこって、〇〇〇王国の人間だが」
「へ〜、君って王党派?」
「政治には興味ない」
「じゃあ、いいじゃん。もう、私と一緒に働いたからって罪に問われることもない。そんな時代になったんだよ」
「は?」

 聞いてすぐ理解できなかった。それもそうだろう。

「君の国、二か月くらい前にクーデター起こってさ。それで、王様がブチギレて、貴族も軍人も逮捕したり処刑したりしてたんだよね。それが見境なくなってきたから、うちらが介入して、平和裏に国を解体してあげたってわけ」

 ということだったからだ。山に籠っている間に、とんでもないことが起こってしまった。

「それは……、俺の国が負けたということか?」
「いや、戦争にはなってないって。み〜んな、仲良く、ね」

 親指と人差し指で輪を作って、それを舐るような、そんな仕草。そして、俺の肩に手を置いて耳元で囁く。

「ここら辺もぜ〜んぶ魔界になって、それでこの火山の周りはうちの領土になったから。そうそう、うちが新しい領主なんだよ」

 その言葉だけではない。ラーヴァゴーレムたちは隊列を組んで山を下り、ヘルハウンドがこちらを覗き、炎の悪魔パイロゥたちも彼女の後ろに控えている。そんな魔物の群れを見て、自分の知る世界はもうないのだと思い知る。いや、滅びたようなものだ。いっそ借金もチャラになってくれないかとも思ったが。

「それで、君からもちゃ〜んと税金取ろうかなあって思ったけど」

 取られる相手が変わっただけらしい。何を要求されるのか、気が気ではなかった。

「けど……、何だ」

 訝し気に問う俺に甘えるように囁く、「君さ、税金取られる側から取る側になってみない?」と。「取る側とはつまり……」と自然と口が動いたが、これはまたとないチャンスなのではないかと歓喜する自分もいた。

「正直、やることが多すぎてさ〜、仕事まるって投げられる人間が欲しいの」
「俺は一介の鍛冶屋で、金属のことしか分からない。俺に務まるかどうか」
「ふ〜ん」

 たじろぐ俺の心の底まで見透かしたように口角を吊り上げ、「でもさあ、君がやってくれないと困るの。君がさ」と笑ってきた、そんな彼女が、あともう少しで鼻が触れ合うくらいの距離にまで顔を寄せてくる。

「にしてもさ〜、本当この辺な〜にもないよね。誰も入植しなかったのかな、これまで。ラーヴァゴーレムのみんなにも男連れてくるように頼んでるけどさあ、マジで男って君しかいないじゃん。お店もごはん屋さんもな〜にもない。けどさぁ」

 抱きつかれる。その熱い肌が触れ合う感触、柔らかな胸に包まれる感覚が、俺の中の欲望の炎を煽り立ててくる。

「贅沢したいよねえ。おいしいもの食べたいし、可愛いもの欲しいし、遊びたいし、君だってそうしたいんじゃね? でも、まあ、女の子は足りてるとして。ここ何もなさすぎるよね〜。それで、うちはここから動けないから、退屈過ぎてマジで苦痛なわけ。分かる? 君がね、他所から持ってくればいいの。人もお店も」

 誘惑が続く。彼女の吐息が熱い。ムラムラと欲望の炎が燃え盛り、俺の中にあった迷いが焼け落ちていくのを感じる。ついでに、今なら何でも手に入れられる、そうした万能感まで、湧き上がってきた。

「素直になろうよ。うちさ、見ての通り悪魔なんだ。言ってみなよ」
「俺は……」

 腹の底に渦巻く熱が言葉となって出てくる。次々と、「うまいもんを食いたい! おいしい酒を飲みたい! 皆に慕われたい! それだけじゃない、クソみたいな社会を終わらせて、皆が貧乏しない国を作りたい!」と、ああ……、今思い出すと恥ずかしいが、欲望の限りを吐き出してしまっていた。そんな俺を見て、彼女は最高に蕩けきった笑顔を浮かべた。

「あはは、そうだよねえ! じゃあさ、うちが君に活力をあげるからさ、自信持ちな? 代わりにうちのために永遠に働くの。働いて、君が欲しいものも全部手に入れるの。いいでしょ〜。最高に悪魔の取引って感じがするね」

 俺の頬にキスをして、一旦、くるくると俺から離れると、彼女の方も気持ちが昂っているようで、腕を広げて最初の指示を下す。満面の笑みで。

「さ〜、まずは、どっかから融資してもらって、働き手も連れてくるのだ! それでさ〜、うちずっと見てたんだけど、君、麓でずっと鉱石集めたりしてたでしょ。誰に話持っていくつもりだったの?」

 見た目に反して彼女は相当頭が回る。先ほど色仕掛けをしていたその雰囲気とはうってかわって、真面目なトーンで話を進めてきて、一瞬そのギャップに戸惑った。

「王都の方で投資を募る予定だったんだが」

 王都と聞いて彼女は、若干大げさに顔をしかめて、それでいてひょうきんに「あ〜ダメダメ」と指を振る。当時の俺にとっては王都一択だったから、若干不服だった。

「なぜ」
「あの人たちまだまだ魔物への偏見がなくなったってわけじゃなさそ〜だし、うちが関わっているって知ったら取引を打ち切るかもしれないし、魔物に悪意を持っているなら街の乗っ取りも考えるかもしれないでしょ」
「それもそうかもしれないが……、ならどうしたらいい」
「親魔物領で探した方がいいよ、そういうのは。信用もあるしね。うちの名前を出したら、金持ちの一人や二人、釣れるでしょ。ああ、てかさ、うちの代理で話進めてくれない? そっちの方が仕事進めやすいでしょ。サインが要るならするし、そうだな、うん、それじゃ、今日から君は市長さんだ。うちが今任命した」
「市長……?」

 急だったものだから、「建物と言えば俺の小屋しかないここが、都市だとは」と噴き出してしまった。彼女も、そんな俺と一緒に「だからこそなんだよ」と笑い合う。

「村長とかじゃ、舐められるでしょ? 肩書って大切なの。それにここにおっきな街を作るのは確定事項だし?」
「実態がないのに名乗ったら、詐欺になるんじゃ」
「実態なら今から作ればいいじゃん。さあ、市長、仕事は山積みだよ? お金の次は人だからね。政府を組織して、市民を集めて、税を集めて、市役所建てて、道を敷くのだ〜!」

 石っころしかない荒野で話だけがトントン拍子に進んでいく。俺は若干呆れながらも、どこかやる気だけは満ちていた。休んでいる暇はない。

「それじゃ、今から下山して銀行にでも金持ちのところにでも行く準備をするが、他に何かやっておくことはないか」
「ああ、そうそう。パイロゥのみんなも連れていきな。きっと各々、自分の好みの男を見つけて連れてくると思うし、人集めはみんなに任せな」
「分かった。それじゃ、いい知らせを待っていてくれ」
「おう、漢見せてきな。期待してるよ」

 それから親魔物領の都市をいくつか回って、この土地が鉱山としてどれほど有望なのかを説いて回った。一つ目の都市では「話だけ聞こう」という人間が多かった。手ごたえが感じられないからと言って、落ち込んではいられない。我々も次の都市へ向かうことにした。

 一方、パイロゥの皆は移住者を集めていっていた。その数およそ五千人、役人だった者から腕っぷしの強い元ならず者まで色んな男を連れてきた。俺としても彼らを飢えさせるわけにはいかないから、余計に仕事に熱が入る。

 そうして、人が集まっていく中、二つ目の都市で「鉱山の労働者が確保できるなら、職人も連れていってよい。また適宜設備投資も約束する」という会社が現れた。一つ目の会社の話が決まるとすぐに、三つ目の都市で鉄道会社とも話がまとまった。最終的に、鉱山を管理する会社が一社、精錬会社が一社、鉄工所が四社、焼き物の会社が三社、鉄道会社が一社話に乗ってくれた。パイロゥと移住者のみんながいなければ、これらの会社を誘致することはできなかったのではないかと思う。感謝の気持ちでいっぱいだ。

 さて、契約書に覚書、人間を手土産に火山に帰ってくると、今度は「人が暮らせる環境」を作るために、市として本格的に仕事を始めた。市役所庁舎は、これまで自分が暮らしていた小屋をそのまま使い、部屋が足りなくなると増築して、迷路のように広がっていった。

 書類との格闘は、役人だった男たちが受け持ってくれた。皆忙しなくタイプライターを叩いて、帳簿に手紙、資料、工事の計画書、図面まで作っていて、皆精力的に、よく働いてくれた。市役所として一番忙しかったのはこの時期だ。市域の地形も、土地の所有者も把握しなければならず、それで税金を課すのに市議会がないのはおかしいという話になり、選挙の準備を始めたり、インフラの整備を計画したり、鉄道会社とどこに路線を引いて駅を作るか折衝したり、また近隣の都市に馬を飛ばして人に会いに行ったり、重要な案件は彼女に意見を聞いてサインを貰ったり、とにかく目が回るほど忙しかった。

 火山のあちこちで、家、道路、鉄道、井戸、水道、工場の建設が進み、商人がやってきて店を開き始め、ようやく一つの街となってきたころ、この街に住む者みなに余裕が出てきた。俺も落ち着いて考えてみると、よくここまで多くの部下の力を借りて、仕事を進めることができたものだと我ながら感心した。そして、俺は久しぶりに休暇を取ることにした。

 それで、彼女まで相談に行こうと思ったのだが、彼女は俺と何かしら話をするときは、市役所などといった公の場所ではなく、彼女の部屋などといった、私的な場所に俺を連れ込むことが多かった。今はもっと立派なところに住んでいるが、当時の彼女の部屋はまだ狭くて三十平米ほどだった。そんな状態でキングサイズのベッドやら、色んなぬいぐるみ、化粧品など、色んなものを置いていたものだから、正直窮屈だ。そして、何よりも、甘い匂いで満ちていて、彼女本人もかなり魅力的なものだから、誘惑が多い場所だったことは間違いない。

「おつかれ〜。最近どうよ」
「企業ともうまくいっているし、議会の運営も……、疲れるがそこそこうまくいっているし、何より、都市の建設についても大方必要なものは完了した。それで、一つお願いがあってきたんだが」
「いいよ〜、きいたげる」

 彼女はベッドでうつ伏せになり、何かに期待するかのように、ニコニコと笑ってこちらを見ている。両肘をついた彼女の、ベッドと両腕に挟まれて潰れたその乳房は谷間を盛り上げて、俺の本能を誘惑してくる。当時の俺は、これを君主との謁見のようなものだと考えていたから、いつも、燃え盛る煩悩を抑えて、鋼の理性をもって彼女と接していた。

「三日間休暇が欲しくて」
「え〜? それだけでいいの? ここ五年間マジで働きづめだったじゃん」
「それじゃ、一月」
「休みすぎ。一週間が落としどころね。てかさ〜、本当に休みだけでいいの?」
「どういうことだ」
「ほら……、周りの子たちみんな、ほぼ毎日って言っていいかもしれないけど、夫婦でいいことしてるわけじゃん」
「そろそろ俺も結婚、考えた方がいいんですかね」
「そうだよ。それでうちもそろそろさ、我慢できなくなってきちゃったんだ。うちに釣り合う男が現れるまでそういうことは一切しないって決めてて〜。それでね、実際にそういう男が現れた……、のはいいんだけど、そいつ仕事にかまけてうちのことは放置って……、めっちゃくちゃ寂しくてさ」
「……」

 俺だ。間違いなく俺のことだ。なぜ分かったか、そのとき、彼女が直接俺の中にとびきり熱い魔力を注ぎ込んできたからだ。いつも彼女からもらう活力は、どちらかというと、仕事に対するやる気だとか、集中力だとか、そうしたものに化けていったのだが、今回は俺の中でいやらしく火照って、劣情を煽り立ててくる。息子が俺の意思と反して、テントを立てる。

「君のことだよ。どれだけ待たせるのバーカ」
「あれはてっきり、ただの契約に過ぎないと思ってて」
「好きじゃない男にここまでするか! 鈍いんだよ、やっと気づいたかバーカ」

 彼女がクッションで殴りかかってくる。ぽすっ、ぽすっと。俺も「悪い悪い」と笑い、つられて笑う彼女も、「悪いと思ってんだったら、もう今日の仕事は終わり!」と言いながら服を脱いで……、さっきからおっぱいの話しかしていないような気がするが、ブルンと震えてより一層重量感が増したような気がする。

「ほら〜、ご褒美だぞ〜、君の好きにしていいんだぞ〜」

 乳房を自分で持ち上げ、こちらに向けてくる。こうして見てみると、こちらは怖気づいてしまって、二人の間に沈黙の時間が流れて……。

「引いてんじゃねえよ。うちが一番恥ずかしいんだから」

 すっかり彼女の顔は焼けた鉄のように赤くなっていた。

「あっ……、申し訳ない。一つ聞いていいか」
「うん、なんでも」
「普段他の男にはあんなに素っ気ないのにさ」
「うん」
「今ってもしかして無理してます?」
「無理なわけねえじゃん! 本気でやってんだよこっちは!」
「そうか〜、本気なのか……」
「どうかしたよ」
「これまでさ、上司と部下の関係だと思って付き合ってきたから」
「うん」
「いきなり、そういう、男女の関係というか……、そういう気分になれないというか」
「うそ……、下の方はそんなに反応してるのに」
「……」

 ここまで話をして、彼女が、急に今にも死んでしまいそうな顔をする。さすがに見ていられない。申し訳ない気分でいっぱいだ。そんな彼女の頬を、今度は俺が撫でる。

「そう思っていたんだが、なんだか急にかわいく思えて仕方がなくなってきた」

 一瞬の間をおいて、彼女の顔がパーッっと明るくなる。

「そうだぞ。うちみたいな女を振るとか絶対にありえないからね」

 笑顔とともに、彼女は甘えるように、俺を抱きすくめ、ベッドに押し倒して、のしかかる。気持ちを抑えきれなかったのか、キスをしてきた。口の中に熱くて甘ったるい感触が広がる。まるで、桃のフレーバーのついたシーシャのように頭にガツンと響く。お互いに息が燃えるように熱く、彼女と太ももを絡ませて、強く、強く抱き合う。

「えへへ……、やっぱいいもんだね」

 そう言って息継ぎすると、彼女はまた、俺の唇を奪う。俺の胸に彼女の胸が押し付けられて……、いや、それだけではない。全身に柔らかな彼女の肢体が絡みつき、その体重も愛おしい。鼻の奥まで彼女の匂いでいっぱいになってしまって、頭がどうにかなりそうだ。

 彼女の頭を撫でてやると、彼女の眼はさらに赤く蕩けていく。二人で幸福感に溺れていく。お互いを貪りあういやらしい音が耳の穴の中までピンク色に抜けていき、脳内で弾ける。ちゅぽんと、ひとしきりキスを平らげた後に、彼女はまた、自分の乳房に目線をやる。

「口だけじゃなくてさ、ここも触ってよ。自信あるんだよ」
「初めて会ったときからその乳でアピールしてきていたもんな」
「え〜? 自覚ないかも」

 下から支えるように持ってみると、ずっしりと腕にその存在感が伝わってきた。自然と掌が、やんわりと揉むように動き出し、指がその柔肌に沈み込む。そのまま、乳房全体を撫で、ピンと硬い乳首を指先で捏ねる。

「え〜、なんか触り方やらし〜」

 クスクスと笑われ、「おっと、それは失礼した」と口にするも、手は止まらない。

「もう! おっぱいだけで終わらす気? ほら、下の方はどうよ」

 目をやると、下着も濡れていた。それで、脱がせてみると、布地と割れ目の間に愛液がツーッと糸を引く。陰核もヒクヒクと震えていた。

「わ……」
「君のせいでこうなってんだけどさ。どうしたらいいかは分かるよね?」

 割れ目をそっとなぞってみると、熱く、彼女の体がびくりと震える。その反応が嬉しくて、しばらく、陰核から会陰まで、愛液を何度も何度も擦りこんだ。

「焦らすじゃん。君って結構Sだったっけ?」

 違う。実を言うと当時俺は童貞だった。単純に、ここから先どうしていいか分かっていないだけだった。どっちが膣の穴か分からなかったが、下の方の割と大きい方の穴を触ると、「んっ……」と可愛らしい声が上がったので、こっちで正解だったようだ。ただ、指を入れてみるとまるで内臓を触っているようで、下手に触るととんでもない怪我を負わせるのではないかとも、怖くなった。

「何ビクビクしてんの。これからこの穴に挿入れるんだから、そんな、まるで濡れた紙を触るみたいにビビらないの」
「いや、俺は……」
「初めて」
「はい」
「かーわい。そっか、初めてか。嬉しいなあ。我慢できなくなっちゃった」

 俺に跨ってきた彼女は「まー、おちんちんに任せとけば、案外本能で何とかなっちゃうかもね」とその割れ目を俺の息子に押し付ける。彼女の体温が腰の奥にまで響いてくる。言われてみればその通りだった。確かに、こうすればいいのだと、すんなりと体が動く。

「もう難しいことは何も考えないでいいよ」

 ほぼ無意識に、まだ挿入れてもいないのに温かくぬめぬめした感触が息子を撫でてきて、その度に、俺の腰も動く。そしてにゅぷりと息子が彼女の中に入ると、息子が熱で溶けてしまいそうになった。まさに蕩けるような心地で、俺も衝動的に体を起こして、彼女を強く抱きしめた。

「ほら、上手じゃん」
「俺はまだ何もしていないぞ」
「こうやって、ぎゅっとしてくれるの、すごく嬉しいなってこと」

 余裕があるのかないのか分からない声音で、彼女は悶えるように腰を動かし、また俺の口をキスで塞ぐ。柔らかく、ねちっこく、熱い感覚が腰から全身に広がっていき、媚びに媚びた彼女の息で頭の中が真っ赤に焼け落ちる。俺は今、彼女に燃やされている。情欲の炎で、骨の髄まで舐りつくすように。

 これまで俺は彼女をどう見ていたんだろうか。警戒? 忠誠? 尊敬? いや、今はっきりした。今まではどうでもいい。今は彼女のことが好きで好きでたまらないのだ。気持ちが抑えきれなくなって、頭を撫でてあげた。彼女から漏れる息がさらに熱くなり、声も漏れる。

 彼女の腰の動きが激しくなる。お互い、燃え盛るように、唇を貪る。熱い何かが突き上げてくる。爆発しそうになる。彼女に強く、強く掴まっていないと耐えられない。彼女も限界を迎えたようで、びくびくと体を震わせながら背筋も反り返り、彼女の膣はドクドクドクと俺のそれを締め付けた。

 精が漏れ出る。暴力的な熱と快感が腰から脊髄を突き抜け脳を襲う。彼女の甘い匂い、胸の感触、適度に筋肉と脂肪が合わさった太ももの弾力、すべてがすべて幸福感となって全身を包み込んでいく。そうして、深く、深く、俺のそれを彼女の中心にまで刺しこみ、そのまま、二人して溶けあうように、ベッドに倒れこんだ。

 俺の息子もあそこまでの絶頂の後だとさすがに萎えるだろうと思っていたが、まだ、熱くガチガチのままだった。

「すっごいよかった。まださ、このままでいてくれない?」

 荒い息の彼女のその言葉をうけて、しばらく抜かずにそのままにしておくことにした。俺も、余韻に包まれて、ずっと、このまま抱き合っていたかった。

「こんな幸せな気持ちになったのは初めてだ」
「そう〜? 毎晩でもしてあげるよ」
「それは無理だな。自分の気持ちに気づけたから最高だったんだ。何をやったかじゃなくて」
「それじゃあさ、お互いにこれからその『気持ち』っていうのを育てていくのは」
「大歓迎だ。ああ、そうそう。休暇を取りたいって話、結局許してくれるんだよな」
「いいよ」
「それじゃあ、今度の休み、一緒にこの街を見て回ろうか」

 赤く蕩けていた彼女の顔が急に、キラキラと輝きだした。俺の腰の上で、挿入ったまま、「マジマジッ?! 行く!」と飛び上がるようにして喜び、俺もまた一瞬イキそうになる。

「あのさ! 都心の方においしいレストランができてさ、他にもアクセサリーとか売ってるお店もできてさ、ねえ! 私に似合うやつ選んでよ」

 マシンガンのように、あれや、これや、やりたいことを挙げていくものだから、「まずは飯な。まとめてやると俺が倒れてしまう」と苦笑いすると、「それじゃあさ、今度の休みはそれでいいけどさ、これからはさ、一週間に最低二日は休みな! そしてうちと、買い物したりご飯食べたりして過ごすんだ」とデレデレと笑いながら抱き着いてきた。

「そうしていいなら、そうする」
「指輪も選ぼうよ」
「指輪は……、俺が作ってもいいぞ」
「本当に! じゃ、うちがデザインするからさ」
「あまり難しいのはよしてくれよ」
「作れるように練習しな。うちが選んだ男だし、やればできる! ねえ、今考えてるのがね〜、魔界金製で、宝石何嵌めようかめちゃくちゃ迷ってて〜」
「それじゃ、じっくり選ぼうな」

 最初の夜はこんな感じで過ぎていった。それで、指輪が完成した夜も、彼女と一緒に寝たなあ。ああ、こういう言い方は違うとは思うが、自分でも自信がついたというのもあって、むしろ、こう、本能的な感覚だから何と言っていいか分からないが、より一層彼女のことが愛おしくなって、最初の夜よりも激しく、長く、一晩中抱き合っていたよ。

 おっと、惚気話になって申し訳ない。最後はどういう話で締めようか。ああ、そうだ。今は孤独に耐え忍んでいる者でも、ここに来れば愛すべきパートナーと結ばれる。もちろん、新たな生きがいも見つかる。魔炎の都市はいつでも、新たな住人を歓迎している。
24/10/01 17:23更新 /

■作者メッセージ
久しぶりにエロ書きました! いやあ、マジでバルログさん出るの楽しみにしてたから、お話書かずにはいられなかった。

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