読切小説
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死人遊戯
「はッ、はッつ、はッつ、はッッ!」
ある日の森の中、白蛇の少女ジョカは懸命に這っていた。
その行為は未来を勝ち取る為の闘争であり弱者が天敵から逃げる為の逃走である。
要は今の状況は少女にとって決して良いものではない、乗り越える事が出来たなら最悪の思い出の一つと数えていいものだ。
「あの蛇の魔物は一体どこに逃げた!」
「おい、居たぞ、 向こうだ!」
「反対側から回り込んで挟み撃ちにするぞ!」
男達の怒号にも似た荒々しさが剥き出しの叫び声が樹木の静寂や鳥類の囀りを掻き消す。
彼等は反魔物組織でも魔物を捕らえ品物として商いをする外道の連中である。東方の地の片隅にある小さな神社で暮らす愛らしい白蛇の少女の噂を嗅ぎ付けて来たのだろう。
痺れ酒を利用した奇襲は失敗したものの猟犬の様な的確さと執拗さで追い掛け回し確実に体力を削いでいく。連中に捕らえられればどうなるのか、富豪の玩具か、鱗や牙を剥ぎ取られ剥製か、それとも神の名の下に行われる凌辱と死か。
「はッ、はッ…はァ…はァッ…。」
それが分かっているから死に物狂い逃げているのだが限界は必ずやって来る。
幾ら人間よりも数段上の生命力を持つ魔物とは言っても彼女は独りで彼らは集団。人手で壁を作り逃げ道を制限し獲物が自分から倒れるのを待つ、狩りの定石だ。
彼等の思惑通りジョカは無暗に体力を消費して今正に虫の息。付き纏う恐怖の未来により理性が焼かれ自分の無様に気付けない。
前も後ろも右も左も無い、ただ逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げるのみ。
だから風のように飛来したナイフに気付く事も、それを避ける事も出来なかった。
木枝の合間を翔けるナイフの切っ先がジョカの右肩に刺さる。そこは鱗がある箇所だったのでほんの少し穿った程度で肉にまで達していない。だが変化は急激且つ劇的に訪れる。
「はァッ…あァァッ…!?」
唐突に全身が鎖にでも巻き付かれたかのように利かなくなり頭が地面に打ちつけられた。立ち上がろうとした両腕も動かなくなりじたばたともがく事も出来ない。ならばと水の魔力で毒の浄化を試みるが息をするのもやっとな体調では思うように上手くいかない。
「あァァあァァァ…。」
終わった。もう悲鳴にもならない情けない声を伸ばすしかない。涙はもう流れ尽くしている。草木を踏み締める足音が聞こえ、そこから腰にナイフを携えた青年が近付いてきた。
「お願い…助けて…助けて…。」
青年はジョカの耳元に口を寄せて囁くと布で彼女を覆い隠した。
「助かりたいのなら、黙っていろ。」
混乱の所為で言葉の真意は分からなかったが助かると言われたので反射的に声を止めた。そこへ何人もの屈強な男達が現れる。男達は辺りを見回した後に青年を見る。
「おいお前、痛い目に遭いたくなかったら正直に答えろ。何故こんなところにいる!」
「仕事帰りでここを通り過ぎただけだ。」
「お前はここに住んでいるのか?」
「いや、もっと遠くに住んでいる医者だよ。猟師ならナイフではなく弓矢を持っているだろう。」
「ここを白蛇の魔物が通っただろう。どっちへ向かった?」
「あっちに行った。あっちの方角を少し行った先には川がある、身投げされていたら面倒な事になるんじゃないか?」
「くそっ、お前ら、さっさと捕まえるぞ!」
小さな地鳴りを轟かせながらも男達は嘘の方向へと走り去った。
地鳴りの音が遠くなり周囲から人の気配が消えた頃合いを見計らうと青年はジョカを背負う。
「ほら、お前も手や尾に力を入れろ。一度落ちたらもう拾わんぞ。」
「あの…その…ありがとうございます…。」
「礼なら俺の家に着いてからにするんだな。先に言っておくが奴等に見つかったら俺はお前を囮にするぞ。」

一晩明けて、動けるようになったジョカは感謝の言葉を尽くした。無事に彼の家に辿り着いたのである。
「俺の名前はフッキと言う。」
彼女を助けた青年は人から離れた場所で居を構え医者をしていた。普段は晴耕雨読の日々を過ごしつつも、手紙での依頼を受ければ患者の下へと赴いたり、家を訪れてきた患者を診察したりする。あの森を通り過ぎたのは依頼を受けてからの帰りだった。
「俺の故郷では白蛇は幸運を招くと云われている。だからお前を助けた。それで、これからどうする気だ?」
その問い掛けにジョカは言葉に詰まらせる。神社は反魔物派の連中によって滅茶苦茶に荒らされているかもしれない。いや、それならまだ善良な方で、見た目は綺麗だが裏では罠を張っている可能性もある。どちらにしろしばらくの間は戻りたいとは思えない。
その心を見透かしたのか面白そうに笑う声。
「帰りたくないのか、もしくは帰れないのか。なら丁度いい。ジョカ、俺の助手になれ。」
「え、…助手ですか?」
「賢く従順な助手が欲しいと思っていたんだ。白蛇なら頭は悪くないだろうし他人を襲う心配もだろう。」
「そ、そんなの悪いですよ。助けてもらったのに何から何まで…。」
「最低でも人間の生活と応急処置の仕方は覚えろ。邪魔だと思ったら追い出すからな。」
「だから、流石にそこまでは…。」
「俺は畑の草むしりをしている。お前は先ず俺の邪魔にならないようにする事に専念しろ。…返事は?」
「……はい。ありがとうございます。」
「ふん、それでいい。だが勘違いはするな。使えると思ったから使ってやってるだけだ。」
そう言って出て行ったフッキであったが、ジョカはその背中に、恋にも似た淡い感情を持ち始めていた。
…。
…。
…。
それから人間の医者と白蛇の助手という奇妙な組み合わせの共同生活が始まった。
依頼や患者が来ない時は太陽が出ている間フッキは畑で鍬を振り、ジョカは川で洗濯をしたり飲み水を確保する。雨天の時や夜になれば付きっきりで医学を学び学ばせる。
彼は口こそ悪かったが教え方はとても上手かった。初めの数日で教え子の能力の程度を把握してからは予め一日に教授する内容の進み具合定めるようにした。
勉学の他にも週に一回の間隔で村や街へと出掛け、人の営みを見聞させるようにした。
「人を治す医者である以上は病魔が巣食う人体の構造だけでなく病魔の原因である人間の生活を知っておかなければならない。」
とは本人の弁であったが実際は魔物とはいえ年頃の少女を篭りっきりにさせるのは良くないと考えて計画したのである。
素直ではないものだから、二人で一緒に肖像画を描いてもらおうと提案されたり、露店で売られていた銀色の腕輪を贈られ、遊びに来たのではないと呆れていたが付き合った。

ある日、家にフッキの友人が訪れた。
愛想の悪い彼とは正反対に饒舌で世辞の上手い友人に口説かれた時にはジョカは目を白黒させたものだ。
「羨ましいねぇ。こんな可愛い娘に助手をしてもらえるなんてさ。一体何処で出会ったの?」
「反魔物派の連中に追いかけ回されているところを拾った。いい拾い物だと思ってな。」
「ふぅん、成程。ねぇねぇジョカちゃん、あんな意地っ張りな男の助手なんて止めてさ、僕の所に来ない?」
「ご遠慮させてもらいます。確かに口は悪いですけど、いい人なので。」
「だってさ。愛されてるねぇ。」
「ふん、おだてても何もやらんぞ。」
「で、二人はどこまで進んでいるの? それとも、もう毎日夜遅くまで張り切ってるの?」
「そ、そんな事はしていません! キスどころか手を繋いだ事も無いですよ。」
「俺は年上が好みだ。年下のこいつには手を出そうとも思わん。」
「本人の前でハッキリ言うねぇ。そうだ、ジョカちゃんの方から押し倒しちゃいなよ。」
「やってみろ。そのままこの家から蹴り出してやる。」
「あうあうあう……。」

ある日、反魔物派組織の組長から「娘の病気を治して欲しい。」という依頼が来た。
それを承ったフッキに対して、かつて反魔物派に追い掛け回されたジョカが良い感情を抱かなかったのは当たり前だろう。助手であっても魔物を連れて来てはいけないという条件もまた不満を増加させた。
にも関わらず彼は黙々と旅支度を整えるものだから、感情が爆発する。
「フッキさん、何で今回の仕事を引き受けたのですか?」
「今回のはお偉いさんからの依頼だからな。報酬はがっぽり貰えるぞ。」
「でも魔物と敵対している組織の人ですよ。もしかしたら罠に嵌めようとしているのかも。」
「それならこんな回りくどい事はせず直接攻撃を仕掛けているさ。」
「私は貴方に感謝していますけど、これだけは言わせて貰います。行かないで下さい。私にはどうしても納得が出来ないんです。」
「ふん、一端な口を利くようになった。だがな、お前が何を思おうとも俺は行く。何をするにも金は必要だからな。」
無駄だとは分かっていたが、やはり彼は人の話を聞かない。
「…どうか、御無事で。」
「その必要無い。むしろ自分の心配をしたらどうだ。畑の管理を怠って作物を絶滅させたら…分かっているな?」
今ではその娘は快方に向かっているらしい。
ジョカはフッキが無事に仕事を成し遂げて帰ってきたことに喜ぶ一方で割り切れない心に悩んでいた。ただどうしても彼の事は嫌いになれない、それだけは分かっていた。

ある日、患者が訪ねてきた。
内臓に病巣を持った富豪の御嬢様で、数週間、フッキの家で療養する事となった。
支度を終えたフッキは、患者と二人きりになる事を恐れているジョカに向かって言う。
「じゃあ俺は薬草を買ってくる。遠出だが、夜には帰ってこれるだろう。」
「どうしても今行かなくちゃ駄目ですか? 私、ちゃんと出来るか不安なんです。」
「泣き事を言うな。俺の助手をやるんだったら一人ででも患者の世話を看れるようにしろ。幸い向こうはお前と同い年で、気さくな人だ。余程の事をしない限りは怒らないだろう。」
「それは、そうなんですけど…。」
「患者の体調管理とリハビリの手伝い、話相手になる事も医者の仕事だ。これはお前にしか頼めない。」
伸ばした手を肩に置いた。
「自信を持て。俺はお前なら出来ると思っているからこうして頼んでいる。…返事は?」
「……はい、分かりました。やってみます。」
「ふん、それでいい。だが気張り過ぎて患者を悪化させるような真似はするなよ。その時は…、いや、もうこれは余計だな。行ってくる。」
「行ってらっしゃい。早く帰って来て下さいね。」
まるで新婚夫婦のようなやり取りであるが二人ともそれに気付かない。そしてジョカと患者の二人きりになった。
相手は富豪の御嬢様。そう思うと頭がカチンコチンになる。それを気取られ何度もからかわれたが、気付けば緊張が解れて慌てつつも本音で文句を言っている自分に気付く。
気さくな御嬢様の御蔭で色々な事を話せた。素性が全く異なる者同士なので互いの話には新鮮味がありその話を熱心に聞いていた。
その内に恋愛の話になり、直球でフッキとの関係について尋ねられた。アルビノの肌を赤く灯らせながら清い関係であると言うが、向こうはニヤニヤと笑うばかりだ。

ある日、フッキは真面目な顔をしてジョカに言った。
「ジョカ。お前が俺の助手を始めてから、かなりの時間が経っている。」
それからの彼の発言は、何事だろうと考えていた彼女にとっては思いもよらないものだった。
「お前、いつまでここで助手をしているつもりだ?」
「え?」
「お前を捕まえようとした連中はもうお前を諦めている。何度かお前が住んでいた森へ様子見に行ったが連中の姿はもう無い。今帰っても元通りの生活が出来るだろう。」
「な、何でそういう事を言うんですか?」
「元々は帰る場所が無かったお前を無理やり俺の助手にして働かせたようなものだ。だがもう帰る場所があるのなら助手をする必要は無い。勘違いするな、出て行けと言っているわけじゃないんだ。だがお前自身がどうしたいかをハッキリさせておく必要がある。」
「それは……。」
「今直ぐ決めろとは言わない。来週の今この時間に同じ事を聞く。それまでに決めておけ。決めれないなんてフザけた答えだったら追い出す。俺への恩返しが出来ていないからとか独りになる俺が可哀そうだからなんて理由で残る事を選んでも追い出す。これはお前の人生、いや蛇生か、の問題なんだからお前自身が答えを出せ。俺を気に留めるな。…今まできつい事も沢山言ってきたしな。だがそれまではいつも通りだ。」
立ち上がって普段通り畑の様子見に行こうとした彼の手を、白い手が掴んだ。
「答えなんて決まっています。私はここに残ります。ずっと、いつまでも、そのつもりです。」
「なら、その理由を聞こうか。」
「貴方が好きだから。ずっと貴方の傍に居たい。いつまでも貴方の助手をしていたい。貴方がここに住むのであれば私もここに住みたい。理由になっていないでしょうけど、これが私にとって大切なことなのです。…いけませんか?」
弁を終えた途端にしゅんと落ち着いて、涙が零れそうなまでに不安げな瞳で見上げる。その想いに対してフッキは。
「ふん、物好きな奴だ。いいだろう、なら望み通り扱き使ってやる。ほら、何時まで休んでいるつもりだ。さっさと水汲みに行かないか。」
「!…はいっ!」
彼女の笑顔がぱぁっと晴れ渡って太陽のように元気な返事の後に、そのまま普段通りの生活を始めた。いつも通りの毎日であったが、この日を境に、ぶっきらぼうな青年と大人しい白蛇は互いを思い遣る絆があることを知った。
…。
…。
…。
年月が悠々と過ぎていく。
花のように愛らしい少女であったジョカは美しい女性へと育ち、歳を重ねた今でもフッキの助手をしている。
二人の関係は同棲している医者とその助手のそれから変わっていない。
彼にとってはその関係が心地良く彼女も不満を洩らさなかった。目が覚めれば好きな相手が居て生活の一部になっている。時には反魔物派と関わる仕事で離ればなれになるがそれは一時的なものであって何も今生の別れではない。
そんな風に甘えていた。その幻想は呆気無く崩れ去る。
ある日、フッキは血を吐いて倒れたのだ。
倒れたのは患者の訪問や依頼が無い時だったのが幸いだった。
それに気付いたジョカは患者用の清潔なベッドに寝かせてどんな小さな変化も見逃さないように努力した。何せ突然過ぎる事なので何が起きたか分からない。だからせめて何が起きてもいいようにと最善の心構えで向かい合っている。
彼は倒れてから一時間ほど経って目を覚まし、慌てる事も無く語り始めた。
「これは呪いのようなもので、俺の血筋の人間は皆この病気で死ぬらしい。親父も爺も最初に血を吐いて、それから衰弱していった。治療方法は今も分からない。だから俺は再生の象徴である白蛇を助けたんだが…どうやらそれで治るほど甘くはないらしいな。」
にも関わらずフッキは医者として働き続けた。引き留めるジョカの言葉を振り切って、薬で病気の進行を抑えながらも普段通りの生活を送る事を望んだ。だが普段よりも厳しく彼女に接するようになった。
「いつ死なれてもいいようにしっかり俺から学んでおけ。」
倒れてからは口癖のようにそんな事を言う。
それを聞く度に頭を振るう彼女であったが衰弱しても尚医者であろうとする姿を見る内に引き留める気概すらも枯れ果てた。
そしてジョカが助手では無く医者として功績を収めた時、もうフッキは自力で歩く事すら困難な程になっていた。彼の友人の何人かが見舞いに来た。口の悪さは相変わらずであったがそこに以前のような覇気は無かった。

ある日、フッキは自分の身体を拭いているジョカに、ぽつりぽつりと独り言のように語る。
「ジョカ。俺が診た限りではこの命は長くても一週間程だろう。だから今から話す事は遺言として聞いて欲しい。」
「…はい、フッキさん。」
「俺はお前を医者にしてやるつもりで知識と技術を叩き込んだが、何も無理をしてまで医者にならなくてもいい。俺は俺でお前はお前だ。わざわざ死にかけの男に義理立てする必要も無い。」
「私は私の意思で医者をしているんです。これからも、私が貴方の元へと逝くまでは。」
「そうか。ならもしも困った事が起きた時はあいつら(友人達)を頼れ。タンスの一番上の引き出しの奥に何枚か手紙を認めておいた。聞き耳を持たなかったら化けて出てやるから安心して我儘を言え。」
「迷惑を掛けて退治されないようにして下さいよ?」
「葬式は必要無い、そんな事をする時間があったら少しでもマシな医者になる事だ。後、俺の私物や机はお前が好きなように使っていい。引き出しの中の物もだ。だが奥にある本は焼却しろ。絶対に中は読むな。」
「分かりました。」
「後は、そうだな。ちょっといいか?」
「何でしょうか……えっ。」
フッキはジョカの頬に手を添えて顔をじっと見つめた。少しそうして、ゆっくとり瞼と手を下ろす。見つめられたものだから彼女はドキマギしている。
「ふん、初めて見た時には泣きながら命乞いをしてきた情けないガキだったのに、いい女になったもんだ。こんないい女を侍らせておいて手を出さなかったのが俺の呪いの原因なのかもな。」
「…。」
クツクツと笑う彼とは裏腹に、彼女は自分が言ってやりたい事を全て呑み込んでいた。

それから三日後にフッキは帰らぬ人となる。やりたかった事も言いたかった事も全て尽くしたのか安らかな最期だった。
その日の夜は泣き尽くして泣き疲れて眠ったジョカであったが翌日には立ち上がり彼の死体を裏庭に埋めて幾つかの花を添えた。せめてもの慰めである。
これから彼の私物への処分を決めなくてはならない。戻ってきた時には家が広く感じた。寂しさを振り切って心機を一転させる為にも大掃除を始める。
大掃除を進めてフッキが使っていた机の前に来た。彼女はこれをそのまま自分の物として使うつもりでいる。今は亡き持ち主を忘れられないというのもあるが、その机自体はまだ綺麗で捨てるのは勿体無いとも思ったからだ。
所有権が移った以上はきちんと自分が使えるようにしなければならない。引き出しには鍵が必要だが既に受け取っている。
中には彼が書いたと思われる自分自身のカルテがあった。他にも元気な頃に街の絵描きに頼んで描いてもらった二人が並ぶ肖像画があった。彼女が彼に贈った銀色の腕輪があった。
それ等の思い出に悼みながらも引き出しの奥を探ると本を見つけた。
ほんの数時間前に刷られたばかりの様な真新しいさと何百年も図書館の奥で眠り続けてきたかのような重圧を兼ね備えた不思議な本だった。表紙には題名が書かれていない。
長い間一緒に暮らしておきながらジョカはこの本を初めて見た。何故そんなものがあって、何故それを隠していて、何故気にしていたのだろうか。興味が湧いてきたので心の中で詫びつつも捲ってみた。初めのページは大きな文字でこういう題目が描かれていた。
『蓬莱の薬の錬成』
複雑怪奇な文字の羅列を読み解くと、要はこの本には飲んだ者を不老不死にする薬を造る方法が記されている。
新米とはいえジョカは医者である。初めは懐疑的な目でページを捲っていたが、ほんの数分程してその内容に魅入られていた。そしてあるページに記述されていたある一文に心が雲にまで届くほど燃え上がった。
『蓬莱の薬は死者に対しても有効である』
蓬莱の薬を飲ませてフッキを生き返らせよう。そう決断してからの彼女の動きは早かった。
必要な器具は揃っていたが材料の方は足りていない。そこで遺言通り友人達を頼る事にした。遺された手紙を読み彼の死を知った友人達は魔物とはいえ愛する者を失ったばかりのジョカに対し同情的だった。
僅か数日で頼まれたものを揃え普段より安く売り渡し、材料が届くまでの間、彼女は死体を掘り返して腐らせないように保存していた。そして準備が整うと家を閉め切って例の本を片手に食事も摂らず風呂にも入らず不眠不休のまま憑かれたように取り組んだ。

完成したのは開始から二日後。
保存していた死体をベッドに横たえて蓬莱の薬を飲ませた。枯れ木のように衰えていたフッキの身体は張りを取り戻し始める。指先を何度か痙攣させた後でゆっくりと瞼を開いた。
感極まって押し倒すように抱きついたジョカを眺めながらも彼自身には自分が何故再び目覚ましたのかが分からない。
「ジョカ…? 馬鹿な、何故俺がここに…。」
「貴方が戻ってきた! 本当に、本当に、良かった! これからも一緒に居て下さいね!」
「まさかお前、蓬莱の薬を、いや、『あの本を読んだのか』!?」
「はい。言いつけを守れなくて申し訳ありませんでした。それでも貴方に会いたくて…。」
「馬鹿野郎! あれは、邪悪な仙人が書いた逆五行の…
突然ジョカは突き飛ばされた。
不意打いだったので床に上半身を打ちつけてしまう。身を起こせばフッキは両腕で全身を抱き縮こまるように蹲っている。まさか失敗したのではと慌て始めた。
「フッキさん!? どうしたんですか!」
「い、らだが熱…。」
「熱いんですか!? なら今直ぐに水を持ってきます!」
「違、直げろ…こは死、する…」
「何と言って、んンッ!?」
獣のような素早さでフッキは彼女を押し倒して無防備な唇に吸いつく。何の躊躇いも無く、くちゅくちゅと垂らしながらも自分の唾液を流し込んで舌を入れて蛇種の細長い舌を嬲る。隙間から涎が垂れてベッドを汚してもお構い無しだ。
驚きで思考が麻痺したのも一瞬で彼の得体の知れない魔力を伴った唾が喉を通り越した瞬間に理性は熱した鉄板に浴びせた水のように蒸発した。むしろ喜んで舌を絡ませながら自分の唾液と魔力を送り返す。蓬莱の薬の所為か白蛇という種族の所為か、びちゃびちゃと二人の口の隙間から洩れる唾液は途轍もなく多い。
口戯しながらそのまま亀頭を女性器に擦りつける彼であったが袴が邪魔で挿入らない。貪るようなキスの合間に察したジョカは袴の紐を解いて布をずらし肌の色と同じ、ほんのりと薄い桃の綺麗な恥丘を露わにする。
男なら誰しもが固唾を飲んで見つめてしまうであろう美しさを持つ女性器に、理性を無くしたフッキは乱暴に男性器を捻じ込んだ。未経験で繊細な膣壁を食い破るように推し進んだ亀頭は子宮口に触れた瞬間に精液を吐き出す。
「〜〜〜〜、ッッッッツ!」
肉が引き裂かれる鋭い痛みの後で塗り付けられる温もり。どれもジョカがフッキに渇いて止まなかったものだ。
その余韻に浸る暇も無く彼は突き出す度に射精して腰を引くと、どろどろとした液体が秘裂から掻き出される。何度も何度も最奥へと達した亀頭から精液が吐き出され犯される痛みと快楽を同時に噛み締めた。
それの呼応するかのよう失禁と潮吹きを止め処なく繰り返して精液と尿と潮が混ざった液体が津波のように辺りに飛び散ってベッドの余す所もなく濡らし尽くす。
上の口も下の口も水道の蛇口を捻ったかのように水分を放出している。何故、脱水症状が起きないのか不思議なくらいであるが、それを彼等は意に留めないしそもそもそんな事は起こらないのだろう。ただただ求め求められるがままに交わり続ける。
だが単調過ぎるフッキに慣れてきたジョカは逆に彼を押し倒し全身に尾を巻き付け騎乗位に近い体勢で責め立て始めた。
キスによる唾液の交換が無くなったからか射精の量が多くなり睾丸から陰核が離れる度にごぽぉと大きく唸りながらも秘裂からコップに収まり切れない量の液体が溢れ出す
「いつも、あァ、いっつも、思ってたいましァ! こうしたいって、んン、こうなりたいってェ!」
余裕と共に出てきた喘ぎを交えての言葉の一語一句が終わる度にぎちぎちと締め付ける尾の力が強くなる。
彼はそれを気にせず燦々と血走った正気の無い眼を男性器と共に突き上げる。
下になっているにも関わらず獣同然の無遠慮な腰使いだがジョカは愛おしくより高みの快楽を得る為に彼に合わせて陰茎と膣肉とを擦り合せるように動く。
「貴方はァ、あんッ、全然手を出してくれなくて、こっちは大変だったァんですよォ、バレないようにオナニーをしたりィい、出掛けている間ァ、貴方のベッドの匂いを嗅いだりィい!」
めきめきと嫌な音がした。絞めつけの強さの余りフッキの何処かの骨が折れた。
けれど悲鳴の一つも上げない。獣ですらも痛みに悲鳴を上げるのに彼は腰を突き上げて射精をするばかりだ。
もうそれは人では無い、獣ですら無い、フッキだった異形の物。
そんなものに跨ってジョカは嬉しそうだ。恋は盲目と云うが今までに溜まりにたまった恋情を吐き出すのに夢中でなっていて何にも気付いていない。もしくは彼女にとって自分の中で満たされる液体と膣内を行き交いする肉棒こそがフッキなのかもしれない。
「もう絶ェ対にィ、どこィにも行かないでくださァい、ずッゥと膣に居て下さいィ! 使えなくなったら追ィ出すなんて冷たい事を言わないデェェェえええ!」
右腕があらぬ方向に曲がって左腕が千切れた。
右目が飛び出して涎に交じった血が白い鱗を赤に彩る。
胸は凹んで腹は裂けて内臓が飛び出し脚は潰されている。
それでもフッキだったものの腰の動きは止まらない。どれだけ身体から血を流そうとも死なないのだから当たり前だ。声も無く光も無く生も無く死も無くただただ膣に精液を射精し続ける。陰茎が裂けて精液にも赤い液体と桃色の臓物が始めるがそれでも止まらない。
彼女もそれは同様だ。願い叶ったその瞳には血よりも紅い危険な光が灯っている。もう正気のそれとは思えない。フッキだったものがどれだけ人を離れようともその恋情が燃え尽きる事が無い。沸き上がり捧げられる血と精液に酔い続ける。
生臭さと蒸れた匂いに満ちるこの狂った様な交わりに終わりがあるのかと聞かれれば答えは「分からない」。何せ方や不老不死の霊薬を飲んでのだ。その者の体液を貪り続けた白蛇には何も変化が起こらないとは言い切れない。けれどただ一つだけ分かっている事はある。
「あァハァ…。」
ジョカは愛した者と結ばれて幸せになったという事だ。
12/07/05 17:16更新 / 全裸のドラゴンライダー

■作者メッセージ
いや、違うんです、聞いて下さい。
初めはヤンデレ白蛇とツンデレ野郎が喧嘩しつつ仲良くなって、
最後には結ばれて濡れ場を迎えてハッピーエンドという無難な話だったんですよ。
けれど執筆中に宗教団体がやってきてせめてこれ読んでってパンフレット渡されたんです。
何か執筆の足しになるかなと思って読んでたら頭の中にタコみたいな神様が現れて、
「野郎を異形にしようぜ」という天啓を下されたんです。
異形にするんなら怪しげな道具が必要だよね。
あ、そうだ、魔道書なんてどうだろう。一目で「これはやばい」と分かるものしよう。
で、「開けてはいけないと言われた箱を開けてしまった」的な王道と絡めて書いてみようと。
それでこうなったんです。
本当はラブラブチュッチュエンドのつもりだったんです。
…でもそれも全部嘘です、ごめんなさい。

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