最近、先輩の顔を見ていない。
お題:ブラックハーピー
「くそったれ!くそったれ!ああ、くそったれ!」
夏の真昼砂漠、こう書けば今その男が居る場がどれだけ暑苦しいかが誰の脳裏にも鮮明に思い浮かぶだろう。しかしそれよりも男は、冷やかな気分で一杯だった、というのは、今この男が絶体絶命の危機を迎えているに他ならない。言葉の継接ぎに弾丸を込め直す。クラシック鉄砲に拘っていたのが間違いだった、僅かな装填の隙が大きな欠点となっている。
その欠点を狙い男を襲う黒い影。数は一つではない、五つ。影の、先ず一匹が男に襲いかかる。一匹目の爪は余裕で避けた。二匹目と三匹目が絶妙なタイミングで襲いかかるがこれも回避した。だが四匹目で完全に体勢を崩してしまい、五匹目の爪は避ける事が叶わず、その肩に爪が食い込んだ。
そしてほんの一瞬の間に男は空高くに居た、落ちれば両足骨折は免れないだろう、もうこれで完全なゲームオーバー。
「やったわねお姉様!」
「ええ、久し振りの獲物よ!」
「頑張ったかいがありますわ。」
「これも皆のお陰だわ!」
「後でパーティね!」
けたたましく鳴く五匹は、ブラックハーピー。仲間と共に執拗に獲物を狙う黒い狩人である。男は自分を持つハーピーを打ち抜こうにも後に待っているのは無残な墜落である、今はどうする事も出来ない。だが彼女達は自分を巣に持っていくはずだ。その時にこそ脱出のチャンスはあるはず。
「あぁ、もう後は好きにしてくれ。」
降参の振りで鉄砲を地面に落して両手を上げる。後は彼女達の性格を冷静に観察するのみ。
「ふっふーん、諦めの良い男は、私は好きよ?」
「でも油断ならないわ。まだ私達の隙を伺っているだけかもしれないし。」
「そうね。じゃあとりあえず慎重に私の巣に運びましょう。」
「え、ちょっと待ってよ。何であんたの巣に運ばなくちゃならないの。」
「今の作戦思いついたの、私よね?私の巣に運ぶのが当たり前なんじゃないの?」
一斉に沈黙する五匹のブラックハーピー。
何かに気付き始めた男から先程彼女達に追い込まれた時よりも遥かに多い汗が湧き出る。ほんの一瞬の緩み、その隙を狙って男をぶら下げたブラックハーピーが群れから飛び出した。
「あ、逃げた!」
「こら、待ちなさい、それは許されないわよ!」
「私、あの子の巣に先回りしてるわ!」
「上等じゃない!誰が一番早いのかを思い知らせてやる!」
「うわわああああああああああああやめろおおおおおおおおおおおおおお!」
ブラックハーピーのカーチェイスが始まった時、その一匹に捕まった男がどうなったのかは、言うまでも無く。
お題:猫又と妖狐
秋の寂しい風の吹く、既に覚えている物は近所の高齢者くらいしかいない程に知名度の寂しい神社。何故かそんな場所、否、古来より英雄の戦いに場所は関係ないのだ、で、信仰を巡る激突が行われようとしていた。
一組は妖狐の傍に控えた男、もう一組は猫又を控えた男。
実はこの妖狐と猫又、それぞれがこの神社で祀られている神様なのだが、何故か一つの神社に二柱居た。神が二柱居れば争いが起きるものだがそれもう昔の話、今彼女達に仕える者は各々の傍らで侍る男一人しか居ない。
男達が前に出る、例えかつての名は無くとも、神を心知る者として勝利を捧げる責務を果たさなくてはならないから。双方は既に何度も戦い既に相手の手を知り尽くしている、ならばと、奇策に打って出たのだ、それは。
「ふん、よく怯えもせずに現れたな。」
「そっちこそ、布団に包まって震える覚悟は出来たか?」
「…もう言葉は不要だな。」
「ならば始めようか!」
狐の男が取り出したマタタビ、猫の男が取り出したのは油揚げ、それぞれを天高く掲げたかと思えば、あらぬ方向へと放り投げた。
「己が信じる神の品を知る戦い!」
「これで貴様が祀る神の下品さがよく分かる!」
「ふん、どこで子供を作っているかも分からない猫に、品でとやかく言われたくないな!」
「な、何だと!猫又様、貴方は決してそのような事は…。」
猫の男が振りむいた時、彼が信じる神は居なかった。まさかと思い、狐の男が投げたマタタビを注目すれば、そこで幸せそうな顔をする猫又が。
「ば…馬鹿な…猫又様ーーーーーー!」
「はっはっは!見たか!所詮は猫!この程度の誘惑にも負けるとは神の恥晒しもいい所!そうですよね、狐さm…。」
狐の男が振りむいた時、彼が信じる神は居なかった。まさかと思い、猫の男が投げた油揚げへと注目すれば、そこで幸せそうな顔をする妖狐が。
「…。」
「…。」
居た堪れない風が吹く。
「きょ、今日の所はこのくらいで勘弁してやる!」
「そ、それは俺の台詞だ!だが次はこうも行くと思うなよ!」
「俺の台詞を取るな!では、さらばだ!」
二人の英雄は走り出す。二人が信じる神様(笑)の元へ。
「うぽおおおおおおおおおおおおお狐様ぁあーーーーーーーーーーーーーーー可愛過ぎる!もふもふさせてくれええええええ!!!」
「うああああああああああああああ猫又様ぁあああああああああああああ!可愛過ぎる!なでなでさせてくれえええええええええええ!!!!」
この戦いに終わりはあるのか? 空しい秋の風が吹く。
お題:デュラハン
最近、先輩の顔を見ていない。
誤解を招きそうなんで先に言っておくが、先輩は人間では無い、デュラハンだ。デュラハンとは大雑把に言えば首が着脱可能な人型の魔物であり、魔王の剣となり盾となる騎士として生を受けた種族である。
人間である僕が何で魔物と知り合いなのかとかそういう裏設定の説明は置いて置いて。
顔を見ていないと言うのは比喩表現ではなく文字通り、最近先輩は自分の首を持って来ないのだ。不思議な事にデュラハンは首から離れていても生活には支障が出ないので大きな問題にはなっていないのだが。かれこれ一週間も顔を持って来ないとなると何か問題があったのではないかと勘繰ってしまう。…それに僕は先輩と付き合っているのだから、気にするなと言う方が無理がある。
今日は先輩の家に行って事情を問い質すと同い年の親友に告げると、夜這いかと面白がられた。最後に、困った事があったら相談しろと言われたので、ちょっとだけ気持ちが楽になる。
さてと、先輩の家に行きますか。
先輩の家は屋敷と表現してもいい大きさで、門があり、そこで呼び鈴を鳴らす。呼び鈴には鳴らした者を特定する魔法が掛けられているから、先輩には僕が来た事は伝わっているだろう。家から出てきた先輩はやっぱり首を持っていない、これ知らない人とか魔物とかが見たら驚くよね。
「こんにちは、先輩。」
『こんにちは。どうかしたのか?』
尚、先輩は首無いから口も無いので喋る事が出来ない、だから空中に文字を書く魔法で意思疎通を図っている。本来は隠密行動の為のものなんだけど、わざわざそれを使っている辺り、余計に顔を持って来ない理由が気になってくる。回りくどい言い方は僕個人として余り好きじゃない、ここは単刀直入に先輩の家に来た用件を伝えるとしよう。
「…先輩が首を持って来ない理由を、教えてくれませんか?」
『いや、その、大した理由じゃない。だから、気にするな。』
「先輩が首を持ってこなくなってから一週間が経ちます。もしかして誰かに首を盗まれたんですか?」
魔物に対して攻撃的な連中にとっては強力な剣術を扱うデュラハンは仇敵だ。それならデュラハンの首を質にとって言い様に従わせる、というのは奇妙な話ではないはず。
『そういうのじゃない。首はちゃんと家にある。』
「じゃあ何で首を持って来ないんですか? 他に理由は思い当たらないんですけど…。」
『だから、本当に、大した事じゃないんだ。極些細な事で、君が気にするような事でも無いんだ。』
「一週間も先輩の顔を見ていないなんて気にするなって言う方に無理があります。」
『胴体はちゃんと出て歩いているだろう!』
「そーいう問題じゃありません。僕は先輩に何があったのかを知りたいんです。」
『だからこれは私個人の問題で君が出る幕は無いんだ! 頼むから、帰ってくれ!』
「…今日帰っても明日も明後日も来ますよ。先輩が事情を話してくれるまで。」
なんだか口喧嘩っぽくなったけど、だからと言って「あぁ、そう。」で済ませては彼氏失格だ。実力なら圧倒的に先輩の方が有利だけれど、これは頭と心の問題だ、負けるわけにはいかない。何が起きたのか知らないけれど先輩の方から話してくれるまで僕は絶対に諦めない。他人任せと言われればそれまでだけど、僕は僕が恋した先輩を信じている。
「好きな人が困っていて、それを見て見ぬ振りなんて出来る筈が無いじゃないですか。そんなのは騎士道に反します!」
騎士の魔物なら絶対にたじろぐであろう言葉を盾に取る。
「先輩に何が起きていても僕は笑いません。怯えません。蔑みません。貴方の教えの通り剣として盾として力になる事を誓います!」
道路でこんな事を言うのはちょっと恥ずかしいが、これは僕の心からの想いだ、後悔はしていない。
「だから、お願いします。僕に顔を持って来れない理由を教えて下さい。何があったのか、事情を話して下さい。」
『…卑怯だ。そこまで言われ断れば私に騎士としての立つ瀬が無くなるじゃないか。』
先輩には顔が無いので表情は見えないが、どうやら意を決したようだ、門の内側に入り手招きをする。
『分かった。話す。けれど、その、笑わないでくれ。』
「その時は思い切りぶん殴られても文句は言いませんよ。」
そうして僕は先輩の部屋にまで案内された。彼女の部屋にご招待、と胸がドキドキする展開だが、残念ながら今日はその為に招かれたのではない。真剣に先輩が顔を持って来ない理由を聞いて事の解決に臨む為に招かれたのだ、本当に残念ながら欲望は抑えておこう。
兎にも角にも、僕は部屋に足を踏み入れる、そこにあるベッドの上に先輩の首が置かれていていた。一週間ぶりに見る先輩の顔は相変わらず他人に見せびらかして僕の彼女なんだぜと自慢したくなるような美貌である。だが首はちゃんとあるという事実に何故今まで首を持って来なかったのかと疑問は深まる。
先輩(胴体)は先輩(首)を嵌め込んでから僕の熱意と疑問に応えるべく語り始めた。尚、今はちゃんと首があり口があるので文字を書く魔法では無く言葉を発して意思疎通をしている。
「一週間と四日前に、私が任に赴いたのは知っているか?」
「ええ。反魔物派の暴徒を鎮圧したんでしたよね。」
その任務に僕も行きたかったのだが、生憎、その日は別の任務が重なっていたので、我が儘は罷り通らなかった。だがその時の暴徒は反魔物派でも弱小組織の組員で問題は起こらなかったと聞いているのだが。
先輩がその任務から帰ってきたのは今からちょうど一週間前、顔を持って来なくなった日と一致している。もしかしてその時に何かあったのではないかと思ったが逸りは抑え語るは先輩に任せるとする。
「暴徒達は用心棒を雇っていてな。そいつが中々手強く、不覚にも私は手傷を負ってしまったんだ。」
「先輩が、ですか?」
デュラハンである先輩に一太刀浴びせるとは、その用心棒はかなりの腕前である事に容易に想像出来る。しかしそんな事は知らされていないし見たところ深い一撃を貰ったようには思えないのだが。
「傷と言うのはここだ。ほら、額に薄い切り傷が入っているだろう。」
「……あ。本当だ。」
「これが顔を出さなかった理由だ。」
前髪を捲り上げ晒された額を見れば確かに正面から見て左上がりに斜めの切り傷がある。そこまで深い傷のようには思えないが痕としては残りそうではある、これが顔を見せなくなった理由だったのか。先輩はナルシストと言うよりも体育系な性格なはずだが意外な面があったようだ。
「私は騎士である以前に一人の戦士だ。戦士にとって戦いの傷痕は戒めであり誇りでもある。私はこの傷を恥じるつもりは無い。だが、」
と、言い淀めてから途端に堂々とした気性から一転し眼を伏せながらもじもじとし始める。
「一人の女としてはどうかと思って。顔に傷のある女なんてまるで不良みたいじゃないか。せめて君の前では隠そうと考えこっそり友人から化粧を教わっていたのだが、どうも上手くいかなくて一週間も顔を出せずにいた。だが君に心配を掛けては本末転倒だったな、済まない、私が未熟だったばかりに。」
「…。」
要は騎士としての誇りと女性としての誇りに板挟みにされ悩んでいたと。前言撤回、先輩はナルシストなんかじゃなくて普通に可愛い女の子でした、こんなの予想外です。笑うな、笑っちゃ駄目だ、笑ったら次の瞬間には熊ですら殴り殺すデュラハンの怪力鉄拳が飛んでくる、多分、涙交じりに。
沸き上がる微笑ましい衝撃を誤魔化す為に僕は先輩の肩を掴んでギュっと抱き締める。布団よりも柔らかくて温かな感触と女の子の髪の良い匂いを愉しみながらも頭はクールに回させる。
「え、あ、こら、いきなり何を…。」
「僕に相談もせず心配させた罰です。反省して下さい。」
「それは、……うう。」
「…僕は騎士としての先輩も、女性としての先輩も、どっちも大好きです。」
「耳元でそんな恥ずかしい事を言うな…!」
「先輩大好き先輩大好き先輩大好き先輩大好き先輩大好き先輩大好き先輩大好き先輩大好き先輩大好き先輩大好き。」
「わぁあぁぁああ止めろおぉおおぉ!」
それから三十分後、僕から離れた先輩は真っ赤になっていた。
この僕からの罰が効いたのか、翌日から、先輩は自分の顔を持ってくるようになった。額の傷は元々前髪で隠されいる所為で見え辛いから誰も気付かないし知っても気にも留めない。
その事を、傷を誇る騎士として悲しむべきか傷を恥じる女性として喜ぶべきか分からないと先輩は言っていた。僕は曖昧に返答してお茶を濁したけど、正直に言えば先輩の額に傷が付いてくれて嬉しかった。だってその傷のお陰で僕は先輩をより好きになれたのだから。
こんなに誇り高くて可愛い魔物を彼女に出来たなんて幸せだ。
「くそったれ!くそったれ!ああ、くそったれ!」
夏の真昼砂漠、こう書けば今その男が居る場がどれだけ暑苦しいかが誰の脳裏にも鮮明に思い浮かぶだろう。しかしそれよりも男は、冷やかな気分で一杯だった、というのは、今この男が絶体絶命の危機を迎えているに他ならない。言葉の継接ぎに弾丸を込め直す。クラシック鉄砲に拘っていたのが間違いだった、僅かな装填の隙が大きな欠点となっている。
その欠点を狙い男を襲う黒い影。数は一つではない、五つ。影の、先ず一匹が男に襲いかかる。一匹目の爪は余裕で避けた。二匹目と三匹目が絶妙なタイミングで襲いかかるがこれも回避した。だが四匹目で完全に体勢を崩してしまい、五匹目の爪は避ける事が叶わず、その肩に爪が食い込んだ。
そしてほんの一瞬の間に男は空高くに居た、落ちれば両足骨折は免れないだろう、もうこれで完全なゲームオーバー。
「やったわねお姉様!」
「ええ、久し振りの獲物よ!」
「頑張ったかいがありますわ。」
「これも皆のお陰だわ!」
「後でパーティね!」
けたたましく鳴く五匹は、ブラックハーピー。仲間と共に執拗に獲物を狙う黒い狩人である。男は自分を持つハーピーを打ち抜こうにも後に待っているのは無残な墜落である、今はどうする事も出来ない。だが彼女達は自分を巣に持っていくはずだ。その時にこそ脱出のチャンスはあるはず。
「あぁ、もう後は好きにしてくれ。」
降参の振りで鉄砲を地面に落して両手を上げる。後は彼女達の性格を冷静に観察するのみ。
「ふっふーん、諦めの良い男は、私は好きよ?」
「でも油断ならないわ。まだ私達の隙を伺っているだけかもしれないし。」
「そうね。じゃあとりあえず慎重に私の巣に運びましょう。」
「え、ちょっと待ってよ。何であんたの巣に運ばなくちゃならないの。」
「今の作戦思いついたの、私よね?私の巣に運ぶのが当たり前なんじゃないの?」
一斉に沈黙する五匹のブラックハーピー。
何かに気付き始めた男から先程彼女達に追い込まれた時よりも遥かに多い汗が湧き出る。ほんの一瞬の緩み、その隙を狙って男をぶら下げたブラックハーピーが群れから飛び出した。
「あ、逃げた!」
「こら、待ちなさい、それは許されないわよ!」
「私、あの子の巣に先回りしてるわ!」
「上等じゃない!誰が一番早いのかを思い知らせてやる!」
「うわわああああああああああああやめろおおおおおおおおおおおおおお!」
ブラックハーピーのカーチェイスが始まった時、その一匹に捕まった男がどうなったのかは、言うまでも無く。
お題:猫又と妖狐
秋の寂しい風の吹く、既に覚えている物は近所の高齢者くらいしかいない程に知名度の寂しい神社。何故かそんな場所、否、古来より英雄の戦いに場所は関係ないのだ、で、信仰を巡る激突が行われようとしていた。
一組は妖狐の傍に控えた男、もう一組は猫又を控えた男。
実はこの妖狐と猫又、それぞれがこの神社で祀られている神様なのだが、何故か一つの神社に二柱居た。神が二柱居れば争いが起きるものだがそれもう昔の話、今彼女達に仕える者は各々の傍らで侍る男一人しか居ない。
男達が前に出る、例えかつての名は無くとも、神を心知る者として勝利を捧げる責務を果たさなくてはならないから。双方は既に何度も戦い既に相手の手を知り尽くしている、ならばと、奇策に打って出たのだ、それは。
「ふん、よく怯えもせずに現れたな。」
「そっちこそ、布団に包まって震える覚悟は出来たか?」
「…もう言葉は不要だな。」
「ならば始めようか!」
狐の男が取り出したマタタビ、猫の男が取り出したのは油揚げ、それぞれを天高く掲げたかと思えば、あらぬ方向へと放り投げた。
「己が信じる神の品を知る戦い!」
「これで貴様が祀る神の下品さがよく分かる!」
「ふん、どこで子供を作っているかも分からない猫に、品でとやかく言われたくないな!」
「な、何だと!猫又様、貴方は決してそのような事は…。」
猫の男が振りむいた時、彼が信じる神は居なかった。まさかと思い、狐の男が投げたマタタビを注目すれば、そこで幸せそうな顔をする猫又が。
「ば…馬鹿な…猫又様ーーーーーー!」
「はっはっは!見たか!所詮は猫!この程度の誘惑にも負けるとは神の恥晒しもいい所!そうですよね、狐さm…。」
狐の男が振りむいた時、彼が信じる神は居なかった。まさかと思い、猫の男が投げた油揚げへと注目すれば、そこで幸せそうな顔をする妖狐が。
「…。」
「…。」
居た堪れない風が吹く。
「きょ、今日の所はこのくらいで勘弁してやる!」
「そ、それは俺の台詞だ!だが次はこうも行くと思うなよ!」
「俺の台詞を取るな!では、さらばだ!」
二人の英雄は走り出す。二人が信じる神様(笑)の元へ。
「うぽおおおおおおおおおおおおお狐様ぁあーーーーーーーーーーーーーーー可愛過ぎる!もふもふさせてくれええええええ!!!」
「うああああああああああああああ猫又様ぁあああああああああああああ!可愛過ぎる!なでなでさせてくれえええええええええええ!!!!」
この戦いに終わりはあるのか? 空しい秋の風が吹く。
お題:デュラハン
最近、先輩の顔を見ていない。
誤解を招きそうなんで先に言っておくが、先輩は人間では無い、デュラハンだ。デュラハンとは大雑把に言えば首が着脱可能な人型の魔物であり、魔王の剣となり盾となる騎士として生を受けた種族である。
人間である僕が何で魔物と知り合いなのかとかそういう裏設定の説明は置いて置いて。
顔を見ていないと言うのは比喩表現ではなく文字通り、最近先輩は自分の首を持って来ないのだ。不思議な事にデュラハンは首から離れていても生活には支障が出ないので大きな問題にはなっていないのだが。かれこれ一週間も顔を持って来ないとなると何か問題があったのではないかと勘繰ってしまう。…それに僕は先輩と付き合っているのだから、気にするなと言う方が無理がある。
今日は先輩の家に行って事情を問い質すと同い年の親友に告げると、夜這いかと面白がられた。最後に、困った事があったら相談しろと言われたので、ちょっとだけ気持ちが楽になる。
さてと、先輩の家に行きますか。
先輩の家は屋敷と表現してもいい大きさで、門があり、そこで呼び鈴を鳴らす。呼び鈴には鳴らした者を特定する魔法が掛けられているから、先輩には僕が来た事は伝わっているだろう。家から出てきた先輩はやっぱり首を持っていない、これ知らない人とか魔物とかが見たら驚くよね。
「こんにちは、先輩。」
『こんにちは。どうかしたのか?』
尚、先輩は首無いから口も無いので喋る事が出来ない、だから空中に文字を書く魔法で意思疎通を図っている。本来は隠密行動の為のものなんだけど、わざわざそれを使っている辺り、余計に顔を持って来ない理由が気になってくる。回りくどい言い方は僕個人として余り好きじゃない、ここは単刀直入に先輩の家に来た用件を伝えるとしよう。
「…先輩が首を持って来ない理由を、教えてくれませんか?」
『いや、その、大した理由じゃない。だから、気にするな。』
「先輩が首を持ってこなくなってから一週間が経ちます。もしかして誰かに首を盗まれたんですか?」
魔物に対して攻撃的な連中にとっては強力な剣術を扱うデュラハンは仇敵だ。それならデュラハンの首を質にとって言い様に従わせる、というのは奇妙な話ではないはず。
『そういうのじゃない。首はちゃんと家にある。』
「じゃあ何で首を持って来ないんですか? 他に理由は思い当たらないんですけど…。」
『だから、本当に、大した事じゃないんだ。極些細な事で、君が気にするような事でも無いんだ。』
「一週間も先輩の顔を見ていないなんて気にするなって言う方に無理があります。」
『胴体はちゃんと出て歩いているだろう!』
「そーいう問題じゃありません。僕は先輩に何があったのかを知りたいんです。」
『だからこれは私個人の問題で君が出る幕は無いんだ! 頼むから、帰ってくれ!』
「…今日帰っても明日も明後日も来ますよ。先輩が事情を話してくれるまで。」
なんだか口喧嘩っぽくなったけど、だからと言って「あぁ、そう。」で済ませては彼氏失格だ。実力なら圧倒的に先輩の方が有利だけれど、これは頭と心の問題だ、負けるわけにはいかない。何が起きたのか知らないけれど先輩の方から話してくれるまで僕は絶対に諦めない。他人任せと言われればそれまでだけど、僕は僕が恋した先輩を信じている。
「好きな人が困っていて、それを見て見ぬ振りなんて出来る筈が無いじゃないですか。そんなのは騎士道に反します!」
騎士の魔物なら絶対にたじろぐであろう言葉を盾に取る。
「先輩に何が起きていても僕は笑いません。怯えません。蔑みません。貴方の教えの通り剣として盾として力になる事を誓います!」
道路でこんな事を言うのはちょっと恥ずかしいが、これは僕の心からの想いだ、後悔はしていない。
「だから、お願いします。僕に顔を持って来れない理由を教えて下さい。何があったのか、事情を話して下さい。」
『…卑怯だ。そこまで言われ断れば私に騎士としての立つ瀬が無くなるじゃないか。』
先輩には顔が無いので表情は見えないが、どうやら意を決したようだ、門の内側に入り手招きをする。
『分かった。話す。けれど、その、笑わないでくれ。』
「その時は思い切りぶん殴られても文句は言いませんよ。」
そうして僕は先輩の部屋にまで案内された。彼女の部屋にご招待、と胸がドキドキする展開だが、残念ながら今日はその為に招かれたのではない。真剣に先輩が顔を持って来ない理由を聞いて事の解決に臨む為に招かれたのだ、本当に残念ながら欲望は抑えておこう。
兎にも角にも、僕は部屋に足を踏み入れる、そこにあるベッドの上に先輩の首が置かれていていた。一週間ぶりに見る先輩の顔は相変わらず他人に見せびらかして僕の彼女なんだぜと自慢したくなるような美貌である。だが首はちゃんとあるという事実に何故今まで首を持って来なかったのかと疑問は深まる。
先輩(胴体)は先輩(首)を嵌め込んでから僕の熱意と疑問に応えるべく語り始めた。尚、今はちゃんと首があり口があるので文字を書く魔法では無く言葉を発して意思疎通をしている。
「一週間と四日前に、私が任に赴いたのは知っているか?」
「ええ。反魔物派の暴徒を鎮圧したんでしたよね。」
その任務に僕も行きたかったのだが、生憎、その日は別の任務が重なっていたので、我が儘は罷り通らなかった。だがその時の暴徒は反魔物派でも弱小組織の組員で問題は起こらなかったと聞いているのだが。
先輩がその任務から帰ってきたのは今からちょうど一週間前、顔を持って来なくなった日と一致している。もしかしてその時に何かあったのではないかと思ったが逸りは抑え語るは先輩に任せるとする。
「暴徒達は用心棒を雇っていてな。そいつが中々手強く、不覚にも私は手傷を負ってしまったんだ。」
「先輩が、ですか?」
デュラハンである先輩に一太刀浴びせるとは、その用心棒はかなりの腕前である事に容易に想像出来る。しかしそんな事は知らされていないし見たところ深い一撃を貰ったようには思えないのだが。
「傷と言うのはここだ。ほら、額に薄い切り傷が入っているだろう。」
「……あ。本当だ。」
「これが顔を出さなかった理由だ。」
前髪を捲り上げ晒された額を見れば確かに正面から見て左上がりに斜めの切り傷がある。そこまで深い傷のようには思えないが痕としては残りそうではある、これが顔を見せなくなった理由だったのか。先輩はナルシストと言うよりも体育系な性格なはずだが意外な面があったようだ。
「私は騎士である以前に一人の戦士だ。戦士にとって戦いの傷痕は戒めであり誇りでもある。私はこの傷を恥じるつもりは無い。だが、」
と、言い淀めてから途端に堂々とした気性から一転し眼を伏せながらもじもじとし始める。
「一人の女としてはどうかと思って。顔に傷のある女なんてまるで不良みたいじゃないか。せめて君の前では隠そうと考えこっそり友人から化粧を教わっていたのだが、どうも上手くいかなくて一週間も顔を出せずにいた。だが君に心配を掛けては本末転倒だったな、済まない、私が未熟だったばかりに。」
「…。」
要は騎士としての誇りと女性としての誇りに板挟みにされ悩んでいたと。前言撤回、先輩はナルシストなんかじゃなくて普通に可愛い女の子でした、こんなの予想外です。笑うな、笑っちゃ駄目だ、笑ったら次の瞬間には熊ですら殴り殺すデュラハンの怪力鉄拳が飛んでくる、多分、涙交じりに。
沸き上がる微笑ましい衝撃を誤魔化す為に僕は先輩の肩を掴んでギュっと抱き締める。布団よりも柔らかくて温かな感触と女の子の髪の良い匂いを愉しみながらも頭はクールに回させる。
「え、あ、こら、いきなり何を…。」
「僕に相談もせず心配させた罰です。反省して下さい。」
「それは、……うう。」
「…僕は騎士としての先輩も、女性としての先輩も、どっちも大好きです。」
「耳元でそんな恥ずかしい事を言うな…!」
「先輩大好き先輩大好き先輩大好き先輩大好き先輩大好き先輩大好き先輩大好き先輩大好き先輩大好き先輩大好き。」
「わぁあぁぁああ止めろおぉおおぉ!」
それから三十分後、僕から離れた先輩は真っ赤になっていた。
この僕からの罰が効いたのか、翌日から、先輩は自分の顔を持ってくるようになった。額の傷は元々前髪で隠されいる所為で見え辛いから誰も気付かないし知っても気にも留めない。
その事を、傷を誇る騎士として悲しむべきか傷を恥じる女性として喜ぶべきか分からないと先輩は言っていた。僕は曖昧に返答してお茶を濁したけど、正直に言えば先輩の額に傷が付いてくれて嬉しかった。だってその傷のお陰で僕は先輩をより好きになれたのだから。
こんなに誇り高くて可愛い魔物を彼女に出来たなんて幸せだ。
12/06/27 23:36更新 / 全裸のドラゴンライダー