母喰い蟲
「はぁっはぁっはぁっ…うっ!」
荘厳な教会の地下迷宮、陽が差さない煤けた牢獄の一室でスキンヘッドの男が上半身を反らすと同時に大きく腰を突き出した。巨大な蛭の様に赤く膨れ上がった男根から射精れた粘っこい精液が先着の精液を押し出して膣肉と絡み合い精液の一部が零れ落ちる。種付けから零れ落ちた精液の様子を眺めながらも絶頂に浸っている男は畜生の吐息の様な下品な笑い声と黄ばんだ歯を曝け出す。
「へっへっへ…こんだけ中に出されちゃ俺の子供が出来ちゃうかもなァ、ドラゴンさんよ。」
スキンヘッドの男に犯されるドラゴン、キリエは厳しい眼差しをしながらも男の挑発に何も返せないでいる。高位魔族であるドラゴンが吐く火炎は鉄すらもゼリーのように溶かす劫火である事は街の小さな子供でも知っている。その炎でキリエが逃げてしまわないようにする為に喉には魔力の流れを断つ御札、口には幾重にも封印術が施された枷を嵌め込んでいた。
捕らえた魔物を監視する者達にとって自分達よりも強力な魔物を好き勝手に犯すのは極上の娯楽でありその悲鳴は極上のスパイスであったが、今回の魔物を引き取りに来るのが『研究員』である事実が悲鳴を聞きたいが為に口枷を外すと言う愚行を押し留める抑止力となっていた。
教会の下にも学者の集団は数あれどスキンヘッドの男のような教会の裏側に生きている者達にとって『研究員』を指す集団は一つしかいない。ゴミ処理場とも呼ばれる彼等は「『研究員』の下に送るぞ」と脅されればどんな荒くれも大人しくなる程の恐怖として語られている。
「おい、そろそろ『研究員』が来るぞ!」
もう一人の見張り担当で教会本部と連絡を取り合っていた痩せた男がお楽しみの真っ最中であったスキンヘッドの男を怒鳴りつける。
男は大慌てでキリエの膣から自分の男根を引き抜いてその辺りにあった雑巾で精液を拭き取ってから身嗜みを整えた。育ちの悪い男でもそのくらいの知識はあり身嗜みを整えたと納得すると急いで牢獄を出て裏の地下迷宮と表の教会とを繋ぐ出入り口付近に立つ。
スキンヘッドの男と痩せた男は整列をして待っているとやがて出入口の隠し階段を隠す扉が開きそこから『研究員』が降りてきた。姿を現した『研究員』は神父服を装いつつも背が低く童顔であった為に年齢が非常に判別し辛い特徴を持った男だった。それでもスキンヘッドの男と痩せた男の心の中では裏社会を生き延びる為に培った直感が目の前の男を侮ってはいけないと警告を発している。
痩せた男は普段通り腰巾着の姿勢を以て傍目から見てわざとらしいと感じてしまうまでに腰の低い御辞儀をした。
「お待ちしておりました、アルカラ様。ドラゴンはこの先に捕らえております。」
「僕も待たせたね。今日は無理にスケジュールを詰め込んじゃったから。」
「このまま外の馬車に運びますか?」
「いや、ちょっとドラゴンの様子も見ておきたい。」
「畏まりました、ではこちらへ。」
牢獄まで辿り着き痩せた男がキリエのいる牢獄の鍵を開けるとアルカラはキリエに駆け寄って小瓶と注射器を取り出した。何か実験を行うのかと男二人は身構えたが注射器で鱗の隙間を刺し抜いた血液を小瓶の中に入れただけだった。ドラゴンの赤紫色の血をしばらく眺めていた後で小瓶と注射器をポケットに押し込むと牢獄から出る。
「もういいよ。運んどいて。」
「はっ!」
「出来るだけドラゴンは綺麗にしておく事。」
「わ、分かりましたっ!」
思わずキリエを強姦した事について何か咎めがあるのではと恐怖した二人の男であったがアルカラは何かを言う様子は無い。表の教会へと通じる出入口から出て行ったアルカラを見届けた後、二人の男はもう一方の出口から出て清潔な水や布を調達する。彼等の価値基準で出来る限りキリエを綺麗にした後、拘束具の一部を解いて後はキリエ自身に歩かせようとする。が、キリエは歩こうとしなかったので男二人は引っ張ったり蹴飛ばしたりする事で何とか馬車の中に押し込んだ。
キリエが積まれた事を確認した馬車の御者は疲れてクタクタになっている男二人に何も言わず馬車を走らせる。既にアルカラは馬車に乗っていたのだろう、段々と離れていく馬車を眺めながらもその場に残された彼等は安堵の息を吐いた。
…。
…。
…。
半日を掛けて移動した馬車が辿り着いたのは鬱蒼としていて城下街一つ分の広さはある森だった。森の入口で止まった馬車を五体のゴーレムが出迎えアルカラの姿を目にすると様になった御辞儀をする。馬車から降りたアルカラは何も言わず森の中へと入って行き五体の内一体がその後ろを歩き残り四体がキリエを運んだ。
数十分程見知らぬ巨大な森を歩いてその奥でキリエが見た物は大量の蟲で黒く塗り潰された古びた屋敷。膜のように壁や窓を蠢く蟲達にアルカラが屋敷の扉に触れると扉の部分に居た蟲達は一斉にアルカラを避ける。
アルカラが小さな腕でゆっくりと開きキリエが屋敷の中を覗いた時、天地が引っ繰り返る様な驚きと共に我が目を疑った。屋敷の中には人間の数十倍もの長生きしてきたドラゴンであるキリエが見た事も無い昆虫で溢れ返っていたからだ。熊の様な巨大な蟷螂、真っ赤な蜘蛛の巣、氷を纏った百足、幾つもの頭を持った蚯蚓etc.etc......。キリエに暗い思い付きが浮かび上がる、このまま自分は知能の無い蟲達に脳を吸われ腸を啜られ肉を裂かれてしまうのではないかと。
一旦アルカラと別れたキリエは二階の小部屋に連れて行かれ部屋の中心に佇むベッドに括りつけられる。役目を終えたゴーレム達は小部屋から出、入れ替わる様に白衣を纏ったアルカラが入って来た。
アルカラの手には板に張り付けた紙とペンとインクと大きな瓶が握られており瓶の中には矢張りキリエが見た事の無い蟲が蠢いている。蟲を見て自分が感じた不安を益々強固な物としていったキリエは拘束具を千切ろうと必死に足掻くが鎖が綺麗な音を立てるだけ。そんなキリエを見たアルカラは意外そうな顔をしていたが直ぐに何か納得したかのような顔に変わりキリエの足元に腰を降ろす。
「キリエ、心配しなくていいよ。僕は蟲に食べさせる為に君を連れてきたわけじゃないから。」
大人が子供をあやす様な、もしくは神父が迷える人を導く様な優しい声でアルカラはキリエに囁きかける。キリエは驚いていた。アルカラの言葉にもだが、それよりも教会の人間が目の敵にしている魔物の名前を知っているとは思わなかったからだ。
「この屋敷に来た魔物、魔物だけじゃない商談に来たお偉いさんまでそう思うんだ。自分は蟲達の餌になるんだって。失礼しちゃうよね。僕が造った蟲は生物は襲わないように一匹一匹ちゃんと調教してあるのに。そりゃ僕は人間としてはアレかもしれないけど科学者としての良心はちゃんとあるよ。蟲達が勝手に他の生物襲ったり繁殖したりして困るのは僕も同じなんだからさ。蟲が食べるものもちゃんと管理してるわけ。分かる?それなのにアイツ等…あ、僕の元同僚ね。災害でも起こす気かって僕を裁判所に送るどころかそれまで大事に育ててた蟲を焼き殺しちゃって。ムカついたから頭を駄目にする毒を持った蟲を嗾けてやったけど正直それでもまだ物足りないよ。でもこれ以上すると今の教会(スポンサー)に怒られるし………。」
最後に「やんなっちゃう。」で締め括り再びアルカラは溜め息を吐く、一方的な愚痴を聞かされてキリエはと言えば只目を白黒させるのみ。
「おっとごめん、話が逸れたね。それじゃ君を連れてきた理由を聞かせるけど…その前にちょっと診させてもらうよ。」
身を乗り出したアルカラは人差し指と親指でキリエの瞼をこじ開けてくりくりと動く眼球をしばらく見つめる。
「血液からの診断では型はAB。年齢は約210、人間換算で14。ちょっと若いけどまぁ贅沢は言ってられないよね。眼球の運動に異常は無し。」
少しだけ身を引き戻したかと思えば左手でキリエの乳房に触れ目を閉じ丁度真下にある心臓の脈拍の流れを聞き取る。しばらくの後に目を開けて左手を下腹部へと降ろし皮膚越しに内臓を弱く押してその反応を確かめた。確信を得ると今度は左手をキリエの股間まで降ろすと人差し指で陰唇を広げて上半身を屈めて中身を覗き込む。
「脈拍に異常は無し、内臓にも異常は無し、生殖器にも異常は無し。」
アルカラは姿勢を元に戻して筆を左手で握り板に張り付けた紙に自分が見たものを書き込んでいく。一通りを書き終えると紙と筆を腰元に置いて腕を組み温和な顔に僅かながらも真剣みを漂わせながらもキリエの顔を見つめる。
「さてと。じゃあ君をここに連れてきた理由を話すけど、誤解せずに聞いて欲しいんだ。君には子供を産んで欲しい。」
全身を一斉に引き攣らせ無意識にも股間に意識を集中させたキリエにアルカラは慌てた様子で両掌を前に出す事で自分の無害を示す。
「あ、ちょっと待った。落ち着いて。別に僕と性交しろって言ってるんじゃないよ。そこんところ誤解しないよーに。」
前に出した掌を後ろに戻しそこにあった蟲が入った瓶を掴んでそれをキリエに向けて突き付ける。
「産んで欲しいのはこの蟲の子供だよ。」
臆面も無く言い放つアルカラに一瞬キリエは何を言っているのか理解出来なかったがアルカラは淡々と続ける。
「この蟲は僕が造った種類でね。先ずこの蟲は女性器から膣に入り子宮にまで辿り着くと子宮と一体化し生殖機能を乗っ取ってから卵を産む。卵はどんな種族の子宮であっても着床し母体の体液や魔力を吸収して僅か数分で数分で成虫にまで成長し膣を通って母体から出る。最大の特徴として此の時産まれる幼虫は少なからずとも母体となった生物の性質を受け継ぐ事。要約すると他種の生殖機能に寄生して繁殖する単為生殖の蟲ってわけ。目的は魔物の生殖機能を奪う事なんだけど造るのが大変だったよ。で、何でその母体に君が選ばれたかと言うと、この蟲の卵は母体の体液や魔力を吸って成長するってさっき言ったよね?それが問題だったんだよ。成長の為に吸収する量が半端じゃなかった。そんじょそこらの人間や魔物じゃこの蟲の母親として耐え切れなかった。初めは人間の奴隷とかホルスタウロスとかハーピーとかサキュバスで試していたんだけど幼虫が成長し切る前に干乾びて死んじゃってね。そこで普通の母が駄目なら強い母を用意すればいいじゃないと思いついて強靭な体力と魔力を持つドラゴンが選ばれたってわけ。」
長い長い説明を経て全てを呑み込んだキリエは今度こそ全身が引き攣る感覚と共に凍え死んでしまうような恐怖を味わった。
キリエが囚われていた牢獄で筋肉質の男は「俺の子供が出来るかもな。」と畜生のような事を言っていたがそれすらも優しく思えた。
「―――――!――――!」
論理的な思考を一切放棄してただ我武者羅に暴れ、封をされている事すらも忘れて口から吐息を吐こうとするが呻くような声が漏れるだけ。
一方でアルカラは瓶の蓋を取り除き掌の上に蟲を乗せてもう片方の手の指で蟲の頭を優しく撫でた。ジャラジャラと鎖がキリエの悲鳴を代弁するかのような音を立てるがアルカラは気にせずもう一方の手で陰唇を開く。
「言い忘れてた。この蟲から産まれた幼虫は母体の腹を食い破るなんて真似はしないから安心して孕んでね。」
アルカラは笑顔と共にそう説明し終えると蟲を乗せた手を陰唇に押し付けて女性器の体温を察知した蟲が膣の中へと這入り込んだ。
「――――!―――!―――――――――!」
挿入った蟲の鉤爪が膣肉を掻き回す幽かな痛みと共に心を直接踏み躙るような生理的嫌悪が沸き上がる。
陸上に上がった魚のように何度も全身を跳ねさせて声として出す事が叶わず絶叫を上げているキリエを見たアルカラはもう抵抗は無いだろうと思ってキリエの口の封を解き、後学の為に蟲の母親の体験談を記帳しようと紙と筆を持つ。
「いやァああああ!中に、中に、蟲がッ、蟲がァああああ!!」
「落ち着いて。蟲は君に危害を加える訳じゃないから。落ち着かないと後が辛いよ。」
「嫌だァあああああ蟲なんて孕みたくないィいいいい!取って、取ってよォお!!」
「取れないし取らないよ。ほらそろそろ蟲が子宮に辿り着くからお腹の力抜かないと凄く痛いと思う。」
呑気にキリエを宥めるアルカラの解説通り膣の最奥にまで到達した蟲は彼女の子宮口の隙間の全身を潜り込ませた。遺物の侵入を防ごうと固く閉じた子宮肉に蟲は両手足の鉤爪をわしゃわしゃと泳ぐように動かして少しづつ前へ前へと進む。
それを外から見ても分かり易いようにする為なのかキリエの下腹部で今蟲が居る部分の腹肉が不自然に盛り上がっていた。盛り上がった部分が前へと侵入していく度にキリエの恐怖は加速度的に増していき恐怖に誇り高いドラゴンの理性が削り取られていく。魔物娘化して人間らしい感情が備わった所為かキリエはドラゴンの吐息の存在を忘れて涙と鼻水を垂れ流しながらもアルカラに懇願する。
「お願い…何でもする…何でもするか…蟲を取り除いて…。」
「何でもするの?じゃあ蟲を孕んでよ。」
「いや、それは、それだけはァ!」
蟲の鉤爪で子宮の膜を傷付けられた為か下腹部からの鋭い痛みと共に陰唇から僅かに赤紫色をした血が漏れ出す。やがて蟲は子宮に到着し種族の繁殖の為にアルカラに組み込まれた本能に従って子宮との一体化を始める。
それはキリエの体内で起きている出来事であり皮膚や筋肉に覆われている為にキリエ自身は見る事は出来ない。見えるにしろ見えないにしろドラゴンとしての誇りを引き裂かれた屈辱でキリエは茫然と腹部の盛り上がりを眺めていたのだが、途端キリエに大きな変化が訪れた。それまで痛みと嫌悪しか感じなかった下腹部を優しい温もりが満たした始めたのだ。
「いやァ…ん…お腹からぁ、変な感じがぁ…。」
「子宮に辿り着いた蟲は母胎の保護を優先する。母親の神経や魔脈と連結しつつ母胎から余計な物を取り除くのさ。」
その副作用なのかキリエの頭の中にはとろんとした霧が掛り声には愉悦が交じって冷汗だらけの陰唇からは愛液が漏れ始める。
アルカラは説明を省いていたがこの時、蟲は着床している受精卵なども取り除いている。囚われてから引き取られるまで散々男達に犯されていたキリエは誰かの子供を身籠っていたがその受精卵は愛液と共に体外へ流れ出た。余談だがこの時キリエの子宮に受精卵では無く胎児が居た場合には胎児は蟲が産んだ子供の餌になっていただろう。
閑話休題、蟲が母胎と一体化する際には二、三分程の時間が必要なのだがその間キリエは以前の様に泣き叫ぶ様子は無かった。むしろその瞳には以前の様な厳しさは無く優しさに溢れており吐き出す吐息も眠るように安らかである。前の母親にも見られたその変化の原因はアルカラには分からないが蟲が母性本能とやらを直接愛撫しているからではと推測していた。違う生物を血肉を共有する、新しい命を創るという二つの感覚が合わさって強烈な麻薬の様に母親の理性を溶かしているのではないだろうか。その原因の調査を今後の課題として紙に記帳したアルカラはもぞもぞと全身をくねらせ始めたキリエに眼を奪われた。
「あァん…お腹がから何か来るゥ…。」
「おっと、もうか。」
筆を握る手の小指を突き出して八の字を切ると小部屋の傍で待機させていた三体のゴーレムが入ってくる。この三体は戦闘に特化させており内一体にはドラゴンの鱗も貫く魔法の剣を、残る二体には非常に頑丈な網を持たせてある。
武装したゴーレム達を気にも留めずキリエは四肢の自由が効かないもどかしさに身を捩りつつ自身の身体の変化に混乱していた。
自分の身体から新し命が産まれる感覚には母親としての喜びと少女としての恐怖が複雑怪奇に折り混ざっている。既にそこに自分の体内に蟲への嫌悪は無く単身で大舞台の壇上に赴く前のような孤独な緊張感がキリエを支配している。
「――――ッッッッッ!」
海上の嵐のように突発的な激痛が全身を揺らしたかと思えば同時にキリエの腹部が段々と膨れ上がっていく。腹部はスライムのように自由自在に形を変えながらも肥大化していきやがて十p程の大きさの半円形で固まった。
引き潮のように収まっていく痛みを感じながらも完全な妊婦と化した自分の腹部を涙が交じった視界で眺めていたキリエであったが、急速に全身から血を引く様な寒さを、孕んだ蟲の子供に魔力と体力を奪われ始めた為に酷い目眩と空腹と涸渇に襲われた。全身が警報を鳴らす一方でキリエは母胎の中の子供達の貪欲なまでの略奪に無上の幸福を感じている自分に気付く。
少し前まで恐怖と悲哀に塗り潰されていた理性が急速に原始的な本能に塗り潰され頭から誇りや嫌悪といったものが排除される。思考能力すら失った意識が腹部に集中し自らの生涯がこの瞬間の為に存在していたかのような錯覚さえも沸き上がってくる。
「良い蟲を産んでくれそうだ。」
キリエの膨らんだ腹部に優しく添えた手から伝わってくる子供の鼓動にアルカラは満足感を覚えていた。娘の出産を見守る父はこんな気持ちなのかもしれないと父にでもなった気分で少しかばかりの感傷に浸っていたが、突然にも全身を弓なりに反らし始めたキリエを見てアルカラは科学者としての使命を思い出した。
半円形で固まっていた腹部が再び形を変え始めている、キリエの母胎の中で成長し切った子供が暴れているのだろう。再び襲い掛かって来た激痛にキリエは餓死寸前の身体であってもドラゴンの種族に恥じない力強さを秘めた悲鳴を上げた。
「あああァァ!出る!お腹か出てくるゥ!」
「落ち着いて。先ず肩の力は抜くんだ。」
「なァにこれェ、お腹の中の赤ちゃん達がごりごりってェお腹を押してるゥ!」
「それで中の物を捻り出すように股間に力を入れる!」
「あァん!あァァ…あァァんッ…!」
拳一つ分ほどの大きさの塊がキリエの腹部から陰唇へと降りて行く事に気付いたアルカラはキリエの陰唇へと注目した。やがて出口へと辿り着き赤紫色と透明な液体を纏ってドラゴンであるキリエから産まれたのは蟲だった。
全長が前世代の蟲よりも一回り程大きく全体的に緑色で口から小さな炎が洩れているのは母親であるドラゴンの遺伝だろう。
その蟲の全身がキリエの膣から完全に抜け出した瞬間に魔法の剣を持ったゴーレムが剣先で蟲の胴体を串刺しにする。筆舌し難い断末魔を上げて母親に助けを求める蟲であったがキリエは兄弟達を産む事で必死だった為に届かなかった。
「母体『キリエ』を使った生殖は概ね成功、後はインキュバスとか男の生殖器でも繁殖が出来るようにすれば教会(スポンサー)も満足するだろう。念の為に前世代の蟲の生殖能力を失っていないかとどの位ドラゴンの特性を遺伝しているか調べたいたからこの蟲は解剖室に連れてって。準備したら僕も解剖室に行くから。残りのゴーレムは残りの蟲の捕獲、捕獲した蟲は全て飼育室に連れて行く事。蟲の繁殖が終わってもキリエが生きていたら逃がさないように気を付けて栄養補給をしてあげてよ。―――お疲れ様、キリエ。」
最後にアルカラはキリエの額にキスをし彼女の口にドラゴンの吐息を封じる口枷を仕掛けた後で小部屋から出て屋敷の解剖室へと向かう。
「――――ッ!」
遠くから蟲を産み続ける雌の鳴き声が聞こえた気がした。
荘厳な教会の地下迷宮、陽が差さない煤けた牢獄の一室でスキンヘッドの男が上半身を反らすと同時に大きく腰を突き出した。巨大な蛭の様に赤く膨れ上がった男根から射精れた粘っこい精液が先着の精液を押し出して膣肉と絡み合い精液の一部が零れ落ちる。種付けから零れ落ちた精液の様子を眺めながらも絶頂に浸っている男は畜生の吐息の様な下品な笑い声と黄ばんだ歯を曝け出す。
「へっへっへ…こんだけ中に出されちゃ俺の子供が出来ちゃうかもなァ、ドラゴンさんよ。」
スキンヘッドの男に犯されるドラゴン、キリエは厳しい眼差しをしながらも男の挑発に何も返せないでいる。高位魔族であるドラゴンが吐く火炎は鉄すらもゼリーのように溶かす劫火である事は街の小さな子供でも知っている。その炎でキリエが逃げてしまわないようにする為に喉には魔力の流れを断つ御札、口には幾重にも封印術が施された枷を嵌め込んでいた。
捕らえた魔物を監視する者達にとって自分達よりも強力な魔物を好き勝手に犯すのは極上の娯楽でありその悲鳴は極上のスパイスであったが、今回の魔物を引き取りに来るのが『研究員』である事実が悲鳴を聞きたいが為に口枷を外すと言う愚行を押し留める抑止力となっていた。
教会の下にも学者の集団は数あれどスキンヘッドの男のような教会の裏側に生きている者達にとって『研究員』を指す集団は一つしかいない。ゴミ処理場とも呼ばれる彼等は「『研究員』の下に送るぞ」と脅されればどんな荒くれも大人しくなる程の恐怖として語られている。
「おい、そろそろ『研究員』が来るぞ!」
もう一人の見張り担当で教会本部と連絡を取り合っていた痩せた男がお楽しみの真っ最中であったスキンヘッドの男を怒鳴りつける。
男は大慌てでキリエの膣から自分の男根を引き抜いてその辺りにあった雑巾で精液を拭き取ってから身嗜みを整えた。育ちの悪い男でもそのくらいの知識はあり身嗜みを整えたと納得すると急いで牢獄を出て裏の地下迷宮と表の教会とを繋ぐ出入り口付近に立つ。
スキンヘッドの男と痩せた男は整列をして待っているとやがて出入口の隠し階段を隠す扉が開きそこから『研究員』が降りてきた。姿を現した『研究員』は神父服を装いつつも背が低く童顔であった為に年齢が非常に判別し辛い特徴を持った男だった。それでもスキンヘッドの男と痩せた男の心の中では裏社会を生き延びる為に培った直感が目の前の男を侮ってはいけないと警告を発している。
痩せた男は普段通り腰巾着の姿勢を以て傍目から見てわざとらしいと感じてしまうまでに腰の低い御辞儀をした。
「お待ちしておりました、アルカラ様。ドラゴンはこの先に捕らえております。」
「僕も待たせたね。今日は無理にスケジュールを詰め込んじゃったから。」
「このまま外の馬車に運びますか?」
「いや、ちょっとドラゴンの様子も見ておきたい。」
「畏まりました、ではこちらへ。」
牢獄まで辿り着き痩せた男がキリエのいる牢獄の鍵を開けるとアルカラはキリエに駆け寄って小瓶と注射器を取り出した。何か実験を行うのかと男二人は身構えたが注射器で鱗の隙間を刺し抜いた血液を小瓶の中に入れただけだった。ドラゴンの赤紫色の血をしばらく眺めていた後で小瓶と注射器をポケットに押し込むと牢獄から出る。
「もういいよ。運んどいて。」
「はっ!」
「出来るだけドラゴンは綺麗にしておく事。」
「わ、分かりましたっ!」
思わずキリエを強姦した事について何か咎めがあるのではと恐怖した二人の男であったがアルカラは何かを言う様子は無い。表の教会へと通じる出入口から出て行ったアルカラを見届けた後、二人の男はもう一方の出口から出て清潔な水や布を調達する。彼等の価値基準で出来る限りキリエを綺麗にした後、拘束具の一部を解いて後はキリエ自身に歩かせようとする。が、キリエは歩こうとしなかったので男二人は引っ張ったり蹴飛ばしたりする事で何とか馬車の中に押し込んだ。
キリエが積まれた事を確認した馬車の御者は疲れてクタクタになっている男二人に何も言わず馬車を走らせる。既にアルカラは馬車に乗っていたのだろう、段々と離れていく馬車を眺めながらもその場に残された彼等は安堵の息を吐いた。
…。
…。
…。
半日を掛けて移動した馬車が辿り着いたのは鬱蒼としていて城下街一つ分の広さはある森だった。森の入口で止まった馬車を五体のゴーレムが出迎えアルカラの姿を目にすると様になった御辞儀をする。馬車から降りたアルカラは何も言わず森の中へと入って行き五体の内一体がその後ろを歩き残り四体がキリエを運んだ。
数十分程見知らぬ巨大な森を歩いてその奥でキリエが見た物は大量の蟲で黒く塗り潰された古びた屋敷。膜のように壁や窓を蠢く蟲達にアルカラが屋敷の扉に触れると扉の部分に居た蟲達は一斉にアルカラを避ける。
アルカラが小さな腕でゆっくりと開きキリエが屋敷の中を覗いた時、天地が引っ繰り返る様な驚きと共に我が目を疑った。屋敷の中には人間の数十倍もの長生きしてきたドラゴンであるキリエが見た事も無い昆虫で溢れ返っていたからだ。熊の様な巨大な蟷螂、真っ赤な蜘蛛の巣、氷を纏った百足、幾つもの頭を持った蚯蚓etc.etc......。キリエに暗い思い付きが浮かび上がる、このまま自分は知能の無い蟲達に脳を吸われ腸を啜られ肉を裂かれてしまうのではないかと。
一旦アルカラと別れたキリエは二階の小部屋に連れて行かれ部屋の中心に佇むベッドに括りつけられる。役目を終えたゴーレム達は小部屋から出、入れ替わる様に白衣を纏ったアルカラが入って来た。
アルカラの手には板に張り付けた紙とペンとインクと大きな瓶が握られており瓶の中には矢張りキリエが見た事の無い蟲が蠢いている。蟲を見て自分が感じた不安を益々強固な物としていったキリエは拘束具を千切ろうと必死に足掻くが鎖が綺麗な音を立てるだけ。そんなキリエを見たアルカラは意外そうな顔をしていたが直ぐに何か納得したかのような顔に変わりキリエの足元に腰を降ろす。
「キリエ、心配しなくていいよ。僕は蟲に食べさせる為に君を連れてきたわけじゃないから。」
大人が子供をあやす様な、もしくは神父が迷える人を導く様な優しい声でアルカラはキリエに囁きかける。キリエは驚いていた。アルカラの言葉にもだが、それよりも教会の人間が目の敵にしている魔物の名前を知っているとは思わなかったからだ。
「この屋敷に来た魔物、魔物だけじゃない商談に来たお偉いさんまでそう思うんだ。自分は蟲達の餌になるんだって。失礼しちゃうよね。僕が造った蟲は生物は襲わないように一匹一匹ちゃんと調教してあるのに。そりゃ僕は人間としてはアレかもしれないけど科学者としての良心はちゃんとあるよ。蟲達が勝手に他の生物襲ったり繁殖したりして困るのは僕も同じなんだからさ。蟲が食べるものもちゃんと管理してるわけ。分かる?それなのにアイツ等…あ、僕の元同僚ね。災害でも起こす気かって僕を裁判所に送るどころかそれまで大事に育ててた蟲を焼き殺しちゃって。ムカついたから頭を駄目にする毒を持った蟲を嗾けてやったけど正直それでもまだ物足りないよ。でもこれ以上すると今の教会(スポンサー)に怒られるし………。」
最後に「やんなっちゃう。」で締め括り再びアルカラは溜め息を吐く、一方的な愚痴を聞かされてキリエはと言えば只目を白黒させるのみ。
「おっとごめん、話が逸れたね。それじゃ君を連れてきた理由を聞かせるけど…その前にちょっと診させてもらうよ。」
身を乗り出したアルカラは人差し指と親指でキリエの瞼をこじ開けてくりくりと動く眼球をしばらく見つめる。
「血液からの診断では型はAB。年齢は約210、人間換算で14。ちょっと若いけどまぁ贅沢は言ってられないよね。眼球の運動に異常は無し。」
少しだけ身を引き戻したかと思えば左手でキリエの乳房に触れ目を閉じ丁度真下にある心臓の脈拍の流れを聞き取る。しばらくの後に目を開けて左手を下腹部へと降ろし皮膚越しに内臓を弱く押してその反応を確かめた。確信を得ると今度は左手をキリエの股間まで降ろすと人差し指で陰唇を広げて上半身を屈めて中身を覗き込む。
「脈拍に異常は無し、内臓にも異常は無し、生殖器にも異常は無し。」
アルカラは姿勢を元に戻して筆を左手で握り板に張り付けた紙に自分が見たものを書き込んでいく。一通りを書き終えると紙と筆を腰元に置いて腕を組み温和な顔に僅かながらも真剣みを漂わせながらもキリエの顔を見つめる。
「さてと。じゃあ君をここに連れてきた理由を話すけど、誤解せずに聞いて欲しいんだ。君には子供を産んで欲しい。」
全身を一斉に引き攣らせ無意識にも股間に意識を集中させたキリエにアルカラは慌てた様子で両掌を前に出す事で自分の無害を示す。
「あ、ちょっと待った。落ち着いて。別に僕と性交しろって言ってるんじゃないよ。そこんところ誤解しないよーに。」
前に出した掌を後ろに戻しそこにあった蟲が入った瓶を掴んでそれをキリエに向けて突き付ける。
「産んで欲しいのはこの蟲の子供だよ。」
臆面も無く言い放つアルカラに一瞬キリエは何を言っているのか理解出来なかったがアルカラは淡々と続ける。
「この蟲は僕が造った種類でね。先ずこの蟲は女性器から膣に入り子宮にまで辿り着くと子宮と一体化し生殖機能を乗っ取ってから卵を産む。卵はどんな種族の子宮であっても着床し母体の体液や魔力を吸収して僅か数分で数分で成虫にまで成長し膣を通って母体から出る。最大の特徴として此の時産まれる幼虫は少なからずとも母体となった生物の性質を受け継ぐ事。要約すると他種の生殖機能に寄生して繁殖する単為生殖の蟲ってわけ。目的は魔物の生殖機能を奪う事なんだけど造るのが大変だったよ。で、何でその母体に君が選ばれたかと言うと、この蟲の卵は母体の体液や魔力を吸って成長するってさっき言ったよね?それが問題だったんだよ。成長の為に吸収する量が半端じゃなかった。そんじょそこらの人間や魔物じゃこの蟲の母親として耐え切れなかった。初めは人間の奴隷とかホルスタウロスとかハーピーとかサキュバスで試していたんだけど幼虫が成長し切る前に干乾びて死んじゃってね。そこで普通の母が駄目なら強い母を用意すればいいじゃないと思いついて強靭な体力と魔力を持つドラゴンが選ばれたってわけ。」
長い長い説明を経て全てを呑み込んだキリエは今度こそ全身が引き攣る感覚と共に凍え死んでしまうような恐怖を味わった。
キリエが囚われていた牢獄で筋肉質の男は「俺の子供が出来るかもな。」と畜生のような事を言っていたがそれすらも優しく思えた。
「―――――!――――!」
論理的な思考を一切放棄してただ我武者羅に暴れ、封をされている事すらも忘れて口から吐息を吐こうとするが呻くような声が漏れるだけ。
一方でアルカラは瓶の蓋を取り除き掌の上に蟲を乗せてもう片方の手の指で蟲の頭を優しく撫でた。ジャラジャラと鎖がキリエの悲鳴を代弁するかのような音を立てるがアルカラは気にせずもう一方の手で陰唇を開く。
「言い忘れてた。この蟲から産まれた幼虫は母体の腹を食い破るなんて真似はしないから安心して孕んでね。」
アルカラは笑顔と共にそう説明し終えると蟲を乗せた手を陰唇に押し付けて女性器の体温を察知した蟲が膣の中へと這入り込んだ。
「――――!―――!―――――――――!」
挿入った蟲の鉤爪が膣肉を掻き回す幽かな痛みと共に心を直接踏み躙るような生理的嫌悪が沸き上がる。
陸上に上がった魚のように何度も全身を跳ねさせて声として出す事が叶わず絶叫を上げているキリエを見たアルカラはもう抵抗は無いだろうと思ってキリエの口の封を解き、後学の為に蟲の母親の体験談を記帳しようと紙と筆を持つ。
「いやァああああ!中に、中に、蟲がッ、蟲がァああああ!!」
「落ち着いて。蟲は君に危害を加える訳じゃないから。落ち着かないと後が辛いよ。」
「嫌だァあああああ蟲なんて孕みたくないィいいいい!取って、取ってよォお!!」
「取れないし取らないよ。ほらそろそろ蟲が子宮に辿り着くからお腹の力抜かないと凄く痛いと思う。」
呑気にキリエを宥めるアルカラの解説通り膣の最奥にまで到達した蟲は彼女の子宮口の隙間の全身を潜り込ませた。遺物の侵入を防ごうと固く閉じた子宮肉に蟲は両手足の鉤爪をわしゃわしゃと泳ぐように動かして少しづつ前へ前へと進む。
それを外から見ても分かり易いようにする為なのかキリエの下腹部で今蟲が居る部分の腹肉が不自然に盛り上がっていた。盛り上がった部分が前へと侵入していく度にキリエの恐怖は加速度的に増していき恐怖に誇り高いドラゴンの理性が削り取られていく。魔物娘化して人間らしい感情が備わった所為かキリエはドラゴンの吐息の存在を忘れて涙と鼻水を垂れ流しながらもアルカラに懇願する。
「お願い…何でもする…何でもするか…蟲を取り除いて…。」
「何でもするの?じゃあ蟲を孕んでよ。」
「いや、それは、それだけはァ!」
蟲の鉤爪で子宮の膜を傷付けられた為か下腹部からの鋭い痛みと共に陰唇から僅かに赤紫色をした血が漏れ出す。やがて蟲は子宮に到着し種族の繁殖の為にアルカラに組み込まれた本能に従って子宮との一体化を始める。
それはキリエの体内で起きている出来事であり皮膚や筋肉に覆われている為にキリエ自身は見る事は出来ない。見えるにしろ見えないにしろドラゴンとしての誇りを引き裂かれた屈辱でキリエは茫然と腹部の盛り上がりを眺めていたのだが、途端キリエに大きな変化が訪れた。それまで痛みと嫌悪しか感じなかった下腹部を優しい温もりが満たした始めたのだ。
「いやァ…ん…お腹からぁ、変な感じがぁ…。」
「子宮に辿り着いた蟲は母胎の保護を優先する。母親の神経や魔脈と連結しつつ母胎から余計な物を取り除くのさ。」
その副作用なのかキリエの頭の中にはとろんとした霧が掛り声には愉悦が交じって冷汗だらけの陰唇からは愛液が漏れ始める。
アルカラは説明を省いていたがこの時、蟲は着床している受精卵なども取り除いている。囚われてから引き取られるまで散々男達に犯されていたキリエは誰かの子供を身籠っていたがその受精卵は愛液と共に体外へ流れ出た。余談だがこの時キリエの子宮に受精卵では無く胎児が居た場合には胎児は蟲が産んだ子供の餌になっていただろう。
閑話休題、蟲が母胎と一体化する際には二、三分程の時間が必要なのだがその間キリエは以前の様に泣き叫ぶ様子は無かった。むしろその瞳には以前の様な厳しさは無く優しさに溢れており吐き出す吐息も眠るように安らかである。前の母親にも見られたその変化の原因はアルカラには分からないが蟲が母性本能とやらを直接愛撫しているからではと推測していた。違う生物を血肉を共有する、新しい命を創るという二つの感覚が合わさって強烈な麻薬の様に母親の理性を溶かしているのではないだろうか。その原因の調査を今後の課題として紙に記帳したアルカラはもぞもぞと全身をくねらせ始めたキリエに眼を奪われた。
「あァん…お腹がから何か来るゥ…。」
「おっと、もうか。」
筆を握る手の小指を突き出して八の字を切ると小部屋の傍で待機させていた三体のゴーレムが入ってくる。この三体は戦闘に特化させており内一体にはドラゴンの鱗も貫く魔法の剣を、残る二体には非常に頑丈な網を持たせてある。
武装したゴーレム達を気にも留めずキリエは四肢の自由が効かないもどかしさに身を捩りつつ自身の身体の変化に混乱していた。
自分の身体から新し命が産まれる感覚には母親としての喜びと少女としての恐怖が複雑怪奇に折り混ざっている。既にそこに自分の体内に蟲への嫌悪は無く単身で大舞台の壇上に赴く前のような孤独な緊張感がキリエを支配している。
「――――ッッッッッ!」
海上の嵐のように突発的な激痛が全身を揺らしたかと思えば同時にキリエの腹部が段々と膨れ上がっていく。腹部はスライムのように自由自在に形を変えながらも肥大化していきやがて十p程の大きさの半円形で固まった。
引き潮のように収まっていく痛みを感じながらも完全な妊婦と化した自分の腹部を涙が交じった視界で眺めていたキリエであったが、急速に全身から血を引く様な寒さを、孕んだ蟲の子供に魔力と体力を奪われ始めた為に酷い目眩と空腹と涸渇に襲われた。全身が警報を鳴らす一方でキリエは母胎の中の子供達の貪欲なまでの略奪に無上の幸福を感じている自分に気付く。
少し前まで恐怖と悲哀に塗り潰されていた理性が急速に原始的な本能に塗り潰され頭から誇りや嫌悪といったものが排除される。思考能力すら失った意識が腹部に集中し自らの生涯がこの瞬間の為に存在していたかのような錯覚さえも沸き上がってくる。
「良い蟲を産んでくれそうだ。」
キリエの膨らんだ腹部に優しく添えた手から伝わってくる子供の鼓動にアルカラは満足感を覚えていた。娘の出産を見守る父はこんな気持ちなのかもしれないと父にでもなった気分で少しかばかりの感傷に浸っていたが、突然にも全身を弓なりに反らし始めたキリエを見てアルカラは科学者としての使命を思い出した。
半円形で固まっていた腹部が再び形を変え始めている、キリエの母胎の中で成長し切った子供が暴れているのだろう。再び襲い掛かって来た激痛にキリエは餓死寸前の身体であってもドラゴンの種族に恥じない力強さを秘めた悲鳴を上げた。
「あああァァ!出る!お腹か出てくるゥ!」
「落ち着いて。先ず肩の力は抜くんだ。」
「なァにこれェ、お腹の中の赤ちゃん達がごりごりってェお腹を押してるゥ!」
「それで中の物を捻り出すように股間に力を入れる!」
「あァん!あァァ…あァァんッ…!」
拳一つ分ほどの大きさの塊がキリエの腹部から陰唇へと降りて行く事に気付いたアルカラはキリエの陰唇へと注目した。やがて出口へと辿り着き赤紫色と透明な液体を纏ってドラゴンであるキリエから産まれたのは蟲だった。
全長が前世代の蟲よりも一回り程大きく全体的に緑色で口から小さな炎が洩れているのは母親であるドラゴンの遺伝だろう。
その蟲の全身がキリエの膣から完全に抜け出した瞬間に魔法の剣を持ったゴーレムが剣先で蟲の胴体を串刺しにする。筆舌し難い断末魔を上げて母親に助けを求める蟲であったがキリエは兄弟達を産む事で必死だった為に届かなかった。
「母体『キリエ』を使った生殖は概ね成功、後はインキュバスとか男の生殖器でも繁殖が出来るようにすれば教会(スポンサー)も満足するだろう。念の為に前世代の蟲の生殖能力を失っていないかとどの位ドラゴンの特性を遺伝しているか調べたいたからこの蟲は解剖室に連れてって。準備したら僕も解剖室に行くから。残りのゴーレムは残りの蟲の捕獲、捕獲した蟲は全て飼育室に連れて行く事。蟲の繁殖が終わってもキリエが生きていたら逃がさないように気を付けて栄養補給をしてあげてよ。―――お疲れ様、キリエ。」
最後にアルカラはキリエの額にキスをし彼女の口にドラゴンの吐息を封じる口枷を仕掛けた後で小部屋から出て屋敷の解剖室へと向かう。
「――――ッ!」
遠くから蟲を産み続ける雌の鳴き声が聞こえた気がした。
12/04/02 19:51更新 / 全裸のドラゴンライダー