水槽で眠るダークマター
「ぁ――――――――
国から廃棄された地下魔導研究室で、スティーブはある感情に支配されていた。それは自分の人生への、それこそ今まで目に映った全ての存在にすらも向けられる、感謝である。その感謝は最早筆舌し難いものであり、敢えて陳腐な言い方に貶めれば彼の人生そのものであるとも言い換えられ、最早その圧倒的な感謝は苦行を重ねる僧が数十年と懸けて辿り着ける悟りの領域とも言っていい程に、文字通り感無量であった。
彼は己の人生を懸けて一体何に辿り着いたのか、何を見て、感じて、そこまでの高みへと到ったのか。彼の目の前、黄緑色の液体で満たされた巨大な水槽の中で刻々と燃え上がる暗黒の炎、それこそが原因である。
『ダークマター』。闇の太陽とも評されるそれは、精霊というカテゴリに属しながらも他種の精霊族全てと天秤に掛けられても軽過ぎる程の魔力を含有し、一度その魔力が爆発すれば周囲一辺が魔界と化す程の危険性を有した存在。精霊学における最奥の知識の書庫でさえ人が求めてはならぬ禁忌としてその名のみが語られている精霊、それをスティーブは、自らの人生を犠牲にして、たった今、自らの手で零から創り上げ、そして完成にまで到らせたのだ。
陽を浴びる栄光を捨てまで創造に身を窶し、それが公に知られるや否や異端審問官に槍を以て弾劾される日々を送って来たスティーブにとってダークマターの完成をその瞳に移す瞬間は、正に永い間に魅続けた夢が現実のものと入れ替わったかのような瞬間であった。永い間人との関わりを避けて女王に跪く蟻の様に生きていたスティーブは、完成に到ってようやく人間らしい感情を取り戻し、散髪や髭剃りはおろか風呂にすらも入っていなかったので野生の熊のような垢塗れのその顔に、にっこりと華が咲く。鼠の住処でもある薄暗い地下で咲いた汚い男の笑顔は何処か白骨を連想させるものがあったが、実際に彼の肉体は既に限界を迎えていた。
憑かれたようにダークマターの創造に明け暮れたスティーブはその過程で自らの肉体に幾重物の魔法を施し、食事や睡眠を必要としないよう改造していた。動く屍、そう呼ぶに相応しい物になろうとも、ダークマターの完成を目指して活き続けた。何故そこまでしたのか、その理由は魂さえも取り除いた今の彼では思い出す事さえ叶わない。ただ、役割を終えた人形がどうなるかだけは覚えていた。
――――――――。」
ダークマターの完成という役割を果たし、奏者が手繰る糸が切れたかのように崩れ落ち始める肉体。しかしスティーブだった動く屍は如何なる奇跡に依るものか、ダークマター完成の直後に自分自身の心を取り戻していた。その奇跡は花の寿命同様刹那に終わり、闇へと還る亡者の肉体に引き摺られ、無間の闇へと落ちようとしている。崩れ落ちる視界の中、感謝を心の内に秘めながらもスティーブがダークマターの中に見たのは、にっこりと微笑む、白い翼を抱いた女性の面影。愛する彼女の名を呼ぼうとして、しかし剥げ果てた喉では声に出す事すらも叶わずに、スティーブはゆっくりと事切れた。本でも落ちたかのような音と共に、彼の肉体は薄暗い地下室で倒れ伏した。
後には誰も残らない、遺されたのはスティーブが己の人生を掛けて創造したダークマターのみ。このままこの精霊と地下室は時間に埋もれ誰も知らぬまま創造主と同じ運命を辿るか、もしくは運良く何者かに発見され、災害を起こし得る存在として抹消されるか創造主の願いと別の形で利用されるか。もしもこの世に全ての生物の生死を監視しる死神とやらが居るとするのなら、そうなるはずだった。そうなるはずだったのだが、神を冒涜する淫魔の魔導が引き起こす奇跡はまだ、これからだったのだ。
創造の最中でスティーブの魂が植え付けられていたダークマターから微風のような魔力の波が吹き出して、母親が我が子を抱くかのように事切れた彼の肉体を包み、注ぐ。ダークマターの魔力で満たされた肉体は血色を取り戻すどころか徐々に若々しいものへと戻っていく。倒れ伏した彼の指先がぴくりと動いた。今、死者が蘇ろうとしている。無限の闇から現世へ蘇ってきたスティーブの心はダークマターの魔力に共鳴し、自らがダークマターを創造した理由を少しづつ、大海の水を汲むかのように思い出し始めていた。
…。
…。
…。
多くの著名な魔導師輩出して来た名家ファウストに産まれたスティーブは、ある淫魔に恋をした。淫魔の名はエデンと言い、白い翼と黒い角を有した、リリムと呼ばれるサキュバス種の高位に属する淫魔である。スティーブとエデンが出会ったのは、彼は貪欲な魔導師で、魔道を極める為に利用してやろうという気持ちから彼女を召喚魔法を以て呼び出したからだ。
一学生の身分でありながらも既に優れた魔導師としてファウストの家名と共に魔導師達の中で知れ渡っていたスティーブは万全を期して召喚に臨み、魔導を教える契約の代価として求められたのが性交であった、という予想外を除けば状況は彼の予想通りに進み、時には精根枯れ果て丸三日指一つ動かせなくなるような激しい交わりがあったものの、既存の魔導書からよりも遥かに深い叡智を得る事が出来た。
そうして学生の身分からの卒業後、スティーブはエデンから得た知識を元に新星の魔導師としての地位を高め、時には正々堂々たる魔導の競い合いで、時には公に知られれば外道と罵られるような方法で名実共に世間から認められていった。しかし一方で段々と、不自然にも彼女との交流の仕方に釘を指している自分に気付き、そして彼女の胸に抱かれて心底から安らいでいる自分に気付いた。
スティーブは産まれた頃から周囲は無関心と敵意と下心で満ちていた。父は子種だけを残して研究に戻り、母は機械同然の無表情で、兄弟や友は魔導師の位の為に蹴落とし合う敵だった。物心を理解した彼に就けられた魔導の師はファウストの家の子である彼を己に都合の良い傀儡として意のままに操ろうとし、また彼が一魔導師として大成した時、その名の下に集って来たのは彼からの甘い汁を求める向上心の無い輩であった。
その中で圧倒的な魔導の力を有しながらも性交のみを求め、性交の後で優しく微笑むエデンは新鮮に見えた。何故そんな表情が出来るのか、好機はやがて羨望に変わり、それまでの人生の中で決して有り得なかった懊悩という感情に戸惑いながらも、性交の後でスティーブを優しく抱き微笑み掛けるエデンに女神の如くの慈愛を見た彼は、彼女に恋する自分に気付いた。
それからはというものの契約の手段に過ぎなかった性行為へ学習欲を向け、医学書を以て性的快感の理論を学んだ後、街の娼館や魔女のサバト等に赴いて相手を絶頂に導く術を学んだ。余談だがこの時に得た知識がダークマターの完成に大きく関わっている。男女の情欲の結晶であるダークマターは男性と女性の喜びの原理と導き出す方法を学んでいなければ、完成は叶わなかっただろう。
ただその時は、全て自分を愛してくれるエデンに微笑んで欲しいが為、その為に学び、それこそがスティーブの青春であり最も幸せな時期だった。もしこのまま彼と彼女の関係が続いていれば、スティーブは世紀を代表する魔導師として歴史に名を残していたかもしれない。ただ幸せというものは、絶頂を迎えてしまえば後は不幸へ落ちていくだけだった。
名家が世間体を気にするのは魔導師であっても同様である。名家に生まれた魔導師が淫行に走るのは精神的な堕落と捉えられる。エデンと契約を結んだ頃のスティーブは、例え自分と彼女の関係がバレたとしても彼女を魔界に押し返して後はそれらしい証拠をでっち上げる事で世間を騙すつもりであった。しかし現実にそれがバレてしまった時、彼はそれが出来なくなってしまう程に彼女を深く愛していた。
エデンは「自分の事はいいから」と言う。それが嘘偽りない本心である事、そしてスティーブを思い遣っての事であると彼自身が誰よりも理解出来ていた。その言葉が逆に彼を絞めつけ、悩み抜いた末に彼はファウストの名を捨て彼女と共に誰も自分達を知らない国へと移り住む事を決意する。
「俺達は幸せになるんだ。」
遮る荒波よ道を開けよと言わんばかりの宣誓は呆気無く曇天の中に掻き消える。彼等は自分達が居た国から出る事すらも叶わずにスティーブは兄弟達に、エデンは異端審問官に捕らえられ、牢獄の中で彼は意地の悪い兄弟達から彼女は異端審問官達によって神の名の下に玩具同然に嬲られた後で殺された事を知らされた。愛する者を凌辱の末に殺された事を知ったスティーブの心は、顔は、どのようなものであったか。出口の無い地獄の如く深い絶望に堕ちた中で唯一の灯火として見つけたその感情こそが彼がダークマターの創造を始めた原因である。
…。
…。
…。
ダークマターから注がれる魔力により息を吹き返したスティーブは思い出を胸に自らの意思で立ち上がる。その双眸にはダークマターよりもドス黒く燃え盛る漆黒の意思。蘇った彼の漆黒の意思が射抜くその先、自らの集大成が鎮座している巨大な水槽の中に暗黒の炎は無く、代わりに白い髪と黒い角を生やした齢十程の小さな少女が眠っていた。
この少女もまたダークマターである。ダークマターは男性と女性、一対の魔力を所持しており、暗黒の炎が男性の魔力を、少女が女性の魔力を司る。暗黒の炎が掻き消えて少女が姿を現したのはダークマターが含有する男性の魔力が全てスティーブに注がれたからだ。事実今のスティーブは、彼が魔導師としての全盛期であった頃よりも数段上の魔力総量を宿している。否、闇の太陽とまで称される程のダークマターの魔力を、幾ら優れた魔導師であるとは言え高々人間が保ち切れるはずが無い。だからダークマターは、単に肉体に魔力を注ぐだけでなく、肉体そのものを造り変えていた。
人間らしい潤いを取り戻したはずの肌色からは高熱に当てられたかのように赤味の混ぜた桃色が浮かび上がり、薄暗い地下室の中でも艶を放つ黒塗りの髪や髭が抜け落ちて後頭部から螺旋く角が二本生え揃い、瞳は黄金の色に、爪も抜け落ち指先は短刀よりも鋭く、咥内で沸き出す唾液は常人が一口飲めば我を失うような麻薬へと変わっていく。最後に彼が自分を抱くように背中を丸めたかと思えばビキビキと罅が入るような音の後に蝙蝠の様な翼と鞭の様な尾を生やし、人間であった彼が最期に身に纏っていたボロ雑巾のようなローブが床に落ちる。
インキュバスへの変身を終えて、死亡、蘇生、魔物化と目の回る程に変化を遂げてきた自分の身体を確かめるかのように見まわしていたスティーブであったが、ふと女性を待たせる男は最低だと、彼を叱るエデンの言葉を思い出し、彼はダークマターへと向き直った。少女の部分のみとなったダークマターの白い髪と黒い角、齢十程の少女の姿は彼の思い人を模して創造した。紛い物とは言え素っ裸で眠る思い人の姿に魔砲と化した彼の股間が反応するのは彼が生粋の少女愛好家だからだ。
そのまま襲いたくなる性的衝動を抑えてスティーブはダークマターの眠りを解く魔法の言葉を囁く。「エデン」と。覚醒したダークマターの突風のように目覚めた魔力が水槽を壊し黄緑色の液体を蒸発させて巻き上がった煙が地下室を覆い隠す。女性が裂かれた様な音と眼が眩む煙幕の中でスティーブはただ真っ直ぐと見つめる。
煙の中で揺ら揺らと揺れる小さな影がある、ダークマターだ、目覚めたばかりのダークマターは真っ直ぐスティーブへ向かって歩んでいる。覚束ない足取りで目覚めたばかりのダークマターの赤い瞳に写るのは、自らの魔力を浴びた男の姿。
彼は膝を屈めて両手を広げた。今度は自分が抱くのだと、その手に、ダークマターの白い手が乗せられる。握り潰してしまわぬように優しく握って、伝わって来たその感触は、エデンの手の感触にそっくりだった。名残惜しげのその手を離し、とうとう目前にまで来たダークマターにスティーブは僅かに身を乗り出して自ら抱き締める。自分よりも一回りも二回りも小さな背中に手を這わせ肩に顔を埋めた時、彼は咽び泣いてしまう程の感涙に囚われた。もう二度と帰って来ない思っていた楽園、例えそれが紛い物であってもこうして出会えた事に、そしてこれから訪れるだろう幸福に彼は感激した。
「ちょっと。女を待たせる男は最低よ?」
そんな感激を凛とした声に打ち消され思わず腕の力を緩めた瞬間、ダークマターはスティーブの手の中をするり抜ける。何が起きたのかを理解するよりも早く人間を止めた今も赤い彼の唇をダークマターの白い唇が塞いだ。口先が触れ合うだけの、経験不足な恋人同士でも出来るような、キスとも言えないキス。そんな軽いものであっても遥か遠き日への感傷の中で眠っていた彼を現実へと引き戻し目覚めさせる程の奇跡の力を宿していた。
「ようやく君を取り戻したんだ。これくらいの感傷は御褒美という事にしてくれないか。」
「ふふ、そうしてあげてもよかったかもね。でも、もう気が済んだでしょ?」
「御蔭様で。」
こんな風にエデンと会話をするのは何時以来だろうかとスティーブンは思い出そうとして、直ぐ止めた。もう過去に浸る事は止めようと決めた。何故なら自分達には幸福に満ちた未来が今か今かと待ち侘びているはずだから。
スティーブンが目配るとダークマターは微笑み返し、細い腕が彼の下腹部へと潜り込んで既に肥大化していた亀頭に触れた。人差し指が尿道口を塞ぎ親指が亀頭を抑え、残る指と掌で陰茎を握る。人差し指に粘り気のある液体が纏わり付いた事に気付いたダークマターは人差指で尿道口をノックする。
痛みとも快楽ともつかない僅かな感覚に不満げな表情のスティーブに気付いたダークマターは、余興を止めて男根を弄ぶ手をさらに下へと降ろした。陰茎の大きさを確かめながらも掌を滑らせて陰嚢へと辿り着くと卵を持つかのように指で挟んでたぷんたぷんと軽く上下する。
「随分と大きくなったわね、私の中に収まり切るかしら。」
「なら、小さくしてみせようか?」
「冗談。例え股が裂けたとしても、それは貴方が私を愛している証。小さくするなんて勿体無いわ。」
恥ずかし気も無くそんな事を聞かされて赤面するスティーブを他所にダークマターは頭を下げて舌を伸ばし尿道口に触れる。何をしようとしているのかを察し立ち上がろうとした彼をダークマターが彼の腕を掴む事で制止させたので、彼は怪訝な顔を浮かべた。するとダークマターは一歩引いて、先ず両膝が地面に着き、それから身体を前に倒して、今度は両肘を着かせ、前に突き出された唇が亀頭を食んだ。そんな姿勢での口淫は遣り辛いのではと彼は言い掛けたが尿道口に舌の先端が入り込み麻痺したかのように押し黙る。
「あぁあ、これも美味しぃっ。」
舌先で先走り汁を絡め取り喉の奥に流し込んでまた尿道口と戯れる、それを何度か繰り返した後、亀頭を何度か弱く舐める。快楽に充血して条件反射的に上を向いてしまう陰茎をダークマターは追い掛けて前歯を立てる。僅かな痛みにスティーブが顔を顰めた一方でダークマターが小さな唇を精一杯広げたかと思えば亀頭を丸呑みした。
今度は口全体で吸い出すような動きに変わり、咥えた亀頭を口蓋と舌で挟み込んで押し潰す。それだけでは好物は出ないと分かると、伸ばした舌が雁首と陰茎の間を這いずり回り、口蓋の凹凸と亀頭とを何度も擦り合わせる。じりじりと脳髄を照りつける快楽に彼は何もせずダークマターの髪を撫でているだけであったが、ふとした思い付きから自分の陰茎がダークマターの口腔の深くにまで咥えられた瞬間を見計らって、何も言わず腰を大きく前へと押し出した。
「ぅあっ、――――へっ!」
前へと突き出されたスティーブの亀頭が喉を突いたものだからダークマターは急いで口から男根を離して咳込んだ。咳が止んだダークマターは恨めしげな眼でスティーブを見上げるが、彼がふっと笑ってみせると、何も言わず男根への奉仕へと戻った。両膝両手を着く犬の様な姿勢、徹底して腕を使おうとしない口だけの愛撫、悪戯をしても何一つ文句を言わない従順な態度、今の反応からスティーブはダークマターがそういうプレイを望んでいるのだと確信し、気付かぬ内に腹の内から黒い欲望が燃え上がり始めていた。
その欲望に従いダークマターの髪を撫でた後で、片手をダークマターの下顎に添えて優しく持ち上げる。男根への奉仕を中断されて不思議そうに彼を見上げるダークマターに彼はエデンを真似て微笑んで見せ両手でダークマターの両側頭部を掴むと、その口に男根を押し付けた。
「うんんんん!」
潰された蛙が出す鳴き声のような悲鳴が上がるがスティーブンは気にせずダークマターの頭を前後させる。前後する度に手足がびくりと震えまるで痙攣を起こしたようではあるが口の中はと言えば冷静に男根を愛撫していた。何度も喉を亀頭に突かれて湧き出す嘔吐感を抑えながらも舌は陰嚢を舐め取り抜き取られる時には唾液で陰茎を濡らしつつも前歯で甘噛みする。
「はぁ、はっ、あ、あっ、あぁ、いい、いいぞっ!」
前後させる回数と共に段々と湧き上がってくる射精感を感じながらもスティーブは本心から答えた。目の間にあるのは卑しい卑しい犬だ、思い人の形をした便器だ、そう自分に言い聞かせてみるとどんどんと黒い欲望が燃え盛る。精液が、魔力が、全神経が股間に集中して神にでもなったかのような全能感に酔い痴れる。
ダークマターの口の中で溜まっていく情念が最高潮にまで積り重なりこのまま食道に直接流し込んでやりたいと思ったその時だ。突然ダークマターが細い腕を伸ばし陰茎を強く握ると如何なる魔法によるものか、射精しかけたものが尿道口直前で留まって涎と先走り汁で塗れた口から絶頂を迎える寸前のスティーブの男根が引き抜かれた。何故、と声に出して問い変えた彼の前でそれは立ち上がり二本の指で中の膣肉を見せつけるように、しどしどに濡れた陰唇を広げる。
「出すならここで、ね?」
「…あぁ、そうだったな。」
無邪気な言葉当てられた所為でスティーブの中にロマンチックな感傷が芽生え始め、頭の中が急に冴える。ようやく思い人と会えたのだから愛の有る性交をしたい。彼の密かな想いにダークマターは気付いていたのだろう。スティーブは自分だったものが引っ掛けていた雑巾の様なローブを床に敷きその上にダークマターを寝かせて唇を重ねた。今度はより深く、深く、本当の恋人同士にしか出来ない、精神さえも繋がってしまいそうなキス。雰囲気作りだとかそういったものは一切考えず、ただ相手を求める為に舌を絡ませて唾液を混ぜ合わせて吐息を共有する。時よ止まれとスティーブは願ったがその願いはダークマターの太腿に亀頭を擦りつけ焦れったい快楽で自分自身を慰めている彼自身が許さなかった。
名残惜しげに唇は離れ、口元に付いたどちらのものとも付かない唾液は銀色の糸を造り直ぐに垂れ落ちる。スティーブはダークマターの両脚を自分の両太腿の上に乗せると亀頭に陰唇を擦りつけ先走り汁と愛液を絡み合わせる。愛撫しなかったが十分に濡れている、その事を確認したスティーブは男根を陰唇に挿入した。
「く、ぅううううう!!」
「ぁあ、はあぁ♪」
ぶちぶちと肉を引き裂くような悲鳴が聞こえてもそれすら悦びへと変えるのが淫魔が淫魔足る所以なのだろう。瞬きにも満たない僅かな間にダークマターの膣肉は粘土のように形を変えて男根を拒み締め付ける動作から男根を受け容れ包み込む動作へと変わる。狭過ぎる膣に身を締め付けられるような痛みを感じたスティーブンであったが、腰を引かせた時には痛覚より快楽を強く感じ始めていた。
男根に押し出されるように陰唇から噴き出した愛液が陰嚢を濡らしより濃厚な精子と魔力が陰茎を伝わり亀頭へと昇っていく。先程まで射精しかけたというのに彼の情欲はより強く湧き出し脳髄を精液と魔力を燃やしていたた。ダークマターと言えばスティーブが望んだままエデンと同じような顔と声と膣で自分と彼の快楽をより高みへ導いてる。より深い快楽を求めようと彼は一切の力加減無く腰を突き出して亀頭で膣肉の奥にある子宮口を叩き始めた。
「ぃ、やあ、そ、それ、それいい♪ しきゅうがぁ、がんがんってぇ、たたかれてるのぉ♪」
亀頭が子宮口を叩く度にダークマターは陸上に上がった魚のように全身を躍らせる。それを眺めていたスティーブは器用に腰の勢いを保ちながら上半身だけを前方へと折り曲げてほんの僅かな膨らみのある乳房に口付ける。汗の匂いを嗅ぎながらも乳輪を舐めて焦らした後でそそり立つ乳首を強く噛んだ。餅搗きの感覚で、子宮口を叩く男根を引かせた瞬間に歯を立てて、腰を突き出したと同時に歯を離す。子宮口を叩くと嬌声が洪水のように流れ出していたが乳首を噛むと痛みを押し殺した悲鳴が零れ出す。それが楽しくて癖になってしまいそうになっていた彼であったが、途端、今まで唯快楽を享受していただけのダークマターが反撃を始めた。
今まで宙を彷徨っていた両脚の脹脛を彼の腰の裏へと引っ掛けて自分の身体を彼の身体とを固定させる。それから片手を自分の口の中に突っ込み充分に唾液で濡らした後その手を彼の下半身へと伸ばす。手は愛液で濡れた陰嚢に触れ、初めは馴らすように触れていたが、やがて彼が腰を思い切り突き出した瞬間に合わせ乱暴に揉むようになる。そして今までは包み込むように動いていた膣肉が精液を絞り取るように痛みにならない寸前の締め付けを始めた。
「あぁ、うう!」
腰を引いた瞬間に陰嚢の筋をなぞられてスティーブは犯される女の様な悲鳴を上げてしまい腰の動きを止めてしまう。涎塗れになったダークマターのその顔に我が意を得たりと言わんばかりの表情が浮かび、逆に自分から彼の男根を呑み込む。亀頭にまで触れた子宮口は僅かなくびれを利用しぐりぐりと押し付けるように尿道口を刺激する。
肉体が、脳髄が射精したいと訴えかける。その訴えをスティーブは男として意地で踏み躙り食い縛って腰と口の動きを再稼働させ自分も手をダークマターの陰核へと向かわせた。さらにインキュバス化して得た尾を、宙で半円を描かせたかと思えば、そのままダークマターの陰唇へと乱暴に押し込んだ。
またも陰唇が引き裂かれ悲鳴が上がるかと思われたがダークマターの陰唇は軟体動物ように柔軟で尾をすんなりと受け入れる。陰核を嬲られ男根と尾の二本挿入れをされてもダークマターは未だ余裕があるようで手の動きも膣肉の動きも止まらない。先に限界が来たのはスティーブンの方だった。既に乳首を噛む歯の動きは止まっていて、腰と尾を動かすのもやっとといった風である。腰と尾を動かしながらも、陰核を嬲る手を離し、今度は両手で力強くダークマターを抱き締めて絞り出すように声を出す。
「エデン…!俺はもう、出していいか…っ!」
「うん♪ 出していいよ♪ 溜まってたもの、一杯ぃ♪」
沸騰寸前の脳髄を振り切り溜まりに溜まっていた男根を強く前に突き出し最後にスティーブは思い切りの笑顔を作る。その瞳に映っていたのは思い人を失った今の彼の心の支えとなっているドス黒く燃え盛る漆黒の意思。その笑顔は地獄の悪鬼を切り刻む修羅の様な歪んだ陶酔の中に居る笑顔であった。スティーブは頭の中を引き金を引いた。射精こそがその引き金。創造主が命じた通りダークマターは自らの魔力を爆発させる。解き放たれた膨大な魔力が周囲一辺のありとあらゆる動植物に干渉し彼等を魔の物へと乏しめた。ここに、一つの国が魔界と化す。全ては一人の淫魔を失った一人の魔導師の為に。復讐は果たされた。
国から廃棄された地下魔導研究室で、スティーブはある感情に支配されていた。それは自分の人生への、それこそ今まで目に映った全ての存在にすらも向けられる、感謝である。その感謝は最早筆舌し難いものであり、敢えて陳腐な言い方に貶めれば彼の人生そのものであるとも言い換えられ、最早その圧倒的な感謝は苦行を重ねる僧が数十年と懸けて辿り着ける悟りの領域とも言っていい程に、文字通り感無量であった。
彼は己の人生を懸けて一体何に辿り着いたのか、何を見て、感じて、そこまでの高みへと到ったのか。彼の目の前、黄緑色の液体で満たされた巨大な水槽の中で刻々と燃え上がる暗黒の炎、それこそが原因である。
『ダークマター』。闇の太陽とも評されるそれは、精霊というカテゴリに属しながらも他種の精霊族全てと天秤に掛けられても軽過ぎる程の魔力を含有し、一度その魔力が爆発すれば周囲一辺が魔界と化す程の危険性を有した存在。精霊学における最奥の知識の書庫でさえ人が求めてはならぬ禁忌としてその名のみが語られている精霊、それをスティーブは、自らの人生を犠牲にして、たった今、自らの手で零から創り上げ、そして完成にまで到らせたのだ。
陽を浴びる栄光を捨てまで創造に身を窶し、それが公に知られるや否や異端審問官に槍を以て弾劾される日々を送って来たスティーブにとってダークマターの完成をその瞳に移す瞬間は、正に永い間に魅続けた夢が現実のものと入れ替わったかのような瞬間であった。永い間人との関わりを避けて女王に跪く蟻の様に生きていたスティーブは、完成に到ってようやく人間らしい感情を取り戻し、散髪や髭剃りはおろか風呂にすらも入っていなかったので野生の熊のような垢塗れのその顔に、にっこりと華が咲く。鼠の住処でもある薄暗い地下で咲いた汚い男の笑顔は何処か白骨を連想させるものがあったが、実際に彼の肉体は既に限界を迎えていた。
憑かれたようにダークマターの創造に明け暮れたスティーブはその過程で自らの肉体に幾重物の魔法を施し、食事や睡眠を必要としないよう改造していた。動く屍、そう呼ぶに相応しい物になろうとも、ダークマターの完成を目指して活き続けた。何故そこまでしたのか、その理由は魂さえも取り除いた今の彼では思い出す事さえ叶わない。ただ、役割を終えた人形がどうなるかだけは覚えていた。
――――――――。」
ダークマターの完成という役割を果たし、奏者が手繰る糸が切れたかのように崩れ落ち始める肉体。しかしスティーブだった動く屍は如何なる奇跡に依るものか、ダークマター完成の直後に自分自身の心を取り戻していた。その奇跡は花の寿命同様刹那に終わり、闇へと還る亡者の肉体に引き摺られ、無間の闇へと落ちようとしている。崩れ落ちる視界の中、感謝を心の内に秘めながらもスティーブがダークマターの中に見たのは、にっこりと微笑む、白い翼を抱いた女性の面影。愛する彼女の名を呼ぼうとして、しかし剥げ果てた喉では声に出す事すらも叶わずに、スティーブはゆっくりと事切れた。本でも落ちたかのような音と共に、彼の肉体は薄暗い地下室で倒れ伏した。
後には誰も残らない、遺されたのはスティーブが己の人生を掛けて創造したダークマターのみ。このままこの精霊と地下室は時間に埋もれ誰も知らぬまま創造主と同じ運命を辿るか、もしくは運良く何者かに発見され、災害を起こし得る存在として抹消されるか創造主の願いと別の形で利用されるか。もしもこの世に全ての生物の生死を監視しる死神とやらが居るとするのなら、そうなるはずだった。そうなるはずだったのだが、神を冒涜する淫魔の魔導が引き起こす奇跡はまだ、これからだったのだ。
創造の最中でスティーブの魂が植え付けられていたダークマターから微風のような魔力の波が吹き出して、母親が我が子を抱くかのように事切れた彼の肉体を包み、注ぐ。ダークマターの魔力で満たされた肉体は血色を取り戻すどころか徐々に若々しいものへと戻っていく。倒れ伏した彼の指先がぴくりと動いた。今、死者が蘇ろうとしている。無限の闇から現世へ蘇ってきたスティーブの心はダークマターの魔力に共鳴し、自らがダークマターを創造した理由を少しづつ、大海の水を汲むかのように思い出し始めていた。
…。
…。
…。
多くの著名な魔導師輩出して来た名家ファウストに産まれたスティーブは、ある淫魔に恋をした。淫魔の名はエデンと言い、白い翼と黒い角を有した、リリムと呼ばれるサキュバス種の高位に属する淫魔である。スティーブとエデンが出会ったのは、彼は貪欲な魔導師で、魔道を極める為に利用してやろうという気持ちから彼女を召喚魔法を以て呼び出したからだ。
一学生の身分でありながらも既に優れた魔導師としてファウストの家名と共に魔導師達の中で知れ渡っていたスティーブは万全を期して召喚に臨み、魔導を教える契約の代価として求められたのが性交であった、という予想外を除けば状況は彼の予想通りに進み、時には精根枯れ果て丸三日指一つ動かせなくなるような激しい交わりがあったものの、既存の魔導書からよりも遥かに深い叡智を得る事が出来た。
そうして学生の身分からの卒業後、スティーブはエデンから得た知識を元に新星の魔導師としての地位を高め、時には正々堂々たる魔導の競い合いで、時には公に知られれば外道と罵られるような方法で名実共に世間から認められていった。しかし一方で段々と、不自然にも彼女との交流の仕方に釘を指している自分に気付き、そして彼女の胸に抱かれて心底から安らいでいる自分に気付いた。
スティーブは産まれた頃から周囲は無関心と敵意と下心で満ちていた。父は子種だけを残して研究に戻り、母は機械同然の無表情で、兄弟や友は魔導師の位の為に蹴落とし合う敵だった。物心を理解した彼に就けられた魔導の師はファウストの家の子である彼を己に都合の良い傀儡として意のままに操ろうとし、また彼が一魔導師として大成した時、その名の下に集って来たのは彼からの甘い汁を求める向上心の無い輩であった。
その中で圧倒的な魔導の力を有しながらも性交のみを求め、性交の後で優しく微笑むエデンは新鮮に見えた。何故そんな表情が出来るのか、好機はやがて羨望に変わり、それまでの人生の中で決して有り得なかった懊悩という感情に戸惑いながらも、性交の後でスティーブを優しく抱き微笑み掛けるエデンに女神の如くの慈愛を見た彼は、彼女に恋する自分に気付いた。
それからはというものの契約の手段に過ぎなかった性行為へ学習欲を向け、医学書を以て性的快感の理論を学んだ後、街の娼館や魔女のサバト等に赴いて相手を絶頂に導く術を学んだ。余談だがこの時に得た知識がダークマターの完成に大きく関わっている。男女の情欲の結晶であるダークマターは男性と女性の喜びの原理と導き出す方法を学んでいなければ、完成は叶わなかっただろう。
ただその時は、全て自分を愛してくれるエデンに微笑んで欲しいが為、その為に学び、それこそがスティーブの青春であり最も幸せな時期だった。もしこのまま彼と彼女の関係が続いていれば、スティーブは世紀を代表する魔導師として歴史に名を残していたかもしれない。ただ幸せというものは、絶頂を迎えてしまえば後は不幸へ落ちていくだけだった。
名家が世間体を気にするのは魔導師であっても同様である。名家に生まれた魔導師が淫行に走るのは精神的な堕落と捉えられる。エデンと契約を結んだ頃のスティーブは、例え自分と彼女の関係がバレたとしても彼女を魔界に押し返して後はそれらしい証拠をでっち上げる事で世間を騙すつもりであった。しかし現実にそれがバレてしまった時、彼はそれが出来なくなってしまう程に彼女を深く愛していた。
エデンは「自分の事はいいから」と言う。それが嘘偽りない本心である事、そしてスティーブを思い遣っての事であると彼自身が誰よりも理解出来ていた。その言葉が逆に彼を絞めつけ、悩み抜いた末に彼はファウストの名を捨て彼女と共に誰も自分達を知らない国へと移り住む事を決意する。
「俺達は幸せになるんだ。」
遮る荒波よ道を開けよと言わんばかりの宣誓は呆気無く曇天の中に掻き消える。彼等は自分達が居た国から出る事すらも叶わずにスティーブは兄弟達に、エデンは異端審問官に捕らえられ、牢獄の中で彼は意地の悪い兄弟達から彼女は異端審問官達によって神の名の下に玩具同然に嬲られた後で殺された事を知らされた。愛する者を凌辱の末に殺された事を知ったスティーブの心は、顔は、どのようなものであったか。出口の無い地獄の如く深い絶望に堕ちた中で唯一の灯火として見つけたその感情こそが彼がダークマターの創造を始めた原因である。
…。
…。
…。
ダークマターから注がれる魔力により息を吹き返したスティーブは思い出を胸に自らの意思で立ち上がる。その双眸にはダークマターよりもドス黒く燃え盛る漆黒の意思。蘇った彼の漆黒の意思が射抜くその先、自らの集大成が鎮座している巨大な水槽の中に暗黒の炎は無く、代わりに白い髪と黒い角を生やした齢十程の小さな少女が眠っていた。
この少女もまたダークマターである。ダークマターは男性と女性、一対の魔力を所持しており、暗黒の炎が男性の魔力を、少女が女性の魔力を司る。暗黒の炎が掻き消えて少女が姿を現したのはダークマターが含有する男性の魔力が全てスティーブに注がれたからだ。事実今のスティーブは、彼が魔導師としての全盛期であった頃よりも数段上の魔力総量を宿している。否、闇の太陽とまで称される程のダークマターの魔力を、幾ら優れた魔導師であるとは言え高々人間が保ち切れるはずが無い。だからダークマターは、単に肉体に魔力を注ぐだけでなく、肉体そのものを造り変えていた。
人間らしい潤いを取り戻したはずの肌色からは高熱に当てられたかのように赤味の混ぜた桃色が浮かび上がり、薄暗い地下室の中でも艶を放つ黒塗りの髪や髭が抜け落ちて後頭部から螺旋く角が二本生え揃い、瞳は黄金の色に、爪も抜け落ち指先は短刀よりも鋭く、咥内で沸き出す唾液は常人が一口飲めば我を失うような麻薬へと変わっていく。最後に彼が自分を抱くように背中を丸めたかと思えばビキビキと罅が入るような音の後に蝙蝠の様な翼と鞭の様な尾を生やし、人間であった彼が最期に身に纏っていたボロ雑巾のようなローブが床に落ちる。
インキュバスへの変身を終えて、死亡、蘇生、魔物化と目の回る程に変化を遂げてきた自分の身体を確かめるかのように見まわしていたスティーブであったが、ふと女性を待たせる男は最低だと、彼を叱るエデンの言葉を思い出し、彼はダークマターへと向き直った。少女の部分のみとなったダークマターの白い髪と黒い角、齢十程の少女の姿は彼の思い人を模して創造した。紛い物とは言え素っ裸で眠る思い人の姿に魔砲と化した彼の股間が反応するのは彼が生粋の少女愛好家だからだ。
そのまま襲いたくなる性的衝動を抑えてスティーブはダークマターの眠りを解く魔法の言葉を囁く。「エデン」と。覚醒したダークマターの突風のように目覚めた魔力が水槽を壊し黄緑色の液体を蒸発させて巻き上がった煙が地下室を覆い隠す。女性が裂かれた様な音と眼が眩む煙幕の中でスティーブはただ真っ直ぐと見つめる。
煙の中で揺ら揺らと揺れる小さな影がある、ダークマターだ、目覚めたばかりのダークマターは真っ直ぐスティーブへ向かって歩んでいる。覚束ない足取りで目覚めたばかりのダークマターの赤い瞳に写るのは、自らの魔力を浴びた男の姿。
彼は膝を屈めて両手を広げた。今度は自分が抱くのだと、その手に、ダークマターの白い手が乗せられる。握り潰してしまわぬように優しく握って、伝わって来たその感触は、エデンの手の感触にそっくりだった。名残惜しげのその手を離し、とうとう目前にまで来たダークマターにスティーブは僅かに身を乗り出して自ら抱き締める。自分よりも一回りも二回りも小さな背中に手を這わせ肩に顔を埋めた時、彼は咽び泣いてしまう程の感涙に囚われた。もう二度と帰って来ない思っていた楽園、例えそれが紛い物であってもこうして出会えた事に、そしてこれから訪れるだろう幸福に彼は感激した。
「ちょっと。女を待たせる男は最低よ?」
そんな感激を凛とした声に打ち消され思わず腕の力を緩めた瞬間、ダークマターはスティーブの手の中をするり抜ける。何が起きたのかを理解するよりも早く人間を止めた今も赤い彼の唇をダークマターの白い唇が塞いだ。口先が触れ合うだけの、経験不足な恋人同士でも出来るような、キスとも言えないキス。そんな軽いものであっても遥か遠き日への感傷の中で眠っていた彼を現実へと引き戻し目覚めさせる程の奇跡の力を宿していた。
「ようやく君を取り戻したんだ。これくらいの感傷は御褒美という事にしてくれないか。」
「ふふ、そうしてあげてもよかったかもね。でも、もう気が済んだでしょ?」
「御蔭様で。」
こんな風にエデンと会話をするのは何時以来だろうかとスティーブンは思い出そうとして、直ぐ止めた。もう過去に浸る事は止めようと決めた。何故なら自分達には幸福に満ちた未来が今か今かと待ち侘びているはずだから。
スティーブンが目配るとダークマターは微笑み返し、細い腕が彼の下腹部へと潜り込んで既に肥大化していた亀頭に触れた。人差し指が尿道口を塞ぎ親指が亀頭を抑え、残る指と掌で陰茎を握る。人差し指に粘り気のある液体が纏わり付いた事に気付いたダークマターは人差指で尿道口をノックする。
痛みとも快楽ともつかない僅かな感覚に不満げな表情のスティーブに気付いたダークマターは、余興を止めて男根を弄ぶ手をさらに下へと降ろした。陰茎の大きさを確かめながらも掌を滑らせて陰嚢へと辿り着くと卵を持つかのように指で挟んでたぷんたぷんと軽く上下する。
「随分と大きくなったわね、私の中に収まり切るかしら。」
「なら、小さくしてみせようか?」
「冗談。例え股が裂けたとしても、それは貴方が私を愛している証。小さくするなんて勿体無いわ。」
恥ずかし気も無くそんな事を聞かされて赤面するスティーブを他所にダークマターは頭を下げて舌を伸ばし尿道口に触れる。何をしようとしているのかを察し立ち上がろうとした彼をダークマターが彼の腕を掴む事で制止させたので、彼は怪訝な顔を浮かべた。するとダークマターは一歩引いて、先ず両膝が地面に着き、それから身体を前に倒して、今度は両肘を着かせ、前に突き出された唇が亀頭を食んだ。そんな姿勢での口淫は遣り辛いのではと彼は言い掛けたが尿道口に舌の先端が入り込み麻痺したかのように押し黙る。
「あぁあ、これも美味しぃっ。」
舌先で先走り汁を絡め取り喉の奥に流し込んでまた尿道口と戯れる、それを何度か繰り返した後、亀頭を何度か弱く舐める。快楽に充血して条件反射的に上を向いてしまう陰茎をダークマターは追い掛けて前歯を立てる。僅かな痛みにスティーブが顔を顰めた一方でダークマターが小さな唇を精一杯広げたかと思えば亀頭を丸呑みした。
今度は口全体で吸い出すような動きに変わり、咥えた亀頭を口蓋と舌で挟み込んで押し潰す。それだけでは好物は出ないと分かると、伸ばした舌が雁首と陰茎の間を這いずり回り、口蓋の凹凸と亀頭とを何度も擦り合わせる。じりじりと脳髄を照りつける快楽に彼は何もせずダークマターの髪を撫でているだけであったが、ふとした思い付きから自分の陰茎がダークマターの口腔の深くにまで咥えられた瞬間を見計らって、何も言わず腰を大きく前へと押し出した。
「ぅあっ、――――へっ!」
前へと突き出されたスティーブの亀頭が喉を突いたものだからダークマターは急いで口から男根を離して咳込んだ。咳が止んだダークマターは恨めしげな眼でスティーブを見上げるが、彼がふっと笑ってみせると、何も言わず男根への奉仕へと戻った。両膝両手を着く犬の様な姿勢、徹底して腕を使おうとしない口だけの愛撫、悪戯をしても何一つ文句を言わない従順な態度、今の反応からスティーブはダークマターがそういうプレイを望んでいるのだと確信し、気付かぬ内に腹の内から黒い欲望が燃え上がり始めていた。
その欲望に従いダークマターの髪を撫でた後で、片手をダークマターの下顎に添えて優しく持ち上げる。男根への奉仕を中断されて不思議そうに彼を見上げるダークマターに彼はエデンを真似て微笑んで見せ両手でダークマターの両側頭部を掴むと、その口に男根を押し付けた。
「うんんんん!」
潰された蛙が出す鳴き声のような悲鳴が上がるがスティーブンは気にせずダークマターの頭を前後させる。前後する度に手足がびくりと震えまるで痙攣を起こしたようではあるが口の中はと言えば冷静に男根を愛撫していた。何度も喉を亀頭に突かれて湧き出す嘔吐感を抑えながらも舌は陰嚢を舐め取り抜き取られる時には唾液で陰茎を濡らしつつも前歯で甘噛みする。
「はぁ、はっ、あ、あっ、あぁ、いい、いいぞっ!」
前後させる回数と共に段々と湧き上がってくる射精感を感じながらもスティーブは本心から答えた。目の間にあるのは卑しい卑しい犬だ、思い人の形をした便器だ、そう自分に言い聞かせてみるとどんどんと黒い欲望が燃え盛る。精液が、魔力が、全神経が股間に集中して神にでもなったかのような全能感に酔い痴れる。
ダークマターの口の中で溜まっていく情念が最高潮にまで積り重なりこのまま食道に直接流し込んでやりたいと思ったその時だ。突然ダークマターが細い腕を伸ばし陰茎を強く握ると如何なる魔法によるものか、射精しかけたものが尿道口直前で留まって涎と先走り汁で塗れた口から絶頂を迎える寸前のスティーブの男根が引き抜かれた。何故、と声に出して問い変えた彼の前でそれは立ち上がり二本の指で中の膣肉を見せつけるように、しどしどに濡れた陰唇を広げる。
「出すならここで、ね?」
「…あぁ、そうだったな。」
無邪気な言葉当てられた所為でスティーブの中にロマンチックな感傷が芽生え始め、頭の中が急に冴える。ようやく思い人と会えたのだから愛の有る性交をしたい。彼の密かな想いにダークマターは気付いていたのだろう。スティーブは自分だったものが引っ掛けていた雑巾の様なローブを床に敷きその上にダークマターを寝かせて唇を重ねた。今度はより深く、深く、本当の恋人同士にしか出来ない、精神さえも繋がってしまいそうなキス。雰囲気作りだとかそういったものは一切考えず、ただ相手を求める為に舌を絡ませて唾液を混ぜ合わせて吐息を共有する。時よ止まれとスティーブは願ったがその願いはダークマターの太腿に亀頭を擦りつけ焦れったい快楽で自分自身を慰めている彼自身が許さなかった。
名残惜しげに唇は離れ、口元に付いたどちらのものとも付かない唾液は銀色の糸を造り直ぐに垂れ落ちる。スティーブはダークマターの両脚を自分の両太腿の上に乗せると亀頭に陰唇を擦りつけ先走り汁と愛液を絡み合わせる。愛撫しなかったが十分に濡れている、その事を確認したスティーブは男根を陰唇に挿入した。
「く、ぅううううう!!」
「ぁあ、はあぁ♪」
ぶちぶちと肉を引き裂くような悲鳴が聞こえてもそれすら悦びへと変えるのが淫魔が淫魔足る所以なのだろう。瞬きにも満たない僅かな間にダークマターの膣肉は粘土のように形を変えて男根を拒み締め付ける動作から男根を受け容れ包み込む動作へと変わる。狭過ぎる膣に身を締め付けられるような痛みを感じたスティーブンであったが、腰を引かせた時には痛覚より快楽を強く感じ始めていた。
男根に押し出されるように陰唇から噴き出した愛液が陰嚢を濡らしより濃厚な精子と魔力が陰茎を伝わり亀頭へと昇っていく。先程まで射精しかけたというのに彼の情欲はより強く湧き出し脳髄を精液と魔力を燃やしていたた。ダークマターと言えばスティーブが望んだままエデンと同じような顔と声と膣で自分と彼の快楽をより高みへ導いてる。より深い快楽を求めようと彼は一切の力加減無く腰を突き出して亀頭で膣肉の奥にある子宮口を叩き始めた。
「ぃ、やあ、そ、それ、それいい♪ しきゅうがぁ、がんがんってぇ、たたかれてるのぉ♪」
亀頭が子宮口を叩く度にダークマターは陸上に上がった魚のように全身を躍らせる。それを眺めていたスティーブは器用に腰の勢いを保ちながら上半身だけを前方へと折り曲げてほんの僅かな膨らみのある乳房に口付ける。汗の匂いを嗅ぎながらも乳輪を舐めて焦らした後でそそり立つ乳首を強く噛んだ。餅搗きの感覚で、子宮口を叩く男根を引かせた瞬間に歯を立てて、腰を突き出したと同時に歯を離す。子宮口を叩くと嬌声が洪水のように流れ出していたが乳首を噛むと痛みを押し殺した悲鳴が零れ出す。それが楽しくて癖になってしまいそうになっていた彼であったが、途端、今まで唯快楽を享受していただけのダークマターが反撃を始めた。
今まで宙を彷徨っていた両脚の脹脛を彼の腰の裏へと引っ掛けて自分の身体を彼の身体とを固定させる。それから片手を自分の口の中に突っ込み充分に唾液で濡らした後その手を彼の下半身へと伸ばす。手は愛液で濡れた陰嚢に触れ、初めは馴らすように触れていたが、やがて彼が腰を思い切り突き出した瞬間に合わせ乱暴に揉むようになる。そして今までは包み込むように動いていた膣肉が精液を絞り取るように痛みにならない寸前の締め付けを始めた。
「あぁ、うう!」
腰を引いた瞬間に陰嚢の筋をなぞられてスティーブは犯される女の様な悲鳴を上げてしまい腰の動きを止めてしまう。涎塗れになったダークマターのその顔に我が意を得たりと言わんばかりの表情が浮かび、逆に自分から彼の男根を呑み込む。亀頭にまで触れた子宮口は僅かなくびれを利用しぐりぐりと押し付けるように尿道口を刺激する。
肉体が、脳髄が射精したいと訴えかける。その訴えをスティーブは男として意地で踏み躙り食い縛って腰と口の動きを再稼働させ自分も手をダークマターの陰核へと向かわせた。さらにインキュバス化して得た尾を、宙で半円を描かせたかと思えば、そのままダークマターの陰唇へと乱暴に押し込んだ。
またも陰唇が引き裂かれ悲鳴が上がるかと思われたがダークマターの陰唇は軟体動物ように柔軟で尾をすんなりと受け入れる。陰核を嬲られ男根と尾の二本挿入れをされてもダークマターは未だ余裕があるようで手の動きも膣肉の動きも止まらない。先に限界が来たのはスティーブンの方だった。既に乳首を噛む歯の動きは止まっていて、腰と尾を動かすのもやっとといった風である。腰と尾を動かしながらも、陰核を嬲る手を離し、今度は両手で力強くダークマターを抱き締めて絞り出すように声を出す。
「エデン…!俺はもう、出していいか…っ!」
「うん♪ 出していいよ♪ 溜まってたもの、一杯ぃ♪」
沸騰寸前の脳髄を振り切り溜まりに溜まっていた男根を強く前に突き出し最後にスティーブは思い切りの笑顔を作る。その瞳に映っていたのは思い人を失った今の彼の心の支えとなっているドス黒く燃え盛る漆黒の意思。その笑顔は地獄の悪鬼を切り刻む修羅の様な歪んだ陶酔の中に居る笑顔であった。スティーブは頭の中を引き金を引いた。射精こそがその引き金。創造主が命じた通りダークマターは自らの魔力を爆発させる。解き放たれた膨大な魔力が周囲一辺のありとあらゆる動植物に干渉し彼等を魔の物へと乏しめた。ここに、一つの国が魔界と化す。全ては一人の淫魔を失った一人の魔導師の為に。復讐は果たされた。
12/04/01 23:18更新 / 全裸のドラゴンライダー