連載小説
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軌跡
「我が子よ、ここにては汝を責める者はあらん死もあらじ」

 歌が聞こえてきた。それはまるで、母親が泣いている赤ん坊をあやす子守唄のような声で歌っている様であった。その心地良さに導かれるように俺は既に身体を動かすこともできないはずなのになんとか首をその声が聞こえる方へと向けようとした。不思議なことにあれだけ炎に包まれ、銀髪の女に何かされて苦しかったはずなのに俺の身体は最初に受けた剣による傷以外に外傷はなく、普通ならとっくにボロ炭になっていたにも関わらず、火傷の一つも負っていない
 そして、顔を上げると霞んだ視界が次第にはっきりとし始めると俺の耳に入ってくる声の主である俺の左腕を斬り落とした肩まで伸ばした茶髪を後ろで1つに纏めた女の顔が映った

 ……綺麗な女だ

 風によって草原がたなびき木々がざわめく中で歌っている女の姿は美しかった。いや、美しいのは歌っている女だけではなく、この風景もだ。最初は突然変わった風景に戸惑いと俺の邪魔をする女どもと俺が呪い続けたあの男への憎しみで気づかなかったがこの風景は綺麗だ
 今、倒れている草の上も倒れた俺を支える様に柔らかく先程から吹いている風もまるで赤子の柔肌を撫でるかのように傷ついた俺を癒やす様に感じた
 そして、

 あの女……どうして、あの時……泣いていたんだ……

 俺はこの場に存在するもう一つの美しい存在が顔に浮かべたとある表情を思い出した

「憶え、憶え……ジュ―リオンに乗れる時さえ我、汝を安らかに導けるに、神にいよいよ近き、今、しかするをえざることあらんや」

 それはあの女が最後に俺の身体から出た玉の様なものを握り潰した時の怒りと共に見せた悲しみと苦しみが混ざったかのような表情だった。いや、あの女はあの時もそんな顔を見せていた

『あなたはすべきことをしてきたわ……』

 あの時の女の今まで、俺に向けてきたものとは全く異なる表情と声音を思い出す。あの時のあの表情はまるで本気で俺の苦しみや辛さを労わり、慰めるようとするものであった。その時の目は決して、同情などの軽い優しさではなく、相手を本当に癒したいと切に願う慈しみが込められていた

……うっ……ううう……

 俺はあの言葉を思い出した瞬間、大人気なく涙を流して泣いた

 わかっていた……わかっていたんだ……本当に俺が許せなかったのは……俺だったんだ……

 あの銀髪の女はまだ七歳にもならなかった娘と見合い結婚とは言え、互いに支え合い俺に幸せな家庭と言う宝物を与えてくれた妻を失った俺の苦しみを理解していたんだ。そして、どこかで俺が俺自身を責めていることにも

『お父さん』

『あなた』

 死んで再び聞けると思った最愛の妻子の声が聞こえず、死の前に見た俺がリストラされた遠因を作った男が俺が失ったものをもっていたことに俺は嫉妬よりもどす黒い感情を抱いた
 それが俺がこの家族を苦しめた理由だった。それはあの女が指摘したように逆恨みにもなってもいないただの八つ当たりだった。そして、俺はこの家族を俺と同じ目に遭わせようと呪い続けた。最初はあの男の娘の生命を少しずつ削っていき医学じゃ治せないほど衰弱させた後にこの家に姿を現してこれが霊の仕業だと理解させて色々と金のかかるものを買わせてやり、それでも効果がなく自分の娘が弱っていく姿をみせつけて苦しめてやった
 だけど、どれだけあいつらが意味のないことをして、弱っていく娘のことで嘆いている姿を見ても俺の空虚さを埋まることはなかった
 それは当然だった。なぜなら、俺は八つ当たりをしていただけだったのだ。俺とは違い、まだ幸せな家族との生活を持っているあの男に自分が家族を守れなかったことによる苦しみをぶつけることで仮令、まやかしでも救われたかったんだ。そして、次第に俺は醜い姿になってしまっていたのだ
 もう愛する家族に顔向けできない醜い鬼と成り果ててしまったのだ

ごめん……ごめんな……結子……卯月……情けない夫と父親で……

 俺は自分の不甲斐無さを誰かのせいにすること救われようとした自分の弱さをもう会えないであろう愛する際に謝りながら悔いた
 すると

「汝、強く信ずべし、たとえこの燃え盛る焔の中に十年の長き時を過ごしても汝は一筋の髪すらも失われず」

………………?

 ………………綿毛?

 俺の周囲、いや、この空間中にまるで毛玉の様に種子が生えた蒲公英みたいな光の固まりが無数に現れてゆっくりと浮き上がり始めた。そして、それは俺の身体に触れていく
 俺がその瞬間、感じたのは

 暖かい……

 ぬくもりだった
 この光に触れる度に俺に色々な感情が訪れた
 母親に抱きしめられる安心感、父親に頭を撫でられる嬉しさ、愛する人間と抱擁を交わす喜び、我が子の笑顔を見れる幸福感、それら全てが含まれる優しさがこの光には込められていた

「え……」

 その光を噛み締めて身を緩めた瞬間、俺はありえない感触を身に感じた

「腕が……いや、傷も……」

「若し我が言葉の偽りなるを疑うのならば、炎に近づき、己が手に己が衣の裾をとりて自らこれを試みよ」

 それは既に失った俺の左腕が土を掴む感触だった。その感触に驚き、俺は立ち上がり、身体を確認すると取り戻した左腕とは逆に入れ替わる様に斬り付けられた右肩の傷がなくなっていることに気づいた

「いざ棄てよ、いかなる恐れを棄てよ、かなたに向かいて心安らかに進みゆくべし」

 そして、あまりに大きくて逆に気づけなかった俺の身体に訪れた変化に俺は気づくことになった

「身体が……戻っている……」

 俺の身体はあの他人が見るだけで身の毛もよだつ恐怖を抱かせる『化け物』の姿ではなく、俺が生前愛用していた紺色のスーツとズボンがちょうど合い、妻と娘が父の日にプレゼントしてくれた青いネクタイをしている人間の姿であった

「もう……あなたを縛る罪など存在しないわ」

「え……」

 自分の身に起きたことに俺が困惑していると銀髪の女が妖しい美しさを持つ紅い瞳で今まで見せなかったまるで母親が子供を安心させるかのような慈しみが込められている目でそう告げた
 そして

「子よ、汝既に一時の炎と永久の火の二つを見て、我が目が見たことも知ることもないところに来れるなり
 我、叡智と術を以って汝をここに導いて来たが、今より汝は好む所を導者となすべし、汝険しき路を出で狭き路を離れよ」

 役目を先程の女と交代してその慈愛に溢れた表情のまま、詠い始めた。そこには今までの張り詰めた雰囲気は微塵もなかった

―ギュ―

「……?」

 その声を聴いていると何か小さい、いや、子供に後ろから抱きつかれたかのような感覚を感じた。その正体を確認しようと後ろを振り向くと

「つ〜かまえた!」

「え……」

「汝の額を照らす日輪を見よ、豊穣なる大地からここに生ずる若草と花と木を見よ
 涙を流して汝の許に我を遣わせし美しき目が歓びて来るまで、汝座して待つもよし、これらの間を向かうもよし」

 あれだけ活発さを見せて残業や上司からのいびりを受けてもこの笑顔を見るだけでその苦労が報われて明日も頑張れると思っていた俺の大切な宝物の一つがそこに確かに存在した

「どこにいたの?晴幸さん(はるゆき)?」

「……!」

 そして、俺の真横から聞こえてきたのは俺にそんな宝物を始めとした多くのかけがえのないものを与えてくれた俺にとって出会えたことだけで幸せだと思えた俺の人生そのものとも思える俺を置いていってしまった女の声であった

「我が言葉をも表示をもこの後、絶み待つことなかれ、汝の意志が自由にして直ぐ健全なればその向かうがままに行わざれば誤ることはあらん」

「もう!遅いよ、お父さん!!」

「そうね……もう、寄り道なんてしないで早く帰ってきなさい」

「……あぁ」

 俺の目から次々と涙が流れていった

「是故に我冠と帽子を汝に戴かせ、汝を己が主たらしむ」

 それは二度と会うことができないと絶望していた大切な2人と奇跡かわからないが再会できたからだ

「おかえりない、お父さん!!」

「お疲れ様、あなた」

 それは俺が何度ももう一度だけでも聞きたいと願った俺の待ち望んだ家に帰ると聞くことのできた家族の与えてくれる幸福を感じさせてくれる言葉であった
 そして、それを聞くと俺はようやくそれに応えるように

「ただいま」

 といつものようにそう言った



 男が自らの妻子にそう告げると同時に彼らの身体は徐々に光の粒となっていった。しかし、彼らはそれを恐れることなく、むしろ、愛する者といられることに安堵と喜びを感じていた。そして、彼らの身体が完全に光となるとそこには三つの光の球が寄り添うように浮いていた。そして、それらは何かに導かれるようにどこかへと旅立とうとした

「それがあなたにとっての『永遠の乙女』よ」

 私は術式の全ての過程をを終えるとそう呟いた
 この術式の名前は『偽善なる導き手による浄化の旅路(ラ・ディヴィーナ・コッメーディア・プルガトーリョ)』と言う。私とリーチェだからこそ行使できるものだ
 この術式は魂までもが『異形』となってしまった者のかつての『輝き』を取り戻すことのできるものだ
 しかし、この術式を行使するには少なくとも二つの条件が必要だ
 一つは先程まで私が浄化していた七つの原罪のうち、一つでも犯していない原罪が存在することだ。もしも、全ての原罪に染まっていたのならば、その生命と魂は100%の真水に100%の塩を加えて干上がる様に完全に消滅してしまう
 だが、仮令七つの原罪を犯して、この術式を受けても消滅を防ぐ条件が存在する。それは『他者への愛』と『他者からの愛』だ
 どのような邪悪でもそれが他人を愛し、それを1人でも愛する者が存在すれば、それは天から垂らされる糸となって地獄まで延びていきそれを引き上げるには十分な理由となる。だからこそ、生きる者は愛する者を失った時に『弔い』を行うのだろう。とある物語でもこの世の全ての悦楽を求めて愛し愛された女性の人生を破滅へと導いて見殺しにしてしまった男がいた。しかし、後にその男は長きに渡る旅の果てに悪魔との契約で本来ならば地獄に落ちるはずであったのに、その年月の中で悪魔ですら触れることのできない魂へ昇華し、その男を愛し信じていた天国の乙女の祈りによって昇天した物語があった。所詮は物語でしかないけど、私はこんなことがあってもいいと思う。いや、むしろそうであって欲しい。だからこそ、この術式を完成させたのだ
 だけど、、あの男は憎しみと悲しみ、苦しみのあまりにその声が聞こえなかった。だからこそ、邪魔なものを取り除く必要があった
 そして、この術式の真意は

「いきなさい……もうあなた達をを縛るものなんてないわ」

 彼岸に行くには罪が重く輪廻の輪から外れてしまった魂を元に戻し、犯した過ちをこの場で裁き帳消しにすることで愛する者と再会させることだ。そして、そのまま彼らを転生させる。本来ならば、リリムの性ゆえに私としては私達の元いた世界に転生させたいけど彼らの行き先を決めるのは彼らの意思だ
 私がそう呟くと目の前の家族はどこかへと旅去っていくように消えていった。しかし、その行き先に私は不安を抱くつもりはない。彼らの『絆』という繋がりがある限り、再び彼らは出会い、そして、今度こそ幸せになれると私は信じている

「……リーチェ、もう大丈夫よ」

「ええ」

 私は目的の一つを成し遂げたのを確認するともう一つの目的のためにリーチェにこの『楽園』を閉じる様に指示した
 この楽園は美しい。私もいつまでもこの場にいたいと思えるほどだ。しかし、これは所詮は偽りの世界なのだ。それに私にはやらなくてはならないことがもう一つあるのだ
 リーチェが私の指示を聞くと彼女の望んだ楽園は一瞬にして消え、ベッドに眠っている友子ちゃんや先程、鬼が投げつけてきた机、四方に張り付けられた御札など私達が本来いる世界へと姿を戻した。それは泡沫の夢から覚める様に一瞬の出来事であった

「………………」

「友子ちゃん……」

 私は自らが術をかけて夢の中では安らぎを感じしている両親を悲しませまいと必死に苦しみながら生きようとしている少女の傍に立った
 今の友子ちゃんは私が呼びかけても寝返りを1つもできないほど弱ってしまっている
 本当のことを言ってしまえば私は友子ちゃんを魔物化するのは最終手段としておきたかった。理由としてはリリムと言う存在としては間違いかもしれないけど、私はありのままの人間と言うものが好きだからだ
 時に過ちを犯すし、野蛮な一面もあるし、同族同士で血を流しながら争い合うし、醜い時もある。だけど、それなのに私は彼らが大好きなのだ。主神の創りあげた世界の理をお父様とお母様が塗り変えたことで私達、魔物は人間と愛し合えるようになった。しかし、私は時に悩むことがあった

 本当にそれだけでいいの……?

 確かに私の両親の創造した理は多くの生命を幸福にしている。だけど、それは同時に『人間が人間である由縁』と私が彼らを愛する理由をなくしてしまう気がするのだ。それにもし私の両親が何者かによって生命を落とした場合、両親の創りあげた理は失われてしまい、今の魔物は旧い魔物へと逆戻りしてしまい、愛する伴侶を喰い殺してしまう
 もし、そんな時が来たら私は悲しみよりも憎しみで苦しむだろう。それは両親を殺し、世界を滅茶苦茶にした存在に対してではない。それは弱い己に対してだ
 私からすれば『理』とか『権能』とか『本能』とかで確立されただけの『愛』など本当の『愛』などではないと思っているからだ。主神の『理』で再び世界が血みどろに染まり、魔物が夫を喰い殺すと言う未来が来ると言う危機感に対して、私は一つだけ言いたい

 ふざけるな……!!私達の築いてきた『愛』と『絆』を舐めるな……!!

 確かに神の力や世界の理は絶対的な存在なのだろう。だが、それで私達の今まで築いてきた出会いや別れ、戦い、過ち、幸せ、平穏、悲しみ、苦しみ、喜び、そして、愛情が失われるなど私は信じないし認めない
 人間は私達と違って道徳や倫理に反することを犯してしまう時もある。だが、それ故に彼らは自由なのだ。自由なのに、それでも『輝き』を見せてくれる。だからこそ、人間は美して素晴らしいのだ。私が人間が大好きなのはつまるところそう言うところなのだ
 だけど、それは決して私が魔物の愛を軽んじているから言っている訳ではない。私は彼女達のことも信じている。仮令、それが神や魔王、機械によって生まれた愛だとしてもきっと、彼女達もそんな物に頼らなくても強く生きていける
 少なくとも、私は自分と契約を交わしてきた友たちのことを信じている。彼女達の結んできた絆や歩みは世界の理如きで壊されるほど、脆いだと思っていないと私は彼女らを信じているし、私は彼女らを誇りに思っている
 十年以上の間初恋の男性の幸せを魔物の本能を抑えながらも愛し想い続けたダークプリースト、自分と言うものを信じられず弟を犯しながらも己の過ちに気づきそれでも生きようとするウシオニ、そのウシオニのことを信じ続けて再び家族として解かり合えた双子の妹の白蛇、全てを失い生きることに絶望していた屍となった男性を愛し救ったヴァンパイア、生前大切な幼馴染2人と和解できず自殺した後にその2人と再会し和解し再び出会う約束を果たしたゾンビから成長したワイト
 それ以外にも私は多くの宝石を知っている。そんな人間達と魔物達の絆を思い起こす度に私は希望と持ち続けられる

 『浄化』と称して魂を裁く私が言うのも傲慢だけど……『矛盾』があるからこそ、世界は美しいのよ

 私も先程の様に鬼を裁くと称して、多くの魑魅魍魎を苦しめて来たし、救いようのない者を『慈悲』と称して地獄に落としてきた
 この世界に来る前にデルエラ姉さんに憧れるだけで姉さんの模倣をするだけで衆を助けてばかりで個を助けて来なかった
 人の『矛盾』を愛しながらも人と魔物が争わない『理想郷』を築いてきた
 ヴィオレッタ姉さんの仇敵である『異形』に個人的な理由で戦いを挑み、信じているはずの仲間を呼ばずに単身で戦い、圧倒的な力の差で蹂躙され、危うく生命を落とすことよりも悍ましく恐ろしい目に遭いかけ大切な人達を悲しませて苦しめてしまった
 そして、人間が大好きなのに私は今、目の前の少女を人でなくそうとしている
 私は矛盾の固まりだ。だけど、私はそれでいいと思っている
 なぜなら、『矛盾』があるからこそ私は私であり続けられるのだ
 そして、なぜ私が目の前の少女を助けたいと願っているかと言えば単純だ

 助けたい

 ただそれだけだ
 目の前の少女の必死に生きようとする姿
 親を悲しませまいと頑張る姿
 学校にもう一度行って友達と遊びたいと言う姿
 その小さくて今にも消えゆきそうな生命が見せた輝きを見ているとこの少女を失いたくないと願った
 『矛盾』だらけの混沌の中で私が確かに感じた想い。だからこそ、私は友子ちゃんを助けたい
 私は助けるだけだ

「友子ちゃん、眠ったままでいいわ……今まであなたを苦しめていたのはただの悪夢でしかないのだから」

 私はそう告げると彼女の寝巻に手を伸ばし彼女の上着のボタンを開けた。すると、服の上からも分かっていた彼女の身体のあまりにもひどい容態が露わになった
 彼女の肌はまるで血がほぼ通っていないかのように冷たくなっており、皮膚の下には脂肪がなくなり、皮膚もだいぶ薄くなってしまっていた。本来ならばその場にあるはずであろうこの年頃の未だ発育が進んでおらず異性と比べても多少の誤魔化しの効く小振りな桃色の乳房などが目に入ることができないほど弱々しかった

「毎回、思うけど……その位の女の子の魔物化て……なんと言うか、罪悪感と言うか……危ない絵図にしか見えないわね……」

「言わないで……リーチェ……それ、一番私が気にしていることなんだから……」

 リーチェのちょっとした発言に私は少しだけ挫けそうになった
 確かに今の私がしているこの作業は傍から見ると人間的には幼女を性的に襲っている変態の同性愛者にしか見えない気がする

 ……同性愛者と言うと……リーチェとよろしくやっているから堂々と否定できないわね……

 実際、稲葉さん夫婦が今の状況を見たら私のことを幼女趣味の変質者と誤解し、娘を守るために激昂することになるだろう。私達、魔物娘からすれば、幼女趣味など責められることではないが、人間からすれば犯罪者同然だ。私の幼馴染のバフォメットであるセシリアもその人間の良識のおかげでこちら側でのサバトの布教は進まないらしく愚痴ることが多い
 まあ、私からするとそれも人間の『輝き』の一つなんだと思う。幼くて無垢な者を守ろうとする。それは私達、魔物にない尊い人間の価値観であり、在り方だと思う
 でも、流石にこの光景を見られたら愛娘を冥界にさらわれて自らの素姓を隠して失意の度に出て、唯一親切にしてくれた国の王族への恩返しとして、その国の生まれたばかりの王子を不老不死にしようとしたらちょっと危ない過程の儀式行ったために疑われてしまったギリシャの豊穣の女神と同じ轍を踏みかねない。だから、あの夫婦には下の階で大人しく待ってもらっていることにした
 と言うか、実際のところ、私自身も幼い子供にこう言った性的な行為をするのは気が引けるし、できれば他人には見られたくないのが実情だ

 リエルの子供の時に一緒に遊んだ私が言うのも……どうかと思うけど……

 幼かった私の妹とのお遊びの中で魔物として気にしなくてはいいことだけど、幼い子供のお遊びとしてはいかがなものと眉を顰めることをしたことを思い出してしまった

 あのアヌビスには……ちょっと、ひどいことをしちゃったわね……

 妹のリエルとの思い出を思い出したと同時にその際の悪ふざけも思い出して多少の申し訳なさも感じてしまった

「おっと……今はそれどころじゃないわね……」

 私はそんな人間に対する良識から来る罪悪感を払拭して友子ちゃんの魔物化の準備を再開した
 今、友子ちゃんは私の眠りの魔法で悪霊によって木枯らしであと一枚まで葉を落とされた冬の樹木の様に削られた生命力をかろうじて温存しているが、最早彼女は人間として生きるには手遅れだ
 だから、私は今から彼女を魔物として転生させる。生命がかかっているのに私の良識とかどうでもいいことで彼女の幼い生命を失わせるなど、それこそがエゴだ

「さてと……」

 私はそのまま、友子ちゃんのパジャマのズボンに手をかけて彼女の最早、この経済大国では見ることないと思えるほどにやせ細ってすぐに折れてしまう脚に配慮して下ろし、それを終えると友子ちゃんのまだ割れていないと思われる蕾を隠す最後の一枚である下着を下ろした
 そして、はだけたパジャマの上着を残して露わとなった彼女の身体は幼さから来る何かしらの淫靡さを感じさせる背徳感は感じられるものではなかった
 むしろ、これから大人の女性になろうとする前の丸みを感じさせる触れるとムニムニとした幼い子供の肉体はそこに存在せず、あったのは肌はカサカサになりあばら骨が浮き出ており、痛ましさをかんじものであった
 そんな彼女の肌に私は手を伸ばした

「んん……」

 私が友子ちゃんの肌に触れると友子ちゃんはくすぐったくなったのか無ず痒そうに反応した

 ……流石に夢の中は淫夢じゃないわよね?

 私は自分のかけた魔術と私の魔力、そして、今、私がやっていることの影響で友子ちゃんの夢の中が淫らなものになっていないか不安を感じた
 私としては人間の幼い子には幼い子なりの幸せな夢があると思っている。それを私はわざわざ踏み荒らしたくない
 しかし、それを理由に作業を止める訳にはいかず、私はまず最初に彼女の乳房と言ってもいいのか分からない胸に手を当てた

―コリ―

「んん……」

 すると、彼女の未発達ながらもかたさはある乳首に掌が辺り、それに反応した彼女は声をあげた

「んにゃ……」

 そんな友子ちゃんの反応に構わずに私は今度は友子ちゃんのまだ開いていない蕾に手を伸ばし、空いているもう片方の手を伸ばした。そして、そのまま魔力を友子ちゃんの身体へとながすと

「ふわぁ……」

 初めて感じたであろう快楽と言う感覚に心地良さを感じたのか、欠伸を少し柔らかくした様な声をあげた
 すると、彼女の死にかけていた身体に変化が生まれてきた
 先ず初めに血が全く流れておらず、冷や水の様に冷たくなっていた身体に血の巡りが熱と共に戻り始め、心臓の鼓動が確かなものに感じられる様になってきた

「はあ……はあ……」

 生命の象徴とも言える血の巡りが復活し始めたことで友子ちゃんの呼吸もしっかりとし始めて来たと同時に更なる変化として彼女のカサカサに荒れていた肌に瑞々しさが戻り、浮き出ていたあばら骨は肉に沈み、恐ろしいまでにへこんでいた腹は空の水槽に水を入れる様に肉付きに良くなってきた
 そして

「うぅん……はぁ……」

 彼女のへその辺りから少しずつピンク色の体毛が徐々に表れ広がり、そのまま友子ちゃんの乳房と股間を覆い、レオタードのような形状となった。彼女尾の全身を見回して見るとその変化は脚や上腕部にも生じ始めていた。その形状はソックスと手袋のようであった

「んん……!」

 そして、変化したばかりの身体を守る役割を担う体毛が生え具わると

―バサ!―

 友子ちゃんの腰から本来友子ちゃんが持つであろう活力に比例するかのように色素が薄く弱々しい印象を持ちながらもそれを覆すかの如く、鳥の雛が卵の殻を割って外の世界を見ようと生まれ出るように翼と尾が表れた

「……っあ!」

 そして、最後の変化として彼女の側頭部から私が生やすものよりも短くて小さい角が生えた

「ん……」

 全てが終わり、弱り果てていた人間の生命を魔物、レッサーサキュバスに転生すると言う魔物にとって当たり前だが人間にとってある意味では禁忌とされる手段で死の淵から復活した友子ちゃんはゆっくりと目を開けた

「お目覚めかしら、友子ちゃん?」

 私は悪夢と言う現実と幻想と言う夢から覚めた友子ちゃんに目覚めの心地良さを妨げない様になるべく穏やかに訊ねた

「……アミお姉ちゃん?」

 夢から覚めたばかりの友子ちゃんは多少、寝惚けながらも私のことを認識した

「……あれ?」

 友子ちゃんは起きてしばらくたった今、ようやく自分の身に起きた変化に気づいた

「身体が軽い……?」

 今まで自分の身体にのしかかってきた悪霊による呪いと奪われ続けた体力によって感じていた身体の不調がなくなったことを感じだした

「友子ちゃん……多分、分かっていると思うけど、友子ちゃんはね魔物になったのよ?」

「……うん」

 私は唐突に友子ちゃんに真実を告げるが、友子ちゃんはそれに戸惑うことはなかった。なぜなら、友子ちゃんはレッサーサキュバスになったことで私達の世界の知識を『本能』で知ることになったのだ
 レッサーサキュバス。それは人間がサキュバスとなる過程における最初の形態。魔物となった彼女は今、非常に渇いている状態とも言える。これから彼女は愛する男性を見つけて、その男性を自らの虜にすることで互いに悦楽と言う幸福の中で生きる運命が架せられた。それは人間としての堕落の道だが、私達にとっては何よりも尊い生き方である
 だけど、私は

「友子ちゃん……一つ約束して欲しいことがあるの」

「……なに?」

 友子ちゃんは私の言葉を聞くと目をキョトンとして耳を傾けてきた

「……私はね、友子ちゃんには『人間』としての幸せも探して欲しいの」

「え……」

 私はあえて、魔物としての苦難の道を行くこと幼子である友子ちゃんに頼んだ
 それはあまりに愚かで矛盾だらけの選択。違う種族である人間と魔物では見える世界も感じる世界も違う。それでも私は幼い友子ちゃんに周囲と異なる世界で生きろと無責任に言い放った
 それには二つの理由が存在する
 一つはこの世界で友子ちゃんの年齢で結婚ないし、恋愛をするのは難しいこともある。もちろん、魔物となった友子ちゃんなら簡単に異性を誘惑することは可能だろう。しかし、魔物娘にとっては性行為とは一生物の問題になる。だから、私は友子ちゃんには時間をかけて、自分が愛するに値する異性を見つけて欲しいのだ

 ……それは『飢える淫魔』となってしまった友子ちゃんにとっては地獄だとは思うけど……

 今回、友子ちゃんは素質があって、レッサーサキュバスになってしまった。私は人を魔物に変える時はにはその人間の素質に任せて特に何も考えていないが、それが友子ちゃんにとっての生き地獄を作ってしまったことを内心では悔やんでいる
 そして、もう一つの理由だが、それは

「あと、友子ちゃんのお父さんとお母さんには友子ちゃんが大きくなってから自分の身体に起きたことを伝えて欲しいの」

 この家族の『絆』を私は信じたかったのだ
 友子ちゃんは最早、人間とは理が違う魔物になり、それは何も知らない人間からすれば『怪物』になったのに等しいことだ。私達のいた世界では魔物になったとたんに人間社会から追放された者も少なくなかった。それは仮令、勇者と天使の娘でも例外ではなかった
 しかし、私は先程の除霊前の友子ちゃんと稲葉さん夫妻の互いを思いやり、励まし合う姿を見ているとそんな簡単に壊れる様なものではないと心のどこかで感じているのだ。ただ、足りないのは時間だと思っている
 だから、私はこの家族の可能性に賭けてみたいのだ

「わかった」

「え……」

 そんな私の独善に近い願望を彼女は受け入れた

「私、お父さんやお母さんを信じているもん。それに2人が大好きだもん……お父さんもお母さんも私のことが大好きだよね?」

 友子ちゃんは何の躊躇いなくそう口に出した
 私はそれを聞くと表情を和らげて

「ええ……2人は友子ちゃんのことが大好きよ」

 本当のことだけを伝えた

 ああ……きっと、この子なら大丈夫……

「さてと、私は帰るわね。友子ちゃん、もし困ったことがあったらここに連絡してね」

 私はリーチェの聖剣と霞の御札をしまい終えると人間の姿となり名刺を友子ちゃんに渡した
 それを受け取ると友子ちゃんは本能から学んだ人化の術を使って元の元気な人間の女の子の姿となり

「うん、ありがとう!アミお姉ちゃん!」

 と感謝の言葉を言うが

「……どういたしまして」

 感謝したいのはむしろこちらの方であった
 そのまま、部屋を出て階段を降りると

「あ、浅葱さん!」

 友子ちゃんの両親が私が階段を降りる音を聞きつけて私の元に来た

「友子は……友子はどうなったんですか!?」

 雪さんは意の一番に我が子のことを訊ねてきた
 私はそれに対して

「全て終わりました……友子ちゃんは無事です」

 と彼女を安心させることだけを答えた

「本当ですか……!!」

「………………浅葱さん」

 雪さんは安堵と共に今まで我慢してたのか、溜めていた涙を目に浮かべて流した。それを見た夫の修さんはゆっくりと私の方を向いて

「ありがとうございました……!」

 深々と頭を下げて礼を言ってきた
 恐らく、彼は未だに私が友子ちゃんを助けたかのは半信半疑なのだろう。しかし、それでも私が謝礼金や報酬を求めずに真剣に友子ちゃんを助けようとしたことを理解して、その姿勢は今まで霊感商法で騙されてきた彼にとっては嬉しいことだったのだろう

「いえ、それよりも早く、友子ちゃんのところへ行ってあげてください。私はこれで……」

 私は早く、2人に友子ちゃんの元気な姿を見せたくなりそう言った

「はい!雪、行こう!」

「ええ……!」

 2人はそれを聞くとすぐに二回へと駆け上がっていった
 それを見送り終えると

「……これでよかったのよね……リーチェ?」

 私は相棒にそう訊ねた

「そうね、少なくとも私はこの家族は救えたと思うわよ?アミ」

 相棒は至極、客観的な答えだけを呟いた
 実際の所、私は悩んでいるのだ
 私が悩んでいるのはあの悪霊のことだ。いや、正確にはあの悪霊だけではない。私は今まで、『原罪』によって縛られ輪廻の輪から外れてしまった多くの魑魅魍魎となった魂達を浄化すると称して、想像を絶する苦しみを与えてきた。それにあの悪霊は家族と共に輪廻の輪に戻ったが、それは転生することでいつかは再会できるが再び家族と離れ離れになる可能性もあると言うことだ。彼は一瞬だけ『救い』を得たが、それは一瞬だけなのだ
 私は傲慢(愚か)だ

「アミ、一つだけいいかしら?」

 私が1人で自己嫌悪に陥っているとリーチェが私に何か言いたげになっていた

「なに?」

 わたしは彼女が言わんとしていることを聞こうとした

「アミは……あの家族の『絆』を信じていないのかしら?」

 それは私の信念の根底を問うものであった。それに対して、私は

「……信じているわ。もちろん」

 即答だった
 彼らは輪廻の輪に戻ったことで一時的に別れることになった。しかし、それは『終わり』ではなく、『始まり』だと考えている。人がその生で作ることのできたあらゆる『繋がり』は決して壊れるものではないと私は信じている
 私が『偽善なる導き手による浄化の旅路』を使用して、彼を浄化したのは彼と家族の『絆』を思い出させて彼らが再会させたのは今度こそ幸せな生を迎えるための下準備に過ぎない。再び彼らが出会うのに必要なのは彼ら自身の『愛』と『絆』が必要なのだ
 けれど、私は信じている。必ず、彼らは彼ら自身の力で再会できると
 それは私の独善であり、身勝手な期待だ。それでも私は人も魔物もあらゆる生命が持つ『輝き』を信じたいのだ
 時にはそんな自分のエゴから来る葛藤に苦しめられる時もあるが

「なら、良かった……あと一つだけ言わせて」

「ん……?」

 そして、そんな時に彼女はいつも傍にいてくれて決まってこう言う

「貴女が私と初めて出会った時に言った言葉を覚えてる?」

「………………えぇ」

 彼女と出会ったのは九年前、私が新しく生まれたばかりの妹に出会うために魔王城に里帰りをする際に偶然、彼女の眠っている『聖剣』の力に惹かれて立ち寄った時のことであった。当時の彼女はこの世の全てを憎んでいたと言ってもいい位、『絶望』に囚われていた。それは自分自身さえも憎むほどであった
 『悲劇の勇者』として語り継がれる彼女の悲劇の真相を知った時、私は彼女が全てを憎んでも仕方がないとも思えてしまった。しかし、私はそれを聞いてもなお、彼女にこう言った

『あなたの辿ってきた来た道に間違いなんてない』

「私のことを間違っていないと言ってくれた貴女が自分のやっていることに疑問を持つなんて、私にとって失礼でしょ?」

 リーチェは少し不機嫌そうに私の子と説いた
 そして、最後に

「それにね、アミ……少なくとも私は貴女に会って救われたわ」

「……ありがとう」

 それはリーチェにとっても私にとっても『救い』となる言葉であった

「さてと、帰ったらベルンに連絡して彼みたいな存在を作らない様にしないとね」

「え〜……少しは休みましょうよ……貴女、有給の時は休みに徹するけど、普段は仕事し過ぎよ」

 リーチェの言葉を聞いて私は気持ちを切り換えるとリーチェは不満を口に出した。彼女は元勇者であり、地方の下級とは言え貴族出身であるが、基本的に趣味が昼寝であるほど、のんびり屋さんであることから私の仕事のし過ぎに対しては含むところがあるらしい

「生者が死者にできることは誓うことだけよ、リーチェ……それにね、生きてる者だけがこの世を楽園にできるのよ」

 私はこれから経済界に多大な影響力を与える友人のヴァンパイアに今回の騒動の根本的な問題となった企業の経営と人事に対する改善を提案するつもりだ。もちろん、買収と言う人間の生み出したこの世界のルールに則った正しいやり方でね

「ちょっと……それって、一応死人の私に対する皮肉?」

 私の発言にリーチェはムッとしたようだ

「さあ、どうかしらね?」

 と私は少しからかうつもりであやふやにしようとするが

「む〜!アミのバ〜カ!!行き遅れ!!」 

「なっ!?」

 と私が最も気にしていることを口に出した

「四百年も成仏しないで精霊になっていたあなたが言うな!!」

 私は流石に年齢のことでこの寿命だけは無駄に食ったアーパー元勇者に言われたくなくて反論したが

「ふ〜ンだ!!私は肉体年齢17歳で死んでるから若いもん!!」

 リーチェは笑えない享年による主張で反論してきた

「確かに精神年齢はお子ちゃまだけどね」

 と私は本当の意味で皮肉を呟いた

「うっさい、この行き遅れ」

「二回も言うな!!」

 いつものような私とリーチェの口喧嘩と言う日常が戻ってきた
 だけど、私はこんな日々がいつまでも続いていることを内心喜んでいる。そして、彼女との出会いに感謝しているのは内緒だ
 彼女との契約、それはかけがえのない私の軌跡だ
15/05/13 23:12更新 / 秩序ある混沌
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■作者メッセージ
 悪鬼は愛する者と再会し再び歩みだし
 幼子は多くの困難がありながらも歩み続け
 銀髪の姫君は自らの矛盾を知りながらもそれでも自らの道を歩み続け
 聖剣の元勇者はもう一度夢をみるために友と歩み続ける
 全てのものは常に歩み続ける……どこに行くかは本人次第、だからこそ、素晴らしい……
 では、皆様方……最後まで、私の劇にお付き合い願い誠にありがとうございました。また、再び皆様方に出会えることを願いましょう……では、これにて『絆』を守りし二人の『契約』 の終幕を宣言します 

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