原罪
―ゴーッゴーッ―
ぐぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!
悪霊の苦悶に満ちた声が響く中、炎は決して衰えず、むしろ、勢いを増して燃え続けていった。だが、これはこれから始まる苦しみの序章でしかなかった
「まず一つ目に……『色欲』」
私がそう呟き手を伸ばすと悪霊の身を焦がし続ける炎の中から一つの紅蓮に包まれた球体が私の手元に来た。そして、それを握りしめてから私は
「あなたは自らの快楽のために幼子とその家族を苦しめた……ゆえに『色欲』の罪に値する」
―バリィン!―
ぎゃああああああああああああああああああああああああ!!?
悪霊の『色欲』の罪状を口に出してから自らの手元にある球を握り潰し悪霊は自らの原罪を砕かれたことによりさらなる苦しみを味わった
『色欲』。それは性欲によって生まれる『原罪』だけではなく生命ある者が快楽を得ようとする衝動だ。だが、それが単純に悪というわけではない。誰にも特定の行為を行って自らの快楽を満たそうとする本能はある。たとえ、性欲でなくとも知識を得ることやゲームをすること、スポーツをすることで快楽を得ようとする者もいる。何よりもそれがなかったら『生』はつまらないものになる。しかし、それが他人を傷つけるものになった時、それは罪悪となる。そして、悪霊は友子ちゃんを傷つけることで友子ちゃん自信とその両親を苦しむ姿を見て楽しんでいた
ゆえに悪霊は『色欲』の罪を犯したと言える
「二つ目に……『暴食』」
再び私が『原罪』の名を呟くと先程と同じように玉が私の手元へと来た。それを掴むと
「あなたは生命の価値を忘れた……ゆえに『暴食』の罪に値する」
―バリィン!―
ぎぃやああああああああああああああああああああああああ!!?
悪霊が二つ目の『原罪』も犯していたことから私は再び玉を握り潰した。すると、先程と同じように悪霊の苦しみに満ちた声が響いた
『暴食』。それは名前からすれば食事に関する『原罪』にしか聞こえないが、それは違う。確かに周りが飢えているのに自分だけが食べ物を必要以上に口にして周りを苦しめる『暴食』の罪過だ。だが、それは食事以外にも言えることだ。仕事などで共に協力し合った仲間に自ら手に入れた利益を分けることなく利益を独り占めする者。これもまた『暴食』の食事における罪過と同じ性質を帯びている罪悪だ。そう、『暴食』とは他者に対する労わりや感謝、思いやりを忘れて独り占めしたりする浅ましさのことであり、『貪欲』の罪とも言える。『色欲』と同じようにそれが誰かを傷つけた時、それは罪悪となる
今回、悪霊は別にそう言った『貪欲』の浅ましさは感じられなかったかもしれない
だが、悪霊はもう一つの『暴食』の罪を犯した。それは私が口に出した『生命の価値』を忘れると言う罪過だ。私達、魔物娘も人間もこの世界で生きる貴くて大切な生命の一つ一つなのだ。虫も植物も獣も人も魔物も皆、生きている。一度失われたら二度と帰って来ない大切な生命だ。しかし、それでも私達は生きるためにその生命を奪って生きていくしかない。だからこそ、私達全ての生命は他の生命を大切にしなくてはならないし、周囲への感謝を忘れてはならない。それは夫の精で生きていける私達魔物娘も同じだ。私達も普通の食事はするので生命に対する感謝はもちろんする。そして、何よりも常に私達と共に生きていてくれる夫への感謝も忘れてはならない
そう、この世界に無駄なものなんて存在しないし、無闇に奪われたり、傷つけられたり、失われたりしていいものなんて存在しない。全てには必ず価値があるのだから、全ての生命は尊いのだ
目の前の悪霊は友子ちゃんと言う幼い生命を徒に傷つけ弄び、嬲った。ゆえに『暴食』の罪に値する
「三つ目に……『強欲』」
三つ目の『原罪』の名前を呟くと再び『原罪』が宿る玉が私の元へと飛んできた。そして、それに手を触れて私は
「あなたは……『強欲』の罪を犯していない。ゆえにこの罪で裁かれることはない」
―スッ―
その様に断言した。すると三つ目の玉は炎が息を吹きかけられたようにように静かに消えて行った
『強欲』。それはあらゆるものを欲する衝動。私としては『色欲』と同じように『強欲』自体が罪ではないと考えている。むしろ、強欲なのは良いことだと私は思っている。あらゆるものを欲すると言うことはそれはあらゆるものを手に入れようと必死に努力をすると言う心意気でもある。私は頑張る人間が好きだ。だから、『強欲』は罪じゃないと理解している
だけど、私は同時に『強欲』が罪になる時もあると思っている。『強欲』が罪となるのは他人の物を力づくで奪うときだ。強欲であることは努力家である証だ。しかし、努力をせずに楽をして誰かのものを奪うのは罪悪だ
悪霊は友子ちゃんを始めとしたこの家族を苦しめようとしたが、少なくとも見境なしに人を害そうとしたわけではないし、別の目的があったわけではない。だから、『強欲』の罪を犯したことに値しないと言える
「四つ目に……『怠惰』」
四つ目の『原罪』が現れ、私はその罪に触れた
「………………」
その罪に触れた瞬間、私に今までの『原罪』に触れた時に感じたものとは違う感情が訪れた
「あなたは……十分、あなたはの役割を果たそうとしたわ……だから、『怠惰』の罪に値しないわ……」
『怠惰』。それはすべきことをせずに怠けること。人はどうしても楽をしたいがために努力すべきことをせず、後に自分が努力をすることで防げた災禍を招き初めて目にしても自分の非を理解せず、他人のことばかりを責めてしまうことがある。そして、そのまま逆恨みによって誰かを傷つけることもある。もちろん、自らに課せられた義務を果たそうとせずに誰かを傷つけるのも『怠惰』の罪に値すると言える
目の前の悪霊は『怠惰』の罪など犯していない。それどころか
「あなたはすべきことをしてきたわ……」
彼は愛する我が子を救うために必死だった。『怠惰』の玉を握った際に見えたのは彼の生前の姿だった。病魔に侵される愛娘の生命を救おうと夜遅くまで必死に働き少しでも治療費を稼ごうとしていた彼の姿
そこに見えたのは私のお父様や幼馴染のベルンの夫である優さん、ステラの祖父であり私の師である奪われた我が子を探し取り戻そうとする先生、妻に先立たれながらも幼い我が子二人を育てた九条暁さんと言った私が見てきた我が子を愛する父親達と同じ姿だった
我が子の成長を喜び、時に厳しく接しながらも我が子の危機には我が身を盾にしてでも守ろうとする。それが私の知っている父親と言うものだ
目の前の男の無念さは想像できるものではなかった。愛すべき我が子をなんとしても救おうと過労で倒れそうになりながらも自分の生命を削りながら働き続けた彼をどうして『怠惰』の罪で裁けるものだろうか
しかし、結局彼の努力は意味を為さず、彼の事情を考えない企業によって彼は解雇された。そして、彼の娘は
「辛かったわね……」
私は今一度、労わる様にそう告げた。私の脳裏に映ったのは娘を失い慟哭する彼の姿とあまりの嘆きに自らの生命を絶った自らの妻の冷え切った亡骸を抱えてこの世の全てを憎む彼の姿だった
「五つ目に……『憤怒』……」
私は涙を呑んで次なる『原罪』の名前を呟いた。そして、五つ目の玉が現れた
「あなたは……憎むべきではない相手を憎み、罪なき者を苦しめた……!ゆえに『憤怒』の罪に値する!」
―バリン!―
あ、あああああああああああああああああああああああああああああああ!!?
私は甘えを振り払うように強い声と共に紅く燃え盛る罪悪を握り潰した
『憤怒』。それは強い怒りを意味する。人はどうしようもない不幸から怒りを覚える時があり、それは全てを燃やし尽くす炎の様にあらゆるものを巻き込み勢いを増していく
だけど、私は『怒り』はあるべきだと思っている。なぜなら、『怒り』は『涙』と同じ心の叫びだと思っているからだ。人はどうしても苦しみの中で誰かに自らの苦しみを知って欲しくて色々な感情を露わにする。そのうちの一つが『涙』であり、『怒り』なのだ。それをどうして『罪悪』だと私が言えるのだろうか。『怒り』は確かに全てを灰燼に帰す炎の様に周囲を傷つけるだろう。だが、私はそうしなければ苦しみに圧し潰されてしまうだろうと考えている。つまり、『怒り』とは弱さの一つなのだ。だから、私は『怒り』を赦そう
私の知り合いにもあまりの苦しみの中で『怒り』がなければ押し潰されていた人々がいた
一人目に九条明さん。彼はあまりの優秀さ恵まれた家庭環境の中で周囲からの嫉妬と疎外感で心を殺して生きてきた。たとえ裏切られても憎しみを抱かなかったことで彼の心は危うく壊れそうになったほどだ
二人目に優・グランツシュタットさん、旧名は加藤優さん。彼にはかつて人間の妻子がいた。だけど、彼の妻は会社の上司と姦通を行い、さらには妻と自らの上司に最愛の我が子を含めた全てを奪われた人でもある。彼はもちろん、憎しみを抱いた。しかし、『怒り』を抱かず彼はあまりの絶望に自らの生命を絶とうとした。なぜなら、彼は愛する我が子のために自らの手を汚すわけにはいかなかったからだ
他にも私の知る多くの人々には苦しみから『憎悪』にでも変えなくては心が壊れそうになった人々がいた
そして、
リーチェ……
私は今、私と共に悪霊に対峙している私の相棒にして元勇者である彼女を見た。かつて、我々魔物が人間と血を血で洗い流す戦いを繰り広げていた旧き時代。彼女は弱き人々を魔から守るために戦った主神によって選ばれた勇者と言う名前の『希望(玩具)』だった。そして、彼女はまさに『希望』の名前に相応しく、多くの人々をかつて邪悪で凶暴であった我々、魔物から自分の身を犠牲にしながらも守ってきた
だけど、『希望』そのものであった彼女に待ち受けていたのは『絶望』と言う名前の結末だった。彼女は世界の全てを呪ってもいいと言えるほどの最期を迎えたのだ
そして、私にはもう一つ『怒り』を全ての生命が忘れてはならないとも思っている大きな理由があると考えられている。それは『愛』によるものだ。これまであげてきた『怒り』は自らの『苦しみ』から来るものであった。だが、『怒り』とは自分の『苦しみ』から来るものだけではなく、他の誰かが傷ついた時にも生まれる感情でもあるのだ
力ある者が力なき者を虐げ、悪しき者が善き者を苦しめ、愛する者を誰かが傷つけた時、私達はそれに対して『怒り』を覚える。それは『義憤』だ。特に私達、魔物娘は愛する者を害そうとする者は絶対に許さない
『怒り』に正しいものなんてないのかもしれない。『怒り』は炎だ。炎は全てを滅ぼし無に帰す。それでも私は『怒り』を肯定する。なぜなら、大切な者を傷つけられて何も感じない位なら私は悪になろうと厭わないからだ
そして、目の前の悪霊もまた、家族を失った絶望と言う苦しみから『怒り』のままに何もかもを呪った。だけど、私はそれを赦すつもりなんてない
なぜならば
「稲葉さんの家族はあなたを苦しめたわけではない……それなのにあなたは彼らを苦しめた!」
悪霊はたまたま自分の後釜として入ってきた稲葉さんのことを逆恨みしただけなのだ。いや、それは逆恨みにもなっていない。そして、彼は的外れな『怒り』と言う火矢を彼らに放った。それはただの八つ当たりだ。それでもし、誰かが傷つくなら私は許せない
「六つ目に……『嫉妬』」
残り二つとなった『原罪』の中で私は二番目に重い原罪の名を口に出した。そして、今までの様に
「あなたは筋違いな恨みでこの一家を苦しめた……それは逆恨みにもならない」
―パリン―
ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?
砕いた
『嫉妬』。それは最も人を罪悪へと走らせる『原罪』だ。『嫉妬』は他人が自分より優れている何かを持っている時に生まれる感情だ。それは『憧れ』であり、『羨望』であり、『劣等感』であり、『独占欲』であり、『妬み』でもある。私はこう言った感情を抱くことは『憤怒』のように仕方がないことだと思っている。だけど、『嫉妬』が招くものは『憤怒』が招く災禍よりも悲惨で醜いものである。なぜならば、『嫉妬』は他人の幸福を奪うものであるからだ
とある劇の話をしよう。その劇は恐らく、この世界で最も有名な劇作家が作った仇敵同士の家に生まれた若い男女の悲恋を扱った作品を含まない四つの悲劇のうちの一つだ。その物語の主人公は勇猛な将軍であり、その武勇と人物に惚れた貴族の若い清純な姫君を妻に迎えたまさに幸福を絵に描いた人物であった。しかし、そんな主人公の幸福を嫉んだ子悪党が主人公に姫君が姦通を犯しているように思わせて、主人公は疑惑を抱き、『独占欲』と『憎しみ』のあまりに無辜な自らの妻を殺してしまったのだ
この物語には様々な『嫉妬』が描かれている。そして、現実においても『嫉妬』が巻き起こす『罪悪』は最後に私が告げる『原罪』が巻き起こす『罪悪』に匹敵するか、それ以上に醜悪だ
他人の配偶者を犯すこと、他人の財産を略奪すること、他人の家族を奪うこと、他人の大切なものを踏みにじること。これらは全て『嫉妬』が生む蛮行だ。例え話としてはやはり、想像するのも吐き気と苛立ち、嫌悪感と言った心を絞めつけ苦しめる地獄の釜の中であらゆる汚物を煮えたぎったような気持ち悪さを感じさせるようなあらゆる感情が湧き立つが、他人の配偶者、恋人、想い人、家族を目の前で陵辱する人間の心理を考えればいい。こう言った人間の大半は幸せな他人が許せないのだ。そして、それを自らが壊し奪うことに優越感を抱く心も持っている
はっきり言えば、気持ちが悪い。魔物娘の私でさえ許容することができない人間の罪悪そのものだ。また、『嫉妬』に狂った人間は自分が不幸だと他の誰かを自らの不幸の道連れにしなければ気がすまないのだ
そして、悪霊は自らの不幸の道連れにこの一家を望み、罪もない友子ちゃんを傷つけて自らの受けた苦しみをこの一家にも味あわせようとした。それは許されることではない
ぜーっ……ぜーっ……
これまで私が告げてきた『色欲』、『暴食』、『強欲』、『怠惰』、『憤怒』、『嫉妬』の六つの『原罪』のうち、四つの罪悪に溺れた悪霊はその代償として灼熱と言うのも形容しがたい業火に包まれその苦痛から最早、呼吸するのも辛そうだ。その姿に私は心が絞めつけられた。確かに目の前の悪霊は罪を犯した。けれど、その背景には彼なりの苦しみや憎しみ、悲しみがあるのだ。それをどうして、何も感じずに断罪できる
私は今までも彼の様な魑魅魍魎相手に今回の『術式』を使用してきた。しかし、それは決して慣れるものではない。この世界がお母様やお父様のいる世界ならば、私の姉が統括するあの世界に彼を送りつけて彼は救われるのかもしれない。けれど、彼はこの世界の住人で既に罪を犯してしまった。だから、こうすることでしか彼は救えない
「……最後の罪は……『傲慢』……!!」
だから、私はいつものように目に涙を浮かべて心が苦しい中、最後の『原罪』の名を告げた
『傲慢』。それは最も愚かで浅ましく言い繕うことのない醜い罪悪。一般的に多くの人々はこの『原罪』をただ驕り高ぶる人間の姿を思い浮かべるが、私からすればそんなものは可愛らしいものだ。私が言う『傲慢』と自らの優位に驕り、それをいいことに弱者を苦しめる者の醜い姿だ
例えば、私のいた世界やかつてこの世界にもいた王や貴族達などの支配者による力なき民衆への圧政がいい例だ。支配者は民衆が武器や兵隊を持たないことをいいことに彼らの生活を顧みず、自らの私産を増やすために税金を搾り出し私腹を肥やす者が出ることが多い。つまり、自らが傷つくことがないことをいいことに他人を傷つけ苦しめる者が持つ『驕り』。それが『傲慢』の罪悪だ。いじめっ子によるいじめ、ネットの匿名による個人への誹謗中傷、部活動における後輩いびりと言う名のいじめ、会社の上司によるモラハラやパワハラ、セクハラ、女性に対する性犯罪。力を持つ者が行う持たない者への陵辱。枚挙すればするほどどう脚色しようとも醜さしか残らない罪悪こそが『傲慢』だ
そして、この『原罪』の恐ろしさは本来、被害者である力なき者すらも罪悪に染まってしまうことだ。例えば、いじめの被害者が力をつけて立場が逆転すると自分が被害者であったことをいいことにかつて自分が受けた苦しみを楽しみながら相手に与えようとしてしまう。私は別に復讐に対しては否定的ではない。復讐は自らの『苦しみ』から来る叫びなのだ。だけど、私が許容できる復讐は『弱さ』からくるものであり、決して『傲慢』による『醜さ』によるものではない。『傲慢』による復讐は相手を人と思わず自らの醜さを理解できず同じような復讐の火種をまき散らし、それが連鎖となって永遠の惨劇を生む。復讐すると言うことは列に並ぶことなのだ。だが、『傲慢』によって列に並んだ人間はそれに気づかない。なぜなら、『傲慢』であり『無知』だから
そして、私は目の前を向いて
「あなたは自分が傷つかないことをいいことにこの家族を苦しめ、それを楽しんだ……!ゆえに『傲慢』の罪に値する……!!」
―パリーン!!―
―――――――――――――――――――――――――――――ッア!!?
―ドサっ―
私の胸に激しい動悸が走る中、私は最後の『原罪』の玉を砕いた。男は自らの犯した罪悪のうち、最も重い『原罪』を砕かれたあまりの苦しみに声にならない悲鳴をあげ、鬼となった身体を地に倒した
―ガク―
「はあはあ……」
「アミ……」
「大丈夫よ、リーチェ……」
ようやく『原罪』の浄化を終わると同時に私の身体にのしかかるように疲労感と呵責感、罪悪感が襲いかかり、胸の動悸と心痛、頭にガンガンと頭痛が生まれ、少しだけ膝をついた。リーチェはそんな私をいつもの様に心配して私の顔を覗いてきた
あはは……リーチェにはいつも助けられてばかりね……私……
私とリーチェが出会った時もこんな感じだった。彼女と私の出会いは決して穏やかなものではなかった。あの時、私はあの『異形』に敗北しそうになって、危うく死ぬ、いや、それ以上に恐ろしく、苦しく、悍ましい目に遭う所だった。そんな私を助けてくれたのがその場にたまたまいた彼女だったのだ。そして、私達は『契約』を結んだ。私は彼女に『力』と言う債務を課して、そして、彼女も私に『希望』と言う債務を課した。それが私達の『契約』だから
「リーチェ……次はあなたに任せるわ……私も疲れが取れたら……」
私は自分の相棒を心配かけまいと立ち上がった
私がこんなところで弱音を吐くなんて間違っているわ……自分の独善のために相手を裁いている私が辛いなんて言うこと自体がおこがましいことだもの……それに魔力はリーチェが与えてくれる……だから、私は立ってなきゃいけないのよ……!
「アミ……ええ、後は任せて……」
リーチェは私の意思を汲み取り目の前で身体が彼女の元聖剣によって生まれた外傷と霞の護符、そして、私達の術式によってもはや虫の息で呼吸もままならない男を目の前に立って、私の代わりに私の『罪』のケジメをつけようと彼女の決して色褪せないであろう精霊の如く声である言の葉を告げた
『我が子よ、ここにては汝を責める者はあらん死もあらじ』
ぐぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!
悪霊の苦悶に満ちた声が響く中、炎は決して衰えず、むしろ、勢いを増して燃え続けていった。だが、これはこれから始まる苦しみの序章でしかなかった
「まず一つ目に……『色欲』」
私がそう呟き手を伸ばすと悪霊の身を焦がし続ける炎の中から一つの紅蓮に包まれた球体が私の手元に来た。そして、それを握りしめてから私は
「あなたは自らの快楽のために幼子とその家族を苦しめた……ゆえに『色欲』の罪に値する」
―バリィン!―
ぎゃああああああああああああああああああああああああ!!?
悪霊の『色欲』の罪状を口に出してから自らの手元にある球を握り潰し悪霊は自らの原罪を砕かれたことによりさらなる苦しみを味わった
『色欲』。それは性欲によって生まれる『原罪』だけではなく生命ある者が快楽を得ようとする衝動だ。だが、それが単純に悪というわけではない。誰にも特定の行為を行って自らの快楽を満たそうとする本能はある。たとえ、性欲でなくとも知識を得ることやゲームをすること、スポーツをすることで快楽を得ようとする者もいる。何よりもそれがなかったら『生』はつまらないものになる。しかし、それが他人を傷つけるものになった時、それは罪悪となる。そして、悪霊は友子ちゃんを傷つけることで友子ちゃん自信とその両親を苦しむ姿を見て楽しんでいた
ゆえに悪霊は『色欲』の罪を犯したと言える
「二つ目に……『暴食』」
再び私が『原罪』の名を呟くと先程と同じように玉が私の手元へと来た。それを掴むと
「あなたは生命の価値を忘れた……ゆえに『暴食』の罪に値する」
―バリィン!―
ぎぃやああああああああああああああああああああああああ!!?
悪霊が二つ目の『原罪』も犯していたことから私は再び玉を握り潰した。すると、先程と同じように悪霊の苦しみに満ちた声が響いた
『暴食』。それは名前からすれば食事に関する『原罪』にしか聞こえないが、それは違う。確かに周りが飢えているのに自分だけが食べ物を必要以上に口にして周りを苦しめる『暴食』の罪過だ。だが、それは食事以外にも言えることだ。仕事などで共に協力し合った仲間に自ら手に入れた利益を分けることなく利益を独り占めする者。これもまた『暴食』の食事における罪過と同じ性質を帯びている罪悪だ。そう、『暴食』とは他者に対する労わりや感謝、思いやりを忘れて独り占めしたりする浅ましさのことであり、『貪欲』の罪とも言える。『色欲』と同じようにそれが誰かを傷つけた時、それは罪悪となる
今回、悪霊は別にそう言った『貪欲』の浅ましさは感じられなかったかもしれない
だが、悪霊はもう一つの『暴食』の罪を犯した。それは私が口に出した『生命の価値』を忘れると言う罪過だ。私達、魔物娘も人間もこの世界で生きる貴くて大切な生命の一つ一つなのだ。虫も植物も獣も人も魔物も皆、生きている。一度失われたら二度と帰って来ない大切な生命だ。しかし、それでも私達は生きるためにその生命を奪って生きていくしかない。だからこそ、私達全ての生命は他の生命を大切にしなくてはならないし、周囲への感謝を忘れてはならない。それは夫の精で生きていける私達魔物娘も同じだ。私達も普通の食事はするので生命に対する感謝はもちろんする。そして、何よりも常に私達と共に生きていてくれる夫への感謝も忘れてはならない
そう、この世界に無駄なものなんて存在しないし、無闇に奪われたり、傷つけられたり、失われたりしていいものなんて存在しない。全てには必ず価値があるのだから、全ての生命は尊いのだ
目の前の悪霊は友子ちゃんと言う幼い生命を徒に傷つけ弄び、嬲った。ゆえに『暴食』の罪に値する
「三つ目に……『強欲』」
三つ目の『原罪』の名前を呟くと再び『原罪』が宿る玉が私の元へと飛んできた。そして、それに手を触れて私は
「あなたは……『強欲』の罪を犯していない。ゆえにこの罪で裁かれることはない」
―スッ―
その様に断言した。すると三つ目の玉は炎が息を吹きかけられたようにように静かに消えて行った
『強欲』。それはあらゆるものを欲する衝動。私としては『色欲』と同じように『強欲』自体が罪ではないと考えている。むしろ、強欲なのは良いことだと私は思っている。あらゆるものを欲すると言うことはそれはあらゆるものを手に入れようと必死に努力をすると言う心意気でもある。私は頑張る人間が好きだ。だから、『強欲』は罪じゃないと理解している
だけど、私は同時に『強欲』が罪になる時もあると思っている。『強欲』が罪となるのは他人の物を力づくで奪うときだ。強欲であることは努力家である証だ。しかし、努力をせずに楽をして誰かのものを奪うのは罪悪だ
悪霊は友子ちゃんを始めとしたこの家族を苦しめようとしたが、少なくとも見境なしに人を害そうとしたわけではないし、別の目的があったわけではない。だから、『強欲』の罪を犯したことに値しないと言える
「四つ目に……『怠惰』」
四つ目の『原罪』が現れ、私はその罪に触れた
「………………」
その罪に触れた瞬間、私に今までの『原罪』に触れた時に感じたものとは違う感情が訪れた
「あなたは……十分、あなたはの役割を果たそうとしたわ……だから、『怠惰』の罪に値しないわ……」
『怠惰』。それはすべきことをせずに怠けること。人はどうしても楽をしたいがために努力すべきことをせず、後に自分が努力をすることで防げた災禍を招き初めて目にしても自分の非を理解せず、他人のことばかりを責めてしまうことがある。そして、そのまま逆恨みによって誰かを傷つけることもある。もちろん、自らに課せられた義務を果たそうとせずに誰かを傷つけるのも『怠惰』の罪に値すると言える
目の前の悪霊は『怠惰』の罪など犯していない。それどころか
「あなたはすべきことをしてきたわ……」
彼は愛する我が子を救うために必死だった。『怠惰』の玉を握った際に見えたのは彼の生前の姿だった。病魔に侵される愛娘の生命を救おうと夜遅くまで必死に働き少しでも治療費を稼ごうとしていた彼の姿
そこに見えたのは私のお父様や幼馴染のベルンの夫である優さん、ステラの祖父であり私の師である奪われた我が子を探し取り戻そうとする先生、妻に先立たれながらも幼い我が子二人を育てた九条暁さんと言った私が見てきた我が子を愛する父親達と同じ姿だった
我が子の成長を喜び、時に厳しく接しながらも我が子の危機には我が身を盾にしてでも守ろうとする。それが私の知っている父親と言うものだ
目の前の男の無念さは想像できるものではなかった。愛すべき我が子をなんとしても救おうと過労で倒れそうになりながらも自分の生命を削りながら働き続けた彼をどうして『怠惰』の罪で裁けるものだろうか
しかし、結局彼の努力は意味を為さず、彼の事情を考えない企業によって彼は解雇された。そして、彼の娘は
「辛かったわね……」
私は今一度、労わる様にそう告げた。私の脳裏に映ったのは娘を失い慟哭する彼の姿とあまりの嘆きに自らの生命を絶った自らの妻の冷え切った亡骸を抱えてこの世の全てを憎む彼の姿だった
「五つ目に……『憤怒』……」
私は涙を呑んで次なる『原罪』の名前を呟いた。そして、五つ目の玉が現れた
「あなたは……憎むべきではない相手を憎み、罪なき者を苦しめた……!ゆえに『憤怒』の罪に値する!」
―バリン!―
あ、あああああああああああああああああああああああああああああああ!!?
私は甘えを振り払うように強い声と共に紅く燃え盛る罪悪を握り潰した
『憤怒』。それは強い怒りを意味する。人はどうしようもない不幸から怒りを覚える時があり、それは全てを燃やし尽くす炎の様にあらゆるものを巻き込み勢いを増していく
だけど、私は『怒り』はあるべきだと思っている。なぜなら、『怒り』は『涙』と同じ心の叫びだと思っているからだ。人はどうしても苦しみの中で誰かに自らの苦しみを知って欲しくて色々な感情を露わにする。そのうちの一つが『涙』であり、『怒り』なのだ。それをどうして『罪悪』だと私が言えるのだろうか。『怒り』は確かに全てを灰燼に帰す炎の様に周囲を傷つけるだろう。だが、私はそうしなければ苦しみに圧し潰されてしまうだろうと考えている。つまり、『怒り』とは弱さの一つなのだ。だから、私は『怒り』を赦そう
私の知り合いにもあまりの苦しみの中で『怒り』がなければ押し潰されていた人々がいた
一人目に九条明さん。彼はあまりの優秀さ恵まれた家庭環境の中で周囲からの嫉妬と疎外感で心を殺して生きてきた。たとえ裏切られても憎しみを抱かなかったことで彼の心は危うく壊れそうになったほどだ
二人目に優・グランツシュタットさん、旧名は加藤優さん。彼にはかつて人間の妻子がいた。だけど、彼の妻は会社の上司と姦通を行い、さらには妻と自らの上司に最愛の我が子を含めた全てを奪われた人でもある。彼はもちろん、憎しみを抱いた。しかし、『怒り』を抱かず彼はあまりの絶望に自らの生命を絶とうとした。なぜなら、彼は愛する我が子のために自らの手を汚すわけにはいかなかったからだ
他にも私の知る多くの人々には苦しみから『憎悪』にでも変えなくては心が壊れそうになった人々がいた
そして、
リーチェ……
私は今、私と共に悪霊に対峙している私の相棒にして元勇者である彼女を見た。かつて、我々魔物が人間と血を血で洗い流す戦いを繰り広げていた旧き時代。彼女は弱き人々を魔から守るために戦った主神によって選ばれた勇者と言う名前の『希望(玩具)』だった。そして、彼女はまさに『希望』の名前に相応しく、多くの人々をかつて邪悪で凶暴であった我々、魔物から自分の身を犠牲にしながらも守ってきた
だけど、『希望』そのものであった彼女に待ち受けていたのは『絶望』と言う名前の結末だった。彼女は世界の全てを呪ってもいいと言えるほどの最期を迎えたのだ
そして、私にはもう一つ『怒り』を全ての生命が忘れてはならないとも思っている大きな理由があると考えられている。それは『愛』によるものだ。これまであげてきた『怒り』は自らの『苦しみ』から来るものであった。だが、『怒り』とは自分の『苦しみ』から来るものだけではなく、他の誰かが傷ついた時にも生まれる感情でもあるのだ
力ある者が力なき者を虐げ、悪しき者が善き者を苦しめ、愛する者を誰かが傷つけた時、私達はそれに対して『怒り』を覚える。それは『義憤』だ。特に私達、魔物娘は愛する者を害そうとする者は絶対に許さない
『怒り』に正しいものなんてないのかもしれない。『怒り』は炎だ。炎は全てを滅ぼし無に帰す。それでも私は『怒り』を肯定する。なぜなら、大切な者を傷つけられて何も感じない位なら私は悪になろうと厭わないからだ
そして、目の前の悪霊もまた、家族を失った絶望と言う苦しみから『怒り』のままに何もかもを呪った。だけど、私はそれを赦すつもりなんてない
なぜならば
「稲葉さんの家族はあなたを苦しめたわけではない……それなのにあなたは彼らを苦しめた!」
悪霊はたまたま自分の後釜として入ってきた稲葉さんのことを逆恨みしただけなのだ。いや、それは逆恨みにもなっていない。そして、彼は的外れな『怒り』と言う火矢を彼らに放った。それはただの八つ当たりだ。それでもし、誰かが傷つくなら私は許せない
「六つ目に……『嫉妬』」
残り二つとなった『原罪』の中で私は二番目に重い原罪の名を口に出した。そして、今までの様に
「あなたは筋違いな恨みでこの一家を苦しめた……それは逆恨みにもならない」
―パリン―
ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?
砕いた
『嫉妬』。それは最も人を罪悪へと走らせる『原罪』だ。『嫉妬』は他人が自分より優れている何かを持っている時に生まれる感情だ。それは『憧れ』であり、『羨望』であり、『劣等感』であり、『独占欲』であり、『妬み』でもある。私はこう言った感情を抱くことは『憤怒』のように仕方がないことだと思っている。だけど、『嫉妬』が招くものは『憤怒』が招く災禍よりも悲惨で醜いものである。なぜならば、『嫉妬』は他人の幸福を奪うものであるからだ
とある劇の話をしよう。その劇は恐らく、この世界で最も有名な劇作家が作った仇敵同士の家に生まれた若い男女の悲恋を扱った作品を含まない四つの悲劇のうちの一つだ。その物語の主人公は勇猛な将軍であり、その武勇と人物に惚れた貴族の若い清純な姫君を妻に迎えたまさに幸福を絵に描いた人物であった。しかし、そんな主人公の幸福を嫉んだ子悪党が主人公に姫君が姦通を犯しているように思わせて、主人公は疑惑を抱き、『独占欲』と『憎しみ』のあまりに無辜な自らの妻を殺してしまったのだ
この物語には様々な『嫉妬』が描かれている。そして、現実においても『嫉妬』が巻き起こす『罪悪』は最後に私が告げる『原罪』が巻き起こす『罪悪』に匹敵するか、それ以上に醜悪だ
他人の配偶者を犯すこと、他人の財産を略奪すること、他人の家族を奪うこと、他人の大切なものを踏みにじること。これらは全て『嫉妬』が生む蛮行だ。例え話としてはやはり、想像するのも吐き気と苛立ち、嫌悪感と言った心を絞めつけ苦しめる地獄の釜の中であらゆる汚物を煮えたぎったような気持ち悪さを感じさせるようなあらゆる感情が湧き立つが、他人の配偶者、恋人、想い人、家族を目の前で陵辱する人間の心理を考えればいい。こう言った人間の大半は幸せな他人が許せないのだ。そして、それを自らが壊し奪うことに優越感を抱く心も持っている
はっきり言えば、気持ちが悪い。魔物娘の私でさえ許容することができない人間の罪悪そのものだ。また、『嫉妬』に狂った人間は自分が不幸だと他の誰かを自らの不幸の道連れにしなければ気がすまないのだ
そして、悪霊は自らの不幸の道連れにこの一家を望み、罪もない友子ちゃんを傷つけて自らの受けた苦しみをこの一家にも味あわせようとした。それは許されることではない
ぜーっ……ぜーっ……
これまで私が告げてきた『色欲』、『暴食』、『強欲』、『怠惰』、『憤怒』、『嫉妬』の六つの『原罪』のうち、四つの罪悪に溺れた悪霊はその代償として灼熱と言うのも形容しがたい業火に包まれその苦痛から最早、呼吸するのも辛そうだ。その姿に私は心が絞めつけられた。確かに目の前の悪霊は罪を犯した。けれど、その背景には彼なりの苦しみや憎しみ、悲しみがあるのだ。それをどうして、何も感じずに断罪できる
私は今までも彼の様な魑魅魍魎相手に今回の『術式』を使用してきた。しかし、それは決して慣れるものではない。この世界がお母様やお父様のいる世界ならば、私の姉が統括するあの世界に彼を送りつけて彼は救われるのかもしれない。けれど、彼はこの世界の住人で既に罪を犯してしまった。だから、こうすることでしか彼は救えない
「……最後の罪は……『傲慢』……!!」
だから、私はいつものように目に涙を浮かべて心が苦しい中、最後の『原罪』の名を告げた
『傲慢』。それは最も愚かで浅ましく言い繕うことのない醜い罪悪。一般的に多くの人々はこの『原罪』をただ驕り高ぶる人間の姿を思い浮かべるが、私からすればそんなものは可愛らしいものだ。私が言う『傲慢』と自らの優位に驕り、それをいいことに弱者を苦しめる者の醜い姿だ
例えば、私のいた世界やかつてこの世界にもいた王や貴族達などの支配者による力なき民衆への圧政がいい例だ。支配者は民衆が武器や兵隊を持たないことをいいことに彼らの生活を顧みず、自らの私産を増やすために税金を搾り出し私腹を肥やす者が出ることが多い。つまり、自らが傷つくことがないことをいいことに他人を傷つけ苦しめる者が持つ『驕り』。それが『傲慢』の罪悪だ。いじめっ子によるいじめ、ネットの匿名による個人への誹謗中傷、部活動における後輩いびりと言う名のいじめ、会社の上司によるモラハラやパワハラ、セクハラ、女性に対する性犯罪。力を持つ者が行う持たない者への陵辱。枚挙すればするほどどう脚色しようとも醜さしか残らない罪悪こそが『傲慢』だ
そして、この『原罪』の恐ろしさは本来、被害者である力なき者すらも罪悪に染まってしまうことだ。例えば、いじめの被害者が力をつけて立場が逆転すると自分が被害者であったことをいいことにかつて自分が受けた苦しみを楽しみながら相手に与えようとしてしまう。私は別に復讐に対しては否定的ではない。復讐は自らの『苦しみ』から来る叫びなのだ。だけど、私が許容できる復讐は『弱さ』からくるものであり、決して『傲慢』による『醜さ』によるものではない。『傲慢』による復讐は相手を人と思わず自らの醜さを理解できず同じような復讐の火種をまき散らし、それが連鎖となって永遠の惨劇を生む。復讐すると言うことは列に並ぶことなのだ。だが、『傲慢』によって列に並んだ人間はそれに気づかない。なぜなら、『傲慢』であり『無知』だから
そして、私は目の前を向いて
「あなたは自分が傷つかないことをいいことにこの家族を苦しめ、それを楽しんだ……!ゆえに『傲慢』の罪に値する……!!」
―パリーン!!―
―――――――――――――――――――――――――――――ッア!!?
―ドサっ―
私の胸に激しい動悸が走る中、私は最後の『原罪』の玉を砕いた。男は自らの犯した罪悪のうち、最も重い『原罪』を砕かれたあまりの苦しみに声にならない悲鳴をあげ、鬼となった身体を地に倒した
―ガク―
「はあはあ……」
「アミ……」
「大丈夫よ、リーチェ……」
ようやく『原罪』の浄化を終わると同時に私の身体にのしかかるように疲労感と呵責感、罪悪感が襲いかかり、胸の動悸と心痛、頭にガンガンと頭痛が生まれ、少しだけ膝をついた。リーチェはそんな私をいつもの様に心配して私の顔を覗いてきた
あはは……リーチェにはいつも助けられてばかりね……私……
私とリーチェが出会った時もこんな感じだった。彼女と私の出会いは決して穏やかなものではなかった。あの時、私はあの『異形』に敗北しそうになって、危うく死ぬ、いや、それ以上に恐ろしく、苦しく、悍ましい目に遭う所だった。そんな私を助けてくれたのがその場にたまたまいた彼女だったのだ。そして、私達は『契約』を結んだ。私は彼女に『力』と言う債務を課して、そして、彼女も私に『希望』と言う債務を課した。それが私達の『契約』だから
「リーチェ……次はあなたに任せるわ……私も疲れが取れたら……」
私は自分の相棒を心配かけまいと立ち上がった
私がこんなところで弱音を吐くなんて間違っているわ……自分の独善のために相手を裁いている私が辛いなんて言うこと自体がおこがましいことだもの……それに魔力はリーチェが与えてくれる……だから、私は立ってなきゃいけないのよ……!
「アミ……ええ、後は任せて……」
リーチェは私の意思を汲み取り目の前で身体が彼女の元聖剣によって生まれた外傷と霞の護符、そして、私達の術式によってもはや虫の息で呼吸もままならない男を目の前に立って、私の代わりに私の『罪』のケジメをつけようと彼女の決して色褪せないであろう精霊の如く声である言の葉を告げた
『我が子よ、ここにては汝を責める者はあらん死もあらじ』
15/02/19 20:00更新 / 秩序ある混沌
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