『永遠』に刻まれた『夢』
今、私の眼下に入るのは帰宅していく生徒や部活動に精を出している生徒達だった
私を照らすのは優しい温もりを与えてくれる黄昏の光だった。それは初夏なのに冷たく辛い現実ですっかりと凍えてしまった私の心と身体を癒してくれた
そして
「さようなら……」
私はその温もりの中で最後にそう呟いてこの世界に別れを告げた
私は今、あるお墓の前に立っている。それは私の親族のものではない
「今日も綺麗にしに来たわよ……春菜(はるな)……」
それは私の幼馴染であり、親友であった娘のものだった
いや、私にはあの娘の友達を名乗る資格すらない。なぜなら、私はあの娘を『見殺し』にしたのだ
私は彼女の眠るこの墓を掃除し始めた
「ごめんね……春菜……ごめんね……」
しかし、私は彼女の墓を洗うたびに彼女に対する後悔を思い出し、涙を流してしまい掃除することができず、一方的に謝罪を繰り返した
それが無意味なものであり、自分勝手なものであることを理解しながらも
「貴子(たかこ)……」
私の名前を呼ぶ声が聞こえ私が振り向くとそこには
「由美(ゆみ)……あんたも墓参り?」
私のもう1人の幼馴染の及川(おいかわ)由美が立っていた
私が尋ねると由美は
「うん……」
ゆっくりと首を縦に振って頷いた
「そう……」
私はそれを確認すると涙を拭って春菜の墓を洗い始めた
この墓に眠っている私と由美の幼馴染である白川(しらかわ)春菜は今年の夏休み前の放課後に学校の屋上から身を投げ14歳と言う短い生涯を幕を閉じた
私と春菜と由美は家が近かったことから幼い頃からの付き合いでよく近くの公園で遊んだ仲だった
私はその中で気が強くリーダー格で、由美は明るい性格でムードメーカーで、春菜は大人しめだけど優しくていい娘だった
「うぅ……春菜ぁ……!」
私は涙をポタポタと落として、後悔と絶望を込めて春菜の名前を叫んだ
春菜は今年になってから大人しい性格からか、一部のクラスの女子からいじめられるようになってしまった
最初の内は集団無視などの軽いものであったが、ある日を境に彼女へのいじめは悪質なものへと変わってしまった
「貴子……春菜のことは貴子のせいじゃ……」
由美は私のことを慰めようとするが
「違う……!!違う……!!私があの時、春菜のことを拒絶しなかったら……春菜は……!!」
私は自分の頭を抱えて髪をくしゃりと握りしめてそれを否定し続けて叫び続けた
春菜が死んだのは……私のせい……
「貴子……」
―ギュ―
由美は私のことを抱きしめた。しかし、私はそんな状況でも譫言の様に
「春菜……春菜……春菜あああああぁぁぁあああ……!!」
泣きじゃくりながら、二度と会うことのできない幼馴染の名前を繰り返し叫び続けた
貴子……
私はもう1人しかいない大切な幼馴染である佐久間(さくま)貴子の懺悔を聞き続けた
本当は私も泣きたかった。大きな声をあげて春菜の名前を叫びたかった
だけど、私にはそれはできない
なぜなら、私も春菜を『見殺し』にしたけど、私よりも貴子の方が辛い筈だから
春菜……本当にごめんね……
私は卑怯者だ
春菜と貴子が仲違いした際に私は何もしなかった。それどころか、春菜のいじめが自分に飛び火しないように私は春菜を助けもしなかったし支えもせず、慰めもしなかった
私は貴子の後ろについて行くだけだった
あの時、私が貴子に嫌われる覚悟をしてでも2人の仲を取り持つことをすれば……
―ギュ―
私は自らを慰める代わりに貴子を抱きしめる力を強めた
本当は私も泣きたかった。だけど、それはできなかった
今、私が泣いたら今度は貴子までもがいなくなってしまう気がするからだ
『貴子ちゃん……』
『どうしたの、春菜?』
春菜は私に遠慮がちに何かを伝えようとした
『あのね……その……実は碓井(うすい)さん達のことなんだけど……』
碓井とは私達のクラスで、いや、学年で一番大きい女子のグループのリーダーで何かと春菜のことを目の仇にしている女子だ
春菜は少し、オドオドした態度で私にあることを相談しようとしてきた
『はあ〜、まだ、あいつらあんたのことを無視してんの?』
私は連中に呆れながら春菜に確認した
春菜は大人しい性格が災いして、碓井を中心とした女子グループから集団無視といったいじめを五月の上旬から受けていたのだ
私はそんなことを幼稚なものだと考え、すぐに連中が飽きて終わると思っていたがどうやら私の予想ははずれたらしい
『わかったわよ……じゃあ、放課後相談に乗るわね』
私は『あの時』の様に彼女に相談に乗ることを約束した
だけど、今度こそは『あの時』みたいに言葉だけでなく、本当に彼女を助けるつもりで
だが
『いいよ……別に……』
春菜は『あの時』と違って断ってきた
その声はまるで氷のような冷たい声だった
『……え?』
私は初めて見る幼馴染のそんな態度に戸惑いを覚えてしまい、一度思考が止まってしまった
だが、春菜はそんなことを意に反さず続けて
『貴子ちゃんは私よりも部活とか勉強が大切だもんね』
言葉だけでなく、心まで凍てつかすような思うくらい冷たい眼差しを私に向けてそう言った
私はそんな春菜の様子にたじろぐがこのままでは『あの時』の様に彼女がいなくなってしまう恐怖に駆られ必死になって相談の約束を取り付けようとするが
『さようなら……』
『え……』
春菜は私と目も合わせようとせず別れの言葉を告げてその場を跡にしようとした
『ちょ……待って!春菜!』
私はその場を去ろうとする春菜を呼び止めようと声をかけ足を動かそうとするが
『え……!?どうして……!?』
私の足はまるで固定されたかのようにその場から動かすことができなかった
そして、私が春菜の方を見ると既に私と春菜の距離は既にかなり開いてしまっていた
『待って!!春菜!!お願い!!』
私は必死に声が潰れてもいいくらいに大きな声で必死に呼び止めようとするが、春菜はそのことを気に留めることもなく歩み続けた
そして、私と彼女との距離は彼女が見えなくなる寸前までに広がっていた
「春菜!!」
―バサ―
「はあはあ……」
私は首筋にスッと流れる汗を感じ、呼吸を荒くしながら落ち着いてから辺りを見渡すとそこは私の部屋だった
そして、私はそこで初めて気づいた
「夢……だったの……?」
先ほどまでの春菜との会話は夢だった
「いや……違う……」
―ギュ―
私は掛け布団を強く握りしめた
あの夢の半分は本当にあった過去の出来事なのだ
六月の始まりのある日に春菜は碓井達のいじめについて、私に相談に乗って欲しかったのだ。そして、私は夢の中でのように相談に乗ることを約束した
だが、現実は
「……春菜、ごめんね……ごめんね……」
私はポタポタと後悔と罪悪感から来る涙で布団を濡らして春菜に対して、謝罪を繰り返し続けた
あの日、確かに私達は約束を交わした。だけど、私はその約束を破ってしまったのだ
理由は部活が長引いてしまい、塾の時間にぶつかってしまったからだ
そして、私はその翌日に取り返しのつかない『過ち』を犯してしまったのだ
『貴子ちゃん……あの相談のことなんだけど……』
春菜は少しオドオドしながら前日交わした約束について尋ねてきた
しかし、私は部活のことと受験のこと、委員会のことなので手一杯だったのだ
『ごめん……ちょっと……忙しくて……忘れてた……』
『え……』
私が本当のことを言うと春菜は少し、悲しげな表情になり落ち込んだがすぐにそれをひたすら隠すかのように立ち直り
『あ……そうなんだ……ごめんね……あの、じゃあ……電話でもいいから……』
と言ってきたが
『ごめん……それは無理……最近、私……睡眠取れてないの……』
私は無理だと断った
私の親はかなり厳しく、受験のことばかりをうるさく言う人間であり、私が理想通りに行動しないとすぐに叱る人達でもある
だから、私は部活では運動部で常にレギュラー、勉強では順位が学年で10位以内、クラスでは委員長と言う『優等生』を演じなければならないのだ
私の言葉を聞くと春菜は再び落ち込みながら愛想笑いをした
『何、笑ってんのよ……』
それが私の何かを抉った
『え……?』
私はなぜそう言ったのか分からなかった
だけど、私はこの後、春菜のことを怒鳴ってしまったのだ
恐らく、自分が色々とイラついているのにさらに重荷を背負わそうとした春菜にそれを理由に自分にかかっている他の重圧を発散させるかのように
そして、春菜は
『ひっく……ごめん……なさい……違うの……ひっく……私……貴子ちゃんのことを……』
私に何かを訴えかけるかのように涙を流していた
だけど、私はその罪悪感から逃げるために
―バン!!―
机を思いっきり叩き
『いつまでもウジウジしないでよ!!もう私に話かけないで……!!』
『絶交』の言葉を叩きつけてしまったのだ
そして、私は泣き続ける春菜を残して、塾へと向かってしまった
あの時……どうして、私……あんなこと言っちゃたんだろ……?
私はあの時のことで後悔と自責の念に押し潰されそうになりながら泣いた
あの後、私と一緒にいられなくなったことにより私と春菜の関係は冷え切ってしまい、由美も私と春菜の気まずさを感じたのか春菜に近づけなくなり、春菜はクラスで孤立してしまった
そして、それを理解したいじめっ子達によるいじめはエスカレートしてしまい、春菜は夏休み前のある日に学校の屋上から飛び降りて自ら命を絶ってしまった
私があの娘を……
春菜は私が見殺しにしたも同然だ
春菜は私に助けを求めていたのに私はあの娘を拒絶してしまった
そして、あの娘を守り支える者がいなくなり、結果的に彼女へのいじめを助長させてしまったのだ
「春菜……」
私は机に置いてある写真立てを見た
その中に飾ってある写真には私達の思い出の詰まった公園でぴかぴかの新しい制服を着ている私と由美、そして、春菜の三人が期待と楽しみを込めた笑顔していた
私達はあの時、これから始まる中学における三年間の生活に思い出をたくさん作ることを誓った
だけど、それは最悪の『傷跡』を残すことになってしまったのだ
もし、願い事が叶うのならば、もう一度春菜に会いたい……
私はもし、この世界に神様や魔法などの『奇跡』を起こす存在がいるのならば、どうかこの願いを聞き届けて欲しかった
春菜に謝りたい……
私は生前、彼女と叶うことがなかった春菜への謝罪がしたかった
だけど、私はどうせなら
叶うなら……もう一度、あの頃に戻って……今度こそは……春菜を……
私は必死に願った
罵られてもいい。憎まれてもいい。恨まれてもいい。もう一度、春菜に会うことが出会うことができるのならどうでもよかった
「貴子〜、早く起きなさい!!朝ご飯よ」
母親の私を呼ぶ声が聞こえて私の春菜への追悼と懺悔は終わりを告げた
そして、私は『現実』を理解する。春菜にもう一度出会うことも、春菜とやり直すことも所詮は叶うことのない『幻想』であることを
私の『夏休み』の日常が始まる
「おはよう……」
私は二階から階段を降りて両親が待っているリビングへと向かった
「おはよう、貴子」
「今日も一日、がんばりなさいね」
「はい……いただきます」
私は食欲がないのを無理して、詰め込むように朝食を食べ始めた
「あの……お母さん、勉強のことなんだけど……気持ち悪いから休みたい……」
私は母にそう懇願した
実際、私は本当に気持ちが悪い。恐らく、あの夢のせいだ
母は私のその顔を見ると心配そうな顔をするが、父の顔色を窺い。そして、
「……ダメよ……」
拒否した
「いい貴子?本来なら学年で一位じゃないといけないし、あなた、部活でもいい成績残せなかったじゃないの……
だから、せめて受験勉強はしっかりしなさい」
「そうだぞ、貴子?お前の同学年の……九条(くじょう)君だっけ?あの子は常に学年一位の成績を残しているじゃないか?」
母に続いて父までもが私の同学年の男子を口にして、さらなる努力を私に求めてきた
実際、私は中学最後の大会では優秀な成績を残すことができなかった
理由は春菜の『死』だった
「それは……九条君は部活に所属していないから……」
私は嘘を吐いた。仮に彼が部活に入っていても私は絶対に彼に勝つことなど無理だ
九条君とは私の学年であらゆる分野で常に一番である男子のことだ
成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗、性格は多少根暗だが紳士的、父親の実家がお金持ちと言うまさに『理想の男子』と言える人間だ
学校ではもちろん、女子の人気者で憧れの人間だ
しかし、本人は
『婚約者がいるから』
と言う理由で多くの女子のアタックを躱してきている
どうやら、かなり誠実な人間なのだろう。恐らく、私のクラスに彼がいたら、彼は絶対に春菜を助けただろう
彼は『絶対に正しい』ことしかしないと同時にそれを実際に行える『強さ』を持っているから
だが、私は九条君が嫌いだ
理由は彼がとても同じ人間とは思えないからだ
彼にはあらゆるものへの執着が存在しないのだ
一度、彼の家がお金持ちであり、優等生であることに目を付けた不良や男子が集団で彼を挑んだが彼はその集団を傷一つ負うことなく、それを全て返り討ちにした
それだけでは彼がただのケンカの強い男にしか思えないが、彼の『恐ろしさ』はそんなものではなかった
彼はただ、相手にも全て傷を負わせることなく一撃で無駄なく黙らせたのだ
私はそれを偶然、目撃した。それはケンカと言うより、むしろ、彼による一方的な蹂躙と言った方が正しいだろう
彼はその時、何も感情を抱くこともなく、動かすこともなく、ただ機械のように相手を倒すだけだった
彼には相手を倒すことへの高揚感も、相手をいたぶる嗜虐心も、相手に対する憎しみも、相手に殴られることへの恐怖も、勝利したことによる歓喜も存在しなかった
私はその時、悟った。彼には絶対に勝てないことに
だからこそ、私は彼と一緒にされたくなかったし、比べられたくもなかった
だけど、そんなことを知らない父は理解してくれない
「そんなことは理由にはならない……それに昨日、友達のお墓参りに行ったばかりだろ」
「そ、それは……」
実は昨日の春菜のお墓参りは私がワガママを言って行かせたもらったものだ
さすがのこの両親でも私のあまりの落胆ぷりに仕方なく許可してくれたのだ
だから、私は今日のことに関しては強く言うことができないのだ
「あのな、貴子……もう、春菜ちゃんはいないんだ。だから、いつまでもクヨクヨしていてはダメだ
それに今、がんばらないと進路に響くぞ?」
父の言っていることは半分は正しい
春菜はもういない。だけど、父は知らないのだ。私が春菜を見殺しにしてしまったことに。それに私はそのことを全て受け容れられるほど私は大人じゃない
「だけど……私は……」
私は春菜のことを忘れることができない
だが、父はため息を吐きながら
「はあ……貴子、いい加減『ワガママ』はやめなさい」
「え……?」
『ワガママ』……?
「ちょっと、お父さん、何を……」
私は父の言葉の意味が分からず、母は珍しく父が何を言おうとしているのかを察してそれを窘めようとするが父はそれを意に反さず
「いや、貴子のはワガママだ。いつまでも亡くなった友達のことを想うのは悪いことではない
だが、だからと言って、自分のやるべきことをしないのはその子の『死』を休む口実にしようとしている『甘え』だ」
私はそれを聞いた瞬間、無意識のうちに
―バン!!―
―ガチャ!!―
父の言葉に私は堪えきれずテーブルを思いきり叩いた
その際の衝撃による振動で食器は揺れて音を鳴らし、それに驚いた母は私の方を見た
「貴子……?」
母は初めて見る私の行動に驚くが私はそれを意に反さず口を開いた
「『ワガママ』ですって……!?ふざけないでよ!!今まで、散々私の自由を奪っておいて、何が今さら『ワガママ』なのよ!!」
「た、貴子……」
私は今まで溜めていた自分の鬱憤を吐き出しながら怒鳴り続けた
母は少なくとも、父よりは私のことを理解しているからか心配はしてくれていた
だけど、私の中には春菜さえも奪った両親の自分に対する過度な『理想』の押し付けに対する怒りが渦巻いていた
そして、何よりも
「どうせ……ワガママなら……春菜のために使ってあげたかったわよ!!!」
―ガチャガチャ―
―パリーン!!―
「きゃ!?ちょっと、貴子!!待ちなさい!!」
私は自らの腕で怒りをぶつけるようにテーブルの上の食器を朝ご飯ごと薙ぎ払った。そして、食器は床へと落ちていき音を立てて割れた
そして、私は感情のままに母の制止を無視して寝巻のまま玄関に向かってそのまま走り出していった
「はあ……!はあ……!」
私は行く当てもなく夏の陽ざしが残る八月の残暑の中、がむしゃらに走った
私は生まれて初めて親に対して反抗的な態度を取った
そんな私の胸の中に渦巻いているのは
どうして……あの時にさっきみたいに自分の意思を口に出せなかったんだろう……!
春菜を助ける勇気を持てなかった自分へのやるせない怒りだった
もし、今みたいに少しでも親に反抗することができる勇気さえあれば、あの娘を失うずにすんだかもしれない
私は自責感と悲しみに駆られるままに走り続けた
「貴子……」
私は貴子の家からかかってきた電話で貴子が家を飛び出したことを知り、貴子を探すために町の中を走り回ってる
お願い……貴子……あなたまでいなくならないで……
私は心の中で必死に祈り続けた
最近、この町では性質の悪い不良がうろついていて多くの女性が被害にあっているらしいことを学校や警察から外出には気をつけるように注意されている
そして、貴子は今、1人でこの町をうろついているのだ。十分、不良のターゲットになりやすくて危険すぎる状態だ
貴子、どこにいるの……!?
私には貴子がどうして今日みたいな行動を起こしたのが痛いほどよくわかる
貴子は今まで、我慢してきたのだ
受験勉強や楽しくない部活動、無理強いされた学級委員の仕事
全て本人の意思など無視されて押しつけられた『役割』だ
貴子はそれによるストレスを春菜にぶつけてしまったのだ。そして、あの2人の関係にどうしようもない亀裂が生じてしまったのだ
春菜がいなくなると貴子は春菜を救うことができなかったり春菜を拒絶してしまった自分のことが許せなくなり、常に後悔するようになってしまったのだ
だからこそ、私は怖かった。今度は春菜だけでなく、貴子までいなくなりそうな気がして、そして、自分が独りになりそうな気がして
「貴子……」
私は貴子を失う不安に駆られて闇雲に町の中に探し回り、走りながら確認しないで角を曲がった
すると
―ドン!―
「きゃっ!?」
「っう!?」
突然、身体に衝撃が走り私はすぐに誰かとぶつかってしまったことに気づいた
私はぶつかってしまった人の方を確認した。そこには女性が立っていた
「あの、すいません……大丈夫ですか?」
私がその女性に謝罪すると女性は私のことを見て微笑みながら
「いえ、大丈夫です。あなたの方こそ、お怪我はありませんか?」
と物腰柔らかく応えてくれて、逆に私のことを気遣ってくれた
「あ、いえ……こちらも大丈夫です」
私はすぐにそう答えると再び走り出そうとするがそれはできなかった
「あの〜、どうしたんですか?そんなに慌てて」
なぜなら、目の前の女性が私のことを呼び止めてきたからだ
「いえ、すいません……急ぎますので」
私はすぐにでも貴子を探したいがために立ち去ろうとするが
「一つよろしいですか?……そんなに慌ててると……大切なことを見落としてしまいますよ?」
「……え?」
女性のポツリと言い放った言葉で私は立ち止まってしまった
女性は私の方を見ると
「すいません、待ち合わせの時間に遅れるとかの理由なら急いだ方がいいですが……
そうですね……探し物なら落ち着いて探した方が見つかると思いますよ?」
「な、なんで……」
女性は私のことを見透かすかのようにそう言った
「あなたの表情に『焦り』よりも『不安』の色の方が大きいからですよ」
「え……?」
「ふふふ……」
彼女は私が困惑していると彼女はニッコリとした表情でそう言った
そして、私は彼女の顔を見てしばらくボーっとしてしまった
よく見ると彼女は私と同じくらいの年齢らしい
しかし、彼女はとても私と同じくらいの年齢と思えないほど、落ち着いた雰囲気を醸し出しており、なぜか安心感を覚えてしまう魅力を放っていた
「すいません、私、仕事上の関係でよく人の悩みを聞くことが多くて……
つい、あなたを見ていると放っておけなくて……」
どうやら、彼女は悩みを抱えている人間を見分けることできるらしい
彼女は口を開くと自分が出過ぎたことをしたと思ったのか非礼を詫びてきた
私はそんな彼女が纏う穏やかな雰囲気に絆されたのかわからないのだが
「……友達を探しているんです……」
「え?」
私は自分が慌てている理由を伝えた
そして、続けて
「その娘、私の大切な友達なんですけど……
だけど、子供の頃から色々とストレスが溜まることを押し付けられて……
それで、今朝、家を飛び出しちゃったんです……
で、今この町は……ちょっと、危ない人達がいるらしくて……不安になっちゃて……」
私は今朝起きたことをなるべく簡潔に伝えた
だけど、彼女は
「……本当にそれだけなんですか?」
「……え?」
再び、私のことを見透かすかのように追求してきた
私は彼女の問いに動揺してしまった
だが、彼女はそんなことを気にせず次の言葉をぶつけてきた
「今のあなたはその娘を失うことを恐れているだけでなく、再び何かを失うことを恐れているかに見えますよ?」
「……っ!?」
図星だった
彼女の言葉に私は動揺を隠せずにいられなかった
彼女はまさしく、私が今最も恐れていることを指摘してきたのだ
「辛いのならお話しなくてもよろしいですが……2つだけ助言させてください」
彼女は私のことを気遣いながらも強く伝えたいことがあるらしい
「先ず、闇雲に走り回って探すよりは落ち着いてその人がどこに行ったかを考える方がよろしいかと思います。
そして、大切な人は決して失ってはいけませんよ」
「え、あ、はい……」
彼女は至極真っ当で平凡なことを伝えてきた
だけど、私はそのことがどれだけ難しいか身を以って知っている
そして、それは目の前の彼女も同じようだ。彼女のその言葉はとても大きくて重たい何かが込められているようだった
「実はですね……私、とても大好きだった……いいえ、今でも大好きな人がいるんです……
私が辛かった時にあの人がいてくれたから私はここにいれる気がするんです……」
彼女は遠い目をしながらも幸せそうに大切な人を想い続けるかのように独白した
余程、大切な人なのだろう
「だけど……運命て残酷なんです……
その人とは家庭の事情で会えなくなっちゃったんです……」
彼女は先ほどと打って変わって少し寂しそうな目で言った
「だから、あなたは絶対に失ってはいけませんよ?
……そして、大切な人を失わないようにあなた自身が落ち着いて、今自分ができる最善の行動をしてください」
そんな彼女だからこそ、強く私に言えるのだろう
私は彼女の説得力に負けてしまい
「はい」
落ち着くことの大切さを取り戻した私は貴子が行きそうな場所を考えた
「それとですね……まずはあなたにとって、大切な人との思い出がある場所はどこですか?」
彼女が再び、私に助言をしてくれた
「思い出のある……場所ですか……?」
私が彼女を見ると彼女は再び切なそうな顔をしてあることを告げた
「はい……私はよく、大切な人に会えなくなってからはその大切な人との思い出が詰まっている『公園』によく行きますので……
もしかすると……」
「そうですか……」
私は貴子と春菜の思い出が詰まった場所を考え始めた
しかし、私は目の前の女性のとある一言であることをふと思い出した
「『公園』……?」
私はその単語が気になった
「どうしたんです?」
私の呟きに彼女は私の顔を覗いてきた
「もしかすると、見つけられましたか?」
私はその問いに
「はい……ありがとうございます」
強く確信に満ちた声と表情で頷いて答え、彼女に感謝をした
すると、彼女はニッコリとした笑顔で嬉しそうに
「そうですか……お力になれたのならば幸いです」
と返事をしてくれた
彼女は本心から私のことを思っていてくれたのだ
すると、彼女は
「よろしければ、お名前をきいてもいいでしょうか?」
唐突に私の名前を尋ねてきた
「名前……ですか?」
私は戸惑いを少し覚えたが彼女が初対面にも関わらず真摯に相談に乗ってくれたことから自然と彼女に不思議な安心感と信頼を覚えてしまい
「及川 由美です」
と自分の名前を彼女に教えた
すると、彼女は
「……そうですか、由美さん
私は九間町(くげんちょう)の教会で修道女をしている進藤(しんどう)と申します」
「え?修道女て……シスターですか?」
「ふふふ……世間一般ではそう言いますね」
私は生まれて初めて見る本物のシスターに少し驚いたが
しかし、何となく彼女が纏う優しくも暖かな雰囲気は彼女の出自を考えると納得ができてしまう
「もし、悩み事があればいつでも九間町の教会で待っていますね」
「何から何まで本当にありがとうございます。それじゃ!」
私は彼女、進藤さんにお礼を言うと再び走り出した
しかし、今度は闇雲に貴子を探すのではない
私には明確な目的地があるのだ
もしかすると……あの場所なら……
私は向かっているのは私と貴子、そして、春菜の思い出が詰まった大切な場所だ
あの公園なら……
その場所とは公園だ
私達、3人は幼い頃よくあの公園で遊んでいた
今の貴子は春菜がいなくなったことを認められず、あの場所で春菜との思い出に浸ってる可能性もありえるのだ
私は貴子がいるかもしれない期待感と同時にある種の喪失感を感じた
できるなら……もう一度、あの公園で3人で笑いたい……
私は既に2度と感じることのできないほんのささやかでかけがえのない幸せを噛み締めた
私の脳裏に流れるのはあの楽しかった日々だった
そして、私は
「はあはあ……着いた……」
胸を絞めつけられるような感覚に襲われながらも私は目的の場所に辿りついたことを理解した
私は走ったことで乱れた呼吸を整えた
「貴子……」
―ミーンミーン―
公園に入ると木が多いこの公園では夏の象徴であるセミの鳴き声がそこらじゅうで聞こえてきた
あまり変わってないわね……
私は貴子を探しながら辺りを見渡して公園の風景があの頃と変わっていないことに気づいた
公園の遊具は多少、色が新しく塗装されており綺麗になっていたが構造は変わっておらず
公園の中の小さな林などの自然は全く伐採されておらず、あの頃の夏休みのように深い緑を湛えていて耳によく響く蝉の鳴き声が聞こえてきた
そして、公園の中にあるよく私達が雑談に使っていたベンチを確認すると
「……貴子?」
私は変わっていない情景の一つにポツリと映るように存在する少し、寝癖がついた長くて綺麗な髪の毛のパジャマ姿で靴下を履かずに踵が潰れている靴を履いた『現在』を表している顔を俯かした少女を目にした
「貴子……!」
―ジャリ―
私は大切な友達を目にした瞬間、すぐに彼女の近くへと向かった
すると、私の足音と声が聞こえたのか貴子は顔を上げた
「由美……?」
私のことを見ると貴子はしばらくの間、黙り込み
目を伏せて口を開き
「どうしてここにいるの?」
そう尋ねてきた
「貴子が心配だから探し回ったんだよ?
ねえ、一緒に帰ろう?おじさんもおばさんも心配してるし……」
私は貴子の問いに答えると同時に彼女に一緒に変えるよう伝えた
すると、彼女は
「……ねえ?由美……私ね、今日初めてお父さんやお母さんに本音をぶつけることができたの……」
「え」
乾いた笑みを浮かべてそう呟いた
そして、彼女はその笑みのまま
「あはは……馬鹿だよね……
私……なんで、あの時にこんな風にできなかったんだろう……」
自嘲気に言った
彼女の乾いた笑顔はさらに深くなり、眼をカッと大きく広げ、口元を歪ませた
だが、同時に彼女は唇をワナワナと震わせ、目には涙を浮かべていた
「私て本当に臆病だよね……あの時、少しでも部活を休んでたら……
春菜を助けられたかもしれないのに……少しでもあの娘の風除けになってあげることもできたのに……
それに、たとえ助けることはできなくても……変なプライドを捨てて仲直りをすれば……」
貴子は涙をポトポトと落としながら自らの公開を口に出した
確かに彼女の言う通りだ
仮に彼女が部活や勉強よりも春菜の方を親に反抗してでも優先して、彼女の相談にだけでも乗ってあげれば
春菜は自分が独りじゃないことに勇気づけられたかもしれない
……だけど
私はある決心をした
「……貴子、もうやめよう……?」
「……え?」
私は貴子の様子を見ていて辛くなり、彼女の言葉を言葉を止めるあることを伝えようとした
それは恐らく、最低な一言だと思う
「貴子がどんなに後悔しても……春菜は帰って来ないんだよ……
だから……もう……」
「……っ!?」
『失ったものはかえって来ない』
それはこの世界における絶対のルールであり、真実である
そして、それは『死者には永遠に会うことができない』と言うことでもある
それを聞くと貴子は
「あんた……どうして、そんなこと言えるのよ!?」
目を大きく広げて私のことギロリと睨みつけ怒鳴ってきた
「あんたもお父さんと同じで『死んだ人間なんて、すぐに忘れろ』と言う考えなの!?」
その口調はかなりの勢いと速さであった
そして、その怒声には深い怒りだけでなく、悲しみも込められていることに
私は気づきながらも私は顔を伏せて反論した
「違うよ……私だって……春菜のことを……」
しかし、貴子は私にさらに怒りをぶつけようとしてきた
「嘘つき!!本当は春菜のことなんてあんたはどうでも良かったんでしょう!?
だから、そんなこ―――」
―パチン!!―
「……え!?」
貴子の言葉は彼女の頬を強く叩いた音と頬に生じた痛み
そして、目の前の友人である私の行動であった衝撃で遮られた
私も自分の行動に驚くが、そのことがきっかけとなったのか
「私だって……」
―ポタポタ―
「私だって……春菜に会いたいよ!!……だけど……!!」
今まで心の底に秘めていた自らの想いを貴子にぶつけた
そして、同時に今まで貴子の前では流すまいと誓っていた涙も同時に蓋が取れたかのように溢れ出た
私の爆発した感情に驚いた貴子は呆然とした表情で私のこと見つめた
私はそんな貴子に自分の想いを伝えようした
「このままだと……貴子までいなくなっちゃう気がするのよ……!!」
「由美……?」
私は貴子に今、自分が最も恐れていることを告げた
貴子は春菜の『死』を引きずり過ぎている
それは生前、春菜を救える機会があったにも関わらず、彼女を救えず、
さらには、彼女との和解ができなかったことも大きな要因だろう
だけど、それは私も同じだ
私だって、春菜の支えになることはできたはずなのだから
だからこそ、貴子がどれだけ辛いのかも理解できる
そして、私は同時に貴子が自責の念に駆られて自棄になるぐらい心が苦しいのも理解できた
―ギュ―
「ちょ!?ゆ、由美……!?」
私は貴子と春菜を失った悲しみを共有し、共に涙を流したいがために彼女を抱きしめた
『辛い時は涙を流しなさい……少しは楽になれるから』
私のお父さんが春菜を失ってからどうしようもない悲しみに暮れて呆然としていた私に言ってくれた言葉が私の脳裏に蘇った
あの時、私はお父さんに感謝はしたけど泣かなかった
しかし、本当は泣かなかったのではない。泣けなかったのだ
「わ、わたし……ずっと、我慢してんだよ……!」
「え……」
「貴子は……ヒック……!もっと……辛い……と
思ったから……!グス……わたし……な、なくの……我慢してんたんだよ……!」
―ぎゅう―
私は彼女を抱きしめる力を強めて思いのままに今まで溜めこんだ想いをぶつけた
私も本当は辛かった。だけど、貴子の方が辛いと思ったから私は涙を流すことができなかった
だけど、もう限界だ
私は貴子に自分も辛かったことを伝えたかった
「ごめん……」
すると、貴子は私の背中にそっと腕を回してきてポツリと言ってきた
「貴子……」
私が貴子のその言葉を聞いた直後、私の肩に屋根から落ちていく雨水によって濡れていくのと似た感覚が訪れた
そして、私はそれがすぐに貴子の涙ということは理解できた
「ごめんね……ごめん……由美……
私、あんたの気持ちを考えられなくて……自分だけが辛いと勘違いしてた……
ひどいことを言って……本当にごめんね……!」
「……うんうん……私は……大丈夫だよ……」
貴子は涙を浮かべて顔をくしゃくしゃにして私に謝罪を繰り返した
私はそんな貴子の頭を子どもをあやすように撫でた
それを見て、私は安堵感を覚えると同時に今後のことを考えた
でも……これで私達の『罪』がなくなるわけじゃないよね……
そう、私達は互いのことを考え悲しみを共有することで自分のことを大切にできるようにはなった
だけど、それで自分達を許せるようになったわけではない
結局、私達はお互いに罪を背負って自分のことを苦しめる生き方をしていくことになるのだろう
それでも、今は私は貴子と一緒に家に帰ろうと思い、彼女と少し距離を取って彼女に伝えようとした
「貴子……家に―――」
私が口を開いた瞬間、
―がばっ―
「―――むぐっ……!!」
「……由美!?」
いきなり誰かに口を塞がれてしまい、身体を拘束された
貴子は私の異変に気づくと涙でぐしょぐしょになった顔をこちらに向けたが私に起きていることを理解できずにいた
すると
「へへへ……ラッキー♪可愛い子と二人もヤれるなんて……」
と言う下卑た男の声がして私はこの男に体を抑えられていることに気づいた
そして、貴子はやっと我に返り顔をキッとした怒りの表情を男に向けて
「……!あんた、由美に何してんのよ!!離しなさいよ!!」
私のことを解放するように男のことを罵倒するが
「……!?んぐ……!?んくぅ……!!」
『……!?貴子……!?後ろ……!!』
と目を大きく開いて彼女に向かって叫ぼうとするが
―ガシッ―
「きゃ!?」
塞がれた私の口からはくぐもった声から出せず
貴子は後ろにいつの間にかいた男に捕まってしまった
「へっへへ……この子もレベル高ぇな……」
―サワサワ―
「胸もこの歳にしてはデカいし……」
「嫌!!どこ触ってんのよ!!離しなさいよ!!この変態!!」
「お、すごい力だね〜」
「すごい、すごい〜」
貴子を捕まえた男はげせた笑みで貴子の胸を寝巻から揉みしだいた
貴子はそれに対して、顔を真っ赤にして抗議して暴れるがその抵抗は無意味と言っても変わらず
彼女の足掻きを男達は嘲笑った
「おい、とっと車に運べ!……『お楽しみ』は後だ」
「OK〜♪」
男達の仲間が1人増えて、その男達は仲間に向かって私達を車に乗せるように指示した
男達はそれに従い、私達のことを車に連行しようとした
そして、私の頭にあることが浮かんだ
もしかして……最近、この町でうろついている性質の悪い不良て……!?
それは最近、この町で噂になっている連中のことだ
そして、男達の言う『お楽しみ』とはまだそう言った『経験』をしたことがない私でも予想がついた
「ん〜!!ん〜!?」
「うおっ!?いきなり、こいつ暴れ出した!?」
私はその言葉の意味を知るとこれから私と貴子に起きるであろう出来事へ恐怖に駆られてジタバタと暴れた
しかし、どうにもならず、むしろそれが男達を煽ってしまい
「ちっ……!早く乗せろ!!」
男達は無理矢理力ずくで車の近くまで私達を連れて行った
「いや!!離して!!誰か助けてえええええええええええええええええ!!」
―バタン!!―
貴子も私と同じく自分に訪れるであろうことを感じて誰かに助けを求めようするが
すでに私達は車に乗せられ、車のドアは閉められ、それは意味をなさず
私達は男達によって車のシートに押さえつけられて男達にどこかに連れ去られた
「た、大変です……!!」
私は先ほど、相談に乗った少女の名前を聞いて気になり
彼女、由美さんのことを失礼ながら普段私が友人であるダークエンジェルのステラが使っている水晶で彼女の様子を見させていただきました
彼女はどうやら、私との会話で探し人である友人がいそうな場所を考えることができたようでとある公園に向かったようです
彼女が公園に向かった際に私はふとあることを思い出して物思いに耽りました
公園か……あの人との思い出を思い出してしまいますね……
それは私の15年の人生で両親が亡くなってから辛かった時期に私のことを救ってくれた大切な男性とのたった三年間の幸せだった時間です
て……今はそれどころじゃありませんね……
私は由美さん達の現状を思い出して我に返り彼女達の救出する方法を考えました
こんな時に限って……ステラがいないなんて……
彼女達を連れ去った男達は車を使っています
私は基本的に人間離れしている身体能力を持つ魔物娘でありますが
私の種族は移動能力は人間より少し速い程度の能力しかないダークプリーストです
ダークプリーストには翼があり、空を飛ぶことができますが今の時間帯では人目につく可能性が高く飛行しながらの追跡は不可能です
人に見られてはいけない理由は私達魔物娘は明らかにこの世界では『異端』だからです
仮に一般人に見られでもしたらこの世界に余計な混乱を生む可能性があります
この世界に魔物娘が来たのは9年前に魔王様御夫妻の娘であるリリムのアミさんことアミチエ様が人間と魔物との争いがない世界で『理想郷』を築こうとしたのがきっかけです
アミさんとステラのいた世界では人間の『主神教団』がもはや、人間の敵ではない魔物娘を『人間の敵』にしたてあげ争いを止めようとしていないらしいです
理由は簡単です。一つは主神教団が信奉する『主神』の存在です
ですが、これについてはいつか魔王様御夫妻がなんとかするので問題がありません
問題はもう一つの理由の主神教団の上層部の人間なのです
彼らが我々を敵に仕立てるのはもはや、魔物達が人間を愛するようになった時代において
主神教団やそれに属する騎士団は不要の存在だからです
そう、彼らは自分たちの地位と権力を維持するために仮想敵として私達を敵視するのです
それに私達と戦争するための軍資金として、国民から税金を搾り取れますからね
しかも、これはこちらの世界の人間にも言えることなのです
下手をするとこちらの世界の人間達も私達のことを敵に仕立て上げる可能性もないのです
いえ、もしかすると……アミさん達の世界の封建社会よりも……
民主主義の国が多いこちらの方が危ないかもしれませんね……
民主主義の欠点は下手をすると国の政治の仕方が人気取りになる可能性があることです
そして、大衆は基本的に声が大きい『革命』や『改革』などと言った華々とした言葉が好きです
つまり、情報規制をして私達魔物娘を『人類の敵』とすれば簡単に支持率を集められます
それに言ってはどうかと思いますが人間は基本的に『いじめ』が好きです
これは元々『いじめられっ子』だった私の経験談です
人間は弱い者をいたぶることでそこに優越感と自らの地位が安定していることへの安堵感を覚えます
そこに政府からの『大義名分』が加わればさらに凄惨なものになるでしょう
それは惨劇が生まれるのこの世界の歴史が証明しています
だからこそ、私達は争いを生まないために姿を見せるわけにはいかないのです
また、アミさんの話によりますとこの世界とよく似た世界が存在するらしく
そこはどうやらこの世界と全く同じ文明や国家、歴史が存在する世界らしいです
いわゆる『パラレルワールド』と言うものでしょう
しかし、その世界ではいきなり魔物娘が現れたことで世界中で混乱が起きてしまい、
日本以外の国家は反魔物国家になってしまったようです
こう言った前例があるためにアミさんはかなり慎重になっているらしいです
別に私達魔物娘ならばそう言った反魔物国家をすぐに魔界化することはできるのですが
魔物娘にとって、危惧していることが起きるのを防ぐ必要があるのです
この世界じゃ……絶対に『レスカティエ』や『人造勇者計画』のような悲劇は生ませるわけには……
私はダークプリーストになったばかりの12歳の頃にアミさんに彼女自身のお話と彼女の尊敬する2人の『姉』の話を聞きました
そして、彼女から聞かされたのは『レスカティエ』と言う教団の主要国家であった国の
『勇者』と言う呪いによって自らの人生を犠牲にさせられそうになった1人の女勇者であったサキュバスの過去の話と
『人造勇者計画』と言う人間を人間として見ない傲慢な人間のエゴの話でもありました
その話に出てきたあらゆる犠牲者達のことを聞いて私はどうしようもない憤りを感じました
そして、同時にアミさんの腹部に残る痛々しい傷跡を見せられ、彼女の『決意』を聞かせてもらい、私は彼女に協力することを誓い、彼女と『契約』を結びました
『絶対にこの世界では人間と魔物娘の争いは生ませない』
彼女達の計画は秘密裏に着々と進行しています
しかし、世界の無用な混乱をもたらす可能性があるために
まだ魔物娘の存在は隠す必要があります
だから、私は目立った動きができないのです
ステラの魔法があれば……!
ステラは転送魔法、いえ、あらゆる魔法の天才です
特に転送魔法に優れており、あらゆる空間に物体を移動させることができます
彼女がいれば、すぐにでも由美さん達のことを助けられます
だけど、ステラは今、行方不明の『弟分』を探しに『妹分』のデュラハンと一緒に定期的に探しに行ってる時期なので不在です
水晶玉で車の到着時点を確認してからじゃ……遅すぎます!
確実にあの男達は由美さん達のことを犯すつもりです
女性にとって『初めて』はとても大切なものです
たとえ、彼女達が処女じゃなくても強引に犯されるのはある意味『死』よりも辛いものになるはずです
あの車が目的の場所に着いてから駆けつけては彼女達の身体と精神に癒えようのない傷が入るのは避けられません
せめて……場所さえわかれば……
私にはもう一つの考えがあります
それは転送魔法がなくても目的地さえわかれば飛行時間を少なくして先回りをすることです
そうすれば、人に見られることなく彼女達を助けに迎えます
しかし、その場所を予測するには情報が少なすぎます
だけど……あの娘の……大切な友達なんです……なんとしても……!
私が彼女達を助けようと必死になっているのは正義感などではありません
それには大きな理由があります
私が彼女たちを救う手段を考えていると
「……マリ……ちゃん……?」
突然、私のことを呼ぶ声が後ろから聞こえてきました
そして、私は振り返りました
「おら、とっと降りろ!」
「きゃ!」
車が停まると男達は私と由美に車から降りるように命令しながら乱暴に引き寄せた
ここはどこなの……?
私は車から降ろされると逃げるための方法を探すために辺りを見渡した
しかし、辺りは既に日が沈みかけているのか暗くなっており視界が悪く、確認できるのは草木が生い茂っていることぐらいだ
つまり、ここはどこかの山奥らしい
―グイ―
「おい!とっとと来な」
「イタっ……!?ちょっと、離してよ!!」
男の1人が私の腕を掴んで強引に引っ張り、私の腕に痛みが走り、私は腕を振りほどこうと振った
しかし、部活動で鍛えているとはいえ、女子中学生の腕力ではその抵抗は無意味に等しく、男達はそんな私の無力さを嘲笑った
「いいね〜、もっと暴れてくれよ〜?」
「暴れる姿も可愛いね〜?」
「おいおい、こっちの子なんて震えまくってるぞ〜」
「へへ……可愛いな〜」
「ひっ……!?」
……由美!?
私は男達の下世話な会話を聞いて心配になり由美の方に顔を向けた
そして、私の視線の先には目をオドオドと泳がせ、びくびくと体を震わせて自分の身にこれから起きることに恐怖している由美が映った
……あんなに身体を震わせて……
本当は私も恐い
だけど、由美の方が恐い筈だ
春菜程ではないが私達三人組の中では由美は私の後ろによくいる娘だ
私と春菜が仲違いするまでは由美はムードメーカー的な存在ではあるが
気が強かったり、胆が据わっている訳ではないのだ
まあ、私が気が強すぎるだけなのかもしれないのだが
「まあまあ……じゃ、そろそろ『お楽しみ』の場所に行こうか?」
―ビク!―
私と由美は男の1人の下卑た欲望の混じった笑みと言葉を聞いて、さらなる恐怖に身体が包まれた
「い……嫌……」
「ん?どうしたのかな?」
由美がガクガクと震えた唇とそこから発せられる声で呟くと男の1人が愉悦に満ちた表情で由美の顔を覗いた
由美の顔は恐怖に包まれ、目には涙を浮かべて由美は今にも泣き出しそうだ
「うわ〜、怖がっている顔も可愛いわ」
「俺、こっちの子にしようか?」
「ひっ!?嫌!?」
男達は由美の怖がる表情を見て、嗜虐的な笑みを浮かべて彼女をさらに怯えさせようとして彼女へと群がった
「由美ぃ!」
私は由美の名前を咄嗟に叫んだ
「へえ〜、由美ちゃんて言うのか、この子」
「と言うか、そっちの子も可愛いな」
「確かに強がっているところなんて本当にいいな〜」
「くっ……!とっとと由美を離しなさいよ!!」
私は恐怖をひたすらに隠して口調を強めにして由美を離すように言うが、男達はそれを再び嘲笑った
そして、私の心の中でこの男達に敵わないことへの屈辱と恐怖が生じた
「さてと、着いたぜ」
「へへへ……言っておくけど、ここは俺達の仲間の所有物だから見回りの人間なんか来ねえぜ?」
男達に歩かされて着いた場所は古いペンションのようだった
どうやら、男達の仲間の所有物らしい
―キイ―
男の1人が扉を押すと扉が軋むような鈍い音を出して開いた
男達は私と由美を後ろから押して、ペンションに入らせた
「ちょっと、音がやばくねえか?」
「古いやつを買い取ったからな」
「まあ、こう言うことぐらいにしか使わねえから別によくね?」
「あはは、違いねえな」
そして、絨毯が敷いてある所まで私を連れていくと
「おらよ!」
―ドッ!―
「きゃあ!?」
―ドサ!―
男の1人が私のことを突き飛ばし私は絨毯の上に倒された
幸いにも絨毯のお陰が怪我はすることはなかった
「痛っ……」
「貴子……!」
私が痛みを感じていると由美が私の名前を心配して叫んだ
「へえ〜、この子貴子て名前なんだ?」
「これから仲よく楽しもうぜ〜?貴子ちゃん?」
「由美ちゃんも心配しなくても可愛がってやるよ」
「ひっ……!?嫌!!離して!!いやあああああぁぁぁぁああああ!?」
「由美!!」
男達は由美の腕を引っ張り、リビングにあるソファーまで彼女を連れ行こうとした
私は由美の今までに聞いたことのない悲痛な叫び声に咄嗟に身体を起こそうとするが
―グッ―
「おっと、貴子ちゃんはここで楽しもうぜ?」
「ちっ……!離しなさいよ!!由美ぃぃいいいぃぃぃ!!」
男達は数人がかりで私を床に押さえつけて私は立ち上がることができなかった
私は自分の無力さを呪いながら由美の名前を叫んだ
「おぉ、こわ」
「ほらほら、がんばらないとお友達が大変なことになっちゃうよ〜」
―ビリビリ―
「いやあああああああああぁぁぁあぁぁあああぁああぁぁああ!!!」
「由美いいいいぃいぃぃいぃいいいぃいぃいいぃいいいいぃぃ!!!」
私が由美の方へと顔を向けると
由美はソファーの上に押し倒され、腕を男の1人に頭の上で押さえられ
そして、上着を真ん中から引き裂かれ下着を晒されていた
私は由美の参上を目の辺りにして彼女を助けるために身体を必死にくねらせて男達の腕から逃れようとした
しかし、身体を押し倒され数人がかりで体格差もあり、抜け出すことは叶わなかった
―ポタ―
―ポタ―
―ポタ―
「いや……こんなの嫌ああああぁぁあぁああぁぁあぁあぁあああああ!!!」
私は涙を流しながら今、起きている現実を心の底から否定しようと自分に言い聞かせるように叫びをあげた
しかし、そんな私のことを『絶望』と言う現実は襲い続けた
どうしてなの……!?どうして……私の大切な人ばかりがこんな目に遭うのよ……!!?
私は自分が犯されると言う未来が間近に迫りながらも目の前で親友が犯されることの方が
辛くて、苦しくて、悲しかった
「あははははは、いいね〜、2人ともいい声出すね〜」
「女を犯すのはこれだからやめられねえよ」
「なあ?いいこと考えたんだけど……ちょっといいか?」
「ん?どうした?」
男達が私と由美が嘆き叫ぶ姿を見て愉悦に感じ下劣な本性も恥もせずに見せびらかしていた
すると、男の1人が仲間に何かを提案しようとした
そして、その男は私と由美をニヤニヤと下卑た目で見比べて言った
「こいつらのうち、1人は手を出さないようにしてやろうぜ?」
「「なっ……!?」」
男の提案は最悪なものだった
つまり、1人を犠牲にしてもう片方はそれを指を咥えて苦しませようとしているのだ
……ごめん、由美……私……
男の言葉を聞いた私と由美は互いの顔を見合わせた
由美は完全に怯えきった目をしながらも首を横に振っていた
どうやら、私の心意を察していたようだ
由美………あんた、そんなに震えてるのに無理しちゃだめだよ……
ありがとう……
私は心の中で親友の自分に対する優しさに感謝して、意を決した
「私が……あんた達の相手をするから……由美には手を出さないで……」
「貴子!?」
「お、即決かよ?」
私は自分の身体を差し出すことを口に出した
迷うことなどない
私は一度、友達を見殺しにしてしまったのだ
だけど、これはその『償い』ではない
私は二度とあんな苦しみを味わいたくない
由美が私のことを止めようと声をあげるが、私の決意は変わらない
それに由美に私の代わりに犠牲になる勇気はないはずだ
だけど、私はそれに恨むつもりなんてない
人間、誰しも怖いものは怖いのだから
それにこのままどっちかが身を差し出さないとこの連中は両方とも犯すだろう
だったら、どっちか1人が助かるのなら、片方が犠牲になるしかないのだ
「貴子ちゃん、友達想いだね〜?」
「まったく、よかったね〜由美ちゃん?」
「くっ……!とっと、しなさいよ!!」
「へいへい、お前ら手足押さえとけよ?」
「いや!!貴子、やめてよ!!お願いだからこんなのやめてよ!!」
「へっへへ……由美ちゃんも見てろよ?」
男達は私の行動を茶化して、由美の罪悪感をわざと刺激し、私が逃げられないようにして由美が拘束されているソファーの前で手足を押さえた
由美はこれから見せられる私に対する凌辱を嫌でも目にいれなくてはならないのだ
どこまで悪趣味なのよ!?この連中!!
私は心の中でこの連中のどこまでも腐っている性根に憤りを覚えながらも下手にこの連中を刺激して由美に手を出せないように我慢した
「じゃあ〜、ショータイム♪」
―ブチブチ―
「ひっ……!?」
男の1人が私のパジャマに手を伸ばすと力を込めて乱暴に引き裂き、私のパジャマのボタンは散らばってどこかへと飛んで行った
そして、露わになった私の素肌に男達は釘つけになりジロジロと視線を向けてきた
私はその際に恐怖のあまり素っ頓狂な声をあげてしまった
「やっぱり、でかいな」
「うひょ、たまらねえ〜」
「見ろよ、さっきまであんなに強がってたのに涙目になってるぜ?」
「泣きそうな顔も可愛いぜ」
「あぁ……」
こわい……誰か……助けて……
「もうやめて!!こんなの見たくない……!!」
私は改めて、犯されることへの恐怖を実感した
今までは由美を守りたい一心と春菜へのトラウマからひたすら恐怖を抑えつけていたが
服を裂かれ、手足を押さえつけられ、素肌を曝され、男からの獣欲に満ちた視線を向けられたことで犯されることへの恐怖が現実味を帯びてきたのだ
私は目に涙を浮かべて身体を震わせ、誰かに助けを求めたかった
だけど、同時に心の中で『諦め』を感じていた
もう、どうにもならないよね……?
でも、いいのよ……『因果応報』て言うけど……皮肉ね……
私は『あの日』のことを思い出して自嘲した
春菜を助けなかった私が助けを求めるなんて虫がいいわね……
恐らく、春菜が今の私を見たら由美と同じかそれ以上に悲しんで苦しむことになるだろう
春菜はそう言う娘だ
だけど、私はそう考えるとあの娘が私のことを憎んだり、恨んで死んでくれたなら幸せだと思った
仮にあの娘が幽霊になって私のことを見ているのなたあの娘が二度と傷つくようなことはあって欲しくない
私が自分に降り注いでる現実を無理矢理納得しようしていると男達は再び私のことを見てニヤケながら下世話な話をしだした
「いや〜、こんだけ楽しいのは6月以来だな」
「あ〜、確かに」
「あの時の女は処女だったよな?」
「こいつも処女ならいいよな〜」
「どうだろうな?最近のガキは結構、早いらしいし」
こいつら……女にとっての『初めて』をなんだと思ってんのよ……!!
女を連れ去って犯そうとする連中にそんな良心を期待する方がおかしいと思うがそれでも私は憤りを隠すことができなかった
だが、次の言葉に私はそんな憤りすらも忘れてしまった
「本当だよな〜、それにあの春菜て女の時みたいに泣き叫ぶとマジいいよな」
突然、私と由美にとって馴染みのある名前が出てきた
「「え……?」」
春菜……?え……?何を言ってるの……こいつ?
私は男の言葉の意味がわからなかった
しかし、私は春菜と言う名前が突然出てきたことは理解できた
私と由美はただ茫然とするしかなかった
そして、男達は私達にとって、聞きたくもない真実を語り出した
「あの女、俺らに服を脱がされるとすごく泣きまくってたな」
「あまりにも暴れるからぶん殴って大人しくなった時の表情もよかったよな〜」
「いやいや、一番良かったのは処女を奪ったときだって!」
「俺は中出しした時だと思うぜ」
「う〜ん、俺は1人目が終わった後に2人目が挿入れた時もよかったな」
「おいおい、貴子ちゃんにネタバレすんなよ〜」
「しっかし、最近電話に出ねえけど……どうしたんだ?」
私は男達の会話をただ聞くことしかできなかった
と言うよりは、それらのことを真実だと認めたくなかった
だが、心の中で整理がつく前に私は
「殺してやる……」
「……あ?」
「殺してやる!!殺してやる!!殺してやる!!殺してやる!!
あんた達のことを絶対に殺してやるうぅうぅぅぅううううぅうぅぅぅぅううううううぅぅう!!」
「うおっ!?こいつ、いきなり暴れやがった!?」
「ちっ!ちゃんと押さえとけよ」
私は怒りに身を任せて身体をジタバタと暴れさせて頭を振り乱して
呪いを込めるように男達に向かって可能な限り大きな声で叫んだ
こいつら……!!こいつらのせいで春菜はあああぁあぁぁぁぁああああぁぁああぁあ!!!
春菜が自殺したのはいじめだけではなかったのだ
春菜は私の目の前の男どもに凌辱され続け
学校では女子グループによるいじめ
私達と相談することができない孤独感に散々苦しめられ絶望してしまったのだ
そして、その苦しみから逃れる道は『死』しかなかったのだ
私はこいつらのことが殺したいほど憎くてしかなかった
なぜなら、こいつらさえいえなければ
こいつらさえいなければ!!こいつらさえいなければあぁあぁぁぁぁぁああああああああ!!
春菜は……春菜はあぁぁぁああぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁあぁああああ!!!
この連中さえいなければ春菜は自殺しなかったかもしれないのだ
こいつらがいなければ春菜と関係を取り戻すこともできたかもしれない
こいつらがいなければまた私と由美と春菜の三人組で笑い合うこともできたかもしれない
私の頭の中で失われた多くの未来と春菜の笑顔が溢れるように思い浮かび続けた
「死ね!!死ね!!死ね!!あの娘の代わりにあんた達が死ねばよかったんだ!!!」
「うぅ……春菜……春菜ぁ……!!」
私は憎しみと悲しみと苦しみがごっちゃ混ぜになった感情を込めた怨嗟の言葉を吐き続けた
由美は春菜に身に起きた余りに酷過ぎることに耐えられず涙を流し続けていた
すると、男の1人が私の態度に苛ついたらしく眉間に皺を寄せて右拳を振り上げて
「てめぇ……!!うるせえんだよ!!」
「……!?」
そして、その拳を私の顔に向けて思いきり振り下ろそうとした
私はそれを見た瞬間、痛みが来るのを覚悟した
だが
―ジャラララララララララララララ―
その痛みが訪れることはなかった
「な、なんだよ……?この鎖は?」
私を殴ろうとした男は自分の右腕に生じた違和感を確認すると右腕に鎖が巻き付いていることを目にし混乱した
いや、男だけではない
私を含めたここにいる全ての人間も突然、起きたことに困惑している
「女性に手をあげるなんて……感心しませんね?」
すると、ペンションの入り口の方から女性の声が聞こえてきた
「だ、誰だ!?」
男の1人が驚きを隠せず入り口の方に向かって怒鳴りながら振り向いた
そして、男達の壁の間から見えたのは1人の女性だった
シスター……?
その女性はマンガやアニメなどで見たシスターのような服装をしていた
しかし、彼女の身なりは世間一般で知られる通常のシスターの服装ではなかった
彼女の服は胸元が十字架をあしらったかのように開いており
脚部には彼女の美脚を晒すかのようにスリットが入っているなど全体的に煽情的なデザインだ
また、彼女の身なりとして最も注目してしまったのは彼女の腰だった
なぜなら、彼女の腰には人間ではありえないものが存在していたのだ
あれて……尻尾……?
私は自分の目を疑うようにしながらも彼女の腰から生えていると思われる鎖が巻かれている黒くて太長い尻尾のようなものをマジマジと見つめてしまった
と言うより、ここにいる全ての人間が口をポカンと開けて唖然としている
こ、コスプレよね……?あれ……?
私が困惑していると
「し、進藤さん……?」
由美が私の知らない人間の名前を目の前の女性に向かって呼びかけた
「あ、由美さんご無事……とは、言えませんね……これは……」
すると女性は穏やかな声で応えるが
由美の服装を見ると少し苦しげな顔でそう言った
どうやら、由美の知り合いらしい
「ごめんなさい……もう少し、早くにあなた達を助けに来たかったんですけど……ここの場所がわからなくて……」
彼女は申し訳なさそうに深々と謝ってきた
「え、助けに……?」
私はその一言に驚いてしまった
彼女は私達の現状をどのような手段か知らないが把握して助けに来てくれたようだ
しかし、私はとても言い辛いのだが助かった気がしない
そして、彼女の発言を聞いていたのは私と由美だけではなかった
―ぎゃははははははははははははははははははははははは!!―
男達の下品な馬鹿笑いが響いた
無理もない目の前にいる女性は私達と同じくらいの年齢と体格で四肢は長細くて美しくはあるがとても腕力があるとは思えない
また、彼女の身体つきはとても肉感的であり、顔も恐らく十人中十人が美人と言っても差し違えのないほど整っている
男達は自分の縄張りに餌がのこのことやって来たと思いご機嫌になっていた
「ねえ君?そんな格好しているてことは俺達のことを誘ってんの?」
「て言うか、エロい身体してんね〜?」
「俺達と一緒に楽しもうぜ〜」
男達は顔をニヤニヤさせつつ、鼻息を荒くして、目を怒らせて彼女にその獣欲を向けた
それに対して、彼女は動ずることもなく目を閉じて愛嬌のある笑顔で
「う〜ん、とても魅力的な相談ですけど……私には既に心に決めた男性がいますので
お断りさせて頂きます」
キッパリと彼女は断った
だが、そんなことは目の前の獣達には無意味に等しい
ここにいる連中は相手の意思などをお構いなしに自分の欲望のままに生きる最低の人間なのだ
「へへへ……いいじゃねえか……
と言うか、この鎖を巻いたの君だろ?どうにかしてくれね?」
先ほど、私のことを殴ろうとした男が女性に向かって下心を丸出しにしてそう言った
しかし、私はここであることを思い出した
あの鎖はどこから……?
それは男の腕を拘束している鎖のことだった
どこからあの鎖は伸びているのかを目で見て私は信じられないことに気づいた
鎖が……宙に……浮いている……!?
そう、あの鎖は彼女のいる所から伸びているのだ
しかし、あの鎖は『何もない空中』からその姿を現しているのだ
「俺さ、寝取りてやってみたかったんだよな〜」
「うわ、悪い奴だな〜、お前」
「なあ、君の彼氏より俺達の方が気持ちよくさせてやるから……なあ?」
恐らく、由美と男達が気づいていない衝撃の事実に私が驚いていると
男達はその事実に気づくことも気にすることもなく女性に対して、最低な下世話な話を持ちかけた
「……はあ〜……だから、言っておきますけど……」
すると、彼女はしばらく間を置いてため息を吐いて困ったようになった直後
「―チェントロ!!―」
―ジャラララララララララララララララ!!―
―グイッ!―
「えっ?」
彼女が突然、強めの口調で何かの言葉を発すると
それと同時に私を殴ろうとした男の腕に絡まっていた鎖が彼女の方へと勢いよく引き寄せられた
そして、それはその鎖に絡まっている男も同じで男も彼女の近くへ移動した
―ガチャガチャ―
「いっ……!?」
―ドサッ!―
「グヘっ……!?」
「答えは……『NO』です」
突如、男の腕に絡まっていた鎖が解けて自分を引き止める者を失った男は引き寄せられた力による慣性により宙に放り投げられた
その後、男は地面に叩きつけられ気絶した
そして、女性はニッコリとした笑顔で男達に対して、変わらぬ穏やかな口調であったが隠しきれぬ静かな敵意を表した
男達は今、自分たちの仲間に起きた非現実な出来事にすぐに理解できず唖然としていたが
「てめぇ……!!やるってのか!?」
男の1人が我に返り彼女に対して怒鳴った
だが、男の脚は見るからに震えており、
顔には冷や汗を浮かべており、
明らかに虚勢を張っていることはすぐに理解できたが
「やるか、おら!!」
「後悔させてやんぞ!!」
「ぶっ殺すぞ!!」
他の連中もそれに便乗するして彼女に対して次々と乱暴な言葉を使って威嚇しだした
その様子はまるで動物園の猿のようだった
恐らく、数で勝っていることに仮初めの安心感を抱いているのだろう
人間は集団でいると色々なことに安心感を覚えるものだ
それがスポーツにおけるチームプレイや政府に対するデモ活動、そして、犯罪行為でもあってもだ
いわゆる集団心理と言うものだ
何よりもこの連中は普段、自分達が嬲り者として下に見ている女に自分達が恐怖していることを認めたくないのだろう
だが、男達はこの後、そんなくだらない自尊心や虚栄心を守ろうとしたことに後悔を抱くことになる
「あら?そんなに怒るとは……でも、一つよろしいですか?」
女性は明らかに体格でも数でも上の敵意剥き出しの獣達に対して物怖じもせずに涼しげにしていたが
「―ソプラ―」
―ジャララララララララララララララララ―
「うおっ!?」
彼女のその一声により鎖が男達の方へと弾丸のような勢いで近づき男の1人を集団から分断し孤立させて
「―デストラ!―」
―ガチャン!―
「へぶっ!?」
先ほど孤立させた男を左に薙ぎ飛ばした
「私はそこのお二人のこと以外の理由で……」
女性は笑顔のままニッコリとして閉じていた両の瞳を開けて男達をへとそれを向けた
しかし、その眼は
「『個人的』に……あなた方に怒りを抱いていることが二つほどあるんですよ」
獰猛な肉食獣が獲物を狩る際のような迫力を込めた赤い光を輝かせていた
―ゾクリ―
私は生まれて初めて『笑顔』と言うものに恐怖を抱いた
それは本能からくる恐怖だった
そして、私は気づいた
この男達は今まで弱い人間を嬲っていたことで驕り高ぶり自分達が強者だと勘違いしてしまって
目の前の本当の強者挑むことに対する恐ろしさや愚かさに気づけなかったのだ
彼女はそんな男達に潜在的な恐怖を思い出させたのだ
「て、てめえら……ビビってんじゃねえ!!」
男の1人が声を震わせながらも仲間に対して、怒鳴ることで自分と仲間の恐怖を拭い去ろうとするが
「で、でもよ〜……」
男の仲間はタジタジと億劫になっていた
さすがの愚鈍な男にも目の前の女性の圧倒的な力の差を理解し
自分の仲間に降りかかった『未知』への恐怖に囚われているのだ
「いいから!!とにかく、あの女をぶちのめすぞ!!」
男は必死な形相で仲間を捲くし立てた
恐らく、そうすることで自らに憑りついている恐怖を無くそうとしているのだ
すると、何人かは
「そ、そうだせ!!は、早くあの女を殺すぞ……!!」
「そうだ!そうだ!」
自分達も一刻も早く『悪夢』から解放されたいがために同調し始めた
「わ、わかったよ……」
残りの男達も嫌々ながらもそれに合わせた
そして、男達は一斉に彼女の方へと殺意と恐怖に満ちた目を向けて
「うあああああああああああああああああああ!!」
彼女を倒すために襲いかかった
だが、彼女はそれに怯むこともなく
「―シニストラ―」
―ジャラララララララララララララララララ―
口を開き一言だけ発し、鎖は左から右へと160°近く扇状にバットのようにスイングし
―ガチャ!ガチャ!―
「うげっ!?」
「ぎゃ!?」
―ガシャーン!!―
「ひっ!?」
その勢いのままに男の何人かが右へと薙ぎ飛ばし
男の1人は窓を割って外へと飛ばされた
その光景を目の前にした先ほどの攻撃を運良く避けることのできた男の1人は臆病風に吹かれて立ち止まろうとするが
「馬鹿野郎!!とっと進め!!」
「うっ……うわああああああああああああああ!!」
仲間に捲くし立てられ、退くこともできず泣きながら向かって再び走り出した
だが、そんな哀れな男に対しても彼女は無情にも
「―デストラ―」
―ジャラジャラララララララララララ―
―ガチャリ!!―
「ひっ!?」
鎖を彼女から見て右に垂直に移動させて、哀れな男の身体を拘束すると
「―ソット―」
―ジャラララララララララララララララララララララララララララ―
「ぎぃ!?」
自分の背後まで運び
男は余りの速度の加速度に耐えられず悲鳴にもならない奇声をあげた
だが、男の悲劇はまだ続いた
「―ソプラ―!」
―ジャラララララララララララ―
鎖は今度は彼女の前方へと戻り
―ガチャ―
―ドガ!―
「げふっ!?」
「ぐへっ!?」
そのまま捕らえていた男を投げ出し他の走っていた男にぶつけた
「……まだ……続けますか?」
「ぐっ!?」
「ひっ!?」
「あわわわ……」
彼女の圧倒的な『蹂躙』を目の当たりにした男達は勝つことができないことを理解したのか立ち止まった
彼女も余裕を崩さず目に威圧感を残して男達をさらに追い詰めようとした
しかし、
「おらああああああああああああああああ!!」
「なっ!?」
突然、男の1人が彼女の右方向までに迫っていた
どうやら、男の奇襲攻撃らしい
それを見た彼女は予想外だったらしく驚きのあまり目を大きく開いた
「それだけ、長い武器だと隙がでかいだろ!!」
男は勝ち誇った笑顔でそう言うと彼女は
「ぐっ……!?―チェントロ―!!」
初めて表情に焦りを浮かべて先ほどまでの余裕をなくした
彼女の表情が男の言葉が正解であるかを物語っていた
私が状況を確認すると今、女性の鎖は前に伸びており、女性が鎖を戻したとしても
男の言う通り隙が生まれるのは目に見ても理解できる
そして、そんな男の快挙に男達は
「いいぞ〜!!やっちまえええええええええええええ!!」
「ぶっ殺せええええええええええええええええええ!!」
「後悔させてやれえええええええええええええ!!」
と先ほどまでのような動物園の猿が騒ぐような野次を飛ばした
「逃げて!!」
「進藤さん!!」
私と由美は彼女に対して叫んだ
こいつらは自分達が優位になるとすぐに相手を嬲ろうとする人間だ
仮にもし、彼女が敗けてしまったら、散々痛めつけた相手に連中が何をするか私達は想像するだけで恐ろしかった
「しまっ―――!?」
―ズサ―
彼女は後退りをして少しでも間合いを作って鎖を呼び戻す時間を作ろうとしたが明らかに間に合うはずがなかった
それにあの鎖は彼女が先ほどから発している五種類の言葉を発しないと動かせないらしく男を迎撃するためにそれを発する刹那もないのだ
それを見越してか男は完全に勝利を確信している
その時、男達は勝利への歓喜と彼女への獣欲、私と由美は彼女の敗北への絶望を感じていた
「はは……ざまぁ見ろ!!」
男の手が彼女の身体へと触れようとした
「―――な〜んて?」
だが
―ジャラララララララララララララ―
「……えっ?」
―ガコン!!―
「ぐふっ……!!?」
女性は突如、先ほどまで浮かべていた焦りの表情を再びニッコリとした強者の余裕のある笑顔に変えた
そして、どこからともかく鎖が動く音が聞こえてきて
彼女を追い詰めた男の戸惑いの声の次に金属音が鳴り響き
男は彼女の横に弾き飛ばされ気絶した
「………………」
しばらくの間、辺りに沈黙が漂った
すると、彼女は口を開き
「あ、言っておきますけど……
私の鎖は……一本じゃありませんよ?」
明るく無邪気な声で男達にとって死刑宣告に等しい言葉を告げた
「鎖の操作に関しても……別に『術名』を口に出さなくていいんですけどね?
まあ、こう言うのはノリが大切じゃないですか?」
彼女は続けて、愉快そうな声で自分が先ほどまで『手を抜いていた』と言う残酷な現実を男達に叩きつけた
「じゃあ……少し……『本気』を出しますね?」
そして、とても慈愛の込められた優しさに溢れて見える微笑みを浮かべて宣言した
彼女の宣言の後に彼女の背後の空間からおびただしいまるで蛇の大群のように大小異なる無数の鎖が何もない空間から現れ
ただの思い上がった不良である男達に絶対的な力の差と言う 『絶望』を魅せた
「あぁ……」
「ひ、ひいい!?」
「あががががが!?」
男達はあまりの絶望に顔から完全に色を失くし、後退りを始め、中には失禁している者までいた
彼らはようやく気づいたのだ
目の前の彼女に勝つことのできない現実に
そして、彼らの様子を見ても彼女は顔色一つ変えず笑顔で
「いきなさい」
―ジャラララララララララララララララララララ―
―ガララララララララララララララララララララ―
―ガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャ―
―ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ―
「ひ、ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」
「「………………」」
全ての鎖が彼女の号令の下に一斉に男達に一つの大蛇の様に襲いかかった
しかし、もはや目の前で見たあれは大蛇と言うよりは人間ではどうすることのできない濁流のようであった
そして、私は男達の中には逃げようとする者、立ち尽くす者、失神する者など異なる反応をする者を目にしたが
結局は鎖の群れから逃げることが叶わず、聞こえてきたのは男達の悲痛な叫びだった
私と由美も一瞬、その鎖の濁流に飲み込まれると思ったが
鎖は私達二人を自然と避けた
どうやら、彼女が何かしたのだろう
それでも、私と由美はその圧倒的な力の前に呆然とするしかなかった
「ふ〜……さてと、由美さん?それと……貴子さんでしたか?大丈夫ですか?」
「「……!?」」
しばらくして、屋内外にいる男達を全員鎖で拘束すると女性は私と由美に近づいてきた
私と由美は一瞬、先ほどまで彼女から感じられていた『恐怖』のせいかその声を聞いただけでビクついてしまって心臓が跳ね上がってしまいそうになるほど驚いてしまった
しかし
「すいません……怖い思いをさせてしまって……」
「え……」
「し、進藤さん?」
突然、彼女は謝罪してきた
今の彼女の瞳は赤い輝きは先ほどまで変わらなかったが
その瞳からは既に先ほどまでの恐ろしさは消失しており
私達を安心させ、私達を気遣う慈愛に溢れていた優しいものであった
私と由美は彼女のその変わりように困惑すると同時に彼女への恐怖は完全に失われた
「だ、大丈夫ですよ……助けてくれただけで感謝しています」
「そうですよ……ありがとうございます……
あの?進藤さん、どうしてここに?」
私と由美は辛そうにしている彼女へと感謝をすると同時に彼女がどうしてここにいるかを尋ねた
「そう言ってくれますと……少し、救われます……
あ、そのことなんですけど……少し、待っててくれませんか?」
彼女、進藤さんは私達の言葉を聞くと少しホッとしたような顔になり
あどけない少女の笑みを浮かべて私達の傍から離れて鎖に拘束している男達の下へと向かった
「ひっ!?」
―ガチャ―
―ガチャ―
男達は彼女が『笑顔』で近づくと一斉に怯えだし身体をよじらせて逃げようとするが
身体を拘束する鎖の呪縛が固く、ただ金属音が鳴り響くだけであった
そんな男達に進藤さんは
「さて、あなた方に質問です……
どうして、私があなた方に『怒っている』か……わかりますか?」
笑顔のまま、落ち着いた声で尋ねた
それは私も疑問に思った
彼女はどうして見ず知らずの私を助けてくれたのだろうか?
由美とは知り合いらしいが、先ほどまでの由美の反応を見るとそこまで彼女とは二人の仲は親しいわけではなさそうだ
正義感、気まぐれ、男達に対する嗜虐心
など私の頭には多くの答えが浮かんだがどれも違う気がした
すると、男達は
「俺達が悪かった!!二度とこんなことしないから助けてくれ!!」
「お願いします!!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
狂ったかのように謝罪の言葉を喚き続けた
「……っ!!」
そんな男達の態度に私は苛立ちを覚えた
「……ふざけんじゃないわよ!!あんた達のせいで春菜は!!!」
私は男達に向かって罵声を浴びせた
こいつらは春菜が『処女』を奪った時に春菜は『やめて』や『助けて』などの言葉を必死に叫び続けた時に止めようとしないどころか
その必死な姿を見て玩弄したのだ
それを今度は自分の番になると身勝手にも相手に助けを懇願しているのだ
私が怒鳴ると由美も続けて泣きそうになりながら
「そうよ!!あんた達のせいで春菜は……春菜は自殺したのよ!?」
男達に向かって春菜が自殺した『事実』を訴えた
すると、男の1人がギョっとした表情になり
「じ、自殺……!?」
初めて自分達の仕出かしたことの罪の重さに気づいたようだった
しかし、それでも男達は
「で、でもよ……俺らそんなこと知らなかったんだよ!!」
「本当に悪かった!!だから、許してくれよ!!なあ?なあ?」
上辺だけの謝罪を行い罰から逃れようとするだけだ
―ギュッ―
私はそれを聞く度にこの男達に『殺意』を抱き拳を固く握りしめた
そして、それは由美も同じだった
由美の表情からは完全に表情がなくなり、目からは完全に光がなくなっていた
どうせ……こいつら、ここから逃げても同じことを繰り返すんだし……
殺してもいいよね……?
―ザッ―
私は男達の首を自分の手で絞めてなるべく苦しめながら殺そうと思い男達に近づいた
そして、由美も私が動くと同時に男達に向かって歩き出した
しかし、そんな私達を止めようとしたのは
「ダメですよ……由美さん、貴子さん?」
男達を先ほどまで自分の怒りで痛めつけ
現在、拘束していた進藤さんだった
そして、彼女が私達の制止を呼びかけた瞬間
―ガチャ!―
―ガチャ!―
「きゃっ!?」
「なっ!?」
先ほどまで私達に絶対に触れることはなかった鎖が私達の身体を拘束した
そして、私達に向かって彼女は何かを諭すように言ってきた
「あなた達の気持ちは理解できます…
私も自分の大切な人間を他人に奪われた人間ですから……」
「え……」
彼女もどうやら、大切な誰かを奪われた存在らしい
だからこそ、私と由美は彼女に止められることだけは理解できない
目の前の彼女は圧倒的な力を持つ存在だ
「だったら……止めないでください!!進藤さん!!」
「そうよ!!私達はこいつらを殺さないと……!!」
そんなことは先ほどの蹂躙で理解できている
敵わないことも理解できている
だけど、私と由美は彼女に対して反抗した
私と由美は春菜を死なせてしまった
だからこそ、その『死』の原因であるこの男達を殺すことで
その罪を背負っていくことこそ、『罰』だと考えたのだ
だから、どんなに食い下がってでもこいつらを殺したかったのだ
だけど、進藤さんは私達に対して
「いい加減にしなさい!!」
「「!?」」
叱るように怒鳴った
私達は先ほどまで余裕ばかりを見せなかった彼女のその表情を見て驚いた
しかし、不思議と私達はこの場で絶対的強者である彼女のその怒りに対して恐怖を抱くことはなかった
なぜならば彼女の表情は母親が子供のヤンチャを叱るような暖かみのある表情であったからだ
そして、彼女の表情は困った表情に変わり
「ごめんなさい……だけど、私はあの娘の友人として……
あなた達の手は絶対に穢させるつもりはありません」
彼女はそう断言した
「あの娘……?」
「進藤さん?」
私達がその言葉の意味を理解できずにいると
少し肩の力を竦めて
私達を安心させるためか再び微笑み出して再び男達の方へと向き直った
しかし、男達に向ける目は先ほどまでの私達に向けていた優しさのこもった眼差しではなく
とても冷たいものであった
「では、先ほどの答え合わせです
実はですね……あなた方が犯した女性の中には
私の友人もいたんですよ?……しかも、その娘はそのせいで自殺してしまったんですよ」
「なっ……!?」
衝撃の真実が明かされた
彼女もまた友人をこの男達によって失ったのだ
彼女は男達に対して明確な怒りも抱いていたのだ
だけど、私はそんな彼女に怒りを覚えてしまった
だったら……どうして、私達のことを止めたのよ!?
もし、彼女の目的が『復讐』ならば私と由美の気持ちも理解できるはずだ
彼女はどうして、私と由美にこの男達を殺させてくれないのかが理解できなかった
すると、彼女は
「それを……あなた達は笑いながら自慢話のように言いました……
あなた達には……『直接』、あの娘に謝ってもらいます」
「ひっ!?」
男達に向かって今まで見ることのなかったゾッとするような表情で
直接死者である彼女の友人である女性に謝ることを強要しようとした
これは遠回しに『あの世で詫びろ』と言ってるとしか思えない
「ひいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃいっぃ!!?」
「助けて助けて助けてえええええええええぇえぇぇぇぇぇええ!!?」
―ガチャ―
―ガチャ―
―ガチャ―
男達はそれを聞いた瞬間鎖で拘束された身体を手足をもがれた蟻のようによじらせ
出荷される前の家畜が自分の運命を悟ったかのような断末魔のような悲鳴をあげて醜態を曝した
「つぅ……!?」
「ひっ……!?」
私も由美も彼女のただならぬその雰囲気から
次に来るのは血飛沫が飛び交う地獄だと思い、目を瞑った
しかし、次に聞こえてきたのは男達の悲痛な断末魔による阿鼻叫喚ではなく
「あの〜、何か勘違いされてますが…
別にあなた達の生命を奪う気はありませんよ?」
「「「……は?」」」
彼女のあどけない声による一言だった
彼女のその言葉のせいでこの場を包んでいた緊迫感は一気に振り払われ
彼女を除く全ての人間が間の抜けた表情になった
しかし、彼女はそんなことを気にせずにマイペースに
「私は別に直接、あの娘に謝ってくれるだけでいいだけですから」
絶対にできない死者への謝罪を男達のさせることだけを伝えた
―ギリ!―
馬鹿じゃないの……死んだ人間は絶対に帰ってこないのよ!!
それに対して、どう謝ればいいのよ!!
私は進藤さんの無神経な言葉に歯を噛み締め苛立ちを覚えてしまった
『死者には二度と出会うことができない』
それは私が嫌と言うほど味わった苦しみであり悲しみであった
本当なら私も死者である春菜に対して、死んで会えるのなら死にたかった
だけど、私は知っている『死後』なんてないことを
だからこそ、私は死ぬことができなかった
生きて苦しむことこそ春菜に対する贖罪だと思ったからだ
だから、彼女の言葉に怒りを覚えてしまったのだ
もし、できるなら……謝らせてよ!!
もう一度、春菜に会わせてよ……!!
私は心の中で必死に自分の願いを叫ぶんだ
すると
―ジャラ―
―ジャラ―
建物の外から何かが鎖を引きずるような音が聞こえてきた
何かの聞き間違いだと一瞬、私は思ったが
―ジャラ―
―ジャラ―
音は先ほどより大きくなりこの建物のすぐ近くまで何かが来ていることがわかった
「な、何……この音……?」
由美が怯えた目で周りを見渡し始めた
いや、由美だけじゃない。進藤さんを除くこの場にいる全員がオドオドと周りを確認している
誰もがかすかにこの不気味な音に恐怖を抱き始めていた
しかし、この恐怖は進藤さんが見せた圧倒的な力に対する恐怖と全く違うものであった
―ジャラ―
―ジャラ―
音が再び近づいた。だが、今度は鎖の音だけではなかった
「あぅ……うぅ……」
鎖の音と共に今度は何かが呻くような声が聞こえてきた
「な、なんだよ……!?」
「あわわわわわ……」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
男達はその声を聞いてさらなる恐怖の深みへと嵌った
この声……
だが、私はその声を聞いて耳を疑った
いや、私だけではない。由美の方を見ると由美も目を大きく開きこの声に何かしらの恐怖とは違う驚きを抱いていたようだった
―ジャラ―
―ジャラ―
―ジャラ―
「あうぅ……あぅう……」
「ひっ……!?」
男の何人かは再び聞こえきた呻き声による恐怖に耐えられず悲鳴をあげた
私と由美は十年間も聞き続けた『あの声』と似ているこの声に耳を傾けて
何も考えることができずにいた
すると、唯一この場で恐怖にも疑念にも囚われていない彼女の声が響いた
「さて……皆さん……」
進藤さんは新たに空間から大量の鎖を出現させ
それを呻き声が聞こえる壁の方向へと向け
「心の準備はよろしいですか?」
とニッコリとした表情で言い
―ジャララララララララララララ―
―ズシ!―
―ガシャン!―
―バリバリ!―
新たに現した鎖を全て壁へとぶつけさせ人1人が入れる壁を瞬時に作り上げた
―ジャラ―
―ジャラ―
―ジャラ―
―ジャラ―
―ジャラ―
「あうぅ……あぐぅ……うぁ……」
すると、その壁の穴から直に鎖を引きずる音と私と由美のが聞きなれた声が
聞こえてきた
「ふふふ……」
不適に笑いながら彼女は自らが抉じ開けた穴の前に立った
「あうぅ……なぅ……」
そして、彼女の背後にももう一つの人影が見えた
その人影は私と由美より少し背が低い少しゆったりとした顔を隠すぐらいの前髪のあるウェーブのかかったミディアムの髪型をした中学三年生の女子のものだった
先ほどから聞こえてきた呻き声は『彼女』から発せられるものだったのだ
「あ、あぁ……!?」
私は由美の方を確認した
しかし、確認したのは私だけでなく由美もまた、私に確認を求めていたのだ
私達は先ほどから聞こえてきた声の持ち主を見た瞬間、驚きと疑い、罪悪感、そして、喜びが入り混じった複雑な涙を流していた
「さて、皆さん……早く、謝ってくださいね」
進藤さんはニッコリと男達に笑みを浮かべてそう告げた
男達は今、目の前で起きている先ほどよりも彼らにとって
恐ろしく、悍ましい非現実的な出来事に恐怖を抱き身体を震わせ、今にも発狂しそうであった
だが、彼女はそんなことを気にもせず、灯りではっきりと見えるようになった後ろの人影に向かって
「ね…………………春菜?」
もう会うことのできないと思った私達の幼馴染の名前をその幼馴染と全く同じ顔をした少し、土気色の肌をした人影に向かって呼びかけた
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!?」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!?」
「うわああああああああああああああああああああああああああああ!!?」
私が鎖による拘束を解いた瞬間、目の前の男の方々は蜘蛛の子を散らすように我先へと悲鳴をあげて森へと逃げて行きました
まあ、先ほどの会話で死んだと思われていた春菜がいきなり『ゾンビ』の姿で現れたら、アンデットに耐性のない現代人なら誰だって怖がると思いますが……
実際、春菜は一度死んでますし……
「あ、そっちに『獲物』が行きましたので後はご自由にお願いしますね?」
私は男達が逃げたのを確認すると水晶玉を取り出し
この辺りで待機している仲間の魔物娘達へと連絡しました
彼らには他の魔物娘の皆さんに事前に打ち合わせした恐怖の一夜を味わってもらうつもりです
まあ、その後は魔物娘の皆さんに矯正してもらって真っ当に生きてもらうつもりですが
本当はあそこまで痛めつけるつもりはありませんでしたが
途中から色々なことが原因で彼らに対して怒りをぶつけたかったので
このぐらいはしても……罰は当たりませんよね?
私がどうしてあの男達にここまで怒ってる理由は二つあります
一つは単純に『女性』としての怒りです
女性にとって『処女』とはとても大切なものであり、神聖なものです
それを彼らは泣き叫ぶ春菜や多くの女性から無理矢理奪ったのですから腹を立てない方がおかしいでしょう
魔物娘の価値観からすれば一見、おかしい気がするかもしれませんがね……
魔物娘は確かに自らの『処女』を捧げる男性を求めて中には自らをレイプした男性を生涯の夫にする者も少なくありません
まあ、その際にその夫が二度とそんな悍ましい罪を犯さないようにしますけどね
ですが……
それは『愛』あってのことです
ただ快楽や性欲だけを満たすセックスをするほど、私達魔物娘は性に狂っていません
私達にとってのセックスとはある意味では人間のものよりも神聖なものなのです
私達は自分が文字通り本当に愛し続けると誓った男性に『処女』を捧げるのです
私も……あの人のことを想っているからこそ……ここまで怒ることができたのでしょうね……
私にもとても大切な男性がいます
事情があって、結ばれることはない人ですけど
たとえ、彼と結ばれずとも彼の『幸福』を願うことができれば私も幸せに感じる本当に大切な男性です
そう言った女性の大切な『想い』を理解できるから
私は彼らを許せなかったのです
それにもう一つの理由も私にとっては重要なことです
それは
何よりも……春菜のことを踏みにじった彼らが許せなかったのでしょうね……
私の友人である春菜のことです
どうやら生前の春菜は
魔物娘と同じくらい恋に一途でとてもいい娘で優しい娘であることが友人として付き合ううちに解かりました
自分で言うのもどうかと思いますが私も人間だった頃から一途だと思います
だから、春菜に自分のことを重ねてしまって
彼らが春菜のことを陵辱したことをあたかも武勇伝の語った時は腸が煮えくり返って仕方ありませんでした
そして、彼女は
私の大切な友達だから……
春菜と私が出会ったのは彼女が搬送されてきた病院でした
あの時は不治の病に侵されていた女性を堕落させていた帰りでした
私が彼女を知ったのは
医師の懸命な手術と彼女の母親の必死な願いがあったにも関わらず
彼女が14年と言う短い生涯を終えて彼女の母親の慟哭が響き渡っていた時に
彼女の母親の
『どうして……自殺なんか……!?』
と言う叫びでした
私はその叫びを聞いた後にとある決意をしてから
春菜の亡骸が運ばれた霊安室へと一目を盗んで忍び込み
彼女に魔力を流し込んで彼女をアンデッドの魔物である『ゾンビ』として生まれ変わらせました
私はただ彼女が自殺したのはこの世界から逃げたいと願ったからだと考え
彼女を人とは違う理を持つ存在である魔物娘なら彼女も幸せになれると思いました
それに私は両親を事故で失くしたことがあります
だから、春菜の両親を哀しませたくなかったのかもしれません
でも、それは春菜にとって『お節介』だったのかもしれません
だけど、それでも私は彼女を救いたかった
『あなたの意思なんか関係ありません……あなたは幸せになるべきです……
たとえ、あなたが彼の幸福を望んでも肝心のあなたが幸福じゃない……
私からすれば……それが許せない……私は独善家ですから……』
私を無理矢理ダークプリーストにした親友のステラと初めて出会った時の状況と彼女の言った言葉が蘇りました
あの時、私は自分にとっての幸福を諦めようとしていました
しかし、そんな時に彼女は私に怒って私をダークプリーストにしたのです
それは偶然にも春菜をゾンビにした私と似ています
彼女は辛い現実から逃げるために『死』へと逃げようとした……
彼女は以前の記憶を持ったまま生まれ変わりましたけど……
それは幸福なのでしょうか?
恐らく、私は春菜に辛い『生』を押しつけてしまったはずです
それは明らかな善意の押しつけです
善意の押しつけは悪意と変わりません
だけど、それでも私は春菜に幸せになって欲しかった
それだけの理由でこの『独善』を彼女に押しつけたのです
ふふふ……ステラ?
私とあなたて……似ていますね?
独善家で
お節介焼きで
他人の不幸を見ぬふりができない
こんなにも親友と似ている所があって、私は不思議とおかしくなり笑ってしまいました
そして、春菜をゾンビにした後に私は連絡していたリリムのアミさんと
アミさんの幼馴染の妖術の天才である八尾の妖狐、霞(しあ)さんの助けで
偽物の春菜の死体を作り、春菜の死を偽装しました
その後、私は春菜を私の住む教会に住まわせてアミさんに定期的に彼女に魔力を注いでもらうことで
彼女と会話ができるくらいまでに肉体と知性を再生させてもらい
彼女と触れ合い、お互いのことを教え合いました
彼女の両親のこと、彼女の学校でのこと、彼女の初恋のこと、彼女の辛かったこと、そして、彼女の大切な幼馴染のことを
いつ間にか、彼女と暮らしているうちに私も彼女の友人になっていました
だからこそ、彼女を死に追いやったあの男達のことが許せなかったのです
これが、私が抱いた怒りの理由です
そして、もう一つ、私にはここにいる理由があります
それは春菜の生前の友人である佐久間貴子さんと及川由美子さんのお二人に春菜を再会させようと思ったのです
理由は私と春菜はアミさんにあることを告げられたからです
『彼女を魔界に連れて行くわ』
なぜなら、この世界ではゾンビは夫を得られるのが難しいからです
実はこの現代社会において、どうしても夫を得るのが難しい魔物娘が二つのグループが存在します
一つはウシオニやワーム、サンドウォームと言った人化の術を基本的に苦手な本能が強い魔物娘の種族など言ったグループです
そして、もう一つのグループはスケルトンや春菜の種族であるゾンビと言った単純思考で
行動が少し遅いアンデッド属です
私達魔物娘はこの世界にとっては完全な異端であり、下手をするとこの世界に無用な混乱を生む可能性があり
目立つことは防がなくてはなりません
特にアンデッド属は傍から見れば死体が動いているようなものであり
仮に春菜のような死者が生前の関係者の前に現れたら大騒ぎどころじゃありません
だから、アミさんは彼女に一時的に魔力と夫を得るチャンスが多いあちら側に連れて行くことにしたのです
その話を聞いて春菜は少し寂しそうにこの世界が名残り惜しそうにしてましたがすぐに了承してくれました
しかし、彼女は同時に
『少し……待って……』
とこの世界における『心残り』のために未だに残っています
春菜はとても死者とは思えないほどの安らかな生気に溢れた顔で
目の前の友人の2人を向き直り
「今まで、ありがとう……貴子……ちゃん……由美……ちゃん……」
少し、言葉を遅くしながら穏やかな声で
目の前の友人である2人に感謝しました
「え……」
「春菜……?」
彼女の『心残り』とは
生前叶うことのなかった大切な友達への感謝でした
彼女は自分を助けることができなかった友人を恨むつもりなど最初からなかったのです
そもそも、あの男達に対しても春菜自身は別に報復を望んでません
私がムカついたからやっただけです
まあ、春菜が自分が犯されたこの場所を教えてくれなければ貴子さんと由美さんを助けられませんでしたけど……
春菜は本当に目の前の2人が大好きなのです
私が教会で聞かされた話は全部、彼女達の話だったのですから
それに彼女は自分の『初恋』でさえも
貴子さんが好きな男性だからと言ってその男性の告白を自分も好きなのに断ったほどです
それほど、彼女にとってはかけがえのない大切な存在なのです
彼女はこの世界を一時的に離れる前に彼女達に今まで思い出をくれたことを
感謝したかったのです
そして、私は春菜が自分のしたかったことを終えたのを見届けると
「……春菜?じゃあ、行きましょう?」
彼女に向かってこの場を去ることを伝えると
彼女はコクリと頷いて私と一緒に歩み出しました
すると
「春菜!!」
貴子さんが大きな声で春菜を呼び止めました
私と春菜はその声を聞いて振り向くと貴子さんは大粒の涙をポタポタと流しながら
「あの時はごめんね……!!
あの時、私が相談に乗ってあげれば……!!」
と謝罪の言葉を叫びました
「私も……!!」
今度は由美さんが声を発しました
そして
「私も……貴子と春菜との仲を取り持つことぐらいはできたのに……
本当にごめんね……!!」
由美さんも貴子さんと同じく涙を目から溢れさせて
叶うことのないと思われた彼女への謝罪を彼女へと伝えることができました
―ポタポタ―
春菜のまだ乾いていた肌を涙が通っていき次々と涙を落ちて行きました
そして、春菜は
「ありがとう……二人とも……私の大切な……友達だよ……だから……」
と屈託のない笑みを浮かべて
「また、会おうね?」
永遠に変わることのない彼女達への友情と
自らの偽りのない『想い』を告げて前へ向き直りました
それを確認すると私は強い決意を秘めた彼女と共にこの悪夢の小屋を跡にしました
私達の後ろから聞こえてきたのは2人の女性のすすり泣く声でした
―ミーンミーン―
あの不思議なことが起きて悪夢が終わりを告げてから11年が経った
今、私は春菜と由美が幼い頃によく遊んでいた公園のベンチに座っている
蝉の鳴き声がうるさく思えると同時に遊具が変わり、少し変わってしまった公園の内装を目にしながらも
今でも、変わっていないこの鳴き声のお陰で懐かしさを感じることができた
あの事件の後、私達は警察に保護され私達を襲った男達は行方不明になり
世間では事件が表沙汰にならかったこともあり町には平穏が戻った
しかし、私と春菜の家庭では大きな変化があった
私の両親は私のことを引き取りに来ると私のことを叱ったうえで
今までのことを謝罪して、私は両親に愛されていたことを実感し、
家を絞めつけていた嫌な空気はなくなった
そして、春菜の家族は誰にも告げずにどこかへと引っ越して行った
私はあの日からある職業に就きたくてその夢を追いかけ続けた
「よっ!佐久間カウンセラー、元気〜?」
今、公園に着いたばかりの由美が夏の陽ざしに負けないぐらい明るい声で私に呼びかけてきた
これが由美の本来の性格だ
お気楽で明るくて、少し馬鹿なところがある
だからこそ、私と春菜は由美と一緒にいれて楽しかった
私は変わらない、いや、元通りになった由美の性格に少し、やれやれと肩を竦めながらも
笑顔で彼女に返事をした
「はあ〜、元気に決まってんでしょう?
と言うか、その呼び方おかしいから……及川先生?」
私は心理カウンセラーになった
理由は春菜の一件があったからだ
私は春菜のような心が弱まってしまった人の支えになりたいと願ってこの職業に就いた
色々な患者が来て毎日が大変だけど、私はこの日常に満足している
由美は中学校の国語の先生になった
理由は私と同じだ
だけど、私達は決して償いのために仕事をしているわけではない
私達は少しでも誰かの未来を奪われることを防いで
誰かの支えになりたかったのだ
ちなみに私も由美も暇なのでこの公園に来ている
「いや〜、世の中てよくわからないことばかりだよね〜?
あの九条君が進藤さんと結婚するなんて?」
「あ〜……私もあれには信じられないわ……うん……」
実は私と由美はこの前、偶然デートをしていた進藤さんと11年ぶりに再会した
私と由美はその相手にギョッと目を開いて驚いてしまった
なぜなら、相手は私が毛嫌いしていたあの九条君だったからだ
しかも、さらに驚かせられたのは2人が結婚していることだった
「全然、キャラが違ったよね……九条君……」
由美がこの世のものではない何かを見たことを語るように苦笑しながら言った
あの時の二人の態度はまさしく、バカップルの名称が似合うほどの熱々ぷりであった
「うん……」
私もそれに対して苦笑しながら頷くことしかできなかった
私の知っている九条明は何もかも頭で考え、感情で生きることのないある種の『機械』のような人間だった
だが、私が十年ぶりに再会した彼は人間味が溢れる笑顔を絶やさない『人間』だった
そして、そんな彼の腕に常に抱きついていた進藤さんもとても幸せそうだった
恐らく、彼は自分の妻のあの姿も知っているのだろう
とまあ、あそこまで幸せそうな夫婦の姿を見たら、当時の同級生の女子のショックは計り知れないだろう
すごく衝撃的な光景であったことは間違いはない
このように私と由美は休日によく、この公園でこういった雑談をしている
すると、由美は少し不思議そうな顔をした
「ねえ、貴子?どうして、進藤さんに春菜のことを聞かなかったの?」
「え?」
確かに進藤さんはあの後に春菜がどこに行ったのかを知っているだろう
私は最初、戸惑ったがすぐに
「だって……春菜が言ったじゃない?」
確信をもってそう答えた
『また、会おうね?』
あの娘は確かにそう言ったのだ
だから、きっと私達は彼女と再会できるだろう
私は今でもそれを信じて待っている
「そうだね……」
由美はそれを聞くと納得しながらニッコリと笑顔になった
すると、
―ドサ―
「いたい……」
公園の中央から誰かが転んだ音とあどけない子どもの声が聞こえてきた
私と由美が声のした方を見ると
私達の目の前で4歳ぐらいの女の子が転んでいた
「あっ」
私はそれを見るとすぐにベンチをから立ち上がって、その言葉の傍へと近寄った
そして、手を差し伸べて
「大丈夫?」
とその子の様子を尋ねた
すると、女の子は顔を上げて
―ギュ―
「うん、だいじょぶだよ?
ありがとう、おねえさん!」
私の手を掴んで明るい声でお礼を言ってきた
泣かなかったことに加えて、相手に心配させない心配り、感謝できる素直さと言い
この子はとても優しくて強い子なのだろう
私はこの少女に『あの娘』のことを重ねてしまい、自然と笑みがこぼれ
こちらも返事をしようとしたが
「ふふふ……どういたしまし―――え?」
私はその女の子の顔を見た瞬間、思考が止まってしまった
「どうしたの?貴子……え?」
私の背後から近づいてきた由美もこの少女の顔を見た瞬間
突然、立ち止まってしまった
「おねえちゃんたち、どうしたの?」
女の子はいきなり黙ってしまった私達に対して
キョトンとした不思議そうな顔で私達に顔色をうかがってきた
彼女のその顔はとても、非現実的なものだった
彼女の瞳は宝石のような赤い瞳であり
髪の色は上質のシルクを金色に染めたようで
肌は人間のそれとは明らかに異なる蒼白いものであった
しかし、私達が驚いたのは彼女のそんな特異な外見ではなかった
私達が呆然としていると
「菜桜(なお)〜、どこにいるの〜?」
誰かの名前を呼ぶ女性の声が聞こえてきた
「あ、おかあさん!!」
すると、女の子がそれを自らの母の声だと気づき反応した
この子の名前は菜桜と言うらしい
そして、菜桜ちゃんは母親の名前がした方へとトタトタと
まだ、覚束ない歩調で下へと走って行った
「菜桜!」
すると、彼女の母親らしい彼女と同じ目と肌の色をした髪の色だけが異なる女性が姿を現して
菜桜ちゃんの近くに来ると姿勢を屈めて同じ目線になり
「もう、ダメじゃない……勝手にお母さんから離れちゃ……」
と娘に対して叱った
すると、菜桜ちゃんは申し訳なさそうに素直に
「ごめんなさい……」
と謝った
私達はその母娘を見比べた
娘の方は私達が21年前にこの公園でよく遊んでいたもう1人の当時の幼馴染の顔と瓜二つであった
そして、母親の方はその幼馴染の母親とよく似た顔立ちの私達と同じくらいの歳の女性だった
私達が彼女達をマジマジと見つめていると母親は私達に気づき
「少し、待っててね?」
と自分の娘に優しい声で言うと私達に近づいてきた
そして、私達に対して、少し恥ずかしそうにしながらも
「ただいま……貴子ちゃん、由美ちゃん」
穏やかな優しいかつてよく見た笑顔の面影を残した
成長した姿で彼女は約束を果たした
私と由美は顔をほころばせて互いに涙を流すのを我慢しながら互いに笑顔でこう呟いた
「「おかえり」」
私を照らすのは優しい温もりを与えてくれる黄昏の光だった。それは初夏なのに冷たく辛い現実ですっかりと凍えてしまった私の心と身体を癒してくれた
そして
「さようなら……」
私はその温もりの中で最後にそう呟いてこの世界に別れを告げた
私は今、あるお墓の前に立っている。それは私の親族のものではない
「今日も綺麗にしに来たわよ……春菜(はるな)……」
それは私の幼馴染であり、親友であった娘のものだった
いや、私にはあの娘の友達を名乗る資格すらない。なぜなら、私はあの娘を『見殺し』にしたのだ
私は彼女の眠るこの墓を掃除し始めた
「ごめんね……春菜……ごめんね……」
しかし、私は彼女の墓を洗うたびに彼女に対する後悔を思い出し、涙を流してしまい掃除することができず、一方的に謝罪を繰り返した
それが無意味なものであり、自分勝手なものであることを理解しながらも
「貴子(たかこ)……」
私の名前を呼ぶ声が聞こえ私が振り向くとそこには
「由美(ゆみ)……あんたも墓参り?」
私のもう1人の幼馴染の及川(おいかわ)由美が立っていた
私が尋ねると由美は
「うん……」
ゆっくりと首を縦に振って頷いた
「そう……」
私はそれを確認すると涙を拭って春菜の墓を洗い始めた
この墓に眠っている私と由美の幼馴染である白川(しらかわ)春菜は今年の夏休み前の放課後に学校の屋上から身を投げ14歳と言う短い生涯を幕を閉じた
私と春菜と由美は家が近かったことから幼い頃からの付き合いでよく近くの公園で遊んだ仲だった
私はその中で気が強くリーダー格で、由美は明るい性格でムードメーカーで、春菜は大人しめだけど優しくていい娘だった
「うぅ……春菜ぁ……!」
私は涙をポタポタと落として、後悔と絶望を込めて春菜の名前を叫んだ
春菜は今年になってから大人しい性格からか、一部のクラスの女子からいじめられるようになってしまった
最初の内は集団無視などの軽いものであったが、ある日を境に彼女へのいじめは悪質なものへと変わってしまった
「貴子……春菜のことは貴子のせいじゃ……」
由美は私のことを慰めようとするが
「違う……!!違う……!!私があの時、春菜のことを拒絶しなかったら……春菜は……!!」
私は自分の頭を抱えて髪をくしゃりと握りしめてそれを否定し続けて叫び続けた
春菜が死んだのは……私のせい……
「貴子……」
―ギュ―
由美は私のことを抱きしめた。しかし、私はそんな状況でも譫言の様に
「春菜……春菜……春菜あああああぁぁぁあああ……!!」
泣きじゃくりながら、二度と会うことのできない幼馴染の名前を繰り返し叫び続けた
貴子……
私はもう1人しかいない大切な幼馴染である佐久間(さくま)貴子の懺悔を聞き続けた
本当は私も泣きたかった。大きな声をあげて春菜の名前を叫びたかった
だけど、私にはそれはできない
なぜなら、私も春菜を『見殺し』にしたけど、私よりも貴子の方が辛い筈だから
春菜……本当にごめんね……
私は卑怯者だ
春菜と貴子が仲違いした際に私は何もしなかった。それどころか、春菜のいじめが自分に飛び火しないように私は春菜を助けもしなかったし支えもせず、慰めもしなかった
私は貴子の後ろについて行くだけだった
あの時、私が貴子に嫌われる覚悟をしてでも2人の仲を取り持つことをすれば……
―ギュ―
私は自らを慰める代わりに貴子を抱きしめる力を強めた
本当は私も泣きたかった。だけど、それはできなかった
今、私が泣いたら今度は貴子までもがいなくなってしまう気がするからだ
『貴子ちゃん……』
『どうしたの、春菜?』
春菜は私に遠慮がちに何かを伝えようとした
『あのね……その……実は碓井(うすい)さん達のことなんだけど……』
碓井とは私達のクラスで、いや、学年で一番大きい女子のグループのリーダーで何かと春菜のことを目の仇にしている女子だ
春菜は少し、オドオドした態度で私にあることを相談しようとしてきた
『はあ〜、まだ、あいつらあんたのことを無視してんの?』
私は連中に呆れながら春菜に確認した
春菜は大人しい性格が災いして、碓井を中心とした女子グループから集団無視といったいじめを五月の上旬から受けていたのだ
私はそんなことを幼稚なものだと考え、すぐに連中が飽きて終わると思っていたがどうやら私の予想ははずれたらしい
『わかったわよ……じゃあ、放課後相談に乗るわね』
私は『あの時』の様に彼女に相談に乗ることを約束した
だけど、今度こそは『あの時』みたいに言葉だけでなく、本当に彼女を助けるつもりで
だが
『いいよ……別に……』
春菜は『あの時』と違って断ってきた
その声はまるで氷のような冷たい声だった
『……え?』
私は初めて見る幼馴染のそんな態度に戸惑いを覚えてしまい、一度思考が止まってしまった
だが、春菜はそんなことを意に反さず続けて
『貴子ちゃんは私よりも部活とか勉強が大切だもんね』
言葉だけでなく、心まで凍てつかすような思うくらい冷たい眼差しを私に向けてそう言った
私はそんな春菜の様子にたじろぐがこのままでは『あの時』の様に彼女がいなくなってしまう恐怖に駆られ必死になって相談の約束を取り付けようとするが
『さようなら……』
『え……』
春菜は私と目も合わせようとせず別れの言葉を告げてその場を跡にしようとした
『ちょ……待って!春菜!』
私はその場を去ろうとする春菜を呼び止めようと声をかけ足を動かそうとするが
『え……!?どうして……!?』
私の足はまるで固定されたかのようにその場から動かすことができなかった
そして、私が春菜の方を見ると既に私と春菜の距離は既にかなり開いてしまっていた
『待って!!春菜!!お願い!!』
私は必死に声が潰れてもいいくらいに大きな声で必死に呼び止めようとするが、春菜はそのことを気に留めることもなく歩み続けた
そして、私と彼女との距離は彼女が見えなくなる寸前までに広がっていた
「春菜!!」
―バサ―
「はあはあ……」
私は首筋にスッと流れる汗を感じ、呼吸を荒くしながら落ち着いてから辺りを見渡すとそこは私の部屋だった
そして、私はそこで初めて気づいた
「夢……だったの……?」
先ほどまでの春菜との会話は夢だった
「いや……違う……」
―ギュ―
私は掛け布団を強く握りしめた
あの夢の半分は本当にあった過去の出来事なのだ
六月の始まりのある日に春菜は碓井達のいじめについて、私に相談に乗って欲しかったのだ。そして、私は夢の中でのように相談に乗ることを約束した
だが、現実は
「……春菜、ごめんね……ごめんね……」
私はポタポタと後悔と罪悪感から来る涙で布団を濡らして春菜に対して、謝罪を繰り返し続けた
あの日、確かに私達は約束を交わした。だけど、私はその約束を破ってしまったのだ
理由は部活が長引いてしまい、塾の時間にぶつかってしまったからだ
そして、私はその翌日に取り返しのつかない『過ち』を犯してしまったのだ
『貴子ちゃん……あの相談のことなんだけど……』
春菜は少しオドオドしながら前日交わした約束について尋ねてきた
しかし、私は部活のことと受験のこと、委員会のことなので手一杯だったのだ
『ごめん……ちょっと……忙しくて……忘れてた……』
『え……』
私が本当のことを言うと春菜は少し、悲しげな表情になり落ち込んだがすぐにそれをひたすら隠すかのように立ち直り
『あ……そうなんだ……ごめんね……あの、じゃあ……電話でもいいから……』
と言ってきたが
『ごめん……それは無理……最近、私……睡眠取れてないの……』
私は無理だと断った
私の親はかなり厳しく、受験のことばかりをうるさく言う人間であり、私が理想通りに行動しないとすぐに叱る人達でもある
だから、私は部活では運動部で常にレギュラー、勉強では順位が学年で10位以内、クラスでは委員長と言う『優等生』を演じなければならないのだ
私の言葉を聞くと春菜は再び落ち込みながら愛想笑いをした
『何、笑ってんのよ……』
それが私の何かを抉った
『え……?』
私はなぜそう言ったのか分からなかった
だけど、私はこの後、春菜のことを怒鳴ってしまったのだ
恐らく、自分が色々とイラついているのにさらに重荷を背負わそうとした春菜にそれを理由に自分にかかっている他の重圧を発散させるかのように
そして、春菜は
『ひっく……ごめん……なさい……違うの……ひっく……私……貴子ちゃんのことを……』
私に何かを訴えかけるかのように涙を流していた
だけど、私はその罪悪感から逃げるために
―バン!!―
机を思いっきり叩き
『いつまでもウジウジしないでよ!!もう私に話かけないで……!!』
『絶交』の言葉を叩きつけてしまったのだ
そして、私は泣き続ける春菜を残して、塾へと向かってしまった
あの時……どうして、私……あんなこと言っちゃたんだろ……?
私はあの時のことで後悔と自責の念に押し潰されそうになりながら泣いた
あの後、私と一緒にいられなくなったことにより私と春菜の関係は冷え切ってしまい、由美も私と春菜の気まずさを感じたのか春菜に近づけなくなり、春菜はクラスで孤立してしまった
そして、それを理解したいじめっ子達によるいじめはエスカレートしてしまい、春菜は夏休み前のある日に学校の屋上から飛び降りて自ら命を絶ってしまった
私があの娘を……
春菜は私が見殺しにしたも同然だ
春菜は私に助けを求めていたのに私はあの娘を拒絶してしまった
そして、あの娘を守り支える者がいなくなり、結果的に彼女へのいじめを助長させてしまったのだ
「春菜……」
私は机に置いてある写真立てを見た
その中に飾ってある写真には私達の思い出の詰まった公園でぴかぴかの新しい制服を着ている私と由美、そして、春菜の三人が期待と楽しみを込めた笑顔していた
私達はあの時、これから始まる中学における三年間の生活に思い出をたくさん作ることを誓った
だけど、それは最悪の『傷跡』を残すことになってしまったのだ
もし、願い事が叶うのならば、もう一度春菜に会いたい……
私はもし、この世界に神様や魔法などの『奇跡』を起こす存在がいるのならば、どうかこの願いを聞き届けて欲しかった
春菜に謝りたい……
私は生前、彼女と叶うことがなかった春菜への謝罪がしたかった
だけど、私はどうせなら
叶うなら……もう一度、あの頃に戻って……今度こそは……春菜を……
私は必死に願った
罵られてもいい。憎まれてもいい。恨まれてもいい。もう一度、春菜に会うことが出会うことができるのならどうでもよかった
「貴子〜、早く起きなさい!!朝ご飯よ」
母親の私を呼ぶ声が聞こえて私の春菜への追悼と懺悔は終わりを告げた
そして、私は『現実』を理解する。春菜にもう一度出会うことも、春菜とやり直すことも所詮は叶うことのない『幻想』であることを
私の『夏休み』の日常が始まる
「おはよう……」
私は二階から階段を降りて両親が待っているリビングへと向かった
「おはよう、貴子」
「今日も一日、がんばりなさいね」
「はい……いただきます」
私は食欲がないのを無理して、詰め込むように朝食を食べ始めた
「あの……お母さん、勉強のことなんだけど……気持ち悪いから休みたい……」
私は母にそう懇願した
実際、私は本当に気持ちが悪い。恐らく、あの夢のせいだ
母は私のその顔を見ると心配そうな顔をするが、父の顔色を窺い。そして、
「……ダメよ……」
拒否した
「いい貴子?本来なら学年で一位じゃないといけないし、あなた、部活でもいい成績残せなかったじゃないの……
だから、せめて受験勉強はしっかりしなさい」
「そうだぞ、貴子?お前の同学年の……九条(くじょう)君だっけ?あの子は常に学年一位の成績を残しているじゃないか?」
母に続いて父までもが私の同学年の男子を口にして、さらなる努力を私に求めてきた
実際、私は中学最後の大会では優秀な成績を残すことができなかった
理由は春菜の『死』だった
「それは……九条君は部活に所属していないから……」
私は嘘を吐いた。仮に彼が部活に入っていても私は絶対に彼に勝つことなど無理だ
九条君とは私の学年であらゆる分野で常に一番である男子のことだ
成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗、性格は多少根暗だが紳士的、父親の実家がお金持ちと言うまさに『理想の男子』と言える人間だ
学校ではもちろん、女子の人気者で憧れの人間だ
しかし、本人は
『婚約者がいるから』
と言う理由で多くの女子のアタックを躱してきている
どうやら、かなり誠実な人間なのだろう。恐らく、私のクラスに彼がいたら、彼は絶対に春菜を助けただろう
彼は『絶対に正しい』ことしかしないと同時にそれを実際に行える『強さ』を持っているから
だが、私は九条君が嫌いだ
理由は彼がとても同じ人間とは思えないからだ
彼にはあらゆるものへの執着が存在しないのだ
一度、彼の家がお金持ちであり、優等生であることに目を付けた不良や男子が集団で彼を挑んだが彼はその集団を傷一つ負うことなく、それを全て返り討ちにした
それだけでは彼がただのケンカの強い男にしか思えないが、彼の『恐ろしさ』はそんなものではなかった
彼はただ、相手にも全て傷を負わせることなく一撃で無駄なく黙らせたのだ
私はそれを偶然、目撃した。それはケンカと言うより、むしろ、彼による一方的な蹂躙と言った方が正しいだろう
彼はその時、何も感情を抱くこともなく、動かすこともなく、ただ機械のように相手を倒すだけだった
彼には相手を倒すことへの高揚感も、相手をいたぶる嗜虐心も、相手に対する憎しみも、相手に殴られることへの恐怖も、勝利したことによる歓喜も存在しなかった
私はその時、悟った。彼には絶対に勝てないことに
だからこそ、私は彼と一緒にされたくなかったし、比べられたくもなかった
だけど、そんなことを知らない父は理解してくれない
「そんなことは理由にはならない……それに昨日、友達のお墓参りに行ったばかりだろ」
「そ、それは……」
実は昨日の春菜のお墓参りは私がワガママを言って行かせたもらったものだ
さすがのこの両親でも私のあまりの落胆ぷりに仕方なく許可してくれたのだ
だから、私は今日のことに関しては強く言うことができないのだ
「あのな、貴子……もう、春菜ちゃんはいないんだ。だから、いつまでもクヨクヨしていてはダメだ
それに今、がんばらないと進路に響くぞ?」
父の言っていることは半分は正しい
春菜はもういない。だけど、父は知らないのだ。私が春菜を見殺しにしてしまったことに。それに私はそのことを全て受け容れられるほど私は大人じゃない
「だけど……私は……」
私は春菜のことを忘れることができない
だが、父はため息を吐きながら
「はあ……貴子、いい加減『ワガママ』はやめなさい」
「え……?」
『ワガママ』……?
「ちょっと、お父さん、何を……」
私は父の言葉の意味が分からず、母は珍しく父が何を言おうとしているのかを察してそれを窘めようとするが父はそれを意に反さず
「いや、貴子のはワガママだ。いつまでも亡くなった友達のことを想うのは悪いことではない
だが、だからと言って、自分のやるべきことをしないのはその子の『死』を休む口実にしようとしている『甘え』だ」
私はそれを聞いた瞬間、無意識のうちに
―バン!!―
―ガチャ!!―
父の言葉に私は堪えきれずテーブルを思いきり叩いた
その際の衝撃による振動で食器は揺れて音を鳴らし、それに驚いた母は私の方を見た
「貴子……?」
母は初めて見る私の行動に驚くが私はそれを意に反さず口を開いた
「『ワガママ』ですって……!?ふざけないでよ!!今まで、散々私の自由を奪っておいて、何が今さら『ワガママ』なのよ!!」
「た、貴子……」
私は今まで溜めていた自分の鬱憤を吐き出しながら怒鳴り続けた
母は少なくとも、父よりは私のことを理解しているからか心配はしてくれていた
だけど、私の中には春菜さえも奪った両親の自分に対する過度な『理想』の押し付けに対する怒りが渦巻いていた
そして、何よりも
「どうせ……ワガママなら……春菜のために使ってあげたかったわよ!!!」
―ガチャガチャ―
―パリーン!!―
「きゃ!?ちょっと、貴子!!待ちなさい!!」
私は自らの腕で怒りをぶつけるようにテーブルの上の食器を朝ご飯ごと薙ぎ払った。そして、食器は床へと落ちていき音を立てて割れた
そして、私は感情のままに母の制止を無視して寝巻のまま玄関に向かってそのまま走り出していった
「はあ……!はあ……!」
私は行く当てもなく夏の陽ざしが残る八月の残暑の中、がむしゃらに走った
私は生まれて初めて親に対して反抗的な態度を取った
そんな私の胸の中に渦巻いているのは
どうして……あの時にさっきみたいに自分の意思を口に出せなかったんだろう……!
春菜を助ける勇気を持てなかった自分へのやるせない怒りだった
もし、今みたいに少しでも親に反抗することができる勇気さえあれば、あの娘を失うずにすんだかもしれない
私は自責感と悲しみに駆られるままに走り続けた
「貴子……」
私は貴子の家からかかってきた電話で貴子が家を飛び出したことを知り、貴子を探すために町の中を走り回ってる
お願い……貴子……あなたまでいなくならないで……
私は心の中で必死に祈り続けた
最近、この町では性質の悪い不良がうろついていて多くの女性が被害にあっているらしいことを学校や警察から外出には気をつけるように注意されている
そして、貴子は今、1人でこの町をうろついているのだ。十分、不良のターゲットになりやすくて危険すぎる状態だ
貴子、どこにいるの……!?
私には貴子がどうして今日みたいな行動を起こしたのが痛いほどよくわかる
貴子は今まで、我慢してきたのだ
受験勉強や楽しくない部活動、無理強いされた学級委員の仕事
全て本人の意思など無視されて押しつけられた『役割』だ
貴子はそれによるストレスを春菜にぶつけてしまったのだ。そして、あの2人の関係にどうしようもない亀裂が生じてしまったのだ
春菜がいなくなると貴子は春菜を救うことができなかったり春菜を拒絶してしまった自分のことが許せなくなり、常に後悔するようになってしまったのだ
だからこそ、私は怖かった。今度は春菜だけでなく、貴子までいなくなりそうな気がして、そして、自分が独りになりそうな気がして
「貴子……」
私は貴子を失う不安に駆られて闇雲に町の中に探し回り、走りながら確認しないで角を曲がった
すると
―ドン!―
「きゃっ!?」
「っう!?」
突然、身体に衝撃が走り私はすぐに誰かとぶつかってしまったことに気づいた
私はぶつかってしまった人の方を確認した。そこには女性が立っていた
「あの、すいません……大丈夫ですか?」
私がその女性に謝罪すると女性は私のことを見て微笑みながら
「いえ、大丈夫です。あなたの方こそ、お怪我はありませんか?」
と物腰柔らかく応えてくれて、逆に私のことを気遣ってくれた
「あ、いえ……こちらも大丈夫です」
私はすぐにそう答えると再び走り出そうとするがそれはできなかった
「あの〜、どうしたんですか?そんなに慌てて」
なぜなら、目の前の女性が私のことを呼び止めてきたからだ
「いえ、すいません……急ぎますので」
私はすぐにでも貴子を探したいがために立ち去ろうとするが
「一つよろしいですか?……そんなに慌ててると……大切なことを見落としてしまいますよ?」
「……え?」
女性のポツリと言い放った言葉で私は立ち止まってしまった
女性は私の方を見ると
「すいません、待ち合わせの時間に遅れるとかの理由なら急いだ方がいいですが……
そうですね……探し物なら落ち着いて探した方が見つかると思いますよ?」
「な、なんで……」
女性は私のことを見透かすかのようにそう言った
「あなたの表情に『焦り』よりも『不安』の色の方が大きいからですよ」
「え……?」
「ふふふ……」
彼女は私が困惑していると彼女はニッコリとした表情でそう言った
そして、私は彼女の顔を見てしばらくボーっとしてしまった
よく見ると彼女は私と同じくらいの年齢らしい
しかし、彼女はとても私と同じくらいの年齢と思えないほど、落ち着いた雰囲気を醸し出しており、なぜか安心感を覚えてしまう魅力を放っていた
「すいません、私、仕事上の関係でよく人の悩みを聞くことが多くて……
つい、あなたを見ていると放っておけなくて……」
どうやら、彼女は悩みを抱えている人間を見分けることできるらしい
彼女は口を開くと自分が出過ぎたことをしたと思ったのか非礼を詫びてきた
私はそんな彼女が纏う穏やかな雰囲気に絆されたのかわからないのだが
「……友達を探しているんです……」
「え?」
私は自分が慌てている理由を伝えた
そして、続けて
「その娘、私の大切な友達なんですけど……
だけど、子供の頃から色々とストレスが溜まることを押し付けられて……
それで、今朝、家を飛び出しちゃったんです……
で、今この町は……ちょっと、危ない人達がいるらしくて……不安になっちゃて……」
私は今朝起きたことをなるべく簡潔に伝えた
だけど、彼女は
「……本当にそれだけなんですか?」
「……え?」
再び、私のことを見透かすかのように追求してきた
私は彼女の問いに動揺してしまった
だが、彼女はそんなことを気にせず次の言葉をぶつけてきた
「今のあなたはその娘を失うことを恐れているだけでなく、再び何かを失うことを恐れているかに見えますよ?」
「……っ!?」
図星だった
彼女の言葉に私は動揺を隠せずにいられなかった
彼女はまさしく、私が今最も恐れていることを指摘してきたのだ
「辛いのならお話しなくてもよろしいですが……2つだけ助言させてください」
彼女は私のことを気遣いながらも強く伝えたいことがあるらしい
「先ず、闇雲に走り回って探すよりは落ち着いてその人がどこに行ったかを考える方がよろしいかと思います。
そして、大切な人は決して失ってはいけませんよ」
「え、あ、はい……」
彼女は至極真っ当で平凡なことを伝えてきた
だけど、私はそのことがどれだけ難しいか身を以って知っている
そして、それは目の前の彼女も同じようだ。彼女のその言葉はとても大きくて重たい何かが込められているようだった
「実はですね……私、とても大好きだった……いいえ、今でも大好きな人がいるんです……
私が辛かった時にあの人がいてくれたから私はここにいれる気がするんです……」
彼女は遠い目をしながらも幸せそうに大切な人を想い続けるかのように独白した
余程、大切な人なのだろう
「だけど……運命て残酷なんです……
その人とは家庭の事情で会えなくなっちゃったんです……」
彼女は先ほどと打って変わって少し寂しそうな目で言った
「だから、あなたは絶対に失ってはいけませんよ?
……そして、大切な人を失わないようにあなた自身が落ち着いて、今自分ができる最善の行動をしてください」
そんな彼女だからこそ、強く私に言えるのだろう
私は彼女の説得力に負けてしまい
「はい」
落ち着くことの大切さを取り戻した私は貴子が行きそうな場所を考えた
「それとですね……まずはあなたにとって、大切な人との思い出がある場所はどこですか?」
彼女が再び、私に助言をしてくれた
「思い出のある……場所ですか……?」
私が彼女を見ると彼女は再び切なそうな顔をしてあることを告げた
「はい……私はよく、大切な人に会えなくなってからはその大切な人との思い出が詰まっている『公園』によく行きますので……
もしかすると……」
「そうですか……」
私は貴子と春菜の思い出が詰まった場所を考え始めた
しかし、私は目の前の女性のとある一言であることをふと思い出した
「『公園』……?」
私はその単語が気になった
「どうしたんです?」
私の呟きに彼女は私の顔を覗いてきた
「もしかすると、見つけられましたか?」
私はその問いに
「はい……ありがとうございます」
強く確信に満ちた声と表情で頷いて答え、彼女に感謝をした
すると、彼女はニッコリとした笑顔で嬉しそうに
「そうですか……お力になれたのならば幸いです」
と返事をしてくれた
彼女は本心から私のことを思っていてくれたのだ
すると、彼女は
「よろしければ、お名前をきいてもいいでしょうか?」
唐突に私の名前を尋ねてきた
「名前……ですか?」
私は戸惑いを少し覚えたが彼女が初対面にも関わらず真摯に相談に乗ってくれたことから自然と彼女に不思議な安心感と信頼を覚えてしまい
「及川 由美です」
と自分の名前を彼女に教えた
すると、彼女は
「……そうですか、由美さん
私は九間町(くげんちょう)の教会で修道女をしている進藤(しんどう)と申します」
「え?修道女て……シスターですか?」
「ふふふ……世間一般ではそう言いますね」
私は生まれて初めて見る本物のシスターに少し驚いたが
しかし、何となく彼女が纏う優しくも暖かな雰囲気は彼女の出自を考えると納得ができてしまう
「もし、悩み事があればいつでも九間町の教会で待っていますね」
「何から何まで本当にありがとうございます。それじゃ!」
私は彼女、進藤さんにお礼を言うと再び走り出した
しかし、今度は闇雲に貴子を探すのではない
私には明確な目的地があるのだ
もしかすると……あの場所なら……
私は向かっているのは私と貴子、そして、春菜の思い出が詰まった大切な場所だ
あの公園なら……
その場所とは公園だ
私達、3人は幼い頃よくあの公園で遊んでいた
今の貴子は春菜がいなくなったことを認められず、あの場所で春菜との思い出に浸ってる可能性もありえるのだ
私は貴子がいるかもしれない期待感と同時にある種の喪失感を感じた
できるなら……もう一度、あの公園で3人で笑いたい……
私は既に2度と感じることのできないほんのささやかでかけがえのない幸せを噛み締めた
私の脳裏に流れるのはあの楽しかった日々だった
そして、私は
「はあはあ……着いた……」
胸を絞めつけられるような感覚に襲われながらも私は目的の場所に辿りついたことを理解した
私は走ったことで乱れた呼吸を整えた
「貴子……」
―ミーンミーン―
公園に入ると木が多いこの公園では夏の象徴であるセミの鳴き声がそこらじゅうで聞こえてきた
あまり変わってないわね……
私は貴子を探しながら辺りを見渡して公園の風景があの頃と変わっていないことに気づいた
公園の遊具は多少、色が新しく塗装されており綺麗になっていたが構造は変わっておらず
公園の中の小さな林などの自然は全く伐採されておらず、あの頃の夏休みのように深い緑を湛えていて耳によく響く蝉の鳴き声が聞こえてきた
そして、公園の中にあるよく私達が雑談に使っていたベンチを確認すると
「……貴子?」
私は変わっていない情景の一つにポツリと映るように存在する少し、寝癖がついた長くて綺麗な髪の毛のパジャマ姿で靴下を履かずに踵が潰れている靴を履いた『現在』を表している顔を俯かした少女を目にした
「貴子……!」
―ジャリ―
私は大切な友達を目にした瞬間、すぐに彼女の近くへと向かった
すると、私の足音と声が聞こえたのか貴子は顔を上げた
「由美……?」
私のことを見ると貴子はしばらくの間、黙り込み
目を伏せて口を開き
「どうしてここにいるの?」
そう尋ねてきた
「貴子が心配だから探し回ったんだよ?
ねえ、一緒に帰ろう?おじさんもおばさんも心配してるし……」
私は貴子の問いに答えると同時に彼女に一緒に変えるよう伝えた
すると、彼女は
「……ねえ?由美……私ね、今日初めてお父さんやお母さんに本音をぶつけることができたの……」
「え」
乾いた笑みを浮かべてそう呟いた
そして、彼女はその笑みのまま
「あはは……馬鹿だよね……
私……なんで、あの時にこんな風にできなかったんだろう……」
自嘲気に言った
彼女の乾いた笑顔はさらに深くなり、眼をカッと大きく広げ、口元を歪ませた
だが、同時に彼女は唇をワナワナと震わせ、目には涙を浮かべていた
「私て本当に臆病だよね……あの時、少しでも部活を休んでたら……
春菜を助けられたかもしれないのに……少しでもあの娘の風除けになってあげることもできたのに……
それに、たとえ助けることはできなくても……変なプライドを捨てて仲直りをすれば……」
貴子は涙をポトポトと落としながら自らの公開を口に出した
確かに彼女の言う通りだ
仮に彼女が部活や勉強よりも春菜の方を親に反抗してでも優先して、彼女の相談にだけでも乗ってあげれば
春菜は自分が独りじゃないことに勇気づけられたかもしれない
……だけど
私はある決心をした
「……貴子、もうやめよう……?」
「……え?」
私は貴子の様子を見ていて辛くなり、彼女の言葉を言葉を止めるあることを伝えようとした
それは恐らく、最低な一言だと思う
「貴子がどんなに後悔しても……春菜は帰って来ないんだよ……
だから……もう……」
「……っ!?」
『失ったものはかえって来ない』
それはこの世界における絶対のルールであり、真実である
そして、それは『死者には永遠に会うことができない』と言うことでもある
それを聞くと貴子は
「あんた……どうして、そんなこと言えるのよ!?」
目を大きく広げて私のことギロリと睨みつけ怒鳴ってきた
「あんたもお父さんと同じで『死んだ人間なんて、すぐに忘れろ』と言う考えなの!?」
その口調はかなりの勢いと速さであった
そして、その怒声には深い怒りだけでなく、悲しみも込められていることに
私は気づきながらも私は顔を伏せて反論した
「違うよ……私だって……春菜のことを……」
しかし、貴子は私にさらに怒りをぶつけようとしてきた
「嘘つき!!本当は春菜のことなんてあんたはどうでも良かったんでしょう!?
だから、そんなこ―――」
―パチン!!―
「……え!?」
貴子の言葉は彼女の頬を強く叩いた音と頬に生じた痛み
そして、目の前の友人である私の行動であった衝撃で遮られた
私も自分の行動に驚くが、そのことがきっかけとなったのか
「私だって……」
―ポタポタ―
「私だって……春菜に会いたいよ!!……だけど……!!」
今まで心の底に秘めていた自らの想いを貴子にぶつけた
そして、同時に今まで貴子の前では流すまいと誓っていた涙も同時に蓋が取れたかのように溢れ出た
私の爆発した感情に驚いた貴子は呆然とした表情で私のこと見つめた
私はそんな貴子に自分の想いを伝えようした
「このままだと……貴子までいなくなっちゃう気がするのよ……!!」
「由美……?」
私は貴子に今、自分が最も恐れていることを告げた
貴子は春菜の『死』を引きずり過ぎている
それは生前、春菜を救える機会があったにも関わらず、彼女を救えず、
さらには、彼女との和解ができなかったことも大きな要因だろう
だけど、それは私も同じだ
私だって、春菜の支えになることはできたはずなのだから
だからこそ、貴子がどれだけ辛いのかも理解できる
そして、私は同時に貴子が自責の念に駆られて自棄になるぐらい心が苦しいのも理解できた
―ギュ―
「ちょ!?ゆ、由美……!?」
私は貴子と春菜を失った悲しみを共有し、共に涙を流したいがために彼女を抱きしめた
『辛い時は涙を流しなさい……少しは楽になれるから』
私のお父さんが春菜を失ってからどうしようもない悲しみに暮れて呆然としていた私に言ってくれた言葉が私の脳裏に蘇った
あの時、私はお父さんに感謝はしたけど泣かなかった
しかし、本当は泣かなかったのではない。泣けなかったのだ
「わ、わたし……ずっと、我慢してんだよ……!」
「え……」
「貴子は……ヒック……!もっと……辛い……と
思ったから……!グス……わたし……な、なくの……我慢してんたんだよ……!」
―ぎゅう―
私は彼女を抱きしめる力を強めて思いのままに今まで溜めこんだ想いをぶつけた
私も本当は辛かった。だけど、貴子の方が辛いと思ったから私は涙を流すことができなかった
だけど、もう限界だ
私は貴子に自分も辛かったことを伝えたかった
「ごめん……」
すると、貴子は私の背中にそっと腕を回してきてポツリと言ってきた
「貴子……」
私が貴子のその言葉を聞いた直後、私の肩に屋根から落ちていく雨水によって濡れていくのと似た感覚が訪れた
そして、私はそれがすぐに貴子の涙ということは理解できた
「ごめんね……ごめん……由美……
私、あんたの気持ちを考えられなくて……自分だけが辛いと勘違いしてた……
ひどいことを言って……本当にごめんね……!」
「……うんうん……私は……大丈夫だよ……」
貴子は涙を浮かべて顔をくしゃくしゃにして私に謝罪を繰り返した
私はそんな貴子の頭を子どもをあやすように撫でた
それを見て、私は安堵感を覚えると同時に今後のことを考えた
でも……これで私達の『罪』がなくなるわけじゃないよね……
そう、私達は互いのことを考え悲しみを共有することで自分のことを大切にできるようにはなった
だけど、それで自分達を許せるようになったわけではない
結局、私達はお互いに罪を背負って自分のことを苦しめる生き方をしていくことになるのだろう
それでも、今は私は貴子と一緒に家に帰ろうと思い、彼女と少し距離を取って彼女に伝えようとした
「貴子……家に―――」
私が口を開いた瞬間、
―がばっ―
「―――むぐっ……!!」
「……由美!?」
いきなり誰かに口を塞がれてしまい、身体を拘束された
貴子は私の異変に気づくと涙でぐしょぐしょになった顔をこちらに向けたが私に起きていることを理解できずにいた
すると
「へへへ……ラッキー♪可愛い子と二人もヤれるなんて……」
と言う下卑た男の声がして私はこの男に体を抑えられていることに気づいた
そして、貴子はやっと我に返り顔をキッとした怒りの表情を男に向けて
「……!あんた、由美に何してんのよ!!離しなさいよ!!」
私のことを解放するように男のことを罵倒するが
「……!?んぐ……!?んくぅ……!!」
『……!?貴子……!?後ろ……!!』
と目を大きく開いて彼女に向かって叫ぼうとするが
―ガシッ―
「きゃ!?」
塞がれた私の口からはくぐもった声から出せず
貴子は後ろにいつの間にかいた男に捕まってしまった
「へっへへ……この子もレベル高ぇな……」
―サワサワ―
「胸もこの歳にしてはデカいし……」
「嫌!!どこ触ってんのよ!!離しなさいよ!!この変態!!」
「お、すごい力だね〜」
「すごい、すごい〜」
貴子を捕まえた男はげせた笑みで貴子の胸を寝巻から揉みしだいた
貴子はそれに対して、顔を真っ赤にして抗議して暴れるがその抵抗は無意味と言っても変わらず
彼女の足掻きを男達は嘲笑った
「おい、とっと車に運べ!……『お楽しみ』は後だ」
「OK〜♪」
男達の仲間が1人増えて、その男達は仲間に向かって私達を車に乗せるように指示した
男達はそれに従い、私達のことを車に連行しようとした
そして、私の頭にあることが浮かんだ
もしかして……最近、この町でうろついている性質の悪い不良て……!?
それは最近、この町で噂になっている連中のことだ
そして、男達の言う『お楽しみ』とはまだそう言った『経験』をしたことがない私でも予想がついた
「ん〜!!ん〜!?」
「うおっ!?いきなり、こいつ暴れ出した!?」
私はその言葉の意味を知るとこれから私と貴子に起きるであろう出来事へ恐怖に駆られてジタバタと暴れた
しかし、どうにもならず、むしろそれが男達を煽ってしまい
「ちっ……!早く乗せろ!!」
男達は無理矢理力ずくで車の近くまで私達を連れて行った
「いや!!離して!!誰か助けてえええええええええええええええええ!!」
―バタン!!―
貴子も私と同じく自分に訪れるであろうことを感じて誰かに助けを求めようするが
すでに私達は車に乗せられ、車のドアは閉められ、それは意味をなさず
私達は男達によって車のシートに押さえつけられて男達にどこかに連れ去られた
「た、大変です……!!」
私は先ほど、相談に乗った少女の名前を聞いて気になり
彼女、由美さんのことを失礼ながら普段私が友人であるダークエンジェルのステラが使っている水晶で彼女の様子を見させていただきました
彼女はどうやら、私との会話で探し人である友人がいそうな場所を考えることができたようでとある公園に向かったようです
彼女が公園に向かった際に私はふとあることを思い出して物思いに耽りました
公園か……あの人との思い出を思い出してしまいますね……
それは私の15年の人生で両親が亡くなってから辛かった時期に私のことを救ってくれた大切な男性とのたった三年間の幸せだった時間です
て……今はそれどころじゃありませんね……
私は由美さん達の現状を思い出して我に返り彼女達の救出する方法を考えました
こんな時に限って……ステラがいないなんて……
彼女達を連れ去った男達は車を使っています
私は基本的に人間離れしている身体能力を持つ魔物娘でありますが
私の種族は移動能力は人間より少し速い程度の能力しかないダークプリーストです
ダークプリーストには翼があり、空を飛ぶことができますが今の時間帯では人目につく可能性が高く飛行しながらの追跡は不可能です
人に見られてはいけない理由は私達魔物娘は明らかにこの世界では『異端』だからです
仮に一般人に見られでもしたらこの世界に余計な混乱を生む可能性があります
この世界に魔物娘が来たのは9年前に魔王様御夫妻の娘であるリリムのアミさんことアミチエ様が人間と魔物との争いがない世界で『理想郷』を築こうとしたのがきっかけです
アミさんとステラのいた世界では人間の『主神教団』がもはや、人間の敵ではない魔物娘を『人間の敵』にしたてあげ争いを止めようとしていないらしいです
理由は簡単です。一つは主神教団が信奉する『主神』の存在です
ですが、これについてはいつか魔王様御夫妻がなんとかするので問題がありません
問題はもう一つの理由の主神教団の上層部の人間なのです
彼らが我々を敵に仕立てるのはもはや、魔物達が人間を愛するようになった時代において
主神教団やそれに属する騎士団は不要の存在だからです
そう、彼らは自分たちの地位と権力を維持するために仮想敵として私達を敵視するのです
それに私達と戦争するための軍資金として、国民から税金を搾り取れますからね
しかも、これはこちらの世界の人間にも言えることなのです
下手をするとこちらの世界の人間達も私達のことを敵に仕立て上げる可能性もないのです
いえ、もしかすると……アミさん達の世界の封建社会よりも……
民主主義の国が多いこちらの方が危ないかもしれませんね……
民主主義の欠点は下手をすると国の政治の仕方が人気取りになる可能性があることです
そして、大衆は基本的に声が大きい『革命』や『改革』などと言った華々とした言葉が好きです
つまり、情報規制をして私達魔物娘を『人類の敵』とすれば簡単に支持率を集められます
それに言ってはどうかと思いますが人間は基本的に『いじめ』が好きです
これは元々『いじめられっ子』だった私の経験談です
人間は弱い者をいたぶることでそこに優越感と自らの地位が安定していることへの安堵感を覚えます
そこに政府からの『大義名分』が加わればさらに凄惨なものになるでしょう
それは惨劇が生まれるのこの世界の歴史が証明しています
だからこそ、私達は争いを生まないために姿を見せるわけにはいかないのです
また、アミさんの話によりますとこの世界とよく似た世界が存在するらしく
そこはどうやらこの世界と全く同じ文明や国家、歴史が存在する世界らしいです
いわゆる『パラレルワールド』と言うものでしょう
しかし、その世界ではいきなり魔物娘が現れたことで世界中で混乱が起きてしまい、
日本以外の国家は反魔物国家になってしまったようです
こう言った前例があるためにアミさんはかなり慎重になっているらしいです
別に私達魔物娘ならばそう言った反魔物国家をすぐに魔界化することはできるのですが
魔物娘にとって、危惧していることが起きるのを防ぐ必要があるのです
この世界じゃ……絶対に『レスカティエ』や『人造勇者計画』のような悲劇は生ませるわけには……
私はダークプリーストになったばかりの12歳の頃にアミさんに彼女自身のお話と彼女の尊敬する2人の『姉』の話を聞きました
そして、彼女から聞かされたのは『レスカティエ』と言う教団の主要国家であった国の
『勇者』と言う呪いによって自らの人生を犠牲にさせられそうになった1人の女勇者であったサキュバスの過去の話と
『人造勇者計画』と言う人間を人間として見ない傲慢な人間のエゴの話でもありました
その話に出てきたあらゆる犠牲者達のことを聞いて私はどうしようもない憤りを感じました
そして、同時にアミさんの腹部に残る痛々しい傷跡を見せられ、彼女の『決意』を聞かせてもらい、私は彼女に協力することを誓い、彼女と『契約』を結びました
『絶対にこの世界では人間と魔物娘の争いは生ませない』
彼女達の計画は秘密裏に着々と進行しています
しかし、世界の無用な混乱をもたらす可能性があるために
まだ魔物娘の存在は隠す必要があります
だから、私は目立った動きができないのです
ステラの魔法があれば……!
ステラは転送魔法、いえ、あらゆる魔法の天才です
特に転送魔法に優れており、あらゆる空間に物体を移動させることができます
彼女がいれば、すぐにでも由美さん達のことを助けられます
だけど、ステラは今、行方不明の『弟分』を探しに『妹分』のデュラハンと一緒に定期的に探しに行ってる時期なので不在です
水晶玉で車の到着時点を確認してからじゃ……遅すぎます!
確実にあの男達は由美さん達のことを犯すつもりです
女性にとって『初めて』はとても大切なものです
たとえ、彼女達が処女じゃなくても強引に犯されるのはある意味『死』よりも辛いものになるはずです
あの車が目的の場所に着いてから駆けつけては彼女達の身体と精神に癒えようのない傷が入るのは避けられません
せめて……場所さえわかれば……
私にはもう一つの考えがあります
それは転送魔法がなくても目的地さえわかれば飛行時間を少なくして先回りをすることです
そうすれば、人に見られることなく彼女達を助けに迎えます
しかし、その場所を予測するには情報が少なすぎます
だけど……あの娘の……大切な友達なんです……なんとしても……!
私が彼女達を助けようと必死になっているのは正義感などではありません
それには大きな理由があります
私が彼女たちを救う手段を考えていると
「……マリ……ちゃん……?」
突然、私のことを呼ぶ声が後ろから聞こえてきました
そして、私は振り返りました
「おら、とっと降りろ!」
「きゃ!」
車が停まると男達は私と由美に車から降りるように命令しながら乱暴に引き寄せた
ここはどこなの……?
私は車から降ろされると逃げるための方法を探すために辺りを見渡した
しかし、辺りは既に日が沈みかけているのか暗くなっており視界が悪く、確認できるのは草木が生い茂っていることぐらいだ
つまり、ここはどこかの山奥らしい
―グイ―
「おい!とっとと来な」
「イタっ……!?ちょっと、離してよ!!」
男の1人が私の腕を掴んで強引に引っ張り、私の腕に痛みが走り、私は腕を振りほどこうと振った
しかし、部活動で鍛えているとはいえ、女子中学生の腕力ではその抵抗は無意味に等しく、男達はそんな私の無力さを嘲笑った
「いいね〜、もっと暴れてくれよ〜?」
「暴れる姿も可愛いね〜?」
「おいおい、こっちの子なんて震えまくってるぞ〜」
「へへ……可愛いな〜」
「ひっ……!?」
……由美!?
私は男達の下世話な会話を聞いて心配になり由美の方に顔を向けた
そして、私の視線の先には目をオドオドと泳がせ、びくびくと体を震わせて自分の身にこれから起きることに恐怖している由美が映った
……あんなに身体を震わせて……
本当は私も恐い
だけど、由美の方が恐い筈だ
春菜程ではないが私達三人組の中では由美は私の後ろによくいる娘だ
私と春菜が仲違いするまでは由美はムードメーカー的な存在ではあるが
気が強かったり、胆が据わっている訳ではないのだ
まあ、私が気が強すぎるだけなのかもしれないのだが
「まあまあ……じゃ、そろそろ『お楽しみ』の場所に行こうか?」
―ビク!―
私と由美は男の1人の下卑た欲望の混じった笑みと言葉を聞いて、さらなる恐怖に身体が包まれた
「い……嫌……」
「ん?どうしたのかな?」
由美がガクガクと震えた唇とそこから発せられる声で呟くと男の1人が愉悦に満ちた表情で由美の顔を覗いた
由美の顔は恐怖に包まれ、目には涙を浮かべて由美は今にも泣き出しそうだ
「うわ〜、怖がっている顔も可愛いわ」
「俺、こっちの子にしようか?」
「ひっ!?嫌!?」
男達は由美の怖がる表情を見て、嗜虐的な笑みを浮かべて彼女をさらに怯えさせようとして彼女へと群がった
「由美ぃ!」
私は由美の名前を咄嗟に叫んだ
「へえ〜、由美ちゃんて言うのか、この子」
「と言うか、そっちの子も可愛いな」
「確かに強がっているところなんて本当にいいな〜」
「くっ……!とっとと由美を離しなさいよ!!」
私は恐怖をひたすらに隠して口調を強めにして由美を離すように言うが、男達はそれを再び嘲笑った
そして、私の心の中でこの男達に敵わないことへの屈辱と恐怖が生じた
「さてと、着いたぜ」
「へへへ……言っておくけど、ここは俺達の仲間の所有物だから見回りの人間なんか来ねえぜ?」
男達に歩かされて着いた場所は古いペンションのようだった
どうやら、男達の仲間の所有物らしい
―キイ―
男の1人が扉を押すと扉が軋むような鈍い音を出して開いた
男達は私と由美を後ろから押して、ペンションに入らせた
「ちょっと、音がやばくねえか?」
「古いやつを買い取ったからな」
「まあ、こう言うことぐらいにしか使わねえから別によくね?」
「あはは、違いねえな」
そして、絨毯が敷いてある所まで私を連れていくと
「おらよ!」
―ドッ!―
「きゃあ!?」
―ドサ!―
男の1人が私のことを突き飛ばし私は絨毯の上に倒された
幸いにも絨毯のお陰が怪我はすることはなかった
「痛っ……」
「貴子……!」
私が痛みを感じていると由美が私の名前を心配して叫んだ
「へえ〜、この子貴子て名前なんだ?」
「これから仲よく楽しもうぜ〜?貴子ちゃん?」
「由美ちゃんも心配しなくても可愛がってやるよ」
「ひっ……!?嫌!!離して!!いやあああああぁぁぁぁああああ!?」
「由美!!」
男達は由美の腕を引っ張り、リビングにあるソファーまで彼女を連れ行こうとした
私は由美の今までに聞いたことのない悲痛な叫び声に咄嗟に身体を起こそうとするが
―グッ―
「おっと、貴子ちゃんはここで楽しもうぜ?」
「ちっ……!離しなさいよ!!由美ぃぃいいいぃぃぃ!!」
男達は数人がかりで私を床に押さえつけて私は立ち上がることができなかった
私は自分の無力さを呪いながら由美の名前を叫んだ
「おぉ、こわ」
「ほらほら、がんばらないとお友達が大変なことになっちゃうよ〜」
―ビリビリ―
「いやあああああああああぁぁぁあぁぁあああぁああぁぁああ!!!」
「由美いいいいぃいぃぃいぃいいいぃいぃいいぃいいいいぃぃ!!!」
私が由美の方へと顔を向けると
由美はソファーの上に押し倒され、腕を男の1人に頭の上で押さえられ
そして、上着を真ん中から引き裂かれ下着を晒されていた
私は由美の参上を目の辺りにして彼女を助けるために身体を必死にくねらせて男達の腕から逃れようとした
しかし、身体を押し倒され数人がかりで体格差もあり、抜け出すことは叶わなかった
―ポタ―
―ポタ―
―ポタ―
「いや……こんなの嫌ああああぁぁあぁああぁぁあぁあぁあああああ!!!」
私は涙を流しながら今、起きている現実を心の底から否定しようと自分に言い聞かせるように叫びをあげた
しかし、そんな私のことを『絶望』と言う現実は襲い続けた
どうしてなの……!?どうして……私の大切な人ばかりがこんな目に遭うのよ……!!?
私は自分が犯されると言う未来が間近に迫りながらも目の前で親友が犯されることの方が
辛くて、苦しくて、悲しかった
「あははははは、いいね〜、2人ともいい声出すね〜」
「女を犯すのはこれだからやめられねえよ」
「なあ?いいこと考えたんだけど……ちょっといいか?」
「ん?どうした?」
男達が私と由美が嘆き叫ぶ姿を見て愉悦に感じ下劣な本性も恥もせずに見せびらかしていた
すると、男の1人が仲間に何かを提案しようとした
そして、その男は私と由美をニヤニヤと下卑た目で見比べて言った
「こいつらのうち、1人は手を出さないようにしてやろうぜ?」
「「なっ……!?」」
男の提案は最悪なものだった
つまり、1人を犠牲にしてもう片方はそれを指を咥えて苦しませようとしているのだ
……ごめん、由美……私……
男の言葉を聞いた私と由美は互いの顔を見合わせた
由美は完全に怯えきった目をしながらも首を横に振っていた
どうやら、私の心意を察していたようだ
由美………あんた、そんなに震えてるのに無理しちゃだめだよ……
ありがとう……
私は心の中で親友の自分に対する優しさに感謝して、意を決した
「私が……あんた達の相手をするから……由美には手を出さないで……」
「貴子!?」
「お、即決かよ?」
私は自分の身体を差し出すことを口に出した
迷うことなどない
私は一度、友達を見殺しにしてしまったのだ
だけど、これはその『償い』ではない
私は二度とあんな苦しみを味わいたくない
由美が私のことを止めようと声をあげるが、私の決意は変わらない
それに由美に私の代わりに犠牲になる勇気はないはずだ
だけど、私はそれに恨むつもりなんてない
人間、誰しも怖いものは怖いのだから
それにこのままどっちかが身を差し出さないとこの連中は両方とも犯すだろう
だったら、どっちか1人が助かるのなら、片方が犠牲になるしかないのだ
「貴子ちゃん、友達想いだね〜?」
「まったく、よかったね〜由美ちゃん?」
「くっ……!とっと、しなさいよ!!」
「へいへい、お前ら手足押さえとけよ?」
「いや!!貴子、やめてよ!!お願いだからこんなのやめてよ!!」
「へっへへ……由美ちゃんも見てろよ?」
男達は私の行動を茶化して、由美の罪悪感をわざと刺激し、私が逃げられないようにして由美が拘束されているソファーの前で手足を押さえた
由美はこれから見せられる私に対する凌辱を嫌でも目にいれなくてはならないのだ
どこまで悪趣味なのよ!?この連中!!
私は心の中でこの連中のどこまでも腐っている性根に憤りを覚えながらも下手にこの連中を刺激して由美に手を出せないように我慢した
「じゃあ〜、ショータイム♪」
―ブチブチ―
「ひっ……!?」
男の1人が私のパジャマに手を伸ばすと力を込めて乱暴に引き裂き、私のパジャマのボタンは散らばってどこかへと飛んで行った
そして、露わになった私の素肌に男達は釘つけになりジロジロと視線を向けてきた
私はその際に恐怖のあまり素っ頓狂な声をあげてしまった
「やっぱり、でかいな」
「うひょ、たまらねえ〜」
「見ろよ、さっきまであんなに強がってたのに涙目になってるぜ?」
「泣きそうな顔も可愛いぜ」
「あぁ……」
こわい……誰か……助けて……
「もうやめて!!こんなの見たくない……!!」
私は改めて、犯されることへの恐怖を実感した
今までは由美を守りたい一心と春菜へのトラウマからひたすら恐怖を抑えつけていたが
服を裂かれ、手足を押さえつけられ、素肌を曝され、男からの獣欲に満ちた視線を向けられたことで犯されることへの恐怖が現実味を帯びてきたのだ
私は目に涙を浮かべて身体を震わせ、誰かに助けを求めたかった
だけど、同時に心の中で『諦め』を感じていた
もう、どうにもならないよね……?
でも、いいのよ……『因果応報』て言うけど……皮肉ね……
私は『あの日』のことを思い出して自嘲した
春菜を助けなかった私が助けを求めるなんて虫がいいわね……
恐らく、春菜が今の私を見たら由美と同じかそれ以上に悲しんで苦しむことになるだろう
春菜はそう言う娘だ
だけど、私はそう考えるとあの娘が私のことを憎んだり、恨んで死んでくれたなら幸せだと思った
仮にあの娘が幽霊になって私のことを見ているのなたあの娘が二度と傷つくようなことはあって欲しくない
私が自分に降り注いでる現実を無理矢理納得しようしていると男達は再び私のことを見てニヤケながら下世話な話をしだした
「いや〜、こんだけ楽しいのは6月以来だな」
「あ〜、確かに」
「あの時の女は処女だったよな?」
「こいつも処女ならいいよな〜」
「どうだろうな?最近のガキは結構、早いらしいし」
こいつら……女にとっての『初めて』をなんだと思ってんのよ……!!
女を連れ去って犯そうとする連中にそんな良心を期待する方がおかしいと思うがそれでも私は憤りを隠すことができなかった
だが、次の言葉に私はそんな憤りすらも忘れてしまった
「本当だよな〜、それにあの春菜て女の時みたいに泣き叫ぶとマジいいよな」
突然、私と由美にとって馴染みのある名前が出てきた
「「え……?」」
春菜……?え……?何を言ってるの……こいつ?
私は男の言葉の意味がわからなかった
しかし、私は春菜と言う名前が突然出てきたことは理解できた
私と由美はただ茫然とするしかなかった
そして、男達は私達にとって、聞きたくもない真実を語り出した
「あの女、俺らに服を脱がされるとすごく泣きまくってたな」
「あまりにも暴れるからぶん殴って大人しくなった時の表情もよかったよな〜」
「いやいや、一番良かったのは処女を奪ったときだって!」
「俺は中出しした時だと思うぜ」
「う〜ん、俺は1人目が終わった後に2人目が挿入れた時もよかったな」
「おいおい、貴子ちゃんにネタバレすんなよ〜」
「しっかし、最近電話に出ねえけど……どうしたんだ?」
私は男達の会話をただ聞くことしかできなかった
と言うよりは、それらのことを真実だと認めたくなかった
だが、心の中で整理がつく前に私は
「殺してやる……」
「……あ?」
「殺してやる!!殺してやる!!殺してやる!!殺してやる!!
あんた達のことを絶対に殺してやるうぅうぅぅぅううううぅうぅぅぅぅううううううぅぅう!!」
「うおっ!?こいつ、いきなり暴れやがった!?」
「ちっ!ちゃんと押さえとけよ」
私は怒りに身を任せて身体をジタバタと暴れさせて頭を振り乱して
呪いを込めるように男達に向かって可能な限り大きな声で叫んだ
こいつら……!!こいつらのせいで春菜はあああぁあぁぁぁぁああああぁぁああぁあ!!!
春菜が自殺したのはいじめだけではなかったのだ
春菜は私の目の前の男どもに凌辱され続け
学校では女子グループによるいじめ
私達と相談することができない孤独感に散々苦しめられ絶望してしまったのだ
そして、その苦しみから逃れる道は『死』しかなかったのだ
私はこいつらのことが殺したいほど憎くてしかなかった
なぜなら、こいつらさえいえなければ
こいつらさえいなければ!!こいつらさえいなければあぁあぁぁぁぁぁああああああああ!!
春菜は……春菜はあぁぁぁああぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁあぁああああ!!!
この連中さえいなければ春菜は自殺しなかったかもしれないのだ
こいつらがいなければ春菜と関係を取り戻すこともできたかもしれない
こいつらがいなければまた私と由美と春菜の三人組で笑い合うこともできたかもしれない
私の頭の中で失われた多くの未来と春菜の笑顔が溢れるように思い浮かび続けた
「死ね!!死ね!!死ね!!あの娘の代わりにあんた達が死ねばよかったんだ!!!」
「うぅ……春菜……春菜ぁ……!!」
私は憎しみと悲しみと苦しみがごっちゃ混ぜになった感情を込めた怨嗟の言葉を吐き続けた
由美は春菜に身に起きた余りに酷過ぎることに耐えられず涙を流し続けていた
すると、男の1人が私の態度に苛ついたらしく眉間に皺を寄せて右拳を振り上げて
「てめぇ……!!うるせえんだよ!!」
「……!?」
そして、その拳を私の顔に向けて思いきり振り下ろそうとした
私はそれを見た瞬間、痛みが来るのを覚悟した
だが
―ジャラララララララララララララ―
その痛みが訪れることはなかった
「な、なんだよ……?この鎖は?」
私を殴ろうとした男は自分の右腕に生じた違和感を確認すると右腕に鎖が巻き付いていることを目にし混乱した
いや、男だけではない
私を含めたここにいる全ての人間も突然、起きたことに困惑している
「女性に手をあげるなんて……感心しませんね?」
すると、ペンションの入り口の方から女性の声が聞こえてきた
「だ、誰だ!?」
男の1人が驚きを隠せず入り口の方に向かって怒鳴りながら振り向いた
そして、男達の壁の間から見えたのは1人の女性だった
シスター……?
その女性はマンガやアニメなどで見たシスターのような服装をしていた
しかし、彼女の身なりは世間一般で知られる通常のシスターの服装ではなかった
彼女の服は胸元が十字架をあしらったかのように開いており
脚部には彼女の美脚を晒すかのようにスリットが入っているなど全体的に煽情的なデザインだ
また、彼女の身なりとして最も注目してしまったのは彼女の腰だった
なぜなら、彼女の腰には人間ではありえないものが存在していたのだ
あれて……尻尾……?
私は自分の目を疑うようにしながらも彼女の腰から生えていると思われる鎖が巻かれている黒くて太長い尻尾のようなものをマジマジと見つめてしまった
と言うより、ここにいる全ての人間が口をポカンと開けて唖然としている
こ、コスプレよね……?あれ……?
私が困惑していると
「し、進藤さん……?」
由美が私の知らない人間の名前を目の前の女性に向かって呼びかけた
「あ、由美さんご無事……とは、言えませんね……これは……」
すると女性は穏やかな声で応えるが
由美の服装を見ると少し苦しげな顔でそう言った
どうやら、由美の知り合いらしい
「ごめんなさい……もう少し、早くにあなた達を助けに来たかったんですけど……ここの場所がわからなくて……」
彼女は申し訳なさそうに深々と謝ってきた
「え、助けに……?」
私はその一言に驚いてしまった
彼女は私達の現状をどのような手段か知らないが把握して助けに来てくれたようだ
しかし、私はとても言い辛いのだが助かった気がしない
そして、彼女の発言を聞いていたのは私と由美だけではなかった
―ぎゃははははははははははははははははははははははは!!―
男達の下品な馬鹿笑いが響いた
無理もない目の前にいる女性は私達と同じくらいの年齢と体格で四肢は長細くて美しくはあるがとても腕力があるとは思えない
また、彼女の身体つきはとても肉感的であり、顔も恐らく十人中十人が美人と言っても差し違えのないほど整っている
男達は自分の縄張りに餌がのこのことやって来たと思いご機嫌になっていた
「ねえ君?そんな格好しているてことは俺達のことを誘ってんの?」
「て言うか、エロい身体してんね〜?」
「俺達と一緒に楽しもうぜ〜」
男達は顔をニヤニヤさせつつ、鼻息を荒くして、目を怒らせて彼女にその獣欲を向けた
それに対して、彼女は動ずることもなく目を閉じて愛嬌のある笑顔で
「う〜ん、とても魅力的な相談ですけど……私には既に心に決めた男性がいますので
お断りさせて頂きます」
キッパリと彼女は断った
だが、そんなことは目の前の獣達には無意味に等しい
ここにいる連中は相手の意思などをお構いなしに自分の欲望のままに生きる最低の人間なのだ
「へへへ……いいじゃねえか……
と言うか、この鎖を巻いたの君だろ?どうにかしてくれね?」
先ほど、私のことを殴ろうとした男が女性に向かって下心を丸出しにしてそう言った
しかし、私はここであることを思い出した
あの鎖はどこから……?
それは男の腕を拘束している鎖のことだった
どこからあの鎖は伸びているのかを目で見て私は信じられないことに気づいた
鎖が……宙に……浮いている……!?
そう、あの鎖は彼女のいる所から伸びているのだ
しかし、あの鎖は『何もない空中』からその姿を現しているのだ
「俺さ、寝取りてやってみたかったんだよな〜」
「うわ、悪い奴だな〜、お前」
「なあ、君の彼氏より俺達の方が気持ちよくさせてやるから……なあ?」
恐らく、由美と男達が気づいていない衝撃の事実に私が驚いていると
男達はその事実に気づくことも気にすることもなく女性に対して、最低な下世話な話を持ちかけた
「……はあ〜……だから、言っておきますけど……」
すると、彼女はしばらく間を置いてため息を吐いて困ったようになった直後
「―チェントロ!!―」
―ジャラララララララララララララララ!!―
―グイッ!―
「えっ?」
彼女が突然、強めの口調で何かの言葉を発すると
それと同時に私を殴ろうとした男の腕に絡まっていた鎖が彼女の方へと勢いよく引き寄せられた
そして、それはその鎖に絡まっている男も同じで男も彼女の近くへ移動した
―ガチャガチャ―
「いっ……!?」
―ドサッ!―
「グヘっ……!?」
「答えは……『NO』です」
突如、男の腕に絡まっていた鎖が解けて自分を引き止める者を失った男は引き寄せられた力による慣性により宙に放り投げられた
その後、男は地面に叩きつけられ気絶した
そして、女性はニッコリとした笑顔で男達に対して、変わらぬ穏やかな口調であったが隠しきれぬ静かな敵意を表した
男達は今、自分たちの仲間に起きた非現実な出来事にすぐに理解できず唖然としていたが
「てめぇ……!!やるってのか!?」
男の1人が我に返り彼女に対して怒鳴った
だが、男の脚は見るからに震えており、
顔には冷や汗を浮かべており、
明らかに虚勢を張っていることはすぐに理解できたが
「やるか、おら!!」
「後悔させてやんぞ!!」
「ぶっ殺すぞ!!」
他の連中もそれに便乗するして彼女に対して次々と乱暴な言葉を使って威嚇しだした
その様子はまるで動物園の猿のようだった
恐らく、数で勝っていることに仮初めの安心感を抱いているのだろう
人間は集団でいると色々なことに安心感を覚えるものだ
それがスポーツにおけるチームプレイや政府に対するデモ活動、そして、犯罪行為でもあってもだ
いわゆる集団心理と言うものだ
何よりもこの連中は普段、自分達が嬲り者として下に見ている女に自分達が恐怖していることを認めたくないのだろう
だが、男達はこの後、そんなくだらない自尊心や虚栄心を守ろうとしたことに後悔を抱くことになる
「あら?そんなに怒るとは……でも、一つよろしいですか?」
女性は明らかに体格でも数でも上の敵意剥き出しの獣達に対して物怖じもせずに涼しげにしていたが
「―ソプラ―」
―ジャララララララララララララララララ―
「うおっ!?」
彼女のその一声により鎖が男達の方へと弾丸のような勢いで近づき男の1人を集団から分断し孤立させて
「―デストラ!―」
―ガチャン!―
「へぶっ!?」
先ほど孤立させた男を左に薙ぎ飛ばした
「私はそこのお二人のこと以外の理由で……」
女性は笑顔のままニッコリとして閉じていた両の瞳を開けて男達をへとそれを向けた
しかし、その眼は
「『個人的』に……あなた方に怒りを抱いていることが二つほどあるんですよ」
獰猛な肉食獣が獲物を狩る際のような迫力を込めた赤い光を輝かせていた
―ゾクリ―
私は生まれて初めて『笑顔』と言うものに恐怖を抱いた
それは本能からくる恐怖だった
そして、私は気づいた
この男達は今まで弱い人間を嬲っていたことで驕り高ぶり自分達が強者だと勘違いしてしまって
目の前の本当の強者挑むことに対する恐ろしさや愚かさに気づけなかったのだ
彼女はそんな男達に潜在的な恐怖を思い出させたのだ
「て、てめえら……ビビってんじゃねえ!!」
男の1人が声を震わせながらも仲間に対して、怒鳴ることで自分と仲間の恐怖を拭い去ろうとするが
「で、でもよ〜……」
男の仲間はタジタジと億劫になっていた
さすがの愚鈍な男にも目の前の女性の圧倒的な力の差を理解し
自分の仲間に降りかかった『未知』への恐怖に囚われているのだ
「いいから!!とにかく、あの女をぶちのめすぞ!!」
男は必死な形相で仲間を捲くし立てた
恐らく、そうすることで自らに憑りついている恐怖を無くそうとしているのだ
すると、何人かは
「そ、そうだせ!!は、早くあの女を殺すぞ……!!」
「そうだ!そうだ!」
自分達も一刻も早く『悪夢』から解放されたいがために同調し始めた
「わ、わかったよ……」
残りの男達も嫌々ながらもそれに合わせた
そして、男達は一斉に彼女の方へと殺意と恐怖に満ちた目を向けて
「うあああああああああああああああああああ!!」
彼女を倒すために襲いかかった
だが、彼女はそれに怯むこともなく
「―シニストラ―」
―ジャラララララララララララララララララ―
口を開き一言だけ発し、鎖は左から右へと160°近く扇状にバットのようにスイングし
―ガチャ!ガチャ!―
「うげっ!?」
「ぎゃ!?」
―ガシャーン!!―
「ひっ!?」
その勢いのままに男の何人かが右へと薙ぎ飛ばし
男の1人は窓を割って外へと飛ばされた
その光景を目の前にした先ほどの攻撃を運良く避けることのできた男の1人は臆病風に吹かれて立ち止まろうとするが
「馬鹿野郎!!とっと進め!!」
「うっ……うわああああああああああああああ!!」
仲間に捲くし立てられ、退くこともできず泣きながら向かって再び走り出した
だが、そんな哀れな男に対しても彼女は無情にも
「―デストラ―」
―ジャラジャラララララララララララ―
―ガチャリ!!―
「ひっ!?」
鎖を彼女から見て右に垂直に移動させて、哀れな男の身体を拘束すると
「―ソット―」
―ジャラララララララララララララララララララララララララララ―
「ぎぃ!?」
自分の背後まで運び
男は余りの速度の加速度に耐えられず悲鳴にもならない奇声をあげた
だが、男の悲劇はまだ続いた
「―ソプラ―!」
―ジャラララララララララララ―
鎖は今度は彼女の前方へと戻り
―ガチャ―
―ドガ!―
「げふっ!?」
「ぐへっ!?」
そのまま捕らえていた男を投げ出し他の走っていた男にぶつけた
「……まだ……続けますか?」
「ぐっ!?」
「ひっ!?」
「あわわわ……」
彼女の圧倒的な『蹂躙』を目の当たりにした男達は勝つことができないことを理解したのか立ち止まった
彼女も余裕を崩さず目に威圧感を残して男達をさらに追い詰めようとした
しかし、
「おらああああああああああああああああ!!」
「なっ!?」
突然、男の1人が彼女の右方向までに迫っていた
どうやら、男の奇襲攻撃らしい
それを見た彼女は予想外だったらしく驚きのあまり目を大きく開いた
「それだけ、長い武器だと隙がでかいだろ!!」
男は勝ち誇った笑顔でそう言うと彼女は
「ぐっ……!?―チェントロ―!!」
初めて表情に焦りを浮かべて先ほどまでの余裕をなくした
彼女の表情が男の言葉が正解であるかを物語っていた
私が状況を確認すると今、女性の鎖は前に伸びており、女性が鎖を戻したとしても
男の言う通り隙が生まれるのは目に見ても理解できる
そして、そんな男の快挙に男達は
「いいぞ〜!!やっちまえええええええええええええ!!」
「ぶっ殺せええええええええええええええええええ!!」
「後悔させてやれえええええええええええええ!!」
と先ほどまでのような動物園の猿が騒ぐような野次を飛ばした
「逃げて!!」
「進藤さん!!」
私と由美は彼女に対して叫んだ
こいつらは自分達が優位になるとすぐに相手を嬲ろうとする人間だ
仮にもし、彼女が敗けてしまったら、散々痛めつけた相手に連中が何をするか私達は想像するだけで恐ろしかった
「しまっ―――!?」
―ズサ―
彼女は後退りをして少しでも間合いを作って鎖を呼び戻す時間を作ろうとしたが明らかに間に合うはずがなかった
それにあの鎖は彼女が先ほどから発している五種類の言葉を発しないと動かせないらしく男を迎撃するためにそれを発する刹那もないのだ
それを見越してか男は完全に勝利を確信している
その時、男達は勝利への歓喜と彼女への獣欲、私と由美は彼女の敗北への絶望を感じていた
「はは……ざまぁ見ろ!!」
男の手が彼女の身体へと触れようとした
「―――な〜んて?」
だが
―ジャラララララララララララララ―
「……えっ?」
―ガコン!!―
「ぐふっ……!!?」
女性は突如、先ほどまで浮かべていた焦りの表情を再びニッコリとした強者の余裕のある笑顔に変えた
そして、どこからともかく鎖が動く音が聞こえてきて
彼女を追い詰めた男の戸惑いの声の次に金属音が鳴り響き
男は彼女の横に弾き飛ばされ気絶した
「………………」
しばらくの間、辺りに沈黙が漂った
すると、彼女は口を開き
「あ、言っておきますけど……
私の鎖は……一本じゃありませんよ?」
明るく無邪気な声で男達にとって死刑宣告に等しい言葉を告げた
「鎖の操作に関しても……別に『術名』を口に出さなくていいんですけどね?
まあ、こう言うのはノリが大切じゃないですか?」
彼女は続けて、愉快そうな声で自分が先ほどまで『手を抜いていた』と言う残酷な現実を男達に叩きつけた
「じゃあ……少し……『本気』を出しますね?」
そして、とても慈愛の込められた優しさに溢れて見える微笑みを浮かべて宣言した
彼女の宣言の後に彼女の背後の空間からおびただしいまるで蛇の大群のように大小異なる無数の鎖が何もない空間から現れ
ただの思い上がった不良である男達に絶対的な力の差と言う 『絶望』を魅せた
「あぁ……」
「ひ、ひいい!?」
「あががががが!?」
男達はあまりの絶望に顔から完全に色を失くし、後退りを始め、中には失禁している者までいた
彼らはようやく気づいたのだ
目の前の彼女に勝つことのできない現実に
そして、彼らの様子を見ても彼女は顔色一つ変えず笑顔で
「いきなさい」
―ジャラララララララララララララララララララ―
―ガララララララララララララララララララララ―
―ガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャ―
―ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ―
「ひ、ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」
「「………………」」
全ての鎖が彼女の号令の下に一斉に男達に一つの大蛇の様に襲いかかった
しかし、もはや目の前で見たあれは大蛇と言うよりは人間ではどうすることのできない濁流のようであった
そして、私は男達の中には逃げようとする者、立ち尽くす者、失神する者など異なる反応をする者を目にしたが
結局は鎖の群れから逃げることが叶わず、聞こえてきたのは男達の悲痛な叫びだった
私と由美も一瞬、その鎖の濁流に飲み込まれると思ったが
鎖は私達二人を自然と避けた
どうやら、彼女が何かしたのだろう
それでも、私と由美はその圧倒的な力の前に呆然とするしかなかった
「ふ〜……さてと、由美さん?それと……貴子さんでしたか?大丈夫ですか?」
「「……!?」」
しばらくして、屋内外にいる男達を全員鎖で拘束すると女性は私と由美に近づいてきた
私と由美は一瞬、先ほどまで彼女から感じられていた『恐怖』のせいかその声を聞いただけでビクついてしまって心臓が跳ね上がってしまいそうになるほど驚いてしまった
しかし
「すいません……怖い思いをさせてしまって……」
「え……」
「し、進藤さん?」
突然、彼女は謝罪してきた
今の彼女の瞳は赤い輝きは先ほどまで変わらなかったが
その瞳からは既に先ほどまでの恐ろしさは消失しており
私達を安心させ、私達を気遣う慈愛に溢れていた優しいものであった
私と由美は彼女のその変わりように困惑すると同時に彼女への恐怖は完全に失われた
「だ、大丈夫ですよ……助けてくれただけで感謝しています」
「そうですよ……ありがとうございます……
あの?進藤さん、どうしてここに?」
私と由美は辛そうにしている彼女へと感謝をすると同時に彼女がどうしてここにいるかを尋ねた
「そう言ってくれますと……少し、救われます……
あ、そのことなんですけど……少し、待っててくれませんか?」
彼女、進藤さんは私達の言葉を聞くと少しホッとしたような顔になり
あどけない少女の笑みを浮かべて私達の傍から離れて鎖に拘束している男達の下へと向かった
「ひっ!?」
―ガチャ―
―ガチャ―
男達は彼女が『笑顔』で近づくと一斉に怯えだし身体をよじらせて逃げようとするが
身体を拘束する鎖の呪縛が固く、ただ金属音が鳴り響くだけであった
そんな男達に進藤さんは
「さて、あなた方に質問です……
どうして、私があなた方に『怒っている』か……わかりますか?」
笑顔のまま、落ち着いた声で尋ねた
それは私も疑問に思った
彼女はどうして見ず知らずの私を助けてくれたのだろうか?
由美とは知り合いらしいが、先ほどまでの由美の反応を見るとそこまで彼女とは二人の仲は親しいわけではなさそうだ
正義感、気まぐれ、男達に対する嗜虐心
など私の頭には多くの答えが浮かんだがどれも違う気がした
すると、男達は
「俺達が悪かった!!二度とこんなことしないから助けてくれ!!」
「お願いします!!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
狂ったかのように謝罪の言葉を喚き続けた
「……っ!!」
そんな男達の態度に私は苛立ちを覚えた
「……ふざけんじゃないわよ!!あんた達のせいで春菜は!!!」
私は男達に向かって罵声を浴びせた
こいつらは春菜が『処女』を奪った時に春菜は『やめて』や『助けて』などの言葉を必死に叫び続けた時に止めようとしないどころか
その必死な姿を見て玩弄したのだ
それを今度は自分の番になると身勝手にも相手に助けを懇願しているのだ
私が怒鳴ると由美も続けて泣きそうになりながら
「そうよ!!あんた達のせいで春菜は……春菜は自殺したのよ!?」
男達に向かって春菜が自殺した『事実』を訴えた
すると、男の1人がギョっとした表情になり
「じ、自殺……!?」
初めて自分達の仕出かしたことの罪の重さに気づいたようだった
しかし、それでも男達は
「で、でもよ……俺らそんなこと知らなかったんだよ!!」
「本当に悪かった!!だから、許してくれよ!!なあ?なあ?」
上辺だけの謝罪を行い罰から逃れようとするだけだ
―ギュッ―
私はそれを聞く度にこの男達に『殺意』を抱き拳を固く握りしめた
そして、それは由美も同じだった
由美の表情からは完全に表情がなくなり、目からは完全に光がなくなっていた
どうせ……こいつら、ここから逃げても同じことを繰り返すんだし……
殺してもいいよね……?
―ザッ―
私は男達の首を自分の手で絞めてなるべく苦しめながら殺そうと思い男達に近づいた
そして、由美も私が動くと同時に男達に向かって歩き出した
しかし、そんな私達を止めようとしたのは
「ダメですよ……由美さん、貴子さん?」
男達を先ほどまで自分の怒りで痛めつけ
現在、拘束していた進藤さんだった
そして、彼女が私達の制止を呼びかけた瞬間
―ガチャ!―
―ガチャ!―
「きゃっ!?」
「なっ!?」
先ほどまで私達に絶対に触れることはなかった鎖が私達の身体を拘束した
そして、私達に向かって彼女は何かを諭すように言ってきた
「あなた達の気持ちは理解できます…
私も自分の大切な人間を他人に奪われた人間ですから……」
「え……」
彼女もどうやら、大切な誰かを奪われた存在らしい
だからこそ、私と由美は彼女に止められることだけは理解できない
目の前の彼女は圧倒的な力を持つ存在だ
「だったら……止めないでください!!進藤さん!!」
「そうよ!!私達はこいつらを殺さないと……!!」
そんなことは先ほどの蹂躙で理解できている
敵わないことも理解できている
だけど、私と由美は彼女に対して反抗した
私と由美は春菜を死なせてしまった
だからこそ、その『死』の原因であるこの男達を殺すことで
その罪を背負っていくことこそ、『罰』だと考えたのだ
だから、どんなに食い下がってでもこいつらを殺したかったのだ
だけど、進藤さんは私達に対して
「いい加減にしなさい!!」
「「!?」」
叱るように怒鳴った
私達は先ほどまで余裕ばかりを見せなかった彼女のその表情を見て驚いた
しかし、不思議と私達はこの場で絶対的強者である彼女のその怒りに対して恐怖を抱くことはなかった
なぜならば彼女の表情は母親が子供のヤンチャを叱るような暖かみのある表情であったからだ
そして、彼女の表情は困った表情に変わり
「ごめんなさい……だけど、私はあの娘の友人として……
あなた達の手は絶対に穢させるつもりはありません」
彼女はそう断言した
「あの娘……?」
「進藤さん?」
私達がその言葉の意味を理解できずにいると
少し肩の力を竦めて
私達を安心させるためか再び微笑み出して再び男達の方へと向き直った
しかし、男達に向ける目は先ほどまでの私達に向けていた優しさのこもった眼差しではなく
とても冷たいものであった
「では、先ほどの答え合わせです
実はですね……あなた方が犯した女性の中には
私の友人もいたんですよ?……しかも、その娘はそのせいで自殺してしまったんですよ」
「なっ……!?」
衝撃の真実が明かされた
彼女もまた友人をこの男達によって失ったのだ
彼女は男達に対して明確な怒りも抱いていたのだ
だけど、私はそんな彼女に怒りを覚えてしまった
だったら……どうして、私達のことを止めたのよ!?
もし、彼女の目的が『復讐』ならば私と由美の気持ちも理解できるはずだ
彼女はどうして、私と由美にこの男達を殺させてくれないのかが理解できなかった
すると、彼女は
「それを……あなた達は笑いながら自慢話のように言いました……
あなた達には……『直接』、あの娘に謝ってもらいます」
「ひっ!?」
男達に向かって今まで見ることのなかったゾッとするような表情で
直接死者である彼女の友人である女性に謝ることを強要しようとした
これは遠回しに『あの世で詫びろ』と言ってるとしか思えない
「ひいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃいっぃ!!?」
「助けて助けて助けてえええええええええぇえぇぇぇぇぇええ!!?」
―ガチャ―
―ガチャ―
―ガチャ―
男達はそれを聞いた瞬間鎖で拘束された身体を手足をもがれた蟻のようによじらせ
出荷される前の家畜が自分の運命を悟ったかのような断末魔のような悲鳴をあげて醜態を曝した
「つぅ……!?」
「ひっ……!?」
私も由美も彼女のただならぬその雰囲気から
次に来るのは血飛沫が飛び交う地獄だと思い、目を瞑った
しかし、次に聞こえてきたのは男達の悲痛な断末魔による阿鼻叫喚ではなく
「あの〜、何か勘違いされてますが…
別にあなた達の生命を奪う気はありませんよ?」
「「「……は?」」」
彼女のあどけない声による一言だった
彼女のその言葉のせいでこの場を包んでいた緊迫感は一気に振り払われ
彼女を除く全ての人間が間の抜けた表情になった
しかし、彼女はそんなことを気にせずにマイペースに
「私は別に直接、あの娘に謝ってくれるだけでいいだけですから」
絶対にできない死者への謝罪を男達のさせることだけを伝えた
―ギリ!―
馬鹿じゃないの……死んだ人間は絶対に帰ってこないのよ!!
それに対して、どう謝ればいいのよ!!
私は進藤さんの無神経な言葉に歯を噛み締め苛立ちを覚えてしまった
『死者には二度と出会うことができない』
それは私が嫌と言うほど味わった苦しみであり悲しみであった
本当なら私も死者である春菜に対して、死んで会えるのなら死にたかった
だけど、私は知っている『死後』なんてないことを
だからこそ、私は死ぬことができなかった
生きて苦しむことこそ春菜に対する贖罪だと思ったからだ
だから、彼女の言葉に怒りを覚えてしまったのだ
もし、できるなら……謝らせてよ!!
もう一度、春菜に会わせてよ……!!
私は心の中で必死に自分の願いを叫ぶんだ
すると
―ジャラ―
―ジャラ―
建物の外から何かが鎖を引きずるような音が聞こえてきた
何かの聞き間違いだと一瞬、私は思ったが
―ジャラ―
―ジャラ―
音は先ほどより大きくなりこの建物のすぐ近くまで何かが来ていることがわかった
「な、何……この音……?」
由美が怯えた目で周りを見渡し始めた
いや、由美だけじゃない。進藤さんを除くこの場にいる全員がオドオドと周りを確認している
誰もがかすかにこの不気味な音に恐怖を抱き始めていた
しかし、この恐怖は進藤さんが見せた圧倒的な力に対する恐怖と全く違うものであった
―ジャラ―
―ジャラ―
音が再び近づいた。だが、今度は鎖の音だけではなかった
「あぅ……うぅ……」
鎖の音と共に今度は何かが呻くような声が聞こえてきた
「な、なんだよ……!?」
「あわわわわわ……」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
男達はその声を聞いてさらなる恐怖の深みへと嵌った
この声……
だが、私はその声を聞いて耳を疑った
いや、私だけではない。由美の方を見ると由美も目を大きく開きこの声に何かしらの恐怖とは違う驚きを抱いていたようだった
―ジャラ―
―ジャラ―
―ジャラ―
「あうぅ……あぅう……」
「ひっ……!?」
男の何人かは再び聞こえきた呻き声による恐怖に耐えられず悲鳴をあげた
私と由美は十年間も聞き続けた『あの声』と似ているこの声に耳を傾けて
何も考えることができずにいた
すると、唯一この場で恐怖にも疑念にも囚われていない彼女の声が響いた
「さて……皆さん……」
進藤さんは新たに空間から大量の鎖を出現させ
それを呻き声が聞こえる壁の方向へと向け
「心の準備はよろしいですか?」
とニッコリとした表情で言い
―ジャララララララララララララ―
―ズシ!―
―ガシャン!―
―バリバリ!―
新たに現した鎖を全て壁へとぶつけさせ人1人が入れる壁を瞬時に作り上げた
―ジャラ―
―ジャラ―
―ジャラ―
―ジャラ―
―ジャラ―
「あうぅ……あぐぅ……うぁ……」
すると、その壁の穴から直に鎖を引きずる音と私と由美のが聞きなれた声が
聞こえてきた
「ふふふ……」
不適に笑いながら彼女は自らが抉じ開けた穴の前に立った
「あうぅ……なぅ……」
そして、彼女の背後にももう一つの人影が見えた
その人影は私と由美より少し背が低い少しゆったりとした顔を隠すぐらいの前髪のあるウェーブのかかったミディアムの髪型をした中学三年生の女子のものだった
先ほどから聞こえてきた呻き声は『彼女』から発せられるものだったのだ
「あ、あぁ……!?」
私は由美の方を確認した
しかし、確認したのは私だけでなく由美もまた、私に確認を求めていたのだ
私達は先ほどから聞こえてきた声の持ち主を見た瞬間、驚きと疑い、罪悪感、そして、喜びが入り混じった複雑な涙を流していた
「さて、皆さん……早く、謝ってくださいね」
進藤さんはニッコリと男達に笑みを浮かべてそう告げた
男達は今、目の前で起きている先ほどよりも彼らにとって
恐ろしく、悍ましい非現実的な出来事に恐怖を抱き身体を震わせ、今にも発狂しそうであった
だが、彼女はそんなことを気にもせず、灯りではっきりと見えるようになった後ろの人影に向かって
「ね…………………春菜?」
もう会うことのできないと思った私達の幼馴染の名前をその幼馴染と全く同じ顔をした少し、土気色の肌をした人影に向かって呼びかけた
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!?」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!?」
「うわああああああああああああああああああああああああああああ!!?」
私が鎖による拘束を解いた瞬間、目の前の男の方々は蜘蛛の子を散らすように我先へと悲鳴をあげて森へと逃げて行きました
まあ、先ほどの会話で死んだと思われていた春菜がいきなり『ゾンビ』の姿で現れたら、アンデットに耐性のない現代人なら誰だって怖がると思いますが……
実際、春菜は一度死んでますし……
「あ、そっちに『獲物』が行きましたので後はご自由にお願いしますね?」
私は男達が逃げたのを確認すると水晶玉を取り出し
この辺りで待機している仲間の魔物娘達へと連絡しました
彼らには他の魔物娘の皆さんに事前に打ち合わせした恐怖の一夜を味わってもらうつもりです
まあ、その後は魔物娘の皆さんに矯正してもらって真っ当に生きてもらうつもりですが
本当はあそこまで痛めつけるつもりはありませんでしたが
途中から色々なことが原因で彼らに対して怒りをぶつけたかったので
このぐらいはしても……罰は当たりませんよね?
私がどうしてあの男達にここまで怒ってる理由は二つあります
一つは単純に『女性』としての怒りです
女性にとって『処女』とはとても大切なものであり、神聖なものです
それを彼らは泣き叫ぶ春菜や多くの女性から無理矢理奪ったのですから腹を立てない方がおかしいでしょう
魔物娘の価値観からすれば一見、おかしい気がするかもしれませんがね……
魔物娘は確かに自らの『処女』を捧げる男性を求めて中には自らをレイプした男性を生涯の夫にする者も少なくありません
まあ、その際にその夫が二度とそんな悍ましい罪を犯さないようにしますけどね
ですが……
それは『愛』あってのことです
ただ快楽や性欲だけを満たすセックスをするほど、私達魔物娘は性に狂っていません
私達にとってのセックスとはある意味では人間のものよりも神聖なものなのです
私達は自分が文字通り本当に愛し続けると誓った男性に『処女』を捧げるのです
私も……あの人のことを想っているからこそ……ここまで怒ることができたのでしょうね……
私にもとても大切な男性がいます
事情があって、結ばれることはない人ですけど
たとえ、彼と結ばれずとも彼の『幸福』を願うことができれば私も幸せに感じる本当に大切な男性です
そう言った女性の大切な『想い』を理解できるから
私は彼らを許せなかったのです
それにもう一つの理由も私にとっては重要なことです
それは
何よりも……春菜のことを踏みにじった彼らが許せなかったのでしょうね……
私の友人である春菜のことです
どうやら生前の春菜は
魔物娘と同じくらい恋に一途でとてもいい娘で優しい娘であることが友人として付き合ううちに解かりました
自分で言うのもどうかと思いますが私も人間だった頃から一途だと思います
だから、春菜に自分のことを重ねてしまって
彼らが春菜のことを陵辱したことをあたかも武勇伝の語った時は腸が煮えくり返って仕方ありませんでした
そして、彼女は
私の大切な友達だから……
春菜と私が出会ったのは彼女が搬送されてきた病院でした
あの時は不治の病に侵されていた女性を堕落させていた帰りでした
私が彼女を知ったのは
医師の懸命な手術と彼女の母親の必死な願いがあったにも関わらず
彼女が14年と言う短い生涯を終えて彼女の母親の慟哭が響き渡っていた時に
彼女の母親の
『どうして……自殺なんか……!?』
と言う叫びでした
私はその叫びを聞いた後にとある決意をしてから
春菜の亡骸が運ばれた霊安室へと一目を盗んで忍び込み
彼女に魔力を流し込んで彼女をアンデッドの魔物である『ゾンビ』として生まれ変わらせました
私はただ彼女が自殺したのはこの世界から逃げたいと願ったからだと考え
彼女を人とは違う理を持つ存在である魔物娘なら彼女も幸せになれると思いました
それに私は両親を事故で失くしたことがあります
だから、春菜の両親を哀しませたくなかったのかもしれません
でも、それは春菜にとって『お節介』だったのかもしれません
だけど、それでも私は彼女を救いたかった
『あなたの意思なんか関係ありません……あなたは幸せになるべきです……
たとえ、あなたが彼の幸福を望んでも肝心のあなたが幸福じゃない……
私からすれば……それが許せない……私は独善家ですから……』
私を無理矢理ダークプリーストにした親友のステラと初めて出会った時の状況と彼女の言った言葉が蘇りました
あの時、私は自分にとっての幸福を諦めようとしていました
しかし、そんな時に彼女は私に怒って私をダークプリーストにしたのです
それは偶然にも春菜をゾンビにした私と似ています
彼女は辛い現実から逃げるために『死』へと逃げようとした……
彼女は以前の記憶を持ったまま生まれ変わりましたけど……
それは幸福なのでしょうか?
恐らく、私は春菜に辛い『生』を押しつけてしまったはずです
それは明らかな善意の押しつけです
善意の押しつけは悪意と変わりません
だけど、それでも私は春菜に幸せになって欲しかった
それだけの理由でこの『独善』を彼女に押しつけたのです
ふふふ……ステラ?
私とあなたて……似ていますね?
独善家で
お節介焼きで
他人の不幸を見ぬふりができない
こんなにも親友と似ている所があって、私は不思議とおかしくなり笑ってしまいました
そして、春菜をゾンビにした後に私は連絡していたリリムのアミさんと
アミさんの幼馴染の妖術の天才である八尾の妖狐、霞(しあ)さんの助けで
偽物の春菜の死体を作り、春菜の死を偽装しました
その後、私は春菜を私の住む教会に住まわせてアミさんに定期的に彼女に魔力を注いでもらうことで
彼女と会話ができるくらいまでに肉体と知性を再生させてもらい
彼女と触れ合い、お互いのことを教え合いました
彼女の両親のこと、彼女の学校でのこと、彼女の初恋のこと、彼女の辛かったこと、そして、彼女の大切な幼馴染のことを
いつ間にか、彼女と暮らしているうちに私も彼女の友人になっていました
だからこそ、彼女を死に追いやったあの男達のことが許せなかったのです
これが、私が抱いた怒りの理由です
そして、もう一つ、私にはここにいる理由があります
それは春菜の生前の友人である佐久間貴子さんと及川由美子さんのお二人に春菜を再会させようと思ったのです
理由は私と春菜はアミさんにあることを告げられたからです
『彼女を魔界に連れて行くわ』
なぜなら、この世界ではゾンビは夫を得られるのが難しいからです
実はこの現代社会において、どうしても夫を得るのが難しい魔物娘が二つのグループが存在します
一つはウシオニやワーム、サンドウォームと言った人化の術を基本的に苦手な本能が強い魔物娘の種族など言ったグループです
そして、もう一つのグループはスケルトンや春菜の種族であるゾンビと言った単純思考で
行動が少し遅いアンデッド属です
私達魔物娘はこの世界にとっては完全な異端であり、下手をするとこの世界に無用な混乱を生む可能性があり
目立つことは防がなくてはなりません
特にアンデッド属は傍から見れば死体が動いているようなものであり
仮に春菜のような死者が生前の関係者の前に現れたら大騒ぎどころじゃありません
だから、アミさんは彼女に一時的に魔力と夫を得るチャンスが多いあちら側に連れて行くことにしたのです
その話を聞いて春菜は少し寂しそうにこの世界が名残り惜しそうにしてましたがすぐに了承してくれました
しかし、彼女は同時に
『少し……待って……』
とこの世界における『心残り』のために未だに残っています
春菜はとても死者とは思えないほどの安らかな生気に溢れた顔で
目の前の友人の2人を向き直り
「今まで、ありがとう……貴子……ちゃん……由美……ちゃん……」
少し、言葉を遅くしながら穏やかな声で
目の前の友人である2人に感謝しました
「え……」
「春菜……?」
彼女の『心残り』とは
生前叶うことのなかった大切な友達への感謝でした
彼女は自分を助けることができなかった友人を恨むつもりなど最初からなかったのです
そもそも、あの男達に対しても春菜自身は別に報復を望んでません
私がムカついたからやっただけです
まあ、春菜が自分が犯されたこの場所を教えてくれなければ貴子さんと由美さんを助けられませんでしたけど……
春菜は本当に目の前の2人が大好きなのです
私が教会で聞かされた話は全部、彼女達の話だったのですから
それに彼女は自分の『初恋』でさえも
貴子さんが好きな男性だからと言ってその男性の告白を自分も好きなのに断ったほどです
それほど、彼女にとってはかけがえのない大切な存在なのです
彼女はこの世界を一時的に離れる前に彼女達に今まで思い出をくれたことを
感謝したかったのです
そして、私は春菜が自分のしたかったことを終えたのを見届けると
「……春菜?じゃあ、行きましょう?」
彼女に向かってこの場を去ることを伝えると
彼女はコクリと頷いて私と一緒に歩み出しました
すると
「春菜!!」
貴子さんが大きな声で春菜を呼び止めました
私と春菜はその声を聞いて振り向くと貴子さんは大粒の涙をポタポタと流しながら
「あの時はごめんね……!!
あの時、私が相談に乗ってあげれば……!!」
と謝罪の言葉を叫びました
「私も……!!」
今度は由美さんが声を発しました
そして
「私も……貴子と春菜との仲を取り持つことぐらいはできたのに……
本当にごめんね……!!」
由美さんも貴子さんと同じく涙を目から溢れさせて
叶うことのないと思われた彼女への謝罪を彼女へと伝えることができました
―ポタポタ―
春菜のまだ乾いていた肌を涙が通っていき次々と涙を落ちて行きました
そして、春菜は
「ありがとう……二人とも……私の大切な……友達だよ……だから……」
と屈託のない笑みを浮かべて
「また、会おうね?」
永遠に変わることのない彼女達への友情と
自らの偽りのない『想い』を告げて前へ向き直りました
それを確認すると私は強い決意を秘めた彼女と共にこの悪夢の小屋を跡にしました
私達の後ろから聞こえてきたのは2人の女性のすすり泣く声でした
―ミーンミーン―
あの不思議なことが起きて悪夢が終わりを告げてから11年が経った
今、私は春菜と由美が幼い頃によく遊んでいた公園のベンチに座っている
蝉の鳴き声がうるさく思えると同時に遊具が変わり、少し変わってしまった公園の内装を目にしながらも
今でも、変わっていないこの鳴き声のお陰で懐かしさを感じることができた
あの事件の後、私達は警察に保護され私達を襲った男達は行方不明になり
世間では事件が表沙汰にならかったこともあり町には平穏が戻った
しかし、私と春菜の家庭では大きな変化があった
私の両親は私のことを引き取りに来ると私のことを叱ったうえで
今までのことを謝罪して、私は両親に愛されていたことを実感し、
家を絞めつけていた嫌な空気はなくなった
そして、春菜の家族は誰にも告げずにどこかへと引っ越して行った
私はあの日からある職業に就きたくてその夢を追いかけ続けた
「よっ!佐久間カウンセラー、元気〜?」
今、公園に着いたばかりの由美が夏の陽ざしに負けないぐらい明るい声で私に呼びかけてきた
これが由美の本来の性格だ
お気楽で明るくて、少し馬鹿なところがある
だからこそ、私と春菜は由美と一緒にいれて楽しかった
私は変わらない、いや、元通りになった由美の性格に少し、やれやれと肩を竦めながらも
笑顔で彼女に返事をした
「はあ〜、元気に決まってんでしょう?
と言うか、その呼び方おかしいから……及川先生?」
私は心理カウンセラーになった
理由は春菜の一件があったからだ
私は春菜のような心が弱まってしまった人の支えになりたいと願ってこの職業に就いた
色々な患者が来て毎日が大変だけど、私はこの日常に満足している
由美は中学校の国語の先生になった
理由は私と同じだ
だけど、私達は決して償いのために仕事をしているわけではない
私達は少しでも誰かの未来を奪われることを防いで
誰かの支えになりたかったのだ
ちなみに私も由美も暇なのでこの公園に来ている
「いや〜、世の中てよくわからないことばかりだよね〜?
あの九条君が進藤さんと結婚するなんて?」
「あ〜……私もあれには信じられないわ……うん……」
実は私と由美はこの前、偶然デートをしていた進藤さんと11年ぶりに再会した
私と由美はその相手にギョッと目を開いて驚いてしまった
なぜなら、相手は私が毛嫌いしていたあの九条君だったからだ
しかも、さらに驚かせられたのは2人が結婚していることだった
「全然、キャラが違ったよね……九条君……」
由美がこの世のものではない何かを見たことを語るように苦笑しながら言った
あの時の二人の態度はまさしく、バカップルの名称が似合うほどの熱々ぷりであった
「うん……」
私もそれに対して苦笑しながら頷くことしかできなかった
私の知っている九条明は何もかも頭で考え、感情で生きることのないある種の『機械』のような人間だった
だが、私が十年ぶりに再会した彼は人間味が溢れる笑顔を絶やさない『人間』だった
そして、そんな彼の腕に常に抱きついていた進藤さんもとても幸せそうだった
恐らく、彼は自分の妻のあの姿も知っているのだろう
とまあ、あそこまで幸せそうな夫婦の姿を見たら、当時の同級生の女子のショックは計り知れないだろう
すごく衝撃的な光景であったことは間違いはない
このように私と由美は休日によく、この公園でこういった雑談をしている
すると、由美は少し不思議そうな顔をした
「ねえ、貴子?どうして、進藤さんに春菜のことを聞かなかったの?」
「え?」
確かに進藤さんはあの後に春菜がどこに行ったのかを知っているだろう
私は最初、戸惑ったがすぐに
「だって……春菜が言ったじゃない?」
確信をもってそう答えた
『また、会おうね?』
あの娘は確かにそう言ったのだ
だから、きっと私達は彼女と再会できるだろう
私は今でもそれを信じて待っている
「そうだね……」
由美はそれを聞くと納得しながらニッコリと笑顔になった
すると、
―ドサ―
「いたい……」
公園の中央から誰かが転んだ音とあどけない子どもの声が聞こえてきた
私と由美が声のした方を見ると
私達の目の前で4歳ぐらいの女の子が転んでいた
「あっ」
私はそれを見るとすぐにベンチをから立ち上がって、その言葉の傍へと近寄った
そして、手を差し伸べて
「大丈夫?」
とその子の様子を尋ねた
すると、女の子は顔を上げて
―ギュ―
「うん、だいじょぶだよ?
ありがとう、おねえさん!」
私の手を掴んで明るい声でお礼を言ってきた
泣かなかったことに加えて、相手に心配させない心配り、感謝できる素直さと言い
この子はとても優しくて強い子なのだろう
私はこの少女に『あの娘』のことを重ねてしまい、自然と笑みがこぼれ
こちらも返事をしようとしたが
「ふふふ……どういたしまし―――え?」
私はその女の子の顔を見た瞬間、思考が止まってしまった
「どうしたの?貴子……え?」
私の背後から近づいてきた由美もこの少女の顔を見た瞬間
突然、立ち止まってしまった
「おねえちゃんたち、どうしたの?」
女の子はいきなり黙ってしまった私達に対して
キョトンとした不思議そうな顔で私達に顔色をうかがってきた
彼女のその顔はとても、非現実的なものだった
彼女の瞳は宝石のような赤い瞳であり
髪の色は上質のシルクを金色に染めたようで
肌は人間のそれとは明らかに異なる蒼白いものであった
しかし、私達が驚いたのは彼女のそんな特異な外見ではなかった
私達が呆然としていると
「菜桜(なお)〜、どこにいるの〜?」
誰かの名前を呼ぶ女性の声が聞こえてきた
「あ、おかあさん!!」
すると、女の子がそれを自らの母の声だと気づき反応した
この子の名前は菜桜と言うらしい
そして、菜桜ちゃんは母親の名前がした方へとトタトタと
まだ、覚束ない歩調で下へと走って行った
「菜桜!」
すると、彼女の母親らしい彼女と同じ目と肌の色をした髪の色だけが異なる女性が姿を現して
菜桜ちゃんの近くに来ると姿勢を屈めて同じ目線になり
「もう、ダメじゃない……勝手にお母さんから離れちゃ……」
と娘に対して叱った
すると、菜桜ちゃんは申し訳なさそうに素直に
「ごめんなさい……」
と謝った
私達はその母娘を見比べた
娘の方は私達が21年前にこの公園でよく遊んでいたもう1人の当時の幼馴染の顔と瓜二つであった
そして、母親の方はその幼馴染の母親とよく似た顔立ちの私達と同じくらいの歳の女性だった
私達が彼女達をマジマジと見つめていると母親は私達に気づき
「少し、待っててね?」
と自分の娘に優しい声で言うと私達に近づいてきた
そして、私達に対して、少し恥ずかしそうにしながらも
「ただいま……貴子ちゃん、由美ちゃん」
穏やかな優しいかつてよく見た笑顔の面影を残した
成長した姿で彼女は約束を果たした
私と由美は顔をほころばせて互いに涙を流すのを我慢しながら互いに笑顔でこう呟いた
「「おかえり」」
14/11/20 20:09更新 / 秩序ある混沌