連載小説
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第五節『レーベン』
―トントン―

「ふ〜……今日の分はこれで終わりだね」

 僕は仕分けし終わった書類の束の角を揃えた

「さてと、今日の株価はどうなっているかな」

 仕事を終えた僕は新聞の株価の欄を見るために新聞を手に取って新聞をめくった。僕は元職場時代から新聞を必ず読むように心がけていた。なぜなら、新聞は基本的に報道番組などよりも情報が詳しく載っており、いつでも、欲しい情報を好きな時に得られることにおいて、報道番組よりも意外と利点がある。確かに報道番組は興味深いニュースを新聞よりも解かり易く伝えてくれるが、伝える情報の偏りが結構あり、ビジネスマンやサラリーマンにとっては報道番組よりも新聞の方が重宝する

―パラパラ―

「お、この株は今が買い時だね」

 株式の欄を見て、次に投資すべき企業と買うべき株式を探した。そして、ある企業の欄を見て、目を止めた

「……結局……これでよかったんだよね……士郎……」

 それは僕の憎むべき男が経営する元職場だった企業の欄だった。あれから3ヶ月が経ち、あの企業は僕の『元』主が投資した資金を元手に企画を成功させたらしく、かなり利益を上げたようだった。また、『元』主が投資したこともあり、こぞって他の人間も投資したらしい

「まあ……ベルンが投資するとなれば、誰でも間違いはないと思うだろうしね……それにもう一つの『献策』もそれによって、成功したから何も言うことはないね」

 僕は『元』主にさらなる利益を与えるためにあることを助言した。それはまだ需要が無いうちにあの企業の株を購入することだ。そうすることで投資による利潤に加えて、株による利潤も得ようと考えたのだ。まあ、利潤を得た後は適当な人間に値が上がった株を他の人間に比較的良心的な値段で譲渡するつもりだが

 だけど、これ……下手したらインサイダー取引だよね……?

 僕は自分が上策したものについて、少しだけだが後ろめたさを感じた。実際、あの企業の内部事情を知る僕がいる時点で企画が成功するのは僕らは一般の人間が知りえないのに知っていることになる。さらにそこに彼女の投資で利益を上げられるのは確実であったことを考えるとどう見ても『公平な取引』とは言えない

「まあ、いいか……僕は世間的には『死んだ』ようなもんだし……」

 僕は世間における自分の存在について皮肉を込めて苦笑してしまった。僕は結局、生きることはできるようになったが、奪われ失ったものは返ってはこなかった。そして、最愛の我が子である士郎にも出会うことはもうないだろう

「士郎……」

 僕は自分の居場所が既にかつて生きていた場所にないことを理解しながらも、そこにあった大切なものに未だに未練があった。しかし、僕はそれでいいと思う。未練があると言うことは僕なりにあの子のことを愛していると言うことであり、自分が決してあの子のことを捨てた訳ではないことを信じることができた

「どうか……強く生きてくれ……」

 恐らく、あの子は僕を裏切った連中に僕を恨むように嘘を吹きこまれるだろう。本当ならば、あの子のことを力ずくで無理矢理取り戻すと言う手段もあるにはあるが、それをしてしまえば、今度はあの子から母親を奪うことになってしまう。あんな女でもあの子にとっては『母親』なのだ。そして、既にあの子にはあの連中による刷り込みが始まっている可能性がある。もしも、僕があの子を奪い返してもあの子が僕を『父親』として見るのはもはや無理だろう。だから、既に世間では『死者』である僕は身を引こう

「士郎……幸せにね……」
 

 どうやら、これだけは愚かにも変わらないらしい。それだけ、あの子のことを愛していると言うことなんだろう。本当なら、あの子に憎まれたくなんてないし、憎まれているのは辛いと思っている。3ヶ月前はあの子に憎まれていることを想像しただけで生きるのが恐かった。だけど、あんなに恐かったのに僕はもう生きることが恐くなかった。なぜなら

「優〜、書類はまとまった?」

 僕の『元』主が書斎に入ってきた。僕は彼女の問いに対して

「うん。あと、次に購入する株式の当てもいくつか見つけておいたよ」

 彼女が僕に任せた仕事以外にも彼女の役に立つ情報を見つけることもしたことを教えた。すると、彼女は

「さすがね……じゃあ……」

 突然、彼女は僕の傍に寄ってきた。そして、

―ギュ―

「うわっ!?」

―ドサ―

 僕に抱きついてきて僕のことを押し倒した

「ちょっ!?ベルン待った!!」

「何よ?」

 僕は彼女のことを制止した。すると、彼女は不満そうな顔になった。僕としては別にベルンとこのまま交わってもいいかなとは思っているが、その前に僕は聞いておきたいことがあった。それは

「何よ?……じゃなくて、そっちの方はどうだったの?」

 彼女の仕事についてのことだった。実は今日は普段は表舞台に立つことがない彼女が『仕事』のために面識のない人間と会ってきた珍しい日なのだ。いや、それ以前に顔を合わせることが無いのはビジネスに携わる人間としてはどうかと思うが、彼女の場合は彼女自身の資産に加え、この世界で人間社会に解け込んでいる他の魔物娘たちの『組合』の長としての一面もあることから、他の魔物娘のビジネスに資金を提供したりなどをしてその見返りである程度の奉納金を毎月に良心的価格で納められていることから別に彼女が表舞台に立つ必要はない。つまり、他の魔物娘を通して経済界に巨大な影響力を及ぼしているのだ。何というか、『都市伝説』のような途方もない話だが、本当のことなので否定ができないのが彼女の凄まじさだった。だが、彼女がこうまでして『お金』を必要としているのには理由があった。彼女は別の世界で人間と魔物娘の終わることのない戦いを目にしてきたことでいつしか、こう願ったのだ

『争いも差別もない愛する者達が平穏に生きられる理想郷を創りたい』

 それが彼女の願いだ。いや、正確には彼女達の願いなのだ。彼女を含めた5人の魔物娘達は少なくとも人間と魔物娘の争いがないこの世界を見つけた後に、『理想郷』を築くためにこの世界に多くの魔物娘達と共に移住したのだ。そして、とある寂れた温泉街を彼女の友人である妖狐が結界で包むことで人間社会と隔離した。これには何も事情を知らない世間の人間に余計な混乱を招かないためと言う理由があった。しかし、それだけでは外の人間に『理想郷』の場所を知られる危険性があり、なるべく『理想郷』の存在を隠す必要があった。だからこそ、ベルンは『理想郷』に周囲の土地を購入し、それを維持する必要があったのだ。また、彼女は『理想郷』の外の社会で夫である男と生きるために生活する魔物娘の援助をしている。つまり、彼女は同胞である魔物娘とその夫達のために資金を集めていたのだ。だからこそ、彼女の『組合』に入ることに他の魔物娘達は抵抗がない。話はずれてしまったが、今日はそんな彼女が珍しく表舞台に出た日だ。そして、僕の問いに彼女は答えた

「商談自体は別に問題なかったわ……だけど……」

 どうやら、商談は成功したらしい。だが、問題は

「あ〜!!本当に何よ!!あの男!!会った瞬間に下心丸出しで私を口説きにかかるなんて!!……本当に信じられない!!」

「やっぱり……」

 彼女が商談をしていた人物が僕の元職場の上司だったと言うことだった。そして、彼女の機嫌の悪さと態度からわかるように僕の元上司は僕の目から見てもかなりの美人であるベルンのことを口説こうとしたらしい。僕はある程度の予想はしていたが、それに対して怒りを通り越して呆れしか感じなかった。そして、彼女が帰ってきてから、突然僕のことを押し倒してきたのはそのストレスもあるようだ。僕はたった3ヶ月だけであるが、それだけで彼女の本質をある程度は理解しているつもりだ。彼女は本当の意味で『プライド』が高い。だからこそ、彼女は下手なお世辞などの媚び売りを自分に対する最大の『侮辱』だと思っており、嫌っている。何よりも甘い言葉などで自分が落とせると思われていることに非常に憤慨しているのだろう

「とっとと、あんな連中と手を切るわよ!!」

「まあまあ、落ち着いて、落ち着いて」

 ベルンの機嫌の悪さはかなりのもので、僕はそれをなだめようとするが収まる気がしない

 まったく……どうして、『あの人』はこんなことができるのかがわからないよ……



 今日、私は優を裏切り、捨てた企業へとわざわざ足を運んだ。本当はそんなところに足を運びたくはなかったが、さすがに投資の利潤を得れたことについてのお礼と株式を他者に譲渡することの許可を得ないで行うことに対しては顔を出さないことは私の『プライド』が許さなかったし、一応の礼儀でもある。だが、私は礼儀を重んじた自分に対して、激しく後悔している

 何なのよ!!あの男!!会った瞬間から下心丸出しの甘い言葉を囁くとか……あ〜、本当に無理!!

 優の上司は優や私の友人達の話から想像してた私の予想を超えて本当に最悪だった。確かに見た目は女受けのする男であるが、中身は人間としては最低最悪の部類だろう。恐らく、私の知りうる限りでは最も忌み嫌う人間だ

 あんなのに引っ掛かる女の気が知れないわ……

 これは優から聞いた話であるが、どうやら、あの男はかなり女遊びが激しいらしく、このことについては常に優や優の元部下である濡れ衣で会社を辞めさせられた男は度々、注意してきたようだった。だが、そのことが原因で2人は次第に煙たがられていき、両者ともハメられたらしい。そして、今やあの男の側近は能力は優よりは多少劣るが使える連中だが、ご機嫌取りしかしない連中で固められている。私としては優のような『忠臣』を簡単に手放せる時点であの男は愚かとしか言えない。そして、優と言うブレーキ役がいなくなってから、あの企業の上層部は腐敗が進み始めたと言えるだろう。私はこの世界の歴史を知ったが、やはり、いつの時代や場所でも放蕩に耽る権力者は自らの国や組織を腐敗させることは変わらないらしい。実際、私達の世界でもそう言った暗君や暴君、愚君は多くいた。まあ、魔物娘が『放蕩』と言う言葉を言うのはどうかと思うが、私達の場合はちゃんと、守るべきものは守っているだけ、少なくとも彼らよりはマシだろう

 あんな男の囲い者なんて、私がバイコーンであっても加わりたくないわ……

 あの男の囲い者や愛人になる位ならきっとバイコーンでも自殺して、貞節を守り通すと私は思った。ちなみに私はバイコーンのことを別に貶している訳ではない。彼女達が愛する男がハーレムを作るのを喜ぶのは、夫がそれだけ多くの魔物娘を幸せにできる存在だと信じており、同時にそんな夫のことを誇りに思っているからだと私は考えている。だから、バイコーンがハーレムに加わることを拒絶すると言うことは不思議でもなんでもないとも私は思っている。それに私達魔物娘は人間からしてみれば淫乱だとは思うが、それは愛あってのものだ。あの男のハーレムはしょせん、自己顕示欲と性欲と肉欲だけのものと言う愚かしさしか感じられない。そして、私はあの男に愚かな女達と同等に扱われたことにとてつもない侮辱を感じた。だが、私は自分が軽い女だと見られた以上に怒りを感じたことがある。それは

『あなたみたいな女性は見たことがありません。どうですか、この後に食事でも?』

『あら、魅力的なお話ですが遅くなると夫が心配しますので』

 あの男は私のことを食事に誘おうとしたが、私は鬱陶しくなり一刻も早くあの男から離れたくなり、相手をなるべく立たせると同時に自分が『既婚者』であることを示唆して断ろうとした。すると、

『え、グランツシュタットさんて結婚しているんですか!?』

 心底驚いたらしい。私はその反応を見て、諦めるだろうと安心したが

『グランシュタットさんのような綺麗な女性を奥さんにできた方は嬉しいでしょうね』

 と余計に褒め始めた。私はあの男が優の元妻と不倫していたことを忘れていた。そう、あの男からしてみれば、自分の性欲を満たせれば既婚者であろうと関係ないのだ。と言うか、余計に私のことを口説こうと勢いを強めた気がした

 本当に……あの男は獣(けだもの)よ!!

『いえ、あの人よりも……あの人を夫にできた私の方が幸福です』

 私はこれ以上、あの男が自分のことを褒めちぎっても私の心が動かないことを遠回しに伝えたが、それでもあの男はしつこかった。そして、あの男は愚かにも私のことを怒らせる最悪な言葉を言い放った

『いや〜、残念ですね。もし、私が先にあなたと出会っていたら私の方があなたのことを幸せにできると思ったのに』

『……!!!』 

 ただ、それだけだった。その一言だけで私のことを怒らせるには十分だった。あの男はあろうことか自分の身の程を弁えずに私の夫を自分よりも下に観たのだ。私はそれを聞いた瞬間、小切手を用意して、そこに7つの0を書いて

『私は株券を他の人間に譲りたいので、とっとと、先頭に1から9のお好きな数字を書いていただけませんか?……それで、この商談は終わりです!!あまりにもしつこい場合は株式そのものを売却します!!』

―バン!!―

 テーブルの上に小切手を叩きつけた。本当なら株券を他の人間に譲渡することに企業の経営者にお金を払う必要はないのだが、あの男は私のことを口説き落とすまでは株券の譲渡を認めるつもりはなかったようだ。あの男は小切手を見た瞬間、あの男は少し、名残り惜しそうに私の顔と小切手を見比べてから7つの0の先頭に9を書いた。そして、私に譲渡の許可書を出して、私はそれを受け取った瞬間にすぐにあの男と別れた。あの男の性欲のせいで優の上策の利益が下がってしまった。そして、その苛立ちとあの男の言葉に耳を穢されたのを洗い流してほしくなり、私は帰ってすぐに彼に甘えたくなり彼を押し倒した




「優〜、キスして〜」

 僕の身体に跨っている彼女は僕にキスをせがんできた。その表情は非常に女の子らしく、可愛いものであったが瞳は得物を狙うような肉食獣のような眼光が秘められていた

「ちょ、ベルン!わかったから!!」

 元上司がベルンのことをかなり怒らせたことをしたらしいことを理解した僕は彼女に制止の言葉が効かないことも理解したが、とりあえず彼女のことを落ち着かせることはしてみようと思った。すると、

「だって……私……優と早く……」

「はあ〜……」

 僕は自分に対して、呆れてしまった。そして、

「あ……あん……」

「あむむ……」

 僕にとっては今の彼女すらも可愛らしく見えてしまったのだ。そして、彼女が愛おしくなり、僕は彼女を顔を引き寄せて彼女の唇を自分の唇に重ねた

「んちゅ……はむ……」

「んむむむ……」

 彼女は僕がキスをするとそれを嬉しく感じたようで僕の口を貪るかのように自分の口を押し付けてきた僕を求めたきた

「んむ……あむ……」

「あっ……あん……あむ……」

 僕はそれに返礼するかのように彼女の口内へと舌を出した。すると、彼女は嬉しそうに微笑んできて、さらに僕を求めてきた

「はあはあ……あちゅ……んちゅ……」

「あむ……んむ……んむむ……」

 僕達は互いを執拗に求め合った。そして、それによってもたらされるのは歓喜だった。この3ヶ月間、彼女とは何度も唇も、肌も、身体も交じわせ続けたがその度に僕は決して、色あせない『よろこび』を感じた。それは喜びであり、悦びであり、歓びでもあった。僕にとって、あらゆる彼女との交わりは悦楽的なものであり、同時に神聖なものであった

「はぁん……ん……あむ……」

「んあ……うむむ……」

 これはもしかすると、僕の勝手な思い込みかもしれないけど、彼女も僕との交わりで僕が感じているものを感じているのかもしれない。ただの憶測だけど、僕はそう信じている。そして、一つだけ強く確かに言えることがある。それは

 僕は彼女を愛している

 最初はただの依存だった。だけど、その後に畏敬の念を抱き、彼女の全てに美しさを感じて憧れを抱いた。そして、あの夜、彼女と夜空で踊った時に僕は彼女の笑顔に惹かれてしまった。つまりは彼女に恋をしてしまい、生きていることに喜びを感じた。そして、その後に自分のせいで彼女が死にそうになった時に彼女を失うことを恐れてしまった。そして、彼女の存在がどれほど僕にとって大きなものなのかと理解してしまい、彼女を愛していることに気づいた

「ん……はあはあ……優……続き……」

「はあはあ……ちょっと、待ってベルン……その前に……」

 彼女はキスを終えると再び甘えてきて続きをせがんできたが、僕はその前にあることをしたかった。それは

「お腹を……撫でさせてもらってもいい?」

 彼女の腹を撫でることだった。すると、彼女は優しい目をして

「うん……触って……」

 自分の上着をめくり、僕に自分の腹部を晒して僕に自分の腹を撫でることを頼んできた。僕は彼女の言葉を聞くと、彼女の腹にゆっくりと手を伸ばした。そして、

「ふふふ」

「あはは」

 彼女の腹をなるべく優しく撫でた。そして、僕と彼女は互いに顔を見合わせるとお互いに穏やかな笑顔で笑い合った

 ありがとう……ベルン……

 失ったものは取り返せなかったけど、彼女がもたらしてくれたものは、その失ったものと同じぐらいにかけがえのないものだ。彼女は絶対に僕を裏切ることはないと僕は思い、そして、信じているが、それでも僕はこのかけがえのないものをいつまでも守って生きていくつもりだ 




 
13/12/22 22:08更新 / 秩序ある混沌
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■作者メッセージ
 かつて、男は全てを奪われ生ける『屍』になりましたが、吸血鬼と出会い、皮膚、血、魂を取戻しました……しかし、彼は失った大切なものを結局は取り戻せませんでした。しかし、彼は新たな『生』を得ました……そして、自らの大切な存在をいつまでも愛し続けることでしょう……
 では、皆様方……最後まで、私の劇にお付き合い願い誠にありがとうございました。また、再び皆様方に出会えることを願いましょう……では、これにて『死』を望む『屍』の終幕を宣言します 

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