連載小説
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第四節『ゼーレ』
―ブクブクブクブク―

 湖の中に背中から落下した僕はその衝撃による痛みと湖の水温によって、一瞬、怯んだがすぐに水面に向かった

―バシャ―

「はあはあ……ベルン様!!」

 僕は自分を助けるために自分よりも先に湖に落下してしまった主の名前を大声で叫びながら、辺りを見渡して主を探し始めた。彼女は僕が手を掴んだ後に僕をそのまま引き上げるようとしたが、既に僕をそのまま引き上げて上昇するには湖面との距離は近すぎたのだ。だから、彼女は咄嗟に自分の閉じていた翼を広げることで空気抵抗を大きくすることで落下速度を緩めた。しかし、それでも落下速度とそれによる衝撃は僕では耐えられるものではないと悟り、僕を空中に放り投げたのだ。しかし、その代わりに彼女が先に落下してしまった

「ベルン様!!ベルン様!!どこですか!!」

 僕は必死になって、彼女の名前を叫び続けた。すると

―バシャー

 何かが湖面から出た音がしたので僕は音がした方を見た。そこには

「はあはあ……」

「……!?ベルン様!!」

 彼女がいた。どうやら、彼女もなんとか水中から浮かび上がることができたようだった。僕は一瞬、彼女を見つけられたことに安堵するが

―バシャバシャ―

「はあはあ……!!」

「ベルン様……?」

 彼女の様子がおかしいことに僕は疑問に思ったが僕の脳裏にある言葉がよぎった

『私は真水が苦手だ……』

「……!!?」

 それは彼女と初めて出会った時に彼女が僕に選択する権利を与えた言葉だった。その言葉が意味することを悟った瞬間、僕は

―バシャバシャ―

「ベルン様!!」

 無意識のうちに体を動かして、彼女の元へとなりふり構わずに泳ぎ始めた。湖の冷たい水温は容赦なく僕の体力を奪った。僕は子どもの頃に水泳をしていたが、水の抵抗が違う自然の水場での移動は人工物のプールとは違うこともあり、僕の身体はなかなか前へと進まなかった。さらには、デスクワークばかりをこなしていた僕はお世辞にも体力があるとは言えなかった

「はあはあ……ぐっ……!」

 それでも、僕は前に向かって泳いだ。目の前の彼女を失いたくなくて

 僕はどうなってもいい……でも、彼女は……!

 彼女は馬鹿な僕を助けるためにあんな目に遭っている。それ以前に僕は彼女に救われたのだ。僕はこの3日間で彼女に士郎に憎まれること以外の苦しみに癒されたのだ。さっきまでは

『もっと、生きたい』

 とすら思ってしまったほどだ。彼女はただ『死』を望むことしかしなかった僕に生きる喜びを再び思い出せてくれた。たとえ、従者や食糧としか思われていなくても彼女だけが僕を必要としてくれた

 彼女が……いなくなるなんて……認めてたまるか……!!

 僕は必死に懸命に泳ぎ続けた。そして、

―ガシ―

「ベルン様!!」

「ひゃん……!?はあはあ……優……?」

 やっと、彼女の傍に辿り着くことができた。今の彼女は湖の水温のせいか、もしくは吸血鬼の弱点である『真水』のせいかわからないが、かなり弱っているようで呼吸が荒かった

 早く、湖からあがらないと……

「ベルン様、岸まで泳ぐので僕にしっかりと掴まっていてください」

「はあはあ……うん……」

 彼女はいつも持っている筈の余裕がない声で僕に返事をした。そして、彼女は僕の腕をしっかりと掴むがその力は空を飛んでいた時に僕の腕を掴んでいた時と比べるとかなり弱々しいものであった

 くそっ!!

―バシャバシャ―

 僕は彼女の腕を自分の腕と脇腹の間に挟むと岸に向かって泳ぎ始めた。しかし

―バシャバシャ―

「はあはあ……」

 湖の低い水温と慣れていない長距離遠泳、子どもの頃に泳いでいたプールとは足が底につかず違い休む場所がない湖と言った要因は容赦なく僕の体力を奪っていった。さらには僕は一度も経験をしたことがない誰かを運びながら泳ぐと言うこともあり、それは体力の消耗に拍車をかけた。余談であるが、水難事故においては溺れている人間を助けようとした人間も溺れてしまうと言うことがあり、実際の救難作業においては縄などによる陸地からの救助が好ましく、それがなければ何か浮く物を用意してからでなくては非常に危険である。だけど、僕達は湖の中央部に落下してしまい、さらには浮く物など持っておらず極めて最悪な状況だ

―バシャバシャ―

「ぜえぜえ……」

 激しい運動をいきなり行い、それを止めることができず休みを入れないで泳ぎ続けたことで僕は激しい息切れを起こし喉が詰まりそうな感覚に襲われ、身体は悲鳴を上げるかのように痛みだし始めた

―バシャバシャ―

 胸は恐ろしいまでに苦しくなり、手足はパンパンになり、喉は乾燥し始めたようで切れそうになるほど痛みが走りだした。だけど

「はあはあ……優……」

 それでも彼女の腕を挟む力だけは決して緩めたくなかった

「はあはあ……!」

「もういいから……はあはあ……あなただけで―――」

―バシャバシャ―

 それから先の言葉が耳に入れたくなくて、僕は一心不乱に手足に力を入れた。こんな感覚になるのは職場で孤立し、偽りと言えども励ましてくれた上司のために仕事だけに集中し、息子に会えることを期待して養育費を稼ごうとした時以来だった。だけど、僕はもしかすると、今はそれ以上に力を入れていると思う。この後に自分がどうなってもいいと思って必死になって力を振り絞った

―バシャバシャ―

「お願い……私のことは……はあはあ……」

 やめろ!!そんなことは言わないでくれ!!頼むから!!

 彼女が言おうとしたことは僕は真っ向から拒絶した。僕の身体は既に限界寸前であり、もしも、ここで心が折れてしまえば、僕も彼女もこのまま湖底に沈んでしまうことになるだろう。そして、僕の心は既に体力の消耗と遠泳による疲労、急な運動による身体的苦痛などの要因から折れそうだった

 くそっ!!やっと、岸が近くに見えてきたのに……こんなにも……こんなにも、遠く感じるなんて……!!

 やっと、僕達と陸地との距離が100mぐらいになった。だが、それでも体力を消耗した僕にはとてつもない距離に思えた。そして、僕の心を折ろうとするかのようにそれは訪れた

「あれ……?」

 突然、僕の全身から力が抜けていくような感覚が訪れた

 嘘……だろ……

 どうやら、心が折れる前に身体の方が限界を迎えたらしく、これ以上彼女を抱えながら動くことはおろか、浮くこともできなくなったようで、徐々に足から湖に沈んでいくような感覚に襲われた

 畜生……!!あと……少しなのに……!!

 僕は悔しかった。全てを奪われ、あらゆるものから拒絶され、居場所など存在しなかった僕を救ってくれた大切な人を自分の弱さでこんな目の遭わせてしまい、その不始末すら片を付けることができなかったことが本当に悔しかった

 せめて……彼女だけでも……

 僕は最後の気力を振り絞って彼女の腕を挟んでいる自分の腕の力を緩めようとした。僕は体力が残っていない自分が彼女よりも先に湖に沈むことを身体のどこかで理解しており、もしも、このまま彼女と腕を組んでいたら、間違いなく彼女を道連れにしてしまうことは理解できた

『それだけは嫌だ……』

 ただそれだけが僕のもう、わずかしか残っていない体力で腕を動かした

 お願いだ……誰か……彼女を……

 僕の身体は湖にゆっくりと沈んでいく。それでも、彼女の身体から僕の腕を離そうと懸命に肩に力を入れた。しかし、肩はかなり重く感じ思い通りに動かなかった。しかし、それでも、僕はがむしゃらに肩に力を入れた。もしかすると、運が良ければ彼女は岸まで流れ着く可能性もあるし、誰かが彼女を助けてくれるかもしれないと思った。もはや、僕はそんな微かな希望、いや、楽観的な考えしか持てなかった

 もう少しで……

 僕は徐々に湖に沈んでいった。それでも、彼女の腕から僕の腕は離れていなかった。それでも、やっと彼女の腕を挟む僕の脇腹と僕の腕の間に空間が生まれた。僕はそれに安堵を感じた

 さようなら……ベルン様……

 安心した僕に反応するように僕の身体から完全に力が抜けたようで、水中へ沈む速度が速まり瞳が閉じて視界が暗くなる中で僕は心の中で彼女に別れを告げた

―ぎゅ―

 え……

 突然、僕の腕を何かが掴む感覚が訪れた。そして、

―バシャ―

 次に何かが湖から飛び出した様な音が聞こえた

―バサバサ―

 その音を聞いた直後、僕の身体が何かによって引き上げられる感覚を感じた。僕が閉じていた目をゆっくりと開けて、僕の腕を方を見た

 ベ……ルン……様……

 僕を引き上げたのは彼女だった

「はあはあ……」

 彼女は呼吸がかなり乱れており、体力を消耗しているのに、気力を振り絞って、翼をなんとか水中に出した後に必死に羽ばたいて水中から出たのだ。だが、その飛び方はかなり不安定だった。僕が今まで見てきた空中にいる彼女はいつも堂々しており、気品漂うものであった、しかし、今の彼女の飛行は身体が上下にふらつき、今にも再び湖に落ちそうなぐらい弱々しいものだった

「はあはあ……優……―――て……お願い……」

 彼女は僕を引きずるかのように僕を岸まで運ぼうとした。彼女には最早、僕を完全に水中から引き上げるほどの余裕がなかったのだ。それでも、彼女は僕の腕を離すまいとしっかりと掴んでいた。そして、彼女の顔は岸だけを見ていた。だが、彼女は僕を励ます、いや、正確には何かを願うかのように僕に顔を向けないまま言葉を呟いた

 ベルン様……

 しばらくすると

―ズルズル―

 僕の足に湖底に当たった。どうやら、水深が浅いところまで辿りついたようだった。すると、

「あ……」

―バシャン―

「ベルン様……!?」

 彼女は僕を安全地帯まで運ぶことができたことに安心したらしく、力が突然抜けたらしく湖面に落ちてしまったようだ

「ぐっ……!ぐう……!」

 僕はそれを見た瞬間、どこにあったのかわからなかったが、いや、恐らく彼女が運んでくれている間に少しだけだけど、体力が回復したのだろう。僕はそのわずかな体力を使って、彼女の手を取り、彼女を支えるように再び泳いで陸地を目指した。そして、しばらく、泳ぐと身体が湖底との距離とスレスレになった

「うっ……!」

 僕は体力と気力を振り絞って彼女を肩を背負って歩き出した。そして、

―ドサッ―

―バシャ―

「はあはあ……」

 岸辺に辿りついた僕は彼女をなるべく水のない場所に置いて膝から崩れるように倒れた

「……っ!」

―ズルズル―


 僕は最後の力を振り絞って、身体を引きずって彼女の傍へと向かった

「はあはあ……優……」

 僕が傍によると彼女は僕に対して、何かをせがむ様な目をしてきた

「ベルン……様……」

 僕はその目を見ると、寒さと疲労で震える指先でなんとかタイとYシャツのボタンを外して首筋をむき出しにした。そして、

「吸って……ください……ベルン様……」

 僕はそう懇願して、彼女の身体の横から、身を乗り出して彼女に自らの首筋を差し出した。今の冷え切った僕の血が彼女を助けられるかなんてわからなかった。それでも、僕は彼女だけでも生きて欲しかった。自分の身勝手な行動のせいで彼女が死ぬなんて、いや、彼女が死ぬこと自体が嫌だった。そして、何よりも彼女は最後まで僕のことを『生かしてくれた』。こんな僕を最後まで必要としてくれた。だから、彼女がこの世界からいなくなるなんて想像もしたくなかった

「優……」

 彼女は僕の頭の後ろに自らの腕を回してきた。僕はそれを合図に彼女の口へと自らの頭を下げた。その時、僕は浅ましくも嬉しく思った

 彼女によって、死ねるなんて……僕は幸せだ……

 湖の冷たさや水による息苦しさと比べたら、彼女によってもたらされる『死』は暖くて優しかった。一度はそれを拒もうとしてしまったが、やはり、死ぬのならこちらの方がよかった。そして、何よりも

「優」

 彼女は美しかった。優しくて、気高くて、知的で彼女ほど素晴らしい女性を僕は見たことがなかった。そして、僕はこの時、最低な考えであったがこう考えてしまった

 どうして……彼女ともっと早く出会えなかったのだろう……

 僕はこの時、初めて人生で後悔してしまった。それは最愛の我が子の存在を否定することなのに。死の間際に後悔すると言うことは自分の人生を否定すると言うことでもある。たとえ、どんなに願っても過去は変えることは絶対にできない。だからこそ、僕は日常を大切にしてきた。そういった日常を愛していたからだ。だから、僕は自分の人生に後悔なんてしたくなかった。だけど、僕は今、後悔してしまった。自分の人生を否定してしまった。それは最愛の我が子を得れた歓びを否定することなのに。そして、

 もし、仮に彼女が吸血鬼でなく人間で……僕が結婚する前に出会えたなら……僕は彼女と一緒に生きたかった……

 僕はありえない『もしも』における『願望』を考えてしまった。だけど、現実は非情であった。彼女は僕の主人であり捕食者である『吸血鬼』であり、僕は彼女の従者であり食糧である『人間』だ。そして、僕は奪われて失ったとは言え息子がおり、裏切られた身とは言え結婚した身でもある。僕は『死』の瞬間に自分の『欲望』による未練を抱いてしまったのだ。叶うはずもない願いなのに

 もし……生まれ変わるなら……彼女と……ベルン様ともう一度出会って……彼女と一緒に生きたい……

僕は心の底からそう願った。再び彼女に出会い、一緒に生きられるのなら、もしも、『生まれ変わり』と言うものがあるのなら、こんな辛い世界でも、もう一度だけでも『生きたい』。

そして、それを願いながら自らの『死』が訪れるのを待った。彼女は僕の首の後ろに片腕を置いて僕の首を引き寄せた。近づいてくる彼女の顔は妖艶でありながらも可憐な表情をしていた。そして、僕と彼女が完全に接近した瞬間、僕は目を瞑った。だが、

「ちゅ……」

 え?

 僕が感じたのは首筋に感じる痛みではなかった。僕が感じたのは唇に何か柔らかいものが触れた感触だった。僕はそれが気になり目を開けた。そして、僕の目に映ったのは

「うちゅ……はむ……」

「……!?」

 ベルン様……!?

 僕の唇に自らの唇を押しつける主の姿であった。そして、今のベルン様の表情はこの3日間で僕が見たことのないものであった。僕は彼女のしている行為自体は理解したが、なぜ彼女が僕にこんなことをしている理由が理解できなかった

「んむ……うちゅ……はあはあ……」

「うぅ……」

 彼女は僕の唇をさらに求めるかのように僕の頭の後ろにもう片方の腕を置いて、僕の頭を抱き寄せて僕のことを離そうとしない。そして、しばらくすると

「ぷは……はあはあ……優……」

 彼女は口を離して、吐息を漏らしながら僕にとろんとした目を向けて何かを伝えようとしてきた。そして、彼女は僕の下で

「お願い……生きて……」

「え……」

 僕は意味がわからなかった。僕は彼女と2日前にある契約をした。それは彼女に殺してもらう代わりに彼女の従者と食糧になるものだった。それなのに今、彼女は僕に『生きろ』を言った。僕はその言葉を理解できず、困惑した。すると、彼女は

「ごめんなさい……私ね……ずっと、あなたを騙していたの……」

 彼女は僕に対して謝罪してきた。僕はそれが何に対する謝罪か理解できなかった

「私……最初からあなたを殺す気なんて……なかったの……」

「な……!?」

 衝撃の事実を告げられた。彼女は最初から僕を『殺す』つもりなどなかったらしい。つまりは彼女は最初に出会った時に僕に約束した『死』など最初から与えるつもりはなかったのだ。そして、僕は彼女の謝罪の意味が理解できてしまった。僕は2日前に生きることが恐くて、死のうと思っていた。また、あらゆるものから拒絶されもしくは否定されてしまい孤独感と閉塞感に包まれてしまってもいた。だけど、そんな僕を彼女は必要としてくれた。それでも、僕は死にたかった。孤独感や閉塞感よりも恐ろしい最愛の息子に憎まれることが恐ろしくて、生きることができないほど苦しかった。だから、もし、2日前の僕がこの事実を聞いたら僕は彼女に憤激し憎んだだろう。だけど、今の僕は彼女にそんな感情を持つことができなかった。彼女の表情と声と言葉は僕のために苦しみ悲しんでいるように聞こえたからだ。僕は彼女がどうして、自分のためにそうまでしてくれたか理解できなかった。だけど、その答えは彼女が教えくれた

「私達が血を吸うのは……自分の好きな人を夫にするための準備なの……」

「……ベルン……様……?」

 僕は一瞬、彼女が何を言ったかわからなかった。それに気づいたのかわからないが僕の顔を両手で包み

「優……」

 彼女は目を細めて、微笑んで僕に向き合い、そして、

「私……あなたのことが好きなの……あなたに生きて欲しいの……あなたがいない世界なんて、想像したくもないくらい嫌なの……」

「え……」

 僕は彼女の突然の告白に頭が真っ白になりそうになった。だけど、彼女は最後に

「私……女性として……ベルンとして……あなたのことを愛してるの……あなたと一緒に生きたいの」

 僕はしばらく、理解できなかった。だけど、僕は自然と

「ベルン様……」

 彼女の名前を呟いてしまった。すると、彼女は目を瞑って、首を微かに横に振って、目を開けて

「ダメ……ベルンて……私のことを呼び捨てで呼んで……」

 僕の頬を優しく撫でながら自分の名前を呼び直すことを僕に甘えるように頼んだ。その時、僕の脳裏に

 士郎……

 最愛の息子の顔が浮かんだ。そして、それが僕に彼女の名前を呼ぶことを責めるかのように苦しめた。同時に再びあの子が僕のことを憎むことを想像してしまった。それによる恐怖はやはり、怖かった。ただ、それだけで僕の存在があらゆるものから否定され、拒絶され、自分がこの世界における『騒音』でしかないと思わせるように囁いてきた。だけど、

「優……」

 そんな恐怖すらも振り払うかのように彼女は暖かった。そして、僕はそんな彼女の支えに頼りながら彼女の名前を呟こうとした

「べ……」

「………………」

 彼女は僕が名前を呼ぶのを待ちわびるかのように僕に微笑みかけた。そして、僕は少し緊張してしまったからなのかわからないが小さい声だが確かに

「ベルン……」

 彼女の名前を、主でも、捕食者でも、契約者でも、処刑人でもないただの彼女の、ベルンの名前を呼んだ。すると、彼女は

「優……お願い……もう一度、呼んで……」

 涙をはらはらと流しながら、再び僕に自分の名前を呼ぶようにねだってきた。僕はそれを聞くと迷わずと今度は強くはっきりと

「ベルン……!!」

―ギュ―

 彼女の名前を呟くと同時に彼女のことを抱きしめた

―ギュ―
 
「はあはあ……優……!!」

 僕が抱きしめると彼女も僕のことを抱きしめて僕の名前を強くはっきりと呼んだ。その抱擁と声は僕の『生』への恐怖を薄れさせた

 ごめんね……士郎……僕は……

 彼女を受け入れると言うことは僕は完全に社会的に消えると言うことであり、二度と士郎の父親である『加藤優』として、あの子の前に立つことはできないと言うことでもある。それは心ならずも士郎の父親である責務を捨てると言うことにも等しい。たとえ、既に世間的には偽りとは言え『父親失格』の烙印を押されても僕はあの子の父親だと今でも思っている。そして、あの子のことをこれからも愛し続けるだろう。だけど、僕はあの子の母親ではない女性であるベルンと生きたいと望み、そして、それを既に抑えることはできなかった。こんな弱い僕のことを必要として、愛してくれる彼女を僕は必要としてしまった

 憎んでくれてもいい……君がそれで生きられるならいい……

 これだけは2日前と変わらないらしい。それだけ、僕にとってはあの子は大切だったと言う証なのだろう。だけど、

 いつまでも……君が幸せであることをいつまでも願って……生きていくよ……さようなら……

 僕は2日前と違い、あの子の幸せを願いながら僕は生きていく。そして、最も大きな違いは

「優……」

 彼女の存在だ。2日前の僕はこの世界のあらゆるものから完全に拒絶され、孤独に苦しめられ、息子に憎まれることを恐れ、ただ『死』を望んだ。けれど、今の僕には彼女がいてくれる。それだけで僕は生きていくことが、いや、生きていたいと願うことができる

「うちゅ……」

「あむ……」

 彼女と僕の唇が再び重なった。しかし、それは先ほどまでの彼女の一方的な愛情表現ではなかった。今、僕らがしているキスは互いの存在を求めるものであった

「ん……はむ……んちゅ……」

「んんん……んむむ……」

 僕と彼女はお互いの舌を求めて、絡み合い、交わった。そして、その度にお互いの唾液が交換されていく

 暖かい……

 その交わりがもたらすものは2日前に初めて彼女が僕の血を吸った時に感じた暖かさだった。奇しくもあの時と同じように湖水によって、身体を冷やされた僕はその暖かさを求めるように彼女を求めた

「んちゅ……」

「あん……あむ……」

 僕が彼女のことを求める度に彼女もまた、僕を求めてきた。そして、不思議なことに僕の身体に徐々に体温が戻って行った

「ん……はあはあ……優……私……」

 彼女の口が僕の口から名残惜しそうに離れた。そして、彼女は目をとろんとさせて、顔を赤らめて僕に対して、遠回しにあることをねだってきた。彼女とにキスで理屈はわからないが冷えた身体が暖まり、体力が多少戻った気がした僕は

「うん……行こう……」

 彼女の手を引いて、一緒に立ち上がり、互いに支え合いながら人目につかない場所へと向かった。もう、僕も彼女もこれ以上お互いを求め合うことを止めることができないらしい



―ガサ―

「優……来て……」

「うん」

 今、私達は湖の近くの林の近くにいる。そして、私はその場にある草むら身を仰向けに倒れて、彼のことを求めた。もう、私は彼を求める気持ちを隠し、抑えることはできないのだ。すると、彼はそれに応えて膝立ちになって私の両脚の間に入ってきた。そして、

―プチ、プチ―

 あぁ……やっと、彼に触れてもらえる……

 彼が私の服のボタンに手を伸ばし、外していった。ボタンが外れる度に私の胸は彼に触れてもらえる期待に歓喜し、胸の高まりはさらに高まっていった

―プチプチ―

 彼はその期待に応えるかのように次々とボタンを外す速度を速めた。そして、彼は最後のボタンを外し終えると彼は

―スル―

―バタ―

―スルル―

―バサ―

―バタ―

「ん……」

 1枚ずつ、私の服を脱がしていった。そして、私の夜会服は完全に脱がされ、私は下着姿になった

 優……早く、触って……

 先ほど、湖に落ちたことで私はヴァンパイアの弱点である真水に全身が浸ったことで身体全体が快楽が走り、今でも身体が疼いており、そして、心までもが今まで抑えていた分もあり、彼を求めている。実はあの時、優を引っ張って浅瀬を目指して飛びながら運ぶことができたのはかなり、奇跡的なものだった。あの時、私は全身に走る快楽を必死にこらえて、気力を振り絞って、やっと、自らの翼を羽ばたかせることができたのだ。もし、優があの距離まで運ぶことがなかったら、私はあのまま溺れて湖底に沈んでいただろう。現魔王様の時代におけるヴァンパイアにとっては旧世代やこの世界にフィクションのヴァンパイアの弱点は直接的に私達の生命を奪いはしないが、時と状況によってはそれが死につながることもあるのだ。例えば、人間にとってはアルコールはかなりの量を飲まない場合や健康的に飲む場合は人の生命を奪いはしない。しかし、酔った人間は注意力は散漫し、交通事故に巻き込まれることがある。この世の中、些細なことが引き金になって死ぬこともあるのだ

「ベルン……」

―ムニ―

「ひゃっ!?」

 彼の手が私の胸に下着越しで触れてきた。その時、私の身体には電流が走るかのような感覚が訪れ、私はそれによって、変な声を出してしまった。すると、彼は

「あ……ごめん……」

 謝罪してきた。どうやら、私の声に驚いて、私のことを心配してくれたらしい。だけど、私は

「うんうん……大丈夫だから、もっと……もっと、触って……?」

 彼にもっと触れてもらいたくなり、彼にお願いした。それを聞いた彼は

「わかったよ……でも、嫌だったら言ってね?」

 私のことをあくまで考えて、優しくそう言った。そして、彼は再び私の身体に触れてきた

―スー― 

「あん!はあ……あぁん……!」

 彼の手が私の下着の下に潜り込んで、私の乳房を揉み始めた。私は真水と言うヴァンパイアにとっては媚薬に等しいものを浴びたことと愛している異性に触れられていることに悦びを感じ、だらしない声を出した

―プチ―

「あぁん……優……ん……あぁ……」

 彼は私の下着を外して、私の上半身を裸にして私の上半身を隈なく愛撫し始めた

「ふわ……あん……そこ……!はあはあ……!!」

 私の胸に、脇腹に、腰にと彼は次々と自分の手を移動させていった。その愛撫が繰り返される度に私は悦楽の声を上げていった。そして、

「あぁん!!」

―ビクン!ビクン!―

 私はたったそれだけでイってしまった。普通ならこれだけでは絶頂を迎えることはないが、今の私は真水を全身に浴びたことで全身が感じやすくなっており、さらには大好きな優の愛情のこもった優しい愛撫が心までにも快楽と悦楽を与えたのだ。これでイかない方がおかしい

「はあはあっ……!!」

「ベルン、大丈夫?」

 私が絶頂によって、喘いでいると優は私のことを気遣ってくれた、私はそれにさらなる嬉しさと喜びを感じた。彼はたとえ、こう言った行為の最中でも相手のことを思いやることを忘れない人間なのだ

「はあはあ……ありがとう……大丈夫よ……それより、優……」

「え……あ……」

―クチュ―

 私は彼に心配をかけさせまいと、いや、本当は彼と早く交わりたいと思い、彼の手を右手を掴んで私の下半身に持っていき、下着越しに私の秘所を触らせた

「私……もう……」

 私の秘所は既に湖の水による全身の快楽や、彼とのキス、彼による愛撫、そして、彼への想いで完全に濡れており、もう準備はできていた

「うん」

―スー―

 私の意を汲み取った彼は私の最後の一枚を脱がした。そして、私の生まれたままの姿は再び彼の前に露わになった

「綺麗だよ……」

「……っう……!!」

 すると、彼は私の裸体を見て優しくそう呟いた。それは本当に純粋でなんの濁りもない言葉だった。2日前にも私は彼に自らの裸体をみせ、さらには肌を重ねた。その時はまだ、主としての余裕と主従の身分があったから恥ずかしさはなかった。しかし、今はそんなものはなく、私は身も心も好きな人に晒し、自らの肌を見られていることに多少の恥ずかしさと愛おしい彼と対等な関係になり、恋人として肌を見られていることに『よろこび』を感じた

 2日前と全然違うわ……私……幸せ……

「優……あなたも……」

 私がそう言うと

「うん……」

 彼は私が望んでいることを察して、頷いて2日前と同じように羞恥心を刺激されたらしく顔を赤らめながら自分の服を脱ぎ始めた。そして、上着を脱ぎ終えると次はズボンにすぐに手をかけ、ズボンをすぐに脱いだ。しかし、途中で彼はズボンを脱ぐ早さを遅めた。その際に恥ずかしそうに私の方を向いて、自分の恥ずかしさを誤魔化すためか苦笑した

「優……」

「ごめん……我慢できないよね?」

 私はつい、彼を急かしてしまった。私はもう、我慢できず、隠すことができないほど彼を求めてしまっているのだ。私の催促を受けた優は少し、申し訳なさそうに謝ってから、ズボンを脱ぐ時間を早めて、ズボンを脱ぎ去り、そして、下着だけになった。そして、彼はその後に私を待たせるのをやめようとしてすぐに下着を脱ぎ去って、私と同じように生まれたままの姿となった

「優……」

「ベルン……」

 露わになった彼の肉棒は既に準備ができているようであり、私はそれを見てさらに早く彼と交わりたくなり、彼にそれを伝えるかのように彼の名前を呼び、彼もまた、それに応えるかのように私の名前を呼び、私の両脚の間に入ってきた

「挿入れるよ……?」

 彼は自らの肉棒を私の秘所にあてがい、私に確認してくれた

「うん……」

 私はその気遣いに嬉しさを感じて頷いた。そして、彼はそれを確認すると、ゆっくりと私の秘所に自らの肉棒を前へと進めた

 あぁ……やっと、優と一緒になれる……

 私は待ち望んだ時が来たことで喜びに包まれた。そして、次の瞬間

―プツン―

「っ……っう!!」

「うっ……!!」

 私の秘所に痛みが走った。だけど、私はその痛みにすら嬉しさを感じた。

「……っ」

「べ、ベルン……!?大丈夫……!?」

 彼は私の秘所から純潔の証である破瓜による血が流れ、私が一度それによって痛みによって表情が歪み、今、泣きそうになっているのを心配して、私のことを気遣ってくれた

「うん……大丈夫よ……私、嬉しいの……私の『初めて』を優がもらってくれたことが……」

「ベルン……」

 私が嬉し涙を流しながら、そう言うと彼は安心したと同時に少し、彼はそのことに心のどこかで私の『初めて』をもらえたことを喜んでくれたようだった。そして、私は

「だから、大丈夫だから……続けて?」

 彼とさらに愛を深めたくなり、甘えながら彼に行為を続けることをせがんだ。すると、彼は

「うん……わかったよ」

 微笑みながら、私の意思を汲み取って私に覆い被さった。そして、

―ジュプ―

―ジュプ―

「あん……!はぁん……!んん……!!」

 腰を動かし始めた。彼の腰が前後し彼の肉棒が私の膣内から出し入りされる度に私に快楽と悦楽が訪れた

―ジュプ―

「ん……あん……ん……!!」

「はあはあ……!!ん……!!」

 彼が腰を私に打ちつける度に私と優は声を上げた。そして、その中で私は

「ん……!!優……ん!!はあはあ……抱いて!!」

「はあ……はあ……っ!!ベルン……」

 私は彼が与える快楽の中で私は彼に自分のことを抱きしめることを頼んだ。すると、彼は私に自分の体重を乗せまいとして、自らの身体を支えていた両腕をゆっくりと曲げて、自らの上半身を低くしていき、そして、

「ベルン……!!」

―ギュ―

「はぁん……!!」

 彼の腕が私のことを包み込むと同時に彼の胸板と私の乳房が重なり、そして、そのまま私と彼の身体はさらに重なっていき、それによって私の身体にさらなる快楽が訪れ

「あぁん……♪優を全身で感じられる……!!私……幸せ……あん!!」

 優を全身で感じられることに対して、私は言葉で言い表せられないほどの歓喜を覚えた

「はあはあ……ベルン……!!」

―ぎゅ―

「あん♪……優……!!」

 優は突然、私の手を握りしめ、私もそれに応えるかのように彼の手を握り返した

―ゆさゆさー

「はぁん、あん……!!いい……いい……♪」

 彼は私になるべく、体重をかけないように私に身体を預け、腰だけを揺らして私に快楽を与え続けた

―ゆさゆさ―

「はあはあ……!!ベルンの膣中……気持ちいい……っ!!」

 彼も私の魔物娘としての本能で蠢く膣壁と膣肉がもたらす快楽を感じてくれているらしい

「優……!!」

―ガシッ―

 私はさらに優を感じたくなり自らの両脚を彼の腰の後ろに回して交差させて彼を固定した

―ゆさゆさ―

「あん♪あん♪あぁん!!」

「くっ……!!」

 すると、私の身体は彼が腰を揺らす度に一緒に激しく揺れ、その振動によって、彼の肉棒は私の膣内のあらゆる場所に触れ、彼と私の両方にさらなる快楽をもたらした。そして、

「ベルン……!!僕……もう……!!」

 彼はどうやら、現界らしい

「うん、私も……もう……!!だから……一緒に……!!」

 私もまた、彼との交わりによってもたらされた快楽によって、絶頂を迎える寸前だった

―ゆさゆさ―

「優……!!優……!!優……!!」

―ゆさゆさ―

「ベルン……!!ベルン……!!ベルン……!!」

 私と彼は互いの絶頂が近づくことを感じるたびに互いの名前を呼びあった

―ギュ―

 そして、お互いの名前を呼ぶと共に互いをさらに感じたくなりお互いの手を握り締める力を強めていった

―ゆさゆさゆさゆさ―

「あん……!!はぁん……♪あぁん!!」

「はあ……うっ……!!はあはあ……!!」

 お互いの呼吸が荒くなっていき、そして、

―ビクン!!―

「あぁん♪はっ、イクっ!!イっちゃう!!イクうううううう!!はん……!!はん……!!あ……ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあん!!」

―ビクン!ビクン!―

 私はついに絶頂を迎えてしまい、全身が震えて、私の身体に今まで感じたことのない快楽が走った。そして、その全身を走る快楽の中で私は意識をなんとか保っていたが、私の身体は既に全身が快楽によって痺れてしまい、さらに絶頂によって膣肉は優の肉棒を絞めつけ、さらには全身が振動したことで

「うっ……!!」

―ビクン!―

 優は一瞬、上半身を仰け反らせ、身体を震わせた

―ビュッ!―

「んあああああ♪……しゅぐるの……!!しゅぐるの……♪しぇいえききら……♪」

「うぅう……!!」

 彼の肉棒から精液が放たれた。私は待ち望んだ愛する男の『精』を膣内に感じることができたことに喜びと歓喜をと快楽と悦楽といったあらゆる「よろこび」を同時に感じてしまった。しかし、それはすぐには終わらず

―ビュルビュル!!―

「ぐっ……ぅ!!」

―ビクン!ビクン!―

「あぁん♪れてる……!!まら、れてる……!!しゅぐるのしぇい♪……あぁん!!」

 彼の膣内射精は予想以上に長く続き、私に予想外の量の『精』と快楽をもたらした。そして、私の膣肉は優の精液がさらに欲しくなり、彼の肉棒をさらに絞めつけて、彼の肉棒から残すことなく彼の射精を促した

「べ、ベルン……!!」

「しゅ……♪しゅぐる……♪」

 私達は絶頂の中でお互いの名前を呼び、そして、互いの絶頂が終わるとその余韻の中で

「はあはあ……!!」

「はあ……はあ……」

―ギュ―

「んちゅ……」

「んんん……」

 お互いの唇を合わせた。そして、私達は屋敷に戻るまでの体力を魔力で補うまで何度もお互いを求め合った






13/11/22 23:03更新 / 秩序ある混沌
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■作者メッセージ
 『骨』だけであった屍は吸血鬼によって、『皮』と『血』を取戻し、互いに愛し、愛されたいと望み、そのために必要な『魂』を取り戻しました……
 屍はもはや、屍ではありません……彼は生きており、生きたいと願い……愛し、愛されたいと願いました……もはや、彼は屍などではありません……そして、吸血鬼は彼を殺さずに恋を叶えたのです……
 まだ、少しだけこの物語は続きます……それが最高の『終幕』になるか、最悪の『蛇足』になるかはわかりませんが最後まで皆様方のお付き合いがあることを願いたいところです……

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