失われた『輝き』
「お〜い、瀬川君そこのコピー取ってくれない?」
「あ、はい」
私は課長に言われて違う机のコピーを課長に手渡した
「どうぞ……」
「ありがとう」
「いえ、これぐらい……」
課長は私にお礼を言うけど、私はそんな価値もない人間だ
「瀬川さん、少しぐらい休暇を取ったらどうだい?いつも、残業ギリギリまで働いて……」
「いえ、本当に大丈夫ですから……」
私はそれを断ろうとするが
「でもね、最近は組合がうるさくてね。言っておくが、これは君のためであり、我が社のためでもあるんだ……」
「……」
課長は私を納得させるように説得した。きっと、課長は私のことを気遣ってくれているのだろう。だから、わざと会社のメリットを伝えて私を誘導している
「わかりました……じゃあ、明日から3日ほど……」
私はそう言って、明日から3日ほど休暇をとることにした
「うん、ゆっくりと休みをとりなさい……君がいつも、仕事をしてくれるおかげで内の課は助かっている。たまには、内の連中をしごかないとな」
「え〜、ひどいですよ」
「人権侵害ですよ〜」
「あはは。明日から思いっきりしごいてやるから、覚悟しろよ」
課長は私が気がねなく、休めるように私のことを評価して、同時に同僚たちに冗談を言い放ち、同僚たちもそれにノッてきた
ここは本当にいい職場だ……
「そうだ、最後にこの会計を確認してくれないかい?」
課長は今日の最後の仕事としてあることを頼んできた
「あ、はい……あれ?これって……九条さんのところの会計ですよね?なんで、アールグレイの注文が?」
私は内の会社のお得意様である九条さんの注文書の中に一ついつもと違う部分を見つけた
「あ〜、実は俺もそう思って注文を受けた社員から何度も聞いたのだが、『いえ、私も最初は間違いかと思って、何度も尋ねましたけど間違いじゃないと断言されました』と言ってるから間違いじゃないはずだが……」
普通、紅茶を注文する客はオーソドックスなアールグレイを注文するのだが、九条さんはなぜかアールグレイだけは注文することはないので、ある意味うちの会社では有名人だ。いや、それ以上にお金持ちとしても有名だけど
「どうしたんでしょうね?」
「さあ、まあ……そんなことを深く考えても仕方ないから考えるのはやめよう」
「そうですね……」
私は課長の言うように余計な詮索はせず、仕事を終えた
〜三十分後〜
「はい、課長。できましたよ」
「ああ、すまない……ではゆっくり、休んでくれ」
「はい、ありがとうございます……」
私は仕事を終えて、すぐに帰路に着いた
「はあ〜、明日からなにしよう……」
駅を出てしばらくして、私は明日からの予定について考えた。すると
「シクシク……」
一人の男の子が公園のブランコに座りながら泣いていた。私はその子を見て
いると
「どうしたの?」
放っておくことができず、その男の子に尋ねた
「グスっ……お姉ちゃんと喧嘩しちゃったの……」
「!?」
その話を聞いて、少し衝撃を受けた。しかし、すぐに冷静さを取戻してその
子を安心させるために笑顔で
「どうして、喧嘩しちゃったの?」
と言うと男の子は
「お姉ちゃんが……約束やぶったから……それで……『お姉ちゃんなんて大嫌
い!!』て……」
「……」
と話しだした。私はそれを黙って聞いた。そして
「でも、君はそれを反省しているんだよね?」
と男の子に優しく聞いた。すると
「うん……」
と男の子は頷いた
「じゃあ、君もお姉ちゃんに謝らないとね」
「うん……でも……」
男の子は再び頷いた。どうやら、自分で口走ってしまったことを後悔しており、姉がそれを許してくれるかを悩んでいるらしい。それを察した私は
「大丈夫だよ……きっと、お姉ちゃんも謝れば許してくれるはずだよ?」
「本当……?」
男の子は涙を拭いながら確認してきた
「本当だよ?」
すると……
「うん、ぼく……あやまるよ」
男の子は私に言った
「君はお姉ちゃんのことが好き?」
そう聞くと男の子は
「『うん、お姉ちゃん大好き!!』」
―――ズキン―――
と笑顔で返した。しかし、私はその言葉を聞いた瞬間、なぜか胸が締め付けられた。そして、次の言葉で
「『ありがとう!!お姉ちゃん!!』」
「!?」
私はさらに動揺してしまった。そう、私はこの子を見ていると重ねてしまっ
た……あの子と……私の……
「晴―――」
「翔太(しょうた)〜!」
どこからか声がしたので振り向くと女の子がいた
「あ、お姉ちゃん」
と男の子は言った。どうやら、この子の姉らしい
「もう、心配かけて……」
女の子はすぐに弟に駆け寄ると弟を抱きしめた。すると、弟は
「ごめんなさい……」
心配をかけたことを謝罪した
「でも、よかった……」
姉は弟の無事を確認したようで安堵したらしく弟に優しく言った
「お姉ちゃん……ごめんね……」
と先ほど、相談したことを謝罪した
「いいのよ……お姉ちゃんが約束破ったのが悪いのに……」
姉は自分の非を弟に謝った。そこにはありふれた仲の良い2人の姉弟がいた。そして、姉の方が私に気づくと
「翔太がお世話になったようでありがとうございます」
とお礼を言ってきた。私は
「どういたしまして……それと一つ言わせてほしいことがあるんだけど……」
と彼女にあることを伝えたかった
「なんですか……?」
と彼女は不思議そうに聞いてきた
「家族を大切にすることはいいことだから、それを忘れないでね……」
と私は言った
「……?」
彼女は首を傾げたがそれは当然だ。これは当然のことなんだから言われるま
でもないことだけど、私は
「約束してくれる?」
と彼女に一方的に言うしかなかった。私にとっては二度と戻らない『大切なもの』が目の前にある。私はそれが失われることが嫌だから。すると
「はい、約束します」
と彼女は言ってくれた
「じゃ、家に帰ろうか?」
「うん、ばいばい」
姉弟は去った。そして、私は姉弟が去ったあとに
「……陽姉……晴太……」
ともういない双子の姉と6歳下の弟の名前を呟いた。いや、もしかすると、この世界のどこかにはいるはずだけど、それでも私は
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
私たち家族は7年前までは両親と双子の姉妹である私と姉、そして6歳下の弟と平穏に暮らしていた。だけど、7年前、その『平穏』は失われてしまった。私の姉と弟は謎の失踪を遂げた。この事件は
『姉弟失踪事件』
と呼ばれ未だに事件の解決の糸口は見えず手掛り一つすら見えないことから世間からこの事件は注目された。そして、マスコミやネットなどによって多くの説が出た
『誘拐説』『家出説』『強盗殺人説』『家庭内殺人説』『姉犯人説』『家族犯人説』『無理心中説』……
とあらゆる説が出た。それによって傷つく人間が出るのに関わらず、勝手な『真実』の捏造。7年前まであった幸せな『家庭』は歪ませられられることもある。そして
『怪物説』……
この説はある事件の目撃者が口走ったことから生まれた
『『化け物』が男の子を抱えて屋根を伝ってどこかに向かう姿を!!』
と言う一見すると正気の沙汰ではない与太話だろう。しかし、世間はこう言った『非日常』を求めるらしく、無理矢理真実にこじつけようとすることが多くあり、玄関の扉や弟の部屋のドアが壊されていたことから、そこから『怪物』がいると証明させようとする。確かに『怪物』はいるかもしれない。だけど、それが『真実』なのかはわからない。だけど、私だけはこの事件の『背景』の一つを知っている
「ただいま……」
「陽子……おかえりなさい……」
私が帰宅すると母が私を迎えた。母はあの事件以前はキャリアウーマンとして働いていたがあの事件以降は娘と息子を同時に失ったことにショックを感じ仕事をやめた。あの日から母は無理をして『笑顔』を作っている
「あ、お母さん……私、明日から3日休暇取ることにしたから……」
「え……」
私が休暇を取ったことを知ると母は一瞬驚くが
「そう、じゃあ……ゆっくり休みなさい……」
「うん……」
母は少し、安堵したような表情をした。私は母に心配をかけさせてしまっている
私は最低だ……
「じゃあ、もう寝ていい?」
「いいわよ?おやすみ」
「おやすみなさい……」
私は二階の自分の部屋に着くとあるものを手に取った。それは
「……」
姉の隠された遺品である『日記』だ。これは私しか知らない事件の『手掛り』だ。だけど、私はこれを世間に公表するつもりも警察に差し出すつもりもない
だって……これには……
私は『日記』を開いた。本当なら開きたくもないけど、だけど、今となってはこれが姉との繋がりを示す唯一のものだから
―――パラパラ―――
『今日も男子から告白を受けた。だけど、断った。だって、あの人は私の好きだと言っているけど私の本性を知らない。それに私はあの人のことなんて何も思ってもいない。むしろ、「イケメンな俺から告白されて嬉しいだろ」と言う雰囲気が醸し出されており、非常に不愉快だ。むしろ、顔だけしか取り柄がなさそうで見ているだけでイラつく。誰も信じられない。誰もかもが私を物としてしか見ていない。』
といきなり、姉が通っていた高校で受けた男子の告白を断ったことから始まった。姉は双子の妹である私が言うのもどうかと思うけど美人な方であり、私と違って成績もよく『才色兼備』を素で行く女性だった。しかし、私はわかってたけど姉は作り笑顔を常に他人に向けていた。それにみんなが惑わされて姉の気持ちを誰も理解できなかった。私もそれは理解できてたけど、何もできなかった。だから、こうやって今は後悔してる。姉は『孤高』だったけど、決して強くなかった
本当は陽姉は……
『今日はいいことがあった。晴太と家の中でゆっくりと一緒にいれた。晴太が一緒にいてくれるだけで私は癒される。他の男たちと違って晴太は私を物として見ない。晴太のような恋人を持つ女性は幸せだろう。優しくて明るくて、家庭を顧みるあの子は本当に素晴らしい。』
次に書かれていたのは弟の晴太のことだった。姉は晴太のことをべた褒めしていた。いや、べた褒めなんかじゃない。これは紛れもない晴太の本当の美点だ。晴太は7年前まで共働きだった両親の代わりによく家事をこなしてくれて、なにかと私たちを気遣ってくれた優しい子だった。だから、姉がこう書くのも頷ける
だけど……
『あぁ、今日も晴太の笑顔で癒される。周りに笑顔と言う仮面で応えるのはもう辛い。あの子だけだ。私をこの地獄で支えてくれるのは。だけど、いつか晴太も誰かを好きになって、その人を愛する。そしたら、あの子は私に笑顔を向けてくれるだろうか。嫌だ、そんなの考えたくもない。どうして、神様は晴太と私を姉弟にしたの。私はあの子だけの特別になりたいのに。』
と姉が弟に対して普通は持つはずのない『劣情』が次のページには書き記されていた。最初に読んだ時、私は私の知らない姉の『顔』に驚いた。だけど、こんなものはまだ序の口だ。なぜなら、ここから、姉の『日記』は『狂気』に包まれていくから
『今日は晴太のことを休み時間中ずっと、晴太のことを思い続けた。晴太のことを思っていると胸が苦しい。これが恋かしら。』
『また、男子から告白をうけたが「ごめんなさい、好きな人がいるから」と断った。その時の相手の悔し顔はおかしくて仕方がなかった。その人と私が結ばれることなんてないけどね。』
『最近、私は初恋と言うものを理解できた。女子が恋話をするときにはみんな夢見がちで恋人との自慢話をするけど、私は常に「それ、あなたたちのことをステータスとしてしか見ていないよ」と思って馬鹿にしてきたけど、晴太と言う初恋の人ができたことであながち馬鹿にできるものではないと理解できた』
姉はいつの間にか晴太に対する『劣情』を『恋情』に何の疑問もなく、変えていた。私はこう思っている
この時点で陽姉はきっと救えない状態までいた……
と。だけど、私がもっとも『罪悪感』を感じたのは
『どうして晴太は妹にまで笑顔を向けるの。私と違って、孤独も重圧も感じていない妹にどうして、晴太は笑顔を向けるの。私は妹が嫌いだ。妹の存在が私を傷つける。』
明確なまでに分かる姉の妹に対する『敵愾心』だった
『妹と私は顔は同じだ。それなのにどうして妹は何も背負わないですむのかわからない。私は妹と違って、物覚えが幼い頃からよかった。ただそれだけなのにみんなから天才と言われ努力も評価されなかった。少しでも失敗すれば軽蔑する。でも、妹は私を家族として見てくれる。私は最低だ。あの子の存在が私を余計惨めにする。』
私に対する『嫉妬』がそこには記されており、私の存在がいかにして姉を苦しめていたのが理解できた。そして、私が最も見たくない最後の書きあげられた部分。そこには
『今日も晴太は妹に笑顔を向けた。あの子は優しいけど、その笑顔が私を苦しめ、癒す。あの子の笑顔で重圧に押しつぶされそうな私は救われている。だけど、その笑顔が私だけのものではないのが私を苦しめる。私と違って何も悩まずに生きている妹にどうして、あの子の笑顔が向けられるの。不公平じゃない。どうして、私と違って苦しんでいないあの娘にも晴太の笑顔は向けられるの。あの子の笑顔が私だけのものにできないのならあの子の泣き顔だけはわたしのものにする』
そう、姉は書き残した。事件が起きたあの日の日付に
そう……もしかすると……あの事件を巻き起こしたのは……
「陽姉……」
私は考えたくもない『真実』を頭では理解できた。だけど、絶対にそれを認めたくなかったし、もし、こんなことを知れば両親はさらに苦しむことになる
そんなの嫌だ……これ以上……家族を奪われたくない……
私はもしかすると、晴太を救い出せたのに……いや、少なくとも晴太にもう一度出会えるかもしれなかったのに……ここに記された『真実』を認めたくないことから、晴太を見捨た……
「ごめんね……晴太……ごめんね……」
私は涙を流しながら弟に謝罪するしかなかった。だけど、もう一つは
『自分の中の家族を守るために……陽姉の尊厳を守るためだけに……晴太を見捨てた……』
と言う紛れもない自分の『罪』に私は理解していた。そして
「ごめんね……陽姉……私なんかがいて……」
私は自分がいたせいで狂ってしまった姉に謝罪した。これしか私にはできなかった。これが私の『贖罪』だから
「あ、はい」
私は課長に言われて違う机のコピーを課長に手渡した
「どうぞ……」
「ありがとう」
「いえ、これぐらい……」
課長は私にお礼を言うけど、私はそんな価値もない人間だ
「瀬川さん、少しぐらい休暇を取ったらどうだい?いつも、残業ギリギリまで働いて……」
「いえ、本当に大丈夫ですから……」
私はそれを断ろうとするが
「でもね、最近は組合がうるさくてね。言っておくが、これは君のためであり、我が社のためでもあるんだ……」
「……」
課長は私を納得させるように説得した。きっと、課長は私のことを気遣ってくれているのだろう。だから、わざと会社のメリットを伝えて私を誘導している
「わかりました……じゃあ、明日から3日ほど……」
私はそう言って、明日から3日ほど休暇をとることにした
「うん、ゆっくりと休みをとりなさい……君がいつも、仕事をしてくれるおかげで内の課は助かっている。たまには、内の連中をしごかないとな」
「え〜、ひどいですよ」
「人権侵害ですよ〜」
「あはは。明日から思いっきりしごいてやるから、覚悟しろよ」
課長は私が気がねなく、休めるように私のことを評価して、同時に同僚たちに冗談を言い放ち、同僚たちもそれにノッてきた
ここは本当にいい職場だ……
「そうだ、最後にこの会計を確認してくれないかい?」
課長は今日の最後の仕事としてあることを頼んできた
「あ、はい……あれ?これって……九条さんのところの会計ですよね?なんで、アールグレイの注文が?」
私は内の会社のお得意様である九条さんの注文書の中に一ついつもと違う部分を見つけた
「あ〜、実は俺もそう思って注文を受けた社員から何度も聞いたのだが、『いえ、私も最初は間違いかと思って、何度も尋ねましたけど間違いじゃないと断言されました』と言ってるから間違いじゃないはずだが……」
普通、紅茶を注文する客はオーソドックスなアールグレイを注文するのだが、九条さんはなぜかアールグレイだけは注文することはないので、ある意味うちの会社では有名人だ。いや、それ以上にお金持ちとしても有名だけど
「どうしたんでしょうね?」
「さあ、まあ……そんなことを深く考えても仕方ないから考えるのはやめよう」
「そうですね……」
私は課長の言うように余計な詮索はせず、仕事を終えた
〜三十分後〜
「はい、課長。できましたよ」
「ああ、すまない……ではゆっくり、休んでくれ」
「はい、ありがとうございます……」
私は仕事を終えて、すぐに帰路に着いた
「はあ〜、明日からなにしよう……」
駅を出てしばらくして、私は明日からの予定について考えた。すると
「シクシク……」
一人の男の子が公園のブランコに座りながら泣いていた。私はその子を見て
いると
「どうしたの?」
放っておくことができず、その男の子に尋ねた
「グスっ……お姉ちゃんと喧嘩しちゃったの……」
「!?」
その話を聞いて、少し衝撃を受けた。しかし、すぐに冷静さを取戻してその
子を安心させるために笑顔で
「どうして、喧嘩しちゃったの?」
と言うと男の子は
「お姉ちゃんが……約束やぶったから……それで……『お姉ちゃんなんて大嫌
い!!』て……」
「……」
と話しだした。私はそれを黙って聞いた。そして
「でも、君はそれを反省しているんだよね?」
と男の子に優しく聞いた。すると
「うん……」
と男の子は頷いた
「じゃあ、君もお姉ちゃんに謝らないとね」
「うん……でも……」
男の子は再び頷いた。どうやら、自分で口走ってしまったことを後悔しており、姉がそれを許してくれるかを悩んでいるらしい。それを察した私は
「大丈夫だよ……きっと、お姉ちゃんも謝れば許してくれるはずだよ?」
「本当……?」
男の子は涙を拭いながら確認してきた
「本当だよ?」
すると……
「うん、ぼく……あやまるよ」
男の子は私に言った
「君はお姉ちゃんのことが好き?」
そう聞くと男の子は
「『うん、お姉ちゃん大好き!!』」
―――ズキン―――
と笑顔で返した。しかし、私はその言葉を聞いた瞬間、なぜか胸が締め付けられた。そして、次の言葉で
「『ありがとう!!お姉ちゃん!!』」
「!?」
私はさらに動揺してしまった。そう、私はこの子を見ていると重ねてしまっ
た……あの子と……私の……
「晴―――」
「翔太(しょうた)〜!」
どこからか声がしたので振り向くと女の子がいた
「あ、お姉ちゃん」
と男の子は言った。どうやら、この子の姉らしい
「もう、心配かけて……」
女の子はすぐに弟に駆け寄ると弟を抱きしめた。すると、弟は
「ごめんなさい……」
心配をかけたことを謝罪した
「でも、よかった……」
姉は弟の無事を確認したようで安堵したらしく弟に優しく言った
「お姉ちゃん……ごめんね……」
と先ほど、相談したことを謝罪した
「いいのよ……お姉ちゃんが約束破ったのが悪いのに……」
姉は自分の非を弟に謝った。そこにはありふれた仲の良い2人の姉弟がいた。そして、姉の方が私に気づくと
「翔太がお世話になったようでありがとうございます」
とお礼を言ってきた。私は
「どういたしまして……それと一つ言わせてほしいことがあるんだけど……」
と彼女にあることを伝えたかった
「なんですか……?」
と彼女は不思議そうに聞いてきた
「家族を大切にすることはいいことだから、それを忘れないでね……」
と私は言った
「……?」
彼女は首を傾げたがそれは当然だ。これは当然のことなんだから言われるま
でもないことだけど、私は
「約束してくれる?」
と彼女に一方的に言うしかなかった。私にとっては二度と戻らない『大切なもの』が目の前にある。私はそれが失われることが嫌だから。すると
「はい、約束します」
と彼女は言ってくれた
「じゃ、家に帰ろうか?」
「うん、ばいばい」
姉弟は去った。そして、私は姉弟が去ったあとに
「……陽姉……晴太……」
ともういない双子の姉と6歳下の弟の名前を呟いた。いや、もしかすると、この世界のどこかにはいるはずだけど、それでも私は
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
私たち家族は7年前までは両親と双子の姉妹である私と姉、そして6歳下の弟と平穏に暮らしていた。だけど、7年前、その『平穏』は失われてしまった。私の姉と弟は謎の失踪を遂げた。この事件は
『姉弟失踪事件』
と呼ばれ未だに事件の解決の糸口は見えず手掛り一つすら見えないことから世間からこの事件は注目された。そして、マスコミやネットなどによって多くの説が出た
『誘拐説』『家出説』『強盗殺人説』『家庭内殺人説』『姉犯人説』『家族犯人説』『無理心中説』……
とあらゆる説が出た。それによって傷つく人間が出るのに関わらず、勝手な『真実』の捏造。7年前まであった幸せな『家庭』は歪ませられられることもある。そして
『怪物説』……
この説はある事件の目撃者が口走ったことから生まれた
『『化け物』が男の子を抱えて屋根を伝ってどこかに向かう姿を!!』
と言う一見すると正気の沙汰ではない与太話だろう。しかし、世間はこう言った『非日常』を求めるらしく、無理矢理真実にこじつけようとすることが多くあり、玄関の扉や弟の部屋のドアが壊されていたことから、そこから『怪物』がいると証明させようとする。確かに『怪物』はいるかもしれない。だけど、それが『真実』なのかはわからない。だけど、私だけはこの事件の『背景』の一つを知っている
「ただいま……」
「陽子……おかえりなさい……」
私が帰宅すると母が私を迎えた。母はあの事件以前はキャリアウーマンとして働いていたがあの事件以降は娘と息子を同時に失ったことにショックを感じ仕事をやめた。あの日から母は無理をして『笑顔』を作っている
「あ、お母さん……私、明日から3日休暇取ることにしたから……」
「え……」
私が休暇を取ったことを知ると母は一瞬驚くが
「そう、じゃあ……ゆっくり休みなさい……」
「うん……」
母は少し、安堵したような表情をした。私は母に心配をかけさせてしまっている
私は最低だ……
「じゃあ、もう寝ていい?」
「いいわよ?おやすみ」
「おやすみなさい……」
私は二階の自分の部屋に着くとあるものを手に取った。それは
「……」
姉の隠された遺品である『日記』だ。これは私しか知らない事件の『手掛り』だ。だけど、私はこれを世間に公表するつもりも警察に差し出すつもりもない
だって……これには……
私は『日記』を開いた。本当なら開きたくもないけど、だけど、今となってはこれが姉との繋がりを示す唯一のものだから
―――パラパラ―――
『今日も男子から告白を受けた。だけど、断った。だって、あの人は私の好きだと言っているけど私の本性を知らない。それに私はあの人のことなんて何も思ってもいない。むしろ、「イケメンな俺から告白されて嬉しいだろ」と言う雰囲気が醸し出されており、非常に不愉快だ。むしろ、顔だけしか取り柄がなさそうで見ているだけでイラつく。誰も信じられない。誰もかもが私を物としてしか見ていない。』
といきなり、姉が通っていた高校で受けた男子の告白を断ったことから始まった。姉は双子の妹である私が言うのもどうかと思うけど美人な方であり、私と違って成績もよく『才色兼備』を素で行く女性だった。しかし、私はわかってたけど姉は作り笑顔を常に他人に向けていた。それにみんなが惑わされて姉の気持ちを誰も理解できなかった。私もそれは理解できてたけど、何もできなかった。だから、こうやって今は後悔してる。姉は『孤高』だったけど、決して強くなかった
本当は陽姉は……
『今日はいいことがあった。晴太と家の中でゆっくりと一緒にいれた。晴太が一緒にいてくれるだけで私は癒される。他の男たちと違って晴太は私を物として見ない。晴太のような恋人を持つ女性は幸せだろう。優しくて明るくて、家庭を顧みるあの子は本当に素晴らしい。』
次に書かれていたのは弟の晴太のことだった。姉は晴太のことをべた褒めしていた。いや、べた褒めなんかじゃない。これは紛れもない晴太の本当の美点だ。晴太は7年前まで共働きだった両親の代わりによく家事をこなしてくれて、なにかと私たちを気遣ってくれた優しい子だった。だから、姉がこう書くのも頷ける
だけど……
『あぁ、今日も晴太の笑顔で癒される。周りに笑顔と言う仮面で応えるのはもう辛い。あの子だけだ。私をこの地獄で支えてくれるのは。だけど、いつか晴太も誰かを好きになって、その人を愛する。そしたら、あの子は私に笑顔を向けてくれるだろうか。嫌だ、そんなの考えたくもない。どうして、神様は晴太と私を姉弟にしたの。私はあの子だけの特別になりたいのに。』
と姉が弟に対して普通は持つはずのない『劣情』が次のページには書き記されていた。最初に読んだ時、私は私の知らない姉の『顔』に驚いた。だけど、こんなものはまだ序の口だ。なぜなら、ここから、姉の『日記』は『狂気』に包まれていくから
『今日は晴太のことを休み時間中ずっと、晴太のことを思い続けた。晴太のことを思っていると胸が苦しい。これが恋かしら。』
『また、男子から告白をうけたが「ごめんなさい、好きな人がいるから」と断った。その時の相手の悔し顔はおかしくて仕方がなかった。その人と私が結ばれることなんてないけどね。』
『最近、私は初恋と言うものを理解できた。女子が恋話をするときにはみんな夢見がちで恋人との自慢話をするけど、私は常に「それ、あなたたちのことをステータスとしてしか見ていないよ」と思って馬鹿にしてきたけど、晴太と言う初恋の人ができたことであながち馬鹿にできるものではないと理解できた』
姉はいつの間にか晴太に対する『劣情』を『恋情』に何の疑問もなく、変えていた。私はこう思っている
この時点で陽姉はきっと救えない状態までいた……
と。だけど、私がもっとも『罪悪感』を感じたのは
『どうして晴太は妹にまで笑顔を向けるの。私と違って、孤独も重圧も感じていない妹にどうして、晴太は笑顔を向けるの。私は妹が嫌いだ。妹の存在が私を傷つける。』
明確なまでに分かる姉の妹に対する『敵愾心』だった
『妹と私は顔は同じだ。それなのにどうして妹は何も背負わないですむのかわからない。私は妹と違って、物覚えが幼い頃からよかった。ただそれだけなのにみんなから天才と言われ努力も評価されなかった。少しでも失敗すれば軽蔑する。でも、妹は私を家族として見てくれる。私は最低だ。あの子の存在が私を余計惨めにする。』
私に対する『嫉妬』がそこには記されており、私の存在がいかにして姉を苦しめていたのが理解できた。そして、私が最も見たくない最後の書きあげられた部分。そこには
『今日も晴太は妹に笑顔を向けた。あの子は優しいけど、その笑顔が私を苦しめ、癒す。あの子の笑顔で重圧に押しつぶされそうな私は救われている。だけど、その笑顔が私だけのものではないのが私を苦しめる。私と違って何も悩まずに生きている妹にどうして、あの子の笑顔が向けられるの。不公平じゃない。どうして、私と違って苦しんでいないあの娘にも晴太の笑顔は向けられるの。あの子の笑顔が私だけのものにできないのならあの子の泣き顔だけはわたしのものにする』
そう、姉は書き残した。事件が起きたあの日の日付に
そう……もしかすると……あの事件を巻き起こしたのは……
「陽姉……」
私は考えたくもない『真実』を頭では理解できた。だけど、絶対にそれを認めたくなかったし、もし、こんなことを知れば両親はさらに苦しむことになる
そんなの嫌だ……これ以上……家族を奪われたくない……
私はもしかすると、晴太を救い出せたのに……いや、少なくとも晴太にもう一度出会えるかもしれなかったのに……ここに記された『真実』を認めたくないことから、晴太を見捨た……
「ごめんね……晴太……ごめんね……」
私は涙を流しながら弟に謝罪するしかなかった。だけど、もう一つは
『自分の中の家族を守るために……陽姉の尊厳を守るためだけに……晴太を見捨てた……』
と言う紛れもない自分の『罪』に私は理解していた。そして
「ごめんね……陽姉……私なんかがいて……」
私は自分がいたせいで狂ってしまった姉に謝罪した。これしか私にはできなかった。これが私の『贖罪』だから
13/09/21 19:55更新 / 秩序ある混沌
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