連載小説
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これから歩み続ける『時間』の中で
「おはよう・・・マリちゃん・・・」
「ん〜、あ・・・おはようございます・・・」
 僕は目が覚めたばかりのマリちゃんに朝の挨拶をした・・・マリちゃんは少しばかり恥ずかしそうだった・・・実は僕もかなり恥ずかしい・・・僕は少し、マリちゃんの予想することができなかった積極性に混乱したが、マリちゃんはそれを行為が終わったあとに全て説明してくれた・・・『魔物娘』・・・そんな存在がいたなんて思いもしなかった・・・そして、その生態も簡単に教えてもらい、マリちゃんの積極性にも説明にも理解できた・・・まあ、普通はそんなこと疑うと思うけど、昨日起きたことを考えるとね・・・それに今のマリちゃんの裸体を見ると悪魔のような尻尾と烏のような羽が腰から生えており、これは信じるしかないよね・・・
「明さん・・・あの・・・その・・・」
「どうしたんだい?」
「明さんはどうしたいですか?」
「え?」
 彼女は昨日ベッドの上で話した『ある話』の答えを求めてきた・・・それは『万魔殿』への移住だ・・・『万魔殿』、そこは時の流れが止まりそこに住むマリちゃんと同じ魔物娘であるダークプリーストと彼女を魔物娘にした彼女の友人と同じ種族であるダークエンジェルが愛する男と常に愛し合う世界・・・彼女たち魔物娘にとってはそれが幸せなんだろう・・・いや、僕自身もそれは『素晴らしい』ことだと感じている・・・愛する存在と常に一緒にいられる・・・なんていいことなんだろう・・・きっと、そこに移住した彼女たちの夫も同じ気持ちなんだろう・・・
「・・・」
 迷うことなんてない・・・僕は彼女といつまでも――― 
「あなたはそれでいいんですか?」
「・・・え」
 僕は彼女に万魔殿に行く意思を伝えようとしたが、それは彼女の言葉によって遮られた・・・そして・・・
「私はあなたの意思を尊重します・・・だから、一緒にいきましょう?」
「マリちゃん・・・僕は・・・」
 彼女の『いきましょう』とは『行きましょう』なのか、『生きましょう』なのかはわからなかった・・・けれど、彼女が僕の本当の『意思』を見抜いているようだった・・・恐らく、これは彼女が後悔しないための彼女自身の『意思』なのだろう・・・だったら、僕は・・・卑怯かもしれないけどそれに甘えさせてもらう・・・
「マリちゃん・・・僕は君と生きたい・・・この世界で・・・君と一緒に怒ったり、泣いたり、苦労したり、笑ったりして生きたい・・・」
 僕はなんて馬鹿なんだろう・・・今、ここで『行きたい』と答えればきっと、苦しみもない世界で彼女と一緒にいられる『幸福』な世界で生きられるのに・・・本当に僕はなんてワガママなんだろう・・・だけど・・・そんな僕を彼女は・・・
「・・・九条明さん・・・あなたは・・・健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、私を愛し、私を敬い、私を慰め、私を助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「・・・!!」
 彼女は突然、僕に対して結婚式で聖職者が新郎新婦に向けて言う誓いの言葉を僕に向けて聞いてきた・・・それを僕は・・・
「新郎となる私は、新婦となるあなたを妻とし、良いときも悪いときも、富めるときも貧しきときも、病めるときも健やかなるときも、死がふたりを分かつまで、愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓います」
 と小説のネタで覚えていたおかげでそれを告げることができた・・・もちろん、僕は・・・本気だ・・・今、ここには新郎と新婦しかいず、結婚指輪もブーケもタキシードもウェディングドレスもないけど僕は誓った・・・そして、僕は彼女に・・・
「進藤茉莉さん・・・あなたは・・・健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、私を愛し、私を敬い、私を慰め、私を助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
 と同じ問いを彼女に投げかけた・・・すると、彼女はしばらく呆気に取られた後に
「新婦となる私は、新郎となるあなたを夫とし、良いときも悪いときも、富めるときも貧しきときも、病めるときも健やかなるときも、死がふたりを分かつまで、愛し慈しみ貞節を守ることをここに・・・誓います!!」
 と涙を浮かべながら僕にそれを告げて僕に抱き着き、そして僕はそれに応えるように彼女を強く抱きしめ、彼女の唇に自分の唇を重ねた・・・

「あらあら・・・おめでとうお二人方・・・」
 私は彼と彼女の2人だけの婚礼を見届けました・・・それは、互いに身にまとうものもなく、婚礼に必要なものを1つも用意しておらず、招待客も1人もいないものです・・・しかし、彼らにとってそれは些細なものです・・・彼らにはこれから先で数々の苦難が待ち受けるでしょう・・・しかし、彼らなら大丈夫でしょう・・・まあ、それは茉莉が魔物娘であると言うことも理由の一つですが・・・たとえ、人間同士の夫婦の彼らでもきっと大丈夫だったでしょう・・・だけど、この『結果』になるには茉莉は『魔物娘』になるしかなかった・・・茉莉が魔物娘にならなければ明さんは確実に自殺していた・・・
「はあ・・・本当にこの人たちが下手をしたら『悲劇』で終わることしかできなかったなんて・・・冗談にしては笑えませんよ・・・」
 そう、この2人は正しく、『運命の相手』と言うべき存在なのです・・・それを私は友人のバフォメットに占星術で教えてもらいました・・・実は茉莉の下に現れる前に私は彼らの『運命』を彼女に占ってもらいました・・・仮にも私は天使・・・いえ、堕天使ですけどもし自分が魔物娘にした女性が好きな男性がヒトデナシでしたら後悔しますし・・・そして、占ってもらった結果は・・・
『これは稀に見るほどの良い結果じゃ・・・だがのう・・・この2人は結ばれるまでに長い時間がかかる・・・それに男の方は『死』と『絶望』の兆候がある・・・ステラ・・・もし、この2人を結びつけたいのなら、相当な『努力』が必要じゃぞ?『運命』とは自分の意思で変えることができるがそれは『覚悟』が必要なのじゃ・・・もし、そなたが少しでも手を抜いたら・・・この2人には『悲劇』しか残っていないぞ・・・仮に女の方が魔物娘になっても、女の望んだ『結果』は決して手に入らない・・・』
 私はそれを知って、後悔しました・・・彼らに待ち受ける『破滅』の未来を変えることができるのは私だけ・・・そして、私が少しでも手を抜けば明さんは救いもなく死に、茉莉はきっとそのことを知らずひたすら空しく彼が幸福だと思いながら彼の幸福を願い続ける・・・いえ、もしかしたらふとしたことで彼の死を知り、錯乱することも考えられるでしょう・・・私は最初は適当に茉莉を魔物娘にして、帰ろうかなと思っていました・・・しかし、彼女の『自己犠牲』の心を見て・・・私は・・・罪悪感に押しつぶされそうになり、彼女を支えようと思いました・・・いえ、私は弱かっただけです・・・だから、彼女に『幸福』を押し付けてしまった・・・それでも、彼女は『本能』を理性で抑え続けました・・・そして、私は彼女と一緒に過ごすことで次第に2人を『破滅』から救いたくなりました・・・本当は助けなくてもいいのに・・・本当は助ける義務なんてないのに・・・それでも、私は彼らを見捨てることなんてできなかった・・・だけど、もうそれも終わりました・・・彼らはきっと・・・もう大丈夫なはずですから・・・
「それよりもまさか・・・苦しみもない『万魔殿』よりも苦しみがある『こちら』を選ぶとは・・・」
 唯一、私が驚いたのは彼らの『選択』でした・・・あんなに『現実』によって苦しめられながら彼らは・・・だけど、彼らはきっとそれすらも自分たちの『絆』を深めるものだと理解しているのでしょう・・・そう、生きとし生ける者はときに楽しい時もあれば、苦しい時もあります・・・しかし、『苦しみ』を否定することなんてできません・・・『苦しみ』を否定し『楽しみ』だけを手に入れる方法なんて・・・そんなの・・・永遠に続く魔物娘との交わりか心を壊すことによって生まれる『幻想』だけしか存在しません・・・なぜ・・・彼らが『苦しみ』を肯定したのかは私には理解できません・・・だけど、彼らはその『答え』を13年間の『時間』で手に入れたのでしょう・・・そして、彼らは魔王様から与えられた『インキュバス』と『魔物娘』としての『幸福』ではなく、これから自分たちで築いていく『幸福』を求めたのでしょう・・・本当にワガママで強欲ですね・・・だけど・・・私はそれが羨ましいです・・・
「良いときも悪いときも、富めるときも貧しきときも、病めるときも健やかなるときも、死がふたりを分かつまで、愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓います・・・か・・・」
 彼らはこの言葉のどおり・・・どんな時でも互いを愛し続けるでしょう・・・これはある意味では『魔物』同士が行う『人間の夫婦』ごっこ・・・ですが、たとえ何があっても2人はお互いを愛し続けるでしょう・・・それは私たち魔物娘は夫を絶対に裏切ることはないと言う本能もあります・・・だけど、彼らはたとえ『人間』同士でも『絶対』に裏切ることなんてありません・・・そう、彼らは・・・

「お久しぶりです・・・藤堂さん」
『久しぶりだね・・・明君・・・今日はどうしたのかね?』
 今、僕はかつての婚約者の実父に電話をしている・・・彼は僕の電話に出るとものすごく申し訳なさそうな声を出した・・・当然だ・・・彼は自らの娘の不貞によって傷つけられた男の声を聞いているのだから・・・
「仁美さんのことです」
『!?・・・娘が何かしたのかね?』
 僕はかつての婚約者の名前を出した・・・それに彼は一瞬動揺したようだけど・・・今回の僕は彼を責めるために電話をしたわけではない・・・
「実はお願いしたいことがあります」
『何かね?』
 彼は一瞬にして、声質を変えてきた・・・彼は僕の祖父と仲がよく、僕とも幼い頃から面識があるが彼は基本的に温厚だが怒らせるとかなり恐ろしい・・・たとえ、それが自分の親族であっても彼は容赦はしない・・・だから、僕の今回の『頼み』も断る可能性があるかもしれない・・・
「・・・こんなこと申し上げるのもおかしいと思いますが・・・仁美さんを許してあげてください・・・」
『なっ!?』
 僕は藤堂さんに勘当している仁美さんに対して『許す』ことを頼んだ・・・それはきっと・・・馬鹿で相手のことを考えない『独善』だと思う・・・
『・・・どうしてかね?よりによって君が・・・最も彼女に傷つけられた君がどうして・・・』
「・・・」
 僕はその理由を話していいのか・・・迷ってしまった・・・こんなことを話すことで満足するなんて僕は最低の『自己陶酔者』なのかもしれない・・・だけど、僕はそれでも・・・話すことで全てに決着をつけたかった・・・そうしないと僕は本当の意味で解放されないと思った・・・
「その前にあなた方親子に謝らせてください・・・」
『謝る・・・?一体、君がどうして謝る必要がある!?君は完全な『被害者』ではないか!?』
 そう、僕はあの裏切りに関しては完全な『被害者』だろう・・・僕自身もそう思っている・・・だけど、僕が本当に謝りたいのは・・・
「僕があなた方に謝りたいのは・・・本当に彼女のことを愛してたのか・・・と言うことです・・・」
『!?・・・それはどういう意味かね!?まさか、君も・・・!?』
 彼は僕に対して、いきなり怒鳴り始めた・・・少し誤解しているようだけど僕は少なくとも不貞は犯していない・・・
「いえ、そんなことはしていません・・・僕は『婚約』が告げられた時から仁美さんを幸せにしようと全力で努力してきました・・・それは本当のことです」
 そう、少なくとも彼女を幸せにしようとしたのは本当のことだ・・・これだけはなんの臆面もなく言える・・・その幸福が彼女にとって幸せかはわからないけど・・・
『では、どういうことかね!?君を11年間見てきたが君ほど人の『幸福』を願える人間はいないぞ・・・』
 ・・・そう、これが僕の愚かなところだった・・・マリちゃん以外が見抜けなかった僕の『弱さ』は他人には『強さ』にしか見えなかった・・・恐ろしいほどまでの『献身』は他人には美しく見えるかもしれない・・・だけど、それは脅迫概念から来るただの『自己愛』だった・・・他人には本心を明かすことができず、結局は本当に求めたものを遠ざける・・・そんなことを僕はマリちゃんと再会するまで理解できなかった・・・本当に僕は・・・
「僕は・・・仁美さんを幸せにしようとしましたが・・・それは『婚約者』の義務としてです・・・本当に彼女を愛していたかは自分でもわからないんです・・・」
『・・・!?』
 夫婦とは互いに支え合うもの・・・僕は全部自分で背負うことしかしなかった・・・それは『自己犠牲』の精神かもしれない・・・だけど、それは裏を返せば、『誰も信用』していないと言うことだ・・・しばらく、沈黙が続くと彼は・・・
『一言言わせてもらおう・・・明君・・・君は十分馬鹿娘を愛してたよ・・・』
「え?」
 突然、僕の予想しなかった言葉を言った・・・
『・・・いいかい、そもそも『婚約』と言うのは私たち大人が決めた勝手なことだ・・・そう言ったものは結婚後の家庭で勝手に相手を愛そうとするものだ・・・だけど、君は仁美を結婚前から愛そうと努力してくれた・・・それは並大抵のことじゃない・・・仁美は勝手にその『愛』に気づかなかった・・・ただ、それだけだ・・・』
「・・・」
 愛そうとする・・・それは僕からすれば『愛』とは言えないと思う・・・だけど、彼らからすればそれは十分・・・『愛』なのだろう・・・それが間違いなのだろうか・・・正しいことなのだろうか・・・僕にはわからない・・・だけど、それも一つの『答え』なのだろう・・・僕が考えていると・・・
『しかし、君がそんなことを言うとは・・・何かあったのかね?』
「そ、それは・・・」
 僕はマリちゃんのことを話すかどうか迷ってしまった・・・かつての『婚約者』の実父に女性の話をするのは・・・
『なるほど・・・そういうことか・・・』
「え?」
 僕がしどろもどろしていると突然彼は何かに納得したように言った・・・
『明君・・・馬鹿娘は引き取ろう・・・だから、君は何も気にすることなく・・・君の『幸せ』を生きたまえ・・・』
「な!?」
 彼はどうやら僕の事情を察したようだ・・・僕は一瞬わけがわからなかった・・・だけど、僕は・・・
「ありがとうございます・・・」
『一番の被害者が許したのに、父親の私が許さないのはね・・・まったく、本当に君が私の義息子にならかったのが残念だ・・・本当に親不孝者だよ・・・』
 その一言はお世辞などではなく本心からのものだった・・・そして、彼は次にこう言った
『いいかい、明君・・・絶対に約束して欲しい・・・君が幸せに生きることが私が仁美を許す条件だ・・・いいかね?』
 彼の条件は非常に難しくも優しい条件だった・・・でも、絶対に僕はその条件を果たせる・・・僕には・・・『彼女』がいるから・・・
「はい」
『では、さようなら・・・』
 彼はそう言って電話を切った・・・会話を終えた僕は解放感に溢れていた・・・全てが終わった・・・本当の意味で・・・全てを放り投げるのではなく、全てに決着をつけると言う方法で・・・
 

「明さん・・・」
「マリちゃん・・・もう、僕は大丈夫だよ」
 彼は本当の意味で解放されたのでしょう・・・彼は『万魔殿』行くことを拒んだ・・・幸せなこともあれば不幸なこともある『この世界』で生きることを選んだ・・・それは一見すると馬鹿なことでしょう・・・だけど、彼は私と生きることを望んだ・・・一緒にいるだけでなく、お互いに苦労し、お互いに泣き、お互いに笑い、お互いに愛し合うことを・・・私はもはや『人間』ではありません・・・そして、彼もしばらくすると『人間』でなくなるかもしれません・・・だけど、私たちは『人間』の『弱さ』も『強さ』も忘れるつもりはありません・・・だからこそ・・・私たちは誓いました・・・もし、何かが原因でお互いが死んでも私たちは『後悔』などしません・・・『生きる』とはそう言うものです・・・『苦しみ』があってもいつかはそれが『幸福』を実らせる・・・そして、それを分かち合うことができる人がいれば・・・その幸福はきっと・・・大きなものに変わるでしょう・・・
「さてと、姉さんたちに報告しないとね」
「はい」
 彼は私のことを家族に伝えるらしい・・・私を・・・その・・・自分の『妻』と認めさせるために・・・私と生きるために・・・
「じゃあ、行こうか」
「うん」
 差し出された手を握った瞬間、私は彼と初めて出会ったあの瞬間を思い出しました・・・きっと、私たちの『人間』の夫婦としての『生』には困難が待ち受けるでしょう・・・それでも、私たちは歩み続けます・・・私たちにとってその『歩み』が幸せだから・・・

  
13/09/09 10:58更新 / 秩序ある混沌
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■作者メッセージ
 さて・・・これでこの『物語』は終わりです・・・うん?あなたは『魔物娘』にとっての『幸福』を理解していない?・・・その通り、私は『魔物娘』の『幸福』をこの物語で否定してしまいました・・・『魔物娘』にとっては愛する夫と愛し合うこととその子どもを産むことこそが至上の『幸福』・・・それ以外は『無駄』に等しい・・・ですが、私はその『無駄』が好きなのです・・・さて、この物語は終わりを迎えます・・・しかし・・・『彼ら』の『物語』はこれからも続いていきます・・・では、皆様方・・・私の『救済(妄想)』に長いお付き合いをしてくれましてありがとうございました・・・これにて・・・『鬼は泣けない』の終幕を宣言します・・・

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