マンティコアの慌ただしい恋の話
レイア火山帯の麓を、辺りに警戒しながら行商の隊列が通っていく。
先頭には騎士が二人、後方には騎士が二人、計四人でこの行商の警護を請け負っているようだ。
その胸に掲げられた竜の鉤爪に三つ葉の紋章から、騎士達はこの火山帯に隣接するディエレス帝国から派遣された者達ではないのが伺える。
竜の鉤爪に三つ葉、それはここら一帯で幅を利かせている、悪名高い『スルト傭兵団』の紋章である。
『スルト傭兵団』――
金を積まれて頼まれれば、戦争、小規模の紛争、積み荷の護衛、転じて窃盗、誘拐、果ては殺人まで、とにかく何にでも手を染めるという、傭兵団というよりむしろ盗賊団と言ったほうが正しいような有様だった。それもそのはず、このスルト傭兵団はもともと盗賊上がりの者達が立ち上げたのである。
その盗賊団、もとい傭兵団から派遣されてきた騎士――
(帝国において『騎士』は認可制であり、昨今では帝国の認可さえ下りれば誰でも騎士になれるようになっている。もちろんランクはあるにはあるが、一番下級の騎士なら努力すればどんな出自であろうと関係はない。この制度を悪用する輩も多いが、それすら是としたのが第三代目のディエレス帝だった)
――なのだから、さぞかし凶悪な面構えのムサいオッサンばかりなのでは、と思って眺めて見れば、意外にも、四人中一人はイケメン、一人は童貞っぽい、素朴な顔つきのおどおどした男性だった。あとの二人はやはり人相の悪いオッサンだったけれど。
そして、この行商にとっては不運なことに、トスカーナは童貞が好みだった。
もちろん、あえて危険を冒し、帝国から王国までの近道としてこの火山帯を通って来ているのだから、当然と言えば至極当然の成り行きなのだけれど、それでもトスカーナの眼鏡に敵う者がいなければ、この行商は無傷で火山帯を通過できていただろう。
しかし、トスカーナという一匹の若く、とてつもない性欲を持て余したマンティコアに不運な若者が見込まれたばかりに、この行商はこれから僅か数分で全滅することになる。
・・・
――残る騎士は二人。
童貞くんと、もう一人のオッサンである。
トスカーナは童貞特有の雰囲気を味わうように、舌をぺろりと出す。
彼らの背後には、イケメンと、額を走る十文字の傷が印象的なオッサンが折り重なるようにして倒れている。
やばい、と童貞は思う。
やばい、やばい、やばい。ああこんな任務に志願するんじゃなかった。俺には郷里で稼ぎを待ってる病弱な妹がいるんだ。うう。なんてこった。マンティコアってこんなに強かったのか。マンティこった。くだらないことを考えているので、剣がぐらつく。所詮、俺はこの程度なのか。仲間も死んだ。残ったオッサンと二人でなんとか奴を相手にしていたが、岩棚を背に追い詰められてしまい、進退窮まった。もうだめだ。あかん。母ちゃん。
「お」
お?
「お、重てえよ、オッサン……ぐう」
背後からそんな声が聞こえてきて、どうやら仲間は死んではいないようだ、と思い、ぐらついた剣を構え直す。そうだ、生き残らなければ。なんとかして、生きる。萎みかけた心に、少しだけ力が湧く。
この童貞、名をウィルという、至極普通の冴えない青年であった。そんな彼が騎士になれたのはもちろん、血の滲むような努力があったからなのだが、もう一つ、彼には特技があり、その特技から面接官に見込まれ、履歴書……のようなものに○をつけられたのであった。ただし、それは戦闘に役に立つようなものではまったくなかったのだけれど。
あたしは別に人の命を取る気はないんだけどなあ、とトスカーナは頭を掻く。
眼前の二人はものすごい形相でこちらを睨んでくる。岩棚を背にし、不退転の覚悟というやつだろうか。自分がそこまで追い詰めたことも忘れ、困ったなあ、と呟く。どうも人というのは苦手だ、距離感が測れない。まあ、いいや。攫っちゃおう。
魔物が飛びかかってきた。
「ああああああああああああ!!!!!」
こちらに来る、と思った瞬間に渾身の力で剣を振りかぶり、振り下ろす。
これだけをひたすら練習してきた六年間だった。そのおかげで騎士になれた。
しかし、魔物と人間の力の差は歴然として存在する。
というか、魔物はこちらに飛びかかってくる、と見せて隣のオッサンを不意に巨大な尻尾で襲った。完全なフェイントだった。
オッサンも剣を繰り出したが、遅かった。オッサンは尻尾で背後の岩棚に叩き付けられ、その肺からありったけの息が漏れた。そのまま失神する。
マンティコアがこちらを向く。
にんまり、とその口が笑った。
俺は、ちびった。
そしてその日、俺は童貞を喪った。
ついでにマンティコアの旦那になった。名前はトスカーナというらしいヨ!
郷里の妹も迎えに行き、三人で仲良く火山で暮らしている。次第にみんな魔物化していっているような気がするが、気にしない。
ちなみにウィルの特技は絶倫であった。
履歴書に書くほうもどうかしている。
先頭には騎士が二人、後方には騎士が二人、計四人でこの行商の警護を請け負っているようだ。
その胸に掲げられた竜の鉤爪に三つ葉の紋章から、騎士達はこの火山帯に隣接するディエレス帝国から派遣された者達ではないのが伺える。
竜の鉤爪に三つ葉、それはここら一帯で幅を利かせている、悪名高い『スルト傭兵団』の紋章である。
『スルト傭兵団』――
金を積まれて頼まれれば、戦争、小規模の紛争、積み荷の護衛、転じて窃盗、誘拐、果ては殺人まで、とにかく何にでも手を染めるという、傭兵団というよりむしろ盗賊団と言ったほうが正しいような有様だった。それもそのはず、このスルト傭兵団はもともと盗賊上がりの者達が立ち上げたのである。
その盗賊団、もとい傭兵団から派遣されてきた騎士――
(帝国において『騎士』は認可制であり、昨今では帝国の認可さえ下りれば誰でも騎士になれるようになっている。もちろんランクはあるにはあるが、一番下級の騎士なら努力すればどんな出自であろうと関係はない。この制度を悪用する輩も多いが、それすら是としたのが第三代目のディエレス帝だった)
――なのだから、さぞかし凶悪な面構えのムサいオッサンばかりなのでは、と思って眺めて見れば、意外にも、四人中一人はイケメン、一人は童貞っぽい、素朴な顔つきのおどおどした男性だった。あとの二人はやはり人相の悪いオッサンだったけれど。
そして、この行商にとっては不運なことに、トスカーナは童貞が好みだった。
もちろん、あえて危険を冒し、帝国から王国までの近道としてこの火山帯を通って来ているのだから、当然と言えば至極当然の成り行きなのだけれど、それでもトスカーナの眼鏡に敵う者がいなければ、この行商は無傷で火山帯を通過できていただろう。
しかし、トスカーナという一匹の若く、とてつもない性欲を持て余したマンティコアに不運な若者が見込まれたばかりに、この行商はこれから僅か数分で全滅することになる。
・・・
――残る騎士は二人。
童貞くんと、もう一人のオッサンである。
トスカーナは童貞特有の雰囲気を味わうように、舌をぺろりと出す。
彼らの背後には、イケメンと、額を走る十文字の傷が印象的なオッサンが折り重なるようにして倒れている。
やばい、と童貞は思う。
やばい、やばい、やばい。ああこんな任務に志願するんじゃなかった。俺には郷里で稼ぎを待ってる病弱な妹がいるんだ。うう。なんてこった。マンティコアってこんなに強かったのか。マンティこった。くだらないことを考えているので、剣がぐらつく。所詮、俺はこの程度なのか。仲間も死んだ。残ったオッサンと二人でなんとか奴を相手にしていたが、岩棚を背に追い詰められてしまい、進退窮まった。もうだめだ。あかん。母ちゃん。
「お」
お?
「お、重てえよ、オッサン……ぐう」
背後からそんな声が聞こえてきて、どうやら仲間は死んではいないようだ、と思い、ぐらついた剣を構え直す。そうだ、生き残らなければ。なんとかして、生きる。萎みかけた心に、少しだけ力が湧く。
この童貞、名をウィルという、至極普通の冴えない青年であった。そんな彼が騎士になれたのはもちろん、血の滲むような努力があったからなのだが、もう一つ、彼には特技があり、その特技から面接官に見込まれ、履歴書……のようなものに○をつけられたのであった。ただし、それは戦闘に役に立つようなものではまったくなかったのだけれど。
あたしは別に人の命を取る気はないんだけどなあ、とトスカーナは頭を掻く。
眼前の二人はものすごい形相でこちらを睨んでくる。岩棚を背にし、不退転の覚悟というやつだろうか。自分がそこまで追い詰めたことも忘れ、困ったなあ、と呟く。どうも人というのは苦手だ、距離感が測れない。まあ、いいや。攫っちゃおう。
魔物が飛びかかってきた。
「ああああああああああああ!!!!!」
こちらに来る、と思った瞬間に渾身の力で剣を振りかぶり、振り下ろす。
これだけをひたすら練習してきた六年間だった。そのおかげで騎士になれた。
しかし、魔物と人間の力の差は歴然として存在する。
というか、魔物はこちらに飛びかかってくる、と見せて隣のオッサンを不意に巨大な尻尾で襲った。完全なフェイントだった。
オッサンも剣を繰り出したが、遅かった。オッサンは尻尾で背後の岩棚に叩き付けられ、その肺からありったけの息が漏れた。そのまま失神する。
マンティコアがこちらを向く。
にんまり、とその口が笑った。
俺は、ちびった。
そしてその日、俺は童貞を喪った。
ついでにマンティコアの旦那になった。名前はトスカーナというらしいヨ!
郷里の妹も迎えに行き、三人で仲良く火山で暮らしている。次第にみんな魔物化していっているような気がするが、気にしない。
ちなみにウィルの特技は絶倫であった。
履歴書に書くほうもどうかしている。
16/02/20 21:43更新 / 戸枝