森の守護者
「・・・・・・ぅぅぅ。」
オレは意識も取り戻したようだ。
(そ、そうだ!オレはあの蛇の化け物に首を噛まれて、こんな状態にさせられたんだ。)
どれくらいの時間が経っただろう。あまりの快眠に1日中寝ていたように感じた。
どうやら何かふさふさした物の上で仰向けの姿勢をしている。
外傷らしき痛みはなにも感じない。
思い切って目をあけることにした。
目に映ったものは・・・
(うん?岩肌か?・・・どうやら洞窟の奥にいるようだ。)
天井、頭、右手、足の方は岩壁で覆われている。
よく目を凝らしてみると、小さな穴がポツポツと岩壁に空いているのが気になる。
(うぅ、明かりか?)
オレの左手の方からは外からの光が差し込んでいるようだ。
あかね色の明かりからして、今は夕方のようだ。
(もっと眠りに落ちてた気がするが・・・)
そう思いながらこうして生きている自分にちょっとした安心感を覚える。
しかし、その安心感もつかの間、オレから20歩ほど離れたところに、明かりの一部をさえぎるかのよう、あの下半身が蛇の化け物の女の後ろ影が見える。
(うっ!やはり捕まってしまっていたのか。どうやら夢なんかじゃないみたいだな・・・)
女はこちらに背中を向けながら、目の前に焚いているのだろう、焚火に手を加えていた。
オレはこのまま寝ているわけにもいかず、体を起こそうとした。
が、体に力を入れたのが災いに、足で敷かれている木の葉でカサカサと音を立ててしまった。
(し、しまった!!)
と思った瞬間にオレは女の方をみた。
女は体をピクッとさせ、ゆっくりとこちらにふりかえってきた。
そして、オレの方に近寄りながら
「あら?うふふ、目が覚めたようですね。」
(く、くそっ!いずれ気付かれるわけだが、よりにもよってこんなにも早くとは・・・)
だんだん近づいていてきてるっていうのに、オレはポカーンと口を開けたまま、顔も体もこわばるだけでいた。
「ふふっ、怖がらないで大丈夫ですよ。私はあなたを守りたいだけですもの。」
あっという間に女はオレの傍に身を寄せていた。
今は着物を着ているが、それでもこの女の豊満な胸はオレを魅了してくる。
オレは裸の胸を魅せられた時と同じように固唾をのんだ。
「私のこと、まだ怖がっているようですね。ですが、いくら大丈夫ですっと言っても、この姿を突然見せつけられたら誰だって怖がりますよね。」
オレはおそるおそる頷くだけだった。
「しかし、本当に私はあなたを襲ったりはしません。命を助けて下さったご恩を返したいだけなのです。」
「あ、ああ・・・。」
オレはやっとのことで口を開いた。
「た、助けたって言ってるが、オレはお前みたいな女など身に覚えがない!」
「化け物ではなく女と言ってくれましたね。ありがとうございます。
そうですねぇ、この姿で会うのは初めてですしね。でしたら・・・」
そう言うと、彼女は突然身につけている着物を脱ぎ始めた。
オレはとっさに目を閉じたが、なにかミシミシと音がして目を開けてみると、
彼女の上半身の女体は長い髪の毛はそのままに、口元は割けながら前へ突き出て、目は鋭く黄色くなり、豊満な乳房があった胴体は完全な蛇の姿へとかわってしまっていた。
下半身も含めると、髪の毛の生えた白い大蛇そのものだ。
胸まで蛇になってしまった残念さがあったが、それよりも、彼女の細く鋭い黄色い目に睨まれているおぞましさがオレの心をおそった。
「お、おま…えは?」
「15年前、あの道端であなたに命を助けてもらった。白蛇です。」
「・・・・・・。」
「覚えて…ませんか?」
「い、いや、たしかにオレはそん時くらいに死にそうな白い蛇を助けたが・・・ で、でもその蛇はお前みたいに髪も生えていなかったし、そしてなにより、そこらへんのウミヘビとおなじくらいに細く小さかったはずだ。」
「うふふ、私もあなたたちみたいに大きくなりますのよ?しかし、ここまで大きく、人間の女性の体に姿をかえれるのは選ばれた者だけですが。」
助けた時期、白い蛇といった共通点にすこし納得を覚えたが、やはり相手は蛇だ。襲いかかってくる可能性があるのだ。
「そうか・・・・・・だが、オレにはただ話をうまいこと合わせて、オレを油断させてるように思えるんだが。」
「そうですかぁ。たしかに信じがたいとおもいますが、これをお見せすれば、信じてもらえますでしょうか?」
そう言うと蛇女は、脱いだ着物にごそごそと頭を入れ、再び頭をだすとその口にはなにか咥えているのがわかった。
それをオレの目の前に置くと
「これは!!」
オレは見覚えのある、目の前の物をみて驚愕した!!
「あの時の器です。ずっと御守り代わりに携えさせてもらってました。」
(オレはあの時に器の代わりにした、水筒のふたを目にし、目の前の女が助けた白い蛇だと確信した。同時に、この女への恐怖や不信感はやわらいでいった)
「そ、そうか。あの時のちっこい蛇だったのか、お前は。命が助かって、そして今こうして生きているのがなにより嬉しいぞ。」
「ふふふ、全部あなたの優しい心のおかげですよ。ですから…その…あの時助けてもらったお返しに、私はあなたをずっと守ろうと決心し生きてきました。」
「守ってくれるってのは男として情けないことだが、嬉しいことでもある。
でも、その…巨大な蛇に睨まれながら、そう言われても、いずれ食われるんじゃないかって思えて、正直言って……怖いんだよ」
「あ!すみませんでした。こんな醜い姿でずっと近くにいるなんて。
……下半身までは人間にはなれませんが、どうかこの姿でお許しください。」
そう言うと、彼女の上半身ははみるみるうちにあの美しい女体へと姿を変えた。だが、着物を脱いでるせいで、上半身は丸見えだ・・・
「う、うわ!き、着物を、着物を着てくれ!!」
オレはそういいながら視線をそらす。
「あら?人間の男は女性の裸を晒してあげると喜ぶときいてますが・・・」
「い、いいから着てくれぃ」
「ふふっ、照れてるのですね。分かりました。
・・・ ・・・ ・・・
はい、目を開けても大丈夫ですよ。」
目をあけると、ちゃんと着物を着てくれていた。
「ど、どうも。」
「いえいえ、これで少しは安心していただけましたか?」
「あ、ああ。」
しかし、オレはここで不可解なことに気付いた。
森で彼女から逃げる際、ナイフを突き刺したはずの胸に、何一つ傷が残っていなかったことだ。その件は気になるが・・・洞窟の入り口の方から
コトコト、コトコト、プシューーーッっとなにか音がした
「ちょうど煮込み終わったようです。ご飯にいたしましょうか?」
(そういや、朝から何も食べてなかったな〜)
そう気付いたとたん、激しい空腹感に襲われた。
「悪いが、いただくとする。」
「はい!では、こちらへ〜♪」
彼女は手を伸ばしてき、オレの手をとるとオレはそれに捕まりながら立ち上がった。
掴んだ手は握ったまま、彼女は焚火の方へオレを連れて行く。
だんだんと近寄るにつれ、匂いだけでもおいしいと感じるほどの鍋が焚火にかけられていた。
焚火近くには、おわんと箸がきちんと二人分準備されていた。
(ははは〜もうオレと食う気満々だったってことねw)
彼女は焚火に欠けた鍋のふたを開け、おわんに具や汁をつぎながら
「お口に合うかはわかりませんが、精いっぱい作らせてもらってます。」
「ははっ、味なんてどうだっていいよ。腹がすごくへってるから、どんなものでもおいしく食っちまうよ。」
若干オレの分の方が多めにつがれてるように思われるが、二つのおわんにつぎ終わると
「では、ごいっしょに・・・」
「いただきます。」 「いただきます。」
オレは勢いよく、彼女の作った鍋を口に運ぼうとしたとき、
(まてよ?これに、もし毒がしこまれていたら・・・)
と考えたが、
「どうしたのですか?」と心配そうな表情で彼女がオレの顔を覗き込んでくるのを見て、
(きっとなにもはいってないかな。もし、毒があったとしても、さっき寝ているときに好き勝手やれたのに何もせずにいたのだから、いまさら毒におかされてもなぁ。)
「いや、匂いを嗅いでただけだよ。」
ズーッズーッとあっという間にオレは鍋を絶えらげた。
「私の分も差し上げましょうか?」
「いや、お前の分はお前が食べてくれ。」
ホントはもっとこんなおいしい料理を食べたい気持ちがあったが、さすがにここまで世話をかけてはならない。
彼女も食べ終えると
「ごちそうさま〜」 「お粗末さまでした」
「ど、どうでしたか?お味の方は・・・」
「ああ、とてもおいしかったよ。人間の口に合うようにつくれるとは、料理うまいんだな〜。」
「い、いえ〜、私の手料理なんかまだまだですよぉ。」
「う〜ん、そうかぁ?大いに自信もっていいと思うくらいなんだけどなぁ〜」
「ふふっお世辞はそのくらいでかまいませんよ。私はお言葉だけでも嬉しいです。」
(お世辞じゃないのになぁ。おっと、そういやどれくらいの時間がたってるんだろ。)
オレは洞窟の入り口に目をやった。
どうやら、日はすっかり沈み、外は薄暗くなっていた。
なぜか時間がたつのが早く思えたが、今日は肉体的、精神的にもこたえた一日だったため、すぐに横になりたいと体が言っているようだ。
「よっこらせっと。んじゃ〜飯までごちそうになりながら、ここで寝るわけにはいけないから、家に帰るわ〜」
オレはそう言って立ち上がったが、すぐに腕を彼女に捕まれた。
「かまいませんよ、どうぞここで横になって寝てもらって。」
「いやいや、これ以上女に世話やかせちゃ、男が腐っちまうから」
「世話なんかかけられてませんよ?それに、日が落ちた森には凶暴な動物が襲ってくるかもしれませんし。どうぞ、今日はここに泊ってください。」
「凶暴な動物ねぇ、そうだな〜今のオレの疲れ切った体じゃ追っ払うどころか、逃げることさえも難しいかもな〜」
「ふふっそうですよ。自分から命の危険を冒すだなんて、ジュンさ…い、いえ、あなたらしくないですよ?」
「それもそうだな。ってお前、オレの名前知ってたのか?」
「あ…はい。名前を呼ぶだなんて…すみませんでした!」
「いや〜名前で呼んでくれた方が話しやすいから、名前で呼んでくれ」
「す、すみません。では、お言葉に甘えて…ジュンさんと呼ばせてもらいます。」
「おう!かまわんかまわん。それよりも、どうしてオレの名を?」
「は、はい、実は・・・その・・・ジュンさんとある女性のお年寄りが話してるところを、たまたま耳にしてしまい・・・そ、その盗み聞きのつもりじゃなかったんです!!でも、そこでお年寄りの方があなたを“ジュンちゃん”と呼んでいて、そこで名前を覚えました。・・・す、すみませんでした!!」
(あるお年寄りってばっちゃのことだろうなぁ)
目を閉じながら、すこしはにかみながらそう言う彼女の姿にちょっとかわいらしさを感じた。
「別に名前知られただけで、困らないし、謝らなくていいぞ。
んじゃ、またあそこの木の葉のとこで寝るわ」
「はい、では参りましょうか」
そう言うと、オレの腕をつかんでいた彼女の手がスルスルとオレの手まで下りてきて、数歩の距離だがオレと彼女は手をつないで洞窟の奥へと向かった。
「ふ〜やっぱきもちい〜な〜、この葉っぱの布団は」
「お気に召されてなによりです。」
オレは洞窟で目が覚めたときと同じように仰向けの姿勢で寝転んだ。
彼女はオレのすぐそばでオレの顔をみつめながら立っている。
(うへ、やっぱ寝てる状態ですぐそばで巨大な生き物に見つめられると怖いというか圧倒されるな〜)
しかし、今のオレにはもう目が覚めたときや、ましてやこの女と出会ったときの恐怖やおぞましさは全くなかった。
「そういや、オレ、お前の名前きいてなかったな〜。いまさらごめんな。」
「ふふっいえいえ、私を名前で呼んでくださるのですか?」
「ああ、だってオレは名前で呼んでもらってるのに失礼じゃんか。」
「ありがとうございます。わたくしは“フーロ”と申します。」
「フーロか。女らしい名前だな。安心した。もっとこう、長かったりややこしい名前だったら大変だなって思ってたから。んじゃ、オレも名前で呼ばせてもらうぞ?」
「こんな私を名前で呼んでいただけるなんて、幸せの限りです。」
名前を知ったところで、いざ寝ようとしても、眠気はまだきていない。
体は疲れきっているというのに、目はパッチリ開いたままだ。
「フーロ、すまんが、もうすこし話し相手になってもらってかまわないか?どうも、まだ眠気がこないようで・・・」
「どうぞどうぞ、私なんかでいいのなら、いくらでも相手になりますから。」
「そうか、ありがとな。実はな、もうひとつフーロが言ったことで気がかりな点があるんだ。」
「え、それはいったいなんのことでしょうか?」
「オレが帰ろうとしたときに、命の危険を冒すとかなんとか言ったじゃん?もしかして、それって昔助けたときにオレが言った言葉と関係あるのか?オレは微かだけど、命を大切にしろよとかいったような気がしたんだ。」
「うふふ、ジュンさんのおっしゃるとおりですよ。あの時、あなたが私に言ってくれた、―相手の命、自分の命を大切にしろ― という言葉をずっと胸に背負って生きてきましたから。」
「そ、そっか。いやな、あんときはまだまだガキだったから、かっこつけるためにそう言ったのかもしれないんだ。でもな、今、こうして生きていくうちにその言葉の大切さを身にしみるほど分かってきたよ。」
「かっこつけるためだけではなかったと思いますよ?心がこもった言い方でしたし、真剣な表情でした。ジュンさんは、そのころから命の尊さを実感していたんですよ。」
「う〜ん、そうかな〜。まぁ、今となってはあのころのオレの考えなど分からないからな〜。なんか、わるいな。軽く言ったと思うのに、いままでそれを真剣に背負って生きてきただなんて・・・」
「あ、あやまらないでください!逆に私の方がお礼を言わなければなりませんのに。」
「うん?なぜだ?」
「今のこの姿、力、生きる希望はあの言葉のおかげなんです。あの言葉をずっと胸に言いきかせてきたからこそ、幾千の蛇たちから私は森の守護者として任命されたのですから。」
「も、森の守護者!!?」
(やべぇ、ばっちゃの言うことってこんなにあたるもんなんだな、いまさら気付いたな〜)
「ええ、そうです。この森の安泰を図る使命を与えられたのです。その使命を果たせるように、この姿、力を得られています。」
「そ、そうか。そんなに重大なことに役だったなんて嬉しいというか、驚くばかりだなぁ」
「ふふっ、全部ジュンさんのおかげですよ。」
「もしかしたら、オレが健康に生活できてきたのも、フーロのおかげなのかもな〜。オレの村での生活は、この森の自然の恵みと隣合わせだからな」
「すこしでもお力になれていれば幸いです。」
「もし、それが本当なら、フーロはもう十分というか、十二分くらいオレにお礼をしてるんじゃないか?」
「いえいえ、まだまだですよ?森の守護は私の使命であって、それが偶然にもジュンさんたちの生活に役に立っているだけだとおもいます。直接、ジュンさんに十分なお礼なんかできていませんよ?」
「だ〜か〜ら、それで十分、オレは助かってるんだよ。ありがとな、フーロ」
「い、いえ、そんな・・・まだまだ私はジュンさんになにも・・・」
「十分感謝してるから、無理はしなくていいからな。・・・ふ、ふあ〜〜〜」
オレは大きなあくびとともに眠気がやっときた。
また改めてフーロと話すと驚くことばかりであった。
「うぅ〜、眠気がやっときたようだわ〜」
「わかりました。しかし、お眠りなるまえに、ひとつ、今日のことで謝らせてもらいたいです。」
「う、うん?なんのことだ?」
「…そ、その……今日、ジュンさんにお会いできた喜びで、つい襲うかのように捕まえて、興奮のあまり唇を重ねてしまい、しまいには毒で眠りに誘い無理やりにここまでつれてきてしまいました。自分の欲望をも抑えきれず、失礼な行動をとってしまい、本当に申し訳ありませんでした。」
「ま、まぁ、あの時は本当にフーロがオレを襲いに来たかと思いきって、オレの方こそ、お前の言葉を何一つ信じなかったのはわるかったよ。だから、その件はお互い様だ」
「そ、そんなぁ。私の一方的なことでしたのに。でも、そう言ってもらえると助かります。これからはあのようなことはないように、自分に厳しくしてまいります。」
「ははっ、あんまきにすんな。じゃ〜寝かしてもらうわ。おやすみ〜」
「私はそんな優しいジュンさん大好きです。おやすみなさいませ。」
「ははっどうも。」
と言いつつ、彼女の笑顔を見届けながら目を閉じ、夢の中へ旅立った。
「ふふっ、ジュンさんの寝顔もかわいいですね。」
と、彼女はジュンの頬に手を添え、優しく撫でた。
・
・
・
チュンチュン チュンチュン
「ぅ、う〜ん。朝か」
オレは小鳥たちのさえずりで目が覚めた。
「ふ、ふあ〜〜〜」
大きなあくびをし、入り口の方に目をやると、眩しい外の光が目に入った。
だが、フーロの姿はみえなかった。
(出かけてるのかな?)
ひとまず、朝の日差しを浴びに外に出ることにした。
昨日の疲れきった体は、すっかりと元気になり、意気揚々と外に歩みよる。
外に出て、もう一度おおきなあくびをすると、あの声が
「お目覚めですか。おはようございます。」
「おはよ〜。いい眠りだったぜ」
「うふふ、それはよかったです。では、さっそく朝ご飯にしますか?たくさんおいしい木の実をとってまいりました。」
彼女は両手でさまざまな種類の木の実を抱きかかえている。
どれも実が熟していて、見ただけでよだれが垂れそうだった。
「ああ、そうだな。またまた、わるいな〜昨晩の飯といい。」
「いえいえ、では、こちらへ。」
「あ!まってくれ!食う前に、ちょっと顔洗いたいんだが・・・」
「わかりました。この近くに清い川が流れているんです。」
「へ〜そっか〜。そういえば、オレ、ここがどこらへんなのかわかんね〜な」
彼女は抱きかかえていた木の実を洞窟に置き、空いた手でオレの手を握ってきた。
「ふふ、そうでしたね。私が案内します。さあ、こちらへ」
オレは彼女と手をつなぎながら後についていった。
そこで、彼女の長い髪の先のところどころが赤く染まっているのを発見した。
「な、なあ。フーロの髪の毛の先、なんか赤くなってるぞ?」
「えっ!!・・・・・・ほ、ほんとですね。赤い木の実の汁でも付いてしまったのでしょうかね。うふふ。
さ、さあ、着きましたよ。」
なぜかあどけない言い方なフーロに少し違和感をおぼえたが、髪の毛が汚れてしまってるところを見られたくなかったのかなっと、ことを納めることにした。
「うへ〜きもちぃ〜。サッパリしたぜ〜」
と顔を洗い終わり、オレはフーロの方に目をやると、彼女はオレが指摘した髪の赤い汚れを丹念に洗っていた。まだ洗い落とすには時間がかかるようだったため、オレは彼女にあわせるように何度も顔を洗った・・・
ようやく、洗い落とせたのか、フーロの手がとまった。
「きもちよかったぞ〜フーロ」
「ふふっ、それはよかったです。私も朝はここで顔を清めるのが大好きです。
あと、この川に沿って下っていくと、ジュンさんの村へといくことができますよ。」
「ほえ〜そっか。今後、行き来するときの参考にできるな」
「そうですね。さぁ、帰って、ご飯にいたしましょう。」
「おう!」
来た時と同じように、手をつなぎながらオレたちは洞窟へと戻った。
フーロはオレを木の葉の布団の上に座らせ、向かい合うような位置でオレとフーロの間に木の実を置いていった。
「好きなだけ召し上がってください。足りなければ、またとりにいきますので。」
「いやいや、こんなにたくさん一人じゃ食いきれないぞ?フーロも一緒に食べようぜ?」
「そうですかぁ、はい。では、お言葉に甘えて」
そういうと、小さな木の実ばかり選んで、フーロは食べている。
(やっぱ、オレのこと考えて遠慮してるんだな)
オレはそんな申し訳ない気持ちになったが、この気持ちを口に出しても、フーロはどうせ上手く切り抜けてくるのはわかりきったことだ。
だから、オレも小さな木の実を優先しながら手に取り、食っていった。
「ふへ〜まんぷくまんぷくぅ〜」
小さな木の実といっても数が重なれば、かなりの量を口にし、おなかいっぱいになってしまった。
「あら?もういいのですか?」
「ああ、フーロ、残りは食べてもらってかまわないぞ?」
「私も実はもう口に入らないほど、満腹でございます。残りは、今後のご飯の時にでも使わせてもらいますね。」
「ああ、そうしてくれ。」
(さてと、そろそろおいとましようかな?村の畑仕事の手伝いとかあるしな)
「よし!んじゃ、オレはかえ・・・」
と立ち上がろうとした瞬間、フーロは表情を一変させ
「来たか・・・
ジュンさん、じっとしててください!!」
彼女はなにか睨むような表情のまま、オレに背を向けた。
すると、洞窟の入口に4、5人ほどの人影が現れた。
「い、いたぞーーーー!!た、隊長を食い殺した、あ、あの化け物だ!!」
青いバンダナをした5人のうちの一人がそう叫んだ。
オレは状況がまったく把握できないでいた。
(な、なんだ?フーロがなにかしたのか?)
オレはずっとフーロの背中を見るだけでいた。
だが、そのフーロ自身、別人であるかのような言い方で
「貴様ら、さっきの盗賊集団の生き残りか。そのまま懲りて逃げてればいいものを・・・。ここから、今すぐ立ち去れ!!我の言うとおりに応じれば、なにもせず見逃してやろう。」
(ほ、ほんとに、オレの目の前にいるのはあのフーロなのか!?しゃべり方もそうだが、雰囲気までどこか心を締め上げられるような感じがする)
「う、うるせぇーー!!よ、よくも、隊長を!皆、いっせいに撃てえええ!!」
「ふ、副隊長!!奥に人間らしき影がみえます。下手をすると、その者に流れ弾が・・・」
「か、かまわーーん!!どうせ、こんな化け物のそばにいる人間だ。仲間に違いない!!撃てええええ!!!」
そう命令が下されると、5人いっせいに火縄銃をかまえた。
「撃てええええええええ!!!」
その掛け声とともに、銃声がババンッババンッと複数回聞こえた。
オレはとっさに頭を抱え目をつむり、うつ向きの姿勢をとった。
ビチャっとオレの頭にになにか液体が飛び散ってきた。
・
・
・
5秒ほど沈黙が続いた。
どうやら、オレはどこも撃たれずにすんだらしい。
それよりも、フーロだ!!フーロはどうなった!!
オレはゆっくりと目を開けた。
そこには、目をつむる前と同じようにフーロの背中が見える。
彼女は両手を広げ、下半身の蛇の体でオレの周囲をかこんでいる。
(オレを全身で守ってくれたのか・・・)
入り口の方は火縄銃を数本撃ったためか、煙でうまく確認できない。
しばらくして、やっと一通りの周りの状況をうかがうことができた。
「や、やったか?」
煙が薄くなり、青いバンダナの集団の姿をこちらからも確認できるほどになった。
「ヒ、ヒェェェェ!!副隊長!!!まだ、アイツ倒れてませんよ!!?」
「ク、クソ!!やはり化け物はしぶといようだな。よし!!みんな全力でアイツにかかれぇぇぇーーー!!」
「おーーーーーーー!!!」
その声とともに集団は洞窟の中へ駆け込んでくる。
フーロはダラーンと下に向けていた頭を、コクッと集団の方に向け、
「愚かな・・・尊い命を、こうも簡単に扱うことができるとは。仕方ないなぁ、貴様らには裁きを下す必要があるようだ・・・。
しもべたちよ、好きにするがいい。」
そうフーロが言い終えると、洞窟に空いた無数の小さな穴から、オレの周囲の穴からも白い蛇たちがうじゃうじゃと姿を現し、集団の方に一斉に襲いかかった!!
幾千もの白い蛇たちで、洞窟は白く染まり、青いバンダナ集団の5人全員のうめき声が聞こえる。
「や、やめろーーーー!!」たすけてくれええ!!」
「は、反省します!!い、命だけはお助けをおおおお!!」
集団たちの必死の命ごいにもフーロは耳を貸さず、
「いまさら、何を言う。さんざん森を汚し、幾多の村を襲い、さらには我の大事なお方に銃を向けるとはなぁ。実に愚かだ・・・。お前らなど、この世にいる資格など微塵もないわ!!!」
やはり、いまのフーロはオレの知ってるフーロじゃない。
昨日、会った時のとは全く異なる怖さが、身にしみるほどに伝わってくる。
(こ、これが本当のフーロなのか?)
オレは息をのみながら、フーロの脇下から見える集団の一人に目をやった。
そいつは何匹もの蛇に巻きつかれ、ミイラのようになっていた。
必死に腕を動かして、蛇をとっぱらおうとするが、あまりの多さに次から次へと蛇がまきついてきて、無駄のようであった。
徐々に連中の声数が少なくなるにつれ、白い蛇たちの数も減ってきたかと思うと、オレは目をそむけたくなる光景を目にする。
なんと、あの青いバンダナの集団は、服、武器、、そしてトレードマークのバンダナを残し・・・屍になってしまっていた。
オレはそんな光景を目にし、硬直してしまった。
ようやく、一匹残らず白い蛇たちが姿を消すと、
ふ〜っとフーロは息を吐いた。
そして、オレを囲んでいた蛇体をフーロの方にもどし、振り向いてきた。
「お怪我はありませんでしたか?」
目が、オレの知ってる穏やかなフーロに戻っていることが分かり、オレはなかば安心する。
「あ、ああ。それより、フーロ、お前の方こそ銃で撃たれたんじゃ・・・?」
「ふふふ、大丈夫ですよ。見ててください。」
そう言うと、フーロはオレに体を近づけ、体の弾痕を見せつけてきた。
弾痕からは、青紫の液体がにじみ出ていた。
だが、みるみるうちに、弾痕の穴は小さくなっていき、青紫の液体を残し、完全に元の皮膚にもどっていった。
「私はこのように、あっという間に傷を癒すことができるのです。昨日、ジュンさんが私の胸に刺した傷も、この力のおかげで何もなかったかのように回復させました。本当はジュンさんとの出会い記念の傷として残したかったのですが・・・そ、その、傷口から体が腐っていく恐れがあるため、残念ながらそれは叶わなかったのです。」
「そ、そうか。」
「ふふっ、心配して下さってありがとうございます。」
そう言い、フーロはオレに微笑む。
だが、オレはあの集団の屍に目がいってしまい、いまだ硬直気味だ。
フーロはオレの頭に付いた自分の体液を着物の一部分で拭き取っている。
「ちょっといいか?」
「はい、なんでしょうか?」
「さ、さっきのフーロは、本当にフーロだったのか?」
「ええ、そうですが?」
「いや、あいつらに怒った時のフーロはどうも、オレの知ってるフーロじゃなくて・・・・・・本音を言うと怖かった・・・」
「こ、怖がらせてしまい、すみません!!あれは森の守護者としての私なんです。あのような雰囲気を醸し出さないと、守護者は務まらないって教えられてまして・・・ですが、安心してください。意識はちゃんとありますので、間違えて、ジュンさんを襲ったりなどしませんから。」
「そうか・・・・・・森の守護ってのは、いつもこういうことをしているのか?人間の命を・・・」
「い、いえ、こんな残酷な仕打ちは滅多にしません。こんなことは本当は見せたくなかったのですが、こうせざるを得ませんでした。この者たちは、何度もこの森の動物を乱獲しにやってきたり、村があるとそこから食料を強奪したりと、許しがたいことばかりやってる連中でして・・・それになによりも、私はともかく、関係のないジュンさんの命をも気にせずに銃を撃ってきたことで、自分の感情を抑えることができませんでした。本当にすみませんでした。」
「そ、そうか。でも、命を奪うのはな・・・
さっき髪の毛が赤く汚れてたのは、こいつらがいってた隊長たちを襲ったからか?」
「・・・は、はい。」
「そいつらも、こいつらみたいに・・・」
「はい・・・ですが、私だって、命の尊さは承知しております。それゆえに、ある命によって、他の何人もの命が危険にさらされるとなると、森の守護者として何人もの命が危険に陥る前に、その元凶となる命を絶えさせねばならないのです。」
「守護者としてねぇ。
・・・まぁ、そんなこんないっても、オレだって生きるためにあらゆる生物の命を奪ってきたもんな。結局は、命ってそんなもんなのかな〜」
「そんなもんだなんて・・・。信じがたいかもしれませんが、こうして人の命を奪ったのは今日が初めてなんです。」
(初めてだと?なんだ?オレを安心させるためか、機嫌をとるためか、嘘をついているのか?こういった連中を襲いかかる以外に、森を守る方法なんてあるのか?だが、フーロの言うことも信じてやりたい)
「そう信じてやりたいが、やはり、襲いかかる以外に森は守ることはできないだろう?嘘なら、嘘と言ってくれ!!」
「いいえ、嘘ではありません。」
「な、なら、どうやってあんな連中から森を守ってるというんだよ!!」
オレはつい大声でどなるように叫んでしまった。
すると、フーロは両手をオレの顔の近くにもってきて、
ボワッっと青白い炎をてのひらから出した。
「この炎で森を守っております。」
「なんだ?この炎は?熱気もなにも伝わってこないが・・・」
「これを森で暴れるような人間をはじめ、生物すべてに飛ばしてやると、飛ばされた者はすべて私の言うことに従うほかなにもできなくなります。これを利用して、森を荒らす者に炎を飛ばし、森から離れなさいと命令を出し、追い払っているのです。」
「あやつってねぇ〜。なるほどな〜。」
「信用がないのでしたら、近くの小鳥にでも試すことができますが?」
(ここまでいうんだ、きっと本当のことなんだろう)
「小鳥って。オレ自身に飛ばして、試したりしないのか?」
「い、いえ、できるにはできますが、操られてる間の記憶はなくなってしまうのです。ですので、ジュンさん本人を操ったとしても証明にはならないかと思いまして・・・」
「そうか。でも、記憶がなくなってしまうなら、いくら森から出て行けって言っても、また来るんじゃないか?」
「ふふっ、いい質問ですね。そうです、そのままだとまた来る可能性が高いままですので、操りから解放した直後に、姿を隠しながら“もうこの森には近づいてはならん”と言いきかせるのです。こうすれば、不気味がって二度と近寄らなくなりますね。」
「ふむふむ、なるほどなるほど。
でも、あの青いバンダナの集団にも同じようにしていたなら、あいつらは森に近づかないんじゃ?」
「それが・・・根から汚れてしまっている心を持った者たちには、私の忠告は意味がないようなのです。私はあの連中に初めて思い知らされましたから。だから・・・その・・・もう手のつけようがなかったのもあって・・・」
「そうだったのか・・・・。なんかオレ、何もフーロの事情も知らず、どなっちまったな〜。ごめんな。」
「いえいえ。私の方こそ、こんな堅苦しい話に巻き添えにしてしまい、申し訳ありません。」
オレはなんだか、たった一日半の間だったのに、その間だけじゃ納まりきれないほどのボリュームの出来事を目の当たりにしたようだ。
それに加え、このわずかな時間にフーロという姿は化け物かもしれないが、いままでであった中で一番オレのことを思ってくれる女に出会え、親しくなれたことがなによりも嬉しく感じる。
(時刻はもう昼前になってそうだな)
「よっこらせ。んじゃ、フーロ、オレ仕事あるから村に帰るわ」
「そうですか。こんな時間まで居座させてしまい、すみませんでした。
お帰りもご一緒しますが・・・。」
「いいや、オレ一人で帰らせてくれ。だいじょうぶ。またここに会いに来るから。」
「は、はい。わかりました。いつでも快くお待ちしております。あ!そうでした!!すみませんが、満月の夜は森に入らないでください。森の生き物たちが凶暴化するようですので・・・。」
「満月の夜?ああ、わかった、気をつけるよ。んじゃ〜な、また会うときまで〜」
そう言いながら、オレは彼女の唇に軽く口づけをする。
「ジュ、ジュンさん、なにを」
「オレの気持ちだよ」
「きゃあ。ジュンさんったら。私、興奮のあまりおかしくなりそうです。」
(や、やべぇ〜襲われる前に逃げないと・・・)
そうして、オレは洞窟をあとにする。
入り口へ歩いている間、あのたくさんの蛇が住んでいる穴がすこし怖かった。
だが、フーロが従えているのなら心配ないなと自分に言い聞かせた。
洞窟から出て、少しばかり歩く。
ふりかえると、ばっちゃと同じようにフーロはオレに手を振ってくれている。
オレも見えなくなるまで手を振り返し、川を下り、村へとかえるのだった。
オレは意識も取り戻したようだ。
(そ、そうだ!オレはあの蛇の化け物に首を噛まれて、こんな状態にさせられたんだ。)
どれくらいの時間が経っただろう。あまりの快眠に1日中寝ていたように感じた。
どうやら何かふさふさした物の上で仰向けの姿勢をしている。
外傷らしき痛みはなにも感じない。
思い切って目をあけることにした。
目に映ったものは・・・
(うん?岩肌か?・・・どうやら洞窟の奥にいるようだ。)
天井、頭、右手、足の方は岩壁で覆われている。
よく目を凝らしてみると、小さな穴がポツポツと岩壁に空いているのが気になる。
(うぅ、明かりか?)
オレの左手の方からは外からの光が差し込んでいるようだ。
あかね色の明かりからして、今は夕方のようだ。
(もっと眠りに落ちてた気がするが・・・)
そう思いながらこうして生きている自分にちょっとした安心感を覚える。
しかし、その安心感もつかの間、オレから20歩ほど離れたところに、明かりの一部をさえぎるかのよう、あの下半身が蛇の化け物の女の後ろ影が見える。
(うっ!やはり捕まってしまっていたのか。どうやら夢なんかじゃないみたいだな・・・)
女はこちらに背中を向けながら、目の前に焚いているのだろう、焚火に手を加えていた。
オレはこのまま寝ているわけにもいかず、体を起こそうとした。
が、体に力を入れたのが災いに、足で敷かれている木の葉でカサカサと音を立ててしまった。
(し、しまった!!)
と思った瞬間にオレは女の方をみた。
女は体をピクッとさせ、ゆっくりとこちらにふりかえってきた。
そして、オレの方に近寄りながら
「あら?うふふ、目が覚めたようですね。」
(く、くそっ!いずれ気付かれるわけだが、よりにもよってこんなにも早くとは・・・)
だんだん近づいていてきてるっていうのに、オレはポカーンと口を開けたまま、顔も体もこわばるだけでいた。
「ふふっ、怖がらないで大丈夫ですよ。私はあなたを守りたいだけですもの。」
あっという間に女はオレの傍に身を寄せていた。
今は着物を着ているが、それでもこの女の豊満な胸はオレを魅了してくる。
オレは裸の胸を魅せられた時と同じように固唾をのんだ。
「私のこと、まだ怖がっているようですね。ですが、いくら大丈夫ですっと言っても、この姿を突然見せつけられたら誰だって怖がりますよね。」
オレはおそるおそる頷くだけだった。
「しかし、本当に私はあなたを襲ったりはしません。命を助けて下さったご恩を返したいだけなのです。」
「あ、ああ・・・。」
オレはやっとのことで口を開いた。
「た、助けたって言ってるが、オレはお前みたいな女など身に覚えがない!」
「化け物ではなく女と言ってくれましたね。ありがとうございます。
そうですねぇ、この姿で会うのは初めてですしね。でしたら・・・」
そう言うと、彼女は突然身につけている着物を脱ぎ始めた。
オレはとっさに目を閉じたが、なにかミシミシと音がして目を開けてみると、
彼女の上半身の女体は長い髪の毛はそのままに、口元は割けながら前へ突き出て、目は鋭く黄色くなり、豊満な乳房があった胴体は完全な蛇の姿へとかわってしまっていた。
下半身も含めると、髪の毛の生えた白い大蛇そのものだ。
胸まで蛇になってしまった残念さがあったが、それよりも、彼女の細く鋭い黄色い目に睨まれているおぞましさがオレの心をおそった。
「お、おま…えは?」
「15年前、あの道端であなたに命を助けてもらった。白蛇です。」
「・・・・・・。」
「覚えて…ませんか?」
「い、いや、たしかにオレはそん時くらいに死にそうな白い蛇を助けたが・・・ で、でもその蛇はお前みたいに髪も生えていなかったし、そしてなにより、そこらへんのウミヘビとおなじくらいに細く小さかったはずだ。」
「うふふ、私もあなたたちみたいに大きくなりますのよ?しかし、ここまで大きく、人間の女性の体に姿をかえれるのは選ばれた者だけですが。」
助けた時期、白い蛇といった共通点にすこし納得を覚えたが、やはり相手は蛇だ。襲いかかってくる可能性があるのだ。
「そうか・・・・・・だが、オレにはただ話をうまいこと合わせて、オレを油断させてるように思えるんだが。」
「そうですかぁ。たしかに信じがたいとおもいますが、これをお見せすれば、信じてもらえますでしょうか?」
そう言うと蛇女は、脱いだ着物にごそごそと頭を入れ、再び頭をだすとその口にはなにか咥えているのがわかった。
それをオレの目の前に置くと
「これは!!」
オレは見覚えのある、目の前の物をみて驚愕した!!
「あの時の器です。ずっと御守り代わりに携えさせてもらってました。」
(オレはあの時に器の代わりにした、水筒のふたを目にし、目の前の女が助けた白い蛇だと確信した。同時に、この女への恐怖や不信感はやわらいでいった)
「そ、そうか。あの時のちっこい蛇だったのか、お前は。命が助かって、そして今こうして生きているのがなにより嬉しいぞ。」
「ふふふ、全部あなたの優しい心のおかげですよ。ですから…その…あの時助けてもらったお返しに、私はあなたをずっと守ろうと決心し生きてきました。」
「守ってくれるってのは男として情けないことだが、嬉しいことでもある。
でも、その…巨大な蛇に睨まれながら、そう言われても、いずれ食われるんじゃないかって思えて、正直言って……怖いんだよ」
「あ!すみませんでした。こんな醜い姿でずっと近くにいるなんて。
……下半身までは人間にはなれませんが、どうかこの姿でお許しください。」
そう言うと、彼女の上半身ははみるみるうちにあの美しい女体へと姿を変えた。だが、着物を脱いでるせいで、上半身は丸見えだ・・・
「う、うわ!き、着物を、着物を着てくれ!!」
オレはそういいながら視線をそらす。
「あら?人間の男は女性の裸を晒してあげると喜ぶときいてますが・・・」
「い、いいから着てくれぃ」
「ふふっ、照れてるのですね。分かりました。
・・・ ・・・ ・・・
はい、目を開けても大丈夫ですよ。」
目をあけると、ちゃんと着物を着てくれていた。
「ど、どうも。」
「いえいえ、これで少しは安心していただけましたか?」
「あ、ああ。」
しかし、オレはここで不可解なことに気付いた。
森で彼女から逃げる際、ナイフを突き刺したはずの胸に、何一つ傷が残っていなかったことだ。その件は気になるが・・・洞窟の入り口の方から
コトコト、コトコト、プシューーーッっとなにか音がした
「ちょうど煮込み終わったようです。ご飯にいたしましょうか?」
(そういや、朝から何も食べてなかったな〜)
そう気付いたとたん、激しい空腹感に襲われた。
「悪いが、いただくとする。」
「はい!では、こちらへ〜♪」
彼女は手を伸ばしてき、オレの手をとるとオレはそれに捕まりながら立ち上がった。
掴んだ手は握ったまま、彼女は焚火の方へオレを連れて行く。
だんだんと近寄るにつれ、匂いだけでもおいしいと感じるほどの鍋が焚火にかけられていた。
焚火近くには、おわんと箸がきちんと二人分準備されていた。
(ははは〜もうオレと食う気満々だったってことねw)
彼女は焚火に欠けた鍋のふたを開け、おわんに具や汁をつぎながら
「お口に合うかはわかりませんが、精いっぱい作らせてもらってます。」
「ははっ、味なんてどうだっていいよ。腹がすごくへってるから、どんなものでもおいしく食っちまうよ。」
若干オレの分の方が多めにつがれてるように思われるが、二つのおわんにつぎ終わると
「では、ごいっしょに・・・」
「いただきます。」 「いただきます。」
オレは勢いよく、彼女の作った鍋を口に運ぼうとしたとき、
(まてよ?これに、もし毒がしこまれていたら・・・)
と考えたが、
「どうしたのですか?」と心配そうな表情で彼女がオレの顔を覗き込んでくるのを見て、
(きっとなにもはいってないかな。もし、毒があったとしても、さっき寝ているときに好き勝手やれたのに何もせずにいたのだから、いまさら毒におかされてもなぁ。)
「いや、匂いを嗅いでただけだよ。」
ズーッズーッとあっという間にオレは鍋を絶えらげた。
「私の分も差し上げましょうか?」
「いや、お前の分はお前が食べてくれ。」
ホントはもっとこんなおいしい料理を食べたい気持ちがあったが、さすがにここまで世話をかけてはならない。
彼女も食べ終えると
「ごちそうさま〜」 「お粗末さまでした」
「ど、どうでしたか?お味の方は・・・」
「ああ、とてもおいしかったよ。人間の口に合うようにつくれるとは、料理うまいんだな〜。」
「い、いえ〜、私の手料理なんかまだまだですよぉ。」
「う〜ん、そうかぁ?大いに自信もっていいと思うくらいなんだけどなぁ〜」
「ふふっお世辞はそのくらいでかまいませんよ。私はお言葉だけでも嬉しいです。」
(お世辞じゃないのになぁ。おっと、そういやどれくらいの時間がたってるんだろ。)
オレは洞窟の入り口に目をやった。
どうやら、日はすっかり沈み、外は薄暗くなっていた。
なぜか時間がたつのが早く思えたが、今日は肉体的、精神的にもこたえた一日だったため、すぐに横になりたいと体が言っているようだ。
「よっこらせっと。んじゃ〜飯までごちそうになりながら、ここで寝るわけにはいけないから、家に帰るわ〜」
オレはそう言って立ち上がったが、すぐに腕を彼女に捕まれた。
「かまいませんよ、どうぞここで横になって寝てもらって。」
「いやいや、これ以上女に世話やかせちゃ、男が腐っちまうから」
「世話なんかかけられてませんよ?それに、日が落ちた森には凶暴な動物が襲ってくるかもしれませんし。どうぞ、今日はここに泊ってください。」
「凶暴な動物ねぇ、そうだな〜今のオレの疲れ切った体じゃ追っ払うどころか、逃げることさえも難しいかもな〜」
「ふふっそうですよ。自分から命の危険を冒すだなんて、ジュンさ…い、いえ、あなたらしくないですよ?」
「それもそうだな。ってお前、オレの名前知ってたのか?」
「あ…はい。名前を呼ぶだなんて…すみませんでした!」
「いや〜名前で呼んでくれた方が話しやすいから、名前で呼んでくれ」
「す、すみません。では、お言葉に甘えて…ジュンさんと呼ばせてもらいます。」
「おう!かまわんかまわん。それよりも、どうしてオレの名を?」
「は、はい、実は・・・その・・・ジュンさんとある女性のお年寄りが話してるところを、たまたま耳にしてしまい・・・そ、その盗み聞きのつもりじゃなかったんです!!でも、そこでお年寄りの方があなたを“ジュンちゃん”と呼んでいて、そこで名前を覚えました。・・・す、すみませんでした!!」
(あるお年寄りってばっちゃのことだろうなぁ)
目を閉じながら、すこしはにかみながらそう言う彼女の姿にちょっとかわいらしさを感じた。
「別に名前知られただけで、困らないし、謝らなくていいぞ。
んじゃ、またあそこの木の葉のとこで寝るわ」
「はい、では参りましょうか」
そう言うと、オレの腕をつかんでいた彼女の手がスルスルとオレの手まで下りてきて、数歩の距離だがオレと彼女は手をつないで洞窟の奥へと向かった。
「ふ〜やっぱきもちい〜な〜、この葉っぱの布団は」
「お気に召されてなによりです。」
オレは洞窟で目が覚めたときと同じように仰向けの姿勢で寝転んだ。
彼女はオレのすぐそばでオレの顔をみつめながら立っている。
(うへ、やっぱ寝てる状態ですぐそばで巨大な生き物に見つめられると怖いというか圧倒されるな〜)
しかし、今のオレにはもう目が覚めたときや、ましてやこの女と出会ったときの恐怖やおぞましさは全くなかった。
「そういや、オレ、お前の名前きいてなかったな〜。いまさらごめんな。」
「ふふっいえいえ、私を名前で呼んでくださるのですか?」
「ああ、だってオレは名前で呼んでもらってるのに失礼じゃんか。」
「ありがとうございます。わたくしは“フーロ”と申します。」
「フーロか。女らしい名前だな。安心した。もっとこう、長かったりややこしい名前だったら大変だなって思ってたから。んじゃ、オレも名前で呼ばせてもらうぞ?」
「こんな私を名前で呼んでいただけるなんて、幸せの限りです。」
名前を知ったところで、いざ寝ようとしても、眠気はまだきていない。
体は疲れきっているというのに、目はパッチリ開いたままだ。
「フーロ、すまんが、もうすこし話し相手になってもらってかまわないか?どうも、まだ眠気がこないようで・・・」
「どうぞどうぞ、私なんかでいいのなら、いくらでも相手になりますから。」
「そうか、ありがとな。実はな、もうひとつフーロが言ったことで気がかりな点があるんだ。」
「え、それはいったいなんのことでしょうか?」
「オレが帰ろうとしたときに、命の危険を冒すとかなんとか言ったじゃん?もしかして、それって昔助けたときにオレが言った言葉と関係あるのか?オレは微かだけど、命を大切にしろよとかいったような気がしたんだ。」
「うふふ、ジュンさんのおっしゃるとおりですよ。あの時、あなたが私に言ってくれた、―相手の命、自分の命を大切にしろ― という言葉をずっと胸に背負って生きてきましたから。」
「そ、そっか。いやな、あんときはまだまだガキだったから、かっこつけるためにそう言ったのかもしれないんだ。でもな、今、こうして生きていくうちにその言葉の大切さを身にしみるほど分かってきたよ。」
「かっこつけるためだけではなかったと思いますよ?心がこもった言い方でしたし、真剣な表情でした。ジュンさんは、そのころから命の尊さを実感していたんですよ。」
「う〜ん、そうかな〜。まぁ、今となってはあのころのオレの考えなど分からないからな〜。なんか、わるいな。軽く言ったと思うのに、いままでそれを真剣に背負って生きてきただなんて・・・」
「あ、あやまらないでください!逆に私の方がお礼を言わなければなりませんのに。」
「うん?なぜだ?」
「今のこの姿、力、生きる希望はあの言葉のおかげなんです。あの言葉をずっと胸に言いきかせてきたからこそ、幾千の蛇たちから私は森の守護者として任命されたのですから。」
「も、森の守護者!!?」
(やべぇ、ばっちゃの言うことってこんなにあたるもんなんだな、いまさら気付いたな〜)
「ええ、そうです。この森の安泰を図る使命を与えられたのです。その使命を果たせるように、この姿、力を得られています。」
「そ、そうか。そんなに重大なことに役だったなんて嬉しいというか、驚くばかりだなぁ」
「ふふっ、全部ジュンさんのおかげですよ。」
「もしかしたら、オレが健康に生活できてきたのも、フーロのおかげなのかもな〜。オレの村での生活は、この森の自然の恵みと隣合わせだからな」
「すこしでもお力になれていれば幸いです。」
「もし、それが本当なら、フーロはもう十分というか、十二分くらいオレにお礼をしてるんじゃないか?」
「いえいえ、まだまだですよ?森の守護は私の使命であって、それが偶然にもジュンさんたちの生活に役に立っているだけだとおもいます。直接、ジュンさんに十分なお礼なんかできていませんよ?」
「だ〜か〜ら、それで十分、オレは助かってるんだよ。ありがとな、フーロ」
「い、いえ、そんな・・・まだまだ私はジュンさんになにも・・・」
「十分感謝してるから、無理はしなくていいからな。・・・ふ、ふあ〜〜〜」
オレは大きなあくびとともに眠気がやっときた。
また改めてフーロと話すと驚くことばかりであった。
「うぅ〜、眠気がやっときたようだわ〜」
「わかりました。しかし、お眠りなるまえに、ひとつ、今日のことで謝らせてもらいたいです。」
「う、うん?なんのことだ?」
「…そ、その……今日、ジュンさんにお会いできた喜びで、つい襲うかのように捕まえて、興奮のあまり唇を重ねてしまい、しまいには毒で眠りに誘い無理やりにここまでつれてきてしまいました。自分の欲望をも抑えきれず、失礼な行動をとってしまい、本当に申し訳ありませんでした。」
「ま、まぁ、あの時は本当にフーロがオレを襲いに来たかと思いきって、オレの方こそ、お前の言葉を何一つ信じなかったのはわるかったよ。だから、その件はお互い様だ」
「そ、そんなぁ。私の一方的なことでしたのに。でも、そう言ってもらえると助かります。これからはあのようなことはないように、自分に厳しくしてまいります。」
「ははっ、あんまきにすんな。じゃ〜寝かしてもらうわ。おやすみ〜」
「私はそんな優しいジュンさん大好きです。おやすみなさいませ。」
「ははっどうも。」
と言いつつ、彼女の笑顔を見届けながら目を閉じ、夢の中へ旅立った。
「ふふっ、ジュンさんの寝顔もかわいいですね。」
と、彼女はジュンの頬に手を添え、優しく撫でた。
・
・
・
チュンチュン チュンチュン
「ぅ、う〜ん。朝か」
オレは小鳥たちのさえずりで目が覚めた。
「ふ、ふあ〜〜〜」
大きなあくびをし、入り口の方に目をやると、眩しい外の光が目に入った。
だが、フーロの姿はみえなかった。
(出かけてるのかな?)
ひとまず、朝の日差しを浴びに外に出ることにした。
昨日の疲れきった体は、すっかりと元気になり、意気揚々と外に歩みよる。
外に出て、もう一度おおきなあくびをすると、あの声が
「お目覚めですか。おはようございます。」
「おはよ〜。いい眠りだったぜ」
「うふふ、それはよかったです。では、さっそく朝ご飯にしますか?たくさんおいしい木の実をとってまいりました。」
彼女は両手でさまざまな種類の木の実を抱きかかえている。
どれも実が熟していて、見ただけでよだれが垂れそうだった。
「ああ、そうだな。またまた、わるいな〜昨晩の飯といい。」
「いえいえ、では、こちらへ。」
「あ!まってくれ!食う前に、ちょっと顔洗いたいんだが・・・」
「わかりました。この近くに清い川が流れているんです。」
「へ〜そっか〜。そういえば、オレ、ここがどこらへんなのかわかんね〜な」
彼女は抱きかかえていた木の実を洞窟に置き、空いた手でオレの手を握ってきた。
「ふふ、そうでしたね。私が案内します。さあ、こちらへ」
オレは彼女と手をつなぎながら後についていった。
そこで、彼女の長い髪の先のところどころが赤く染まっているのを発見した。
「な、なあ。フーロの髪の毛の先、なんか赤くなってるぞ?」
「えっ!!・・・・・・ほ、ほんとですね。赤い木の実の汁でも付いてしまったのでしょうかね。うふふ。
さ、さあ、着きましたよ。」
なぜかあどけない言い方なフーロに少し違和感をおぼえたが、髪の毛が汚れてしまってるところを見られたくなかったのかなっと、ことを納めることにした。
「うへ〜きもちぃ〜。サッパリしたぜ〜」
と顔を洗い終わり、オレはフーロの方に目をやると、彼女はオレが指摘した髪の赤い汚れを丹念に洗っていた。まだ洗い落とすには時間がかかるようだったため、オレは彼女にあわせるように何度も顔を洗った・・・
ようやく、洗い落とせたのか、フーロの手がとまった。
「きもちよかったぞ〜フーロ」
「ふふっ、それはよかったです。私も朝はここで顔を清めるのが大好きです。
あと、この川に沿って下っていくと、ジュンさんの村へといくことができますよ。」
「ほえ〜そっか。今後、行き来するときの参考にできるな」
「そうですね。さぁ、帰って、ご飯にいたしましょう。」
「おう!」
来た時と同じように、手をつなぎながらオレたちは洞窟へと戻った。
フーロはオレを木の葉の布団の上に座らせ、向かい合うような位置でオレとフーロの間に木の実を置いていった。
「好きなだけ召し上がってください。足りなければ、またとりにいきますので。」
「いやいや、こんなにたくさん一人じゃ食いきれないぞ?フーロも一緒に食べようぜ?」
「そうですかぁ、はい。では、お言葉に甘えて」
そういうと、小さな木の実ばかり選んで、フーロは食べている。
(やっぱ、オレのこと考えて遠慮してるんだな)
オレはそんな申し訳ない気持ちになったが、この気持ちを口に出しても、フーロはどうせ上手く切り抜けてくるのはわかりきったことだ。
だから、オレも小さな木の実を優先しながら手に取り、食っていった。
「ふへ〜まんぷくまんぷくぅ〜」
小さな木の実といっても数が重なれば、かなりの量を口にし、おなかいっぱいになってしまった。
「あら?もういいのですか?」
「ああ、フーロ、残りは食べてもらってかまわないぞ?」
「私も実はもう口に入らないほど、満腹でございます。残りは、今後のご飯の時にでも使わせてもらいますね。」
「ああ、そうしてくれ。」
(さてと、そろそろおいとましようかな?村の畑仕事の手伝いとかあるしな)
「よし!んじゃ、オレはかえ・・・」
と立ち上がろうとした瞬間、フーロは表情を一変させ
「来たか・・・
ジュンさん、じっとしててください!!」
彼女はなにか睨むような表情のまま、オレに背を向けた。
すると、洞窟の入口に4、5人ほどの人影が現れた。
「い、いたぞーーーー!!た、隊長を食い殺した、あ、あの化け物だ!!」
青いバンダナをした5人のうちの一人がそう叫んだ。
オレは状況がまったく把握できないでいた。
(な、なんだ?フーロがなにかしたのか?)
オレはずっとフーロの背中を見るだけでいた。
だが、そのフーロ自身、別人であるかのような言い方で
「貴様ら、さっきの盗賊集団の生き残りか。そのまま懲りて逃げてればいいものを・・・。ここから、今すぐ立ち去れ!!我の言うとおりに応じれば、なにもせず見逃してやろう。」
(ほ、ほんとに、オレの目の前にいるのはあのフーロなのか!?しゃべり方もそうだが、雰囲気までどこか心を締め上げられるような感じがする)
「う、うるせぇーー!!よ、よくも、隊長を!皆、いっせいに撃てえええ!!」
「ふ、副隊長!!奥に人間らしき影がみえます。下手をすると、その者に流れ弾が・・・」
「か、かまわーーん!!どうせ、こんな化け物のそばにいる人間だ。仲間に違いない!!撃てええええ!!!」
そう命令が下されると、5人いっせいに火縄銃をかまえた。
「撃てええええええええ!!!」
その掛け声とともに、銃声がババンッババンッと複数回聞こえた。
オレはとっさに頭を抱え目をつむり、うつ向きの姿勢をとった。
ビチャっとオレの頭にになにか液体が飛び散ってきた。
・
・
・
5秒ほど沈黙が続いた。
どうやら、オレはどこも撃たれずにすんだらしい。
それよりも、フーロだ!!フーロはどうなった!!
オレはゆっくりと目を開けた。
そこには、目をつむる前と同じようにフーロの背中が見える。
彼女は両手を広げ、下半身の蛇の体でオレの周囲をかこんでいる。
(オレを全身で守ってくれたのか・・・)
入り口の方は火縄銃を数本撃ったためか、煙でうまく確認できない。
しばらくして、やっと一通りの周りの状況をうかがうことができた。
「や、やったか?」
煙が薄くなり、青いバンダナの集団の姿をこちらからも確認できるほどになった。
「ヒ、ヒェェェェ!!副隊長!!!まだ、アイツ倒れてませんよ!!?」
「ク、クソ!!やはり化け物はしぶといようだな。よし!!みんな全力でアイツにかかれぇぇぇーーー!!」
「おーーーーーーー!!!」
その声とともに集団は洞窟の中へ駆け込んでくる。
フーロはダラーンと下に向けていた頭を、コクッと集団の方に向け、
「愚かな・・・尊い命を、こうも簡単に扱うことができるとは。仕方ないなぁ、貴様らには裁きを下す必要があるようだ・・・。
しもべたちよ、好きにするがいい。」
そうフーロが言い終えると、洞窟に空いた無数の小さな穴から、オレの周囲の穴からも白い蛇たちがうじゃうじゃと姿を現し、集団の方に一斉に襲いかかった!!
幾千もの白い蛇たちで、洞窟は白く染まり、青いバンダナ集団の5人全員のうめき声が聞こえる。
「や、やめろーーーー!!」たすけてくれええ!!」
「は、反省します!!い、命だけはお助けをおおおお!!」
集団たちの必死の命ごいにもフーロは耳を貸さず、
「いまさら、何を言う。さんざん森を汚し、幾多の村を襲い、さらには我の大事なお方に銃を向けるとはなぁ。実に愚かだ・・・。お前らなど、この世にいる資格など微塵もないわ!!!」
やはり、いまのフーロはオレの知ってるフーロじゃない。
昨日、会った時のとは全く異なる怖さが、身にしみるほどに伝わってくる。
(こ、これが本当のフーロなのか?)
オレは息をのみながら、フーロの脇下から見える集団の一人に目をやった。
そいつは何匹もの蛇に巻きつかれ、ミイラのようになっていた。
必死に腕を動かして、蛇をとっぱらおうとするが、あまりの多さに次から次へと蛇がまきついてきて、無駄のようであった。
徐々に連中の声数が少なくなるにつれ、白い蛇たちの数も減ってきたかと思うと、オレは目をそむけたくなる光景を目にする。
なんと、あの青いバンダナの集団は、服、武器、、そしてトレードマークのバンダナを残し・・・屍になってしまっていた。
オレはそんな光景を目にし、硬直してしまった。
ようやく、一匹残らず白い蛇たちが姿を消すと、
ふ〜っとフーロは息を吐いた。
そして、オレを囲んでいた蛇体をフーロの方にもどし、振り向いてきた。
「お怪我はありませんでしたか?」
目が、オレの知ってる穏やかなフーロに戻っていることが分かり、オレはなかば安心する。
「あ、ああ。それより、フーロ、お前の方こそ銃で撃たれたんじゃ・・・?」
「ふふふ、大丈夫ですよ。見ててください。」
そう言うと、フーロはオレに体を近づけ、体の弾痕を見せつけてきた。
弾痕からは、青紫の液体がにじみ出ていた。
だが、みるみるうちに、弾痕の穴は小さくなっていき、青紫の液体を残し、完全に元の皮膚にもどっていった。
「私はこのように、あっという間に傷を癒すことができるのです。昨日、ジュンさんが私の胸に刺した傷も、この力のおかげで何もなかったかのように回復させました。本当はジュンさんとの出会い記念の傷として残したかったのですが・・・そ、その、傷口から体が腐っていく恐れがあるため、残念ながらそれは叶わなかったのです。」
「そ、そうか。」
「ふふっ、心配して下さってありがとうございます。」
そう言い、フーロはオレに微笑む。
だが、オレはあの集団の屍に目がいってしまい、いまだ硬直気味だ。
フーロはオレの頭に付いた自分の体液を着物の一部分で拭き取っている。
「ちょっといいか?」
「はい、なんでしょうか?」
「さ、さっきのフーロは、本当にフーロだったのか?」
「ええ、そうですが?」
「いや、あいつらに怒った時のフーロはどうも、オレの知ってるフーロじゃなくて・・・・・・本音を言うと怖かった・・・」
「こ、怖がらせてしまい、すみません!!あれは森の守護者としての私なんです。あのような雰囲気を醸し出さないと、守護者は務まらないって教えられてまして・・・ですが、安心してください。意識はちゃんとありますので、間違えて、ジュンさんを襲ったりなどしませんから。」
「そうか・・・・・・森の守護ってのは、いつもこういうことをしているのか?人間の命を・・・」
「い、いえ、こんな残酷な仕打ちは滅多にしません。こんなことは本当は見せたくなかったのですが、こうせざるを得ませんでした。この者たちは、何度もこの森の動物を乱獲しにやってきたり、村があるとそこから食料を強奪したりと、許しがたいことばかりやってる連中でして・・・それになによりも、私はともかく、関係のないジュンさんの命をも気にせずに銃を撃ってきたことで、自分の感情を抑えることができませんでした。本当にすみませんでした。」
「そ、そうか。でも、命を奪うのはな・・・
さっき髪の毛が赤く汚れてたのは、こいつらがいってた隊長たちを襲ったからか?」
「・・・は、はい。」
「そいつらも、こいつらみたいに・・・」
「はい・・・ですが、私だって、命の尊さは承知しております。それゆえに、ある命によって、他の何人もの命が危険にさらされるとなると、森の守護者として何人もの命が危険に陥る前に、その元凶となる命を絶えさせねばならないのです。」
「守護者としてねぇ。
・・・まぁ、そんなこんないっても、オレだって生きるためにあらゆる生物の命を奪ってきたもんな。結局は、命ってそんなもんなのかな〜」
「そんなもんだなんて・・・。信じがたいかもしれませんが、こうして人の命を奪ったのは今日が初めてなんです。」
(初めてだと?なんだ?オレを安心させるためか、機嫌をとるためか、嘘をついているのか?こういった連中を襲いかかる以外に、森を守る方法なんてあるのか?だが、フーロの言うことも信じてやりたい)
「そう信じてやりたいが、やはり、襲いかかる以外に森は守ることはできないだろう?嘘なら、嘘と言ってくれ!!」
「いいえ、嘘ではありません。」
「な、なら、どうやってあんな連中から森を守ってるというんだよ!!」
オレはつい大声でどなるように叫んでしまった。
すると、フーロは両手をオレの顔の近くにもってきて、
ボワッっと青白い炎をてのひらから出した。
「この炎で森を守っております。」
「なんだ?この炎は?熱気もなにも伝わってこないが・・・」
「これを森で暴れるような人間をはじめ、生物すべてに飛ばしてやると、飛ばされた者はすべて私の言うことに従うほかなにもできなくなります。これを利用して、森を荒らす者に炎を飛ばし、森から離れなさいと命令を出し、追い払っているのです。」
「あやつってねぇ〜。なるほどな〜。」
「信用がないのでしたら、近くの小鳥にでも試すことができますが?」
(ここまでいうんだ、きっと本当のことなんだろう)
「小鳥って。オレ自身に飛ばして、試したりしないのか?」
「い、いえ、できるにはできますが、操られてる間の記憶はなくなってしまうのです。ですので、ジュンさん本人を操ったとしても証明にはならないかと思いまして・・・」
「そうか。でも、記憶がなくなってしまうなら、いくら森から出て行けって言っても、また来るんじゃないか?」
「ふふっ、いい質問ですね。そうです、そのままだとまた来る可能性が高いままですので、操りから解放した直後に、姿を隠しながら“もうこの森には近づいてはならん”と言いきかせるのです。こうすれば、不気味がって二度と近寄らなくなりますね。」
「ふむふむ、なるほどなるほど。
でも、あの青いバンダナの集団にも同じようにしていたなら、あいつらは森に近づかないんじゃ?」
「それが・・・根から汚れてしまっている心を持った者たちには、私の忠告は意味がないようなのです。私はあの連中に初めて思い知らされましたから。だから・・・その・・・もう手のつけようがなかったのもあって・・・」
「そうだったのか・・・・。なんかオレ、何もフーロの事情も知らず、どなっちまったな〜。ごめんな。」
「いえいえ。私の方こそ、こんな堅苦しい話に巻き添えにしてしまい、申し訳ありません。」
オレはなんだか、たった一日半の間だったのに、その間だけじゃ納まりきれないほどのボリュームの出来事を目の当たりにしたようだ。
それに加え、このわずかな時間にフーロという姿は化け物かもしれないが、いままでであった中で一番オレのことを思ってくれる女に出会え、親しくなれたことがなによりも嬉しく感じる。
(時刻はもう昼前になってそうだな)
「よっこらせ。んじゃ、フーロ、オレ仕事あるから村に帰るわ」
「そうですか。こんな時間まで居座させてしまい、すみませんでした。
お帰りもご一緒しますが・・・。」
「いいや、オレ一人で帰らせてくれ。だいじょうぶ。またここに会いに来るから。」
「は、はい。わかりました。いつでも快くお待ちしております。あ!そうでした!!すみませんが、満月の夜は森に入らないでください。森の生き物たちが凶暴化するようですので・・・。」
「満月の夜?ああ、わかった、気をつけるよ。んじゃ〜な、また会うときまで〜」
そう言いながら、オレは彼女の唇に軽く口づけをする。
「ジュ、ジュンさん、なにを」
「オレの気持ちだよ」
「きゃあ。ジュンさんったら。私、興奮のあまりおかしくなりそうです。」
(や、やべぇ〜襲われる前に逃げないと・・・)
そうして、オレは洞窟をあとにする。
入り口へ歩いている間、あのたくさんの蛇が住んでいる穴がすこし怖かった。
だが、フーロが従えているのなら心配ないなと自分に言い聞かせた。
洞窟から出て、少しばかり歩く。
ふりかえると、ばっちゃと同じようにフーロはオレに手を振ってくれている。
オレも見えなくなるまで手を振り返し、川を下り、村へとかえるのだった。
13/10/06 02:52更新 / 水晶
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