15.闇にひそむ者
口惜しや…
口惜しや…妬ましや…
一体、何度この言葉をつぶやいたのだろうか…
口から出る言葉は世を恨むもの…だけ…
この地に来て幾星霜…もはや、幾ばかりの年が流れたのだろうか…
ピチャッッッッ…
闇…暗き洞穴内に、水音が木霊する…
時の止まったこの穴の中で、音は一瞬に広がり消えていく…
まるで、わたくしの声のよう…
呟き、言葉となろうとも決して届かず消えていく…
世を恨む心はわたくしの容姿をも変えた
人と大きく異なる異形の姿…
人に害為すその姿…
人だった…美しかった姿は今はなく、百足の体が腰より伸び…醜悪なその姿は、見るものに畏怖と恐怖とを覚えさせるだろう
…口惜しや
…妬ましや
…恨めしや
そんな言葉しか心に浮かばぬわたくしとて…人の生を、美を、心晴れやかな時を過ごしたこともある
ああ、華やかし頃が思い浮かばれる…
あれは…まだ齢二十になる前、一五・六の頃…
「結乃。そなたは私のために、上皇様の后となるのだ」
結乃…それがわたくしの名…
父は、柊 恒近。宮中にて、上皇様の側近が一人。この頃、急速に力をつけて、ますますその権力の増大を図ろうと、父はわたくしを上皇様の后に据えようとなさっていたのだ
宮中に入り、上皇様にお目通りなったとき…わたくしはお父様の気勢ますます高まることを疑いようもなく、父の為、お家の為に身を捧げる一心だった。
上皇様はまだお若く少年と言えるような歳、その位に着かれたばかりのお方。年があまり離れてはいないわたくしが后となるのは可笑しからぬこと。若さとその美貌…そして、近い歳によって誰の目にもわたくしが后になる…そう思っていた
だが…あるとき、別の側近達が寄り集まりわたくしとは別の后候補を担ぎ上げた
父…柊家の勢力の台頭を恐れたのは明白。以後、わたくしとその女は政争の只中へと身を投じることとなる…
色鮮やかな衣に身を包み、雅な香を焚いてはその匂いを纏い…上皇様のお気を引こうと詩を詠う…そんな日々…
毎夜、毎夜…輝く星月の下、上皇様のお耳元へ届けとばかりに笛を吹いた…
お誘いが来るのを待ちわびて…
なれど…わたくしは…選ばれることなく終わった
お父様の権勢を疎ましく思っていた、他の側近達の謀によりわたくし達は宮中どころか、都までを追われることとなった
都より、西の果て…この地へと追い落とされた
あまりのことにお父様は病に伏して亡くなった。母も後を追うように…
わたくしは…心に恨みを持ち、“鬼”となった
“鬼”となったわたくしは、その心どころか身体までも醜い異形へと変わり果てた…
異形へと変わり果て、一体幾年月流れたのか…最早、最早どうでもよい
恨みを呟き、果てるのを待つのみ…
そんなわたくしだったが…ある時、身体が熱くなっている時がある
身体に汗が滲むほどのなにか…身体の中が熱い。それに、気を囚われると、恨みに凍てついた心が何かの衝動に駆られる
衝動は、心を揺り動かし不安を呼び起こす。不安は、欲求を呼び覚ました
ほしい…
ほしい…
何かがほしくてたまらない
わたくしは、その欲求がなんなのかもわからぬままに暗き洞穴を飛び出した…
久しぶりの外…
溢れんばかりの緑が瞼に焼きつくようだ
木漏れ日から注ぐ日の光。きらりきらりと…きらきらと…
眩いばかりの輝きに眩暈を覚える。その輝きが今のわたくしには疎ましい
さっとすぐに日陰へと逃げ込んだ
日陰を彷徨い行く。喉が渇き、水場を求めて小川に着いたとき…なつかしき匂いを嗅いだ
酸っぱいような臭い。人の臭いだ
茂みの中から覗くと…歳の頃は二十か三十の男が水場で顔を濯いでいた。
途端!
ほしい!ほしい!!
と、心が騒いだ
ガサガサガサ!!
心の衝動も抑えきれぬままわたくしは、それに襲い掛かった
突然飛び出してきたわたくしに驚き慌てふためいて逃げ出す男…
どんなにこの地に慣れた者であっても、所詮人。だから、すぐに捕まえられると思った。だが…男はすぐに日に溢れた草原へと飛び出すとそのままいずこかへと逃げ去ってしまった
わたくしは…失意のまま洞穴へと引き返した
男
男…
わたくしの心を揺り動かしたのは男。男という者を考えると…体が熱くなる
ほしい…
男…ほしい…
男欲しい!!
男…わたくしが、初めて男というものに触れたのは…まだ、幼き頃。胸も膨らむ前の頃であったか…
柊の家の隣には、山吹という家があった
父、柊 恒近と幼き頃からの懇意の家柄でよく遊んだことがあるとも聞いた
そこの、一子。名は確か…為昭。山吹 為昭。
いつだったか…柊の家で、蹴鞠をすることとなり父が呼んだのだ
わたくしは、その時初めて父以外の男に触れたのだ
しきたりでは、男のいる場に女子はいてはならない。けれども、わたくしは父の蹴鞠を見たくてその場へと行ってしまった
広場には家中の者が床机に座り見守る、その中で父とその懇意の山吹殿。そして、それに混じって蹴鞠を楽しむ男の子
だが、その男の子はわたくしに気がつくと、足を誤りわたくしのほうへと鞠を転がしてしまった
鞠を拾ったわたくしに、男の子はにこやかに“ありがとう”と礼を言ってくれた。それが最初。
それから、いつだったか。年賀の祝宴の時…宴に呼ばれた山吹殿と為昭。その時、父はまだ隆盛する前だったからか、わたくしに“もし、気に入ったのならば為昭をおまえの婿にするぞ”などといって下さったことがあった。その言葉に、この方がわたくしの夫となるのだと淡い恋心のようなものを抱いたこともあった。実際、何度か会って言葉交わすこともあってこの方ならば…!とも思った事がある
されど、宮中に上がることになったその頃から…為昭はまったくお声を掛けてくれぬようになってしまわれた。だから、わたくしから声を掛けようとしたが、それも叶うことはなかった。
宮中では、声を掛けることはおろか、そのお姿すらも見かけること叶わず…
最後に見たのはいつだったか…柊の家に所要があり戻った後、柊の家から宮中へと帰る牛車の警護のために、太刀を下げ弓矢を肩に掛けた勇ましきお姿を見たのが最後…
わたくしが宮中に上がらなければ…どうなっていたか…
今思うと心が痛い…
あれから…どれほどの時がたったか…
最早この世に、存命ではないだろう
そんなことを考えていると、また心が沈んでくる
わたくしの心は深い深い後悔と恨みの念を抱きながら、暗い洞穴の底で過ごしていく…
深淵のような闇の中
変わることのなき穴倉に異変が起こった
変わることのない呼吸が、異臭を嗅ぎ取った
焚き火をした時の煙の臭い
どんどんとそれは濃くなってくる
気のせいか、冷え冷えとしていた洞穴内は、しだいに暑くなってきたように思える
外へと続く出口にて…わたくしはその異変を見た
濛々と灰の色をした煙がわたくし…洞穴の中を目指して入ってくる
赤き炎が壁を照らし、ゆらゆらと影を作り出す
何者かが洞穴の前で火を使っているのだ!
外の世界へと逃げ出そうとしたが…
外には、何者かの気配…それも大勢の…
馬の嘶きも聞こえてくる
わたくしは意を決して外へと飛び出した…
そこから飛び出したわたくし。煙と炎を避けるため目を瞑ったわたくしの耳に、恐怖を帯びた驚愕の声が聞こえた
口々に、化け物だのと物怖じた声が聞こえてくる
煙に燻された眼を開くと…そこには赤い軍勢が…
緋の色に染めた旗。緋の紐で編みこまれた鎧兜を纏った屈強そうな男ども…
体に熱を持ち男を求めた時と違い、この男どもには欲しいという欲求は起こらない
見る間に長刀を手にした雑兵どもが、わたくしを取り囲む
雑兵たちのその向こう。本陣と思われるところには…立派な兜を被った者が見えた
あれが、頭首なのだろう
わたくしが頭首を睨んだのが分かったのか、わたくしの前に伴を引きつれ進み出るや言った
『我こそは、帝に仕えし武士。・・・である』
武士…名を聞いたがそんな者は知らぬ
都の西、山々奥深きにて、帝に、都に仇為す異形とはその方のことか?』
仇為す異形?
確かに異形であろうが…仇など、そんなことは知らぬ
『人の世に害為す異形よ!我らが成敗してくれようぞ!』
そんなことを言うと、辺りの者どもは一斉に、ある者は長刀を構え、ある者は弓を引き絞り、ある者は刀を引き抜いた
くくく…そんなものでこのわたくしを倒そうというのかえ?
笑止な…
案の定、わたくしの…百足の硬き甲にて、長刀は突くことかなわず、矢は刺さること適わず弾き飛ばされ、刀は斬ること適わず…男どもは途方に暮れた
いくら武に秀でた者と言え、異形相手では歩が悪かろう
後ろを見れば火も大分収まった。このまま塒へと帰るものよし…なれど…煙に燻され一時でも不快な思いをされられたのだ
すこし遊んでやってもよかろう
わたくしは、この身に宿る“毒”で遊んでやることにした
男どもの間をすばやく駆け抜ける
右へ左へ…
すばやく駆ける駆ける…
時に、馬の胴の下を潜り、時に乗馬したままの男を馬もろとも巻きついてこれを横倒しにしてやった
恐怖に身を竦ませる者あらば、恐怖に駆られつつ武器を持って挑んでくる者もある。隙を見て逃げ出そうとする者を見るや、先回りして驚愕の顔を楽しんでやる。そんな者たちに“毒”を吹きかけてやると、呆けた顔をして立ちすくんでしまうのだ
くくく。まったく愉快。愉快。
久方ぶりの“遊び”に心がすく思いじゃ
そんなことで楽しんでいると声が聞こえた
『・・・様!ここは一旦引くのです!』
『なれど!』
『・・・貴奴めは、我らを手玉に取り動揺を誘い、我らに退治は無理と思わせようとしているよしにございます。なればこそ、体勢を建て直すため、ここは引くのです!』
『…あい分かった。山吹!兵たちに伝えるのだ!一旦引くとな!!』
え?…今?
“山吹”と言わなかったか?
山吹と呼ばれた男を目で追う…
途端に、体が動いていた
口は、名を叫んでいた
―為昭様!
為昭様!待ってくだされ!!
わたくしは見た。山吹 為昭…その人が、あの軍勢の中にいるではないか!
駆けた。駆けた…。疾風のごとき速さで…
為昭は、わたくしが向かって行くのを見るや刀を抜いて身構えた
わたくしは、横を通り過ぎると見せ掛けて後ろの牙をその身に突き立てた
ふふふふふ…捕まえた!
とうとう、為昭をこの手にしたのだ
牙を突きたてながらその身に巻きつき見やると…
厚き甲冑が牙を拒んでいるではないか!
為昭はわたくしを化け物と呼び、未練がましく甲の隙間に刀を突き立てようとする
悲しい。悲しい。為昭には、わたくしのことが化け物としか見えておらぬようだ
わたくしは、牙と脚を使って為昭の身を縛り上げた
わたくしは、兵たちに言った
「聞け!この者がどうなってもよいならば…弓を引け!刃を突き立てよ!この者の身を案じるならば…二度と我の前に姿を見せるな!さもなければ…再び都に暗雲が立ち込めるであろう!!」
どよめきが辺りに広がる。怖じた顔をした者たちが刃を下ろすのが見えた。
そんな時に、なにを思ったか為昭が…
「・・・様!耳を貸してはなりませぬ!異形の言葉などに耳を傾けてはなりませぬ!!我が身が妨げとなっておるならば、私もろとも矢を!白刃を!突き立てくださりませ!!」
何を言っているのかわからなかった。為昭は、是が非でもわたくしを滅しようとしているではないか!
わたくしは、為昭を奴らの目の前へと突き出して言った
「この者の命。奪えるというのかえ?共に汗を流し苦しきを耐えしのいだ者を、その手に掛けられるというのかえ?」
すぐさま、動揺が走ったのをわたくしは見逃さずにそのまま走り出した
ここではなく、違うところへと…。人の来れぬもっと山深きところへと行き為昭と過ごすのだ。
そうすれば…そうすれば…。為昭はわたくしのことをきっと思い出す。昔のように一緒にいられるというもの
為昭が喚くのも構わずに、わたくしは…野を森を山を駆けた…
岩肌険しき山に、入り込めそうな隙間を見つけるやすぐにそこに入り込む
中は、塒のように不気味な形をした石が氷柱のように地をめざして垂れ下がり、地には天を目指す針が伸びていた
ここを新たなる塒としよう
ゆっくりと胴と脚を解き、為昭を見やる
握っていた太刀はなく、どうやら手放してしまったようだ
他に刃を隠しているようでもない
だが、彼の顔は険しくわたくしを睨みつける
「私をどうするというのだ!鬼が!このようなところに連れてきて一口に喰ってやろうという魂胆か?それともゆるりと生き血を啜りながら肉を貪るつもりか?!」
「……」
「例え、この身を喰われようとも我が魂は貴様などに取り込めるものではないと知れ!」
「……」
「再び、人として…武士として甦り、次こそ貴様を滅してくれようぞ!!」
そう言うと、為昭は耳を塞ぎたくなるような大声で笑った
わたくしは、そのようなことを聞きたいのではなかった
昔のように、“結乃”と呼んでほしかったのだ
「……為昭様。……結乃のことをお忘れになってしまわれたのですか?」
震える声でその名を呼んだ
「結乃?貴様は結乃と申すか。人ではない貴様に名があるとな?…ふははは。貴様のような醜き化け物など知らぬわ!!」
醜き…化け物…
愕然とした。最も聞きたくないその言葉…。体の力が抜け落ちるようだ
巻きついていた胴も脚も緩んでは男を放してしまった
そんなわたくしの様子に、彼の男は言った
「…貴様の想い人か?ならば、人違いよ。異形でありながら人に恋をしたか…。ならば、やはりその想いは届かぬものであろうよ」
その声も聞けぬほど、打ちのめされたわたくしは…ある名を口にしていた
「…山吹…為昭様…。結乃は…もう…」
だが…その言葉に、彼の男は顔を凍らせた
「山吹 為昭だと?!何故っ!何故貴様がその名を知っておる?!」
?
「山吹 為昭は、我が先駆け。我が祖。何ゆえ化け物たる貴様がその名を知っておるのだ!」
…祖?…山吹 為昭は我が先祖?
わたくしは…藁にもすがる思いで、震える声で…彼の男の名を訊ねた
「我が名は、山吹 幸昭。帝に仕えし武士。帝を、都を、あらゆる脅威から守るよう、守護を命じられし者」
山吹 幸昭…為昭様の子孫…
その途端、わたくしのこころに息吹が!
わたくしは、わたくしのことを幸昭に語った
柊の家のこと…宮中に上がったときのこと…都を追われたこと…心に恨みを持ち、身も心も“鬼”へと変わり果ててしまったこと…
それを聞いた幸昭は、苦しげな顔をして言った
「なんと。そのようなことが…その頃のことは、伝え聞いておりまする。激しい政争ののち…貴方様の恋敵は、貴方様が都を追われたすぐ後に流行り病にて…柊様の敵へと回った上皇の側近たちは皆、病や不審な様相にて次々に亡くなっていったと聞き及びました。人々は、柊様の祟りと恐れ、その都にも飢饉や病の蔓延が起こり、当時の上皇様は都を他へと移すより他ないとされたのです」
あの女も、父上の敵もあの後すぐに死んでいたか…我が柊の恨みの言葉が呪詛となってその者たちを襲ったのかもしれない…
「…その後、都は今のところに移り申したが…またぞろ不審なことが立て続けに起こり申してな。日照りのよる飢饉。病の蔓延。政の混乱。地震や雷など…それに因る大火など…ありとあらゆる厄災が降りかかったのです。陰陽寮に詰める陰陽師たちは、西の果て…黄泉比良坂に最も近き地に、かつてこの世に恨みを残したまま怨霊となった者が、都に害悪を為そうと未だに祟っていると帝に進言したのです。それにより、我らはこの地へと赴くこととなり申した」
それを聞いて、わたくしはため息を吐いた。人の心の醜さは、嫌と言うほど知っている。人はなんでもかんでも他人のせいにしたがるものだ。そして、人には到底及ばぬことを人とは違うもののせいにもしたがるもの。とかくこの世は、魑魅魍魎に満ち溢れ、人の心に隙あらば入り込み、それを糧に力をつけ、力を揮い、世に影響したがるものもおると思われている。わたくしとて、恨みを…呪詛を吐き散らしていたのだ。言葉には言霊が宿ると聞く…ならば、どこかにそれが作用したのかもしれない…
「結乃様。もう、この世を恨むのはおやめくださりませ!最早、結乃様のいた時は流れ去ったのです。貴方様の恨みの相手もこの世にはもういない。これ以上、人を呪うのは貴方様のためとも思えませぬ。これ以後は、心静かに過ごすのです。さすれば、今は亡き祖、為昭も浮かばれましょう」
心静かになったとて…為昭はもういない。この世には為昭がおらぬのだ
悲しみに涙が浮かび上がる。…為昭…為昭。恋しい…会いたい…
だが、そんな時。心のうち…深き深き深淵でなにかが囁いた
“その男を見ろ…”と…
顔を上げ、よくよく見やる
はっとした。やはり、わたくしは間違ってはおらなかった
この者は、やはり為昭の子孫。為昭と同じ。
顔貌、眉間…と、いたるところが為昭と同じではないか!
わたくしは、思った。この者は、為昭の生まれ変わりではないかと!時が流れたのにも関わらず未だ呪詛を吐き連ねるわたくしを救うため、やってきてくれたのだ!と…
深淵は囁き続ける
“我が物としてしまえ”と…
その時、わたくしの顔は一体どうだったであろうか?頬が緩み笑みに口を歪ませていたかもしれない
そんなわたくしに気が付かず為昭は、目を伏せ物憂げに俯いていた
わたくしは、ゆっくり…ゆっくりと胴を寄せた。百足の脚を忍ばせて音を立てずにゆっくりと巻き取ろうと忍ぶ
心が高鳴る。久方ぶりの心の高鳴り。身体中の血が騒ぎ立て肉が踊る…
はやく巻き取ってしまいたい心を押さえつけ、為昭に顔を寄せていった
物憂げな顔は、変わらず。わたくしのことを気遣っていてくれているのだ。そんな顔をしないでほしい。笑顔で満たしてあげたい
百足の尾の先にある顎肢…牙を開いて、すぐにでもその身を拘束してしまえるように背中のすぐ後ろに据えた。すべてが整った。さぁ…為昭。積年の想いと共にそなたを頂くぞ!
「為昭」
顔を上げた為昭。一寸にも満たない間近にわたくしが忍び寄っているのに驚いたのか、顔が引きつった
名を呼ぶと同時にその身を拘束する
もがくその身をがっちりと抑え込む
「捕まえたぞ?為昭。もう…もうそなたを放しはせぬからな?」
深淵は尚も囁く。己の毒で男を虜にするのだと…
わたくしは、男の身を守る鎧を解いてしまおうとした
わたくしとて、元は武家の女子。鎧の身につけ方、解き方…一切承知
ゆっくりと解きにかかる
為昭は、山吹の名の通りに山吹色の紐を鉄の札に通して鎧を纏っていた
現れた肌に牙をつきたて、すぐに毒に浸してしまいたかったが…それでは面白くもなんともない
すべての素肌をさらし、毒がその身に染み渡るのを見てゆきたい
恐怖に引き攣る為昭の顔が、毒に満たされたのなら…どのようになるのかを…
やめてくれと泣き、叫び、懇願する為昭
そうこうするうちにすべての肌があらわになった
褐色の肌。逞しき肉の筋…。垂れ下がった股間のものはそのままでも大きい
うっりとしてしまうような汗と身体の匂いにもう我慢ならなかった
わたくしは…怯える為昭ににやりと笑いかけると、腰に牙を突き立てた
呻く為昭。なれど、痛みを覚悟していたのか不審な顔つき。そのうちにガクガクと体が震えだした
声にならぬ声が呻きとなって、その口から零れ落ちる
強張った身体が弛緩していくのに、時はかからなかった
身も心もわたくしの元より動けなくなってしまえとばかりに、毒を注ぎ入れる
わたくしの口の中や牙からは毒が滴り、為昭の体に粘りつくようにと肌を舐め刷り込んでいく
弛緩した身体と、だんだんと赤む肌の色…。わたくしは、為昭がだんだんとわたくしのものとなっていくのを確信した
呆けた顔をして、力なくわたくしを眺める為昭。わたくしは、腰に目を落してにんまりとしてしまう。
大きかったそれは、毒の力に講じようとするかのように、硬くなり天をも目指せとばかりにそそり立っているではないか
為昭の男根。わたくしの…雌の心に火がついた
すんすんと鼻でその香りを嗅ぐと、男の香りにすぐにも酔ってしまいそう
亀頭をつぅぅぅっと舌先で舐める
途端に、男根はびくっ…と震え、呻き声が聞こえた
そのうめき声が心を沸かせる。もっと聞きたい。もっと心をくすぐるこの声を聞きたい
舌を伸ばし、舌のひらで真っ赤に充血した亀頭を余すことなく舐め上げる
しだいに熱っぽい呻き声と、荒い息が聞こえてきた
それだけでは足らぬと、今度は男根のくびれに舌先を這わす
なお一層の熱き声が上がる。ますますよかったようだ
されど、男根はまだまだ先がある。口の中に飲み込むように唇で竿をしごきながらも舌先では、亀頭への奉仕をやめぬ
為昭が気持ちよいと思っているのは、手に取るようにわかる
その身に巻きつく百足の胴が、為昭の肉の筋が張るのを感じとった
うふ、うふふふふふ…為昭はわたくしの奉仕を感じ取っているのだ
緩んだ身体に力を入れてしまうほどに、これを感じ取っているのだ
うれしさから、なおいっそう熱を込めて舐めしゃぶろう
するとどうだろうか?為昭の男根の先からは、なにかが滲み出てきたではないか!
じわりじわりと、にじみ出る
心がなお跳ねるその何かは、次々と湧き出てくるのだ
わたくしは、もっとほしいもっとほしいと腰を抱きしめ、舌を唇を使ってしごいていった
男根はびくびくとその身を揺らし、その下の玉袋もその身を揺らしているように思える
もっとおくれ?もっとおくれ!その味に酔うように顔を動かし扱いていくと…ギリッと歯を鳴らす音が聞こえた
耐えているのだ。気持ちよいと思いながらも耐えているのだ
わたくしに、快楽に蕩けた顔を見せまいと、歯を食いしばって耐えているのだ
わたくしは、耐えることはないと言ってあげたかった。耐えることはなくその心の赴くままに身を任せて欲しかった
待ちわびた時はすぐに来た。もっともっと快楽を注いであげたくて首もとの牙で、男根の根元を噛みもっともっとと毒を注ぎいれていったのだ
男根が口の中でビクビクと震えると、突然勢いよく吹き上げるものがあった
一気に吐き出されたそれは、喉を直撃し咽てしまう
だが、それをゴクリと喉を鳴らして飲み込んだときの事といったならば!
っっっはぁぁぁぁ〜〜〜〜♪
心の底から魂が打ち震えたような気がした
粘り気のあるそれ…男根から吐き出されたそれは…精
これが、為昭の精♪
これこそが、求めて止まなかった男の精!!
口の中いっぱいに舌をめぐらして味わう。どろりと粘つく精は、その雄の味に匂いにくらくらとしてしまうほどだ
だが…もっと…もっと欲しい。足りない…足りないのだ
口の中だけではなく、喉も、腹の中すらもいっぱいにしてしまいたい
上目使いに見やると、大きく口を開け、粗く息を吸う為昭
その男根は、萎えることなく立ったままだ。まだ、いける。まだ為昭には快楽が足りないのだ。
再び、舌を這わせ使い出すと“はうわ!?”などとうれしそうな声と共に身を強張らせた
ますます強張る男根。
わたくしは、もっと快楽をと頬肉を使いながらもその愛しきモノを責め立てた
ぢゅぶぢゅぶと音をたてる口内
唾と精とが混ざり合い音を立てる
はぁはぁと獣のように舌を出し、粗い息をあげる為昭。真っ赤に染まったその顔を…もっと…もっと見たい
今度は間近で楽しみたい
口で楽しむのはまた次がある。今度はわたくしの雌の部分…
ここが疼いてもう仕方がなかったのだ
長岐に渡って憧れた男の精をその身に宿したい
男を知らぬこの身。焦がれた男を受け入れたならば…どんな至福が待っているのだろうか?
口の中の精を飲み込みながら、為昭の顔を近づける
ぎゅっと瞑られた目は、頑なにわたくしの顔を見まいとするかのようだ
わたくしは、顔を寄せその額に口づけするとわたくしの顔を見るように請うた
ゆっくりとその瞳が開く。それに一言
「さぁ…見るのじゃ。わたくしの雌とそなたの雄…今より一つになる」
視線が下へと移っていく
すでに熱い汁を滴らせたその雌の穴は、はやくはやくと震え雄の到来を待ちわびている
足を、腰をしっかりと、脚で抱きしめながら下の口に男根をあてがう
待った。いつまでもわたくしは待った
あてがったまま。快楽に墜ちた為昭がもしかしたらわたくしの初を貫いてくれるやもしれないと思ったからだ
だが、そのまま。
いつまでもなにもしようとせぬわたくしに下の穴を見ながら困惑したかのような顔をしている
わたくしは、為昭ももしかしたら初めてなのではないか?と思った。ならば、為昭の初このわたくしが貰い受ける!
焦らすように腰をわずかに振ってみると、視線をわたくしの目に戻した
待ち望んだ瞬間。目が合った瞬間に腰を突き入れた
驚き、目をいっぱいに見開く為昭。
わたくしは、どれほどこの瞬間を待ち望んだか!
痛みもあった。だが、そこに愛しき男の男根が入ったのだとの思いに、痛みなど吹き飛んだ
一つになったのだと、思わせるために腰を引きそこが見えるようにすると、血が見えた
これが…破瓜の血か
わたくしが、生娘だったことの驚きか、呆気にとられた顔をしている為昭
「ふふふ。これでわたくしは為昭?貴方様の女ぞ?生娘だったわたくしを貫きわたくしを女にしてくれたそなたに感謝を」
宮中で、上皇様の閨へと入ったこともあった。だが、そこで何をしたらよいのかよくわからなかったわたくしは、一緒に添い寝をするに留まった。今思えばそれがあの女に負けた理由やもしれぬ。だが、今となってはそのことに感謝をした
「さぁ、為昭?わたくしを真の女にしておくれ?そなたの愛しき精でこの腹を満たしたいのじゃ」
にやりと笑い、また尾の牙で腰に噛み付き毒を注ぎ込む
今度は、抱きしめ首周りの牙をも使い、為昭の首筋に直接毒を注ぎいれた
抱きしめながら横目にその顔を見やると…
蕩けた顔をしながら、一点に上を見ている
ふふふ。よいのじゃ。繋がりあうことがよのじゃな?
わたくしは腰を動かし始めた
じゅぶじゅぶと水音が上がる
わたくし達以外おらぬこの洞の中では、我らの音が広がり押し寄せ耳に達する
心地よいその水音と、互いの粗き息遣い、快楽の呻きの甘い声をひたすらに楽しんでいた
腹の中では、腹が自らとは違うもののように蠢き、雄の感触を確かめようと吸い付き嬲り狭まり扱く
為昭の口からは甘い吐息が上がり、もうそろそろ精の到来を思わせるかのようにその男根もびくびくと腹の中で跳ね始めていた
「あん…はやく…はぁ…はやく…っ!そなたの精をっ!精をっっ…あっんん……欲しいっ!欲しいのじゃ!!…ぅっ…そなたの…子種をわたくしにっ………あっ……はぁぁぁっ…はよう…はようっ!!為昭っ!」
その間にも、極まった、溜めているものを解き放ってしまいたかった。だが、苦しいのに、為昭は一向に精を解き放ってはくれない
それどころか、歯を食いしばり精を放つのも腰を突き入れるのもせずに、わたくしを突き放そうと身に力を入れ始めた
ここまで毒を注いでいるのに何故?何故力が入る?
為昭…為昭…。何故ここでわたくしを拒もうとする?
その時、下に転がる山吹の兜が見えた
……そうか。この者は、同じ山吹でも、“為昭”ではなかったか…
生まれ変わりだったとしても、“為昭”ではなかったのだ
一旦は離れかけていた腰を、脚を使って強く突き入れさせる瞬間、わたくしはその耳に口を寄せて囁くように言った
「慕っておるぞ。そなたのことを“幸昭”」
驚愕に目を見開く幸昭。びくりと体が跳ねて動くとその男根も跳ねた。一気に突き入れたその快楽に身が持たなかったのであろうか?
腹の中に、びゅっびゅるるるっと精が放たれるのを感じた
わたくしたちは、緊張の糸が途切れたように、獣にも似た叫び声を上げて一緒に果てた
ずっと、ずっと我慢していたからか…精の射精はいつまでも続いた
そのたびに、腹の中は新たな精の到来に沸き上がるのだ
幸昭を見れば、いつまでも続く快楽と射精に、口をだらりと開け放ち涎を口元より滴らせて身体を弛緩させている
その緩みきった顔を見ると…愛しさに心が切なくなる
口づけを…
幸昭。われらはいまより夫婦となったのじゃ
夫婦の口づけを果たそうぞ?
愛しき男の涎すらも余したくはない。舐めとるように舌を伸ばして舐めとりながら口づけをしたときだった
頭が真っ白になった
幸昭の口の中には…身体を痺れさす毒のようなものがそこにはあったのだ
その毒は急速にわたくしの口の中を、身体を、そして、思考すらも溶かしいく…
「あっああ…あああああぁぁぁ…。あつ…口が…からだが…あつ…熱い!結乃のからだみな熱い!!」
……
………
あつくてあつくて堪らない
こころがどろりとした欲望に満たされて、口を吸うことを止められない
がっちりと、口と顎肢で幸昭を抱きしめてなお、そのからだすべてを我が物としたいとばかりに、胴を脚を這わせる
幸昭の前面も後ろも身体を折って脚で拘束し、なおも気がすまない
すべて…すべてに巻きついて、結乃は幸昭様から放れませぬ!
このときほど、己が体に感謝した
異形と忌み嫌っていた。呪っていた。この体…すべてを巻きつけ脚にて縛りつけられるのだから…
「よい。よいぞぅ…。そなた…こう見やるとなかなか…美しき容姿をしておるな…」
幸昭は、そのうち醜いと思っていた体を褒めてくれるようになった。あんなにも憎悪としていたのに…
人が嫌悪する長き胴。各所に生える蟲の脚。体に伝う毒の腺を…
そのたびに、結乃は舌を突き出し口を求め…またまた快楽を引き出そうとしてしまう
隙間なく肌をあわせて抱きしめていると、幸昭は口を放して首もとの毒腺を舐め始めた
あっ♪ これもいい♪
おもわず嬌声を上げてしまう
口ほどではないものの、甘くほどよい快感が、ぴり…ぴりり…と肌を伝う
おもわず、脚を緩めてしまうほどに…
幸昭は腕が放せるとわかると、脚から腕を脱し…結乃の背を抱きしめた
力強い腕が結乃を放さんとばかりに引き寄せた
うれしかな…うれしい!
結乃が、心よりお慕いしているように、幸昭さまもそのお心を結乃にお寄せくださったのだ!
幸昭さまぁ…結乃は…結乃は…いつまでも放しませぬ
もう、世を恨む日々も、心を蝕む寂しき日々も送りとうございませぬ
後生は…いつまでも、いつまでもそのお心を御身を愛しとして生きとうござります♥
そののち…ふたりの話は立ち消えて行った。
今もどこか人の世の片隅…人目につかぬところでゆるりと求め合っているのかもしれない…
口惜しや…妬ましや…
一体、何度この言葉をつぶやいたのだろうか…
口から出る言葉は世を恨むもの…だけ…
この地に来て幾星霜…もはや、幾ばかりの年が流れたのだろうか…
ピチャッッッッ…
闇…暗き洞穴内に、水音が木霊する…
時の止まったこの穴の中で、音は一瞬に広がり消えていく…
まるで、わたくしの声のよう…
呟き、言葉となろうとも決して届かず消えていく…
世を恨む心はわたくしの容姿をも変えた
人と大きく異なる異形の姿…
人に害為すその姿…
人だった…美しかった姿は今はなく、百足の体が腰より伸び…醜悪なその姿は、見るものに畏怖と恐怖とを覚えさせるだろう
…口惜しや
…妬ましや
…恨めしや
そんな言葉しか心に浮かばぬわたくしとて…人の生を、美を、心晴れやかな時を過ごしたこともある
ああ、華やかし頃が思い浮かばれる…
あれは…まだ齢二十になる前、一五・六の頃…
「結乃。そなたは私のために、上皇様の后となるのだ」
結乃…それがわたくしの名…
父は、柊 恒近。宮中にて、上皇様の側近が一人。この頃、急速に力をつけて、ますますその権力の増大を図ろうと、父はわたくしを上皇様の后に据えようとなさっていたのだ
宮中に入り、上皇様にお目通りなったとき…わたくしはお父様の気勢ますます高まることを疑いようもなく、父の為、お家の為に身を捧げる一心だった。
上皇様はまだお若く少年と言えるような歳、その位に着かれたばかりのお方。年があまり離れてはいないわたくしが后となるのは可笑しからぬこと。若さとその美貌…そして、近い歳によって誰の目にもわたくしが后になる…そう思っていた
だが…あるとき、別の側近達が寄り集まりわたくしとは別の后候補を担ぎ上げた
父…柊家の勢力の台頭を恐れたのは明白。以後、わたくしとその女は政争の只中へと身を投じることとなる…
色鮮やかな衣に身を包み、雅な香を焚いてはその匂いを纏い…上皇様のお気を引こうと詩を詠う…そんな日々…
毎夜、毎夜…輝く星月の下、上皇様のお耳元へ届けとばかりに笛を吹いた…
お誘いが来るのを待ちわびて…
なれど…わたくしは…選ばれることなく終わった
お父様の権勢を疎ましく思っていた、他の側近達の謀によりわたくし達は宮中どころか、都までを追われることとなった
都より、西の果て…この地へと追い落とされた
あまりのことにお父様は病に伏して亡くなった。母も後を追うように…
わたくしは…心に恨みを持ち、“鬼”となった
“鬼”となったわたくしは、その心どころか身体までも醜い異形へと変わり果てた…
異形へと変わり果て、一体幾年月流れたのか…最早、最早どうでもよい
恨みを呟き、果てるのを待つのみ…
そんなわたくしだったが…ある時、身体が熱くなっている時がある
身体に汗が滲むほどのなにか…身体の中が熱い。それに、気を囚われると、恨みに凍てついた心が何かの衝動に駆られる
衝動は、心を揺り動かし不安を呼び起こす。不安は、欲求を呼び覚ました
ほしい…
ほしい…
何かがほしくてたまらない
わたくしは、その欲求がなんなのかもわからぬままに暗き洞穴を飛び出した…
久しぶりの外…
溢れんばかりの緑が瞼に焼きつくようだ
木漏れ日から注ぐ日の光。きらりきらりと…きらきらと…
眩いばかりの輝きに眩暈を覚える。その輝きが今のわたくしには疎ましい
さっとすぐに日陰へと逃げ込んだ
日陰を彷徨い行く。喉が渇き、水場を求めて小川に着いたとき…なつかしき匂いを嗅いだ
酸っぱいような臭い。人の臭いだ
茂みの中から覗くと…歳の頃は二十か三十の男が水場で顔を濯いでいた。
途端!
ほしい!ほしい!!
と、心が騒いだ
ガサガサガサ!!
心の衝動も抑えきれぬままわたくしは、それに襲い掛かった
突然飛び出してきたわたくしに驚き慌てふためいて逃げ出す男…
どんなにこの地に慣れた者であっても、所詮人。だから、すぐに捕まえられると思った。だが…男はすぐに日に溢れた草原へと飛び出すとそのままいずこかへと逃げ去ってしまった
わたくしは…失意のまま洞穴へと引き返した
男
男…
わたくしの心を揺り動かしたのは男。男という者を考えると…体が熱くなる
ほしい…
男…ほしい…
男欲しい!!
男…わたくしが、初めて男というものに触れたのは…まだ、幼き頃。胸も膨らむ前の頃であったか…
柊の家の隣には、山吹という家があった
父、柊 恒近と幼き頃からの懇意の家柄でよく遊んだことがあるとも聞いた
そこの、一子。名は確か…為昭。山吹 為昭。
いつだったか…柊の家で、蹴鞠をすることとなり父が呼んだのだ
わたくしは、その時初めて父以外の男に触れたのだ
しきたりでは、男のいる場に女子はいてはならない。けれども、わたくしは父の蹴鞠を見たくてその場へと行ってしまった
広場には家中の者が床机に座り見守る、その中で父とその懇意の山吹殿。そして、それに混じって蹴鞠を楽しむ男の子
だが、その男の子はわたくしに気がつくと、足を誤りわたくしのほうへと鞠を転がしてしまった
鞠を拾ったわたくしに、男の子はにこやかに“ありがとう”と礼を言ってくれた。それが最初。
それから、いつだったか。年賀の祝宴の時…宴に呼ばれた山吹殿と為昭。その時、父はまだ隆盛する前だったからか、わたくしに“もし、気に入ったのならば為昭をおまえの婿にするぞ”などといって下さったことがあった。その言葉に、この方がわたくしの夫となるのだと淡い恋心のようなものを抱いたこともあった。実際、何度か会って言葉交わすこともあってこの方ならば…!とも思った事がある
されど、宮中に上がることになったその頃から…為昭はまったくお声を掛けてくれぬようになってしまわれた。だから、わたくしから声を掛けようとしたが、それも叶うことはなかった。
宮中では、声を掛けることはおろか、そのお姿すらも見かけること叶わず…
最後に見たのはいつだったか…柊の家に所要があり戻った後、柊の家から宮中へと帰る牛車の警護のために、太刀を下げ弓矢を肩に掛けた勇ましきお姿を見たのが最後…
わたくしが宮中に上がらなければ…どうなっていたか…
今思うと心が痛い…
あれから…どれほどの時がたったか…
最早この世に、存命ではないだろう
そんなことを考えていると、また心が沈んでくる
わたくしの心は深い深い後悔と恨みの念を抱きながら、暗い洞穴の底で過ごしていく…
深淵のような闇の中
変わることのなき穴倉に異変が起こった
変わることのない呼吸が、異臭を嗅ぎ取った
焚き火をした時の煙の臭い
どんどんとそれは濃くなってくる
気のせいか、冷え冷えとしていた洞穴内は、しだいに暑くなってきたように思える
外へと続く出口にて…わたくしはその異変を見た
濛々と灰の色をした煙がわたくし…洞穴の中を目指して入ってくる
赤き炎が壁を照らし、ゆらゆらと影を作り出す
何者かが洞穴の前で火を使っているのだ!
外の世界へと逃げ出そうとしたが…
外には、何者かの気配…それも大勢の…
馬の嘶きも聞こえてくる
わたくしは意を決して外へと飛び出した…
そこから飛び出したわたくし。煙と炎を避けるため目を瞑ったわたくしの耳に、恐怖を帯びた驚愕の声が聞こえた
口々に、化け物だのと物怖じた声が聞こえてくる
煙に燻された眼を開くと…そこには赤い軍勢が…
緋の色に染めた旗。緋の紐で編みこまれた鎧兜を纏った屈強そうな男ども…
体に熱を持ち男を求めた時と違い、この男どもには欲しいという欲求は起こらない
見る間に長刀を手にした雑兵どもが、わたくしを取り囲む
雑兵たちのその向こう。本陣と思われるところには…立派な兜を被った者が見えた
あれが、頭首なのだろう
わたくしが頭首を睨んだのが分かったのか、わたくしの前に伴を引きつれ進み出るや言った
『我こそは、帝に仕えし武士。・・・である』
武士…名を聞いたがそんな者は知らぬ
都の西、山々奥深きにて、帝に、都に仇為す異形とはその方のことか?』
仇為す異形?
確かに異形であろうが…仇など、そんなことは知らぬ
『人の世に害為す異形よ!我らが成敗してくれようぞ!』
そんなことを言うと、辺りの者どもは一斉に、ある者は長刀を構え、ある者は弓を引き絞り、ある者は刀を引き抜いた
くくく…そんなものでこのわたくしを倒そうというのかえ?
笑止な…
案の定、わたくしの…百足の硬き甲にて、長刀は突くことかなわず、矢は刺さること適わず弾き飛ばされ、刀は斬ること適わず…男どもは途方に暮れた
いくら武に秀でた者と言え、異形相手では歩が悪かろう
後ろを見れば火も大分収まった。このまま塒へと帰るものよし…なれど…煙に燻され一時でも不快な思いをされられたのだ
すこし遊んでやってもよかろう
わたくしは、この身に宿る“毒”で遊んでやることにした
男どもの間をすばやく駆け抜ける
右へ左へ…
すばやく駆ける駆ける…
時に、馬の胴の下を潜り、時に乗馬したままの男を馬もろとも巻きついてこれを横倒しにしてやった
恐怖に身を竦ませる者あらば、恐怖に駆られつつ武器を持って挑んでくる者もある。隙を見て逃げ出そうとする者を見るや、先回りして驚愕の顔を楽しんでやる。そんな者たちに“毒”を吹きかけてやると、呆けた顔をして立ちすくんでしまうのだ
くくく。まったく愉快。愉快。
久方ぶりの“遊び”に心がすく思いじゃ
そんなことで楽しんでいると声が聞こえた
『・・・様!ここは一旦引くのです!』
『なれど!』
『・・・貴奴めは、我らを手玉に取り動揺を誘い、我らに退治は無理と思わせようとしているよしにございます。なればこそ、体勢を建て直すため、ここは引くのです!』
『…あい分かった。山吹!兵たちに伝えるのだ!一旦引くとな!!』
え?…今?
“山吹”と言わなかったか?
山吹と呼ばれた男を目で追う…
途端に、体が動いていた
口は、名を叫んでいた
―為昭様!
為昭様!待ってくだされ!!
わたくしは見た。山吹 為昭…その人が、あの軍勢の中にいるではないか!
駆けた。駆けた…。疾風のごとき速さで…
為昭は、わたくしが向かって行くのを見るや刀を抜いて身構えた
わたくしは、横を通り過ぎると見せ掛けて後ろの牙をその身に突き立てた
ふふふふふ…捕まえた!
とうとう、為昭をこの手にしたのだ
牙を突きたてながらその身に巻きつき見やると…
厚き甲冑が牙を拒んでいるではないか!
為昭はわたくしを化け物と呼び、未練がましく甲の隙間に刀を突き立てようとする
悲しい。悲しい。為昭には、わたくしのことが化け物としか見えておらぬようだ
わたくしは、牙と脚を使って為昭の身を縛り上げた
わたくしは、兵たちに言った
「聞け!この者がどうなってもよいならば…弓を引け!刃を突き立てよ!この者の身を案じるならば…二度と我の前に姿を見せるな!さもなければ…再び都に暗雲が立ち込めるであろう!!」
どよめきが辺りに広がる。怖じた顔をした者たちが刃を下ろすのが見えた。
そんな時に、なにを思ったか為昭が…
「・・・様!耳を貸してはなりませぬ!異形の言葉などに耳を傾けてはなりませぬ!!我が身が妨げとなっておるならば、私もろとも矢を!白刃を!突き立てくださりませ!!」
何を言っているのかわからなかった。為昭は、是が非でもわたくしを滅しようとしているではないか!
わたくしは、為昭を奴らの目の前へと突き出して言った
「この者の命。奪えるというのかえ?共に汗を流し苦しきを耐えしのいだ者を、その手に掛けられるというのかえ?」
すぐさま、動揺が走ったのをわたくしは見逃さずにそのまま走り出した
ここではなく、違うところへと…。人の来れぬもっと山深きところへと行き為昭と過ごすのだ。
そうすれば…そうすれば…。為昭はわたくしのことをきっと思い出す。昔のように一緒にいられるというもの
為昭が喚くのも構わずに、わたくしは…野を森を山を駆けた…
岩肌険しき山に、入り込めそうな隙間を見つけるやすぐにそこに入り込む
中は、塒のように不気味な形をした石が氷柱のように地をめざして垂れ下がり、地には天を目指す針が伸びていた
ここを新たなる塒としよう
ゆっくりと胴と脚を解き、為昭を見やる
握っていた太刀はなく、どうやら手放してしまったようだ
他に刃を隠しているようでもない
だが、彼の顔は険しくわたくしを睨みつける
「私をどうするというのだ!鬼が!このようなところに連れてきて一口に喰ってやろうという魂胆か?それともゆるりと生き血を啜りながら肉を貪るつもりか?!」
「……」
「例え、この身を喰われようとも我が魂は貴様などに取り込めるものではないと知れ!」
「……」
「再び、人として…武士として甦り、次こそ貴様を滅してくれようぞ!!」
そう言うと、為昭は耳を塞ぎたくなるような大声で笑った
わたくしは、そのようなことを聞きたいのではなかった
昔のように、“結乃”と呼んでほしかったのだ
「……為昭様。……結乃のことをお忘れになってしまわれたのですか?」
震える声でその名を呼んだ
「結乃?貴様は結乃と申すか。人ではない貴様に名があるとな?…ふははは。貴様のような醜き化け物など知らぬわ!!」
醜き…化け物…
愕然とした。最も聞きたくないその言葉…。体の力が抜け落ちるようだ
巻きついていた胴も脚も緩んでは男を放してしまった
そんなわたくしの様子に、彼の男は言った
「…貴様の想い人か?ならば、人違いよ。異形でありながら人に恋をしたか…。ならば、やはりその想いは届かぬものであろうよ」
その声も聞けぬほど、打ちのめされたわたくしは…ある名を口にしていた
「…山吹…為昭様…。結乃は…もう…」
だが…その言葉に、彼の男は顔を凍らせた
「山吹 為昭だと?!何故っ!何故貴様がその名を知っておる?!」
?
「山吹 為昭は、我が先駆け。我が祖。何ゆえ化け物たる貴様がその名を知っておるのだ!」
…祖?…山吹 為昭は我が先祖?
わたくしは…藁にもすがる思いで、震える声で…彼の男の名を訊ねた
「我が名は、山吹 幸昭。帝に仕えし武士。帝を、都を、あらゆる脅威から守るよう、守護を命じられし者」
山吹 幸昭…為昭様の子孫…
その途端、わたくしのこころに息吹が!
わたくしは、わたくしのことを幸昭に語った
柊の家のこと…宮中に上がったときのこと…都を追われたこと…心に恨みを持ち、身も心も“鬼”へと変わり果ててしまったこと…
それを聞いた幸昭は、苦しげな顔をして言った
「なんと。そのようなことが…その頃のことは、伝え聞いておりまする。激しい政争ののち…貴方様の恋敵は、貴方様が都を追われたすぐ後に流行り病にて…柊様の敵へと回った上皇の側近たちは皆、病や不審な様相にて次々に亡くなっていったと聞き及びました。人々は、柊様の祟りと恐れ、その都にも飢饉や病の蔓延が起こり、当時の上皇様は都を他へと移すより他ないとされたのです」
あの女も、父上の敵もあの後すぐに死んでいたか…我が柊の恨みの言葉が呪詛となってその者たちを襲ったのかもしれない…
「…その後、都は今のところに移り申したが…またぞろ不審なことが立て続けに起こり申してな。日照りのよる飢饉。病の蔓延。政の混乱。地震や雷など…それに因る大火など…ありとあらゆる厄災が降りかかったのです。陰陽寮に詰める陰陽師たちは、西の果て…黄泉比良坂に最も近き地に、かつてこの世に恨みを残したまま怨霊となった者が、都に害悪を為そうと未だに祟っていると帝に進言したのです。それにより、我らはこの地へと赴くこととなり申した」
それを聞いて、わたくしはため息を吐いた。人の心の醜さは、嫌と言うほど知っている。人はなんでもかんでも他人のせいにしたがるものだ。そして、人には到底及ばぬことを人とは違うもののせいにもしたがるもの。とかくこの世は、魑魅魍魎に満ち溢れ、人の心に隙あらば入り込み、それを糧に力をつけ、力を揮い、世に影響したがるものもおると思われている。わたくしとて、恨みを…呪詛を吐き散らしていたのだ。言葉には言霊が宿ると聞く…ならば、どこかにそれが作用したのかもしれない…
「結乃様。もう、この世を恨むのはおやめくださりませ!最早、結乃様のいた時は流れ去ったのです。貴方様の恨みの相手もこの世にはもういない。これ以上、人を呪うのは貴方様のためとも思えませぬ。これ以後は、心静かに過ごすのです。さすれば、今は亡き祖、為昭も浮かばれましょう」
心静かになったとて…為昭はもういない。この世には為昭がおらぬのだ
悲しみに涙が浮かび上がる。…為昭…為昭。恋しい…会いたい…
だが、そんな時。心のうち…深き深き深淵でなにかが囁いた
“その男を見ろ…”と…
顔を上げ、よくよく見やる
はっとした。やはり、わたくしは間違ってはおらなかった
この者は、やはり為昭の子孫。為昭と同じ。
顔貌、眉間…と、いたるところが為昭と同じではないか!
わたくしは、思った。この者は、為昭の生まれ変わりではないかと!時が流れたのにも関わらず未だ呪詛を吐き連ねるわたくしを救うため、やってきてくれたのだ!と…
深淵は囁き続ける
“我が物としてしまえ”と…
その時、わたくしの顔は一体どうだったであろうか?頬が緩み笑みに口を歪ませていたかもしれない
そんなわたくしに気が付かず為昭は、目を伏せ物憂げに俯いていた
わたくしは、ゆっくり…ゆっくりと胴を寄せた。百足の脚を忍ばせて音を立てずにゆっくりと巻き取ろうと忍ぶ
心が高鳴る。久方ぶりの心の高鳴り。身体中の血が騒ぎ立て肉が踊る…
はやく巻き取ってしまいたい心を押さえつけ、為昭に顔を寄せていった
物憂げな顔は、変わらず。わたくしのことを気遣っていてくれているのだ。そんな顔をしないでほしい。笑顔で満たしてあげたい
百足の尾の先にある顎肢…牙を開いて、すぐにでもその身を拘束してしまえるように背中のすぐ後ろに据えた。すべてが整った。さぁ…為昭。積年の想いと共にそなたを頂くぞ!
「為昭」
顔を上げた為昭。一寸にも満たない間近にわたくしが忍び寄っているのに驚いたのか、顔が引きつった
名を呼ぶと同時にその身を拘束する
もがくその身をがっちりと抑え込む
「捕まえたぞ?為昭。もう…もうそなたを放しはせぬからな?」
深淵は尚も囁く。己の毒で男を虜にするのだと…
わたくしは、男の身を守る鎧を解いてしまおうとした
わたくしとて、元は武家の女子。鎧の身につけ方、解き方…一切承知
ゆっくりと解きにかかる
為昭は、山吹の名の通りに山吹色の紐を鉄の札に通して鎧を纏っていた
現れた肌に牙をつきたて、すぐに毒に浸してしまいたかったが…それでは面白くもなんともない
すべての素肌をさらし、毒がその身に染み渡るのを見てゆきたい
恐怖に引き攣る為昭の顔が、毒に満たされたのなら…どのようになるのかを…
やめてくれと泣き、叫び、懇願する為昭
そうこうするうちにすべての肌があらわになった
褐色の肌。逞しき肉の筋…。垂れ下がった股間のものはそのままでも大きい
うっりとしてしまうような汗と身体の匂いにもう我慢ならなかった
わたくしは…怯える為昭ににやりと笑いかけると、腰に牙を突き立てた
呻く為昭。なれど、痛みを覚悟していたのか不審な顔つき。そのうちにガクガクと体が震えだした
声にならぬ声が呻きとなって、その口から零れ落ちる
強張った身体が弛緩していくのに、時はかからなかった
身も心もわたくしの元より動けなくなってしまえとばかりに、毒を注ぎ入れる
わたくしの口の中や牙からは毒が滴り、為昭の体に粘りつくようにと肌を舐め刷り込んでいく
弛緩した身体と、だんだんと赤む肌の色…。わたくしは、為昭がだんだんとわたくしのものとなっていくのを確信した
呆けた顔をして、力なくわたくしを眺める為昭。わたくしは、腰に目を落してにんまりとしてしまう。
大きかったそれは、毒の力に講じようとするかのように、硬くなり天をも目指せとばかりにそそり立っているではないか
為昭の男根。わたくしの…雌の心に火がついた
すんすんと鼻でその香りを嗅ぐと、男の香りにすぐにも酔ってしまいそう
亀頭をつぅぅぅっと舌先で舐める
途端に、男根はびくっ…と震え、呻き声が聞こえた
そのうめき声が心を沸かせる。もっと聞きたい。もっと心をくすぐるこの声を聞きたい
舌を伸ばし、舌のひらで真っ赤に充血した亀頭を余すことなく舐め上げる
しだいに熱っぽい呻き声と、荒い息が聞こえてきた
それだけでは足らぬと、今度は男根のくびれに舌先を這わす
なお一層の熱き声が上がる。ますますよかったようだ
されど、男根はまだまだ先がある。口の中に飲み込むように唇で竿をしごきながらも舌先では、亀頭への奉仕をやめぬ
為昭が気持ちよいと思っているのは、手に取るようにわかる
その身に巻きつく百足の胴が、為昭の肉の筋が張るのを感じとった
うふ、うふふふふふ…為昭はわたくしの奉仕を感じ取っているのだ
緩んだ身体に力を入れてしまうほどに、これを感じ取っているのだ
うれしさから、なおいっそう熱を込めて舐めしゃぶろう
するとどうだろうか?為昭の男根の先からは、なにかが滲み出てきたではないか!
じわりじわりと、にじみ出る
心がなお跳ねるその何かは、次々と湧き出てくるのだ
わたくしは、もっとほしいもっとほしいと腰を抱きしめ、舌を唇を使ってしごいていった
男根はびくびくとその身を揺らし、その下の玉袋もその身を揺らしているように思える
もっとおくれ?もっとおくれ!その味に酔うように顔を動かし扱いていくと…ギリッと歯を鳴らす音が聞こえた
耐えているのだ。気持ちよいと思いながらも耐えているのだ
わたくしに、快楽に蕩けた顔を見せまいと、歯を食いしばって耐えているのだ
わたくしは、耐えることはないと言ってあげたかった。耐えることはなくその心の赴くままに身を任せて欲しかった
待ちわびた時はすぐに来た。もっともっと快楽を注いであげたくて首もとの牙で、男根の根元を噛みもっともっとと毒を注ぎいれていったのだ
男根が口の中でビクビクと震えると、突然勢いよく吹き上げるものがあった
一気に吐き出されたそれは、喉を直撃し咽てしまう
だが、それをゴクリと喉を鳴らして飲み込んだときの事といったならば!
っっっはぁぁぁぁ〜〜〜〜♪
心の底から魂が打ち震えたような気がした
粘り気のあるそれ…男根から吐き出されたそれは…精
これが、為昭の精♪
これこそが、求めて止まなかった男の精!!
口の中いっぱいに舌をめぐらして味わう。どろりと粘つく精は、その雄の味に匂いにくらくらとしてしまうほどだ
だが…もっと…もっと欲しい。足りない…足りないのだ
口の中だけではなく、喉も、腹の中すらもいっぱいにしてしまいたい
上目使いに見やると、大きく口を開け、粗く息を吸う為昭
その男根は、萎えることなく立ったままだ。まだ、いける。まだ為昭には快楽が足りないのだ。
再び、舌を這わせ使い出すと“はうわ!?”などとうれしそうな声と共に身を強張らせた
ますます強張る男根。
わたくしは、もっと快楽をと頬肉を使いながらもその愛しきモノを責め立てた
ぢゅぶぢゅぶと音をたてる口内
唾と精とが混ざり合い音を立てる
はぁはぁと獣のように舌を出し、粗い息をあげる為昭。真っ赤に染まったその顔を…もっと…もっと見たい
今度は間近で楽しみたい
口で楽しむのはまた次がある。今度はわたくしの雌の部分…
ここが疼いてもう仕方がなかったのだ
長岐に渡って憧れた男の精をその身に宿したい
男を知らぬこの身。焦がれた男を受け入れたならば…どんな至福が待っているのだろうか?
口の中の精を飲み込みながら、為昭の顔を近づける
ぎゅっと瞑られた目は、頑なにわたくしの顔を見まいとするかのようだ
わたくしは、顔を寄せその額に口づけするとわたくしの顔を見るように請うた
ゆっくりとその瞳が開く。それに一言
「さぁ…見るのじゃ。わたくしの雌とそなたの雄…今より一つになる」
視線が下へと移っていく
すでに熱い汁を滴らせたその雌の穴は、はやくはやくと震え雄の到来を待ちわびている
足を、腰をしっかりと、脚で抱きしめながら下の口に男根をあてがう
待った。いつまでもわたくしは待った
あてがったまま。快楽に墜ちた為昭がもしかしたらわたくしの初を貫いてくれるやもしれないと思ったからだ
だが、そのまま。
いつまでもなにもしようとせぬわたくしに下の穴を見ながら困惑したかのような顔をしている
わたくしは、為昭ももしかしたら初めてなのではないか?と思った。ならば、為昭の初このわたくしが貰い受ける!
焦らすように腰をわずかに振ってみると、視線をわたくしの目に戻した
待ち望んだ瞬間。目が合った瞬間に腰を突き入れた
驚き、目をいっぱいに見開く為昭。
わたくしは、どれほどこの瞬間を待ち望んだか!
痛みもあった。だが、そこに愛しき男の男根が入ったのだとの思いに、痛みなど吹き飛んだ
一つになったのだと、思わせるために腰を引きそこが見えるようにすると、血が見えた
これが…破瓜の血か
わたくしが、生娘だったことの驚きか、呆気にとられた顔をしている為昭
「ふふふ。これでわたくしは為昭?貴方様の女ぞ?生娘だったわたくしを貫きわたくしを女にしてくれたそなたに感謝を」
宮中で、上皇様の閨へと入ったこともあった。だが、そこで何をしたらよいのかよくわからなかったわたくしは、一緒に添い寝をするに留まった。今思えばそれがあの女に負けた理由やもしれぬ。だが、今となってはそのことに感謝をした
「さぁ、為昭?わたくしを真の女にしておくれ?そなたの愛しき精でこの腹を満たしたいのじゃ」
にやりと笑い、また尾の牙で腰に噛み付き毒を注ぎ込む
今度は、抱きしめ首周りの牙をも使い、為昭の首筋に直接毒を注ぎいれた
抱きしめながら横目にその顔を見やると…
蕩けた顔をしながら、一点に上を見ている
ふふふ。よいのじゃ。繋がりあうことがよのじゃな?
わたくしは腰を動かし始めた
じゅぶじゅぶと水音が上がる
わたくし達以外おらぬこの洞の中では、我らの音が広がり押し寄せ耳に達する
心地よいその水音と、互いの粗き息遣い、快楽の呻きの甘い声をひたすらに楽しんでいた
腹の中では、腹が自らとは違うもののように蠢き、雄の感触を確かめようと吸い付き嬲り狭まり扱く
為昭の口からは甘い吐息が上がり、もうそろそろ精の到来を思わせるかのようにその男根もびくびくと腹の中で跳ね始めていた
「あん…はやく…はぁ…はやく…っ!そなたの精をっ!精をっっ…あっんん……欲しいっ!欲しいのじゃ!!…ぅっ…そなたの…子種をわたくしにっ………あっ……はぁぁぁっ…はよう…はようっ!!為昭っ!」
その間にも、極まった、溜めているものを解き放ってしまいたかった。だが、苦しいのに、為昭は一向に精を解き放ってはくれない
それどころか、歯を食いしばり精を放つのも腰を突き入れるのもせずに、わたくしを突き放そうと身に力を入れ始めた
ここまで毒を注いでいるのに何故?何故力が入る?
為昭…為昭…。何故ここでわたくしを拒もうとする?
その時、下に転がる山吹の兜が見えた
……そうか。この者は、同じ山吹でも、“為昭”ではなかったか…
生まれ変わりだったとしても、“為昭”ではなかったのだ
一旦は離れかけていた腰を、脚を使って強く突き入れさせる瞬間、わたくしはその耳に口を寄せて囁くように言った
「慕っておるぞ。そなたのことを“幸昭”」
驚愕に目を見開く幸昭。びくりと体が跳ねて動くとその男根も跳ねた。一気に突き入れたその快楽に身が持たなかったのであろうか?
腹の中に、びゅっびゅるるるっと精が放たれるのを感じた
わたくしたちは、緊張の糸が途切れたように、獣にも似た叫び声を上げて一緒に果てた
ずっと、ずっと我慢していたからか…精の射精はいつまでも続いた
そのたびに、腹の中は新たな精の到来に沸き上がるのだ
幸昭を見れば、いつまでも続く快楽と射精に、口をだらりと開け放ち涎を口元より滴らせて身体を弛緩させている
その緩みきった顔を見ると…愛しさに心が切なくなる
口づけを…
幸昭。われらはいまより夫婦となったのじゃ
夫婦の口づけを果たそうぞ?
愛しき男の涎すらも余したくはない。舐めとるように舌を伸ばして舐めとりながら口づけをしたときだった
頭が真っ白になった
幸昭の口の中には…身体を痺れさす毒のようなものがそこにはあったのだ
その毒は急速にわたくしの口の中を、身体を、そして、思考すらも溶かしいく…
「あっああ…あああああぁぁぁ…。あつ…口が…からだが…あつ…熱い!結乃のからだみな熱い!!」
……
………
あつくてあつくて堪らない
こころがどろりとした欲望に満たされて、口を吸うことを止められない
がっちりと、口と顎肢で幸昭を抱きしめてなお、そのからだすべてを我が物としたいとばかりに、胴を脚を這わせる
幸昭の前面も後ろも身体を折って脚で拘束し、なおも気がすまない
すべて…すべてに巻きついて、結乃は幸昭様から放れませぬ!
このときほど、己が体に感謝した
異形と忌み嫌っていた。呪っていた。この体…すべてを巻きつけ脚にて縛りつけられるのだから…
「よい。よいぞぅ…。そなた…こう見やるとなかなか…美しき容姿をしておるな…」
幸昭は、そのうち醜いと思っていた体を褒めてくれるようになった。あんなにも憎悪としていたのに…
人が嫌悪する長き胴。各所に生える蟲の脚。体に伝う毒の腺を…
そのたびに、結乃は舌を突き出し口を求め…またまた快楽を引き出そうとしてしまう
隙間なく肌をあわせて抱きしめていると、幸昭は口を放して首もとの毒腺を舐め始めた
あっ♪ これもいい♪
おもわず嬌声を上げてしまう
口ほどではないものの、甘くほどよい快感が、ぴり…ぴりり…と肌を伝う
おもわず、脚を緩めてしまうほどに…
幸昭は腕が放せるとわかると、脚から腕を脱し…結乃の背を抱きしめた
力強い腕が結乃を放さんとばかりに引き寄せた
うれしかな…うれしい!
結乃が、心よりお慕いしているように、幸昭さまもそのお心を結乃にお寄せくださったのだ!
幸昭さまぁ…結乃は…結乃は…いつまでも放しませぬ
もう、世を恨む日々も、心を蝕む寂しき日々も送りとうございませぬ
後生は…いつまでも、いつまでもそのお心を御身を愛しとして生きとうござります♥
そののち…ふたりの話は立ち消えて行った。
今もどこか人の世の片隅…人目につかぬところでゆるりと求め合っているのかもしれない…
12/03/18 22:11更新 / 茶の頃
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