離別
「ねぇねぇベルちゃん」
「何よ」
「彼氏できたの?」
「!?」
耳に入ってきたのはそんな会話だった。
ベルと天雨が教室内で話をしているのだ。
僕は自分の席に座り、耳で会話を追う。
「な、な何でそう思うのよ」
「なんというか……ぼんやりと、魔力が強くなった気がして。あと元気いいし」
「………ま、まぁね、ちょっとネットで知り合った大学生と………ね」
その空想の男に少し嫉妬してしまう。年上かぁ………
「そう。よかったじゃない」
「あ、ありがと」
「でもね、水を差すようで悪いんだけれどもね」
「?」
「その………大きな声では言いにくいんだけれども、セックスは控えた方がいいわよ」
「え?」
「あなた最近」
「少し太ったんじゃない?」
「え……」
「ほら」
「ひゃんっ」
僕は、誰にも感づかれないように目の端で彼女達を見る。
「ほら、ぷにぷに」
「やぁっ♥ちょっと♥やめっ♥」
天雨が、ベルの制服の中に手を入れ身体をまさぐっている。
あきらかに、確認作業に関係のないところまで触っているが……
「魔力を溜めすぎるのは毒よ。このままじゃあこの素晴らしいロリエロボディが台無しよ」
「だ、だれがっ、ロリボディよ……ぁん♥」
……………
どうやら会話は終わったらしく、あとは彼女達のそういう絡みしかなかった。
「…………」
天雨がこの前言っていた計画とはこのことか?全く意味が分からないのだが。
太ったとかそういうでベルが僕の精液を飲むのをやめるとは思えないが………そして、それを判断できないほど天雨は愚かではないはずなのだが……
「導。あなたしばらく奴隷をやめなさい」
ベル宅に帰ってからすぐ、そう告げられた。
「………………え?」
「聞こえなかったの?あなたを、しばらく、クビにする、って言ったのよ」
しばしの絶句。
「……な、なんだってこんないきなり!」
「言われちゃったの。最近太ってるって」
馬鹿な。そんなことでお前が折れるなんて!
「とにかく、導。お疲れさま……とは言っても痩せたらすぐに今まで通りに戻すつもりだから安心してちょうだい」
「そんなの勝手すぎるだろ!」
「あたしは我が儘なのよ、今まで気がつかなかったの?」
「あ、あんまりじゃないか!」
「五月蠅い。クビになったとはいえ契約が続く限り私はあなたのご主人様よ。黙って言うことを聞いてよ」
ベルが部屋から出ていこうとする。慌ててそれを引き留める。
「おい!待てよ!今まで散々やってきてそれはないだろうが!ちゃんと奴隷の面倒は責任もって最後までみろよ!」
が、そんな訴えも届かない。
無慈悲にも僕を振り払い、そして冷酷にも僕にこう言った。
「話は終わり。今から適当にひとっ走りして魔力の発散でもしてくるから、あたしが帰ってくるまでにはこの家から消えててよね」
バタンと、ドアが閉まる。彼女は本当に外に出て行ったようだ。
「……………僕に」
僕は一人叫ぶ。誰もいないと知っているのに。
「どうすればいいって言うんだよ!」
狭い部屋には僕の悲痛な叫び声だけが響いた。
ただそれだけだった。
こうして、あっさりと僕とベルの間に、深く大きな溝ができあがってしまった。
何日ぶりだろうか、自分の部屋に帰ってくるのは。
でも全然嬉しくない。
僕がここにいることが不自然に思えてきてしまう。ここは僕の部屋であるはずなのに。
「……………………」
そんな部屋で僕は何をすればいいんだろうか。
ただただイスに座って虚空を見つめるばかりである。
「……………ベル」
息苦しい。
このまま死んでしまいそうだ───
「ずいぶんと落ち込んじゃってるわね、導くん」
「…………」
知らぬ間に、デビルバクが一人入り込んでいたようだ。
「ごめんなさいね、私のせいでこんなことになって。でも─」
「おい、一体何のつもりだよ!」
人生初だ、こんなに誰かを憎いと思ったのは。
誰かに向かって怒鳴るのは。
「お前のせいで、お前のせいで!」
何が群体嗜好だ、ただ僕からベルを奪い去っただけじゃないか!
しかし、天雨はそんな僕の怒りなど意に介していないようだ。あくまで落ち着いた様子で僕に言う。
「話は最後まで聞きなさい。言い訳に聞こえるかもしれないけども、あれはあなたのためにやったことなのよ」
「なっ………何言ってんだよ」
「導くん……」
「あなた本当は奴隷をやめたかったんじゃないの?」
「……そんなこと」
「図星ね」
彼女は僕の方へ歩み寄ってくる。
「最初は違ったのでしょう?あなた今まで自主性なんて持っていなかったもの。多分どうだっていいとか思ってたんじゃない?」
「……………」
「でもね、あなたは変わったのよ」
彼女は僕の服を脱がし、上半身を裸に剥いた。
そこにはなんら変わりない僕の胸板があるだけだった。
「!?」
そんなはずはない。ここにはあの時、刻まれた印があるはずだ。
「完全に消えてるでしょ?あなたが完全に契約を打ち破った証拠よ」
「打ち破った……」
「そうね……もともと不完全な契約だったのもあるけども、きっかけは、あなたが気を失って倒れたその時に始まったのよ」
そういえば、一度彼女に聞かれたのだった。
『最近気を失ったことはないか』と。
そして、僕は一回意識を失ったことがある。
あれは、風呂場でのことだったはずだ。
「すごく言いにくいことなのだけれども、その時にあなたは」
「人間をやめたのよ。そして生まれ変わり始めた、インキュバスへと」
「!」
「さすがにインキュバス化したら『自主性の無さ』を保つことはできなかったようね。次第にあなたは自分も主導権を握りたくなってきた」
「………」
「嬉しそうに自慢してたわよね、体育倉庫でしたこととか」
あの時。
あの時本当に楽しかったのは……
そういうことだったのか………?
「さて、そんなこんなで、あなたは自主性を手にし、それと同時に奴隷では満足できなくなった。
そして契約もインキュバス化が進行するのと同時にあなたの魔力によって薄れ、少し前に消えたのよ」
自分が、わからなくなってきた。
こんな気分は初めてだ。だって、今まで自分のことなんか考えないで生きてきたんだから。
「私言ったわよね?レイプとかは苦手だって。でも言葉が足りなかったわ。『誰かが幸せになれないようなエンディングは嫌い』なのよ。このままやることやっても、あなたは幸せになんかなれないわ」
「…………」
「そして彼女も………ね」
「どういうことだ?」
ベルは楽しんでいるはずじゃないのか?あいつはいつも幸せそうじゃないか。
「わからないかしら、なんでダイエット程度であなたを切り離したのか……」
「あなたがあの細いロリエロボディに興奮してくれたからでしょう?」
「じゃあ……ベルは僕のために」
別にロリ趣味というわけではないが……彼女にはそう伝わってしまったのか…
「大方、襲われたときにでも目覚めちゃったんじゃないかしら………自分は導くんに犯されるのが好きだ、みたいに」
そうでなければ………あんな罰ゲームにものってくれるわけがない……そういうことなのか?
「馬鹿よねぇ、そんな程度じゃ嫌われるわけないのに……あなた達って本当に馬鹿よね」
お互いの、そして自分の気持ちにも気がつかず、それが最高だと思っていたあの主従関係。
……傍から見ればずいぶん趣味の悪いコメディた。
「まぁ、でもこれはにわか知識の下手な伏線回収にすぎないわ。間違っていたら、私は手を引く。あなたは少し我慢して、またあの関係を続けるといいわ」
わからない。今芽生えたこの気持ちは天雨によって作り出されたのか。
それとも本当に僕の心にあったものなのか。
わからない。わからない。
「三日待つ。その後答えを聞くわ。そして、この計画の仕上げをする。それまでは我慢してなさい」
僕はその三日間、学校を休んだ。
僕は悩んだ。自分のことについて、ベルのことについて。
自分に素直になれない。どうしても、後ろから僕を見つめる僕がいる。
「素直になれ」とか「操られているだけだ」とか「ベルを愛しているんじゃないのか?」とか「それはただの性欲だろう」とか「反乱を起こすべきだ」とか「そのまま奴隷でいたほうが幸せだ」とか………
今まで僕が殺してきた自分達の亡霊が僕を見下し、いじめ、楽しんでいるようだ。
気が狂いそうになる。何度も何度も叫び声をあげた。
どうしても僕が僕と重ならない。
だから、僕は自分を何度も殺した。
自己の大虐殺を行った。
首を絞め、頭を殴り、ナイフを突き刺し、ただ死ぬまで殴り続けたり………
そうして、僕は最後に一人残った。
そして、彼は決断した───
「なるようになればいい」
僕は最後の自主性を搾り上げ、天雨にそう言った。
「………それでいいの?」
それでいい。だけれども、お前に従うんじゃないからな。
「わかってる、ご主人様に、でしょ♥?なぁんだ、結局は戻って来ちゃったのね」
───いいわ、それじゃあ始めましょう。
そう言って彼女は。
決着の一手を、打った。
あたしの携帯が鳴った。
珍しい。連絡をしてくる友達なんてここ数年間いなかったのに……
「………導?」
LINEで一枚の画像が送られていた。
「…………」
少し迷って、その画像を開いた。
それは、導と、
天雨のツーショットの写真があった。
あたしは震える足を動かし。
彼の家へと向かった。
「何よ」
「彼氏できたの?」
「!?」
耳に入ってきたのはそんな会話だった。
ベルと天雨が教室内で話をしているのだ。
僕は自分の席に座り、耳で会話を追う。
「な、な何でそう思うのよ」
「なんというか……ぼんやりと、魔力が強くなった気がして。あと元気いいし」
「………ま、まぁね、ちょっとネットで知り合った大学生と………ね」
その空想の男に少し嫉妬してしまう。年上かぁ………
「そう。よかったじゃない」
「あ、ありがと」
「でもね、水を差すようで悪いんだけれどもね」
「?」
「その………大きな声では言いにくいんだけれども、セックスは控えた方がいいわよ」
「え?」
「あなた最近」
「少し太ったんじゃない?」
「え……」
「ほら」
「ひゃんっ」
僕は、誰にも感づかれないように目の端で彼女達を見る。
「ほら、ぷにぷに」
「やぁっ♥ちょっと♥やめっ♥」
天雨が、ベルの制服の中に手を入れ身体をまさぐっている。
あきらかに、確認作業に関係のないところまで触っているが……
「魔力を溜めすぎるのは毒よ。このままじゃあこの素晴らしいロリエロボディが台無しよ」
「だ、だれがっ、ロリボディよ……ぁん♥」
……………
どうやら会話は終わったらしく、あとは彼女達のそういう絡みしかなかった。
「…………」
天雨がこの前言っていた計画とはこのことか?全く意味が分からないのだが。
太ったとかそういうでベルが僕の精液を飲むのをやめるとは思えないが………そして、それを判断できないほど天雨は愚かではないはずなのだが……
「導。あなたしばらく奴隷をやめなさい」
ベル宅に帰ってからすぐ、そう告げられた。
「………………え?」
「聞こえなかったの?あなたを、しばらく、クビにする、って言ったのよ」
しばしの絶句。
「……な、なんだってこんないきなり!」
「言われちゃったの。最近太ってるって」
馬鹿な。そんなことでお前が折れるなんて!
「とにかく、導。お疲れさま……とは言っても痩せたらすぐに今まで通りに戻すつもりだから安心してちょうだい」
「そんなの勝手すぎるだろ!」
「あたしは我が儘なのよ、今まで気がつかなかったの?」
「あ、あんまりじゃないか!」
「五月蠅い。クビになったとはいえ契約が続く限り私はあなたのご主人様よ。黙って言うことを聞いてよ」
ベルが部屋から出ていこうとする。慌ててそれを引き留める。
「おい!待てよ!今まで散々やってきてそれはないだろうが!ちゃんと奴隷の面倒は責任もって最後までみろよ!」
が、そんな訴えも届かない。
無慈悲にも僕を振り払い、そして冷酷にも僕にこう言った。
「話は終わり。今から適当にひとっ走りして魔力の発散でもしてくるから、あたしが帰ってくるまでにはこの家から消えててよね」
バタンと、ドアが閉まる。彼女は本当に外に出て行ったようだ。
「……………僕に」
僕は一人叫ぶ。誰もいないと知っているのに。
「どうすればいいって言うんだよ!」
狭い部屋には僕の悲痛な叫び声だけが響いた。
ただそれだけだった。
こうして、あっさりと僕とベルの間に、深く大きな溝ができあがってしまった。
何日ぶりだろうか、自分の部屋に帰ってくるのは。
でも全然嬉しくない。
僕がここにいることが不自然に思えてきてしまう。ここは僕の部屋であるはずなのに。
「……………………」
そんな部屋で僕は何をすればいいんだろうか。
ただただイスに座って虚空を見つめるばかりである。
「……………ベル」
息苦しい。
このまま死んでしまいそうだ───
「ずいぶんと落ち込んじゃってるわね、導くん」
「…………」
知らぬ間に、デビルバクが一人入り込んでいたようだ。
「ごめんなさいね、私のせいでこんなことになって。でも─」
「おい、一体何のつもりだよ!」
人生初だ、こんなに誰かを憎いと思ったのは。
誰かに向かって怒鳴るのは。
「お前のせいで、お前のせいで!」
何が群体嗜好だ、ただ僕からベルを奪い去っただけじゃないか!
しかし、天雨はそんな僕の怒りなど意に介していないようだ。あくまで落ち着いた様子で僕に言う。
「話は最後まで聞きなさい。言い訳に聞こえるかもしれないけども、あれはあなたのためにやったことなのよ」
「なっ………何言ってんだよ」
「導くん……」
「あなた本当は奴隷をやめたかったんじゃないの?」
「……そんなこと」
「図星ね」
彼女は僕の方へ歩み寄ってくる。
「最初は違ったのでしょう?あなた今まで自主性なんて持っていなかったもの。多分どうだっていいとか思ってたんじゃない?」
「……………」
「でもね、あなたは変わったのよ」
彼女は僕の服を脱がし、上半身を裸に剥いた。
そこにはなんら変わりない僕の胸板があるだけだった。
「!?」
そんなはずはない。ここにはあの時、刻まれた印があるはずだ。
「完全に消えてるでしょ?あなたが完全に契約を打ち破った証拠よ」
「打ち破った……」
「そうね……もともと不完全な契約だったのもあるけども、きっかけは、あなたが気を失って倒れたその時に始まったのよ」
そういえば、一度彼女に聞かれたのだった。
『最近気を失ったことはないか』と。
そして、僕は一回意識を失ったことがある。
あれは、風呂場でのことだったはずだ。
「すごく言いにくいことなのだけれども、その時にあなたは」
「人間をやめたのよ。そして生まれ変わり始めた、インキュバスへと」
「!」
「さすがにインキュバス化したら『自主性の無さ』を保つことはできなかったようね。次第にあなたは自分も主導権を握りたくなってきた」
「………」
「嬉しそうに自慢してたわよね、体育倉庫でしたこととか」
あの時。
あの時本当に楽しかったのは……
そういうことだったのか………?
「さて、そんなこんなで、あなたは自主性を手にし、それと同時に奴隷では満足できなくなった。
そして契約もインキュバス化が進行するのと同時にあなたの魔力によって薄れ、少し前に消えたのよ」
自分が、わからなくなってきた。
こんな気分は初めてだ。だって、今まで自分のことなんか考えないで生きてきたんだから。
「私言ったわよね?レイプとかは苦手だって。でも言葉が足りなかったわ。『誰かが幸せになれないようなエンディングは嫌い』なのよ。このままやることやっても、あなたは幸せになんかなれないわ」
「…………」
「そして彼女も………ね」
「どういうことだ?」
ベルは楽しんでいるはずじゃないのか?あいつはいつも幸せそうじゃないか。
「わからないかしら、なんでダイエット程度であなたを切り離したのか……」
「あなたがあの細いロリエロボディに興奮してくれたからでしょう?」
「じゃあ……ベルは僕のために」
別にロリ趣味というわけではないが……彼女にはそう伝わってしまったのか…
「大方、襲われたときにでも目覚めちゃったんじゃないかしら………自分は導くんに犯されるのが好きだ、みたいに」
そうでなければ………あんな罰ゲームにものってくれるわけがない……そういうことなのか?
「馬鹿よねぇ、そんな程度じゃ嫌われるわけないのに……あなた達って本当に馬鹿よね」
お互いの、そして自分の気持ちにも気がつかず、それが最高だと思っていたあの主従関係。
……傍から見ればずいぶん趣味の悪いコメディた。
「まぁ、でもこれはにわか知識の下手な伏線回収にすぎないわ。間違っていたら、私は手を引く。あなたは少し我慢して、またあの関係を続けるといいわ」
わからない。今芽生えたこの気持ちは天雨によって作り出されたのか。
それとも本当に僕の心にあったものなのか。
わからない。わからない。
「三日待つ。その後答えを聞くわ。そして、この計画の仕上げをする。それまでは我慢してなさい」
僕はその三日間、学校を休んだ。
僕は悩んだ。自分のことについて、ベルのことについて。
自分に素直になれない。どうしても、後ろから僕を見つめる僕がいる。
「素直になれ」とか「操られているだけだ」とか「ベルを愛しているんじゃないのか?」とか「それはただの性欲だろう」とか「反乱を起こすべきだ」とか「そのまま奴隷でいたほうが幸せだ」とか………
今まで僕が殺してきた自分達の亡霊が僕を見下し、いじめ、楽しんでいるようだ。
気が狂いそうになる。何度も何度も叫び声をあげた。
どうしても僕が僕と重ならない。
だから、僕は自分を何度も殺した。
自己の大虐殺を行った。
首を絞め、頭を殴り、ナイフを突き刺し、ただ死ぬまで殴り続けたり………
そうして、僕は最後に一人残った。
そして、彼は決断した───
「なるようになればいい」
僕は最後の自主性を搾り上げ、天雨にそう言った。
「………それでいいの?」
それでいい。だけれども、お前に従うんじゃないからな。
「わかってる、ご主人様に、でしょ♥?なぁんだ、結局は戻って来ちゃったのね」
───いいわ、それじゃあ始めましょう。
そう言って彼女は。
決着の一手を、打った。
あたしの携帯が鳴った。
珍しい。連絡をしてくる友達なんてここ数年間いなかったのに……
「………導?」
LINEで一枚の画像が送られていた。
「…………」
少し迷って、その画像を開いた。
それは、導と、
天雨のツーショットの写真があった。
あたしは震える足を動かし。
彼の家へと向かった。
16/06/19 11:52更新 / 鯖の味噌煮
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