読切小説
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Don´t blink
 とある森の奥深くにある洋館。
 その洋館に入った者は霧のように消えてしまうらしい。老若男女問わず。
 今まで何人もの人間が興味本位で洋館を訪ねたが、足を踏み入れた者は誰一人帰ってきていない。
 そこに、今日俺達はやってきた。
「ウーノ兄さん。本当に大丈夫なのかな……」
 十一歳の弟、ドゥーエは心配そうに言う。
「大丈夫な訳がないだろう……だが、トレのためにも行くしかないんだ」

 トレ。俺達の一番下の妹である。
 昨日、友人達とこの洋館に肝試しに行くと言ってそれっきり帰ってこないのだ。どうやらその友人達も家に帰ってきていないらしい。
 俺達はトレやその友人達を捜索するためにこの洋館にやって来たのだ。

「う、うん………トレは無事なのかな?」
「………魔物娘の仕業だったとしても、命だけは助かっている可能性がある。希望は捨てるな」
 トレは俺達の大切な家族だ。
 例えどんな姿になっていようとも、トレはトレだ。サキュバスになっていても、他の魔物娘になっていたとしても、愛すべき可愛い妹だ。
 命に代えてでも救い出す。俺は胸の奥でそう決意する。
 俺達は洋館の門を開け、玄関へと向かう。


 もう何年も放置されていて、玄関先の庭の植物は伸び放題である。中には俺達の背の丈に届くほどのものもあった。
 歩く度に草が絡みついて歩きにくい。
 目を凝らすと、何カ所かに草が倒れて道が出来ている。いくらか歩きやすそうだ。俺達はなぞるようにそこを歩き始めた。
 ズズズズズ………
「ん?」
 玄関が近づいてきた頃、背後で重い物を引きずるような音がした。
「……………気のせいか」
 振り返ってみたが何もなかった。
「あああ!」
「どうした!ドゥーエ!」
 慌ててドゥーエの方に目を戻す。
 ドゥーエは玄関扉の横にあるガーゴイルの石像に怯えているようだ。
「……あんまり大きな声を出すな。気づかれたらどうするんだ」
「ごめんなさい」

 そのガーゴイル像は古い石で出来ているようで、周りの風景と比べても異様にくすんで見える。泣いているように手で顔を覆っているポーズといい、言いようもなく不気味だ。

「…………」
 本物のガーゴイルかどうかを判断するために、鞄から機械を取り出しその像の魔力を調べる。
 魔力が感知されたならば間違いなく魔物娘だ。しかし、その石像からは一切魔力は感知されなかった。
「ビビらせやがって」
 キッ、と俺はその石像を睨みつける。異常はない、はずなのだがどうにもこいつからは厭な気配を感じる。
 だが叩いても、石ころで引っ掻いて傷を付けても反応はない。仕方なく俺達はその石像を無視することにし、扉を開けて洋館に足を踏み入れた。


 扉を開けると、玄関ホールが広がっていた。
 まだ昼なので暗くはないのだが、どことなく不穏な空気が流れる。これならいつ何が起こっても不思議ではないような気がする。
「ウーノ兄さん………」
 そんな空気にあてられたのか、ドゥーエが俺に抱きついてくる。
「心配するなドゥーエ。さぁ、捜そう」
 まだ幼いドゥーエの頭を撫でる。無理もない。俺だって怖いのだ。だが、トレのためにもここで歩みを止めるわけにはいかない。

 俺達はトレの捜索を開始した。
 目の前には大きな階段がある。二階も広そうだがまずは一階からだ。
 その大きな階段の両脇にも二体、ガーゴイル像があったが、やはり魔力は検出されない。
 右手の通路一番手前のドアを開けると大きな食堂だった。
「うっ」
 料理は、片づけられていなかった。どれもこれも腐りきって原形をとどめておらず、腐臭すらしない。それほど長くこの屋敷は放置されていたようだ。
 そして、更に不気味なことに男物の服がそこらには散らばっていた。
 これでは、まるで。
 本当に人が霧のように消えたみたいじゃないか。
「やっぱりこれって……」
 どう考えても魔物娘の仕業だろう。昔、この屋敷では魔物娘の襲撃があったに違いない。そして、今も──

 ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ

「あ、」
 まただ。また何かを引きずるような音がする。床がこすれているせいか、外で聞いたときよりも硬質な音だ。
 上の階からだろうか?誰かいるのかもしれない。
 もしかしたら───
「────ドゥーエ、二階に上がるぞ」
「う、うん」
 俺達は食堂を出て、階段の方へ向かう。

「うわぁぁぁ!」
 だが、曲がり角を曲がると目の前にあのガーゴイル像があった。
 驚きのあまり、その場にへたり込んでしまう。
 さっきまでここには無かったはずなのに!
「ウーノ兄さん──さっきの音って」
「ち、違う、あれは上から聞こえたはずだ」
 落ち着け、ドゥーエに動揺しているところを見せるんじゃない。
 ガーゴイル像を見上げる。やはり顔を覆っていて、表情は見えない。だが、無性に苛ついた。
「くそっ!」
 立ち上がってそいつを突き飛ばす。そいつは何の抵抗もなく後ろに倒れる。倒れた拍子に、角が一本欠けてしまった。
「………………」
 やはり、石像は石像だ。それ以外の何ものでもない。
「…………行こう」

 虱潰しに俺達は二階の部屋を調べて回った。
 やはりガーゴイル像もあったが、例のごとく魔力の反応はない。完全に無視することにした。
 そして、とある部屋に。
「あ!」
 トレの靴が落ちていた。
「そんな………」
「悲観的になるな……ドゥーエよ」
 だが、限りなく絶望的だ。トレもまた霧のように……
 いや!そんなはずはない!
「大丈夫だ──大丈夫」
 これは、俺とドゥーエのどっちに向かって言ったのだろうか──自分でもわからない。
「───ウーノ兄さん、あれ」
 ドゥーエはそれに気づき、震えながら指を指す。
「ああ、石像だ」
 ここには、どれだけの石像があるのだろうか……もう六個くらいは見つけたはずだ。
 だが、それは今までと違って顔を手で覆ってはいなかった。おかげで顔の造形がはっきり見える。
「石像──だが」
 俺はゆっくりとその石像に近づく。
 どこかで見たことのある顔だ───だが、思い出せない。
「───鍵を握っているな」
 幸運なことに、固定はされておらず取り出すことが出来た。
 タグには『地下室』と書いてあった。
「ドゥーエ……一階に地下室への階段ってあったか?」

 返事はない。
「ドゥーエ」

「───ドゥーエ」
 振り向くと、誰もいなかった。
「おい、ドゥーエ!」

 ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ

「!」
 鳥肌が立つ。
 すぐ後ろで、あの音が聞こえたのだ。
 俺は振り返らずに、走って部屋から出た。


「ドゥーエ………ドゥーエ」
 俺は、幽鬼のようにぶつぶつと呟きながら洋館をさまよい歩いていた。
「ドゥーエ…………ひぃっ!」
 時々ガーゴイル像に怯えながらも地下室に繋がる階段を捜していた。
 最悪の気分だ。自分が目を離した隙にドゥーエまでもが消えてしまった。
 あの時、ドゥーエから離れるべきではなかった。
 いや、そもそも俺はあの時トレを止めるべきだったのだ。肝試しなんて危険なことをさせずに家で大人しくさせておくべきだったのだ。
 つくづく愚かだ。兄として弟と妹に何も出来ていないではないか。
「グスン」
 そんな後悔と自己嫌悪の念が溢れ出し、涙へと変わった。

 少し歩くと、下へと通じる階段を見つけた。
 外は既に暗くなっているのに加えて、地下室は更に深く濃い闇に覆われていた。
「………」
 恐ろしかった。行きたくなかった。そして、死にたくなかった。
 だが、ドゥーエもトレも救えない俺に生きる意味などあるのだろうか。いっそ死んでしまった方がいいのかもしれない。
 俺は懐中電灯を手に、地下へと下りる。

 階段は、長めの廊下に繋がっていた。この先に、『地下室』はあるのだろう。
「………………………」
 足音だけが響く。時折、上からまたあの音が聞こえてくる。だが、地下にはガーゴイル像はいないようだ。
「………………………」
 虚しく響く足音は、俺の心を蝕んでいく。
 帰りたい。
 今すぐ引き返したい。
 逃げてしまいたい。
 しかし、それでも足は動き続ける。
「──トレ」
 ぼうっ、と光の先にトレの姿が浮かんだ気がした。
 いや、気がした、ではない。
「─────トレ!」
 いる。確かにトレはそこにいる!
「トレ!ウーノだ!お前の兄だ!」
 俺は覚束ない足を走らせる。だが、トレは遠ざかっていく。
「トレ!」
 トレは、一瞬眩しい光に包まれたかと思うと消えてしまった。
 また神隠しなのかと思ったが、ドアがあった。そこからわずかに光が漏れている。電気がついているようだ。
「はぁ───はぁ───トレ」
 『地下室』の鍵を使い、ドアを開ける。
 そして、言葉を失った。


 広い部屋。
 そこでは、夥しい数のガーゴイルと幼い少年が交わっていた。
 むせかえるほどの獣のような匂い。
 耳が壊れそうな程の喘ぎ声。
 部屋を飽和する水音。
「───────」
 そこには、ドゥーエとトレの姿もあった。
 トレは、ガーゴイルの姿で兄であるはずのドゥーエと交わっている。
「あ─────」
 それなのに、ドゥーエは。

 とても幸せそうな顔をしていた。

 ゴリゴリ
 振り返ると、ガーゴイル像が近づいてきていた。
 角が一本欠けている。あの時倒したガーゴイル像だ。
「ああ──────あ」
 一瞬、目をつぶると、ガーゴイルはすぐ目の前に移動していた。
「ひっ──いっ」

「あああ─────ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 俺は駆け出す。
 涙と涎を垂らしながら狂ったように走り出す。
 ガーゴイルに手を捕らえられたが、振り払って逃げる。
 走る。走る。
 死に物狂いで、暗い、長い廊下を走りつづける。
 だが、思うように進まない。
 ちゃんと足は動かしているはずなのに。
 靴が脱げる、そして、僕は転んでしまう。
 どうしてだろう。サイズはピッタリのはずなのに。
 違う、僕が縮んでいるんだ。
「う、うう────あ!───イヤだ」
 首根っこを掴まれる。
「イヤだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 そして、あのおぞましい、獣の檻へと引きずり込まれる。


「うっ、あっ、あっ」
 ぼくは、あれからずっとガーゴイルに犯され続けている。隣には弟がいる。
「───♥」
 ぼくもガーゴイルも一心不乱に腰を振り続ける。
 ガーゴイルの顔は今は手で覆われてなくて、嬉しそうな表情が見える。
「あっ、あっ」
 ビューッ!
 ガーゴイルの中に射精すると、ガーゴイルは震えながら僕にキスをする。
 冷たい、けども気持ちいい感触。
 きっとぼくは、あの時のドゥーエのような顔をしているのだろうか───
 それは、本当に恐ろしいことだ。

 恐ろしい、といえば。
 彼女達はどうやら石を彫って石像を作っているらしい。
 きっと、それはガーゴイルの形をしているのだろう。
 きっと、それは魂を持ち、精を求めてさまよい歩くのだろう。
 きっと、それは街に紛れて──人を攫うのだろう。
 そう思うと、恐ろしくて恐ろしくてたまらない。
19/11/05 23:25更新 / 鯖の味噌煮

■作者メッセージ
初めて、真面目にシリアスに書いてみた、言ってしまえば実験作みたいなSSなのですが──
なんちゃってホラーになっちゃいましたかね。
是非とも批評していただければ嬉しいです。

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