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善意は人のためならず──はっちゃけていたほうが人のためになる |
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『今度は私に欲情しても殴らないであげますから、他の子にはしないでくださいね♥』
「どうしたんすか? 親衛隊隊長殿」 「ん、んぁ」 アイミンのライブが終ってもなお、僕は呆然とライブ会場の中に立ち尽くしていた。するとその様子を心配してかファンクラブの一人が話しかけてきた。 ちなみに親衛隊隊長というのは僕のアイミンファンクラブの会員ナンバーから来ている。会員ナンバー『13』。1のフォントがアルファベットのI(アイ)に見え、『1(アイ)3(ミン)』と読め、さらには僕のアカウント名『1(ヒト)3(ミン)』とも読める。そんな奇跡のようなナンバーなのだ 「い、いや特になんでもないけども」 「本当っすか? なんだかライブの最中も少し上の空って感じでしたっすよ」 「あー……ちょっと考え事してて」 すると我が同志は驚いたように目を見開く。 「隊長がアイミンそっちのけで考え事なんて……これは重大な事案っすよ」 「え……そんなに?」 「そりゃそうっすよ! 隊長が隊長であるその理由はナンバーじゃなくてその大きくて深いアイミン愛にあるんすから」 「うぅ……」 確かにそうか……僕がアイミン以外のことを考えるだなんて、そしてそれ自体に気がつけないなんてかなり重症だ。 「そんな隊長の脳内をアイミンさしおいて占拠するそれとは……もしかして、恋、っすかな」 「こ、恋……」 「この前ツイートしてたむっちりJKに恋しちゃったとか。隊長、ロリコンまではいかなくとも年下好きの気はあるんすよね」 「あー……」 「なんすかその反応は……もしかして、あの後その子ナンパしちゃったとか!?」 「いや、それは断じて無いよ」 そう、断じて無い。ナンパとかそんなんではなく、なんだかよくわからないうちに色々と成立してしまったのだから…… 「はははっ、ジョーダンっすよ。マジだったらちょっと引きますよ。でもまぁ、隊長が誰かに恋してるってんなら全力で応援します! 頑張ってください!」 「だーかーらー……そんなんじゃないって……」 そんなんじゃない……うん、そんなんじゃないはず。 『マジだったらちょっと引きますよ──……引きますよ──……引きますよ──……』 さっきの我が同志の言葉が頭の中でぐるぐると回る。ご丁寧にエコーがかかっているせいで滅茶苦茶尾を引く感じになってる。 「そうだよなぁ、おっさんとJKだしなぁ」 初対面はかなりいろいろあったせいで感覚が麻痺していたけども、やはりその組み合わせはどう考えても犯罪である。 「はぁ……どうするべきなのかなぁ」 一度心の整理はついたはずなのに、またごちゃごちゃになってしまった。 迷う。ここは彼女の将来のために絶縁すべきか……それともこの関係を続けるべきか。 「……」 うん、そうだよ。やはり彼女の将来を考えると別れるべきなのだ。彼女は現在、周りが見えていない状況なんだ、きっとそうなんだ。だからたかが僕の絵が好きだからという理由で僕本人のことを好きになったと思いこんでしまっているんだ。僕の絵に魅力があるとしても僕自身にはなんの魅力もない……顔も並以下だし、お金もないし。 だから、そう、彼女にはもっとふさわしい人物がいるはずだ。例えばそれは同級生だったりだとか、これから出会う人であったりとか──とにかく、今この時点で僕を恋人に選ぶのは確実に間違っている。うん、間違っていると断言できる。 「……」 しかし、やはり男……というか、善き人格者として彼女と絶縁するというのも間違いな気がする。だって、多分──うん、本当に多分、彼女は僕のことが好き……なのだと思う。そんな彼女にいきなり別れを告げるのはとても酷なことなのではないか。彼女の心に深い傷を付ける行為なのではないか。 もしそれが原因で彼女が人を好きになれなくなったりしたら? 人を信じられなくなったりしたら? 「……うぐぐ」 考えられる最善手としては、できるだけ自然に、緩やかに僕に失望してもらうことだと思う。そうすれば彼女のことを深く傷をつけることなく、関係を終わらせることができる。 だけれども、そんなことできる気がしないし…… そしてここまで考えておいてなんだけども。 「……やっぱ……好きっちゃあ好きなんだよなぁ……」 それは欲情してるだけだ、と言われてしまえばそれまでなのだが。 だがしかし、幸せを掴みたい──それは人間として当たり前の欲だと思う。 だって、不幸になるよりそりゃあ幸せになりたいもの。それを否定する事は──うん、できるか。そりゃあ他が不幸になるようなことは悪いことだもんな。 「結局、善き人格者になんてなれないんだよなぁ」 しかし、気になることはある。 どうして彼女は僕なんかとこんな関係を結んでいるのだろうか。それだけはどうにも気がかりだった。 ──それだけは、デートの時に聞いておきたいなぁ…… 僕は結局何も変わらないまま、ぐだぐだと彼女との関係を続行することに決めた。 人生初の経験である。 いや、JKとのデートも初体験ではあるのだが(DKの時もそういう経験はなかった)、しかし、それにしたってJKに奢られるのはびびった。 27のおっさん、びびる。 「大人一枚と学生一枚」 慣れぬ映画館の料金システムを確認している隙に彼女は受付に向かってそう指定する。そして何やらよくわからないうちに席まで決まり料金が言い渡される。 ここは年長者として僕が奢ろう、と意気込んで財布を出すがやはり彼女の方が早かった。僕がポケットから財布を出している間に彼女は財布を開け、紙幣と貨幣を取り出していた。 しかも二人分。 「……」 なっさけねぇ〜…… 「なぁ、味噌汁……さん」 『味噌汁ちゃん』と呼ぼうかとも思ったが、なんだか馴れ馴れしい気もするしとても変なのでやめた。 ちなみに、今回は前回とがらり変わった服装。清楚な水色のワンピースだ。この前は帽子でわからなかったが美しく長い黒髪が映える。 「何ですか? ヒトミンさん」 「これ映画代……」 僕はその分のお金を差し出す。 「いいですよ別に。今日は私のおごりです」 「いやいや、さすがに申し訳なさすぎる。せめて、せめてワリカンに」 「いいんですよー、だって昨日はスイーツおごってもらったし、それに私お金結構あるんですよ」 「……本当にいいの?」 「はい……でもどうしてもっていうんなら……カルピスとチュロス、奢ってくださいな」 「うん、了解」 さすがにJKに全部負担させるのは心が痛む。痛んで映画に集中できないと思う。 「……」 ふと、少しもやもやとした考えが浮かぶ。 ──お金が目的でないとするならば、彼女はどうして僕とこんな、恋人みたいな関係を続けているのだろうか。 僕は売店でその二つと自分の食べたいものを注文しつつその答えを予測する。しかし、一向に思いつかない。 「な、なぁ、味噌汁、さん」 だから、僕は直接答えを聞き出そうとした。 「はいはい、ヒトミンさん」 「聞きたいことがあるんだけど──」 『6番シアター、『────』の入場を開始いたします』 しかし、その質問はアナウンスに遮られる。 僕たちが見る映画だ。 「あ、開きましたよ。行きましょう行きましょう!」 「え、あっ」 それを聞いた彼女はさっさと入り口へ向かう。 結局、少しの心のざわつきを残し、僕たちは映画を堪能することになった。 「いやー、漫画原作の実写化と聞いて最初は不安でしたが……めちゃくちゃ面白かったですね!」 「ほんとほんと。よくもまぁあの世界観を実写で表現したと思うよ」 約二時間の上映が終わり、僕らは和気あいあいと感想を語りながらシアターから出てくる。始まる前になんか考えていた気もするが、そんなのがどっかへすっ飛ぶくらいに楽しかった。 「まさかあの場面であれがくるとは……ほんっと」 「はははっ、わかるわかる」 できるだけネタバレに配慮しながら、指示語使いまくりお互いの肩を叩き合う。なんだか、ものすごく仲がよくなった気がする。 「やっぱり、こういう面白いものを見た後はこうやって語り合うのがいいですね」 「同感同感」 味噌汁さんの言うとおり。やはりこういう映画とか、音楽とか、漫画とかを見た後は誰かとそれを共有したくなるものだ。 「私、あんまり友達いないんで久しぶりなんですよ。こういう感覚」 「え?」 マジで……友達いないの? 君ってわりとクラスの中心にいそうな感じの子なのに。 「いんやぁ……ちょっと色々あって学校にあんまり行ってないんですよ」 「ふぅん……大変なんだねぇ」 どう反応したものかわからない。だが、どう反応してもどうしようもないだろう。たかだか実際に会って二日目の僕に言えることは何もない。 「うふふ……突っ込んだこと聞いてくれなくて安心です。やっぱり、こういうとこヒトミンさんと相性がいいと思うんですよ」 「はは……」 いや、ほんと、これはどう反応すべきなんだよ。 複雑だなぁ……正直、僕は彼女のことを知りたくはあるのだから。 そう言われてしまうと、なんだか壁を作られてしまったようでもやもやする。詮索はするなと釘をしれたような気がする。 「……」 んー……やっぱり、彼女との関係はここ止まりなのだろうか。あまり彼女の心の奥までは踏み込めなさそうだし……なんだかこんな友達みたいな関係で十分って感じみたいだし。 残念……と思っている自分がいる。 やはり僕は彼女と恋人になりたい。そう思っているのだ。 「あ! 隊長!」 え? 「隊長ぉぉっ!」 なんだか、聞き慣れた声が聞こえてくる。よくライブ後に話しかけてくるあの声。この前も『マジだったらちょっと引きますよ』と声をかけてきた我が同志。 あー、えーと、なんて名前だっけ? 以前聞いたことがあったはずなのだが。 「えぅっと……笹木さん」 「覚えてもらえてて感激っす!」 そう言って彼女はしっぽを振りながら敬礼する──彼女は確か、純粋なサキュバスだったはずだ。 「奇遇だね。笹木さんも来てたんだ」 「そうっす……ん? 隊長、そっちは──」 「あ」 やべっ。 「あ、あー、あのさ、あれだよ、姪だよ、姪。うん、姪。今頼まれて面倒見てるんだよ──」 僕は必死になって味噌汁さんにアイコンタクトを送る。 ──お願い、バレたら色々と大変なことになるから! ここは話を合わせて── すると、通じたのか彼女は微笑み、首を縦に振った。 よっしゃあ── 「ちがいますよっ! 私はヒトミンさんの恋人ですっ! 年の差カップルですっ!」 絶句。 「へぇー……」 笹木さんは興味深そうに味噌汁さんを眺める。 「え、いや、ちょっ!」 「まじっすか! その……隊長との淫行の方は……」 「はぁ!?」 「まだ……です」 「ちょっと待ってぇ!」 駄目だ! もう話の流れが変な方に行って全然止まんない! 「ふぅぅん……」 それを聞くと笹木さんはニヤニヤしながら僕と味噌汁さんを交互に見る。 すると少しして味噌汁さんが決意したように彼女へと耳打ちをした。 「──」 「えっ──うんうん──」 一体何の話をしているのだろうか。すっごい気になる。 「──」 「っ!?──うん」 近づいてみようとするも味噌煮さんに手で制される。 「────」 「ふぅん──」 「お願い……できますか?」 「いいっすよ、合点承知!」 どうやらなにかしらの交渉が成立したようでお互いにLINEを登録し始めた。 「? ?」 「じゃあ笹木さん。よろしくお願いします」 「よろしくねー」 そして固く握手。そのまましばし熱意のこもった目で見つめ合い、手を離す。 「じゃあ、今日はこの辺にして……また後で話そうね♥」 「はいっ!」 すべて終わったのか、笹木さんは手を振りながら去ろうとする。 その去り際。 「隊長、がんばってくださいね」 「っ!?」 耳元でそう囁かれる。 「だからさ、そういうのじゃ」 僕は慌てて言い訳をしようとするが、そんなのはお構いなしに彼女は離れていく。 「……行っちゃった」 結局、僕は現役高校生に手を出す変態という立ち位置で固まってしまいそうだ。彼女のことだから無闇に言いふらしたりはしないだろうけども。 「えぇと……味噌煮さん……っ!?」 僕はゆっくりと残されたJKの方を向く、すると何故だか怒っているように頬を膨らませ、こちらを見ていた。 「えぇと……味噌煮さん?」 「……今日はとことん付き合ってもらいますからね」 「あ──」 彼女の魔眼が赤く紅く光るのを見た。 見てしまった。 「──はっ」 気がつくとそこはラブホの一室……というわけではなく、焼き肉屋だった。 「はむっ、はむっ」 目の前のJKはただひたすらに肉を焼き、食べていた。目の前の網には肉──羊? ジンギスカン?──が所狭しと並んでいた。 「……味噌汁さん?」 「はむ……私のことをそんな風に呼ばないでください」 「うっ」 どうやら本気で怒っているらしい。彼女は怖いくらいに僕を睨みつけてきてる。 心当たりはある──さっきの笹木さんとの会話だろう。いくら慌てていたとはいえ、さすがにデリカシーに欠ける発言だった。 あれは、はっきりと彼女の好意を無下にする言葉でもあったのだから。 だが、まぁ、無下にしようという意志が全く無かったと言えば嘘になるのだろうけども。 「ご、ごめん」 「だから──名前で呼んでください」 「へ?」 「私の名前──春深(はるみ)って呼んでください」 「──」 どうやら僕に、彼女への好意を見せろということらしい。好意──愛、だろうか。 「──ねぇ」 それは難しいことではない。素直に心の内をさらけ出せばクリアできる課題だ。それはもう赤子の手をひねるがごとし。 だが、それはできるだけでやれるとは限らないのだ。僕は赤子の手をひねることができるような倫理観を持ち合わせてはいない──もちろん、易々と年下のJKと恋人関係を結ぶような倫理観も。 「君は、さ……どうして僕なんかと、その、こんな恋人みたいな関係を持とうとするんだい?」 「どうしてって……」 「ぶっちゃけて言うと、君は多分、僕なんかとは付き合わない方がいいんじゃないかと思うんだ」 「……」 「だってさ、僕なんて君から見ればただのしょぼくれたおっさんだよ? 別に特に目立った仕事もしているわけでもない、お金もない、ドルオタのイラストレーターもどきだよ?」 「……」 「そんな奴とさ、恋人関係なんて結ばない方がいいに決まってるよ。せめて友達ぐらいで止めておいて、もっといい人を見つけるべきじゃないかな?」 「……」 「……僕は君が嫌いってわけじゃない。でも、なんだか僕なんかじゃあ君と釣り合えない気がするんだ」 「……うっさいですよ」 「え?」 しゅるっ! 一瞬にして、触手が巻きつき僕の体を高々と持ち上げる。 「お、おおぉ……」 「うっさいですよ! さっきから黙って聞いてれば何がしょぼくれたおっさんですか、何がもっといい人を見つけろですか、何が……僕なんかじゃ釣り合えないですか!」 「っ……」 「私が、そんな言葉なんかで消えちゃう浅はかな気持ちであなたを愛してると思ってるんですか! そんなわけないでしょうが!」 「いいですか! 私は! あなたじゃなきゃダメなんです! 例えどんなにパッとしなくてもあなたがいいんです! 僕じゃダメだとか他の人がいいんじゃないかなんていわないでください!」 彼女はイスの上に立って僕に目線を合わせる。 「魔物娘ナメないでください……好きになったらもう絶対離れてあげないんですから」 そしてそのまま僕を引き寄せ唇を重ねる。 柔らかい、若々しくてみずみずしい唇。 赤い瞳が目の前で輝く。それはさっきみたいに暗示をかけるときのような魔物の輝きではなく、うるうるとした少女の輝き── もしかして……泣いてるのか。 「んちゅ……もし、これでも私と別れたいんだっていうなら別れます……でも、そんなのは一切私のためになんかなりませんからね」 「……」 彼女の言うとおりだ。魔物娘をナメていたらしい。 魔物娘の愛は遊び程度のものだ、なんて考えてた自分が恥ずかしい……そんな軽いものじゃない。 彼女達の愛は、もはや呪いだ。 一度受け入れてしまったのなら……もう解けない。 「わかった。馬鹿なこと言ってごめん──春深……ちゃん」 さすがにいきなり呼び捨ては恥ずかしかった。 「……わかってくれたんですか?」 「うん、わかったよ。僕は多分、JKと付き合うことの背徳感に押し負けてただけなのかもしれない……ごめん。でももう吹っ切れたよ」 そう、だから、改めて言わなければならない。 「春深ちゃん、僕と付き合おう」 善意なんてものは人のためにはならないんだと学んだ。 それよりも大切なのは。 多少は悪徳に汚れようとも──やはり愛なのだろう。 少なくとも、彼女達にとっては── 「それじゃあ──食べ終わったらラブホにでも」 「待って春深ちゃん。それはさすがに心の準備ができてない」 17/10/03 10:23 鯖の味噌煮
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下手にラブコメに手は出さない方がいいと学びました
やっぱりエロがほしい…… |
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