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邪眼の娘

 彼女達を助ける理由は、正直なところよくわからない。
 助けを求められてすらいないのだから、実は本人達からすればむしろありがた迷惑なのかもしれない。
 もしかしたら。
 助けることは間違いなのかもしれない。
 でも、それでも僕は確信している。
 彼女達を助けることこそが、僕の使命なのだと。

『あなたはたくさんの苦悩を抱えた人達と出会うことになる。どうしようもなく苦しんでどうしようもなくなってしまった人達があなたの前に現れることになると思うわ。
 どうかその人達を救ってあげて、私との約束よ』

『──そう、よかった。
 でもね、此目。一つだけ言っておくわ。中にはきっとあなたの手を払う人が出てくるはず。
 救いを望まない人があなたを拒絶することが必ずあるはずよ。
 それでも、その人もまとめて幸せにしてあげて。
 この世に不幸になっていい人なんていないんだから───』

 遠い昔に、僕はそんなことを言われた気がする。
 よく憶えていない、ぼんやりとした記憶。
 夏の縁側でそう語りかけられた。確か綺麗な風鈴の音色が響きわたっていた気がする。
 そんな霞がかった原風景が、僕の中には確かに存在しているのだ。



─────────────────────────────────────



 六十年前。
 あるところに一つの村があった。
 決して豊かではないが争いのない平和な村だった。
 そこに一人の人間の少女がいた。名前は「目立里子(めだち りこ)」。村の空気に違わず、優しく穏やかな娘だった。
 そんな彼女はある日。

 忌むべき呪いをその身に受けることになる。

 異変の始まりは目に見えるものだった。
 突然、彼女の目が真っ赤に染まったのである。それは宝石のように輝き、魔物のような眼光を灯していてとても不気味で、とても不吉な目をしていた。
 だが、呪いはそれだけではない───それで終わればどんなに良かったことか。
 その呪いは人に害をなす力を得てしまったのだ。
 初めのうちはなんともなかった。しかし日に日に呪いは力を増していき、彼女と目を合わせた者は皆体と精神に異常をきたすようになっていった。
 ある者は激しい頭痛を感じ、ある者は発狂し、ある者はその場で血を吐いた。
 最初はただ赤いだけだったはずの目が、『邪眼』『魔眼』『邪視』、そんな名が似つかわしいほど危険で残酷な目へと変貌したのだ。
 皆が彼女を避けるようになったのはごく当然のことだった。
 そして彼女自身も、他の者を傷つけることがないように人を避けるようになり、部屋に一人閉じこもってしまった。
 誰とも目を合わせることのない孤独な日々が続いた。

 でも、齢十ほどの少女が誰とも顔を合わせない、なんてことはできるはずがなかった。
 誰とも顔を合わせない、というのは一人で生きていくこととほぼ同義なのだから。

 もう、目の呪いは行き着くところまで行き着いていた。恐らくそれが終着点だったのだろう。
 何が起こったかは詳しくはわからない。
 でも目を合わせてしまったのだろう、何かの拍子で。
 しばらくは現れなかった被害者が出てしまったのだ。

 それは彼女の母親だった。

 恐らく食事を運んでいる最中にそれは起こったのだろう。
 ひどい有様だった。
 体の至る所に爪で掻き毟った跡があった。その上、どうにかしてその邪眼を見ないようにしたのだろうか、片目が抉られていた。その死に顔はとても人間とは思えない、見るだけでこちらも狂いそうなほどだった。
 発狂、その上での自殺だったそうだ。

 もう、なにもかもが限界だった。
 村人は恐れた。ただひたすらに彼女を恐れた。『これ以上里子を生かしてはおけない』という結論に至るのに長い時間はかからなかった。
 里子も恐れた。自分の目を恐れた。自分で目を抉ろうとしても、眼球は呪いで守られていてどうしようもなかった。『これ以上生きていては駄目だ』という結論に至るのに長い時間はかからなかった。
 何もかもが狂っていた。狂っていたのに何もかもが円滑に動いていった。
 村人は里子を近くの洞窟の奥深くに封印することにした。
 里子はそれに大人しく従い、あの洞窟の奥の牢獄で鎖に繋がれた。そして二度と外に出ることはなかった。
 真っ暗な闇の中で。
 静かに彼女の存在は抹消されたんだ───



─────────────────────────────────────



『───これが『彼女』の、『邪眼の娘』の物語だ』
 何十分か前、智慧は電話越しにそう語った。
 最初、僕はその事実を受け止められなかった。
 闇が───あまりにも深すぎる。
 だが。
 アリステラとデクシアに聞いても違うとは言ってくれなかった。
 真実だった。信じたくはないがこれが彼女────いや、彼女達の歴史。
 なんて、悲しみと絶望に満ちた暗い過去なのだろうか。
「……………行くぞ」
 あまりの残酷さに打ちのめされそうになった僕だが。
 同時に決心がついた。
「どこに?」                      「どこにですか?」
 
「あの洞窟にだ。彼女はあそこにいる」
 長かった肝試しにも終わりを告げるときが来た。
 幕を閉めよう。
 
 そうして、僕は今あの洞窟への道を歩いている。
 二人を連れて、彼女に会いに行こうとしている。
「二人とも大丈夫か?」
 振り返ると、悲しみの浮かんだ表情で歩くアリステラとデクシア。
 本当はこんなことに付き合わせたくはなかった。できることなら彼女達の目の届かない場所でひっそりとこの物語を終わらせてしまいたかった。
「うん、大丈夫」                     「大丈夫、です」
 でも、この二人は目立里子の一部である。決して無関係ではない。
 だから、彼女達にも見届けてほしかった。この物語の結末を。
 無茶を言っているのはわかる。でも、どうしてもそうしてほしいのだ。
「─────着いた」
 ここに来るのは三度目だったか。もはや見慣れてしまったと言っていいかもしれない。
 ───のだけれども、今回はこれまでの二回とは様子が違った。
 黒く濁った彼女の心の闇が、ここまで漂ってきていた。まるで洞窟の中だけこの世から切り離されたように陰鬱で光のない世界が広がっていた。
 近くにいるだけで胸が張り裂けそうになる。悲しみが、罪悪感が、絶望が、僕の中に入り込み、この身を蝕んでくる。
 死んでしまいたい。
 そう思ってしまった。
「──────行こう」
 それでも僕は、意を決して。
 その異界へと身を投げ込んだ。



─────────────────────────────────────



 ある夜、私は目覚めた。
 目に入ってきたのは見知らぬ天井。
 確か、私は牢獄で死んだはずだったのに……
 体を起こしてみる。
 なんだか豪勢な部屋だ。
 ゴスロリ………って言うのかな?
 ザッザッザッ……
 耳を澄ますと足跡が聞こえてくる。
 誰だろう。
 部屋を出て確かめてみる。
 ──────男の人だ。
 男の人が、何かを見ている。
 どこかで見たことがあるような、無いような………何故か懐かしい感覚を私は抱く。
 私より年上の………お兄ちゃん。
 いや、ここは礼儀正しくお兄さんと呼ぶことにしよう。
 そんなお兄さんがこんな洞窟の奥に何の用なんだろうか。
 考えているうちに、突然お兄さんは走り出してしまう。
「!」
 思わず、私はお兄さんを追いかけてしまった。どうやらまだ完全に生き返ったわけではないらしく、幽霊のように空を飛ぶことができた。おかげであっという間に彼に追いついた。
 お兄さんは何かに怯えているようだった。
 私ではなく、さっき見ていた『何か』に。

 しばらく走ると、彼はアパートの一室に駆け込んだ。
 残念ながらこの体でも不法侵入はできないみたいで、待ちぼうけを食らうことになってしまった。
 少し経ってまた彼が逃げ出してきた。
 また何かに怯えている。
 部屋の中も気になったけど、私はお兄さんを追いかけることを優先した。
 どうにも落ち着きのない人だった。
 走るのをやめて歩いたと思ったら、時々振り向いてはまた走り出す。
 それを何度も繰り返し、ついには彼の自宅らしきアパートに到着してしまった。
 今度は閉め出されないように扉が開いたタイミングで中に入る。
 彼は着替えることもなく、そのままさっさと布団に入って目を閉じた。まるで怪談を聞いた後の子供みたいだった。
「?」
 一人暮らし、かと思っていたけれども違った。
 どうやら彼の両隣に誰か眠っているらしい。器用にも彼はその間に滑り込んだようだ。
 少しだけ布団をめくってみる。


 そこには単眼の少女が二人、すやすやと気持ちよさそうに眠っていた


「ひっ!」
 感覚でわかってしまった。
 その目は閉じているはずなのだが、それがどんな瞳をしているのか──私は知っている。
 いや、憶えている。
「う、うそ…………」
 この子達は────私の『邪眼』だ!
「な、なんでこんなところに──」
 わからない。
 でも、私がすべきことは、瞬時に理解できた。


 殺さなくては─────

 もう、誰も傷つかないように、この邪眼を消してしまわなければ───


 次の瞬間にはもう私は行動に移していた。
 片方の少女の首に手をかける。それはそれは細い、今にも折れてしまいそうなか弱い存在に。
 そして、力を入れて絞め─────

 途端に、記憶が流れ込んでくる。

「────────!」
 何が、起こったの?
 まさか。
 一瞬、一瞬だけども。
 私は、今この子と。
 繋がった………の?
「何これ………」
 もう一度、彼女に触れてみる。

 流れ込んできたのはとても淫らな記憶だった。
 彼女と、もう一人の少女が何度もお兄さんと交わっている記憶。
 愛に満ち、溶けてしまいそうなほどに熱い記憶。
 彼女達は何度も精をその身に受け。
 その魔力を、私に送っていたのだ────

「そ、そんな────」
 これは本当なのだろうか。
 もし本当ならば。
 彼女達は私を生き返らせるために。
 魔力を─────
「う、うそ」
 その時。

「んんぅ、コノメおにーちゃん………………だぁいすき」

 少女の、幸せそうな寝言が聞こえてきた。
「………………」
 私は────
 私は生き返ってから、もう人を傷つけることなんて無いと思っていた。
 もう、目に悩ませることなんて無いと思っていた。
 でも、私は。
 私は────
「」
 私は力なく、首にかけていた手を戻した。
 私は。
 私に絶望した。
「………最悪だ」
 私、今何をしようとしたんだろうか。
 誰も恨まない、ってあの時決めたはずなのに。
 それなのに私は、こんなに幼い少女を恨んで、憎んで、殺そうとした。
 しかも、私を救おうとしてくれた存在なのに、だ。
「目、なんて───」
 関係ない。
 そんなのに関係なく、私は。


 人を傷つけることができることができる存在だったんだ─────


 気がつくと、またあの部屋に戻ってきていた。
「……………」
 私は何を期待していたんだろうか。
 もしかして、お兄さんについていけば、幸せになれるとでも。
 愛されるとでも思っていたんだろうか。
「……………」
 いや、あの人ならば愛してくれるのだろう。
 だけれども、私は。
「お母さん………」
 お母さんを殺した。
 そして、今度はあの子達も殺そうとした。
 幸せになる権利なんて。
 愛される権利なんて。
 私には。
 無い。
「……………ごめんなさい」
 私はベッドの上にうずくまる。
 いつの間にか、体ができあがっていた。
 足がなくなって蛇のようになっていて、腕は羽毛に包まれてまるで鳥のようだった。
 蛇……確か不死の象徴。
「あぁ………」
 悟った。
 私は死ねない。
 きっと何をしようが死ぬことはできないんだ。
 もう死んでしまおうと思ってたのに…………
「いいや、もう」
 死ねなくてもいい。
 だから私は、世界が終わるまでここにいよう。
 誰にも会わないように。
 誰からも愛されないように。
 ここでこうして生きていこう。
「ごめんなさい」
 それが、私に対する一番の罰なのだろう。
 これが一番、苦しい罰だ。
「あ、でも」
 あの二人の少女と、私の繋がりはまだ残ってしまっていた。
 私は起き上がり、慣れない蛇の歩き方で部屋の外に出る。
 さっきお兄さんが見ていたあたりを見ると、そこには祠があった。
 その扉を開けてみると、その中には目玉が二つ転がっていた。私はその二つの目玉から微かに彼女達の存在を感じていた。
 ここから彼女達はまだこれと繋がっていて、私はここから魔力を貰っていたのだろう。
 だとすればこれは返さなければならない。
 もう必要のないものだ。
 それどころか、彼女達を縛り付ける存在になってしまうだろう。
 いつか、機会を見て返そう。
 彼女達を、解放しよう。
 そう思った─────



─────────────────────────────────────



 ゴンゴンゴンゴン!
 激しいノックの音で目が覚める。
 ここは洞窟の部屋の中。その私はベッドの上で寝ていたようだ。
 ゴンゴン!
「────まさか」
 彼が、ここに駆けつけてきてしまったのだろうか。
 それは困る。
 私はここで独りで生きていかなければならない。
 それが罪滅ぼしになるかどうかはわからないが……そうでもしないとずっと私は私を責め続けることになる。
「…………」
 私は、気配を消す。
 あきらめて帰るまで、私はじっと待つことにした。
「…………………ちゃ…!」
 声が、うっすらと聞き取れるようになってきた。
「り……ちゃん!……にーちゃんが!」
「?」

「里子ちゃん!おにーちゃんが!おにーちゃんが!」

 それは、お兄さんの声ではなく。
 あの単眼少女の声だった。
 一瞬、躊躇ったが、私はドアを開けることにした。
                        「た、たすけてください!」
「お願いだ!」

「おにーちゃんが!」                  「おにーさんが!」

 彼女達の背後には、ぐったりとして動かない彼の姿があった。



─────────────────────────────────────



「おーーい!二人ともー!」
 はぐれてしまった。
 ちゃんと手を繋いでいたはずなのに、いつの間にか二人の姿が消えてしまったのである。
「アリステラー!デクシアー!」
 叫んでも返事は帰ってこない。
 体温がさぁっ、と引いていった。
 まずい。
 まさか、この嫌な空気のせいで新たな呪いが生み出されたのか──
「だとしたら、一刻も早く!」
 僕は走り出す。
 奥へ。
 里子がいるはずの部屋に向かって走り出す。
 嫌だ。
 あの二人を失うだなんて───
 そんなの耐えきれるわけがない!
「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
 焦りが、ただでさえ走っていて乱れている呼吸を更に乱す。
 呼吸がうまくできない。
「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
 それでも走りつづけ、あの部屋があるはずの最奥にたどり着く。
「あ………れ、?」
 だけれども、そこに部屋はなかった。


 あるのは、古びた牢獄だけだった。


「そ、そんな…………」
 牢獄………確か里子が閉じこめられたのも牢獄だったんじゃないか?
「う、嘘だろ!?」
 いったい何が起きているんだ!?
 まさか、また魔法が暴発したのか?
「…………」
 ということは。
 おそらくこれは彼女の記憶の中なのだろう………
「…………」
 僕は扉に近づく。
 錠がかかっていて開かなかった。
 でも、確か、こんな感じに古い鍵を拾った覚えが…………
「そうだ、あの夢の中で───」
 僕はポケットを探る。
 中身を全部出してみると、普段使う鍵の束に絡まり───一本だけやたら古い鍵があった。
「これだ」
 その鍵を錠に差し込み、回す。
 ガチャッ
 錠の閂が、外れた。
 扉を開くとギィィッと錆び付いた音が鳴る。


 中には白い布で目隠しされた少女が、鎖に繋がれ監禁されていた。


「り、里子ちゃん」
「……………ぅ」
 僕は彼女に駆け寄る。だいぶ衰弱しているようだ。
 一体これはいつの記憶なんだ?
 少なくとも一日二日ではなさそうだが。
「里子ちゃん」
「ぁ………だ、れ?」
「僕は……………」
 名乗るべきなのだろうか?
 いやどちらでも同じか。
 サイコメトリーでは記憶の書き換えなどできないはずなのだから。
 ならば────

「僕は此目────君を助けに来た」

 せめて記憶の中だけでもいいから。
 彼女を助けてよう。
「こ、のめ……さん」
「あぁ、そうだ」
 確か開錠の魔法くらいは使えたはずだ。
 僕は彼女の手枷と足枷の鍵をはずす。
 これで彼女は自由だ。
「あとは治療だ。急いでお医者さんのところに」
 彼女を担ごうと、僕は彼女の肩に触れる。
「!」
「も、もう、むだ、で、す」
 彼女の肌は、焼けるように熱かった。
 発熱………栄養失調のせいで何かの病気にでもなったのだろうか。
「大丈夫だ。まだなんとかなる……」
「だめです…………この目じゃあ、もう、どこにも」
「大丈夫だ………あの村が駄目でも他の所へ」
「でも、なおったら、またこの目に、悩まされるんです………もう、そんなの、いやです」
「…………………」
 そうだ。この目。
 この邪眼のせいで、彼女はこんなところに閉じこめられることになったんだ。
 これをどうにかしなくては。
 僕は、智慧から教わった解呪の魔法をかける。
「くぅっ!」
 だがうまくいかない。
 別の解呪の魔法をかける。
「くそっ!」
 また別の魔法を──
「くそぉぉぉっ!」
 駄目だ。
 この呪いは────解けないのか?
「じゃあ!どうしたら助けられるんだ!」
「簡単ですよ………」

「私を殺せばいいんです」

「な、何を言って……」
「体が痛いんです、もう、死んだほうが、楽なくらい、苦しいんです。だから、私をここで殺してください」
「そ、そんな───そんな馬鹿な選択肢があるかよ!」
 絶対に助けてみせる。
 たとえここが現実でなかったとしても。
 たとえここが幻想だったとしても。
「助けて、みせる」
「お、お願いです──私を殺してください」

「今なら──今なら!苦しまずに!誰も恨まずに死ねるんです!」

「────っ!」
 ────彼女の目は抉りとれない。
 ならば何故目だけを祀ることができたのか。
 それはきっと。
 『死体が朽ち果て、それでも目だけが残った』からなのだ。
「………………里子ちゃん」
 それが答えならば。
 彼女が目から解放されるための手段は、もう。
 それしか残されていなかった。
「お願い、です。お兄さん」

「私を、一思いに、楽にしてください」

 彼女は泣いていた。
 じわりと目隠しの布が滲み、そこから涙が零れ出てくる。
「そん、な」
 ここで彼女は、死ぬしかないのか?
 彼女に、救いは────
「お願い、で、す────ゲホッガフッ」
 彼女は苦しそうに咳き込む。その咳には若干血が混じっていた。
「─────────里子ちゃん」
 あぁ、そうか。救いはないんだ。
 彼女が救われることは───多分、ない。
 ならば。

「ごめん、なさい」

 僕が、救いになってあげるしかないんだ。
「お、にい、さん」
 僕は彼女の目隠しを外してあげる。
 虚ろに紅く輝く彼女の目が露わになる。
「綺麗な目だ」
 それでもこの目は何人もの血を吸ってきた。
 この朱は。
 きっとその色なのだろう。
「約束しよう」
 僕は、彼女に語りかける。
 彼女の首に手をかけながら。


「六十年後、僕は君を助け出す。そして、幸せにしてみせる!何があろうとも、たとえ君が僕を拒絶しようとも!絶対に─────絶対に君を幸せにする!今までの不幸が吹き飛ぶくらい君を愛してみせる!」

「だから─────だから、お願いだ。その時が来るまで───眠っていてくれ」


 僕は、力を入れ、彼女を────



─────────────────────────────────────



「──────さん!」
 刹那の暗転の後、誰かの声が僕を現実へと引き戻す。
「此目さん!」
 気がつくと、僕はあの部屋のベッドに寝かされていた。
 その傍らには、里子。
 バジリスクの里子。
「里子………ちゃん?」
「あぁ!よかった!」
 彼女は僕に抱きついてきた。
 苦しいくらいに。
「し、死んじゃったかと、ぐすっ、思いました」
「ぼ、僕が?」
「はい……」
 話を聞くと。
 僕はいきなり倒れたらしい。しかもそのまま心配停止状態で生死をさまよっていたらしい。
 ならば、今のは。
 走馬灯のような何かだったのだろうか───
「そうか………」
「でも、よかったです。此目さんが無事で」
「あぁ…………」
 なんだか、不思議な気分だ。
 あの焼けるような肌の感触も、彼女の悲鳴のような懇願も、あの赤い眼光も全部幻だった──
「なぁ、里子ちゃん」
 だけれども。
「はい、なんでしょうか?」
「僕と一緒に暮らすことはできないのか?」
 あの約束を、幻にすることはできない。
「私は…………」
「人は誰でも人を傷つけるし、誰でも人を憎むもんだ。だから君は気にすることないんだよ」
「………お見通し、なんですね」
「厳しいことを言うようだけれども、里子ちゃん」

「君は幸せになることの重圧から逃れようとしてるだけなんじゃないのかい?」

「それは…………」
「きっと君にとってはここに籠もることよりも、母親を差し置いて幸せになることの方がよっぽど苦しいんだろう」
「………………」
「だったら君は後者を選ぶべきだ。より苦しい方がきっと重い罰になる。君も心の奥底ではわかっていたことだろう?」
「………………」
 彼女は俯く。
「それにだ。たとえ殺されようとも、娘に幸せになって欲しいと思わない親なんているはずがないんだ。苦しんで幸せになる方が君のお母さんへの供養になるだろうよ」
「でも………でもっ!」
「もう、我慢しなくていいんだ………君はもう魔物娘だ」

「人を愛せずにはいられないはずだ」

 僕は里子を抱きしめる。
「!」
「きっと、みんなごめんの一言で許してくれるはずさ。あの二人は底なしに優しいし」
 君のお母さんも、きっと─────
「う、うぅ…………」
「だから、それだけ言って終わりにしよう。もう、こっちに戻ってくるんだ」
「ぐすん……………みんな………」
 涙が、僕の肩を濡らしていく。それは凍り付こうとしていた彼女の心が解けた証拠なのだろう。
「ご、ごめんなさい……………ごめんなさい」


「私を………許してください…………」


 彼女の心が、少しだけ晴れる。
 まだ厚い雲はかかっているが、真っ暗ではない。確かに光は射しこんでいるようだ。
 もうこれで、自分を罰するだけの日々は終わるはずだ。
 彼女も、こちら側に進むことができるだろう。
 きっとこれでいい。
 これがハッピーエンドだ。






 ─────ハッピーエンドなのだが。
「…………里子ちゃん」
「はい?」
「僕ってさ、人の気持ちが伝わっちゃうタイプなんだけれども………」
「はい」
「そのぉ、全部伝わってきちゃってますよ…………」
 シリアスなところ悪いんだけども。
 おかげで僕までムラムラしてきてしまった。
「………………はい♥」
 確かにそうと捉えられるセリフは言ったけれども………
「……………ははは」
 結局、魔物娘相手のハッピーエンドは。
 BED ENDに落ち着くらしい。

16/11/14 13:09 鯖の味噌煮

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多分続くと思います
タイトルは『骸の知恵』になると思います
いつ投稿できるかは未定です

今回の内容がガイドライン的に駄目だと言われたら、すぐに消したいと思います。
[エロ魔物娘図鑑・SS投稿所]
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33