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花火 |
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「おにーちゃん」 「おにーさん」
「ん?どうした?」 あの夜から少し経ったある休日。 昼飯を食い終わると二人は机の上にチラシを置き、僕に視線を投げかけてくる。 「これ!」 「これ!」 「ん────『夏祭り』、ねぇ」 あぁ……もうそんな時期なのか。 今日の夜、近くの神社で開かれる祭りだ。僕もこっちに引っ越してきてからはオカ研のメンバーと毎年行っている。 結構充実していて楽しい。 「で、お前ら祭りで何がしたいの?」 彼女達には祭りがどういうものであるかなんて教えた覚えはない。祭りに対して突拍子のない変な期待を持たれて、実際に行ってみたらガッカリなんてのも困るし一応聞いてみる。 「色々食べたいっ!」 「花火が見たいです!」 案外普通だった。 「ふぅむ…………」 今年は三人分である。しかも二人はいつもかなりの量の飯を食う。 やべぇな、現所持金はどれくらいだろうか。 財布に厳しいなぁ………今回の祭りは。 「……………他の奴ら呼んでみるか。なぁ、友達誘ってもいいか?」 「うん!いいよ!」 「いいですよ」 こいつらの可愛らしさに魅了されて奢ってくれるかもしれない。そういう下種な企みの元、僕はオカ研メンバーに連絡を入れる。 しかし。 「────────」 まずは男メンバー二人にかけてみたのだが、どちらからも用事があると言われてしまった。片方はまずこの町にいないらしいし。 「さて、と」 次は智慧である。 あの夜以来、僕は彼女と話していない。何度か話しかけようとはしたが、目が合うと彼女は俯いて逃げ出してしまうのだ。 これを期に仲直りをしたいのだが…… 「────────通じず、か」 着信拒否されている。この分だと他の連絡手段もダメだろう。 「ダメだったの?」 「ダメだったんですか?」 「あぁ、残念ながら」 「智慧ちゃんも?」 「智慧さんもですか?」 「あぁ…………そうだ」 あの時逃げたりしなければ、こんなことにはならなかっただろうに。 「……………」 いや、やめておこう、今このことについて考えるのは。 二人とも見ている前で暗い顔はできない。 「仕方ないさ、祭りは僕ら三人でのデートとしようぜ」 「やった!」 「やった!」 思えば、彼女達を連れて出かけたことは無かった気がする。 ぜひとも楽しんでもらいたいところだ。 日も落ちてきて、辺りがほの暗くなり、神社の周りの提灯に灯が点っていく。 それと同時に、祭りの賑やかさがさらに盛り上がったように思える。 皆がその幻想的な風景、雰囲気、そして魔物の娘が奏でる笛や鼓に煽られ高揚しているようだ。 そんなざわめきの中、此目は一人待ちぼうけをくらっていた。 「………あいつらおせーなー」 『おにーちゃん/おにーさんは先に行ってて/ください』 と二人に強く言われてしまい、手持ち無沙汰な彼は入口の鳥居近くで一人寂しく待つことしかできなかった。 「…………まさかまた百合百合しいことヤってんじゃないだろうな」 と、此目は顔をしかめ頭を抱える。先日のトラウマが甦っているようだ。 しかし、そんな心配は杞憂だったようで。 「お待たせー!」 「お待たせしました!」 二人が、鳥居へと走ってくる。 「え………………」 此目は言葉を失う。 アリステラは赤。 デクシアは黒。 二人は愛らしい浴衣姿で彼の下へ駆けていく。 その姿はまるで兄を見つけた妹のようでもあった。 「あ………ぁ」 「すみません、なかなか作り終わらなくて…」 「おにーちゃんをびっくりさせようと思ってさ!」 「どう?似合ってる?」 「似合ってますか?」 「……………」 しかし彼は何も言わず口を開け立ち尽くすばかり。 「どうしたの?」 「どうしたんですか?」 「……………滅茶苦茶かわいいじゃねぇかよ!」 そう叫んだかと思うと、彼はぎゅむ、と二人に抱きつく。 「「きゃっ!」」 「よっしゃあ!それじゃあ行くぞ!」 「その前に下ろしてよぉ!」 「お、下ろしてくださいぃ!」 じたばた暴れる二人を担ぎ上げ、此目は人混みの中へと溶け込んでいった。 「ちゃんと手繋ぐんだぞ。はぐれるなよ」 「はーい!」 「はーい!」 結局二人は下ろされ、三人で手を繋いで歩くことになった。 小さく幼い手のひらを、少し頼りないけども優しい手のひらが包み込む。 「なんか見たい店があったら言えよ。でもそこまで金持ってるわけじゃないから少しは遠慮──」 「あー!あれ食べたい!あれ食べたい!」 「わたしも食べたいです!」 「……………」 ───こりゃ当分懐が寂しくなるな。 と、落胆の色を見せながらも、満更でもないという様子で店に近づく。 「んと………じゃあチョコバナナ二本お願い」 お金を払い、彼は二本のチョコバナナなるものを受け取る。 「はいよ、二人とも」 「わーい!」 「わーい!」 「アリステラ、そんながっついたらチョコとかこぼれんぞ」 「もがもが」 「おにーさんは買わないんですか?」 「ん、そういえばそうだったな」 いかにも忘れていたみたいな顔をしているが、無論節約のためである。 「かわいそうです。こんなに美味しいものを食べられないだなんて………」 「あぁ、それは気にすんな。やろうと思えばいつでも作れるしさ」 「でも…………じゃあ、半分あげます」 「え、いや、別にいいよ……」 遠慮する此目だが、次の瞬間にはもうデクシアは分け与える姿勢になっていた。 割り箸からチョコバナナを引き抜き、口にくわえたまま彼に差し出す。 「ん、どうぞ」 「え、あ」 キョロキョロと落ち着きなく辺りを見回す此目。やはりある程度の世間体は保ちたいようだ。 しかし、辺りでは魔物娘の奏でる音色に当てられ高揚したカップル達が当たり前のように接吻を交わしていた。 「くっ、やるべきなのか、これは……」 観念してデクシアに向き直った此目はゆっくりと躊躇いながらチョコバナナに噛みつく。 「はぐっ、はむっ」 「!」 途端にデクシアは勢いよくチョコバナナに食いついていき、逃げる間もなく此目は。 「ちゅっ」 甘く熱い口づけを味わうこととなった。 「ちゅっ、くちゅ、ちう─────ふふふっ、甘くて、美味しいですね♥」 「そ、そうだな」 妖艶な笑みを浮かべるデクシアに、此目はたじろぐ。 「────むーっ」 すぐに食べ終えてしまったアリステラは何もできず、ただその光景を見ることしかできなかった。 「…………あ、おにーちゃん、あれやりたい」 何かいい案がないものかと思案していると一つの屋台が目に入る。 ───あれならイチャイチャできるかも。 「射的ね……単眼の子は射撃がうまいみたいな風潮があるけども、お前らはどうなんだ?」 「えぇ〜あたし全然できないよ〜銃の持ち方すらわかんないし」 媚び媚びな声で彼女は言う。 「………まぁ、頑張れよ」 そう言って此目は店の主人に金を払う。玩具の銃と三発のコルクがアリステラの手に渡る。 すると。 「だ♥か♥ら♥──一緒に持ってくれない♥?」 「え?」 「一緒に支えてよ♥」 「こ、こうか?」 「もっとぎゅ〜って♥」 「─────」 ほとんどハグのような形で二人は銃を構える。 「───僕必要か?」 「必要だよ!なんかおにーちゃんがいると何でもできる気がしてくるんだもんっ!」 「─────」 顔を真っ赤にしながら此目は俯いてしまう。 パコンッ 第一発………ハズレ。 「あー………じゃあ二発目いくねー♥」 「…………………ぅぅ」 残りの弾は二発である。 その後も二人は此目に猛烈なアタックを繰り返しながら屋台を練り歩いていった。 それは兄妹のようにも恋人のようにも見え、とても微笑ましい光景だった。 ………とても幸せに満ち溢れた光景だった。 やがて夜が深くなり、闇が濃くなっていく。 時間がやってきた。 ひゅ〜───────どーんっ 花火が上がる。 「おおっ!」 「うわぁ……」 二人が小さく歓声を上げる。 「あ、もうそんな時間かよ………二人とも、ちょっとついてきて」 「え?」 「おにーさん?」 何故か此目は二人の手を引き走っていく。 「早くしないと埋まっちまうかも」 「なんのこと?」 「な、なんのことですか?」 彼は答えないまま、そのまま神社の裏の森へと入っていく。 少し走ると彼は足を止める。 そこは遠くから祭り囃子が微かに聞こえる、暗くて寂しい場所だった。 「な、なに?まさかこんなところでシたいの♥?」 「前から思っていましたけども、おにーさんって変態さんですよね♥」 「違うよ。今日はできるだけプラトニックにいきたいんだ。だから襲うなよ」 「ちぇっ」 「……」 「落ち込むなよ……四六時中ヤってんだから十分だろうがよ。ほら、そこ座って上見ときな」 彼はそこに置いてある古びたベンチの埃を払い、彼女達にすすめる。 「?」 「?」 二人は座って上を向く。 何も見えない。枝が少なく、開けていて空が覗けるがただそれだけである。一応綺麗な星が瞬いてはいるが、それならばここまで来る必要もないはずだ。 「「? なんなの───何かあるんですか?」」 ひゅ〜…………………どーんっ! 「「あ!」」 先ほどよりもずっと大きくて、綺麗な花火が咲いた。 火の粉の一つ一つが星と混ざり合いながら消えていく。 「…………どうだ?」 「「すごい綺麗………」」 どーんっ! また一つ。 どーんっ! また一つと咲いては星となる。 二人はその火と星のハーモニーに魅了され、動かない。 「よかった。前に智慧から教えてもらったスポットなんだが………今年もうまく見えてよかった」 だけれども、此目は違った。 花火なんて見ていなかった。 彼が見ているのは。 アリステラとデクシアだけだった。 どーんっ! 二人の大きな瞳に花火が映る。二つに分かれた花は、それでも美しさを手放すことはなかった。 「……………」 此目は、優しく微笑む。 すると、俄かに花が歪み、光を散らし始める。 「すんっ、っ」 「ぅんっ、ぐすっ」 「─────」 二人は泣いていた。 感極まって泣いたのだろうか。 わからない。 「……そうだな」 彼は二人から目をそらし、花火に目を向ける。 「これで、いいんだよな」 誰にも聞こえないよう、彼はそう呟いた。 そう、それでいいんだ。 それで幸せだ。 でも、私の方はそうはいかない。 このまま何もしないわけにはいかない。 私は。 彼女達を解放しなければならない──── 「楽しかったー!」 「また今度来たいです!」 僕達は祭りの余韻に浸りながら帰り道を歩く。 「確かまた明日もあるはずだぞ」 「やった!」 「ほんとですか!?」 言って、しまったと僕は思う。 今日一日でもかなり財布を絞られたのに。 「はぁ」 まぁ、いいか。 アパートが見えてくる。 早く寝て明日を待とう。 きっと幸せな明日を。 〜〜♪〜〜♪ 「? 電話?」 画面を見ると。 『躯野 智慧』 「!───二人とも、先に帰っててくれ。少し電話する」 僕はデクシアに鍵を───いや、違う、これじゃない。あぁ、もどかしいな。 こっちだ。 「りょうかーい」 「わかりました」 二人が去ったのを見て、僕は画面をタップする。 「智慧!」 『やぁ此目くん』 「智慧──この前は本当にご」 『いいんだ、それよりも聞いてほしいことがあるんだ───彼女達のことについてだ』 「!? 本当か!」 あれ?でもこの前と言っていることが違うんじゃ? いや、でもこうやって話すと言うことは、話した方がいい事柄なのだろう。 『あぁ───本当だ』 どくん、と心臓が高鳴る。 彼女の次の言葉を待つ。 だけれども、その前に。 「此目さん」 「?─────っ!」 その前に、やってきたのだ。 『答え』が。 『どうした?此目?』 耳を携帯から離す。 そして、目の前の女性を見つめる。 下半身が蛇、腕が羽毛で覆われている。 そして、顔には───目を隠すような仮面をつけている。 そうだ、この魔物娘は確か。 ──────バジリスク。 つまり。 『魔眼』の持ち主。 「ぁ………ぁ、あんたは、まさか」 「…………此目さん」 『彼女』は僕に近づく。 「これをあの子達に渡してください」 そう言って僕に何かを手渡す。 「ぁ、あの子、達」 「それと、お願いがあります」 「幸せに生きてくださいね」 手を開くと。 眼球が二つ。 ころんと手のひらに転がっていた。 「おかえり、遅かったね」「おかえりなさーい」 帰ってくると、二人はテレビを待ていた。 二人仲良く並んで。 「……………」 僕は逡巡する。 これは、どうするべきなんだ? 「なぁ、二人とも」 「?」 「?」 二人は僕の方へ振り向く。 「──────」 絶句する。 「? どうしたの?」 「? どうしました?」 二人は。 涙を流していた。 「幸せに生きてくださいね」 そう言った『彼女』の仮面からは涙がこぼれていた。 二人と同じように。 16/10/12 19:15 鯖の味噌煮
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次回で最終話です。
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