読切小説
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稲荷の幼馴染に膝枕する話
現代に魔物娘が現れそして人類に慣れ親しんだものとなったころ、
時刻は朝から昼へ移り変わるくらいの時間帯、
あるアパートの一室の布団の枕元で、携帯電話が呼び出し音を立てていた、
さほど間を置かずに鳴り止んだ携帯に布団から一人の少年の手が伸びた。
画面を見るとメールが一件届いており、寝ぼけ眼のまま確認すると学校の悪友からだった。
内容は町の中心部へと繰り出さないかというごくありふれた休日の誘いメールだ、
文の最後には「それとも今日も『彼女』とデートか?」と添えられており、その一言に溜息交じりに返信を打った。
(今月は財布がピンチだから行かないし、ついでにアイツとデートの予定とかも無いから、と)
簡潔にそれだけ打って、昨晩の残りを暖めて食事を始めて間も無く、再度返信が届いた。
「そんなこと言って、コースケのことだから予定が無くてもどうせ会うんだろ?」
煽ろうとする悪友を相手にするだけ無駄と携帯をマナーモードにしてコースケと呼ばれた少年は
やや遅めの朝食に専念することにした。

食事を終えた少年は出かける準備を始めた、
準備とはいっても、火元の確認と戸締り程度だが。
一人暮らしなのでこれが肝心だと少年は自分に言い聞かせながら確認を終えたら
最低限の手荷物だけをポケットに詰め歩き出した。
暫く歩いて少年は目的地に辿り着いた。
そこには年季の入った鳥居と少々年寄りならば苦労しそうな角度の石段だった、
石段には枯葉が所々落ちており、掃除がされなくなって久しいことを伺わせた。
そんな石段を少年は慣れた様子で登って行き、程なくして境内に着いた。
境内もお世辞にも掃除が行き届いてるとは言えなかったが、
涼しげな風と囲まれた木々の葉が擦れる音が心地よかった、
少年は古い賽銭箱に小銭を入れると参拝も程々に境内の裏に回った、
そこは野原となっており隅に年季の入った大木が忘れられたように一本だけ生えていた、
少年はその木陰に迷わず歩いていき、そのまま横になり休日の贅沢の昼寝を堪能することにした。
彼女に会った時を少し思い出しながら。


まだ、少年が小さい頃からこの神社は寂れていた。
正月時期なら兎も角、縁日なども行わない小さな片隅の神社に御参りしようとする人も居なかったからだ。
祭神を知る人も殆ど無く、知るには恐らく近所の図書館などに行かないとわからないほどだ、
そんな神社の境内の裏のこの草原は少年にとって秘密の場所だった。
友人と遊ぶ予定も無く暇な時はただ此処でのんびりすることが楽しみだった、
そんなある日に休日だからとその時も一人昼寝を楽しんでいた頃に目を覚ますと『彼女』が覗き込んでいた。
不思議そうな顔で此方を見下ろして・・

「だ〜れだ?」
「わぷっ」
唐突に夢見心地の彼の耳に鈴を転がすような声が聞こえると共に顔に暖かいフサフサしたものが押し付けられた。
普段なら肌触りの良いソレを堪能するところだが、寝ている所に急に押し付けられ、少年は溜まらず飛び起きた、
「おはようございます」
その様子を悪戯の成功した子供のように楽しくて溜まらぬ様子で、起した張本人は笑い声混じりに挨拶をした。
少年はすぐ傍にいつの間にか座っていたその人物に不満を漏らした。
「小麦ぃ・・罪も無い寝ている人間にその仕打ちはどうかと思うぞ」
ごめんごめんと、笑いながらも彼女が謝罪した。
「香介君が寝てるのを見たら、つい。意地悪したくなっちゃって」
そう言いながらも彼女の尻尾は楽しげにゆれ、耳も時折忙しなく動いている。
小麦と呼ばれた彼女は人間ではない、稲荷という狐の魔物だった。
藤色の着物を上品に着こなし、大和撫子という言葉を体現したような清楚な姿だ。
そんな彼女がクスクスと楽しげに笑う姿に、気付けば少年も毒気を抜かれ、疲れたように座り直した。
先程の感触からして恐らく寝ている彼の顔に尻尾を押し付けて驚かして居た訳だ。
「全く、まさか昔の夢を見てたら。ご本人が目の前に居るとはね」
少年の言葉に少女が興味を惹かれたのか聞き返す。
「昔って何時頃の?」
「お前と初めてあった頃、あの時も俺は寝てたっけな、て」
少年の懐かしむ様子に、少女も昔に思いを馳せた。
「あの時は驚かされたよ、偶々見た神社の裏で男の子が倒れてたんだもの」
「こっちだって驚いたさ、誰も来なかった場所で寝てたらいきなり見知らぬ獣耳の女の子が居たんだから」
少年は当時の自身の驚き振りを思い出しバツが悪そうにつぶやいた、
「あの時は獣系の魔物は初めて見たんだっけ?」
「そうそう、だから耳とか尻尾とか凄い新鮮だった」
そんなやり取りの最中ふと、少女が不満そうな顔をした、
「私としてはお互い名前を言った時に、子犬みたいな名前だなって笑われたのがショックだったんだけど・・」
この名前気に入ってるのに、と。頬を膨らませながら。当時の苦い思い出を振り返った。
「あの時は悪かったって、今でも反省してるから勘弁してくれ」
幼き日の過ちとはいえ、彼自身あれは生涯で屈指の過ちだと自負している為、
今でもこの件を持ち出されると平謝りするしかない。
そんな様子を気の毒に感じてか。それとも今更追求する気は無かったのか。
小麦は表情を穏やかにしつつ当時の回想に戻った。
「話してる最中もじっと、私の耳と尻尾だけを見てたし。」
「そりゃ、初めて見たら気になるし、なんか触り心地良さそうだったし・・」
幼い頃の香介は、まるで猫じゃらしを前にした猫のように、
小麦の尻尾を話の最中もずっと眼で追っていたを思い出されなんだか恥ずかしくなっていた。
「それで触ってみる?って聞いたら、なんだかあの時の香介君の触り方がいやらしかったっけ」
「それは流石に誤解だぞ、初めて触るから緊張してただけだし、むしろ。変な声出してたのは小麦だろ」
あらぬ冤罪を掛けられそうになり少年は必死に弁解する、
「だって、あんなに焦らすように触られたら声だって出ちゃうよ」
耳裏は敏感なんだし、と小麦も弁解する。
「そうそう、あの後はお互い驚いて少し気まずい感じになったっけ」
「でも、なんだか凄く二人で居ると楽しくて、学生になるまで毎日此処で会ったよね」
「学生になってからは毎日学校で会ってたしな」
そう言って穏やかな様子で取り留めも無い話している二人に風が穏やかに吹き抜けていった。

「さて、そろそろ昼にも良い時間だろうし、家で何か食ってくか?」
碌な買い置きは無いけどと、言った、少年に小麦が思い出したように言葉を返した。
「あ、それなら。またご飯も食べずに此処で寝てると思って用意してきたよ」
そういうと、少年からは丁度、死角になって居た位置から弁当箱と水筒を取り出した。
「相変わらず、用意がいいというか。流石小麦と言うべきか」
「香介君との付き合いも長いからね、慣れっ子です」
感嘆する少年に、自慢気に胸を張る小麦、普段は控えめな態度が目立つだけに、
二人だけのこういう何気ない仕草がとても愛らしく思えた。
「それじゃあ、ありがたく戴きますか」
「はい、お絞り。此処で寝てたから手に泥がついてるでしょ?」
いたって自然に渡されたお絞りを少年はお礼を述べつつ受け取った。
「しかし、小さい頃から小麦って稲荷寿司作るの上手だったよな、初めは手作りだと思わなかったし」
「お母さんに習ってから頑張って練習してたから。出来ればお父さんとの時間も大切にして欲しかったし」
小麦は幼い頃から仲睦まじい両親が二人の時間を取りやすいように積極的に家事に取り組んでいた。
(それに初めてお弁当が手作りだって知ったときに香介君が良いお嫁さんになれるなって言ってくれたし)
当時を思い出し顔を真っ赤に染め尻尾を激しく揺らしている様子の小麦に香介が「どうした?」と心配したので、
「なんでもない」と慌てて取り繕いながら二人で稲荷寿司を完食した、

「ご馳走さまでした」
「はい、お粗末さまでした」
お互い最早馴染みのやり取りをして一息ついた頃、少年が思い出したようにつぶやいた。
「しかし、小麦にはいつも世話になりっ放しだけど、何か日頃の恩返しにして欲しいことないか?」
「別に気にしないでもいいよ、好きでやってることだし。それに宿題とかはいつも助けてもらってるし」
少年の提案に小麦は慌てて言い返した、
いきなりの提案に驚いたのか手を振るジェスチャーと尻尾が完全に動きが同調していた。
「宿題は自分のが終わったから写させてるだけだし、写すの自体は小麦がやってただろ?」
「それはそうだけど、でも。そのおかげで随分助かってるし」
ものぐさそうに見えて課題や宿題を早めに終わらせる少年は、
家事で忙しそうな小麦に良く答えを写させている。
「うん、折角だし。日頃のお礼に何か一つだけ小麦の願いを叶えてあげよう!」
「えぇ!?」
唐突に決意した少年の宣言に小麦は驚きの声をあげた、
声だけでなく耳は何時にも増してピンと立ち、尻尾はパンパンに膨らんでることから余程驚いたのだろう。
「欲しい物とか、やって欲しいことで俺が出来ることなら一つだけ、だけどな」
少年はこういうことを一度言い出したら聞かないことを小麦は良く知っている。
「う〜ん、う〜ん」と唸って考える小麦に少年は静かに待ち続けた。
やがて顔を俯けたまま蚊の鳴くような声で小麦が口を開いた
「・・・してほしい」
最初が聞き取れずに少年が聞き返した、
「ごめん、ちょいと聞き取れなかったからもう一度良い?」
「・・膝枕して欲しいんだけど、ダメかな?」
余程恥ずかしいのだろう、真っ赤に染めた顔で辛うじて上目遣いでこちらを見ながら小麦はそれだけ告げた。
「え、そんなので良いのか?」
むしろどんな事が来るか、考えていた少年は予想外のささやかな願いに驚きの声漏らした
その問いに小麦は顔を力強く何度も縦に振った、尻尾にいたっては、千切れんばかりに左右に揺れている。
「じゃあ、此処だと小麦の着物が汚れるし、境内のベンチにでも行こうか?」
何時に無く取り乱している小麦を連れて少年は腰を上げた。

境内に戻ると参拝客のために置かれた古いベンチの端に少年は腰を掛けた、
「はい、どうぞ」
いたって自然体に促す少年と対照的にガチガチに緊張した小麦が頷く。
「それじゃあ、お邪魔します」
そう言うと小麦は緊張した面持ちで少年の腿に頭を乗せてベンチに身を横たえた。
(ずっと野原にいたからかな?なんだか草の香りが混じって凄い落ち着く・・)
「男の膝枕じゃ固くて寝心地も悪いだろうに」
そんな感想を抱いていた所で、少年の呆れ交じりの声が聞こえたので小麦は一層慌てた
「そ、そんなことないよ!?」
思わず出してしまった大声に少年は溜まらず吹き出した、
「別にそんな大したものでも無いのにそう緊張しなくてもいいだろうに」
そういうと左手で小麦の長い髪に、同時に右手でいまだ緊張で膨らみ気味の尻尾に添えた。
そして優しく毛を梳くように撫で始めた、
まるで親が子を愛しさを籠めたようなその様子に小麦も徐々に緊張が解けていった。
(香介君の手。結構大きいんだな。それに暖かくてなんだか気持ちいい・・)
幼い頃から共に居た少年の意外な一面に気付きながら小麦の意識は静かに落ちていった。


(あれ、私なんで寝てるんだっけ?・・・あ!)
それから暫くして小麦は目を覚まし自分の置かれている事態を思い出した、
既に日は暮れ始め遠くからはカラスの鳴き声が聞こえていた。
「ごめん!香介君、私寝ちゃって・・!」
と言い掛けて気付いた、少女に膝枕をしたまま、また少年も船を漕いでいたのだ。
意識は寝てるから無いであろうに、それでも優しく撫でる手は止めぬまま。
(あ、香介君のこういうところで私は好きになったんだろうな)
数時間に渡り無意識ながらも自分を気遣ってくれた少年を思うと胸を熱くしながら
小麦は内心呟いた。
「あ、起きたのか?」
その様子に気付いてか否か少年もまどろみから目を覚ました。
「うん、ごめんね。熟睡しちゃって」
小麦が申し訳無さそうに謝ると、少年は頭部に置いてあった手でポンポンと叩きながら言った、
「そんなこと気にすんな、何時も頑張ってるんだし。偶には休まないと調子崩すぞ」
それを聞いて小麦は少年の腿から頭を離し、立ち上がると向かい合う少年に笑顔で告げた。
「でも、そのおかげで今日は、随分良い思いが出来たし、ありがとうね。
さ、遅くなるし帰ろう?」
そう言って小麦は背を向けて歩き出した、自身の顔がきっとさぞ赤くなっていて少年と向き合える自信が無かった為だ。
「・・参ったな、惚れてはいたつもりだけど。今のは反則だろ」
少年は距離があり聞こえないと思って漏らした呟きを小麦は聞き逃さなかったが敢えて追求はしなかった。
「ちょい待って、暗くなり始めてるし送るよ」
そういって追いかけてくる少年に石段まで近づいていた小麦は振り返った、
そして意を決した様子で告げた
「家で荷物を取ってから、今日、香介君の家に泊まっていいかな・・?」
小麦は自分としては努めて冷静に言ったつもりだが最早全身が発火しそうなほど火照っていた。
「わかった、じゃあ。まずは小麦の家に一度荷物をとりに行かないとな」
恐らく真意を察しているのだろう、何処と無く気恥ずかしそうに香介もその提案に応じた。
「さて、それじゃあ、急がないとな。今日は家の冷蔵庫はまともな食材が無いから、帰り道でそのまま買出しに行かなきゃ」
そう言って小麦の横を通る時に小麦の手を優しく握り少年は歩き出した。
「そうだね、香介君は普段食生活が悪いから、しっかりとした夕食を作らなきゃ」
上機嫌な声と尻尾を揺らしながら。小麦もまた少年の手を握り返し二人は暗くなりつつある町を歩き出していった。
14/06/19 21:35更新 / 鍔広帽

■作者メッセージ
とある日に神社でお参りしてて思いついたネタでした。
誤字、脱字、ありましたら、容赦なきツッコミをお願い致します。
※追記
一部文の修正と、誤字を訂正しましたが。まだ見落としが有った際には教えてくださると幸いです。

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