第三話 バフォ様を打ち負かす
バフォメットが表情を引き締め、ひたとブライトを見据えた。
バフォメットから魔力が立ち上り、それが無数の黒き剣へと変わりゆく。剣がブライトめがけ放たれ、同時にバフォメットが鎌を構えブライトに切りかかる。
「とっ!」
態勢を低くして鎌を避け、そのまま転がり剣を避けていく。黒き剣が地面に深く突き刺さり、黒の霧へと変じて掻き消える。
足で地を強く踏み、動きを止める。態勢が低いまま、ブライトは柏手を二度打つ。その音に剣の動きが一瞬鈍る。
「おん あみりてい うん はった!」
眼前まで迫った剣が、灰になり掻き消える。
「おん しゃちり きゃらろは うんけん そわか!!」
ブライトが霊撃を撃った。
鎌を魔力で包み、それを切り裂く、バフォメットの後方で爆音がなる。
今までの相手ははるかに違う。なんなんだこいつは。
「…っ!」
現状が不利だと思い。バフォメットが宙を舞う。
ここから攻撃のつもりだろう。術なら空も関係ない気がするが、高度によっては優位になるだろう。それは良い方法だ。
相手も飛ばなければ。
ブライトがある紙を取り出し前に放り投げる。柏手をうち、刀印を組む。
「おん あらはしゃのう おん あらはしゃのう…」
同じ言葉を繰り返していると、紙がすう…と浮く。それに足を乗せると、バフォメットと変わりない高度まで昇った。
ブライトが腕を組んでどや顔でバフォメットを見据える。
「…っ!?」
人が飛ぶ。それに驚きながらも迎え撃つ。
ブライトがそれを無造作に避け、バフォメットの作る隙の間に素早く呪文を唱え、霊力の矛を放つ。バフォメットもそれを大きく動き避けていく。
「…」
それは一瞬だったが、バフォメットの顔に思い詰めたものが浮かんだ。その表情にブライトは気付き、はっと目を瞠る。
「…あんたはなんでここにいるんだ」
柔らかい声音が耳朶を叩く。バフォメットが虚をつかれ目を見開く。
「それは…! …お主が勝ったら教えてよう」
重々しく言うと、攻撃がひと際猛々しくする。
「禁!!」
避けきれない獰猛な攻撃を防壁で防ぐため、短い言葉を発する。
「…っ!」
防壁と衝突するごとに、反動がブライトに襲い掛かる。荒く、勁い魔力だった。
ブライトが柏手を一度打つ。
「おん ばざら だどばん! おん くろだのう うん じゃっく そわか!!」
今出ている荒れ狂う魔力が掻き消えた。
バフォメットが手を掲げる。新たな魔力の気配がする。
「おん あびらうんけん ばざら だどばん」
ぶわりと、バフォメットを中心に常人には見えない黒い渦がまいている。
「のうぼん たり たぼり ばらぼり しゃきんめい しゃきんめい たらさんたん おえんび そわか…」
素早く、静かに言ったが、それは不可視の結界を築く。そしてより荒々しい魔力の奔流を全て防ぎきった。
バフォメットの瞳が驚愕に染まる。
「…バフォメットは、魔界以外では滅多にいない」
どくん、と小さな心臓がはねる。
「大変な理由が、あるんだろ?」
優しく言った言葉に、少女の顔が相応している柔らかい表情になる。突き詰めたものがなくなったように。
しかし、それを一瞬で隠す。
ただでさえ黒い魔力が、どす黒く変貌するのが分かる。魔力を強めているのだ。
バフォメットの顔から相当の無理なのだと、分かる。
「…」
ブライトがす…と目を静かに閉じた。
「無駄な事はやめろ、お前の攻撃はもう喰らわない」
淡々としていたが、バフォメットの魔力の動きが極限まで鈍くなった事と、バフォメットの顔が強張る事が、一目で認識できる。
実際には、喰らうだろう。けれど、言葉は言霊と呼ばれ、一言、一言に力がある。呪文でなかろうが、その効果は十分にある。心とは違う事を口にしても、力となる。
両の手を強く合わせる。
「おん あびらうんけん ばざら だどばん」
あれを解き放てば、どうなるか、分からない。
「のうまく さまんだ ぼだなん あびら うんけん」
なれば、解き放てる状態になる前に…打ち砕く。
「おん ばざら だどばん」
刀印を組んだ右の手を上へともっていく。
「のうまく さんまんだ ばざらだん せんだまかろしゃだ そわたや うんたらたかんまん」
刀印から別の印に切る。
それは普賢三マ耶(ふげんさんまや)の印。
「臨」
大金剛(だいこんごう)印。
「兵」
外獅子(げじし)印。
「闘」
内獅子(ないじし)印。
「者」
外縛(げばく)印。
「皆」
内縛(ないばく)印。
「陣」
智拳(ちけん)印。
「裂」
日輪(にちりん)印。
「在」
隠形(おんぎょう)印。
息を吸い込み、強く発する。
「前っ!!」
バフォメットを渦巻くどす黒い魔力が、石が砕けるようにぴしりと亀裂が入り粉砕する。
「のうまく さんまんだ ぼだなん ばいしらまんだや そわか」
ブライトの呪文は、砕かれた魔力がバフォメットに向く事を阻止する。
柏手を、一度。
「おん あろりきゃ そわか…おん くろだのう うん じゃっく そわか」
魔力が完全に浄化され、掻き消える。
すぅとバフォメットの目蓋が落ち、重力に引っ張られる。
それを下に回り込み、受け止めた。どす黒い魔力を行使する前に打ち砕き、さらにそれがバフォメットに逆流し、身を滅ぼす事は防いだが。魔力は戻ってはいない。
事を急ぐほどではないが、安静にならなければいけないだろう。
地に降り、洞窟をひたと見据えた。そうして一旦バフォメットを地に優しく寝かせ、目を閉じる。刀印を組んで、人指しと薬を自身の額にあて、小さく言の葉を紡ぎ、目を開けた。
バフォメットをゆっくりと負担がかからない態勢で抱える。
闇に支配された洞窟に臆もせず足を踏み入れる。入口からの光以外黒一色の内部を、ブライトは昼間同様に歩いていた。
内部の少し奥に小屋があり、中にはベッドやその他もろもろの生活用品がある。小屋では合わないかもしれなかった。
ベッドに寝かせる前に髪を結う役目になっている骨をそっと外す。眠っているのは力が不足しているからなので、これで反応は一つもない。
ぼそぼそと、ある呪文を詠唱する。少しだが、バフォメットの寝顔が楽になっていた。
「…ん」
「っと、起きたか」
まだまどろんではいるが、目を覚ました事に気付く。
ブライトは、隣のテーブルにこの小屋の飲み物を置き、それを飲みながら本を読んでいる。その様子はあたかも自宅のようにくつろいでいるようにしか見えない。
こちらが勝ったらここから離れるのだから、ここは今誰の所有物でもない。
だったら使っていいだろうと合ってはいるが酷いことをしていた。
「とりあえず何か飲むか?」
ブライトの言葉に目元を手首で擦りながらこくりと頷く。それを見て椅子から立ち上がり、台所へと向かう。
持ってきたのは温かいココアだった。
「ほら、少し熱いから気をつけて」
「うん」
バフォメットが小さい両の手で熱いと感じない部位を持ち、ふー、ふーと息を吹きかける。ココアからほこほことでる湯気がゆれる。
少し口に運ぶと、バフォメットの頬が緩む。ほんのり温かいココアが体を温めてくれる。
ココアの味を楽しんでいるバフォメットをブライトは優しく見守っていた。
「…て、あーーーーーーー!」
ココアを飲み終え、完全に眠気がとれたバフォメットはブライトに気付き、声を上げた。小屋の中だが、洞窟なのでこだまがかすかに聞こえる。
自分用に入れた少し甘くほとんど苦いコーヒーをすすっているブライトが、目を丸くした。
「どうかしたか?」
「いや、いやいやいあ」
なぜこの人間はこんな平然としているのだ。あんな事をした後なのに。
そう考えてから、自分の行いを思い出し、さぁ…と血の気が引いていく。
「どこか痛むのか?」
その様子のバフォメットに不安げにブライトが聞いてきた。
「す、すまなかった!!」
突如の謝罪にブライトは呆気にとられる。
「はい?」
「あ、あんなことをするつもりじゃ…」
あの時、バフォメットの攻撃を防いでいたブライトだが、今までの者だったら軽傷ではすまなかった。重症、へたをしたら死亡となっていた。
ブライトが何に対しての謝罪なのか合点がいき、気にした風もない顔で言った。
「気にするな、その気持ちがあるのなら何も思わないさ」
「し、しかし」
「あれが故意だったら別だけど、そうじゃないなら、これで終わりだ」
「っ…」
それでも言いたげな顔のバフォメットは俯き歯噛みしている。ブライトが息をつく。
「なら、俺の質問に答えてくれるか?」
ばっと、顔を上げる。その時、自身の髪が視界に入った。頭部を触ると、髪を結う骨の感触がない。今、己は髪を下ろしている状態なのだと気付いた。
「ああ、さすがに寝かせる前に外したよ」
そう言われて、ここまで運んでくれたのだと理解する。
本来許されないことを許し、自身をベッドまで運んでくれたブライトに、バフォメットは頭が上がらない思いだった。
「ああ、何でも聞いていい」
ここまで心を砕いてくれたのだ。バフォメットは躊躇もなく許した。
「じゃあ、名前は?」
「…え?」
何というか、こう、もっと、違う事が、あるような…。
バフォメットからしたら、戦闘の際に聞いてきたことを、聞いてくるものばかりだと、思っていたのに。
唖然としているバフォメットを見て、ブライトは言った。
「…ああ、そうだな、俺はブライト」
えと、いや。
そういえば、戦闘の時から斜め上の展開ばかりだったと、バフォメットは思った。普通ではない武器を持ち、空を飛び、魔物の力を上回る力を持っている。悪いとは思うが今も、普通はしない斜め上の発言をしている。
なんだか、こことはまったく違う人のようだと思う。
ふと、質問を思い出し、慌てて言った。
「ああっと我はレオナだ」
「そっか、よろしくレオナ」
「…ああ」
にっと笑うブライトに、バフォメットのレオナも、照れくさそうにほほ笑んだ。
バフォメットから魔力が立ち上り、それが無数の黒き剣へと変わりゆく。剣がブライトめがけ放たれ、同時にバフォメットが鎌を構えブライトに切りかかる。
「とっ!」
態勢を低くして鎌を避け、そのまま転がり剣を避けていく。黒き剣が地面に深く突き刺さり、黒の霧へと変じて掻き消える。
足で地を強く踏み、動きを止める。態勢が低いまま、ブライトは柏手を二度打つ。その音に剣の動きが一瞬鈍る。
「おん あみりてい うん はった!」
眼前まで迫った剣が、灰になり掻き消える。
「おん しゃちり きゃらろは うんけん そわか!!」
ブライトが霊撃を撃った。
鎌を魔力で包み、それを切り裂く、バフォメットの後方で爆音がなる。
今までの相手ははるかに違う。なんなんだこいつは。
「…っ!」
現状が不利だと思い。バフォメットが宙を舞う。
ここから攻撃のつもりだろう。術なら空も関係ない気がするが、高度によっては優位になるだろう。それは良い方法だ。
相手も飛ばなければ。
ブライトがある紙を取り出し前に放り投げる。柏手をうち、刀印を組む。
「おん あらはしゃのう おん あらはしゃのう…」
同じ言葉を繰り返していると、紙がすう…と浮く。それに足を乗せると、バフォメットと変わりない高度まで昇った。
ブライトが腕を組んでどや顔でバフォメットを見据える。
「…っ!?」
人が飛ぶ。それに驚きながらも迎え撃つ。
ブライトがそれを無造作に避け、バフォメットの作る隙の間に素早く呪文を唱え、霊力の矛を放つ。バフォメットもそれを大きく動き避けていく。
「…」
それは一瞬だったが、バフォメットの顔に思い詰めたものが浮かんだ。その表情にブライトは気付き、はっと目を瞠る。
「…あんたはなんでここにいるんだ」
柔らかい声音が耳朶を叩く。バフォメットが虚をつかれ目を見開く。
「それは…! …お主が勝ったら教えてよう」
重々しく言うと、攻撃がひと際猛々しくする。
「禁!!」
避けきれない獰猛な攻撃を防壁で防ぐため、短い言葉を発する。
「…っ!」
防壁と衝突するごとに、反動がブライトに襲い掛かる。荒く、勁い魔力だった。
ブライトが柏手を一度打つ。
「おん ばざら だどばん! おん くろだのう うん じゃっく そわか!!」
今出ている荒れ狂う魔力が掻き消えた。
バフォメットが手を掲げる。新たな魔力の気配がする。
「おん あびらうんけん ばざら だどばん」
ぶわりと、バフォメットを中心に常人には見えない黒い渦がまいている。
「のうぼん たり たぼり ばらぼり しゃきんめい しゃきんめい たらさんたん おえんび そわか…」
素早く、静かに言ったが、それは不可視の結界を築く。そしてより荒々しい魔力の奔流を全て防ぎきった。
バフォメットの瞳が驚愕に染まる。
「…バフォメットは、魔界以外では滅多にいない」
どくん、と小さな心臓がはねる。
「大変な理由が、あるんだろ?」
優しく言った言葉に、少女の顔が相応している柔らかい表情になる。突き詰めたものがなくなったように。
しかし、それを一瞬で隠す。
ただでさえ黒い魔力が、どす黒く変貌するのが分かる。魔力を強めているのだ。
バフォメットの顔から相当の無理なのだと、分かる。
「…」
ブライトがす…と目を静かに閉じた。
「無駄な事はやめろ、お前の攻撃はもう喰らわない」
淡々としていたが、バフォメットの魔力の動きが極限まで鈍くなった事と、バフォメットの顔が強張る事が、一目で認識できる。
実際には、喰らうだろう。けれど、言葉は言霊と呼ばれ、一言、一言に力がある。呪文でなかろうが、その効果は十分にある。心とは違う事を口にしても、力となる。
両の手を強く合わせる。
「おん あびらうんけん ばざら だどばん」
あれを解き放てば、どうなるか、分からない。
「のうまく さまんだ ぼだなん あびら うんけん」
なれば、解き放てる状態になる前に…打ち砕く。
「おん ばざら だどばん」
刀印を組んだ右の手を上へともっていく。
「のうまく さんまんだ ばざらだん せんだまかろしゃだ そわたや うんたらたかんまん」
刀印から別の印に切る。
それは普賢三マ耶(ふげんさんまや)の印。
「臨」
大金剛(だいこんごう)印。
「兵」
外獅子(げじし)印。
「闘」
内獅子(ないじし)印。
「者」
外縛(げばく)印。
「皆」
内縛(ないばく)印。
「陣」
智拳(ちけん)印。
「裂」
日輪(にちりん)印。
「在」
隠形(おんぎょう)印。
息を吸い込み、強く発する。
「前っ!!」
バフォメットを渦巻くどす黒い魔力が、石が砕けるようにぴしりと亀裂が入り粉砕する。
「のうまく さんまんだ ぼだなん ばいしらまんだや そわか」
ブライトの呪文は、砕かれた魔力がバフォメットに向く事を阻止する。
柏手を、一度。
「おん あろりきゃ そわか…おん くろだのう うん じゃっく そわか」
魔力が完全に浄化され、掻き消える。
すぅとバフォメットの目蓋が落ち、重力に引っ張られる。
それを下に回り込み、受け止めた。どす黒い魔力を行使する前に打ち砕き、さらにそれがバフォメットに逆流し、身を滅ぼす事は防いだが。魔力は戻ってはいない。
事を急ぐほどではないが、安静にならなければいけないだろう。
地に降り、洞窟をひたと見据えた。そうして一旦バフォメットを地に優しく寝かせ、目を閉じる。刀印を組んで、人指しと薬を自身の額にあて、小さく言の葉を紡ぎ、目を開けた。
バフォメットをゆっくりと負担がかからない態勢で抱える。
闇に支配された洞窟に臆もせず足を踏み入れる。入口からの光以外黒一色の内部を、ブライトは昼間同様に歩いていた。
内部の少し奥に小屋があり、中にはベッドやその他もろもろの生活用品がある。小屋では合わないかもしれなかった。
ベッドに寝かせる前に髪を結う役目になっている骨をそっと外す。眠っているのは力が不足しているからなので、これで反応は一つもない。
ぼそぼそと、ある呪文を詠唱する。少しだが、バフォメットの寝顔が楽になっていた。
「…ん」
「っと、起きたか」
まだまどろんではいるが、目を覚ました事に気付く。
ブライトは、隣のテーブルにこの小屋の飲み物を置き、それを飲みながら本を読んでいる。その様子はあたかも自宅のようにくつろいでいるようにしか見えない。
こちらが勝ったらここから離れるのだから、ここは今誰の所有物でもない。
だったら使っていいだろうと合ってはいるが酷いことをしていた。
「とりあえず何か飲むか?」
ブライトの言葉に目元を手首で擦りながらこくりと頷く。それを見て椅子から立ち上がり、台所へと向かう。
持ってきたのは温かいココアだった。
「ほら、少し熱いから気をつけて」
「うん」
バフォメットが小さい両の手で熱いと感じない部位を持ち、ふー、ふーと息を吹きかける。ココアからほこほことでる湯気がゆれる。
少し口に運ぶと、バフォメットの頬が緩む。ほんのり温かいココアが体を温めてくれる。
ココアの味を楽しんでいるバフォメットをブライトは優しく見守っていた。
「…て、あーーーーーーー!」
ココアを飲み終え、完全に眠気がとれたバフォメットはブライトに気付き、声を上げた。小屋の中だが、洞窟なのでこだまがかすかに聞こえる。
自分用に入れた少し甘くほとんど苦いコーヒーをすすっているブライトが、目を丸くした。
「どうかしたか?」
「いや、いやいやいあ」
なぜこの人間はこんな平然としているのだ。あんな事をした後なのに。
そう考えてから、自分の行いを思い出し、さぁ…と血の気が引いていく。
「どこか痛むのか?」
その様子のバフォメットに不安げにブライトが聞いてきた。
「す、すまなかった!!」
突如の謝罪にブライトは呆気にとられる。
「はい?」
「あ、あんなことをするつもりじゃ…」
あの時、バフォメットの攻撃を防いでいたブライトだが、今までの者だったら軽傷ではすまなかった。重症、へたをしたら死亡となっていた。
ブライトが何に対しての謝罪なのか合点がいき、気にした風もない顔で言った。
「気にするな、その気持ちがあるのなら何も思わないさ」
「し、しかし」
「あれが故意だったら別だけど、そうじゃないなら、これで終わりだ」
「っ…」
それでも言いたげな顔のバフォメットは俯き歯噛みしている。ブライトが息をつく。
「なら、俺の質問に答えてくれるか?」
ばっと、顔を上げる。その時、自身の髪が視界に入った。頭部を触ると、髪を結う骨の感触がない。今、己は髪を下ろしている状態なのだと気付いた。
「ああ、さすがに寝かせる前に外したよ」
そう言われて、ここまで運んでくれたのだと理解する。
本来許されないことを許し、自身をベッドまで運んでくれたブライトに、バフォメットは頭が上がらない思いだった。
「ああ、何でも聞いていい」
ここまで心を砕いてくれたのだ。バフォメットは躊躇もなく許した。
「じゃあ、名前は?」
「…え?」
何というか、こう、もっと、違う事が、あるような…。
バフォメットからしたら、戦闘の際に聞いてきたことを、聞いてくるものばかりだと、思っていたのに。
唖然としているバフォメットを見て、ブライトは言った。
「…ああ、そうだな、俺はブライト」
えと、いや。
そういえば、戦闘の時から斜め上の展開ばかりだったと、バフォメットは思った。普通ではない武器を持ち、空を飛び、魔物の力を上回る力を持っている。悪いとは思うが今も、普通はしない斜め上の発言をしている。
なんだか、こことはまったく違う人のようだと思う。
ふと、質問を思い出し、慌てて言った。
「ああっと我はレオナだ」
「そっか、よろしくレオナ」
「…ああ」
にっと笑うブライトに、バフォメットのレオナも、照れくさそうにほほ笑んだ。
12/02/25 18:17更新 / ばめごも
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