『Sing For You』
「♪♪〜〜♪〜♪♪♪〜〜〜♪」
「♪〜♪〜♪〜〜〜♪」
「………」
私は仲間達の歌を、ただ黙って聞いている。
男を誘惑するための、セイレーン特有の歌声。
私はその歌声を、ただ黙って聞いている。
「ソフィア？ またそんなところに１人で……」
「……放っておいて」
「もうずっと昔の事じゃない。 いい加減忘れたら？」
「………」
できるものなら、とっくにそうしてる。
「あなたが歌を嫌い始めてから、もう３年も経つのよ？ ちょっとで良いから歌っておかないと、その内声が出なく……」
「いいから放っておいてよ！」
「ちょ…ソフィア！？」
思わずその場から逃げ出す。
いくら優しくされたって、私は絶対に歌わない。
「うっ…うぅ……」
そう…決めたんだから……。
「♪〜♪〜♪〜♪♪」
３年前。
私は歌が大好きな、どこにでもいる普通のセイレーンだった。
歌うことが私の全て。
私の周りには、歌が当たり前のように存在していた。
「♪〜♪〜♪〜♪♪」
当然、素敵な出会いなんかも期待していた。
「ソフィアーー！ ニュースだよニュース！！」
「ミンク？ 何かあったの？」
「実はアタシね……彼氏ができました〜〜〜♪」
「へぇ〜！ 良かったじゃない」
遂にミンクも、好きな人と一緒になれたんだ。
「ありがと〜♪ ソフィアが応援してくれたおかげだよ♪」
「そんな、私は何も」
「ううん、絶対にソフィアのおかげ！ あなたはアタシが落ち込んでた時、『自信を持って』って励ましてくれた」
私はただ背中を押してあげただけ。
「ソフィア…本当にありがとう！」
「お幸せに！」
「うん♪」
仲間のセイレーンは私に手を振りながら空へと消えて行った。
「いいなぁ……」
凄く羨ましい。
私も、あんなふうに幸せになれるのかな？
とある雨の日。
私は雨宿りのできる場所を探していた。
とりあえず街の路地裏にでも退避することにした。
「はぁ……羽がびしょびしょ」
住処はこの街からまだけっこうな距離がある。
羽も濡れて危険なため、完全に雨が止むまで動けなくなってしまった。
「あ〜あ、早く止まないかなぁ」
仲間達も心配しているだろうし、一刻も早く帰らないと。
そんな事を考えながら途方に暮れていると……
「あ〜もしもし？ そこのお嬢さん？」
「っ！？」
急に声をかけられた。
「そんなに警戒しなくていいよ。 僕はただのスカウトマンだから」
「……すかうと…まん？」
「要するに、仕事をしてくれる人を探すのが仕事って言うのかな？」
「………」
良く見ると、男は黒のスーツにビシッとしたオールバックで髪を固めていた。
「なんの用…ですか？」
「君、僕の店の舞台で歌わないかい？」
「！」
願ってもない申し出だった。
「本当、ですか！？」
「あぁ！ 君さえ良ければね」
「でも私…魔物、ですよ？」
「知ってるよ。 セイレーンだろう？ だからこそさ」
偶然にしても、まさか私が舞台に立てるなんて！
とても信じられなかった。
「まぁそこまで大きな店じゃないんだけど。 酒場の中規模な舞台だと思ってくれて構わないよ」
「歌います！ いえ、是非歌わせてください！」
私の歌を多くの人に聞いてもらえる！
それにもしかしたら、お客さんの中に素敵な人がいるかもしれない。
「引き受けてくれてありがとう。 早速店に案内するよ………クククッ」
今でも悔やんでいる。
もっと疑うべきだったと………
「僕が合図したら、舞台の袖から出てきてね」
「は、はい」
「あんまり緊張しないで。 お客さんは皆良い人達ばかりだから」
「が、頑張ります！」
そうは言っても、やっぱり緊張してしまう。
何といったって、夢の『舞台』に立てるのだから。
「す〜……はぁ〜」
セイレーンにとって舞台に立つという事は最高の誉れ。
どんなに小さな舞台であろうと、それが名誉なことに変わりはない。
しかし魔物という立場上、なかなか現実味を帯びない話である。
「………」
でも…私はそれを実現させようとしている。
失敗できない。
絶対に成功させる。
そう自分に言い聞かせる。
「（どうぞ、出番です！）」
「………！」
合図を受け、舞台へと足を進める。
垂れ幕の向こうで、一体どれ程の人が私を待っているのだろうか。
考えただけで鳥肌がたってしまう。
「ふぅ……」
舞台の中央で足を止め、気持ちを落ち着かせるために目を閉じる。
そして、幕の上がる音が微かに聞こえてくる。
「………」
もうこんな事、この先１度も訪れないだろう。
だから……私の全てを歌に込めよう。
そう決意し、ゆっくりと目を開ける。
「………」
そこで、私が目にしたもの。
「………！？」
観客は、確かにいた。
若者から中高年まで、年齢層は実に様々。
だけど、決定的におかしな事があった。
「ほほう！ 今夜はセイレーンの小娘かい！」
「へっへっへ……犯す甲斐があるってもんよ！」
「歌が上手いってこたぁ、フェラテクも凄いんだろうぜ！」
客は男しかおらず、そして何より……全員が『全裸』であった。
「こ、これ…は……？」
事態を把握できず戸惑ってしまう。
「さあ〜〜〜お待ちかね！ 今宵みなさまに捧げる慰み者…『セイレーン』の少女で〜〜〜す！！」
「「「「おおおおおおおおおおおおおおおお！！！」」」」
男達が歓声をあげる。
「わ、わしはもう待ちきれん！ 早くその娘にチンポをしごいてもらうんじゃ！」
「おいおい俺が先だぜ爺さん？ ３週間も溜めてきたんだ、たっぷり中出ししてやるぜ！！」
「お、おれはあの可愛い顔にぶっかけてえええ〜〜〜！」
「フェラチオのプロなんだろ！？ たっぷりお口で御奉仕してもらうかな！」
「！？」
ようやく自分の置かれている状況を理解した。
そう……私は『騙されていた』。
「おぉ…おお〜〜〜！ オヘソと生足見ただけで…イ、イきそうだ……！」
「我慢しろって！ 出すならあの娘にかけてやれよ！」
「ひっ！？」
「あ！？ 逃げやがったぞ！！」
「追え！ 逃がすな！！」
全裸の男達が押し寄せて来る。
怖い……怖い怖い怖い！！
「はっ…はっ……！」
脱出するため、先ほど降りた階段を全速力で駆け上がる。
通路は狭く、飛ぶには幅が足りない。
「待てゴラーーー！！」
「っ！？」
この酒場は地下深くに作られているようで、地上までかなりの深さがある。
行きに降りた階段が、とてつもなく長く感じる。
「はぁはぁ…くっ…はぁはぁ……！！」
走る事に慣れていないため、思うように足が動かない。
こうしている間にも、下からは男達が凄い勢いで追いかけてくる。
「はぁ…はぁ……」
足が重い……。
でも、出口はもうすぐそこ。
地上に出られれば、後は飛んで逃げることができる。
「はっ…はっ…そ、外！！」
ようやく地上に辿り着き、地面を強く蹴り飛び立とうとした。
その瞬間、右翼に鋭い痛みを感じた。
「あぐっ！？」
どうやらナイフで斬り付けられたようだ。
しかしその痛みに耐え、私は空へ強く羽ばたいた。
雨は治まるどころか、より一層激しさを増していた。
「はぁ…はぁ……」
右翼からの出血が止まらない。
雨で翼が重くなり飛行が安定しない。
それになんだか頭が痛い。
「はぁ…はぁ……」
自分の住処まで、無心になって飛び続けた。
先ほどの事を考えると…心が壊れてしまいそうで………
「………」
住処を飛び出して、一体どれくらい時間が経ったのだろう。
昔の事を思い出しながら、私は何の障害もない空を延々と飛び続けていた。
「はぁ……」
結局あの後、私は転がり込むように住処へ戻った。
雨に打たれ過ぎたせいか、その後しばらく体調を崩し、完治した後も住処でじっとしている期間が長かった。
そして、現在に至る。
「？ ここ、どこだろ？」
空には星が瞬いている。
気付けば私の知らない地域にまで飛んできてしまったようだ。
まぁ別にいいんだけど…もう戻る気もないし。
「……あそこの木でいいかな」
羽を休めるため、大木の枝に腰を掛ける。
「……はぁ」
歌が好きだった。
好きだったからこそ、私は騙された。
あの出来事以来、人間に不信感を持つ事より、あのとき歌が好きだった自分を責めた。
歌さえなければ、あんなふうに騙される事もなかったんだから。
「………」
時折古傷が痛む。
忘れられない過去に苦しめられるぐらいなら、いっそこのままのたれ死んでしまった方が楽かも知れない。
どうせ私が死んだところで、誰も悲しむ奴なんていないし。
「……ん」
長時間の飛行の疲れか、私の意識はすぐに身体から離れていった………
「♪♪〜♪♪♪♪〜♪♪♪〜♪」
「………？」
どこからともなく歌声が聞こえてくる。
ううん、訂正。 聞くに堪えない酷い歌声が聞こえてくる。
眠りに落ちてからあまり時間は経っていないらしく、空にはまだ月と星が点在している。
「♪〜♪♪♪♪♪〜♪♪」
「……ひどい歌」
リズムがバラバラ。
しかも高音と低音を使い分けていない。
美声なところがなお勿体無い。
何故だか非常に頭にくる。
「フ〜ンフンフフ〜ン♪」
「………」
「ら〜ららら〜い♪」
「………」
「あは〜は〜は〜ん♪」
「………（ビキッ）」
もう、限界。
「ちょっとそこのアンタ！！」
「うお！？」
木から降りて物申す。
「ひっどい歌！ なんなのアレ！？ 信じらんない！？」
「き、聞いてたの？」
「安眠妨害よ！ 下手なくせに良い声しちゃって…バッカみたい！！」
「え〜と…その…ごめんなさい」
「そもそもアレは歌なわけ！？ ただの奇声なんじゃないの！？」
「か、返す言葉もない……」
男は成人前後だろうか。
焚き火を前に座っており、荷物からして恐らく旅人だと推測できる。
「あの…もしかして、この近くにセイレーンの住処が…あったりする？」
「……ないわよ。 私はたまたまここにいただけ」
「そっか。 良かった」
「私だけで良かったわね。 運の良い奴」
「ははっ、まったくだよ」
男は焚き火に向き直る。
「君は、僕を襲わないんだね」
「襲う理由がないし。 あとそれ以前に、こんな歌下手な奴にときめいたりしないから」
「正論なだけに反論できない……」
「………」
自分の欠点を素直に受け入れる。
悔しいけど、そうゆう男は嫌いじゃない。
「あ、冷えるだろ？ 君も暖まったらいいよ」
「っ……」
細かい事にも気付ける男。
き、嫌いじゃない。
「僕、ハークって言うんだ。 村の変な掟のせいで、こうして旅をさせられてる」
「……ソフィア。 変な掟ってなに？」
「簡単に言うと、『嫁探し』」
「……は？」
「あぁえっと…詳しくは、嫁と赤ん坊を連れてくるまで帰ってくるなっていう感じかな」
「なにそれ？ バッカみたい」
「僕もそう思うよ。 身寄りのない旅人なんて、一体誰が好きになるって言うんだ……」
男は…ハークはこう見えて苦労しているようだ。
歌が下手だから追放されたわけじゃないんだ。
「ところで、ソフィは何を……」
「ソフィア」
「あぁ、ごめん！ えっと、ソフィアはここで何してたんだい？」
「魔物が自由に旅をしてたら悪い？」
「あぁ、それもそうだ！」
「………」
はぁ…なんだろコイツ。
目を離したらすぐにでも他の魔物に捕食（性的な）されそうなほど危なっかしい。
「そうだ。 君の旅って、何か目的があるのかい？」
「別に旅って程のものじゃないけど…ただウロウロしてるだけ」
「じゃぁ、僕と一緒に来ない？」
「……は？ アンタ嫁探ししてるんじゃないの？」
「掟には、絶対に実行しろとは書かれてないから！ ちょうど良い機会だ、いろんな所を旅して、いろんな事や物を知ろうと思うんだ」
「……案外ズル賢いわね」
「お願い…そこは賢明と言ってほしい……」
ま、同じ立場だったら私だってそうするだろうし。
「１人じゃ心許なかったんだ。 だから、君がついて来てくれると嬉しい」
「な、なんで私が……」
「頼む！ 退屈だったらいつ抜けても構わないから！」
「むぅ……」
はぁ……まぁどうせやる事もないし。
暇潰しにはちょうどいいかも。
「ちょっとくらいなら…いいわよ」
「ほ、ほんと！？」
「か、勘違いしないで！ 私は暇だからアンタについていくだけなんだから！」
「それでもいいよ！ ありがとう！」
「っ……」
満面の笑顔。
こうゆう子供っぽい顔をする奴……嫌いじゃ、ない…かも。
「♪♪〜♪〜〜♪♪♪♪」
「はぁ…相変わらずえげつない歌ね。 それともただの奇声？」
「こ、子守唄の練習してただけだよ」
「子守唄と奇声を間違えられるって、アンタある意味才能あるわよ」
「いらないよそんな才能……」
「もうすぐ産まれるんだから、早く上手に歌えるようになりなさいよね？」
「ど、努力するよ。 というか、ソフィアが歌ってくれれば良いじゃないか。 本職だろ？」
「………」
「ソフィア？」
「……い、いいわよ？ 歌ってやろうじゃない！」
「じゃぁ早速聞かせて……」
「ま〜だ！」
「え、ど、どうして？」
「この子が産まれてきたら……歌ってあげる」
「……そっか。 じゃ、僕も楽しみにしてるよ」
「発情したら…ぶん殴るわよ？」
「自信ないけど、頑張るよ」
私は歌が嫌い。
でも私は
歌が好き
「♪〜♪〜♪〜〜〜♪」
「………」
私は仲間達の歌を、ただ黙って聞いている。
男を誘惑するための、セイレーン特有の歌声。
私はその歌声を、ただ黙って聞いている。
「ソフィア？ またそんなところに１人で……」
「……放っておいて」
「もうずっと昔の事じゃない。 いい加減忘れたら？」
「………」
できるものなら、とっくにそうしてる。
「あなたが歌を嫌い始めてから、もう３年も経つのよ？ ちょっとで良いから歌っておかないと、その内声が出なく……」
「いいから放っておいてよ！」
「ちょ…ソフィア！？」
思わずその場から逃げ出す。
いくら優しくされたって、私は絶対に歌わない。
「うっ…うぅ……」
そう…決めたんだから……。
「♪〜♪〜♪〜♪♪」
３年前。
私は歌が大好きな、どこにでもいる普通のセイレーンだった。
歌うことが私の全て。
私の周りには、歌が当たり前のように存在していた。
「♪〜♪〜♪〜♪♪」
当然、素敵な出会いなんかも期待していた。
「ソフィアーー！ ニュースだよニュース！！」
「ミンク？ 何かあったの？」
「実はアタシね……彼氏ができました〜〜〜♪」
「へぇ〜！ 良かったじゃない」
遂にミンクも、好きな人と一緒になれたんだ。
「ありがと〜♪ ソフィアが応援してくれたおかげだよ♪」
「そんな、私は何も」
「ううん、絶対にソフィアのおかげ！ あなたはアタシが落ち込んでた時、『自信を持って』って励ましてくれた」
私はただ背中を押してあげただけ。
「ソフィア…本当にありがとう！」
「お幸せに！」
「うん♪」
仲間のセイレーンは私に手を振りながら空へと消えて行った。
「いいなぁ……」
凄く羨ましい。
私も、あんなふうに幸せになれるのかな？
とある雨の日。
私は雨宿りのできる場所を探していた。
とりあえず街の路地裏にでも退避することにした。
「はぁ……羽がびしょびしょ」
住処はこの街からまだけっこうな距離がある。
羽も濡れて危険なため、完全に雨が止むまで動けなくなってしまった。
「あ〜あ、早く止まないかなぁ」
仲間達も心配しているだろうし、一刻も早く帰らないと。
そんな事を考えながら途方に暮れていると……
「あ〜もしもし？ そこのお嬢さん？」
「っ！？」
急に声をかけられた。
「そんなに警戒しなくていいよ。 僕はただのスカウトマンだから」
「……すかうと…まん？」
「要するに、仕事をしてくれる人を探すのが仕事って言うのかな？」
「………」
良く見ると、男は黒のスーツにビシッとしたオールバックで髪を固めていた。
「なんの用…ですか？」
「君、僕の店の舞台で歌わないかい？」
「！」
願ってもない申し出だった。
「本当、ですか！？」
「あぁ！ 君さえ良ければね」
「でも私…魔物、ですよ？」
「知ってるよ。 セイレーンだろう？ だからこそさ」
偶然にしても、まさか私が舞台に立てるなんて！
とても信じられなかった。
「まぁそこまで大きな店じゃないんだけど。 酒場の中規模な舞台だと思ってくれて構わないよ」
「歌います！ いえ、是非歌わせてください！」
私の歌を多くの人に聞いてもらえる！
それにもしかしたら、お客さんの中に素敵な人がいるかもしれない。
「引き受けてくれてありがとう。 早速店に案内するよ………クククッ」
今でも悔やんでいる。
もっと疑うべきだったと………
「僕が合図したら、舞台の袖から出てきてね」
「は、はい」
「あんまり緊張しないで。 お客さんは皆良い人達ばかりだから」
「が、頑張ります！」
そうは言っても、やっぱり緊張してしまう。
何といったって、夢の『舞台』に立てるのだから。
「す〜……はぁ〜」
セイレーンにとって舞台に立つという事は最高の誉れ。
どんなに小さな舞台であろうと、それが名誉なことに変わりはない。
しかし魔物という立場上、なかなか現実味を帯びない話である。
「………」
でも…私はそれを実現させようとしている。
失敗できない。
絶対に成功させる。
そう自分に言い聞かせる。
「（どうぞ、出番です！）」
「………！」
合図を受け、舞台へと足を進める。
垂れ幕の向こうで、一体どれ程の人が私を待っているのだろうか。
考えただけで鳥肌がたってしまう。
「ふぅ……」
舞台の中央で足を止め、気持ちを落ち着かせるために目を閉じる。
そして、幕の上がる音が微かに聞こえてくる。
「………」
もうこんな事、この先１度も訪れないだろう。
だから……私の全てを歌に込めよう。
そう決意し、ゆっくりと目を開ける。
「………」
そこで、私が目にしたもの。
「………！？」
観客は、確かにいた。
若者から中高年まで、年齢層は実に様々。
だけど、決定的におかしな事があった。
「ほほう！ 今夜はセイレーンの小娘かい！」
「へっへっへ……犯す甲斐があるってもんよ！」
「歌が上手いってこたぁ、フェラテクも凄いんだろうぜ！」
客は男しかおらず、そして何より……全員が『全裸』であった。
「こ、これ…は……？」
事態を把握できず戸惑ってしまう。
「さあ〜〜〜お待ちかね！ 今宵みなさまに捧げる慰み者…『セイレーン』の少女で〜〜〜す！！」
「「「「おおおおおおおおおおおおおおおお！！！」」」」
男達が歓声をあげる。
「わ、わしはもう待ちきれん！ 早くその娘にチンポをしごいてもらうんじゃ！」
「おいおい俺が先だぜ爺さん？ ３週間も溜めてきたんだ、たっぷり中出ししてやるぜ！！」
「お、おれはあの可愛い顔にぶっかけてえええ〜〜〜！」
「フェラチオのプロなんだろ！？ たっぷりお口で御奉仕してもらうかな！」
「！？」
ようやく自分の置かれている状況を理解した。
そう……私は『騙されていた』。
「おぉ…おお〜〜〜！ オヘソと生足見ただけで…イ、イきそうだ……！」
「我慢しろって！ 出すならあの娘にかけてやれよ！」
「ひっ！？」
「あ！？ 逃げやがったぞ！！」
「追え！ 逃がすな！！」
全裸の男達が押し寄せて来る。
怖い……怖い怖い怖い！！
「はっ…はっ……！」
脱出するため、先ほど降りた階段を全速力で駆け上がる。
通路は狭く、飛ぶには幅が足りない。
「待てゴラーーー！！」
「っ！？」
この酒場は地下深くに作られているようで、地上までかなりの深さがある。
行きに降りた階段が、とてつもなく長く感じる。
「はぁはぁ…くっ…はぁはぁ……！！」
走る事に慣れていないため、思うように足が動かない。
こうしている間にも、下からは男達が凄い勢いで追いかけてくる。
「はぁ…はぁ……」
足が重い……。
でも、出口はもうすぐそこ。
地上に出られれば、後は飛んで逃げることができる。
「はっ…はっ…そ、外！！」
ようやく地上に辿り着き、地面を強く蹴り飛び立とうとした。
その瞬間、右翼に鋭い痛みを感じた。
「あぐっ！？」
どうやらナイフで斬り付けられたようだ。
しかしその痛みに耐え、私は空へ強く羽ばたいた。
雨は治まるどころか、より一層激しさを増していた。
「はぁ…はぁ……」
右翼からの出血が止まらない。
雨で翼が重くなり飛行が安定しない。
それになんだか頭が痛い。
「はぁ…はぁ……」
自分の住処まで、無心になって飛び続けた。
先ほどの事を考えると…心が壊れてしまいそうで………
「………」
住処を飛び出して、一体どれくらい時間が経ったのだろう。
昔の事を思い出しながら、私は何の障害もない空を延々と飛び続けていた。
「はぁ……」
結局あの後、私は転がり込むように住処へ戻った。
雨に打たれ過ぎたせいか、その後しばらく体調を崩し、完治した後も住処でじっとしている期間が長かった。
そして、現在に至る。
「？ ここ、どこだろ？」
空には星が瞬いている。
気付けば私の知らない地域にまで飛んできてしまったようだ。
まぁ別にいいんだけど…もう戻る気もないし。
「……あそこの木でいいかな」
羽を休めるため、大木の枝に腰を掛ける。
「……はぁ」
歌が好きだった。
好きだったからこそ、私は騙された。
あの出来事以来、人間に不信感を持つ事より、あのとき歌が好きだった自分を責めた。
歌さえなければ、あんなふうに騙される事もなかったんだから。
「………」
時折古傷が痛む。
忘れられない過去に苦しめられるぐらいなら、いっそこのままのたれ死んでしまった方が楽かも知れない。
どうせ私が死んだところで、誰も悲しむ奴なんていないし。
「……ん」
長時間の飛行の疲れか、私の意識はすぐに身体から離れていった………
「♪♪〜♪♪♪♪〜♪♪♪〜♪」
「………？」
どこからともなく歌声が聞こえてくる。
ううん、訂正。 聞くに堪えない酷い歌声が聞こえてくる。
眠りに落ちてからあまり時間は経っていないらしく、空にはまだ月と星が点在している。
「♪〜♪♪♪♪♪〜♪♪」
「……ひどい歌」
リズムがバラバラ。
しかも高音と低音を使い分けていない。
美声なところがなお勿体無い。
何故だか非常に頭にくる。
「フ〜ンフンフフ〜ン♪」
「………」
「ら〜ららら〜い♪」
「………」
「あは〜は〜は〜ん♪」
「………（ビキッ）」
もう、限界。
「ちょっとそこのアンタ！！」
「うお！？」
木から降りて物申す。
「ひっどい歌！ なんなのアレ！？ 信じらんない！？」
「き、聞いてたの？」
「安眠妨害よ！ 下手なくせに良い声しちゃって…バッカみたい！！」
「え〜と…その…ごめんなさい」
「そもそもアレは歌なわけ！？ ただの奇声なんじゃないの！？」
「か、返す言葉もない……」
男は成人前後だろうか。
焚き火を前に座っており、荷物からして恐らく旅人だと推測できる。
「あの…もしかして、この近くにセイレーンの住処が…あったりする？」
「……ないわよ。 私はたまたまここにいただけ」
「そっか。 良かった」
「私だけで良かったわね。 運の良い奴」
「ははっ、まったくだよ」
男は焚き火に向き直る。
「君は、僕を襲わないんだね」
「襲う理由がないし。 あとそれ以前に、こんな歌下手な奴にときめいたりしないから」
「正論なだけに反論できない……」
「………」
自分の欠点を素直に受け入れる。
悔しいけど、そうゆう男は嫌いじゃない。
「あ、冷えるだろ？ 君も暖まったらいいよ」
「っ……」
細かい事にも気付ける男。
き、嫌いじゃない。
「僕、ハークって言うんだ。 村の変な掟のせいで、こうして旅をさせられてる」
「……ソフィア。 変な掟ってなに？」
「簡単に言うと、『嫁探し』」
「……は？」
「あぁえっと…詳しくは、嫁と赤ん坊を連れてくるまで帰ってくるなっていう感じかな」
「なにそれ？ バッカみたい」
「僕もそう思うよ。 身寄りのない旅人なんて、一体誰が好きになるって言うんだ……」
男は…ハークはこう見えて苦労しているようだ。
歌が下手だから追放されたわけじゃないんだ。
「ところで、ソフィは何を……」
「ソフィア」
「あぁ、ごめん！ えっと、ソフィアはここで何してたんだい？」
「魔物が自由に旅をしてたら悪い？」
「あぁ、それもそうだ！」
「………」
はぁ…なんだろコイツ。
目を離したらすぐにでも他の魔物に捕食（性的な）されそうなほど危なっかしい。
「そうだ。 君の旅って、何か目的があるのかい？」
「別に旅って程のものじゃないけど…ただウロウロしてるだけ」
「じゃぁ、僕と一緒に来ない？」
「……は？ アンタ嫁探ししてるんじゃないの？」
「掟には、絶対に実行しろとは書かれてないから！ ちょうど良い機会だ、いろんな所を旅して、いろんな事や物を知ろうと思うんだ」
「……案外ズル賢いわね」
「お願い…そこは賢明と言ってほしい……」
ま、同じ立場だったら私だってそうするだろうし。
「１人じゃ心許なかったんだ。 だから、君がついて来てくれると嬉しい」
「な、なんで私が……」
「頼む！ 退屈だったらいつ抜けても構わないから！」
「むぅ……」
はぁ……まぁどうせやる事もないし。
暇潰しにはちょうどいいかも。
「ちょっとくらいなら…いいわよ」
「ほ、ほんと！？」
「か、勘違いしないで！ 私は暇だからアンタについていくだけなんだから！」
「それでもいいよ！ ありがとう！」
「っ……」
満面の笑顔。
こうゆう子供っぽい顔をする奴……嫌いじゃ、ない…かも。
「♪♪〜♪〜〜♪♪♪♪」
「はぁ…相変わらずえげつない歌ね。 それともただの奇声？」
「こ、子守唄の練習してただけだよ」
「子守唄と奇声を間違えられるって、アンタある意味才能あるわよ」
「いらないよそんな才能……」
「もうすぐ産まれるんだから、早く上手に歌えるようになりなさいよね？」
「ど、努力するよ。 というか、ソフィアが歌ってくれれば良いじゃないか。 本職だろ？」
「………」
「ソフィア？」
「……い、いいわよ？ 歌ってやろうじゃない！」
「じゃぁ早速聞かせて……」
「ま〜だ！」
「え、ど、どうして？」
「この子が産まれてきたら……歌ってあげる」
「……そっか。 じゃ、僕も楽しみにしてるよ」
「発情したら…ぶん殴るわよ？」
「自信ないけど、頑張るよ」
私は歌が嫌い。
でも私は
歌が好き
11/03/02 11:09更新 / HERO