『リュウノツガイ』
全身に風を受けながら、私は空を飛ぶ。
どこへ行くでもなく、ただ空を自由に飛びまわっている。
一人の男を、背中に乗せながら……………
9歳。
人間で言えば、それくらいの年月を生きてきたことになる。
親の顔も知らず、たった一人で生きてきた。
苦痛に感じたことはない。
むしろ清々しい。
私を縛るものはなく、自由に振舞えるのだから。
………。
そんな私も、不定期に人の住む町や村を訪れることがある。
別に…人恋しいわけじゃない。
もちろん男なんて論外だ。
……興味は、あるけど。
ま、まぁ私はまだ9だ。
まだ早い……。
「村にしては…大きいな」
世界中を放浪する私の唯一の趣味。
『人里巡り』
趣味と言えるのかどうかは些か微妙なところだが。
「日が落ちるまでは…ノンビリ見物でもしていこう」
そう、私は『ドラゴン』。
角・翼・尻尾を持ったその外見は、人間というには無理がある。
(一度大騒ぎになったことがあるのは内緒)
そこで私は魔力を操り、自分の突起した部分を隠すという技を会得した。
しかし、まだ幼体のため魔力の総量が少なく、長時間の変身?は不可能。
よって『日没まで』と目安を決めている。
「ふ〜ん…面白い物が置いてあるなぁ」
当然お金なんて持ってないから、基本は見るだけ。
でも、私にはそれで十分だった。
「いらっしゃい、お嬢ちゃん!! 何か買うかい?」
「………」
無言で首を振る。
無愛想に無視をするのは良くないと学んでいた。
「そうかい、そりゃ残念だ!」
「………」
全然残念そうに見えないのは気のせいだろうか。
「あんた! また女の子に鼻の下伸ばしてるんじゃないでしょうね!?」
「げっ! オカン!?」
「まさか…こんな小さな女の子に手ぇ出すつもりじゃ……」
「ちっ、ちげえよ! こっちは真面目に商売してんだ!!」
「はんっ、どうだかね!!」
「んだよその言い方は! つーかいちいち出てくんなよ!!」
「親に向かってその口の聞き方はなんだい!?」
「なんだよ! やろうってのか!?」
「………;」
どうしようもできないと判断。
その場から離脱した。
こんなにも活気のある村は初めて来た。
いや、それでも町に比べれば集落程度なんだろうけど。
でも私自身は、この村の雰囲気は好きだ。
程よくノンビリしていて、程よく騒がしい。
そんな場所を求めていたのかもしれない。
「……ん?」
日没のタイムリミット。
あっという間だった。
「はぁ…もうそんな時間かぁ」
楽しくて時間を忘れていた。
こんなこと滅多にないんだけど。
名残惜しい気持ちを抑える中、重大な事に気付いた。
「………!?」
隠していた角と尻尾が、薄っすらと見え始めてきた。
「飛ぶと目立つ…どうする……」
選択肢は一つ。
村の外れまで走ることだった。
「はぁ…はぁ……」
どうにか木の生い茂る森林内へと到達した。
ぎりぎりセーフ…か。
まぁ見られても特に問題はないんだけど…でも騒がれるの嫌いだし。
「ふぅ……」
近くの川で水を飲む。
どうやら近くに滝つぼがあるらしい。
流れが少し早い。
「………」
楽しかった。
また行きたい。
素直にそう思った。
でも、同じ場所を訪れないというのが自分ルール。
今回も例外じゃない。
「寝よう…」
大きな翼で体を覆うようにしてうずくまる。
明日は…どこへ行こうかな。
大陸を変えてみようか…。
うん…それがいい。
「うぅん…」
ポツポツとそんな事を思う。
イイ夢が見れそうだ。
と………
「君、大丈夫?」
「!?」
いきなり掛けられた声に思わず飛び上がってしまう。
「あ、だ、大丈夫?」
「…っ……」
み、見られた…。
寝込みとは言え、油断していた。
「こんなところにいたら、風邪ひいちゃうよ?」
「………」
相手は男…というよりは男の子だ。
歳は私と同じくらいに見える。
髪は茶髪の、旋毛付近にピョコリとアホ毛が目立つ。
「水を汲みに来たんだ。 そしたら君が寝てたから…びっくりしたよ!」
「………」
私の方がびっくりしたんだけど…。
「ねぇ君、僕の村の子じゃないよね?」
「………」
「だって、角とか翼が生えてるし……」
「……!」
しまった!
隠すのを忘れていた…。
「あぁ、安心して。 人を呼んだりしないから」
「………」
嘘は…ついていないと思う。
でも、一刻も早くここから立ち去らないと。
「………」
「あっ、ねぇどこ行くの!?」
「………」
早足で歩き始める。
「………」
「………」
そして私の後ろをつけてくる男の子。
「……ついて…来ないで」
「ようやく喋ってくれた。 綺麗な声だね」
「……!?」
なっ…な、な、な、な、な!?
顔が…赤く……///
い、いやいや!
何を考えてる、私!
「ねぇ、君どこから来たの?」
「………」
「魔物、だよね? どんな種類の?」
「………」
「お父さんとお母さんは?」
「………」
もうボロを出すわけにはいかない。
こうなったら最後まで黙秘してやる。
「ねぇってばー!」
「………」
この先に滝の落ちる崖があるはず。
どうせならそこから飛び去ってやる。
「もしかして君、自分が魔物だからって遠慮してない?」
「…っ……」
「気にしなくてもイイのに! 僕の村、魔物の女性が何人かいるんだ」
「………」
それは…気がつかなかった。
「行くあてがないなら、しばらく泊まっていくとイイよ! 君が来てくれてたら母さん、きっと凄い喜ぶよ!」
「………」
魅力的な話だけど…生憎、私にそんな気は毛頭ない。
誰かの世話になるなんて私の主義に反する。
「ねぇ、だから……」
「……うるさい!」
ドンッ
軽く肩を押してやった。
手は出したくなかったけど、これなら平気だろう。
しかし………
「うあぁっ!?」
男の子の足が、地面からフワリと浮く。
そしてそのまま……
バシャーーーン!!!
水飛沫をあげて川に落ちてしまった。
「うっ…あ……ぅぷ……!」
「!!」
流れが早く、男の子はすぐに流されていく。
力加減を誤ってしまった。
魔物の軽いも、人間にとっては重いのだ。
「ぅ…ぁっぷ……」
「……っ…」
低空飛行で後を追う。
もう少し…もう少し……!
必死で手を伸ばす。
男の子もこちらに手を伸ばしてくる。
が………
「!?」
男の子の手が一瞬の内に消えた。
理由は…簡単だった。
「はぁ…はぁ……」
間に合わなかった。
「…っ……」
…
……
………
殺して…しまった。
人間の…それも男の子を。
ただ私を心配してくれていただけなのに。
「………」
アイツが…悪いんだ。
私なんかに構うから…。
そう…そうだ……私は…悪くない。
悪いのは…アイツなんだ……。
「ぅぅ……」
滲み出る罪悪感を必死に堪える。
非情だと思われてもいい。
でも…こうでもしないと……壊れてしまいそうで………。
「………」
無言のまま飛び去る。
気持ちの整理もつかないまま。
「…っ……」
もう…人間なんて………!!!
8年が経つ。
この時間を、私は自己の強化に費やした。
おかげで私の体は、もはやドラゴンとして十分に成熟していた。
魔力も底無しと言っても過言ではない。
………
ただ一つ変わったこと。
『人里巡り』などといったつまらない趣味を放棄した。
今からちょうど…8年前に。
「………」
私を一人の女にしてくれたキッカケ。
生きていれば、きっと逞しい男になっていたはず。
………。
止めだ。
こんな気持ちも、とっくの昔に捨てた。
ただ、時々思い出してやる。
それが、私にできる唯一の償いだから。
「……む?」
ボーっとしながら飛んでいたせいで、目的地からだいぶ離れてしまっていた。
「はぁ…やれやれ」
空中でブレーキをかけて辺りを見回す。
「なんて偶然だ、まったく……」
私が少年を殺した、あの滝つぼが目に入った。
「変わって…ない?」
8年前と何ら変わりない様子の村に少し驚く。
(もちろん姿は人型)
まぁ、たった8年でそこまで変わらないか。
「………」
この村には墓参りのつもりで来た。
が…今更とんでもないことに気がついた。
「あっ…名前……」
少年の名前を私は知らなかった。
「はぁ〜……」
墓参りに来たのに拝む相手の名がわからないなんて…。
とんだ笑い話だ。
仕方ない…8年前に死んだ奴に、心当たりはないかって聞くしかないか。
とんでもない聞き込みだが…。
「むぅ…おかしい」
聞くのは年寄りが寿命で死んだということぐらいで、子供の死が話しに出てこない。
「なぜだ?」
母親がいると言っていたから、気付かれていないはずはない。
それに子供が死んだという事実を、村の住人が忘れるはずもない。
なら、行き着く答えは一つ。
「……生きている?」
そうとしか考えられなかった。
でも、まさか…。
いや、でも…可能性はある。
私はあの時、少年の生死を確認せず『死んだ』と思い込んでしまった。
なら、大怪我を負っていても生きている可能性だって十二分にある。
はぁ…私も子供だったというわけか。
「あぁすまない、人を探しているんだが…」
「ん? どんなやつかな?」
「えぇと…」
………。
「頭の天辺にアホ毛のある男なんだが…」
「ああ! そりゃぁあいつしかいねえよ!」
所在はすぐに判明した。
コンコン……
「………」
開いてますよーという声を聞き扉をくぐる。
家の中は閑散としている…いや、質素というべきか。
とにかく余計なものは置いていない、落ち着いた感じの印象を受ける。
「どちら様ですか?」
「……!」
そこにいたのは…まぎれもない、あの少年だった。
あのアホ毛を見れば一発でわかる。
しかし………
「あ、あの〜……」
「………」
目には包帯がグルグルと巻かれていた。
それも両目を隠すかのように。
「レックスというのは、お前のことか?」
「…はい、僕のことです」
「そうか……」
「?」
……確かめないと。
「その目は?」
「あぁ、これですか? すいません、見苦しいものを見せてしまって…」
「いや、構わない。 何故そうなったんだ?」
「えっと…これは、僕が子供の時…8歳の時に事故で……」
「事故?」
「はい、足を滑らせて川に落ちてしまったんです。 それでそのまま……」
「滝つぼに…落ちたのか?」
「え…えぇ」
「………」
やはり、この男はあの時の…。
「良く…生きていたな」
「本当、そう思いますよ」
「しかし、その目は…」
「いえ、命の代償だと思えば安いものです」
「………」
「それに、この村の中だけなら、何不自由なく暮らせますから」
「そう…か」
元気そうで何よりだ。
………
…………
……………
ええい!!!
「何故そんな嘘をつく!?」
「え?」
「足を滑らせた!? 子供でもそんなマヌケなことはしない!」
「あ、あの〜…」
「本当の事を言え!」
「………」
両目を奪った者を恨んでいると、そう言ってくれ!!
「あなた…やっぱり……」
「……!?」
男は私の頭をおもむろに撫で始めた。
「なっ…よせ!!」
手を振り解く。
「やっぱり! 君はあの時の!」
「!!」
しまった!
また元の姿に…。
「角を触って確信したよ。 君はあの時の女の子だね」
「…っ……」
「声が少し変わってたから自信がなかったけど…良かった、やっと会えた」
「やっと会えた…だと?」
「うん。 ずっと君に謝りたかったんだ」
「あ、謝る? わ…私に?」
「あの時、君を怒らせるようなことしちゃって、本当にごめん。 しつこいのはわかってたけど、放っておけなくて…」
「なっ……」
「目を失ってからずっと考えてた。 君を怒らせた報いなんだなって」
「…っ……」
「だから……」
「やめろ!!!」
思わず叫んでしまった。
「それは私に対する皮肉か!? 遠回しに私を責めているんだろう!?」
「………」
「さぁ、お前の目を奪った張本人が目の前にいるぞ! 煮るなり焼くなり好きにするがいい!!」
報いを受けるのは…私の方だ……。
「どうした!? 何故黙る!? 体か? そうか、私の体が欲しいんだろ!?」
「………」
「お前……!」
私はベッドに男を押し倒した。
「薄汚れた魔物の体で良ければ、好きなだけ弄ぶがいい!!」
「………」
「くっ…どうして…黙っているんだ!?」
男はいたって冷静だ。
きっと私を蔑んでいるに違いない。
「どうした…早く…犯してくれ……!」
「………」
「頼む…から……!!」
気がつくと、私の目からは涙が零れていた。
自己嫌悪からなのか…わからない。
「うっ…うぅ……」
「……何でも言うこと…聞いてくれるのかな?」
「…あぁ…死ねと言うのなら…死んでやる……」
「…わかった」
男は私の顔に手を添えてから、こう言った。
「この村で、暮らさないかい?」
「ねぇエナ? レックスとは…最近どうなの?」
「どう…って?」
「その…ほら!ね! なんと言うか〜……」
「む?」
「だ〜か〜ら〜! 『子作り』とかしてるのかってこと!!」
「なっ……///」
「あれ〜? もしかして…まだしてないの?」
「うっ……」
「同棲して3年も経ってるのに、まだしてないって……」
「う、うるさい! 別に私は居候の身であって、レックスとは……」
「あぁ〜はいはい。 そう思ってるのはエナ、あなただけよ?」
「………」
「村の皆、もうあなた達ができてるって思い込んでるもの」
「……//////」
プシュ〜〜〜
「プシュ〜って聞こえたよ?」
「う、うるさい…!」
「…ただいま」
「あぁ、おかえり」
「………」
「あ〜不機嫌そうだね。 ロゼッタさんのとこで何かあった?」
「……別に」
「あ…あはは……」
……はぁ。
レックスに当たっても仕方ないのに…。
「エナ、だいぶパン作りが上達したみたいだね」
「………」
「村中この話で持ちきりだよ!」
「……そう」
魔物の…しかもドラゴンの私がパン作りだなんて……始めはの内はそう思っていた。
でも、成るべくしてなったというべきか。
私の今の魔力は、全盛期の半分以下まで落ちた。
3年間ノロけていたからだと思った奴…前へ出ろ……!
私は宿敵バフォメットの力を借りて、自分の片目をレックスに移植した。
そのおかげで視界と魔力の大部分を失うことになった。
だが…それでもいい。
レックスの目に光が戻ったのだから。
まぁ…バフォメットが最後に見せた、あの何とも言えない顔は今でも忘れない。
あぁ…思い出しただけで腹が立つ……!
「自分の目を自分で見るって、何だか変な感じだ」
「それはそうだよ。 でもそのおかげで、僕は生まれ変われたんだから」
「うん……」
罪を償うためにやった……表向きはそう言ってある。
だけど、それだけじゃない。
「なぁ、レックス」
「何?」
レックスをベッドに押し倒す。
「あ、あれ? デジャヴュを感じるんだけど…」
「なぁ…子供…何人欲しい?」
「え!? え、えっと〜…サッ○ーチームが作れるくらい…かな。 なんちゃって!」
「そうか、わかった」
「わかったって……ちょっと!?」
その夜。
レックスの家からは悲鳴と、強烈な雄臭が漂っていたそうな。
「も、もう…出ないって……!」
「出なくても…出すんだよ!!」
魔物村になる日も、そう遠くないかもしれない……………
どこへ行くでもなく、ただ空を自由に飛びまわっている。
一人の男を、背中に乗せながら……………
9歳。
人間で言えば、それくらいの年月を生きてきたことになる。
親の顔も知らず、たった一人で生きてきた。
苦痛に感じたことはない。
むしろ清々しい。
私を縛るものはなく、自由に振舞えるのだから。
………。
そんな私も、不定期に人の住む町や村を訪れることがある。
別に…人恋しいわけじゃない。
もちろん男なんて論外だ。
……興味は、あるけど。
ま、まぁ私はまだ9だ。
まだ早い……。
「村にしては…大きいな」
世界中を放浪する私の唯一の趣味。
『人里巡り』
趣味と言えるのかどうかは些か微妙なところだが。
「日が落ちるまでは…ノンビリ見物でもしていこう」
そう、私は『ドラゴン』。
角・翼・尻尾を持ったその外見は、人間というには無理がある。
(一度大騒ぎになったことがあるのは内緒)
そこで私は魔力を操り、自分の突起した部分を隠すという技を会得した。
しかし、まだ幼体のため魔力の総量が少なく、長時間の変身?は不可能。
よって『日没まで』と目安を決めている。
「ふ〜ん…面白い物が置いてあるなぁ」
当然お金なんて持ってないから、基本は見るだけ。
でも、私にはそれで十分だった。
「いらっしゃい、お嬢ちゃん!! 何か買うかい?」
「………」
無言で首を振る。
無愛想に無視をするのは良くないと学んでいた。
「そうかい、そりゃ残念だ!」
「………」
全然残念そうに見えないのは気のせいだろうか。
「あんた! また女の子に鼻の下伸ばしてるんじゃないでしょうね!?」
「げっ! オカン!?」
「まさか…こんな小さな女の子に手ぇ出すつもりじゃ……」
「ちっ、ちげえよ! こっちは真面目に商売してんだ!!」
「はんっ、どうだかね!!」
「んだよその言い方は! つーかいちいち出てくんなよ!!」
「親に向かってその口の聞き方はなんだい!?」
「なんだよ! やろうってのか!?」
「………;」
どうしようもできないと判断。
その場から離脱した。
こんなにも活気のある村は初めて来た。
いや、それでも町に比べれば集落程度なんだろうけど。
でも私自身は、この村の雰囲気は好きだ。
程よくノンビリしていて、程よく騒がしい。
そんな場所を求めていたのかもしれない。
「……ん?」
日没のタイムリミット。
あっという間だった。
「はぁ…もうそんな時間かぁ」
楽しくて時間を忘れていた。
こんなこと滅多にないんだけど。
名残惜しい気持ちを抑える中、重大な事に気付いた。
「………!?」
隠していた角と尻尾が、薄っすらと見え始めてきた。
「飛ぶと目立つ…どうする……」
選択肢は一つ。
村の外れまで走ることだった。
「はぁ…はぁ……」
どうにか木の生い茂る森林内へと到達した。
ぎりぎりセーフ…か。
まぁ見られても特に問題はないんだけど…でも騒がれるの嫌いだし。
「ふぅ……」
近くの川で水を飲む。
どうやら近くに滝つぼがあるらしい。
流れが少し早い。
「………」
楽しかった。
また行きたい。
素直にそう思った。
でも、同じ場所を訪れないというのが自分ルール。
今回も例外じゃない。
「寝よう…」
大きな翼で体を覆うようにしてうずくまる。
明日は…どこへ行こうかな。
大陸を変えてみようか…。
うん…それがいい。
「うぅん…」
ポツポツとそんな事を思う。
イイ夢が見れそうだ。
と………
「君、大丈夫?」
「!?」
いきなり掛けられた声に思わず飛び上がってしまう。
「あ、だ、大丈夫?」
「…っ……」
み、見られた…。
寝込みとは言え、油断していた。
「こんなところにいたら、風邪ひいちゃうよ?」
「………」
相手は男…というよりは男の子だ。
歳は私と同じくらいに見える。
髪は茶髪の、旋毛付近にピョコリとアホ毛が目立つ。
「水を汲みに来たんだ。 そしたら君が寝てたから…びっくりしたよ!」
「………」
私の方がびっくりしたんだけど…。
「ねぇ君、僕の村の子じゃないよね?」
「………」
「だって、角とか翼が生えてるし……」
「……!」
しまった!
隠すのを忘れていた…。
「あぁ、安心して。 人を呼んだりしないから」
「………」
嘘は…ついていないと思う。
でも、一刻も早くここから立ち去らないと。
「………」
「あっ、ねぇどこ行くの!?」
「………」
早足で歩き始める。
「………」
「………」
そして私の後ろをつけてくる男の子。
「……ついて…来ないで」
「ようやく喋ってくれた。 綺麗な声だね」
「……!?」
なっ…な、な、な、な、な!?
顔が…赤く……///
い、いやいや!
何を考えてる、私!
「ねぇ、君どこから来たの?」
「………」
「魔物、だよね? どんな種類の?」
「………」
「お父さんとお母さんは?」
「………」
もうボロを出すわけにはいかない。
こうなったら最後まで黙秘してやる。
「ねぇってばー!」
「………」
この先に滝の落ちる崖があるはず。
どうせならそこから飛び去ってやる。
「もしかして君、自分が魔物だからって遠慮してない?」
「…っ……」
「気にしなくてもイイのに! 僕の村、魔物の女性が何人かいるんだ」
「………」
それは…気がつかなかった。
「行くあてがないなら、しばらく泊まっていくとイイよ! 君が来てくれてたら母さん、きっと凄い喜ぶよ!」
「………」
魅力的な話だけど…生憎、私にそんな気は毛頭ない。
誰かの世話になるなんて私の主義に反する。
「ねぇ、だから……」
「……うるさい!」
ドンッ
軽く肩を押してやった。
手は出したくなかったけど、これなら平気だろう。
しかし………
「うあぁっ!?」
男の子の足が、地面からフワリと浮く。
そしてそのまま……
バシャーーーン!!!
水飛沫をあげて川に落ちてしまった。
「うっ…あ……ぅぷ……!」
「!!」
流れが早く、男の子はすぐに流されていく。
力加減を誤ってしまった。
魔物の軽いも、人間にとっては重いのだ。
「ぅ…ぁっぷ……」
「……っ…」
低空飛行で後を追う。
もう少し…もう少し……!
必死で手を伸ばす。
男の子もこちらに手を伸ばしてくる。
が………
「!?」
男の子の手が一瞬の内に消えた。
理由は…簡単だった。
「はぁ…はぁ……」
間に合わなかった。
「…っ……」
…
……
………
殺して…しまった。
人間の…それも男の子を。
ただ私を心配してくれていただけなのに。
「………」
アイツが…悪いんだ。
私なんかに構うから…。
そう…そうだ……私は…悪くない。
悪いのは…アイツなんだ……。
「ぅぅ……」
滲み出る罪悪感を必死に堪える。
非情だと思われてもいい。
でも…こうでもしないと……壊れてしまいそうで………。
「………」
無言のまま飛び去る。
気持ちの整理もつかないまま。
「…っ……」
もう…人間なんて………!!!
8年が経つ。
この時間を、私は自己の強化に費やした。
おかげで私の体は、もはやドラゴンとして十分に成熟していた。
魔力も底無しと言っても過言ではない。
………
ただ一つ変わったこと。
『人里巡り』などといったつまらない趣味を放棄した。
今からちょうど…8年前に。
「………」
私を一人の女にしてくれたキッカケ。
生きていれば、きっと逞しい男になっていたはず。
………。
止めだ。
こんな気持ちも、とっくの昔に捨てた。
ただ、時々思い出してやる。
それが、私にできる唯一の償いだから。
「……む?」
ボーっとしながら飛んでいたせいで、目的地からだいぶ離れてしまっていた。
「はぁ…やれやれ」
空中でブレーキをかけて辺りを見回す。
「なんて偶然だ、まったく……」
私が少年を殺した、あの滝つぼが目に入った。
「変わって…ない?」
8年前と何ら変わりない様子の村に少し驚く。
(もちろん姿は人型)
まぁ、たった8年でそこまで変わらないか。
「………」
この村には墓参りのつもりで来た。
が…今更とんでもないことに気がついた。
「あっ…名前……」
少年の名前を私は知らなかった。
「はぁ〜……」
墓参りに来たのに拝む相手の名がわからないなんて…。
とんだ笑い話だ。
仕方ない…8年前に死んだ奴に、心当たりはないかって聞くしかないか。
とんでもない聞き込みだが…。
「むぅ…おかしい」
聞くのは年寄りが寿命で死んだということぐらいで、子供の死が話しに出てこない。
「なぜだ?」
母親がいると言っていたから、気付かれていないはずはない。
それに子供が死んだという事実を、村の住人が忘れるはずもない。
なら、行き着く答えは一つ。
「……生きている?」
そうとしか考えられなかった。
でも、まさか…。
いや、でも…可能性はある。
私はあの時、少年の生死を確認せず『死んだ』と思い込んでしまった。
なら、大怪我を負っていても生きている可能性だって十二分にある。
はぁ…私も子供だったというわけか。
「あぁすまない、人を探しているんだが…」
「ん? どんなやつかな?」
「えぇと…」
………。
「頭の天辺にアホ毛のある男なんだが…」
「ああ! そりゃぁあいつしかいねえよ!」
所在はすぐに判明した。
コンコン……
「………」
開いてますよーという声を聞き扉をくぐる。
家の中は閑散としている…いや、質素というべきか。
とにかく余計なものは置いていない、落ち着いた感じの印象を受ける。
「どちら様ですか?」
「……!」
そこにいたのは…まぎれもない、あの少年だった。
あのアホ毛を見れば一発でわかる。
しかし………
「あ、あの〜……」
「………」
目には包帯がグルグルと巻かれていた。
それも両目を隠すかのように。
「レックスというのは、お前のことか?」
「…はい、僕のことです」
「そうか……」
「?」
……確かめないと。
「その目は?」
「あぁ、これですか? すいません、見苦しいものを見せてしまって…」
「いや、構わない。 何故そうなったんだ?」
「えっと…これは、僕が子供の時…8歳の時に事故で……」
「事故?」
「はい、足を滑らせて川に落ちてしまったんです。 それでそのまま……」
「滝つぼに…落ちたのか?」
「え…えぇ」
「………」
やはり、この男はあの時の…。
「良く…生きていたな」
「本当、そう思いますよ」
「しかし、その目は…」
「いえ、命の代償だと思えば安いものです」
「………」
「それに、この村の中だけなら、何不自由なく暮らせますから」
「そう…か」
元気そうで何よりだ。
………
…………
……………
ええい!!!
「何故そんな嘘をつく!?」
「え?」
「足を滑らせた!? 子供でもそんなマヌケなことはしない!」
「あ、あの〜…」
「本当の事を言え!」
「………」
両目を奪った者を恨んでいると、そう言ってくれ!!
「あなた…やっぱり……」
「……!?」
男は私の頭をおもむろに撫で始めた。
「なっ…よせ!!」
手を振り解く。
「やっぱり! 君はあの時の!」
「!!」
しまった!
また元の姿に…。
「角を触って確信したよ。 君はあの時の女の子だね」
「…っ……」
「声が少し変わってたから自信がなかったけど…良かった、やっと会えた」
「やっと会えた…だと?」
「うん。 ずっと君に謝りたかったんだ」
「あ、謝る? わ…私に?」
「あの時、君を怒らせるようなことしちゃって、本当にごめん。 しつこいのはわかってたけど、放っておけなくて…」
「なっ……」
「目を失ってからずっと考えてた。 君を怒らせた報いなんだなって」
「…っ……」
「だから……」
「やめろ!!!」
思わず叫んでしまった。
「それは私に対する皮肉か!? 遠回しに私を責めているんだろう!?」
「………」
「さぁ、お前の目を奪った張本人が目の前にいるぞ! 煮るなり焼くなり好きにするがいい!!」
報いを受けるのは…私の方だ……。
「どうした!? 何故黙る!? 体か? そうか、私の体が欲しいんだろ!?」
「………」
「お前……!」
私はベッドに男を押し倒した。
「薄汚れた魔物の体で良ければ、好きなだけ弄ぶがいい!!」
「………」
「くっ…どうして…黙っているんだ!?」
男はいたって冷静だ。
きっと私を蔑んでいるに違いない。
「どうした…早く…犯してくれ……!」
「………」
「頼む…から……!!」
気がつくと、私の目からは涙が零れていた。
自己嫌悪からなのか…わからない。
「うっ…うぅ……」
「……何でも言うこと…聞いてくれるのかな?」
「…あぁ…死ねと言うのなら…死んでやる……」
「…わかった」
男は私の顔に手を添えてから、こう言った。
「この村で、暮らさないかい?」
「ねぇエナ? レックスとは…最近どうなの?」
「どう…って?」
「その…ほら!ね! なんと言うか〜……」
「む?」
「だ〜か〜ら〜! 『子作り』とかしてるのかってこと!!」
「なっ……///」
「あれ〜? もしかして…まだしてないの?」
「うっ……」
「同棲して3年も経ってるのに、まだしてないって……」
「う、うるさい! 別に私は居候の身であって、レックスとは……」
「あぁ〜はいはい。 そう思ってるのはエナ、あなただけよ?」
「………」
「村の皆、もうあなた達ができてるって思い込んでるもの」
「……//////」
プシュ〜〜〜
「プシュ〜って聞こえたよ?」
「う、うるさい…!」
「…ただいま」
「あぁ、おかえり」
「………」
「あ〜不機嫌そうだね。 ロゼッタさんのとこで何かあった?」
「……別に」
「あ…あはは……」
……はぁ。
レックスに当たっても仕方ないのに…。
「エナ、だいぶパン作りが上達したみたいだね」
「………」
「村中この話で持ちきりだよ!」
「……そう」
魔物の…しかもドラゴンの私がパン作りだなんて……始めはの内はそう思っていた。
でも、成るべくしてなったというべきか。
私の今の魔力は、全盛期の半分以下まで落ちた。
3年間ノロけていたからだと思った奴…前へ出ろ……!
私は宿敵バフォメットの力を借りて、自分の片目をレックスに移植した。
そのおかげで視界と魔力の大部分を失うことになった。
だが…それでもいい。
レックスの目に光が戻ったのだから。
まぁ…バフォメットが最後に見せた、あの何とも言えない顔は今でも忘れない。
あぁ…思い出しただけで腹が立つ……!
「自分の目を自分で見るって、何だか変な感じだ」
「それはそうだよ。 でもそのおかげで、僕は生まれ変われたんだから」
「うん……」
罪を償うためにやった……表向きはそう言ってある。
だけど、それだけじゃない。
「なぁ、レックス」
「何?」
レックスをベッドに押し倒す。
「あ、あれ? デジャヴュを感じるんだけど…」
「なぁ…子供…何人欲しい?」
「え!? え、えっと〜…サッ○ーチームが作れるくらい…かな。 なんちゃって!」
「そうか、わかった」
「わかったって……ちょっと!?」
その夜。
レックスの家からは悲鳴と、強烈な雄臭が漂っていたそうな。
「も、もう…出ないって……!」
「出なくても…出すんだよ!!」
魔物村になる日も、そう遠くないかもしれない……………
10/09/16 20:00更新 / HERO