読切小説
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『リュウノツガイ』
全身に風を受けながら、私は空を飛ぶ。
どこへ行くでもなく、ただ空を自由に飛びまわっている。

一人の男を、背中に乗せながら……………














9歳。
人間で言えば、それくらいの年月を生きてきたことになる。
親の顔も知らず、たった一人で生きてきた。
苦痛に感じたことはない。
むしろ清々しい。
私を縛るものはなく、自由に振舞えるのだから。

………。

そんな私も、不定期に人の住む町や村を訪れることがある。
別に…人恋しいわけじゃない。
もちろん男なんて論外だ。
……興味は、あるけど。
ま、まぁ私はまだ9だ。
まだ早い……。








「村にしては…大きいな」

世界中を放浪する私の唯一の趣味。
『人里巡り』
趣味と言えるのかどうかは些か微妙なところだが。

「日が落ちるまでは…ノンビリ見物でもしていこう」

そう、私は『ドラゴン』。
角・翼・尻尾を持ったその外見は、人間というには無理がある。
(一度大騒ぎになったことがあるのは内緒)
そこで私は魔力を操り、自分の突起した部分を隠すという技を会得した。
しかし、まだ幼体のため魔力の総量が少なく、長時間の変身?は不可能。
よって『日没まで』と目安を決めている。

「ふ〜ん…面白い物が置いてあるなぁ」

当然お金なんて持ってないから、基本は見るだけ。
でも、私にはそれで十分だった。

「いらっしゃい、お嬢ちゃん!! 何か買うかい?」
「………」

無言で首を振る。
無愛想に無視をするのは良くないと学んでいた。

「そうかい、そりゃ残念だ!」
「………」

全然残念そうに見えないのは気のせいだろうか。

「あんた! また女の子に鼻の下伸ばしてるんじゃないでしょうね!?」
「げっ! オカン!?」
「まさか…こんな小さな女の子に手ぇ出すつもりじゃ……」
「ちっ、ちげえよ! こっちは真面目に商売してんだ!!」
「はんっ、どうだかね!!」
「んだよその言い方は! つーかいちいち出てくんなよ!!」
「親に向かってその口の聞き方はなんだい!?」
「なんだよ! やろうってのか!?」
「………;」

どうしようもできないと判断。
その場から離脱した。








こんなにも活気のある村は初めて来た。
いや、それでも町に比べれば集落程度なんだろうけど。
でも私自身は、この村の雰囲気は好きだ。
程よくノンビリしていて、程よく騒がしい。
そんな場所を求めていたのかもしれない。

「……ん?」

日没のタイムリミット。
あっという間だった。

「はぁ…もうそんな時間かぁ」

楽しくて時間を忘れていた。
こんなこと滅多にないんだけど。
名残惜しい気持ちを抑える中、重大な事に気付いた。

「………!?」

隠していた角と尻尾が、薄っすらと見え始めてきた。

「飛ぶと目立つ…どうする……」

選択肢は一つ。
村の外れまで走ることだった。








「はぁ…はぁ……」

どうにか木の生い茂る森林内へと到達した。
ぎりぎりセーフ…か。
まぁ見られても特に問題はないんだけど…でも騒がれるの嫌いだし。

「ふぅ……」

近くの川で水を飲む。
どうやら近くに滝つぼがあるらしい。
流れが少し早い。

「………」

楽しかった。
また行きたい。
素直にそう思った。
でも、同じ場所を訪れないというのが自分ルール。
今回も例外じゃない。

「寝よう…」

大きな翼で体を覆うようにしてうずくまる。
明日は…どこへ行こうかな。
大陸を変えてみようか…。
うん…それがいい。

「うぅん…」

ポツポツとそんな事を思う。
イイ夢が見れそうだ。
と………
「君、大丈夫?」
「!?」
いきなり掛けられた声に思わず飛び上がってしまう。

「あ、だ、大丈夫?」
「…っ……」

み、見られた…。
寝込みとは言え、油断していた。

「こんなところにいたら、風邪ひいちゃうよ?」
「………」

相手は男…というよりは男の子だ。
歳は私と同じくらいに見える。
髪は茶髪の、旋毛付近にピョコリとアホ毛が目立つ。

「水を汲みに来たんだ。 そしたら君が寝てたから…びっくりしたよ!」
「………」

私の方がびっくりしたんだけど…。

「ねぇ君、僕の村の子じゃないよね?」
「………」
「だって、角とか翼が生えてるし……」
「……!」

しまった!
隠すのを忘れていた…。

「あぁ、安心して。 人を呼んだりしないから」
「………」

嘘は…ついていないと思う。
でも、一刻も早くここから立ち去らないと。

「………」
「あっ、ねぇどこ行くの!?」
「………」

早足で歩き始める。

「………」
「………」

そして私の後ろをつけてくる男の子。

「……ついて…来ないで」
「ようやく喋ってくれた。 綺麗な声だね」
「……!?」

なっ…な、な、な、な、な!?
顔が…赤く……///
い、いやいや!
何を考えてる、私!

「ねぇ、君どこから来たの?」
「………」
「魔物、だよね? どんな種類の?」
「………」
「お父さんとお母さんは?」
「………」

もうボロを出すわけにはいかない。
こうなったら最後まで黙秘してやる。

「ねぇってばー!」
「………」

この先に滝の落ちる崖があるはず。
どうせならそこから飛び去ってやる。

「もしかして君、自分が魔物だからって遠慮してない?」
「…っ……」
「気にしなくてもイイのに! 僕の村、魔物の女性が何人かいるんだ」
「………」

それは…気がつかなかった。

「行くあてがないなら、しばらく泊まっていくとイイよ! 君が来てくれてたら母さん、きっと凄い喜ぶよ!」
「………」

魅力的な話だけど…生憎、私にそんな気は毛頭ない。
誰かの世話になるなんて私の主義に反する。

「ねぇ、だから……」
「……うるさい!」

ドンッ
軽く肩を押してやった。
手は出したくなかったけど、これなら平気だろう。
しかし………

「うあぁっ!?」

男の子の足が、地面からフワリと浮く。
そしてそのまま……
バシャーーーン!!!
水飛沫をあげて川に落ちてしまった。

「うっ…あ……ぅぷ……!」
「!!」

流れが早く、男の子はすぐに流されていく。
力加減を誤ってしまった。
魔物の軽いも、人間にとっては重いのだ。

「ぅ…ぁっぷ……」
「……っ…」

低空飛行で後を追う。
もう少し…もう少し……!
必死で手を伸ばす。
男の子もこちらに手を伸ばしてくる。
が………
「!?」
男の子の手が一瞬の内に消えた。
理由は…簡単だった。

「はぁ…はぁ……」

間に合わなかった。

「…っ……」


……
………
殺して…しまった。
人間の…それも男の子を。
ただ私を心配してくれていただけなのに。

「………」

アイツが…悪いんだ。
私なんかに構うから…。
そう…そうだ……私は…悪くない。
悪いのは…アイツなんだ……。

「ぅぅ……」

滲み出る罪悪感を必死に堪える。
非情だと思われてもいい。
でも…こうでもしないと……壊れてしまいそうで………。

「………」

無言のまま飛び去る。
気持ちの整理もつかないまま。

「…っ……」

もう…人間なんて………!!!














8年が経つ。
この時間を、私は自己の強化に費やした。
おかげで私の体は、もはやドラゴンとして十分に成熟していた。
魔力も底無しと言っても過言ではない。
………
ただ一つ変わったこと。
『人里巡り』などといったつまらない趣味を放棄した。
今からちょうど…8年前に。

「………」

私を一人の女にしてくれたキッカケ。
生きていれば、きっと逞しい男になっていたはず。
………。
止めだ。
こんな気持ちも、とっくの昔に捨てた。
ただ、時々思い出してやる。
それが、私にできる唯一の償いだから。

「……む?」

ボーっとしながら飛んでいたせいで、目的地からだいぶ離れてしまっていた。

「はぁ…やれやれ」

空中でブレーキをかけて辺りを見回す。

「なんて偶然だ、まったく……」

私が少年を殺した、あの滝つぼが目に入った。








「変わって…ない?」

8年前と何ら変わりない様子の村に少し驚く。
(もちろん姿は人型)
まぁ、たった8年でそこまで変わらないか。

「………」

この村には墓参りのつもりで来た。
が…今更とんでもないことに気がついた。

「あっ…名前……」

少年の名前を私は知らなかった。

「はぁ〜……」

墓参りに来たのに拝む相手の名がわからないなんて…。
とんだ笑い話だ。
仕方ない…8年前に死んだ奴に、心当たりはないかって聞くしかないか。
とんでもない聞き込みだが…。



「むぅ…おかしい」

聞くのは年寄りが寿命で死んだということぐらいで、子供の死が話しに出てこない。

「なぜだ?」

母親がいると言っていたから、気付かれていないはずはない。
それに子供が死んだという事実を、村の住人が忘れるはずもない。
なら、行き着く答えは一つ。

「……生きている?」

そうとしか考えられなかった。
でも、まさか…。
いや、でも…可能性はある。
私はあの時、少年の生死を確認せず『死んだ』と思い込んでしまった。
なら、大怪我を負っていても生きている可能性だって十二分にある。
はぁ…私も子供だったというわけか。

「あぁすまない、人を探しているんだが…」
「ん? どんなやつかな?」
「えぇと…」

………。

「頭の天辺にアホ毛のある男なんだが…」
「ああ! そりゃぁあいつしかいねえよ!」

所在はすぐに判明した。








コンコン……

「………」

開いてますよーという声を聞き扉をくぐる。
家の中は閑散としている…いや、質素というべきか。
とにかく余計なものは置いていない、落ち着いた感じの印象を受ける。

「どちら様ですか?」
「……!」

そこにいたのは…まぎれもない、あの少年だった。
あのアホ毛を見れば一発でわかる。
しかし………
「あ、あの〜……」
「………」
目には包帯がグルグルと巻かれていた。
それも両目を隠すかのように。

「レックスというのは、お前のことか?」
「…はい、僕のことです」
「そうか……」
「?」

……確かめないと。

「その目は?」
「あぁ、これですか? すいません、見苦しいものを見せてしまって…」
「いや、構わない。 何故そうなったんだ?」
「えっと…これは、僕が子供の時…8歳の時に事故で……」
「事故?」
「はい、足を滑らせて川に落ちてしまったんです。 それでそのまま……」
「滝つぼに…落ちたのか?」
「え…えぇ」
「………」

やはり、この男はあの時の…。

「良く…生きていたな」
「本当、そう思いますよ」
「しかし、その目は…」
「いえ、命の代償だと思えば安いものです」
「………」
「それに、この村の中だけなら、何不自由なく暮らせますから」
「そう…か」

元気そうで何よりだ。
………
…………
……………
ええい!!!

「何故そんな嘘をつく!?」
「え?」
「足を滑らせた!? 子供でもそんなマヌケなことはしない!」
「あ、あの〜…」
「本当の事を言え!」
「………」

両目を奪った者を恨んでいると、そう言ってくれ!!

「あなた…やっぱり……」
「……!?」

男は私の頭をおもむろに撫で始めた。

「なっ…よせ!!」

手を振り解く。

「やっぱり! 君はあの時の!」
「!!」

しまった!
また元の姿に…。

「角を触って確信したよ。 君はあの時の女の子だね」
「…っ……」
「声が少し変わってたから自信がなかったけど…良かった、やっと会えた」
「やっと会えた…だと?」
「うん。 ずっと君に謝りたかったんだ」
「あ、謝る? わ…私に?」
「あの時、君を怒らせるようなことしちゃって、本当にごめん。 しつこいのはわかってたけど、放っておけなくて…」
「なっ……」
「目を失ってからずっと考えてた。 君を怒らせた報いなんだなって」
「…っ……」
「だから……」
「やめろ!!!」

思わず叫んでしまった。

「それは私に対する皮肉か!? 遠回しに私を責めているんだろう!?」
「………」
「さぁ、お前の目を奪った張本人が目の前にいるぞ! 煮るなり焼くなり好きにするがいい!!」

報いを受けるのは…私の方だ……。

「どうした!? 何故黙る!? 体か? そうか、私の体が欲しいんだろ!?」
「………」
「お前……!」

私はベッドに男を押し倒した。

「薄汚れた魔物の体で良ければ、好きなだけ弄ぶがいい!!」
「………」
「くっ…どうして…黙っているんだ!?」

男はいたって冷静だ。
きっと私を蔑んでいるに違いない。

「どうした…早く…犯してくれ……!」
「………」
「頼む…から……!!」

気がつくと、私の目からは涙が零れていた。
自己嫌悪からなのか…わからない。

「うっ…うぅ……」
「……何でも言うこと…聞いてくれるのかな?」
「…あぁ…死ねと言うのなら…死んでやる……」
「…わかった」

男は私の顔に手を添えてから、こう言った。

「この村で、暮らさないかい?」














「ねぇエナ? レックスとは…最近どうなの?」
「どう…って?」
「その…ほら!ね! なんと言うか〜……」
「む?」
「だ〜か〜ら〜! 『子作り』とかしてるのかってこと!!」
「なっ……///」
「あれ〜? もしかして…まだしてないの?」
「うっ……」
「同棲して3年も経ってるのに、まだしてないって……」
「う、うるさい! 別に私は居候の身であって、レックスとは……」
「あぁ〜はいはい。 そう思ってるのはエナ、あなただけよ?」
「………」
「村の皆、もうあなた達ができてるって思い込んでるもの」
「……//////」

プシュ〜〜〜

「プシュ〜って聞こえたよ?」
「う、うるさい…!」









「…ただいま」
「あぁ、おかえり」
「………」
「あ〜不機嫌そうだね。 ロゼッタさんのとこで何かあった?」
「……別に」
「あ…あはは……」

……はぁ。
レックスに当たっても仕方ないのに…。

「エナ、だいぶパン作りが上達したみたいだね」
「………」
「村中この話で持ちきりだよ!」
「……そう」

魔物の…しかもドラゴンの私がパン作りだなんて……始めはの内はそう思っていた。
でも、成るべくしてなったというべきか。
私の今の魔力は、全盛期の半分以下まで落ちた。
3年間ノロけていたからだと思った奴…前へ出ろ……!



私は宿敵バフォメットの力を借りて、自分の片目をレックスに移植した。
そのおかげで視界と魔力の大部分を失うことになった。
だが…それでもいい。
レックスの目に光が戻ったのだから。
まぁ…バフォメットが最後に見せた、あの何とも言えない顔は今でも忘れない。
あぁ…思い出しただけで腹が立つ……!



「自分の目を自分で見るって、何だか変な感じだ」
「それはそうだよ。 でもそのおかげで、僕は生まれ変われたんだから」
「うん……」

罪を償うためにやった……表向きはそう言ってある。
だけど、それだけじゃない。

「なぁ、レックス」
「何?」

レックスをベッドに押し倒す。

「あ、あれ? デジャヴュを感じるんだけど…」
「なぁ…子供…何人欲しい?」
「え!? え、えっと〜…サッ○ーチームが作れるくらい…かな。 なんちゃって!」
「そうか、わかった」
「わかったって……ちょっと!?」







その夜。
レックスの家からは悲鳴と、強烈な雄臭が漂っていたそうな。

「も、もう…出ないって……!」
「出なくても…出すんだよ!!」



魔物村になる日も、そう遠くないかもしれない……………
10/09/16 20:00更新 / HERO

■作者メッセージ
何ヶ月ぶりかの復帰作です^^;
感覚を完全に取り戻すには時間がかかりそうです。

飛ばした3年間(ノロケ話)を書こうか迷いましたが、今の私ではムリだと判断しました。
すいませんorz

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