3件目 『どういった、ご関係ですか?』
「た、狸の…穴?」
「ベルさん卑猥っすー。うちまだ処女っすよー?」
「ち、違う違う! トウカの作ってる看板にそう書いてあったから……!」
大きめの筆に黒いペンキ(墨汁)をつけながら道端で看板製作に勤しむトウカ。
そんなトウカの様子を、何か手伝えることはないかと見にきた俺。
「ほむー、ベルさんもお年頃っすねー。そんなにうちの『穴』が見たいんすかー?」
「だから違うって!」
トウカは看板製作を進めながらも、俺の苦手とする下ネタ話をフルスロットルで徹底的にイジってくる。
しかも俺の方をまったく見ずに、しかしテキトーにあしらっているわけでもなく、看板作りを着々と進めていく……実に器用だ。
出会って数日と短い付き合いではあるが、たぶん彼女に口と手先で勝つことはできないだろう。
「まー冗談はさて置きー、どうっすかー? 風流な感じが出せてーなかなかの出来だと思うんすけどー」
「え、もうできたん?」
「これくらいなら朝飯前っすよー」
細かい作業が得意と言っていたが、これは得意なんてレベルじゃない。
探偵じゃなく、物を作って商売にした方が良いのではないかと思ってしまった。
「凄いなぁ…風流な感じっていうのは正直良くわからないけど、コレと似たようなものを骨董屋で見たことある。そっち方面は考えないの?」
「うちと骨董屋さんを比べたらー、それは相手さんに失礼っすよー。どんなに上手く作れてもー所詮うちのはパチモンっすー。道を究めた職人さんにはー到底及ばないっすよー」
「ふーん? そんなもんか」
意外も意外。
大した腕を持っているのに限りなく謙虚。
さらには職人に対する尊敬の念すらも感じる。
う〜ん…話をする程にわからなくなるなぁ、トウカは。
数日で彼女を理解したつもりだったけど、これは考えを改めなくちゃいけないな。
「それはそうとー、他に感想あるっすかー?」
「え? あーんーそうだなぁ…やっぱり、その店名は止めた方が良いと思う」
「ほむー、そこは譲れないっすねー」
「えー……」
トウカは、本当に良くわからない。
『頼りたいのは山々っすけどー、さすがにこれ以上ご迷惑はかけられないっすーノ』ということで、大人しく帰宅することに。
とはいっても自宅は『狸の穴(仮)』のすぐ隣。ものの数秒で到着した。
「ふぅ…ただいぼふ!?」
「ご主人! 腹減った! ごはん! そしたらオレと遊ぶ!」
「あれ? さっき食べたばかりじゃなかった?」
「食った! でも遊んでたら腹減った!」
「じゃぁダメ。昼まで我慢な」
「クゥ〜ン……」
俺は愛犬に規則正しい食事をするようきちんと躾をしているだけ。
それなのに、
「クゥ〜ン」
「っ……」
コロが愛玩動物から魔物ヘクラスチェンジして以来、躾に対して物凄く罪悪感を抱くようになった。
こう、なんと言うか…犬の頃よりも表情やしぐさがダイレクトに伝わってくるため、主人としての厳格な態度というものがとりづらくなってしまったのだ。
「クゥ〜ン」
「……はぁ。ちょっとだけだぞ?」
「わふん♡」
あーまたやってしまった……orz
このままだとコロが味を占めて妙な知恵をつけてしまうかもしれない。
ダメだ…それだけは何としても阻止しないと!
「ご主人、難儀な性格してるよね」
「オレご主人大好き! タマはご主人嫌いなのか?」
「……別に、嫌いとは言ってないし」
「大好きなんだな!?」
「……コロうるさい」
「わふ!」
……午前があっという間に過ぎていく。
正午過ぎ。
「ふぃ〜食った食った〜。コロ、タマ、お腹いっぱい?」
「いっぱい! うまかった!」
「ボクもいっぱい。残ったのは後で食べる」
「はいよ。お粗末さまでした」
先日のドンチャン騒ぎのおかげで食材はかなり心許なかったが、工夫を凝らしなんとか乗り切ることができた。
俺はともかく、コロとタマにはひもじい思いをさせたくない。
「ご主人! 遊ぶ! 玉投げて!」
「いいけど、食べてすぐ動いたらお腹痛くならない?」
「なる! でも遊ぶ!」
逞しい。
「ふにゃ〜…ボクは寝るから、ご主人頑張って〜」
「うん。おやすみー」
タマはお昼寝のためそそくさと退場。
ということで、
「じゃ、外行くか!」
「わふ!」
一方その頃、狸娘トウカはというと、
「よっこらしょっとー。ふー、看板の取り付け完了っすー。ほむほむ、なかなか良い感じっすねー」
フンッと鼻を鳴らし満足そうに看板を眺めていた。
「外観はこんなもんっすねー。あとはー事務所の内装をー…考えてー……」
探偵事務所開業へ向け思考するトウカの視線が、住宅街を颯爽と歩くある人物に釘付けとなる。
長い銀髪。
燃えるように紅い瞳。
身長も高く細身だが、出ているところはキッチリと出ている。
きっと良いとこの出なのだろう、歩き方からも既に気品を感じさせる。
「はわー」
美人でかっこいい。
同性であるトウカでさえも憧れのような感情を抱いてしまう。
「………」
ダイナマイトな美人さんと愛しのマイボデーを見比べる。
………。
…………。
……………。
そうだ、重要なのは大きさではない。
自分は形・ハリ・触り心地を重視しているのだ。
だから自分は決して負けてはいない。
負けてなんかいないのだ……。
「……っす?」
こぼれ落ちそうになる涙を必死に堪えていると、美人さんがベルメリオ宅前で立ち止まる。
むむ? まさか……。
トントン……ガチャリッ
『わふん♡』
『こらコロ! 飛びつくなってあれほど……』
『ふふ。コロは相変わらず元気ですね』←完全に櫓立ち状態(検索してみよう!)
『あれ? エリザベスじゃないか。どした?』
『ベル、突然すみません。実は、折り入ってお話したいことがあるのですが……お邪魔、でしたでしょうか?』
『いやいや、全然。コロの相手しようと思ってたところだけど、せっかく君が訪ねてきてくれたんだし、そっちは後回しにするよ』
『わふ!?』
………。
ま、まぁさすがに家にあがりこむ程の仲では……
『さ、とりあえず入って。君の好きな紅茶淹れるよ』
『はい、ありがとうございます』
『クゥ〜ン』
『コロ、すみません。突然ご主人様を取り上げてしまって』
『わふ! オレエリザベス大好き! だから我慢する!』
『ふふ、ありがとうございます。私もコロのこと、大好きですよ』
『わふん♡』
ギィ〜……ガチャン
「………」
開いた口が塞がらない。
まさかそんな…ベルメリオがあんな超絶美女と知り合いだったなんて……。
しかもやけにフレンドリーな感じだった。
コロも警戒心0どころか、『大好き』とまで言っていた。
「ほむー」
2人の関係が気になる。
こんなモヤモヤした状態では事務所開業に身が入らないばかりか、夜も眠れなくなってしまう。
………。
「探偵としての初仕事っすねー」
依頼人、自分。
請負人、自分。
少し早い、探偵業務が始まった。
ベルメリオ宅、居間のテーブルにて。
「……美味しい。ベルの淹れる紅茶は、いつ飲んでも変わりませんね」
「良かった。なんかエリザベスのために淹れようとすると、いっつも緊張するんだよなぁ」
「それ、わかる気がします。私もあなたに料理を振る舞うとき、とても緊張しますから」
「はは、お互い様か。なんでだろうな」
「ふふ、どうしてでしょうね」
甘ったるい空気が家の中を満たす。
この感じは何なのだろうか。
良く分からないが、俺は彼女と過ごすこのなんでもない時間がとても好きだ。
「あの、ベル?」
「うん?」
「2人でいるときは、その……」
物静かなエリザベスが、ほんの少しだけソワソワしている。
「あー、堅っ苦しいよな。ごめん、『エリィ』」
「……はい♪」
エリィの足元で眠るコロが耳をピクつかせながら大きな欠伸をする。
エリィがこの家を訪れると、コロは彼女の傍を決して離れようとしない。
それほどまでに彼女のことが好きなのだ。
幼い頃からの付き合いだ、当然といえば当然か。
「それでエリィ、話って?」
「はい」
エリィはティーカップをソーサーの上に戻すと、紅い瞳を真っすぐこちらに向けてくる。
その瞳から、どことなく寂しさを窺わせる。
「先日の魔物襲撃の件ですが、領主である父に代わり、娘である私がお礼を……」
「そんなのいいって。礼を言われるために民警やってるわけじゃないんだから」
「ですが……」
「いつものことじゃんか。領主様が民警…というか俺のこと良く思ってないのは、今に始まったことじゃないだろ?」
「………」
「こっちも働きに見合った報酬はもらってるし、何も文句はないよ。俺個人が疎ましく思われてるなら、それはそれでいいさ。それよりも、エリィが俺達のことで領主様とイザコザを起こさないかどうかが心配だ」
「いえ…私のことは、どうか気にしないでください」
「そういうわけにはいかない。君は次期領主なんだから、現領主様と不仲…なんてことにはなっちゃダメだ。大事にされてるんだから、もっと領主様を尊重してあげないと」
「………」
俯くエリィ。
う〜ん、どうしたもんか。
彼女は襲撃が起こる度に、こうして民警のリーダー(仮)である俺の家を訪ねてくる。
父の代わりと言い、何度も何度も。
「……そうですね、あなたの言う通りです。次期領主として、もっと自覚を持たなくてはいけませんね」
「うん。こっちのことは気にしなくていいから。な?」
「……はい(こんな立場でなければ、もっとあなたのために、私は……)」
「ん、どした?」
「あ…いえ、なんでもありません」
エリィは柔らかく微笑む。
………。
何年の付き合いだと思ってんだ。
作り笑いなの、バレバレだって。
「さ、重ーい話終わり! そうだ、エリィに紹介したいタヌ…人がいるんだ」
「はぁ、最近話題になっている、新しい住人のことですか?」
「そうそう。すぐ隣だから、ちょいと会っていかないか?」
「そうですね。是非お目にかかりたいです」
なら早速!と椅子から立ち上がると、エリィが何かに気づいたかのようにハッとする。
「あの、ベル?」
「うん?」
「その紹介したい住人というのは…もしや、後ろにいる方のことですか?」
「後ろ?」
エリィに促され後ろを振り返ると、
「うお!?」
「すぅ〜〜〜」
外から窓にへばりつくトウカの姿が。
なにしてんだ、コイツ……。
「はわー、お二人は幼馴染っすかー。またベタな関係っすねー」
「ベタって…でも一般市民と領主の娘だし、組み合わせは珍しいかもな」
居間には俺とエリィ、トウカの3人+1匹(エリィの足元にコロ)。
自己紹介もそこそこに、いつの間にか昔話に花が咲く。
「普通の出会い方ではありませんでしたからね」
「詳しく教えてほしいっすーノ」
「……俺は覚えてない」
「私は鮮明に覚えていますよ? そうですね、あれは今から20年前のことでした……」
「wktk」
「恥ずかしいんだけどー!」
中略
「魔物に連れ去られそうになった2歳のベルを、当時5歳だった私が助けた…というお話です」
「はわー…エリさんカッコイイっすー」
「俺はとても恥ずかしいっす……」
覚えていない、というのは嘘。
いくら幼かったとはいえ、5歳の少女に助けられたという経歴は男として筆舌に尽くしがたいものがある。
『困った時はお互い様』を信条とする父親にも、『男らしくない!』と叱られた記憶がある。
そんな昔のことを良く覚えているなぁと自分でも感心する。
それほどインパクトの強い出来事だったのだろう。
「それ以来、ベルの御両親からお誘いを受ける機会が増え、自然と交流も深まっていきました」
「確かにー普通の出会いじゃないっすねー。絆も深まるはずっすー」
「はい。父はあまり良く思っていないようでしたので、良くお忍びで遊びに伺っていました」
「父ってー領主様のことっすよねー? なかなか肝が据わってるっすねー」
「ふふ、それほどでも」
………。
5歳で魔物を撃退したとこには触れないのな。
「今も昔も、ベルとは姉弟のように仲良くしています。私は1人娘なので、『お姉ちゃん』と呼んでくれたベルがとても可愛くて……弟ができたようで、とても嬉しかったです」
「ほー、『お姉ちゃん』っすかー」
「……いや、昔の話ね? 今は呼んでないよ?」
トウカから微妙な視線が送られる。
「つい最近まで呼んでいたではありませんか。また、『お姉ちゃん』と呼んでくれても……」
「呼ばないから! というかつい最近て、もう10年は呼んでないから!」
「そうですか…残念です」
そう言い、エリィはニコリと笑う。
……半分冗談で半分本気って顔だな、これは。
「ほむ。お二人の関係はよーくわかったっすー」
「それは良かったです。まだお話していない部分もありますが…それはまた、後日改めて」
「楽しみにしておくっすー」
「もういいって…俺凄い恥ずかしいんだけど……」
長かった座談会もついに終わりを迎える。
はぁ…羞恥プレイもいいとこだ……。
夕刻、玄関前。
「今日は楽しかったです」
「同じくーノ」
「送ってくぞ?」
「いえ、今回は遠慮しておきます。中央区までの道案内も兼ねて、トウカさんに送っていただきますから」
「『お姉ちゃん』はうちが守るっすからー、安心していいっすよーノ」
「……ゴリゴリいじってくるなぁお前」
「いやーそれほどでもー」
「褒めてない!」
「ふふ♪」
2人に別れを告げ、角を曲がり見えなくなるまで見送る。
「さて、夕飯の準備するか。あ、しまった食材が……」
昼飯の後に買い出しに出かけることをすっかり忘れていた。
はぁ…まいっか。
ちょっと苦しいけど、今夜は外食にするかな。
よし、そうと決まればコロとタマ、呼んでくるか!
東区住宅街にて。
種族の異なる2人の女性が、おしゃべりをしながら楽しそうに歩いている。
「こう言うのもアレっすけどー、なかなかケッタイな街っすねー」
「そうですね。東・西・南・北と4つの正門からなる、上から見ると十字型の構造になっています。もうご存知かもしれませんが、北は海、東から南にかけては、雪の降り積もる山脈地帯となっています」
どうやら銀髪の女性は、この街の構造や状況について説明しているようだ。
「ほむほむ。もしかしてー西にある森も『いわくつき』っすかー?」
「はい。正式な名称はわかりませんが、樵の方々の間では『精霊の森』と呼ばれているようです」
「あー、いかにもって感じっすねー」
「魔物が生息しているということもあり、通り抜けることは非常に困難です。ですが、木材などの資源が豊富にあるという意味では、この街にとって無くてはならない存在であると言えます」
狸娘は話を熱心に聴きながら、メモ帳のようなものにその内容を緻密に書き込んでいく。
「先程トウカさんが仰っていたように、確かにこの街は変わっています。潮が満ちて街中が浸水してしまうことも珍しくありませんし、山脈から流れ込む冷気の影響で作物も思うように栽培することができません。例の森から魔物の襲撃を受けることもあります」
「難儀なもんっすねー」
「はい。ですが……」
銀髪の女性が夕空を見上げる。
「ここは、『私達の街』です。どんなに過酷な状況であろうとも、絶対にこの街を見捨てることはありません」
「………」
狸娘も一緒になって空を見上げる。
「それはー、領主の娘だからっすかー?」
「もちろん…と言いたいところですが、それだけではありません」
銀髪の女性は優しく微笑みながら、
「あの人の…彼の、大好きな街ですから」
「あー、そゆことっすかー(雌の顔……)」
何かを悟る狸娘。
「す、すみません。知り合ったばかりのトウカさんに、こんなお話をしてしまって……」
「気にすることないっすよー。うちとエリさんはー、もう友達っすからー」
「……はい!」
微笑み合う2人。
「それはそうとー、海岸線に伸びてるあの線路は何なんすかー?」
「あれは帝国直通の線路です。10年程前に開通して、定期的に列車が……」
外見も種族も異なるが、出会ってすぐに意気投合。
仲良くおしゃべりをする2人の姿は友達というより、まるで姉妹のようにも見える。
これが運命的な出会いであることを、2人は知る由もない―――
〜探偵事務所・本日の業績〜
『開店準備中』
諸事情により開店延期
ごめんね!
「ベルさん卑猥っすー。うちまだ処女っすよー?」
「ち、違う違う! トウカの作ってる看板にそう書いてあったから……!」
大きめの筆に黒いペンキ(墨汁)をつけながら道端で看板製作に勤しむトウカ。
そんなトウカの様子を、何か手伝えることはないかと見にきた俺。
「ほむー、ベルさんもお年頃っすねー。そんなにうちの『穴』が見たいんすかー?」
「だから違うって!」
トウカは看板製作を進めながらも、俺の苦手とする下ネタ話をフルスロットルで徹底的にイジってくる。
しかも俺の方をまったく見ずに、しかしテキトーにあしらっているわけでもなく、看板作りを着々と進めていく……実に器用だ。
出会って数日と短い付き合いではあるが、たぶん彼女に口と手先で勝つことはできないだろう。
「まー冗談はさて置きー、どうっすかー? 風流な感じが出せてーなかなかの出来だと思うんすけどー」
「え、もうできたん?」
「これくらいなら朝飯前っすよー」
細かい作業が得意と言っていたが、これは得意なんてレベルじゃない。
探偵じゃなく、物を作って商売にした方が良いのではないかと思ってしまった。
「凄いなぁ…風流な感じっていうのは正直良くわからないけど、コレと似たようなものを骨董屋で見たことある。そっち方面は考えないの?」
「うちと骨董屋さんを比べたらー、それは相手さんに失礼っすよー。どんなに上手く作れてもー所詮うちのはパチモンっすー。道を究めた職人さんにはー到底及ばないっすよー」
「ふーん? そんなもんか」
意外も意外。
大した腕を持っているのに限りなく謙虚。
さらには職人に対する尊敬の念すらも感じる。
う〜ん…話をする程にわからなくなるなぁ、トウカは。
数日で彼女を理解したつもりだったけど、これは考えを改めなくちゃいけないな。
「それはそうとー、他に感想あるっすかー?」
「え? あーんーそうだなぁ…やっぱり、その店名は止めた方が良いと思う」
「ほむー、そこは譲れないっすねー」
「えー……」
トウカは、本当に良くわからない。
『頼りたいのは山々っすけどー、さすがにこれ以上ご迷惑はかけられないっすーノ』ということで、大人しく帰宅することに。
とはいっても自宅は『狸の穴(仮)』のすぐ隣。ものの数秒で到着した。
「ふぅ…ただいぼふ!?」
「ご主人! 腹減った! ごはん! そしたらオレと遊ぶ!」
「あれ? さっき食べたばかりじゃなかった?」
「食った! でも遊んでたら腹減った!」
「じゃぁダメ。昼まで我慢な」
「クゥ〜ン……」
俺は愛犬に規則正しい食事をするようきちんと躾をしているだけ。
それなのに、
「クゥ〜ン」
「っ……」
コロが愛玩動物から魔物ヘクラスチェンジして以来、躾に対して物凄く罪悪感を抱くようになった。
こう、なんと言うか…犬の頃よりも表情やしぐさがダイレクトに伝わってくるため、主人としての厳格な態度というものがとりづらくなってしまったのだ。
「クゥ〜ン」
「……はぁ。ちょっとだけだぞ?」
「わふん♡」
あーまたやってしまった……orz
このままだとコロが味を占めて妙な知恵をつけてしまうかもしれない。
ダメだ…それだけは何としても阻止しないと!
「ご主人、難儀な性格してるよね」
「オレご主人大好き! タマはご主人嫌いなのか?」
「……別に、嫌いとは言ってないし」
「大好きなんだな!?」
「……コロうるさい」
「わふ!」
……午前があっという間に過ぎていく。
正午過ぎ。
「ふぃ〜食った食った〜。コロ、タマ、お腹いっぱい?」
「いっぱい! うまかった!」
「ボクもいっぱい。残ったのは後で食べる」
「はいよ。お粗末さまでした」
先日のドンチャン騒ぎのおかげで食材はかなり心許なかったが、工夫を凝らしなんとか乗り切ることができた。
俺はともかく、コロとタマにはひもじい思いをさせたくない。
「ご主人! 遊ぶ! 玉投げて!」
「いいけど、食べてすぐ動いたらお腹痛くならない?」
「なる! でも遊ぶ!」
逞しい。
「ふにゃ〜…ボクは寝るから、ご主人頑張って〜」
「うん。おやすみー」
タマはお昼寝のためそそくさと退場。
ということで、
「じゃ、外行くか!」
「わふ!」
一方その頃、狸娘トウカはというと、
「よっこらしょっとー。ふー、看板の取り付け完了っすー。ほむほむ、なかなか良い感じっすねー」
フンッと鼻を鳴らし満足そうに看板を眺めていた。
「外観はこんなもんっすねー。あとはー事務所の内装をー…考えてー……」
探偵事務所開業へ向け思考するトウカの視線が、住宅街を颯爽と歩くある人物に釘付けとなる。
長い銀髪。
燃えるように紅い瞳。
身長も高く細身だが、出ているところはキッチリと出ている。
きっと良いとこの出なのだろう、歩き方からも既に気品を感じさせる。
「はわー」
美人でかっこいい。
同性であるトウカでさえも憧れのような感情を抱いてしまう。
「………」
ダイナマイトな美人さんと愛しのマイボデーを見比べる。
………。
…………。
……………。
そうだ、重要なのは大きさではない。
自分は形・ハリ・触り心地を重視しているのだ。
だから自分は決して負けてはいない。
負けてなんかいないのだ……。
「……っす?」
こぼれ落ちそうになる涙を必死に堪えていると、美人さんがベルメリオ宅前で立ち止まる。
むむ? まさか……。
トントン……ガチャリッ
『わふん♡』
『こらコロ! 飛びつくなってあれほど……』
『ふふ。コロは相変わらず元気ですね』←完全に櫓立ち状態(検索してみよう!)
『あれ? エリザベスじゃないか。どした?』
『ベル、突然すみません。実は、折り入ってお話したいことがあるのですが……お邪魔、でしたでしょうか?』
『いやいや、全然。コロの相手しようと思ってたところだけど、せっかく君が訪ねてきてくれたんだし、そっちは後回しにするよ』
『わふ!?』
………。
ま、まぁさすがに家にあがりこむ程の仲では……
『さ、とりあえず入って。君の好きな紅茶淹れるよ』
『はい、ありがとうございます』
『クゥ〜ン』
『コロ、すみません。突然ご主人様を取り上げてしまって』
『わふ! オレエリザベス大好き! だから我慢する!』
『ふふ、ありがとうございます。私もコロのこと、大好きですよ』
『わふん♡』
ギィ〜……ガチャン
「………」
開いた口が塞がらない。
まさかそんな…ベルメリオがあんな超絶美女と知り合いだったなんて……。
しかもやけにフレンドリーな感じだった。
コロも警戒心0どころか、『大好き』とまで言っていた。
「ほむー」
2人の関係が気になる。
こんなモヤモヤした状態では事務所開業に身が入らないばかりか、夜も眠れなくなってしまう。
………。
「探偵としての初仕事っすねー」
依頼人、自分。
請負人、自分。
少し早い、探偵業務が始まった。
ベルメリオ宅、居間のテーブルにて。
「……美味しい。ベルの淹れる紅茶は、いつ飲んでも変わりませんね」
「良かった。なんかエリザベスのために淹れようとすると、いっつも緊張するんだよなぁ」
「それ、わかる気がします。私もあなたに料理を振る舞うとき、とても緊張しますから」
「はは、お互い様か。なんでだろうな」
「ふふ、どうしてでしょうね」
甘ったるい空気が家の中を満たす。
この感じは何なのだろうか。
良く分からないが、俺は彼女と過ごすこのなんでもない時間がとても好きだ。
「あの、ベル?」
「うん?」
「2人でいるときは、その……」
物静かなエリザベスが、ほんの少しだけソワソワしている。
「あー、堅っ苦しいよな。ごめん、『エリィ』」
「……はい♪」
エリィの足元で眠るコロが耳をピクつかせながら大きな欠伸をする。
エリィがこの家を訪れると、コロは彼女の傍を決して離れようとしない。
それほどまでに彼女のことが好きなのだ。
幼い頃からの付き合いだ、当然といえば当然か。
「それでエリィ、話って?」
「はい」
エリィはティーカップをソーサーの上に戻すと、紅い瞳を真っすぐこちらに向けてくる。
その瞳から、どことなく寂しさを窺わせる。
「先日の魔物襲撃の件ですが、領主である父に代わり、娘である私がお礼を……」
「そんなのいいって。礼を言われるために民警やってるわけじゃないんだから」
「ですが……」
「いつものことじゃんか。領主様が民警…というか俺のこと良く思ってないのは、今に始まったことじゃないだろ?」
「………」
「こっちも働きに見合った報酬はもらってるし、何も文句はないよ。俺個人が疎ましく思われてるなら、それはそれでいいさ。それよりも、エリィが俺達のことで領主様とイザコザを起こさないかどうかが心配だ」
「いえ…私のことは、どうか気にしないでください」
「そういうわけにはいかない。君は次期領主なんだから、現領主様と不仲…なんてことにはなっちゃダメだ。大事にされてるんだから、もっと領主様を尊重してあげないと」
「………」
俯くエリィ。
う〜ん、どうしたもんか。
彼女は襲撃が起こる度に、こうして民警のリーダー(仮)である俺の家を訪ねてくる。
父の代わりと言い、何度も何度も。
「……そうですね、あなたの言う通りです。次期領主として、もっと自覚を持たなくてはいけませんね」
「うん。こっちのことは気にしなくていいから。な?」
「……はい(こんな立場でなければ、もっとあなたのために、私は……)」
「ん、どした?」
「あ…いえ、なんでもありません」
エリィは柔らかく微笑む。
………。
何年の付き合いだと思ってんだ。
作り笑いなの、バレバレだって。
「さ、重ーい話終わり! そうだ、エリィに紹介したいタヌ…人がいるんだ」
「はぁ、最近話題になっている、新しい住人のことですか?」
「そうそう。すぐ隣だから、ちょいと会っていかないか?」
「そうですね。是非お目にかかりたいです」
なら早速!と椅子から立ち上がると、エリィが何かに気づいたかのようにハッとする。
「あの、ベル?」
「うん?」
「その紹介したい住人というのは…もしや、後ろにいる方のことですか?」
「後ろ?」
エリィに促され後ろを振り返ると、
「うお!?」
「すぅ〜〜〜」
外から窓にへばりつくトウカの姿が。
なにしてんだ、コイツ……。
「はわー、お二人は幼馴染っすかー。またベタな関係っすねー」
「ベタって…でも一般市民と領主の娘だし、組み合わせは珍しいかもな」
居間には俺とエリィ、トウカの3人+1匹(エリィの足元にコロ)。
自己紹介もそこそこに、いつの間にか昔話に花が咲く。
「普通の出会い方ではありませんでしたからね」
「詳しく教えてほしいっすーノ」
「……俺は覚えてない」
「私は鮮明に覚えていますよ? そうですね、あれは今から20年前のことでした……」
「wktk」
「恥ずかしいんだけどー!」
中略
「魔物に連れ去られそうになった2歳のベルを、当時5歳だった私が助けた…というお話です」
「はわー…エリさんカッコイイっすー」
「俺はとても恥ずかしいっす……」
覚えていない、というのは嘘。
いくら幼かったとはいえ、5歳の少女に助けられたという経歴は男として筆舌に尽くしがたいものがある。
『困った時はお互い様』を信条とする父親にも、『男らしくない!』と叱られた記憶がある。
そんな昔のことを良く覚えているなぁと自分でも感心する。
それほどインパクトの強い出来事だったのだろう。
「それ以来、ベルの御両親からお誘いを受ける機会が増え、自然と交流も深まっていきました」
「確かにー普通の出会いじゃないっすねー。絆も深まるはずっすー」
「はい。父はあまり良く思っていないようでしたので、良くお忍びで遊びに伺っていました」
「父ってー領主様のことっすよねー? なかなか肝が据わってるっすねー」
「ふふ、それほどでも」
………。
5歳で魔物を撃退したとこには触れないのな。
「今も昔も、ベルとは姉弟のように仲良くしています。私は1人娘なので、『お姉ちゃん』と呼んでくれたベルがとても可愛くて……弟ができたようで、とても嬉しかったです」
「ほー、『お姉ちゃん』っすかー」
「……いや、昔の話ね? 今は呼んでないよ?」
トウカから微妙な視線が送られる。
「つい最近まで呼んでいたではありませんか。また、『お姉ちゃん』と呼んでくれても……」
「呼ばないから! というかつい最近て、もう10年は呼んでないから!」
「そうですか…残念です」
そう言い、エリィはニコリと笑う。
……半分冗談で半分本気って顔だな、これは。
「ほむ。お二人の関係はよーくわかったっすー」
「それは良かったです。まだお話していない部分もありますが…それはまた、後日改めて」
「楽しみにしておくっすー」
「もういいって…俺凄い恥ずかしいんだけど……」
長かった座談会もついに終わりを迎える。
はぁ…羞恥プレイもいいとこだ……。
夕刻、玄関前。
「今日は楽しかったです」
「同じくーノ」
「送ってくぞ?」
「いえ、今回は遠慮しておきます。中央区までの道案内も兼ねて、トウカさんに送っていただきますから」
「『お姉ちゃん』はうちが守るっすからー、安心していいっすよーノ」
「……ゴリゴリいじってくるなぁお前」
「いやーそれほどでもー」
「褒めてない!」
「ふふ♪」
2人に別れを告げ、角を曲がり見えなくなるまで見送る。
「さて、夕飯の準備するか。あ、しまった食材が……」
昼飯の後に買い出しに出かけることをすっかり忘れていた。
はぁ…まいっか。
ちょっと苦しいけど、今夜は外食にするかな。
よし、そうと決まればコロとタマ、呼んでくるか!
東区住宅街にて。
種族の異なる2人の女性が、おしゃべりをしながら楽しそうに歩いている。
「こう言うのもアレっすけどー、なかなかケッタイな街っすねー」
「そうですね。東・西・南・北と4つの正門からなる、上から見ると十字型の構造になっています。もうご存知かもしれませんが、北は海、東から南にかけては、雪の降り積もる山脈地帯となっています」
どうやら銀髪の女性は、この街の構造や状況について説明しているようだ。
「ほむほむ。もしかしてー西にある森も『いわくつき』っすかー?」
「はい。正式な名称はわかりませんが、樵の方々の間では『精霊の森』と呼ばれているようです」
「あー、いかにもって感じっすねー」
「魔物が生息しているということもあり、通り抜けることは非常に困難です。ですが、木材などの資源が豊富にあるという意味では、この街にとって無くてはならない存在であると言えます」
狸娘は話を熱心に聴きながら、メモ帳のようなものにその内容を緻密に書き込んでいく。
「先程トウカさんが仰っていたように、確かにこの街は変わっています。潮が満ちて街中が浸水してしまうことも珍しくありませんし、山脈から流れ込む冷気の影響で作物も思うように栽培することができません。例の森から魔物の襲撃を受けることもあります」
「難儀なもんっすねー」
「はい。ですが……」
銀髪の女性が夕空を見上げる。
「ここは、『私達の街』です。どんなに過酷な状況であろうとも、絶対にこの街を見捨てることはありません」
「………」
狸娘も一緒になって空を見上げる。
「それはー、領主の娘だからっすかー?」
「もちろん…と言いたいところですが、それだけではありません」
銀髪の女性は優しく微笑みながら、
「あの人の…彼の、大好きな街ですから」
「あー、そゆことっすかー(雌の顔……)」
何かを悟る狸娘。
「す、すみません。知り合ったばかりのトウカさんに、こんなお話をしてしまって……」
「気にすることないっすよー。うちとエリさんはー、もう友達っすからー」
「……はい!」
微笑み合う2人。
「それはそうとー、海岸線に伸びてるあの線路は何なんすかー?」
「あれは帝国直通の線路です。10年程前に開通して、定期的に列車が……」
外見も種族も異なるが、出会ってすぐに意気投合。
仲良くおしゃべりをする2人の姿は友達というより、まるで姉妹のようにも見える。
これが運命的な出会いであることを、2人は知る由もない―――
〜探偵事務所・本日の業績〜
『開店準備中』
諸事情により開店延期
ごめんね!
17/11/17 21:36更新 / HERO
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