読切小説
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トレジャーハント!
―――『竜の涙』。


透き通る蒼の色をした稀少鉱物。

稀少なだけに、人生を賭けてまで追い求める者も少なくはない。


この物語の主人公もまた、例外ではない。


「マスター、いつものを頼む」

「かしこまりました」



ここは、カストル地区のとあるバーである。


「はぁ……見つからないな」

「また、探していたのですか?何でしたっけ……確か、竜の?」


燕尾服のマスターと貧弱、とまではいかないがそこそこに鍛えた体つきをしたワイルドな客が話している。

マスターはその客に良く冷えたビールのジョッキを手渡しながら訊いた。


「そうそう、『竜の涙』ってキレーな石ころさ。
澄んだ蒼の色をした鉱石で、ドラゴンが棲む山にあるとか無いとか……」

「その話、もう6度目ですよ…。
その話を何度も何度も持ち出すとは、お客様はかなりの根性がおありで」

「ったりめーよ、マスター。俺はトレジャーハンターなんだからよ。
宝探しは運と根性って相場が決まってらぁ」


そして旨そうにビールを飲み干し、男はおかわり、とジョッキを返した。


「―――『竜の涙』、ですか。私も見たことがありませんからね……」

「俺はそのキレーな石で一山当てるって算段なワケよ。
それにしても、ここらの情報網はなかなか良いな。
欲しい情報が集まりやすくて上等だ」

「左様でございますか。
―――余計なお口添えかもしれませんが、私の思うところ、食物に鮮度があるように、情報にも鮮度がございます。
早く仕入れる分だけ、時間が経てば徐々に腐敗していく。
用心しないとすぐに質が落ちますよ」

「食べ物に例えたか……なるほどな。一応、覚えておくよ」


ビールを煽りながら、男はマスターと会話していた。

すると、


「―――その話、宜しければ私も混ぜてくれやしませんかね?」


2つ離れた席に座っていた黒スーツの男が、こちらに寄ってきた。


「……俺の話か?」

「先程から気になってましてね。実は私もその宝石に用があるんです」


寄ってきた男はにこやかに話しかけてきた。


「あんた、ここじゃ見ない顔だな。……名前は?」

「おや、失礼。
私は『マシュー=ミリンガル』と申す者です。マシューで結構です」

「俺は『ジャノン=ダクト』だ。ジャノンでいい」


ジャノンは付け加えて、マスターにビールのおかわりを追加した。

それに続いてマシューは、赤ワインを注文した。


「私は宝石コレクターでね。最近は自分で見つけるのが楽しみなんです。
巷で噂の『竜の涙』、別名【蒼竜石】。
……是非とも、是が非でも、手に入れたいもんですよ」

「だがなマシュー、自分で見つけると言ったが『竜の涙』だけはそうもいかねぇぜ?
稀少鉱物で入手ランクは最上級、実際市場に出るケースは稀だ。
………あるとすれば裏のルートだが、高値で売り、蓋を開けてみれば偽物だったというのも無くはない話だ」

「ええ、私の友人がそれを掴まされましてね。私も教訓にしていた所です」

「! それは気の毒だな……。
確かに、最近は特に偽物が出回っている。
出回り過ぎている故に偽物かどうかを見抜くのは容易くなった。
実物はそんなものを遥かに凌駕するらしいからな」

「そうですね――そうそう、ジャノンさんには悪くない情報を私持っているんですよ。
それも、とびきり上等なのをね…。聞くだけでも損は無いですよ?」

「……ふむ、そこまで言うなら聞こう」

「最近はただでさえドラゴンの数が減ってきている……。
が、その貴重なドラゴンがこの地区近隣の山に棲み始めたそうなんです!
どうです?スクープでしょう?」

「本当か!?それはかなり重要な情報だぞ!
―――しかし、どこから仕入れた?俺の耳にはそんな情報1つも……」

「あいにく、ヒミツです。こればかりはお答えできないんですよ」


『竜の涙』、その名の由来は、名の通り竜の涙で生成される鉱石だと言われているからだ。

それが故に、『竜の涙』を求める者は、まずドラゴンを探すのが先になる。

しかし、情報を仕入れるだけでも苦労する上に、探す間に多くの者が命を落とす。


「マシュー、……あんた一体何者だ?」

「ただの宝石コレクターですよ―――ただの、ね。
それより、明日からもう動き始めましょう。なるべく早い方がいい」

「鮮度が大事、だな?マスター」

「その通りでございます、お客様」

「それでは明日の明朝、ここの前で」

「いいだろう、それでは…な」


二人は料金を払ってバーを後にした。




「―――来ましたか」

「すまんな、軽く寝過ごした。それと、少々準備に手間取ってな」


ジャノンの背中には、登山用のバックパックとは別にごつい大剣を背負っていた。

「確かに山登りは楽ではないですが、まさかトレジャーハンターがその様な大剣を持ってくるとは思いもしませんでした……」

「なあに、相手はドラゴンだ。しかも魔物だしな。
まあ、確かに登山の邪魔にはなるかもしれないが、威嚇程度には機能するだろう」

「フェイクにしては随分な獲物ですねぇ……私にはあまり関係ないですが」

「マシューは昨日とあまり変わらないな」


マシューは昨日と同じ黒スーツ、それに加えて白い手袋、黒いサングラスをかけて、手にはビジネスバッグ――という、登山には絶対適していない格好だった。


「むしろ、正気か?登山を甘く見るなよ」

「私の事は大丈夫です。お気になさらず」

「そんな格好で大丈夫か?」

「大丈夫ですから。問題ありません」


一通りの準備を終え、マシューの情報に沿いながらその山へと向かった。




「―――どうやらここが麓みたいだな」


『カタリナ山』。

別段目立った特徴は無い。

それには訳があって、この地区には山が2つあり、その内の1つが『ナタリカ山』という別の山がある。


『ナタリカ山』は比較的登りやすく、観光スポットとして各地に知られている。頂上からの景色はなかなか素晴らしい。

その逆に、『ナタリカ山』の少し離れた所に、『カタリナ山』があるのだ。


『カタリナ山』にはやたら長い頂上までの道のり以外、特にこれといった特徴が無く、観光スポットには向いていないが、武者修行者やロッククライマーが訪れるだけである。


「傾斜はあまり無いが、結構長そうだな」

「じっくり行きましょう。まだまだ時間はありますからね」


マシューは冷静に上を見上げた。

水分補給をしながらジャノンは後をついていく……。




―――数時間後。


二人は山の中腹地点にたどり着き、昼食をとっていた。


「なあ、マシュー」

「何でしょう」

「登ってる途中のアレ、見たよな?」

「ええ、勿論。情報が当たって良かったです」


ついさっき、見たのだ。

凛々しいドラゴンの魔物娘を。

優雅に空を舞い、それを見た二人は息を飲んだ。


「一筋縄ではいかないだろうな」

「私は戦えませんからね、ジャノンさん?」

「わかっているさ。だが……マシュー、お前本当は戦えるんじゃないか?」

「―――何故、そう思うのです?」

「直感さ。俺の勘は良く当たるからな」

「さぁて、どうでしょうね…」


マシューは誤魔化すように遠い目をした。


「さあ、そろそろ行きましょう。目的の場所までもう少しですから」

「おう。必ず宝石に辿り着いてみせる」


二人は気合いを入れ、再び登り始めた……。




「どうやら、ここの様です」


マシューが洞穴を指差し、こう言った。


「い、いよいよか……武者震いがしてきたぜ」

「まさか、ビビっているのですか?ジャノンさん?」

「バカ言うな、俺がか?
ハッ、その冗談はエイプリルフールにでもとっておけ」

「まぁ、ドラゴンといえど相手は女性。
人の見方にもよりけりですが、紳士的にいけば問題ない筈です」

「女性って……まぁそうなんだが、俺は一般的に魔物は魔物って割りきってるしな――」


ジャノンは教団の人間ではないから、そこまで魔物娘は敵視してはいない。

だからといって特別視もしていない。

どちらの肩も持つつもりもないジャノンはどう言おうか口ごもっていた。


「俺は―――、」



『外が騒がしいと思ったら、何じゃお主達は?』


エメラルドの様に輝く鱗。

ルビーの様に煌々と燃える紅い瞳。


ドラゴン。

この「カタリナ山」の主。


美しい宝石の様な彼女と、ついに遭遇した。



「お前だな?この山の主ってのは……」

『いかにも。我こそが竜妃。しかし、最近見なくなったものじゃ』

「―――何が言いたい?」

『お主の様な、探検ごっこでこの山に来るような輩が最近見かけなくなってな。我としては平穏で何よりだが』


ドラゴンは軽くあくびをひとつ、綺麗な瞳でジャノンを見据えた。


「ごっこ……だと……?」

『後ろのお主はよう分からんが。お主は何なのじゃ?』

「あー、私は付き添いですよ。ただの付き添いです。ええ、ただの」


マシューは緊張感もなくおどけていた。
しかし、ジャノンは憤怒に満ちていた。


「ふざけんじゃねぇ!ごっこだぁ?舐めたこと言ってんじゃねぇよ!
こちとら真面目に宝石求めて来てんだよ!」

『威勢だけは良いな……だが、ごっこじゃなければ何なのじゃ?』


「俺の、生き様だ!」


背中の大剣に手をかける。
ごっこ呼ばわりされたプライドにかけて。飾りといえど振るえば刃……!


『そのでかい剣で我を切り捨てると?ここに来る輩はいつもそうじゃな……』

「いつも……?」


ドラゴンはなぜか悲しそうな表情をしていた。
ジャノンは大剣にかけた手を戻す。


「何だよ、いつもってのは。チッ、やりづらいっての、全く」


『我はいくつもの人間の「覚悟」を見てきた。
いっつもいっつも、行く先行く先の山で―――お主の様な輩は、必ず我と敵対し、武器を振るう。
生半可に、中途半端に我との勝負に挑もうなどとは温い。甘いのじゃ。
我に挑戦するに当たっての「覚悟」が足りん』

「何だよ説教か?
説教たれる前に俺の生き様をごっこ呼ばわりは許せないんだが?」

「あ、あのージャノンさん……?」

「マシュー、あんたには悪いが俺がやる。丁度良いぐらいに燃えてるからよ」

「それは勝手にしてくれても構いませんが……」


マシューはうろたえた。

このまま行けば、目的から遠ざかると。

更には、失敗にも通じると。


『お主の「覚悟」、とは一体何なのじゃ?
さあ、その憤怒とともに我にぶつけてみるがいい』

「さっさと泣いてもらうぜ……後悔すんなよ!」


「待ってください!」


マシューが今にも飛びかかりそうな二人の間に割って入った。


『お主……何がしたい?』

「力量の差は目に見えています。
ですからここは己の力以外で勝敗をつければどうでしょう?」

「マシュー……俺はだな」

「ジャノンさん、貴方は死に行くつもりですか?
相手はドラゴンなんです。
無理して「覚悟」を見せたところで、貴方が命を落とせば勝利とは呼べないんです。分かりますか?」

「………………。」

「ましては、今貴方は目先の怒りだけで向かおうとしている。
私達の目的は戦いじゃない、そうでしょう?」


マシューはジャノンに語りかける。


「覚悟を見せる方法は、別のやり方でも出来る筈です」

『お主の連れは戦を好まないらしい。
自分の身を守りたいが為のでたらめかもしれんがの』


ドラゴンは腕を組み、マシューを見つめている。


ジャノンはマシューが言った「覚悟」について考えた。

確かに無茶な事をしようとしていた。

相手はドラゴン。
体つきは人間に比較的近い種族。魔物娘。

そこらのごろつきとは違うのだ。
大剣一本で何とか出来る方がおかしい。

プライドが傷つけられたから怒りに任せて、真っ向から向かって勝てるというビジョンは絶対にあり得ない。


「確かに、まぁ、そうだな……」

『何じゃ?怖じ気づいたのか?』


相手は火炎だって吐くし、鋭い爪や翼もある。

こちらは怒りと大剣一本。
小手先の剣術では勝つことは到底無理だ。


「マシュー、すまなかった。
俺は傷つけられたプライドだけを気にして、目的を忘れるところだった。
俺にはちゃんとした目的がある……!」


ジャノンはマシューに詫びて、ドラゴンに向き直る。


『憤怒の感情はもう無い様じゃな』

「待たせたな、カタリナ山の竜妃。
本当は適当に「覚悟」ってもんを決めるつもりだったが、今しがたとびきり上等な「覚悟」ってのを思いついた」

『フ、我に刃は向けないと?臆病者め』

「そうだ。俺は臆病者かもしれねぇ。
第一、俺に大剣なんてものは似合わねぇしな……だが、別に倒すことだけが勝利とは限らねぇ。
だから俺は、さっき思いついた俺なりの「覚悟」でお前を圧倒させてやる事にした」

『ほう―――謂うようになったな』


ジャノンは大剣を地面に突き立てた。


「おい、カタリナ山の竜妃」


洞穴に風が吹き抜ける。

覚悟を、運んできたかのように。


「俺の嫁になれ」


「なっ……!?ジャノンさん何を――」

『――――――フ、面白い』

「さっきのごっこ呼ばわりは確かに気に食わねぇ。
だけど、お前を従えようとする奴なんか誰もいなかっただろ?
これが俺の「覚悟」だ―――俺について来い」


ジャノンの目は真剣だった。
どっち付かずだった彼の気持ちに、揺るがぬ「覚悟」が、満ちていた。


『フフ、面白い……面白いぞ!
その様な事を言ってきた輩はお主だけじゃ、口説き文句も大層なものじゃ―――その「覚悟」、本気なのじゃろうな……?』




――――その夜。


マシューは「少し散策してきますから、二人でごゆっくり」と外へ行ってしまった。

焚き火を囲む、人間とドラゴン。
洞穴の外は、丸い月が山肌を照らしていた。


『外界は広い。お主は霧で護られた峡谷を知っているかの?』

「行ったことはない……が、聞いたことがある」

『あの峡谷は我にとってもあまり良い環境とは言えなかった事を覚えている。
だが、その環境に対応して生きている人間は少なからず居たのじゃ』

「そうなのか。新世界だな……。
トレジャーハンターは冒険家とは少し違うが、眠る財宝を見つけ出すのはいつもワクワクするもんだ。
知らない土地での宝探し……たまらん」

『お主は気味が悪いな……宝にしか目がないのか?愚か者め』

「仕方ねぇじゃねぇか、これが俺の生き様、俺の情熱だ。
愚か者でも宝を手にすりゃ結局勝ち組さ」

『フン、タチが悪いのぅ……。それなら、ほれ』


ドラゴンは何かを差し出してきた。

受けとると、それは紫色の石だった。


『拾ってきたんじゃ、それ』

「これ……『雲散霧消石』じゃねぇか!?何だよ……拾った、だと?」

『お主の生き様を馬鹿にするために出したのではない。単に自慢じゃ』


竜妃が得意気に鼻をならした。


「―――クソ羨ましいぜ。何かネタばらしされた気分だよ。
しっかしよりによって何で『雲散霧消石』っていうレアなやつを」

『宝石を見る目は誰よりも負けない。我の身体的な自慢のひとつじゃ』


レッドスピネルに似た、澄みきった真紅の瞳が、ジャノンを見つめる。


「確かにそんな気軽に拾ってくるんじゃ、俺の生き様もごっこに見えるか……あーあ」

『むう、アレはちと言い過ぎた、詫びよう。
だが、挑発にまんまと乗るようなお主もお主じゃ』

「クッ、言い返せねぇ……まあこれ以上はおあいこだ」


お互い宝石の話で盛り上がっていた。


『そうじゃ、お主よ。空を飛んでみたいとは思わないか?』

「空を?……そうだな、ガキの時は考えた事もあったかな」

『特別に、飛んでみないかの?我の力強い腕の中で、じゃ』


どうじゃ?と念を押すかのように確認してくる。

ジャノンに高所への恐怖心は無い。むしろ、好んでいた。

「上等だ」



その頃、マシューは―――


「暇ですねぇ、ホント。散策なんてノープランですし」

誰かに話しかける様に、独り言を呟く。


「ジャノンさん、上手く行けばいいんですが……ま、今心配したところで何かが進むわけじゃ無いですし」


壁を削る手を止め、一息。


「月が綺麗だ……」


マシューのスーツは、まだ汚れていない。



「爽快だな!空を飛ぶのは!」

『じゃろう?人間には知り得ない世界じゃ』

「ああ、全くだ!」


月が煌々と煌めく夜空を飛ぶのは、とても気持ちが良かった。

しかし、ジャノンはお姫様だっこ状態なので男としては恥ずかしい体勢になっていた。

飛んだらそんな事はすぐに吹き飛んだが。


「なぁ、お前の名前は何だ?」

『名前?そうじゃな―――そういえば、考えた事も無いかもしれぬ』

「………そうか」

『お主、確か名前はジャノン、とか言ったな?』

「そうだ、ジャノン=ダクトだ」

『我はお主を気に入ったぞ、ジャノンよ。
なかなか類を見ない種類の人間だからな、より一層じゃ』

「そいつはどうも」


しかし、ジャノンは納得していなかった。
彼女に名前が無い―――そこに、何か違和感、違和感の様な何か―――がまとわりついて離れない。


『そろそろ夜が明けるぞ?ジャノン』

「ああ、そうだな」


朝日が山を照らし出す―――


「帰ろう」

『じゃな』


ジャノンは彼女の腕の中で、物思いにふけった。

明るくなる空の中で―――。



洞穴へ帰ってくると、マシューが出迎えてくれた。

マシューは「凄く眠いですが、おはようございます」と眠気だけは伝わってくる挨拶を交わした。


「それで、勝負は決まったのですか?」

『そうじゃな、正直勝負なのかも怪しくなってきてはいるが、我はジャノンという人間をより知ることが出来て良かったぞ』


ドラゴンはうんうんと頷く。


「なぁ、俺、考えたんだ」

『?』

「お前に、似合う名前」

『―――ジャノン、それは本当か?』

「名前が無いなら、ずっとこの山の竜妃でいい。
だけど、俺が「覚悟」を決めた以上、お前と一緒に、俺は宝探しをしたい。
だから俺はお前に、名前をくれてやる」

「ジャノンさん……」


ジャノンは両手を広げ、ドラゴンに向かって叫ぶ。


「俺と一緒に、行こうぜ!」


『――――お主は、本当に面白い奴じゃ。我と共に歩もう……ジャノン!』


ジャノンは飛び込んできた彼女を抱き止めた。
力では彼女の方が上なので、少しグラついていた。


『一晩で我を夢中にさせた事、覚悟しておけよ?』

「これは決意だ。「覚悟」はとっくに済ませたさ」

『そうか……そうだったな』


お互い顔を見合せ、笑顔になる。


「そうだ名前、名前……そうだな……」

『何じゃ、結局決まってないのか?無理に格好つけおって……全く』


「よし、決めた。
お前が気に入るか分からないが、取り敢えず一回呼んでもいいか?」

『相応しい名前を、期待しているぞ』

「ああ、―――――エルティル、なんてのはどうだ?」

『エルティルか……。いい名だ。気に入った』

「そいつは良かった。
……さぁ、エルティル。俺達はここから始まるんだぜ?
今の気持ちはどうだ?」

『嬉しいに決まっている……ありがとう、ジャノン』


彼女の緑色の瞳には、嬉し涙が溜まり、涙は頬を伝った。


「! ジャノンさん、涙が……」

「結晶化……している。まるで……宝石の様な……」


頬に触れる。
小さな結晶だが、間違いない。


「『竜の涙』……これが……」



そう、これがまさに『竜の涙』である。

マシューは頷きながら「昨日の散策は骨折り損でしたか……トホホ」と嘆いていた。


『目の前で泣いている婚約者を放っておくとは……罪作りな男だな……ぐすっ』

「あーいや、すまんすまん……。そんなに嬉しいか?ほら、もう泣くな」


そう言いながらも、涙は止まらない。


「何だよ……嬉しいのは分かるがそんな泣かなくてもいいんだぞ……ったく」

『分からない……分からないが、涙が止まらない……ぐすっ』


ほろりほろり、しばらく泣き続けた。

後に、ぴたっと涙は止まってしまった。


「なぁ、マシュー」

「何でしょう、ジャノンさん?」

「俺にこれは不要になったかもしれん」


差し出したのは小さな蒼い結晶―――勿論、正真正銘の『竜の涙』。


「宝石は見つけた。だけど、宝石はひとつじゃない。
俺が選んだ宝石は、他の奴には死んでもやらん。
だから、これはお前が持っていけ」

「ジャノンさん―――では、ありがたく頂きます」

『結局お主は何だったのか、よく分からなかったのじゃ』

「何だっていいさ……マシューはただのコレクターだ」

「そういう事にしといてください―――そうだ、これからどうします?
ジャノンさん達は」

「俺はこいつと仲良く財宝やらをトレジャーハントしてくるさ」

『何だか新鮮じゃ。他の者と、しかも人間の男と一緒に旅とはな』


エルティルは胸を踊らせて、少し頬を染めて笑った。


「そうそう、マスターにそれ、見せてやってくれよ。
気にしてたの知ってるだろ?」

「ええ、分かってます。伝えておきますよ、貴方の事も」

「そういう事で、じゃあ俺達は颯爽と旅立ちますか、エルティル?」

『フ、良かろう。大空から我とのスタートじゃな』

「仲良くやっていこうぜ……!じゃあなマシュー!感謝してるぜ!」


エルティルはジャノンを抱えて羽ばたく。
二人は彼方へと飛び出していった。


「お元気で、ジャノンさん」


マシューは二人が見えなくなるまで手を振り、小さく別れを口にした……。





「――――という事があったんです」

「なるほど……それはそれは素晴らしい結末でしたね」



ここは、カストル地区のとあるバー。


燕尾服のマスターと黒スーツの客が、小粒の蒼い宝石を囲んで会話を交わしていた。


「綺麗ですな……先程の話からすると、何ともロマンティックな宝石でしょう」

「それ、一個一個に価値があるらしいですからね。
マスターにも差し上げますよ」

「! 頂けるのですか?」

「ええ、良いですとも。私の芝居にも付き合ってくれましたし」

「? 芝居、とは……?貴方は、一体何者なんです?」

「マスター、すみませんでした。私、宝石コレクターでは無いのですよ。
実はこういう者でして……」


マシューは懐から名刺を取りだし、マスターに差し出した。


「魔物娘調査員……?」

「代金と『竜の涙』はここに置いておきますよ、マスターさん?」

「名刺だけで名乗りも無しとは……お客様、一期一会というやつですか?」

「はははっ、まぁそういう事です。では、ごきげんよう」

「―――毎度ありがとうございます」



調査員は闇夜に紛れて征く―――



「ふう、山登り関連はしばらくやめましょう……。
さて、帰りますかね――本部に」




月は、輝いていた。
12/03/31 19:24更新 / ちーきく

■作者メッセージ
だらだら書くとダメな人の例。どうもちーきくです。
書こう書こうと最初は勢いがあったんですが間を置くと筆が進まなくなる。


イカンですね。


一念発起、アイデアを絞りながら書き上げました。
いがかでしたでしょうか。

矛盾点があるかもしれません。まだまだ未熟なものでして。
チェックはするんですが、後々気付いて直すことも多々あります。

連載モノもしてます。よろしければどうぞ。
後半はそっち(連載モノ)に繋がります。

読んでくださりありがとうございました。

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