連載小説
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散る花
 武彦の姿は滑稽なものだった。

 扉を破るために慣れていない蹴りをしたのだろう。体勢が崩れている。
 崩れた姿勢のまま呆然と彼が眺めているのは、扉に向かって脚を広げ、指を膣に挿れて果てている私だ。

 ……あぁ……。

 羞恥と、それを上回って溢れ出る劣情に思考が融解する。頭のどこかで聞こえていた理性の声も消えてしまった。

 この光景は完全に予想外だったのか、武彦は固まっている。
 呼吸すら停まってしまって生物として完全に死に体だ。

 致命的なその隙に、同じく死に体だったはずの私の体は、あれだけの快楽に溺れた直後にもかかわらず動いていた。

 上半身だけ起き上がらせた体が羽の一打ちで跳ね上がり、淫蜜でぬるつく脚が武彦へとたどり着くための一歩を思いの外力強く踏んだ。
 その勢いのまま。体当たりするようにその身を抱く。

 彼が衝撃に呼吸を乱す音を聞き、私は無防備なまま晒されているその首筋に牙を立てた。

 人間の脆い肌が牙を受け止め、すぐに限界に達する。
 プツ、と心地よい音がして彼の内部に侵入すると同時に、牙が差し込まれた部分から熱い液体が吹き出してきた。
 彼の血液――彼が生きていると雄弁に語る赤い命の証。
 それが私の舌に乗る。

 口内に広がる僅かな粘り気を含んだ彼の味は、輸血パックの味気ないものとは全く違う。
 いや、それくらいのことは分かっていた。だが、この味は領地に居た頃に啜った他の何人の血よりも遥かに美味しかった。
 人間の血液だからだろうか? いや違う。きっと私の生涯でこれ以上の血液と巡り合うことはないのだ。そう直感できる。濃厚で、味覚を根底から書き換えるような味。

 やがて武彦の呼吸が整ってきたためか、牙の隙間から零れる血の量が減ってきた。

 ……まだ、足りない。もっと欲しい。

 そう考えた直後、私は意識しないままに彼に作った傷口に強く吸い付いていた。
 赤子が乳を吸うように一心不乱にヂュウヂュウと音を立てて武彦の血を吸い上げる。

「ぅ……っ」

 ようやく整えられようとしていた呼吸がまた乱されて武彦の口からうめき声が漏れる。
 彼が息苦しそうに呼吸をするたびに、熱い血が私の口へと吸い上げられて、彼の熱が私の中で息づいてニンニクからもたらされた淫気を焼き払っていく。

 ……ああ、ああ……!

 血を飲んでいないのは一日程度。大した飢えではないはずなのに、全身に染み渡るような、涙がこぼれてしまうようなこの感覚はどうしたことだろう。
 満足いくまで血を啜った私は、ゆっくりと口を離して、彼の体に傷が残らないようにと傷を舐めて私の魔力を分けてやった。

 ちょん、と付いた傷口から出血がないことを確認していると、武彦が上ずった声で言葉を寄越してきた。

「ル、ルアナお嬢様……」

 何かを訴えるような声。私に捕らえられている体が不規則に震えている。
 みなまで言うな、分かっているとも。
 体を解放して、代わりに肩を押さえつけると、さしたる抵抗もなく武彦は私に押し倒された。

「私、は……理解したのだ」
「なに、を?」

 武彦の吐息を感じながら、私は頷いた。
 彼に痴態を見られてしまうまでの私は、我が身に燻る淫気を掻き出すことによって追い出そうとしていた。

 が、それは間違っていたのだ。

 どれだけ淫水を掻き出そうとも、満足できない体はいつまでも燻り続けるだけだ。
 この身を鎮めるには内から出すのではなく、内に受け入れて求めているものを満足させなければならなかったのだ。

 つまりは、

「君の精が欲しい」
「……な?!」

 身を硬くした首筋を舐めて顔を覗き込むと、武彦は赤い顔で絶句していた。

「血を抜かれたというのに血色がいいな。私に血を吸われて欲情したな?」
「いや、だって……。それよりもっ! 僕は先生だからそういうことはよくないんじゃ」

 この学園でそのような意見が通るはずもないだろうに。慌ててしまってなんとも滑稽で……可愛らしいではないか。
 それに、

「こちらは正直なのだがな」

 彼の股座に触れると大きくなったそれが手に触れた。
 久しぶりの吸血。それも人間の男になど初めてのことであったが、私はうまくやれたらしい。

「なあ、武彦。毒を盛られてしまってな、身体が火照ってしかたがないのだ。お前のこれでなければ鎮まらん」

 ゆっくりとズボンのチャックを外していると、武彦が心ここにあらずといった体で呟いた。

「ラリサちゃんが言っていたのってまさか……」

 突然出てきたラリサの名前に、手が止まる。
 何故動きを止めてしまったのか。その理由を考えようとするが、それは明確な形になる前に思考から溶け落ちていった。

「そう、あの子にニンニクを盛られてしまったのだ」

 答えながら開けきったチャックから手を入れて、中で猛っているモノを取り出した。
 熱く勃起した陰茎が跳ねて私の手からこぼれ出る。

「そう急くな」

 声をかけながら暴れる陰茎を掴む。自慰で手にべったり付いた淫水を塗りたくると、手を動かすごとに、にちゃにちゃと音がする。その音に煽られるように陰茎が手の中で大きく硬くなっていく。

「――っ」

 降参するかのように武彦がうめき声を上げ、手の中の陰茎が脈打つ。
 彼の急所を手の中におさめているという実感が私を興奮させ、腰がムズムズして淫水が垂れてきて気になる。

 ……これをもっと近くで観察したい。

 そう思うなり、私は武彦の脚に跨がって淫水を塗り付けながら陰茎を凝視した。

 人畜無害そうな持ち主とは違ってグロテスクな見た目をしている。
 テラテラとぬめったそれは、先端から粘液を分泌し始めていた。

「準備は万端だな」

 私は腰を上げ、手で固定した陰茎にぐちゃぐちゃにかき回していた膣をあてがった。
 なんということだろう。先端が触れるその僅かな接触だけで私の身体はこれまで以上に疼いてしまった。

 ……あ、は……っ。

 そのまま陰茎を咥え込んでやろうと考える私の腰を、武彦が掴んで止めた。

「ま、まって、ルアナお嬢さ……!」
「こんなにしておきながらよく言えたものだ」

 人の身によるささやかな抵抗。必死な表情から垣間見える武彦の理性と本能の鬩ぎ合い。私に血を吸われておきながら抵抗をすることに生意気な、と思い、そのような姿を見せられては滾ってしまう。

「無粋な真似は止めよ」

 そう命じると、武彦の手にこもる力が弱々しくなった。
 しかし、それでも持ちこたえることに少し感心する向きもある。

「お嬢様……っ、お嬢様は今、おかしくなっておりますか、ら。このまましてしまうわけに、はいきませ……ん。落ち着きましょう……ね?」

 言い訳のできない欲情の証を勃てながら、武彦はそのようなことを言ってのけた。
 私を、心配しているのか。
 ふふ、ふ……この私を、人間が心配するのか……不遜な。
 だが、それは正直なところを言ってしまえば不快ではなかった。だからこそもっと彼を困らせてやりたいと思うのはヴァンパイアの性というやつだろう。

「そうしようとしたのにこの部屋まで強引にやってきたのは君だろう」
「ですが――」

 何やら言い返そうとしていた彼の唇を塞いで言葉を遮り上と下の口で触れ合う。

 きつく閉じられている硬めの唇の頑なさが私の嗜虐心を更に刺激する。欲情に正直によだれを垂らす下の口のように、こちらの方も素直にさせたいではないか。

 だから、先に深く繋がったのは上の口だった。

 彼の体温に舌が包まれる。
 私の口に残る血の味と、彼の口腔粘膜の味がこれまで味わったことのない刺激を舌に与えてくる。
 驚いたことに、歯と舌と頬と口蓋とで僅かに味が違っていた。

 集中すれば集中するほど新たな発見がある複雑な味わい。これぞ美食の極地ではあるまいか。

 口腔への突然の侵入に驚いている武彦の舌を絡め取って堪能していると、腰を掴んで押しとどめていたいた彼の手から力が抜けた。

「は、ようやく、屈服したな。武彦……っ、私が、赦すのだ。その身を、委ねよ……っ」

 口を離して目で目を見据え、武彦のぼんやりとした黒い瞳に染み込むように言葉を送ろうとするが、口腔の味の余韻に声が震えてしまってスマートにいかない。
 嚥下した彼の血と唾液が胃から私を犯していく。

 そしてそのせいか、下腹からは精のお預けを受け続けていることによる飢餓感が感じられた。

 ……早く落ちてくれて本当に良かった。

 思ったよりも強烈な見た目だったため少しずつ確かめながら挿れようとしていた陰茎を一気に飲み込もうと決める。
 私が我慢が利かずに……となると示しがつかんからな。

「私の初めてを受け取ることができるのだ。感謝
するがいい」

 初めて、という言葉に、自分で発言しておきながら興奮してしまう。私はどこか壊れてしまっているのかもしれない。
 それも悪くないと思いながら、私は武彦に見せつけるようにして、亀頭の先に吸い付いていただけだった陰茎を完全に呑み込んだ。

   ●

 陰茎が膣を擦り付け、武彦の腰に私のそれがぶつかる。

 その瞬間、感じたのは熱だった。身体の内部がどこかちぎれて、私の膣がそれのための器官になるような感覚を得る。
 その変容は快感という感覚となって私を貫いた。

「ぁあああああ!」

 声が抑えられない。身体に挿入した陰茎の熱に、体内から炙られているかのようだった。

「ルアナお嬢様……っ?!」

 武彦が正気を僅かに取り戻したのか心配そうな声で言う。が、ふふ……。快楽の色が隠しきれていないな。それになにより、陰茎が歓喜にむせび泣いている。
 私の膣はヴァンパイアとしてか、それとも魔物としての本能なのか、彼の陰茎が泣き漏らしている粘液を一滴も逃すまいと吸い上げていた。

 股から吸い上げられ、全身に伝わる熱が、私の身体に凝る不純物を払っていくようだ。

 己が浄化されていく快感にどこかに飛んでしまいそうな私の意識を馴染みきらない陰茎の異物感と熱が繋ぐ。
 私の下であえぐ武彦が必死に息を吸うたびに、ヒクヒクと控えめに動いていた陰茎が我慢を超えてビクンと強く跳ねる。教師としての意地なのか、所有物として分をわきまえているつもりなのか。彼の自制とその臨界が見えるようで面白い。

「――ん、っふ、ぁ……っ、ああ……立派、ではないか……武彦」

 彼に告げると、陰茎が膣の中でまた少し大きくなったような気がする。現金なやつめ……愛いではないか。
 これだけ愛いならいいだろう。彼の陰茎に褒美を――刺激を与えようではないか。

 そう決めたことに膣襞が疼く。
 私は声とも息ともつかない呼吸を繰り返しながら腰を上げて、落とした。
 勝手はよく分からないが、陰茎を私の中に挿れる動き、あれはそれだけで自身を慰めていた時を上回る快感だった。彼の陰茎の歓びようから見ても、間違いではないだろう。

 どうしても整わない呼吸を整えることを諦め、私は彼の腰に手を置いて腰を引き抜いていく。

「んんんん――っん?!」

 すると陰茎の先端、ツヤツヤとして固く膨らんでていた亀頭が私の膣口に引っかかった。
 引き抜こうと力を込めると、私の中がめくれ、背中にゾクゾクとした快感が襲ってきた。
 羽がピンと緊張し、次の瞬間に全身が弛緩する。

「――――っあ!」

 力が抜けてまた陰茎を全て膣内に収められた。
 武彦が呻く。
 食いしばった歯の隙間から涎がこぼれている。情けない奴め。

「さ、て……もう一度、だ……っんん!」

 言い聞かせるように宣言して、私はまた腰を上げた。
 今度は腰を回して陰茎を膣全体で捏ねながら振り下ろす。

「――――っ」

 陰茎と膣が触れ合い刺激し合う。その感触全てが気持ちよくて声が漏れる。

「……あ――んぅ!」

 陰茎から絶えず注がれる先走りの液の中に含まれる精が少しずつ濃くなっていて、昂ぶっていく様子が明らかな陰茎。その脈動の感覚が早くなっている。
 限界が近いのだろう。

 そんな彼に合わせるように、あるいは煽られるようにして、私の動きも早くなる。

「――っ、あっく、っふ……ん! ん!」
「――っ、――! ――――っ……っ!」

 武彦がこらえようとしてこらえきれずに漏らすあえぎ声が限界が迫る様子を伝えてきていて心地よい。

 このまま精を搾ってやる……っ。
 最後はこれまで以上の快楽を与えてやろうと腰を上げる。
 膣口に陰茎の先端が引っかかる感触を耐え、最後の打ち下ろしを行おうと息を吸う。
 が、武彦が手を伸ばして私の腰を掴んだ。

「――ん、貴様……」
「い、いけま、せん、ルアナ、お嬢様」

 武彦は息も絶え絶えで手が震えている。快感に沈みきる直前なのだろう。陰茎も硬度を増して私の膣内に戻りたいと訴えているではないか。
 それなのに、しぶとく理性の糟が残っているのか……。

「ふふ……っ、とは言うがな貴様……ん、腰が、求めてい――っる、ぞ」

 だから武彦に事実を指摘してやった。
 引っかかった先端で膣口を擦り付けるように腰を回しているのは彼自身だ。

「ちが……っ」

 反応を見るに、彼は言われて初めて気付いたようだった。
 そして彼は自分の動きを止めるためか、腰を掴む手の力を強くした。
 指が尻に食い込んでくる。

「――!」

 爪が肌に跡をつけていく、痛みともむず痒さともつかない感覚。一人でしていたのでは感じることがなかった、少なくとも不快ではない感覚に、私は甘く囁いていた。

「私が、赦すと……っ言、った。従え、所有物――っく!」

 途端、武彦の手に篭っていた力が緩んだ。
 教師としての立場と私の所有物としての立場とがかけられた天秤が、私のモノであることに傾いたのだ。

 よくできた従者には褒美をとらすのが我が家の家訓だ。
 私は彼の力が緩んだ隙に陰嚢を潰してしまいかねない勢いで彼の腰に尻を叩きつけた。

「――――ッ!」

 彼の、そしてもしかしたら私の口からも悲鳴が漏れて、私から漏れ出た体液が彼の腰に飛沫く。
 深い繋がりを焦らされていた分、快感は強烈なものだった。
 背筋が伸びて彼に押し付けた尻た腿が痙攣する。
 快感で滲む視界の中、武彦が強く両目を瞑った。

 同時に、ヒクヒクと蠢いていていた陰茎がひときわ大きく脈打ち、膣内で先端がぷっくり膨らんだ。

 ――ぁ。

 これまでの生で初めて経験することになるそれがどのようなことなのか心構えができないまま、だが私の魔物としての本能が何が来るのかは知っていた。
 そして私の膣内に精液が注がれた。

「――――ッあ……あっ!」

 トプトプと注がれるそれは、それでも武彦の手に力がまた篭り始めたことや、歯を食いしばっていることから、尚も我慢しようとしているらしいと分かった。

 それでも力が篭もる腕は私を性器に引き寄せ、より深く繋がろうとする動きをしている。
 理性と本能がまったく別の動きをしているようだが、今は本能の時間だ。

 凄まじい速さで私の身体に武彦の精が溶け込んでいく。その感覚は、ニンニクなど及びもつかず、吸血を凌ぐほどの多幸感をもたらしてきた。
 私に溶けていく彼の子種。

 その働きに報いるかのように、膣は私の意思を離れて彼をより奥へ導き搾るように蠢いた。
 自分の性器がこのような動きができたのかと驚く程に私は自身の性器の動きを敏感に把握していた。その動きで襞がなぞる陰茎の形を脳内に焼き付け、精液を子宮が吸い上げては収縮した膣を脈動する陰茎に押し拡げられる。
 その度に私は痙攣し――ああ、私は何度も果てている。

 痙攣の合間に弛緩した身体が武彦の上に倒れた。すぐ近くにある吸血痕。朦朧とした意識でそこに舌を這わせると、同時に彼の射精の勢いが増した。
 彼は射精しながらまたイッたのだ。

「……ッ――!」
「――っ、ああ……っ!」

 一回一回が全て先程までとは質が違う達し方で、それは痙攣を重ねるごとにより強く私を感じさせる。
 たまらず彼に抱きつく私に武彦の精液が噴射され、彼の上で私は恥も外聞もなく歓声を上げて果てた。

   ●

「ぇ、あ、……っ、っは……ぁ」

 気がつくと、私は彼にしがみつきながら息を整えようとしていた。
 膣内にはまだ吸い尽くされて大人しくなった陰茎がある。これに刺激され過ぎていつの間にか意識が飛んでしまっていたようだ。
 なんという失態!

 快楽に全てを明け渡すなど、ニンニクよりもひどい有様ではないか?!

 たしかに、それほどまでに気持ち良かったし、また……幸せでもあった、か……。
 こんなものを知ってしまったのなら、もうこれまでのようにいつ彼がラリサと一緒になろうと構わないとは……。

「――ん」

 膣内で陰茎がヒクついて思考が寸断される。腕と足を解いて彼の腰の上に座る姿勢に戻る。触れ合っている部分からこれまでに感じたことがない居心地の良さを感じてしまう。月光浴をしている時の何倍も心地よいのだ。

 どうしたものだろう……。
 頬にかかった髪を直そうと手をやると、それが髪ではないことに気がついた。
 何か異物が貼り付いているように感じられたそれは乾いた涙の跡だった。

「――っ」

 口を動かすと口元にも違和感がある。慌てて両目を拭い、続いて口元も擦った。
 なんということか。快楽のあまり涙を流して涎までこぼしていたとは……っ。

「……っ!」

 キマリ悪い所を見せてしまったことへの言い訳をしようと武彦の顔を見ると、彼は吸血と吸精のためか、焦点の合わない目で私の胸の辺りに視線をさまよわせていた。
 私がどのような状態だったかなどを意識できているような状態ではない
 ……。
 私は咳払いをして、武彦に声をかけた。

「武彦。いつまでも胸ばかり見ていないで私の目を見たらどうだ?」

 声をかけられたことに反応して彼の瞳が動く。
 未だぼんやりとした彼の目を強く意思を込めて見つめ返すと、彼の瞳が急速に焦点を結んだ。

「ルアナお嬢様……」
「意外に雄々しいものだな。ふふ、私も、果ててしまったではないか」

 彼の意識がはっきりしてきたことを確認して、私はゆっくりと腰を上げた。

 ぬちゃぁ、という音と共に私と武彦の間に泡立った白い粘液の糸が引く。

 彼が出すものは私がほとんど吸い尽くしているため、これはほとんどは私の体液だ。
 それを彼に見せつけるように腰をゆっくりと上げていくと、力尽きて小さくなった陰茎が私の膣内から抜けていく。

 彼の熱が抜けていくことに一抹の物足りなさを覚えるが、一度精で満たされたおかげか、体はゆっくりと陰茎を抜く動作を完遂させた。
 粘液と共に私の中からまろび出た陰茎は、グロテスクな偉容から彼らしい、人畜無害な状態に治まっていた。膣口に引っ掛けてきたあの先端部に皮が被っている様が可愛らしくすらある。

 そんな彼の陰茎に触れると、武彦の肩が跳ねた。

「あのっ、まだ敏感で……っ」

 何か言っているが、無視して彼の陰茎を剥いてやり、付着している体液を脱ぎ散らかしてあった制服からハンカチを取り出して拭いてやる。
 一通りきれいになったところでぐちゃぐちゃになったショーツを拾って魔法で乾かす。
 ショーツを履き直して立ってみると、快楽の余韻で力がうまく入らずにふらついてしまった。

「っと。――」

 力を入れ直す拍子に股から彼と自分の体液の混合物がこぼれてショーツに染み込んだ。

 ……ん。

 その感触に不快感ではなく心地よさで身が震える。

「武彦。いつまで寝そべっているつもりだ」

 武彦は慌てたように身を起こして着衣を整えだした。しかし股間の辺りに情事の跡がありありと伺えるのが如何ともしがたい。魔法で乾かしてやってもいいが、私が犯したという証を消すのはやめておくのも一興か。
 武彦はズボンの状態を気にしているのか、私を伺うように見てくる。
 魔法を使えと言うのだろうが、断ってやるとも。
 そう思っていると、彼は情けない顔でこう言った。

「お嬢様、申し訳ありませんでした」
「……なに?」

 なんというか、その一言にむっとした。

 床に足を振り下ろすようにして彼との距離を詰めていくと、私が不快感を抱いていると少しは伝わったようで情けない顔が更に情けなくなる。

「私の処女を散らしておいて吐く台詞がごめんというのはな……」
「それは……向こうの世界に領地を持つような貴族の女の子にこんなことをするなんてと思いまして」
「そんなことはどうでも良い。家ではなく私を見ろ」
「はいっ」
「それで、お前は私として、気持ち良くはなかったのか?」
「いえ、そんなことはありません」
「ほう、ではどれくらい気持ちよかったのだ?」
「それは……これまで感じたことがないくらいに……です」

 夜の中、窓を背に月光を浴びていてよかった。
 逆光で武彦には見えない私の顔は、どうしても口元が緩んでしまうのをとめられなかった。
これまでにないくらいに気持ち良かったか……。
 彼のそんな言葉で不機嫌が塗り替えられていく。

 どうにも、私の中で、何か、変化が起きたようだった。
 私が今彼に感じているものはラリサに対して感じているものと似た、大切にしたいと、そう思えるものだ。

 ……正確にはラリサに感じているものとは少し、違うこれをなんと表現すればいいのか、私には判りかねる。

 いや、うるさくそれを説いていた友のせいか、私はそれが好意――愛と呼ばれるものではないかと思い至ってしまう。
 これがそうなのかは判然としない。だが、今私はこれまで以上に彼と離れがたい。

「吸血の感覚はどうだ?」
「初めての経験で……あんなにおかしくなるとは思いもしませんでした。あれだけで、出してしまいそうなくらいで」

 正直に口が回り始めた武彦は愛い奴だと思う。
ここまで素直に私の言う通りにしたのは今が初めてではないだろうか?
 そう考えると優越を感じるが、その優越に陰が差す。ラリサの顔が頭に浮かんだのだ。
 私の行為は、あの子に対する裏切りになってしまうのではないか。そのことを思うと胸が苦しくなる。だが、今更この男を私の目が及ばない場所にやる気はない。

 ラリサと武彦が駆け落ちすることはもはや認められない。二人共が近くに居ることを私は望む。
 そうなれば、吸血とて行うのは自然なこと。食事は死活問題なのだから仕方がない。

 母様もそのようにしていた。

 そして人間の吸血とは味は至高なれど、ニンニク以上に脳がとろけてしまうものだ。そうなれば吸精を行うのもまた自然な流れというものだ。
 そのような関係はまさに――夫婦。

 奴隷なり食料袋なり、他に言い方もあろうに、まず出てきた言葉がこれとは……。
 だが、悪い気はまったくしない。そう思う自分に意外なほどしっくりきている。
 交わりの中で思考と共に私の中のありとあらゆるものが溶かされて再構成されたかのようだ。
 違和感がないのは材料が同じものだから、ということか。

 今、私、ルアナ・フロレスクは武彦を離し難く思っていて、その底にはかつての説教に対する雪辱以上の……何か情があるのはたしかだ。
 ミレイには私がこう見えていたというわけだ。
 流石は女優。よく見ている。

 そして、そうなってしまったのならばもはや仕方ない……うん。仕方がない。私は決めた。存外貪婪だが、ふふ、悪くない。
 自分の思いつきに笑っていると武彦が正座をしていた。彼はやはり情けない顔で、

「ルアナお嬢様」
「まだ言うか」
「いえ、やはり、自慰を覗いてしまったことと、僕自身の劣情をぶつけてしまったことについては謝らなければと思うのです」
「――、」

 そういえばこの男は私の自慰行為を見ていたな。こちらから誘って犯したというのなら良いが、そのような痴態を見られてしまったことについては、多少、恥を感じる。――が、

「それは、いい」

 このような関係になったのだから、痴態の一つは流してもいいだろう。これからもっとひどい痴態を彼は私に晒すことになるのだ。

「それよりも、一つ聞かせてもらおうか。あのタイミングでなぜこの生徒会室に君が来たんだ?」

 先程、その理由をまぐわいの際に言っていたような気がするが、直後の快楽に上塗りされて記憶が朧げだ。確認を取りたい。

「それは、ラリサちゃんが『お姉様がおかしくなったから生徒会室に来て欲しい』って言ってきたからで……あれ? そういえばラリサちゃんはどこにいっちゃったんだろう? 携帯にも連絡はないし……ってうわ、こんなに時間が経ってる?! お屋敷の掃除や食事の支度、遅くなってしまいます」
「良い。特に赦す」

 ……私も、今夜は夜会には行けないな。

 応じながら、原因が誰なのかはっきりしたことで少しは感じていた遠慮が消滅した。
 まったく、仕方のない妹だ。

 私に手を上げたこともそうだ。一服盛ったことも当然。だが、何よりも自分が長年懸想してきた
男を諦めようとする、その姿勢が最もよくない。

 そのような悪い子にはお仕置きをしなければなるまい。

 これからしようとしていることを想像するだけで笑みが浮かぶ。愉快なものではない、苦笑に近い笑みだ。
 それを見た武彦が疑問の目を向けてくる。
 その視線に股間を伝うぬくもりを意識する私は、やはり少し変わった。

「私が許可したものではあるが、男として、この件の責任を取るつもりはあるのだろうな?」

 だから、変わった私は月光の中、目に意志を灯して問いかける。この問いかけには多少なりとも勇気が要るのだから、曖昧な答えで逃げることは許さない。
 射竦められながら、武彦は神妙に頷いた。

「ルアナお嬢様のお好きなようにしてください」
「うん。殊勝な心がけだ」

 ……ふ、ふふ。どうしたことだろう。今日に限ってこんなにも素直ではないか。
 その代わりというように素直さが無くなったラリサにはヴァンパイアを手玉に取ろうとした報いを受けてもらわねばという思いを新たにする。
 それはともかく――。

「では、まずは踊りの相手を務めてもらおうか」

 そう言って彼へと手をのばす。

「……え?」

 呆けた顔の武彦に重ねて言う。

「手を取ってはくれないのか?」
「あ、い、いえっ!」

 そう言って慌てて手を取ってきた武彦だが、慌てた動きにしては痛みや強引な所がないことを少し見直す。
 そして先程よりは深いところではないにしろ、触れ合えたことに気分が高揚する自分がどうにも困る。

「戯れだ」

 よく分からないというように首をかしげられた。
 ラリサからの好意の意味を受取間違え続けてきた彼にこれだけで察しろという方が酷というものか。

 しょうがない奴だ。しょうがない奴だが、所有物であり夫である彼に手をかけてやらねば。

「そう、だな……」

 理由を説明しようとしてそれが少しばかり恥ずかしいものであると思う。

「いや、まあいい……」

 今更プライドを取り繕うこともないか。

「夜会で踊る皆の姿に憧れがあったのだ。少し付き合うといい」
「……恐縮です」

 ですが、と武彦は言いづらそうに続ける。

「ごめん、ルアナお嬢様。これまで踊りなんて縁がなかったからうまく踊れる自信なんてないんだけど」
「そんなことは分かっている。君はただ、私に合わせてくれればいい。ただ、私も処女を散らされたばかりなのでな、倒れないよう、しっかりと支えておいてくれ」

 言うと、武彦はためらうように手を握り込んでは力を強めたり弱めたりしてきた。
 数秒続くそれに焦れた私は彼の胸元に倒れ込んだ。
 そのまま押し倒すことになるかもしれないと思っていたら、しっかりと受け止められている。
 頼りない男だと思っていたが、実際に触れてみると広い胸板が少々癪だ。

「お嬢様、失礼します」

 ようやく彼の手が腰に回されてきた。

「うむ、では合わせるように」

 そう言って踊りを始める。
 音楽はない。
 照明も月明かりだけ。
 部屋は狭い資料室で、行為の残り香が濃く残っているという貴族が舞う場としてはいささか不釣り合いだ。

 その空気を書く回すように軽く身を回す。
 すると情事の匂いに反応した陰部からとろりと彼との混合液がこぼれて力が抜ける。それを支えた武彦に身を委ねながら壁際までステップを進める。

 彼の目を見上げ、その目に優しげな光があることにどこか安心した。

 ……罪悪感など持たれていては立つ瀬がないからな。
 褒美に口に接吻を与え、彼の体を軸に位置を入れ替える。
 そうして月光に浸りながら踊ることに充実していく。

 下等な人間に身を委ねることに忌避感がない。
 彼だから、ないのだろう。
 私に対して物言いをためらわない彼も。何故か私の命に従わない彼も。攻撃的な陰茎を持つ彼も。主導権を握られたまま優しく振り回されてくれる彼を。

 私は確かに好いている。

 だからこそ、彼には責任を果たして貰わねばなるまい。
 なに、貴族の夫となるのだ。妻が二人居ようとも私の合意のもとでならそれは甲斐性というもの。
 ラリサにはお仕置きと共に、固めてきたのだろう覚悟が無に帰す徒労感を味あわせた上で、できうる限り労ってやろう。

「お嬢様」
「どうした?」
「あの、お手柔らかにお願いしますね?」
「ほう……どういう意味かな?」
「いや、だってすごく悪い顔してますし」
「そうかそうか――では君にはもそれはもうひどい目に遭ってもらうとしようか」
「え"」

 これは心底恐れている顔だな? なかなか見ることができなかった顔だ。愛玩動物のようでこれはこれで良い。
 ああ、不本意ながら、私は今、上機嫌だ。
 だからもう少し、素直に身を寄せてもいいだろう。それくらいの優越は、あの子の馬鹿な行動に対する応報としてもらっておいてもかまわないだろう。

「なあ?」
「え?」

 私が同意を求めたのだから黙って頷いておけばいいのだ馬鹿者め。

「そんなにイジメがいがあると血が欲しくなるではないか」
「いいですよ」

 ああ、いけない。私はこの男を――

「んー……だめだ」

 瞳に疑問符が視えるかのような、戸惑う彼に瞳を合わせて、言う。

「もう逃げるチャンスはないものと思うがいい。これから君はその魂の一片にいたるまで私の――私たちの所有物(もの)だ」

 だから幸せにするとも。
17/11/11 11:16更新 / コン
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■作者メッセージ
一人称でがんばろうとして自縄自縛してました。
ちょっと難産でしたね。

何かが吹っ切れたようなルアナ。
三角関係はどのような決着を見せるのか。
次回最終回です。

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