ラミア属...?
とある高校の昼休み。
「ラミア属の魔物娘に巻きつかれたい...」
「!?...ゲホッ、ゲホッ....!」
隣にいた男が唐突に発した言葉により、弁当を食べていた男はむせ、咳き込んだ。
「うお!?大丈夫か?水飲めよほら...」
「お、おう...ありがとよ...」
手渡されたペットボトルを口にして落ち着きを取り戻した男は、発言の真意を確かめるべく友人に語りかけた。
「なあマサト、さっき言ってたのはいったい...」
「ん?何が?」
「だからあれだよ、ラミア属の魔物娘がどうたらこうたらってやつ」
「なっ!?コウタ...何でお前が俺の心に秘めた思いを...」
「お前が自分で呟いてたからだ」
「え?...マジか?」
「その様子じゃ、他でも口を滑らせてそうだな...気をつけろよ?そんなことうっかり言っちまって誰かに聞かれちまった日にゃ...」
コウタはそこで言葉を切るとマサトの背後、つまり現在地である二人のいる教室の隅から見渡せる教室全体に視線を移した。
男子生徒と女子生徒が共同で生活しているありふれた教室の風景。
一見すると普通の高校生の日常風景に見えるが、その場にいるのが人間だけではないという事実が、この光景が普通ではないことを表していた。
魔物娘と呼ばれる今では当たり前のように受け入れられているこの新たな隣人達は、十年程前にこの世界に姿を現した。
「そして...この十年で人類と彼女達は多くの障害を乗り越え、ようやくお互いが良きパートナーとして生活していけるまでになりました...めでたしめでたし」
「...でもよ、今でも魔物娘に反対意見を持ってる人もいるにはいるから...めでたしにゃ少し早いんじゃないか?」
「しっかし、なんで反対なんかすんだろう?」
「うーん...あれだろ、エッチなことに抵抗感があるとか」
「はっ!片腹痛い!」
「声が大きいぞ、童貞」
「童貞ですって!?」
教室の扉を勢いよく開けたユニコーンに見られぬように、机に顔を伏せながら二人は声のボリュームを下げつつ会話を続けた。
「コウタこの野郎、最近三学年で童貞狩りと名高いユニコーン先輩が下級生のフロア彷徨ってんの知ってんだろ!?あの人はあの学校一のワルのヘルハウンド先輩から一目置かれてるんだぞ!?何考えてんだよこのお馬鹿!つーかお前も童貞だろうが!」
「やかましい、まさかこんなピンポイントに来るなんて誰が想像できんだよ...しかもそれだけじゃねぇ、あの人は自分のクラスで委員長として日々真面目に頑張ってきた結果、自分のクラスはおろか他のクラスの童貞まで取り逃がしちまったかわいそうな人なんだよ」
「そう、かわいそうなユニコーンなんです...ですから、そんな哀れなユニコーンに童貞をお恵みくださいな♪」
件のユニコーンが二人が顔を伏せている机にいつの間にか両手で頬杖をついていた。
「...ユニコーン先輩」
「はい?」
「あそこでせっせとノートを書いてる奴、名前をタツヤっていうんですけど...」
「はあ...それで、そのタツヤ様が如何なさいました?」
「あいつこの前、ユニコーン先輩の事が好きだって言ってました」
「まあ、嬉しいですわ♪して...」
「はい...童貞です」
後にその時の光景をコウタはこう語った。
『タツヤの奴が担ぎ上げられ、先輩に拉致される...その全てが俺が瞬きをした一瞬で行われ、そして終了していた...因みにタツヤが先輩に好意を持ってたってのは本当だった、何でもいつも真面目で頑張り屋さんで優しい先輩のことがいつの間にか気になり、いつしか姿を見れば目で追うぐらい好きになってたらしい...二人は結ばれたからまあ良しとするが、俺はてっきりマサトの奴がタツヤを売ったもんだと思った...正直なところな...』
ユニコーン先輩により倒れたりずれたりした教室の机を直しているマサトに一人の女子生徒が近付いてきた。
しかし、二本の足ではなく鰻の尾のような下半身で、である。
「マサトさん、大丈夫ですかぁ?」
「ん?ああ、トメちゃん...大丈夫、俺はなんともないよ」
マサトがトメちゃんと呼んだこの女性、ぬめりのある彼女は鰻女郎という名の種族の魔物娘であった。
マサトとは席が隣という接点があり、他の女子生徒よりもマサトと接する回数が多いということも相まって女子生徒のコウタポジション、マサトにとって女子の親友という間柄だった。
「びっくりしちゃいましたよねぇ~...タツヤさん、大丈夫ですかねぇ?」
「どうだろう...さっきコウタが様子を見に行くって出ていっちまったけど」
「コウタさんなら安心ですねぇ」
「ああ、俺より頼もしいし良い奴だしな」
「マサトさんだって負けてませんよぉ?」
「本当に?ははは...お世辞でも嬉しいよ」
「むぅ...あ、そう言えばぁ...どうしてコウタさんはさっきあんなこと言ってたんですかぁ?」
「あんなこと?」
「ほらぁ...ど・う・て・いって言ってましたよねぇ?」
「あ、ああ...確かに言ってたよ...というか、トメちゃん...意外だね...」
「ん~?何がですかぁ?」
「そういう言葉は、女の子だったら普通躊躇うもんじゃない?」
「これぐらい普通ですよぉ?なんでしたらぁ...もぉっと恥ずかしい言葉...囁いちゃいましょうかぁ?」
マサトの顔に自らの顔を近付けたトメが妖しく微笑み、堪らずマサトがトメから離れる。
マサトが自分から離れていくのを、トメは残念そうに眺めていた。
「い、いやいや!遠慮しておくよ...というか、全部俺の独り言のせいなんだよな...はあ...」
「独り言...ですかぁ?」
「あ...また声に出てたか...うん、そうなんだよ」
「どんな独り言だったんですかぁ?」
「えっとね、俺の夢...というよりは、憧れなんだけど」
「ほほう、興味深いですねぇ♪」
「ラミア属の娘にさ、こう...巻きつかれてさ...そんでもって抱き締められたいなあって...」
「...へぇ、そうですかぁ....」
「...とまあ、そんな感じ...!?」
一瞬、一瞬ではあったがマサトはそれを見た。
トメの今まで見たことないような暗い顔、何かに対して激しく、そして静かに憤怒しているかのような表情を。
しかしそれはほんの一瞬の出来事で、次の瞬間にはいつも柔らかい笑みを浮かべるトメの顔がそこにあった。
「気のせい、か...?」
「...マサトさん」
「な、何?」
「それってぇ、ラミア属じゃなきゃ駄目なんですかぁ?」
「え?...まあ、出来ればラミア属が良いなあ...いや、絶対ラミア属!これは譲れない!」
「どうしてもですかぁ?」
「ああ、何故俺がここまでラミア属に拘るというとな?近所に住んでるナイスバディなラミアのお姉さんが俺の初恋で...」
「その話は聞きたくないです...だから、やめてくださいねぇ?」
「あ、はい...ねえトメちゃん、なんか君...いつもと違くない?」
「そんなことないですよぉ...それよりもですよマサトさん♪」
「うん?」
「今からマサトさんにですねぇ、私のとっておきの秘密を教えちゃいま~す♪」
「ひ、秘密?トメちゃんの?」
「はい♪ちょっとお耳を拝借~♪」
トメがマサトの耳に口を近付ける。
急に秘密を話すと言ったトメにマサトは困惑しながらも、トメの言葉に真剣に耳を傾ける。
「私、実はですねぇ...マーメイド属じゃなくてですねぇ?...ラミア属なんですよぉ❤」
「....マジ?」
「はい♪この下半身が何よりの証拠ですよぉ♪」
「本当に...?」
「本当ですよぉ?ですよねぇ、皆さん?私はラミア属ですよねぇ?」
トメがクラス全体に聞こえるような声で問い掛ける。
クラスの生徒達、主に女子生徒がその問いに反応し口々にトメがラミア属であると主張し始めた。
クラスのキューピッド役として活躍してきたトメが勝ち得た信頼が、今ここで一人の男にトメはラミア属であると信じさせようとした。
「え、えぇ...でもなあ、トメちゃんってどっちかって言うとマーメイドじゃ...」
「強情ですねぇ...ならあそこにいる人にも聞いてみましょう♪すみませ~ん、先輩~!マサトさんが聞きたいことがあるそうなんで、ちょっと来てもらえますかぁ?」
トメがたまたま教室の外を通り掛かっていた不良として名高いヘルハウンドに声をかけた。
「あ?んだよ急に?」
「トメちゃんいきなり何を!?...いやその...えっと...あの!こちらのトメちゃんこと鰻女郎はラミア属なのでしょうか?」
「はあ?馬鹿かお前、そんなもん...」
「.....うふ♪」
「.....チッ...」
「どうなんですか!?教えてください先輩!」
「...ああ、そいつはラミア属だよ...間違いねぇ」
「マジ、ですか...」
「おうよ...じゃあな」
「ふふ、ありがとうございましたぁ♪」
二人はマサトに見えないように互いに親指を立てた。
ヘルハウンドの背中を見送りつつトメはマサトに尋ねた。
「さてとぉ...先輩だってそう言うんです、これで信じて貰えましたかぁ?」
「......」
「マサトさん?もしも~し?」
「......やあぁぁぁぁっったあぁぁぁッッッ!!!!」
教室どころか廊下にすら響き渡るマサトの絶叫。
ユニコーン先輩とタツヤという新たなカップルの誕生を見届け教室へと帰還しようとしていたコウタは、マサトの絶叫により全速力で教室へと戻って来た。
「どうしたマサト!?今度はあの暴れん坊で手のつけられないどうしようもねぇヘルハウンド先輩の襲来か!?」
「おお!コウタ!おかえり!それもそうだがまずは聞いてくれ!」
「ふふふ...おかえりなさいコウタさん♪」
「あ、どうもトメさん...どうした?何を聞いてほしいんだマサト?」
「聞いて驚けよコウタ、ここにいるトメちゃんはな...実はラミア属だったんだよ!」
「......は?」
「うふふ...本当ですよぉ?」
「いやぁ、まさかこんな身近にラミア属の女の子がいるなんてなぁ~...ちっとも気付かなかったよ」
マサトのクラスは全学年で唯一ラミア属のいないクラスとして有名だった。
よって独り言の多い彼の大きな欲望は、今日まで奇跡的にバレずに済んでいた。
「隠していてすみませんでしたぁ、マサトさん♪」
「気にしない、気にしない!ラミアのお姉さんの花嫁姿を見た時はもう駄目かと思ったけど、まさか既にラミア属の女の子とお近づきになれてたなんてなあ...夢みたいだ」
「夢じゃありませんよぉ?うふふ...♪」
(トメさんの妄言はともかく、マサトの奴はここまで馬鹿だったか?...こいつは時たまそれこそ馬鹿みたいな観察力を発揮するのに...?)
そんな二人のやりとりをただ傍観していたコウタは、忘却の彼方に捨てられようとしていた己の思考を取り戻し口を開いた。
「いやいや、待てよ二人とも、そんな訳が...というか皆も...」
そこでコウタは自身のクラスのあることに気づいた。
男子からは、触らぬ神もといトメちゃんに祟りなしオーラが。
そして女子からは、トメちゃんの逆転の恋の一手!邪魔しちゃまずいわね♪オーラがそれぞれ出ていることに。
(...ああ、そうか)
程なくしてコウタは悟った、この友人はトメさんの罠に見事かかってしまったのだと。
「へぇ...ラミア属だったのか...そいつは知らなかったなー...」
「だろだろ?俺もびっくりしたよ~!」
「うふ...という訳でマサトさん、今日の放課後...マサトさんの夢を叶えるために...私の家に来てもらっても大丈夫ですかぁ?」
「もちろん!早く放課後にならないかなあ!」
「私も楽しみですよぉ...うふふ」
無邪気な笑顔と何かを含んだ笑顔、その両方に背を向けてコウタは教室の外に出た。
「...俺は...無力だ」
己が無力であったことを思い知らされたコウタは、拳を強く握り締めただその場に立ち尽くすことしかできなかった。
「よう、コウタ」
コウタは自身の名を呼ぶ馴染みある声に振り返る。
「暴れん坊で?手のつけられなくて?どうしようもねぇヘルハウンド先輩が来てやったぜ?」
拳を鳴らしながらヘルハウンドがコウタに近付いてくる。
どうやら先程コウタが言い放った内容がそのまま彼女の耳まで届いていたらしい。
「先輩...」
コウタとこのヘルハウンドには面識があった。
かつて些細なことから言い争いになり、紆余曲折あって現在は腐れ縁のような関係を築いていた。
「生意気なこと言いやがって...覚悟はできてんだろ?今日こそ俺と...ん?」
ヘルハウンドは自身の胸に頭を預けるコウタを見て固まった。
「.....はっ!?お、おい...何してんだよコウタ...いつもみたいに尻尾巻いて逃げるんじゃねえのかよ?」
「...ちょっと胸貸してくださいよ...先輩」
「は、はあ?お前どうしたんだよ...?いいから離れろって...おい!おま、泣くなよ!?やめろって、おいッ!....あ~もぉ~ッ!!!!」
「お招きありがとね、トメちゃん」
「いえいえ...ようこそおいでくださいましたぁ、マサトさん♪」
「...それにしても、やっぱり室内は暖かいね」
「最近寒くなってきましたからねぇ...マサトさんもお身体には気をつけてくださいねぇ?」
温度差で曇った窓ガラスを拭き終わると、トメは部屋の中央付近で座布団に座り込むマサトの横を通り過ぎ、部屋の出口へと向かった。
「今温かいお茶を用意しますから、少しだけお待ちくださいねぇ」
そう言い残しトメは部屋を後にした。
彼女の自宅に招かれ彼女の自室へと通されたマサトは、これから起きることに対して期待に胸を膨らませていた。
「ついに念願のロール体験...生きてて良かったー!」
待ちきれずその場で視線を走らせるマサトは、トメの私物で彩られた部屋の内部を見渡した。
年頃の女の子の部屋がどんなものかについて詳しくは知らないマサトであったが、それでも女の子の部屋だと理解できるかわいらしい内装のその部屋は独特の、しかし決して悪くはない良い香りが漂っていた。
マサトがそれがトメの香りだと気づいた時には、彼の中の興奮度が更に上昇し、同時にある種の冷静さを取り戻していた。
「...よくよく考えたら俺、今凄い状況下にいるのではなかろうか...女の子の部屋で、これから巻きついて抱き締めてもらうのを今か今かと待っている...やべぇ、今更恥ずかしくなってきた...」
ここまで来て怖じ気づいたのか、その場で立ったり座ったりを繰り返す。
マサトとトメは確かに仲が良く他人からは付き合ってるのでは?と言われる程に学校では一緒にいることが多かった。
しかしマサトがトメの部屋に入ったことは今回が初めてであり、今まで意識してこなかった男女の関係という言葉が、マサトの中でゆっくりと現在進行形で大きくなってきていた。
「.....そうだ、今回はトメちゃんがラミア属だって分かっただけでも収穫じゃないか...その先は、また日を改めてってことにしよう...だから、今日は帰ろう...うん、そうしよう!帰ろう!」
誰に言う訳でもなく一人でそう宣言すると、マサトはトメに帰宅の意思を伝えるためにドアノブに手をかけた。
「...ん?」
マサトは自分が握ろうとしたドアノブに違和感を覚え、再度ドアノブに手をかける。
しかし結果は先程と同じ、握ろうとした右手が滑ってしまいドアノブを握ることができなかった。
マサトはドアノブを握ろうとした右手の握り拳を解き、手のひらを見つめる。
「これは...」
手のひらに現れたもの、それはぬめりを帯びた粘液だった。
鰻女郎特有のぬめりのある粘液がマサトの右手、そしてドアノブにべっとりと余すとこなく付着していた。
「うおッ...ハンカチハンカチ...」
手についた粘液をマサトは持っていたハンカチで拭き取ることに成功したが、ドアノブに付着した粘液とぬめりはいくらハンカチで拭こうが擦ろうがドアノブに付着したまま消えることはなかった。
「...まあトメちゃんの家だから、粘液ぐらいあるか...しかし困った、これじゃ出られないな」
どうしたものかとその場で足踏みしながら悩むマサトだったが、視界に入った窓を見てその動きを止めた。
「窓から脱出?おいおい...馬鹿も休み休みにしろよ俺、別に命の危険て訳じゃないんだぞ?しょうがない、トメちゃんを待ちますか」
意思を改めたマサトは、気まぐれで外の様子を伺うため窓に近付いた。
外は夕焼け色に染まりつつあった。
「綺麗だなあ...宇宙人が盗みたくなるの頷けるよ、うん...あり?」
窓の鍵、スライド式のその鍵が妙に艶々しているのが気になったマサトは、確かめるために窓の鍵を外そうとした。
「また...粘液?」
ドアノブと同様、窓の鍵にもトメのものと思われる粘液がこれまたべっとりとこちらも余すとこなく付着していた。
そしてこちらも先程同様、滑ってしまい鍵は開けられずまた拭き取ることも叶わなかった。
「うーん...窓もドアノブもトメちゃんがさっき触ったからぬめるのは当たり前だよな...ん?なら...」
マサトは彼女が自身のために用意してくれた座布団を持ち上げる。
「こいつにも粘液が多少なりともついてたっていい筈だよなあ...もっと言えばこいつを取り出した押し入れにも...」
マサトは座布団と押し入れを交互に見渡し直接触れてもみるが、粘液らしきものはまったく確認されなかった。
「...!そうだ、確かトメちゃん達鰻女郎はある程度までのぬめりの調整ができるんだったな!ふっ...謎は解けたぞ、トメちゃんは普段の学校生活でも乾燥を防ぐための粘膜のぬめりを調整している...だから今回、押し入れを開けて座布団を取り出した時もぬめりを抑えてたから粘液がつかな...かっ.....?」
自信満々の推理を一人で披露するマサトだったが、全てを語り終えたところで生まれた新たな謎が彼の言葉を詰まらせた。
「じゃあどうしてドアノブや窓の鍵には粘液がピンポイントに付着していたんだ?...偶然忘れていたのか...?でもそのおかげで俺は外に出られなくて...」
マサトはそこで言葉を切る。
部屋の外から聞こえた物音が彼の注意を引き、ドアへと意識を集中させた。
聞こえてくるのは階段の軋む音、規則的な足音のリズムではなく上へ上へと階段を這いずる音。
その音の主が部屋の前までやってきたと同時に全ての音が消え、無音となる。
やがてマサトの疑問を発生させたドアノブが回り、部屋の主が姿を現す。
「おまたせしましたぁ♪マサトさん♥」
.....下着姿で。
「なッ、えぇ!?わあぁぁぁちょっとちょっと!」
マサトは両手を前に出し大きく振りながら顔を伏せる。
トメの発育の良い胸は紺の下着に押し込まれその谷間を惜しみ無く晒し、特徴的な下半身との繋ぎ目の部分には目を凝らせば透けて見えてしまいそうな程に薄いこれまた紺色の布が巻かれていた。
なんとも扇情的なトメの姿に、マサトは先程まで頭を支配していた疑問を全て忘れてしまっていた。
「マサトさん♪はいどうぞぉ♪」
トメは片手で持ったお盆の上にある2つの湯のみのうち、片方をマサトの座布団の近くにそっと静かに置く。
湯呑みから立ち上る湯気の様子が、中のお茶が今入れられたものであることを物語っていた。
「あ、どうも...」
トメと向き合う形で自らも座布団に腰を沈めたマサトは、湯呑みを手に取り中身を飲み始める。
「ん...んっ....ぷはぁ、落ち着く...て違う違う!」
勢い良くお茶を飲み干したマサトは、改めてトメの格好について言及するため立ち上がった。
「トメちゃん、その格好はいったい...?」
「うふふ...どうですかぁマサトさん?私、綺麗ですかぁ?」
トメも立ち上がり両手を頭の後ろで組み、その場で身体を軽く反らす。
「あー...その、綺麗だよ?というか目のやり場に困るなあなんて...」
「そう言ってもらえて嬉しいですマサトさん♪ありがとうございますぅ♪」
「どういたしまして...それで...」
「私が何故勝負下...こほん、何故この格好なのかについてですねぇ?理由は簡単です、この格好の方が抱き締める感触がマサトさんに、そして私にも直に伝わると考えたからです♥」
「...えっ!?...その格好でする気なの?」
「はい♪でもぉ...もしマサトさんが裸の方がいいと言うんでしたら...恥ずかしいですけど...私、覚悟はできてますからねぇ?」
顔を赤らめもじもじと胸の前で両手の指を合わせながら、マサトの反応を待つトメの姿にマサトは思わず喉を鳴らしたが、すぐに我に返ると激しく首を横に振り言った。
「い、いやいや!お願いどうかそのままでッ!...そ、そうだ!今日は帰ろうと思ってたんだよ!だからさ...抱き締めるのはまた次の機会にでも...」
「...すみませんマサトさん、聞こえなかったのでもう一度お願いできますかぁ?」
「だ、たがら次の機会に...」
「次なんて...無いですよぉ♥」
次の瞬間、あっという間にトメに距離を詰められたマサトは慌てて後退するが、運悪く彼女が普段使っているであろう机にぶつかり退路を見失った。
「マサトさん...女の子がここまで勇気を振り絞っているんですよぉ?いつまでも据え膳に手をつけないのは良くないんじゃないんですかぁ?」
「す、据え膳って...というか抱き締めるだけだからね!?そりゃあ巻きつきもするけども!」
「ふふ...魔物娘が意中の殿方をただ抱き締めるだけでハイおしまい♪...なんて、そんなのありえませんよぉ❤」
トメの鰻の下半身が同じくマサトの下半身にゆっくりと巻きついていく。
「い、意中?トメちゃんの意中の相手?だ、誰のことかな?」
「あれぇ?とぼけるんですかぁ?貴方のことですよぉ...マ・サ・ト・さぁん♥四六時中頭の中がマサトさんのことでいっぱいになってしまう、それぐらい貴方のことが大好きなんですよぉ♥...いいえ、もはや大好き以上...愛です、愛してます!私は...マサトさんを心からお慕いしてますぅ♥」
溢れだした想いは底無しと呼ぶに相応しく、粘膜に覆われたその身体全体でマサトに巻きつき、そして抱き締める。
マサトは必死に抵抗するが、どう動いてもまるでぬめりに誘導されるようにトメを抱き締め返し、時にトメの背中や腰、うなじを愛撫するかのように腕が動いてしまう。
「マ、マサトさん...♥あんっ...積極...てきっ...過ぎますぅぅ...♥」
「うおあっ...そんなっ...艶っぽい声を...出さない、で...ッ!」
服越しに伝わるトメの柔らかい感触がマサトの分身を刺激し始める。
このままではまずいと感じたマサトは、この状況を打開するべくまだ自由のきく首を動かす。
「あっ♥...だめぇ♥.....あむぅ❤」
「むぅ...!?」
動かしていた首を無理やり正面に向かせると、トメは容赦なくマサトの唇を奪いそして貪る。
キスと抱擁で尋常でない程の快感に晒されたマサトの身体は、大きく痙攣しながらその快楽に耐えていた。
その時、一際大きく痙攣したためにマサトの身体はマサトに巻きつくトメの身体ごと後ろの机へとぶつかる。
トメは少しも気にせず想い人に自分の想いをぶつけることに集中していたが、マサトは今の衝撃で机の上から落下した物を見逃さず、唯一自由な目を動かし落下物の正体を確かめようと動いた。
それはトメの生徒手帳であった。
マサトの目にその生徒手帳に記載されたトメのプロフィールが映る。
(ウギナ・トメ...鰻女郎...マーメイド属...人魚型...)
マサトの唇を堪能していたトメだったが、最後の力を振り絞りトメの支配から唇の自由を奪い取ったマサトを驚愕の瞳で見つめる。
「ど、どうしたんですかぁマサトさん?」
「はぁ...はぁ...トメちゃん...君、やっぱりラミア属じゃないよね?」
マサトはトメの瞳を見つめ真っ直ぐに真実を求める。
「...その様子だと、どうやらバレちゃったみたいですねぇ...」
激しかった抱擁がぱたりと止み、マサトはもどかしさを感じながらも訳を聞き出す。
「それじゃあ...」
「はい、その通りです...私は本当は、マーメイド属の魔物娘なんですぅ...」
「ならどうしてあんな嘘を...」
「.....チャンスだと思ったんですよぉ...」
「チャンス...?」
「はい...今日初めて知りました...マサトさんがラミア属の娘に対して並々ならない情熱を持ってるってことを...チャンスというのは、ラミア属のことばっかりで私のことなんか眼中に無かったマサトさんと結ばれるチャンスですぅ...部屋に誘って逃げられないようにしてぇ...私の虜にすれば、もうラミア属のことなんか気にしない...マサトさんが私のことをずっと見ててくれる、そう思ったんですよぉ...」
「そ、そこまで悩んでいたの?」
「...そうですよぉ!好きな人から遠回しにタイプじゃないって言われて...マサトさんの夢と初恋だっていうそのお姉さんの話を聞いた時は、貴方から好意を寄せられているのが...羨ましくて、でも凄く嫉妬しちゃって...自分でも訳が分からなくなってぇ...ラミア属と私の唯一の共通点なんて嫉妬深いことだけで...それじゃあ、私はいったいどうすればよかったんですかぁ!」
声を荒くしてトメは自身の想いの全てを吐き出す。
その声と身体は微かに震えていた。
答えを求めている訳ではない、一人の少女には抱えきれない程の感情が、限界を越えてトメから溢れ出たのだった。
「...うーん、俺としては...正直に言ってほしかったなあ」
「ぐす...私はマーメイド属なのにラミア属と偽った大嘘つきですぅ...」
「いやそういう正直にじゃなくて...素直にその、好きって言ってほしかったなあって...」
「ふえ...?」
「俺もさ...今日初めてトメちゃんの部屋に招かれてさ、すげぇドキドキしてた...それから、トメちゃんのその...大胆な格好で更にドキドキしてさ...そしてあのトメちゃんの告白...あれを聞いた時、メチャメチャ嬉かった...それで気づいたんだ、本当の自分の気持ちに...」
マサトはそこで言葉を切り、トメの両肩を掴み言葉を続けた。
「俺、トメちゃんのことが好きです...恐らく自分で気づかなかっただけで、もっとずっと前から...だから、こんな俺で良ければ...俺と付き合ってください、お願いします」
気恥ずかしさから真っ赤になったマサトだったが、トメから顔を背けず最後まで言い切る。
暫く続いた沈黙、それを破ったのは紛れもないトメの大きな嬉し泣きの声だった。
「あー、トメちゃん?できればもう少し離れて歩いてほしいかな...なんて」
「んふふぅ♪いいじゃないですかぁ、私達は恋人同士なんですからぁ♪もっとくっついちゃいましょうよ❤」
翌日、マサトとトメは腕を組みながら通学路を歩く。
お互いの気持ちにようやく気づいた二人は、めでたく恋人同士になることができた。
朝、マサトの家の前で待機していて開口一番に一緒に学校に行きましょう♪と腕に抱きついてきたトメではあったが、それを受けたマサトは面食らったものの二つ返事で承諾したのだった。
「うふふ♥夢みたいですぅ...♪こうしてマサトさんと腕を組んで一緒に登校できるなんてぇ♪」
「...うん、俺も嬉しいよトメちゃん」
そんな距離が縮まった二人の前に見知った顔が現れた。
「あれ...お前、いつもこんな時間に登校してたか?それにトメさんも...?」
曲がり角から現れたはコウタは、この時間には見慣れない友人達の姿に驚いていた。
「あー...いつもはのんびりコンビニとかに寄ってから行くんだけどな」
「だからいつも遅刻ギリギリなんですよぉ?今日はマサトさん来ないのかなって毎回そわそわしてるんですからねぇ、私はぁ...」
「いやぁごめんねトメちゃん」
(妙だな...この二人、今までと雰囲気がまるで違う...)
二人から感じた違和感の正体をを確かめるために、コウタは核心へと迫る。
「...マサト、トメさん...二人はもしかして、付き合って...?」
コウタのその言葉に二人は顔を見合わせ、互いに少し距離を置くと続けざまに赤面した。
「あー...なるほどな」
全てを察したコウタはそこから深く追求することなく、二人に背を向け歩き出す。
「あ、コウタ!どこ行くんだ?一緒に行こうぜ?」
「悪い...ちょっと今日は早めに行かなきゃいけねぇんだ...それじゃあマサト、トメさん、また学校で」
軽く右手を振りながら別れを告げると、コウタはそのまま足早に立ち去った。
二人の姿が見えなくなった辺りで、コウタはふと呟いた。
「遅かれ早かれこうなるとは思ってたが、昨日のあれが良いように作用したと考えるのが普通か...何はともあれ、一件落着だな......後は...」
コウタは電源を落としていた自身の携帯電話を取り出して起動させる。
暫くして光始めた画面で、コウタは着信履歴を確認する。
昨晩から数十分前までびっしりと一人の人物の名で履歴が埋まっていた。
コウタは観念した様子でその人物を呼び出す。
携帯の呼び出し音が一秒鳴ったか鳴らないか判断できない程の僅かな時間で、その人物は電話に出た。
「もしもし先輩?...はい、おはようございます...昨日はその...どうもありがとうございました...いえいえそんな...」
昨日の放課後、先輩に嫌という程に”慰め“られくたくたになって帰宅しそのまま眠りについたコウタは、現在電話口で新たに”慰め“ようと誘う熟睡の原因である先輩の声を聞きながら思った。
(さてこの一件、どう片付けたものか...)
残された二人はまたもや顔を見合わせ同時に微笑み、再び歩き出す。
「コウタの奴、俺達に気を使ったのかな?」
「ふふふ...そうかも知れませんねぇ?」
「きっとそうだよ、絶っ対間違いねぇ...あいつの考えそうなことはそれなりに分かるからね俺は...なんてったって幼なじみだしな」
「......ふぅん...」
「....あれ?...トメちゃん?俺また変なこと言っちゃった?」
「いいえ...けれど、お二人は凄く仲が良いですよねぇ...少し妬けちゃいます」
「えぇ!?これはあれだよ、友情とかそういう部類の...」
「それでもですぅ!私はちょっぴり嫉妬深いんですぅ...!」
本当にちょっぴりかな?と心の中で呟く立ち止まったマサトの横を通り過ぎ、その過程でマサトの手を握ったトメがその手を自身の両手で優しく包み込み、マサトと正面から向き合う。
「でもそれが嘘偽りない私ですから...本当の私を、ずっと近くで見ててくださいねぇ?マサトさん♪」
「...ああ!」
トメの言葉に短い返事と笑顔で返したマサトは、トメの手を握り返しそのまま歩き始める。
本当の想いを確認し合った二人の足取りに、迷いは無かった。
「ラミア属の魔物娘に巻きつかれたい...」
「!?...ゲホッ、ゲホッ....!」
隣にいた男が唐突に発した言葉により、弁当を食べていた男はむせ、咳き込んだ。
「うお!?大丈夫か?水飲めよほら...」
「お、おう...ありがとよ...」
手渡されたペットボトルを口にして落ち着きを取り戻した男は、発言の真意を確かめるべく友人に語りかけた。
「なあマサト、さっき言ってたのはいったい...」
「ん?何が?」
「だからあれだよ、ラミア属の魔物娘がどうたらこうたらってやつ」
「なっ!?コウタ...何でお前が俺の心に秘めた思いを...」
「お前が自分で呟いてたからだ」
「え?...マジか?」
「その様子じゃ、他でも口を滑らせてそうだな...気をつけろよ?そんなことうっかり言っちまって誰かに聞かれちまった日にゃ...」
コウタはそこで言葉を切るとマサトの背後、つまり現在地である二人のいる教室の隅から見渡せる教室全体に視線を移した。
男子生徒と女子生徒が共同で生活しているありふれた教室の風景。
一見すると普通の高校生の日常風景に見えるが、その場にいるのが人間だけではないという事実が、この光景が普通ではないことを表していた。
魔物娘と呼ばれる今では当たり前のように受け入れられているこの新たな隣人達は、十年程前にこの世界に姿を現した。
「そして...この十年で人類と彼女達は多くの障害を乗り越え、ようやくお互いが良きパートナーとして生活していけるまでになりました...めでたしめでたし」
「...でもよ、今でも魔物娘に反対意見を持ってる人もいるにはいるから...めでたしにゃ少し早いんじゃないか?」
「しっかし、なんで反対なんかすんだろう?」
「うーん...あれだろ、エッチなことに抵抗感があるとか」
「はっ!片腹痛い!」
「声が大きいぞ、童貞」
「童貞ですって!?」
教室の扉を勢いよく開けたユニコーンに見られぬように、机に顔を伏せながら二人は声のボリュームを下げつつ会話を続けた。
「コウタこの野郎、最近三学年で童貞狩りと名高いユニコーン先輩が下級生のフロア彷徨ってんの知ってんだろ!?あの人はあの学校一のワルのヘルハウンド先輩から一目置かれてるんだぞ!?何考えてんだよこのお馬鹿!つーかお前も童貞だろうが!」
「やかましい、まさかこんなピンポイントに来るなんて誰が想像できんだよ...しかもそれだけじゃねぇ、あの人は自分のクラスで委員長として日々真面目に頑張ってきた結果、自分のクラスはおろか他のクラスの童貞まで取り逃がしちまったかわいそうな人なんだよ」
「そう、かわいそうなユニコーンなんです...ですから、そんな哀れなユニコーンに童貞をお恵みくださいな♪」
件のユニコーンが二人が顔を伏せている机にいつの間にか両手で頬杖をついていた。
「...ユニコーン先輩」
「はい?」
「あそこでせっせとノートを書いてる奴、名前をタツヤっていうんですけど...」
「はあ...それで、そのタツヤ様が如何なさいました?」
「あいつこの前、ユニコーン先輩の事が好きだって言ってました」
「まあ、嬉しいですわ♪して...」
「はい...童貞です」
後にその時の光景をコウタはこう語った。
『タツヤの奴が担ぎ上げられ、先輩に拉致される...その全てが俺が瞬きをした一瞬で行われ、そして終了していた...因みにタツヤが先輩に好意を持ってたってのは本当だった、何でもいつも真面目で頑張り屋さんで優しい先輩のことがいつの間にか気になり、いつしか姿を見れば目で追うぐらい好きになってたらしい...二人は結ばれたからまあ良しとするが、俺はてっきりマサトの奴がタツヤを売ったもんだと思った...正直なところな...』
ユニコーン先輩により倒れたりずれたりした教室の机を直しているマサトに一人の女子生徒が近付いてきた。
しかし、二本の足ではなく鰻の尾のような下半身で、である。
「マサトさん、大丈夫ですかぁ?」
「ん?ああ、トメちゃん...大丈夫、俺はなんともないよ」
マサトがトメちゃんと呼んだこの女性、ぬめりのある彼女は鰻女郎という名の種族の魔物娘であった。
マサトとは席が隣という接点があり、他の女子生徒よりもマサトと接する回数が多いということも相まって女子生徒のコウタポジション、マサトにとって女子の親友という間柄だった。
「びっくりしちゃいましたよねぇ~...タツヤさん、大丈夫ですかねぇ?」
「どうだろう...さっきコウタが様子を見に行くって出ていっちまったけど」
「コウタさんなら安心ですねぇ」
「ああ、俺より頼もしいし良い奴だしな」
「マサトさんだって負けてませんよぉ?」
「本当に?ははは...お世辞でも嬉しいよ」
「むぅ...あ、そう言えばぁ...どうしてコウタさんはさっきあんなこと言ってたんですかぁ?」
「あんなこと?」
「ほらぁ...ど・う・て・いって言ってましたよねぇ?」
「あ、ああ...確かに言ってたよ...というか、トメちゃん...意外だね...」
「ん~?何がですかぁ?」
「そういう言葉は、女の子だったら普通躊躇うもんじゃない?」
「これぐらい普通ですよぉ?なんでしたらぁ...もぉっと恥ずかしい言葉...囁いちゃいましょうかぁ?」
マサトの顔に自らの顔を近付けたトメが妖しく微笑み、堪らずマサトがトメから離れる。
マサトが自分から離れていくのを、トメは残念そうに眺めていた。
「い、いやいや!遠慮しておくよ...というか、全部俺の独り言のせいなんだよな...はあ...」
「独り言...ですかぁ?」
「あ...また声に出てたか...うん、そうなんだよ」
「どんな独り言だったんですかぁ?」
「えっとね、俺の夢...というよりは、憧れなんだけど」
「ほほう、興味深いですねぇ♪」
「ラミア属の娘にさ、こう...巻きつかれてさ...そんでもって抱き締められたいなあって...」
「...へぇ、そうですかぁ....」
「...とまあ、そんな感じ...!?」
一瞬、一瞬ではあったがマサトはそれを見た。
トメの今まで見たことないような暗い顔、何かに対して激しく、そして静かに憤怒しているかのような表情を。
しかしそれはほんの一瞬の出来事で、次の瞬間にはいつも柔らかい笑みを浮かべるトメの顔がそこにあった。
「気のせい、か...?」
「...マサトさん」
「な、何?」
「それってぇ、ラミア属じゃなきゃ駄目なんですかぁ?」
「え?...まあ、出来ればラミア属が良いなあ...いや、絶対ラミア属!これは譲れない!」
「どうしてもですかぁ?」
「ああ、何故俺がここまでラミア属に拘るというとな?近所に住んでるナイスバディなラミアのお姉さんが俺の初恋で...」
「その話は聞きたくないです...だから、やめてくださいねぇ?」
「あ、はい...ねえトメちゃん、なんか君...いつもと違くない?」
「そんなことないですよぉ...それよりもですよマサトさん♪」
「うん?」
「今からマサトさんにですねぇ、私のとっておきの秘密を教えちゃいま~す♪」
「ひ、秘密?トメちゃんの?」
「はい♪ちょっとお耳を拝借~♪」
トメがマサトの耳に口を近付ける。
急に秘密を話すと言ったトメにマサトは困惑しながらも、トメの言葉に真剣に耳を傾ける。
「私、実はですねぇ...マーメイド属じゃなくてですねぇ?...ラミア属なんですよぉ❤」
「....マジ?」
「はい♪この下半身が何よりの証拠ですよぉ♪」
「本当に...?」
「本当ですよぉ?ですよねぇ、皆さん?私はラミア属ですよねぇ?」
トメがクラス全体に聞こえるような声で問い掛ける。
クラスの生徒達、主に女子生徒がその問いに反応し口々にトメがラミア属であると主張し始めた。
クラスのキューピッド役として活躍してきたトメが勝ち得た信頼が、今ここで一人の男にトメはラミア属であると信じさせようとした。
「え、えぇ...でもなあ、トメちゃんってどっちかって言うとマーメイドじゃ...」
「強情ですねぇ...ならあそこにいる人にも聞いてみましょう♪すみませ~ん、先輩~!マサトさんが聞きたいことがあるそうなんで、ちょっと来てもらえますかぁ?」
トメがたまたま教室の外を通り掛かっていた不良として名高いヘルハウンドに声をかけた。
「あ?んだよ急に?」
「トメちゃんいきなり何を!?...いやその...えっと...あの!こちらのトメちゃんこと鰻女郎はラミア属なのでしょうか?」
「はあ?馬鹿かお前、そんなもん...」
「.....うふ♪」
「.....チッ...」
「どうなんですか!?教えてください先輩!」
「...ああ、そいつはラミア属だよ...間違いねぇ」
「マジ、ですか...」
「おうよ...じゃあな」
「ふふ、ありがとうございましたぁ♪」
二人はマサトに見えないように互いに親指を立てた。
ヘルハウンドの背中を見送りつつトメはマサトに尋ねた。
「さてとぉ...先輩だってそう言うんです、これで信じて貰えましたかぁ?」
「......」
「マサトさん?もしも~し?」
「......やあぁぁぁぁっったあぁぁぁッッッ!!!!」
教室どころか廊下にすら響き渡るマサトの絶叫。
ユニコーン先輩とタツヤという新たなカップルの誕生を見届け教室へと帰還しようとしていたコウタは、マサトの絶叫により全速力で教室へと戻って来た。
「どうしたマサト!?今度はあの暴れん坊で手のつけられないどうしようもねぇヘルハウンド先輩の襲来か!?」
「おお!コウタ!おかえり!それもそうだがまずは聞いてくれ!」
「ふふふ...おかえりなさいコウタさん♪」
「あ、どうもトメさん...どうした?何を聞いてほしいんだマサト?」
「聞いて驚けよコウタ、ここにいるトメちゃんはな...実はラミア属だったんだよ!」
「......は?」
「うふふ...本当ですよぉ?」
「いやぁ、まさかこんな身近にラミア属の女の子がいるなんてなぁ~...ちっとも気付かなかったよ」
マサトのクラスは全学年で唯一ラミア属のいないクラスとして有名だった。
よって独り言の多い彼の大きな欲望は、今日まで奇跡的にバレずに済んでいた。
「隠していてすみませんでしたぁ、マサトさん♪」
「気にしない、気にしない!ラミアのお姉さんの花嫁姿を見た時はもう駄目かと思ったけど、まさか既にラミア属の女の子とお近づきになれてたなんてなあ...夢みたいだ」
「夢じゃありませんよぉ?うふふ...♪」
(トメさんの妄言はともかく、マサトの奴はここまで馬鹿だったか?...こいつは時たまそれこそ馬鹿みたいな観察力を発揮するのに...?)
そんな二人のやりとりをただ傍観していたコウタは、忘却の彼方に捨てられようとしていた己の思考を取り戻し口を開いた。
「いやいや、待てよ二人とも、そんな訳が...というか皆も...」
そこでコウタは自身のクラスのあることに気づいた。
男子からは、触らぬ神もといトメちゃんに祟りなしオーラが。
そして女子からは、トメちゃんの逆転の恋の一手!邪魔しちゃまずいわね♪オーラがそれぞれ出ていることに。
(...ああ、そうか)
程なくしてコウタは悟った、この友人はトメさんの罠に見事かかってしまったのだと。
「へぇ...ラミア属だったのか...そいつは知らなかったなー...」
「だろだろ?俺もびっくりしたよ~!」
「うふ...という訳でマサトさん、今日の放課後...マサトさんの夢を叶えるために...私の家に来てもらっても大丈夫ですかぁ?」
「もちろん!早く放課後にならないかなあ!」
「私も楽しみですよぉ...うふふ」
無邪気な笑顔と何かを含んだ笑顔、その両方に背を向けてコウタは教室の外に出た。
「...俺は...無力だ」
己が無力であったことを思い知らされたコウタは、拳を強く握り締めただその場に立ち尽くすことしかできなかった。
「よう、コウタ」
コウタは自身の名を呼ぶ馴染みある声に振り返る。
「暴れん坊で?手のつけられなくて?どうしようもねぇヘルハウンド先輩が来てやったぜ?」
拳を鳴らしながらヘルハウンドがコウタに近付いてくる。
どうやら先程コウタが言い放った内容がそのまま彼女の耳まで届いていたらしい。
「先輩...」
コウタとこのヘルハウンドには面識があった。
かつて些細なことから言い争いになり、紆余曲折あって現在は腐れ縁のような関係を築いていた。
「生意気なこと言いやがって...覚悟はできてんだろ?今日こそ俺と...ん?」
ヘルハウンドは自身の胸に頭を預けるコウタを見て固まった。
「.....はっ!?お、おい...何してんだよコウタ...いつもみたいに尻尾巻いて逃げるんじゃねえのかよ?」
「...ちょっと胸貸してくださいよ...先輩」
「は、はあ?お前どうしたんだよ...?いいから離れろって...おい!おま、泣くなよ!?やめろって、おいッ!....あ~もぉ~ッ!!!!」
「お招きありがとね、トメちゃん」
「いえいえ...ようこそおいでくださいましたぁ、マサトさん♪」
「...それにしても、やっぱり室内は暖かいね」
「最近寒くなってきましたからねぇ...マサトさんもお身体には気をつけてくださいねぇ?」
温度差で曇った窓ガラスを拭き終わると、トメは部屋の中央付近で座布団に座り込むマサトの横を通り過ぎ、部屋の出口へと向かった。
「今温かいお茶を用意しますから、少しだけお待ちくださいねぇ」
そう言い残しトメは部屋を後にした。
彼女の自宅に招かれ彼女の自室へと通されたマサトは、これから起きることに対して期待に胸を膨らませていた。
「ついに念願のロール体験...生きてて良かったー!」
待ちきれずその場で視線を走らせるマサトは、トメの私物で彩られた部屋の内部を見渡した。
年頃の女の子の部屋がどんなものかについて詳しくは知らないマサトであったが、それでも女の子の部屋だと理解できるかわいらしい内装のその部屋は独特の、しかし決して悪くはない良い香りが漂っていた。
マサトがそれがトメの香りだと気づいた時には、彼の中の興奮度が更に上昇し、同時にある種の冷静さを取り戻していた。
「...よくよく考えたら俺、今凄い状況下にいるのではなかろうか...女の子の部屋で、これから巻きついて抱き締めてもらうのを今か今かと待っている...やべぇ、今更恥ずかしくなってきた...」
ここまで来て怖じ気づいたのか、その場で立ったり座ったりを繰り返す。
マサトとトメは確かに仲が良く他人からは付き合ってるのでは?と言われる程に学校では一緒にいることが多かった。
しかしマサトがトメの部屋に入ったことは今回が初めてであり、今まで意識してこなかった男女の関係という言葉が、マサトの中でゆっくりと現在進行形で大きくなってきていた。
「.....そうだ、今回はトメちゃんがラミア属だって分かっただけでも収穫じゃないか...その先は、また日を改めてってことにしよう...だから、今日は帰ろう...うん、そうしよう!帰ろう!」
誰に言う訳でもなく一人でそう宣言すると、マサトはトメに帰宅の意思を伝えるためにドアノブに手をかけた。
「...ん?」
マサトは自分が握ろうとしたドアノブに違和感を覚え、再度ドアノブに手をかける。
しかし結果は先程と同じ、握ろうとした右手が滑ってしまいドアノブを握ることができなかった。
マサトはドアノブを握ろうとした右手の握り拳を解き、手のひらを見つめる。
「これは...」
手のひらに現れたもの、それはぬめりを帯びた粘液だった。
鰻女郎特有のぬめりのある粘液がマサトの右手、そしてドアノブにべっとりと余すとこなく付着していた。
「うおッ...ハンカチハンカチ...」
手についた粘液をマサトは持っていたハンカチで拭き取ることに成功したが、ドアノブに付着した粘液とぬめりはいくらハンカチで拭こうが擦ろうがドアノブに付着したまま消えることはなかった。
「...まあトメちゃんの家だから、粘液ぐらいあるか...しかし困った、これじゃ出られないな」
どうしたものかとその場で足踏みしながら悩むマサトだったが、視界に入った窓を見てその動きを止めた。
「窓から脱出?おいおい...馬鹿も休み休みにしろよ俺、別に命の危険て訳じゃないんだぞ?しょうがない、トメちゃんを待ちますか」
意思を改めたマサトは、気まぐれで外の様子を伺うため窓に近付いた。
外は夕焼け色に染まりつつあった。
「綺麗だなあ...宇宙人が盗みたくなるの頷けるよ、うん...あり?」
窓の鍵、スライド式のその鍵が妙に艶々しているのが気になったマサトは、確かめるために窓の鍵を外そうとした。
「また...粘液?」
ドアノブと同様、窓の鍵にもトメのものと思われる粘液がこれまたべっとりとこちらも余すとこなく付着していた。
そしてこちらも先程同様、滑ってしまい鍵は開けられずまた拭き取ることも叶わなかった。
「うーん...窓もドアノブもトメちゃんがさっき触ったからぬめるのは当たり前だよな...ん?なら...」
マサトは彼女が自身のために用意してくれた座布団を持ち上げる。
「こいつにも粘液が多少なりともついてたっていい筈だよなあ...もっと言えばこいつを取り出した押し入れにも...」
マサトは座布団と押し入れを交互に見渡し直接触れてもみるが、粘液らしきものはまったく確認されなかった。
「...!そうだ、確かトメちゃん達鰻女郎はある程度までのぬめりの調整ができるんだったな!ふっ...謎は解けたぞ、トメちゃんは普段の学校生活でも乾燥を防ぐための粘膜のぬめりを調整している...だから今回、押し入れを開けて座布団を取り出した時もぬめりを抑えてたから粘液がつかな...かっ.....?」
自信満々の推理を一人で披露するマサトだったが、全てを語り終えたところで生まれた新たな謎が彼の言葉を詰まらせた。
「じゃあどうしてドアノブや窓の鍵には粘液がピンポイントに付着していたんだ?...偶然忘れていたのか...?でもそのおかげで俺は外に出られなくて...」
マサトはそこで言葉を切る。
部屋の外から聞こえた物音が彼の注意を引き、ドアへと意識を集中させた。
聞こえてくるのは階段の軋む音、規則的な足音のリズムではなく上へ上へと階段を這いずる音。
その音の主が部屋の前までやってきたと同時に全ての音が消え、無音となる。
やがてマサトの疑問を発生させたドアノブが回り、部屋の主が姿を現す。
「おまたせしましたぁ♪マサトさん♥」
.....下着姿で。
「なッ、えぇ!?わあぁぁぁちょっとちょっと!」
マサトは両手を前に出し大きく振りながら顔を伏せる。
トメの発育の良い胸は紺の下着に押し込まれその谷間を惜しみ無く晒し、特徴的な下半身との繋ぎ目の部分には目を凝らせば透けて見えてしまいそうな程に薄いこれまた紺色の布が巻かれていた。
なんとも扇情的なトメの姿に、マサトは先程まで頭を支配していた疑問を全て忘れてしまっていた。
「マサトさん♪はいどうぞぉ♪」
トメは片手で持ったお盆の上にある2つの湯のみのうち、片方をマサトの座布団の近くにそっと静かに置く。
湯呑みから立ち上る湯気の様子が、中のお茶が今入れられたものであることを物語っていた。
「あ、どうも...」
トメと向き合う形で自らも座布団に腰を沈めたマサトは、湯呑みを手に取り中身を飲み始める。
「ん...んっ....ぷはぁ、落ち着く...て違う違う!」
勢い良くお茶を飲み干したマサトは、改めてトメの格好について言及するため立ち上がった。
「トメちゃん、その格好はいったい...?」
「うふふ...どうですかぁマサトさん?私、綺麗ですかぁ?」
トメも立ち上がり両手を頭の後ろで組み、その場で身体を軽く反らす。
「あー...その、綺麗だよ?というか目のやり場に困るなあなんて...」
「そう言ってもらえて嬉しいですマサトさん♪ありがとうございますぅ♪」
「どういたしまして...それで...」
「私が何故勝負下...こほん、何故この格好なのかについてですねぇ?理由は簡単です、この格好の方が抱き締める感触がマサトさんに、そして私にも直に伝わると考えたからです♥」
「...えっ!?...その格好でする気なの?」
「はい♪でもぉ...もしマサトさんが裸の方がいいと言うんでしたら...恥ずかしいですけど...私、覚悟はできてますからねぇ?」
顔を赤らめもじもじと胸の前で両手の指を合わせながら、マサトの反応を待つトメの姿にマサトは思わず喉を鳴らしたが、すぐに我に返ると激しく首を横に振り言った。
「い、いやいや!お願いどうかそのままでッ!...そ、そうだ!今日は帰ろうと思ってたんだよ!だからさ...抱き締めるのはまた次の機会にでも...」
「...すみませんマサトさん、聞こえなかったのでもう一度お願いできますかぁ?」
「だ、たがら次の機会に...」
「次なんて...無いですよぉ♥」
次の瞬間、あっという間にトメに距離を詰められたマサトは慌てて後退するが、運悪く彼女が普段使っているであろう机にぶつかり退路を見失った。
「マサトさん...女の子がここまで勇気を振り絞っているんですよぉ?いつまでも据え膳に手をつけないのは良くないんじゃないんですかぁ?」
「す、据え膳って...というか抱き締めるだけだからね!?そりゃあ巻きつきもするけども!」
「ふふ...魔物娘が意中の殿方をただ抱き締めるだけでハイおしまい♪...なんて、そんなのありえませんよぉ❤」
トメの鰻の下半身が同じくマサトの下半身にゆっくりと巻きついていく。
「い、意中?トメちゃんの意中の相手?だ、誰のことかな?」
「あれぇ?とぼけるんですかぁ?貴方のことですよぉ...マ・サ・ト・さぁん♥四六時中頭の中がマサトさんのことでいっぱいになってしまう、それぐらい貴方のことが大好きなんですよぉ♥...いいえ、もはや大好き以上...愛です、愛してます!私は...マサトさんを心からお慕いしてますぅ♥」
溢れだした想いは底無しと呼ぶに相応しく、粘膜に覆われたその身体全体でマサトに巻きつき、そして抱き締める。
マサトは必死に抵抗するが、どう動いてもまるでぬめりに誘導されるようにトメを抱き締め返し、時にトメの背中や腰、うなじを愛撫するかのように腕が動いてしまう。
「マ、マサトさん...♥あんっ...積極...てきっ...過ぎますぅぅ...♥」
「うおあっ...そんなっ...艶っぽい声を...出さない、で...ッ!」
服越しに伝わるトメの柔らかい感触がマサトの分身を刺激し始める。
このままではまずいと感じたマサトは、この状況を打開するべくまだ自由のきく首を動かす。
「あっ♥...だめぇ♥.....あむぅ❤」
「むぅ...!?」
動かしていた首を無理やり正面に向かせると、トメは容赦なくマサトの唇を奪いそして貪る。
キスと抱擁で尋常でない程の快感に晒されたマサトの身体は、大きく痙攣しながらその快楽に耐えていた。
その時、一際大きく痙攣したためにマサトの身体はマサトに巻きつくトメの身体ごと後ろの机へとぶつかる。
トメは少しも気にせず想い人に自分の想いをぶつけることに集中していたが、マサトは今の衝撃で机の上から落下した物を見逃さず、唯一自由な目を動かし落下物の正体を確かめようと動いた。
それはトメの生徒手帳であった。
マサトの目にその生徒手帳に記載されたトメのプロフィールが映る。
(ウギナ・トメ...鰻女郎...マーメイド属...人魚型...)
マサトの唇を堪能していたトメだったが、最後の力を振り絞りトメの支配から唇の自由を奪い取ったマサトを驚愕の瞳で見つめる。
「ど、どうしたんですかぁマサトさん?」
「はぁ...はぁ...トメちゃん...君、やっぱりラミア属じゃないよね?」
マサトはトメの瞳を見つめ真っ直ぐに真実を求める。
「...その様子だと、どうやらバレちゃったみたいですねぇ...」
激しかった抱擁がぱたりと止み、マサトはもどかしさを感じながらも訳を聞き出す。
「それじゃあ...」
「はい、その通りです...私は本当は、マーメイド属の魔物娘なんですぅ...」
「ならどうしてあんな嘘を...」
「.....チャンスだと思ったんですよぉ...」
「チャンス...?」
「はい...今日初めて知りました...マサトさんがラミア属の娘に対して並々ならない情熱を持ってるってことを...チャンスというのは、ラミア属のことばっかりで私のことなんか眼中に無かったマサトさんと結ばれるチャンスですぅ...部屋に誘って逃げられないようにしてぇ...私の虜にすれば、もうラミア属のことなんか気にしない...マサトさんが私のことをずっと見ててくれる、そう思ったんですよぉ...」
「そ、そこまで悩んでいたの?」
「...そうですよぉ!好きな人から遠回しにタイプじゃないって言われて...マサトさんの夢と初恋だっていうそのお姉さんの話を聞いた時は、貴方から好意を寄せられているのが...羨ましくて、でも凄く嫉妬しちゃって...自分でも訳が分からなくなってぇ...ラミア属と私の唯一の共通点なんて嫉妬深いことだけで...それじゃあ、私はいったいどうすればよかったんですかぁ!」
声を荒くしてトメは自身の想いの全てを吐き出す。
その声と身体は微かに震えていた。
答えを求めている訳ではない、一人の少女には抱えきれない程の感情が、限界を越えてトメから溢れ出たのだった。
「...うーん、俺としては...正直に言ってほしかったなあ」
「ぐす...私はマーメイド属なのにラミア属と偽った大嘘つきですぅ...」
「いやそういう正直にじゃなくて...素直にその、好きって言ってほしかったなあって...」
「ふえ...?」
「俺もさ...今日初めてトメちゃんの部屋に招かれてさ、すげぇドキドキしてた...それから、トメちゃんのその...大胆な格好で更にドキドキしてさ...そしてあのトメちゃんの告白...あれを聞いた時、メチャメチャ嬉かった...それで気づいたんだ、本当の自分の気持ちに...」
マサトはそこで言葉を切り、トメの両肩を掴み言葉を続けた。
「俺、トメちゃんのことが好きです...恐らく自分で気づかなかっただけで、もっとずっと前から...だから、こんな俺で良ければ...俺と付き合ってください、お願いします」
気恥ずかしさから真っ赤になったマサトだったが、トメから顔を背けず最後まで言い切る。
暫く続いた沈黙、それを破ったのは紛れもないトメの大きな嬉し泣きの声だった。
「あー、トメちゃん?できればもう少し離れて歩いてほしいかな...なんて」
「んふふぅ♪いいじゃないですかぁ、私達は恋人同士なんですからぁ♪もっとくっついちゃいましょうよ❤」
翌日、マサトとトメは腕を組みながら通学路を歩く。
お互いの気持ちにようやく気づいた二人は、めでたく恋人同士になることができた。
朝、マサトの家の前で待機していて開口一番に一緒に学校に行きましょう♪と腕に抱きついてきたトメではあったが、それを受けたマサトは面食らったものの二つ返事で承諾したのだった。
「うふふ♥夢みたいですぅ...♪こうしてマサトさんと腕を組んで一緒に登校できるなんてぇ♪」
「...うん、俺も嬉しいよトメちゃん」
そんな距離が縮まった二人の前に見知った顔が現れた。
「あれ...お前、いつもこんな時間に登校してたか?それにトメさんも...?」
曲がり角から現れたはコウタは、この時間には見慣れない友人達の姿に驚いていた。
「あー...いつもはのんびりコンビニとかに寄ってから行くんだけどな」
「だからいつも遅刻ギリギリなんですよぉ?今日はマサトさん来ないのかなって毎回そわそわしてるんですからねぇ、私はぁ...」
「いやぁごめんねトメちゃん」
(妙だな...この二人、今までと雰囲気がまるで違う...)
二人から感じた違和感の正体をを確かめるために、コウタは核心へと迫る。
「...マサト、トメさん...二人はもしかして、付き合って...?」
コウタのその言葉に二人は顔を見合わせ、互いに少し距離を置くと続けざまに赤面した。
「あー...なるほどな」
全てを察したコウタはそこから深く追求することなく、二人に背を向け歩き出す。
「あ、コウタ!どこ行くんだ?一緒に行こうぜ?」
「悪い...ちょっと今日は早めに行かなきゃいけねぇんだ...それじゃあマサト、トメさん、また学校で」
軽く右手を振りながら別れを告げると、コウタはそのまま足早に立ち去った。
二人の姿が見えなくなった辺りで、コウタはふと呟いた。
「遅かれ早かれこうなるとは思ってたが、昨日のあれが良いように作用したと考えるのが普通か...何はともあれ、一件落着だな......後は...」
コウタは電源を落としていた自身の携帯電話を取り出して起動させる。
暫くして光始めた画面で、コウタは着信履歴を確認する。
昨晩から数十分前までびっしりと一人の人物の名で履歴が埋まっていた。
コウタは観念した様子でその人物を呼び出す。
携帯の呼び出し音が一秒鳴ったか鳴らないか判断できない程の僅かな時間で、その人物は電話に出た。
「もしもし先輩?...はい、おはようございます...昨日はその...どうもありがとうございました...いえいえそんな...」
昨日の放課後、先輩に嫌という程に”慰め“られくたくたになって帰宅しそのまま眠りについたコウタは、現在電話口で新たに”慰め“ようと誘う熟睡の原因である先輩の声を聞きながら思った。
(さてこの一件、どう片付けたものか...)
残された二人はまたもや顔を見合わせ同時に微笑み、再び歩き出す。
「コウタの奴、俺達に気を使ったのかな?」
「ふふふ...そうかも知れませんねぇ?」
「きっとそうだよ、絶っ対間違いねぇ...あいつの考えそうなことはそれなりに分かるからね俺は...なんてったって幼なじみだしな」
「......ふぅん...」
「....あれ?...トメちゃん?俺また変なこと言っちゃった?」
「いいえ...けれど、お二人は凄く仲が良いですよねぇ...少し妬けちゃいます」
「えぇ!?これはあれだよ、友情とかそういう部類の...」
「それでもですぅ!私はちょっぴり嫉妬深いんですぅ...!」
本当にちょっぴりかな?と心の中で呟く立ち止まったマサトの横を通り過ぎ、その過程でマサトの手を握ったトメがその手を自身の両手で優しく包み込み、マサトと正面から向き合う。
「でもそれが嘘偽りない私ですから...本当の私を、ずっと近くで見ててくださいねぇ?マサトさん♪」
「...ああ!」
トメの言葉に短い返事と笑顔で返したマサトは、トメの手を握り返しそのまま歩き始める。
本当の想いを確認し合った二人の足取りに、迷いは無かった。
18/09/21 22:57更新 / 窓ワック