前編・現
私は自分が嫌いです。馬の下半身も、歩くたびに音を立てる蹄も、大きな馬のお尻も。速く走る事はできるけど、普段は不便なことが沢山あります。大きくて狭いところを通れないし、重いし。
細くて華奢な腕も嫌いだし、それと不釣り合いに大きな胸も嫌いです。羨ましがる人もいますが、少し走っただけで上下に揺れるのが死ぬほど恥ずかしいのです。いっそのことサバトに入ろうかと思ったこともありますが、あの無邪気で可愛らしい幼女さんたちの輪に入るのが怖くなってしまいます。もちろん、彼女たち自身が怖い訳ではありません。私が一番嫌いな、この臆病な性格が、あの賑やかな場所に入るのを邪魔するのです。
そんな私が、ある男の人を好きになってしまいました。とても素敵な人ですが、やっぱり目を合わせることすらできません。ただ後ろから見守るくらいが限界です。
でも。それはあくまでも、昼間の世界での話。彼が目を閉ざし、その向こうにある世界へ飛び込んでしまえば……あとは私の思うままなのです。彼と手を繋ぐのも、抱き合うのも、唇を奪うのも、淫らなことをするのも。
その素晴らしい世界とは、夢。
私はナイトメアのイリシャ。夜を駆け、夢の世界でいななく黒馬の魔物……
……なんて、考えるだけならいくらでも恥ずかしい台詞を述べられます。ああ夢って素敵。
と、いうわけで。
今夜私は愛しの人の夢へ乗り込みます。では今、この昼間の時間に何をしているかというと……情報収集です。昼間のうちにこっそり彼の跡をつけて観察し、それを元に性癖を見抜きます。そうすれば夢の中で、より華麗にあの人を魅了できるはず。
昼間は怖いけど、身を隠す魔法を使いながら彼のお店へ向かいます。昼間にナイトメアと遭遇することは滅多にないと書物には書かれていますが、こんな風に身を隠しているだけの場合も多いんです。私の姿が見えなくなるので、駆け回っている子供を蹴ってしまわないように注意して歩きます。
そしてたどり着きました。白い看板に緑の文字で『カルジェール理髪店』と書かれたお店です。ここにあの人がいる……そう思うと、早く彼の夢の中へ飛び込みたいという欲望で一杯になってきました。でもその時間をより素敵なものにするため、昼間の彼をじっくり観察しないと。
このルージュ・シティの職人通りは今日も賑やかですが、路地裏へ回ってしまえば静かになります。ときどきエッチしているカップルがいたりしますが。リア充爆発してくださいませ。
……じゃなくて。町の人たちがみんなで奇麗にしているので、路地裏も結構清潔です。そしてここから彼の店の裏手へ回り、窓から中を覗くことができちゃいます。
「……よし」
店の裏手に回り込み、姿を消す魔法は維持していると疲れるので解除しました。一階がお店で、彼の部屋は二階。今日見るのは彼の仕事風景です。私は両耳を前に向けて神経を集中させつつ、白いカーテンの隙間からこっそりと中の様子をうかがいました。
「わぁ……」
……いました。彼です。
女の人と間違えそうな顔つきで、髪も長い男の人。でも私が気に入っているのは見た目の奇麗さではなく、ハサミを鳴らしてお客さんの髪を切っているその手つき。そして髪をじっと観察する、その眼差しです。彼の姿を見るたび、私はボサボサに乱れた自分の髪を触り、彼にこの髪を整えてほしいと思ってしまいます。でも私にはこの店の表玄関をくぐる勇気がありません。昼はこうしてじっと見つめて、夜の世界で踊ることを待つのみです。
彼……理髪師レヴォン・カルジェールさんと。
耳に力を集中させ、中の会話を聞き取ります。私たちの魔力はこういうことにも向いているのです。
「……ヒューイー、仕事の方はどうだい?」
「おう、新作の香水をもうすぐ発表するんだ」
素早い手つきで髪を切りながら、レヴォンさんはお客さんと談笑しています。話をしながらも目はしっかり髪とハサミを見つめて、鮮やかな手つきで散髪していました。私は下半身が馬だからあの椅子に座ることはできないけど、いつかあんな風に髪を切ってもらえたら……。
「ちょっと値は張るんだよ。材料にアンバーグリスを使ってるもんだからな」
「アンバーグリスっていうと、クジラの腹から採れるやつ?」
「そう。前に捕鯨船が入港したときに仕入れたんだけど、いつでも手に入るわけじゃないからさ」
店の中全体を見ると、他にお客さんはいませんでした。多分暇な時間帯なんでしょう。できることなら今すぐ店に飛び込んでお客さんになりたいところです。もっと欲を言えばお嫁さんに……
「まあ看板には丁度いいだろう。お前の仕事は繁盛してるか?」
「お陰さまでね、朝に何人か来てくれたよ。面白いお客さんもいたし」
「例えば?」
「メドゥーサの女の子がね。髪を切れば素直な気持ちで告白できそうな気がする、って散髪に来たんだ」
「あー、髪型変えると気分変わることあるからな。生まれ変わって頭の中もさっぱりしてさ」
そうなんだ……私もこのボサボサの髪を切れば、勇気が出るのでしょうか。
「ご希望通り短めに散髪したら、今日こそは素直に想いを打ち明けるんだって張り切ってたよ」
「そうか、上手くいってるといいなぁ」
うう、羨ましいです。
……あれ? メドゥーサを散髪って……
「魔物って中身で勝負なタイプが多いけど、お洒落に興味ある子も多いよな。この前はレッドスライムのお客さんが香水選びに来たし」
「確かに。僕の方も、散髪に来るスライムさんが最近増えてる」
スライムを散髪!?
「スライムのお客って、理髪師的にはどうなんだよ?」
「特に困ることはないよ。切った髪がスライムゼリーになって食べられるし」
えー!?
「魔物さんたちって面白いよね。種族ごとに髪も触り心地とか違うし」
……軽くパニックになった私を他所に、レヴォンさんはお客さんの髪を洗いはじめます。顔こそは笑っていませんが、今の言葉には不思議な熱がこもっているように感じました。まるで心から好きな物について話しているかのような。理髪師という仕事柄か、女性の髪を愛しているのかもしれません。気を取り直して、私も夢の世界ではちゃんと髪型を整えなくちゃ……。
「そうそう、体のニオイとかもな。そして何よりもエロい。レヴォン、お前も体感してみれば分かるぞ」
「あははっ。でもさ、エロ関係で魔物さんが人間の女より劣ってるところってないかな?」
「あるわけないだろ、そんなの」
私も同意見です。いくら自分に自身が持てない小心者の私でも、性技や誘惑術で魔物が人間の女性に負けるなんて考えられません。たとえそれが夢の中限定でも。夢の中限定でもっ!
「いやほら、魔物さんって、その……基本的に股に毛が生えないらしいじゃん?」
「まあ、獣人には体毛が股にもある奴はいるけどな。お前生えてる方が好みだったのか?」
「いや、ツルツルの方がいいんだけど。でも最初からツルツルだと剃る楽しみが……」
……ああ、変態さんだこの人。こういう性癖を持った人っていつもどんな夢を見ているんでしょうか。いくらなんでも裸の女性に囲まれて延々とお股の毛を剃ってあげる夢ってことはないと思いますが。
しかし何と言うことでしょう、あのかっこいい彼が、ハサミを使う手つきがとても素敵なレヴォンさんが変態さんだったなんて。しかも髪フェチなだけでなく毛フェチだったなんて。
こんなことを知ってしまった以上、夢の中ではまず人間の姿で、お股に毛を生やして現れてみるしかありません。彼に剃ってもらう感触を味わいたい私もまた変態さんかもしれません。でもいいんです、現実だと心拍数が大変なことになる行為も、夢の中なら全部許されますから。
やっぱり昼間に勇気を出してストーキングを行い正解でした。この調子で彼の性癖をどんどん調べて……
「……イリシャちゃん」
「ひゃあ!?」
突然呼びかけられ、私は後ろ足二本で竿立ちになってしまいました。大声を出してしまったことに気づき、慌てて窓から離れました。レヴォンさんたちにバレてないか心配です……。
しかし私を驚かせた張本人は、私の目の前に小さな姿をさらしてきょとんとしていました。
「う、ウルリケちゃんっ。びっくりするじゃないですかぁ……」
「ゴメンナサイ」
ぺこりと頭を下げる彼女はちょっと地味で小さくて、でもお茶目で可愛いドッペルゲンガー。私の数少ないお友達の一人です。
「イリシャちゃん、ここで会うの、珍しい……」
たどたどしく喋るウルリケちゃん。伸びた前髪の隙間から赤い目が見えました。
「ウルリケちゃんこそ、こんなところで何を……やっぱり言わなくていいです」
彼女に少し歩み寄った瞬間、精液のニオイがむわっと鼻をつきました。要するに旦那様と一緒に街を歩いていたらムラムラしてきたので、路地裏でエッチしてもらったということでしょう。彼女は可愛いほっぺたを掻いて気恥ずかしそうに笑っています。リア充爆発してくださいませ本日二回目。
私の嫉妬心に気づいているのかいないのか、ウルリケちゃんは私のお尻の方へトコトコと歩いてきました。
「きゃ……!?」
横から小さな手で、馬尻をぺたぺたと触ってくるウルリケちゃん。くすぐったい……。
「な、何してるんですかぁ……」
「……いいお肉」
「そ、そういう怖い冗談はやめてください!」
私は必死でたしなめつつ、彼女の手をお尻から引きはがしました。ウルリケちゃんの旦那様がお肉屋さんということもあり、こういう冗談を言われると背筋がゾクッとします。
でもそういう所を覗けば可愛い友達です。かりそめの姿を取る魔物同士、何か通じ合うところがあるのかもしれません。でも彼女はもう私と違い、本当の姿で旦那様と愛し合うことができます。私と同じくらい臆病なウルリケちゃんが、どうしてそんな勇気を持てたのか……私には分かりません。
とにかく今は彼女と話し込むわけにはいきません。ストーキング中は気を抜くわけにはいかないのです。
「ウルリケちゃん。今忙しいですから、また今度ね」
すると彼女は理髪店の窓をちらりと見て、私の顔をじっと見つめ、納得したように頷きました。
「また、ね」
「ええ、また……」
駆けていくウルリケちゃんの小さな後ろ姿を見送り、体がむずむずしてくるのを感じました。ゆっくりと息を吐き、もう一度お店の窓をのぞきます。レヴォンさんはお客さんのヒゲをそり、仕上げに入っていました。お客さんの切りそろえられた髪が爽やかです。
ハサミや剃刀を使うレヴォンさんの手つきに目を奪われます。いつまでも見ていたいほど、あの細やかな手つきが素敵なのです。
「……んっ……」
お腹の中がきゅぅんと疼きました。ウルリケちゃんと会って精のニオイを嗅いだため、性欲がこみ上げてきてしまったのです。ケンタウロス種は前と後ろ、両方にアソコがあり、それが一緒に疼きはじめました。そして窓白の向こう、すぐ近くにレヴォンさんがいるということが興奮を誘います。
「あっ、いけない……!」
出てきたお汁がローブに染みを作っていました。あわてて裾をたくし上げると、アソコにひんやりした風が当たりました。お汁がとろとろ出てくる割れ目が疼き続け、そこをいじりたいという衝動に駆られます。
今このお汁を拭き取っても納まらないでしょうし、このまま我慢してレヴォンさんの観察を続けたらおかしくなっちゃいそう……。
辺りを見回し、誰もいないことを再確認します。大丈夫、ウルリケちゃんみたいに路地裏で本番までシちゃう人もいるんだし、ちょっとアソコをいじるくらい問題ないはず。もし誰かに見つかったらそう言って開き直ってやりましょう。……勇気があれば。
私はお汁がどんどん垂れてくる割れ目を指で開きました。くちゅ、と小さな音を立て、ピンク色の中身が露になります。穴が私の意思と関係なくぴくぴく動き、そこに何か入れて欲しいと訴えていました。ちょんと膨らんだクリトリスを、指でそっと撫でます。
「ぁン……」
切ない気持ちよさに体がぴくりと震えました。私の体は結構敏感なので、ちょっとしたことでも気持ちよくなれます。でもこれがもし、レヴォンさんの手だったら。あの細やかな動きで、丁寧に触ってもらえたら。
「ん……ふぁ、ん……レヴォンさぁん……♥」
レヴォンさんの指が私のアソコを開いて、中をくちゅくちゅして。クリちゃんを優しく撫でてくれたら。
「ひぁぅ……レヴォンさん、もっとぉ……♥」
優しく、ゆっくり、焦らすようにしつこく撫でられて。アソコからどんどんお汁が出て、とまらなくなって。
体中が震えます。大好きな人を思い浮かべての自慰。四つの脚から力が抜けそうになり、理髪店の石壁に寄りかかりました。レヴォンさんの家だというだけで冷たい壁さえ愛おしく感じてしまいました。私はつゆだく状態になったアソコをじっくりといじり、自分を焦らしていきます。
「お、お願いですからぁ……メスおまんこの、もっと奥までぇ……指挿れてぇ……♥」
みっともなく懇願しながら、私は悶えました。目を閉じ、瞼の裏にレヴォンさんの顔を、手を思い浮かべています。私に勇気さえあれば今すぐ本物のレヴォンさんに告白できるのに、今はただ自分で自分を慰めるだけ。もどかしいです。
お汁でぬるぬるになった手を服の下に入れ、胸を揉みました。無駄に大きくて恥ずかしい胸を夢中で揉み、その自分の手をレヴォンさんのものだと想像します。こんな風に揉んでもらえたら嬉しさと恥ずかしさで、胸だけでイっちゃうかも……。
「あぅぅ……おっぱい、だめぇ……乳首、ゆるしてぇ……♥」
身をよじらせ、思わず下半身を壁にどかっとぶつけてしまいました。
「あぅ……ひゃぅぅ……気づかれちゃうよぉ……でもぉ……止まらないぃ……♥」
そして指が少し奥の、感じるところに少し触って……
「ひぅぅぅぅ……♥」
アソコの中がきゅんきゅん疼きました。アソコの気持ちよさが胸に、胸の気持ちよさがアソコに伝わって響き合います。ただひたすら瞼の裏のレヴォンさんと行為を続け、それでも切なさは増すばかりでした。だって一番欲しいものが、そこには無いのだから……。
一番感じるその部分をひたすら指で刺激し、一人でよがります。脚が震え、蹄が石畳にぶつかって音を立てました。
「レヴォン、さん……♥」
あの人の手を、指を、眼差しを思い浮かべながら、徐々に強くその部分を擦り、一人でどんどん高まっていきました。気持ちは切ないまま、体の快楽だけが増していきます。人間と同じ上半身、馬の下半身、両方が快感に痺れていきました。あと少し、もう少しで最高に気持ちよくなるのが分かっているのに、本当の雌の悦びを感じることができません。
「んっ……ひぅぅ……あんっ♥」
指の動きを徐々に早く、グチャグチャと音を立てながらアソコをほじくっていきます。お汁が沢山垂れて、脚まで滴っているのが分かりました。こんな切ないのはもう耐えられない、早く終わらせたい……そう思いながら、私は仕上げに入りました。
「ひ……ぃ……ふぁぁぁぁぁぁん♥」
ぷしゃっ、と前後のアソコから潮が噴き出し、全身が痺れるような気持ちよさに包まれました。快楽に脚がガクガクと震え、立っていられなくなりそうです。
ついに馬体を石畳の上に横たえ、私はごろりと寝転がってしまいました。自分で自分を抱きしめて切ない快楽に震えながら、私は息を吐いて理髪店の窓を見上げました。あの中に今もレヴォンさんがいるのに、抱きしめに行けない距離ではないのに。今はこうして妄想の中で耐えるしかないなんて、私はつくづく自分が嫌いになります。
でも。
夜になれば話は別。今の幻想以上に甘くて、気持ちのいい夢を見ることができるのですから。二人だけの素敵な世界で、レヴォンさんを好き勝手にできます。そしてその夢は現のできごとよりも強く、はっきりとあの人の心に残るでしょう。彼はやがて夜を、つまり私を待ち望む日々を過ごすことになるのです。
「……ふふっ」
こみ上げてきた淫らな期待に、私は自然と笑みが浮かんできました……
………
……
…
……二階の寝室はカーテン越しに月明かりが差し込み、ふんわりとした光が優しく暗闇を照らしていました。四つの脚で一歩一歩、ゆっくりとベッドに近づきます。質素だけどふかふかしてそうなベッドで、レヴォンさんは穏やかに寝息を立てていました。女の人と間違えそうな、奇麗で可愛い寝顔です。
その傍らで、私は身を隠す魔法を解きました。この夜をどれほど待っていたでしょう。彼はすでに夢の中です。
早くそこへ行きたいという気持ちをおさえつつ、手にした物を垂直にかざしました。冷たい金属の柄に、禍々しい大きな刃がついた代物。人間が思い浮かべる「死神」の持ち物にそっくりな大鎌です。でもこの鎌はナイトメアの力で作られた物であり、命を刈り取る道具ではありません。
「……導け、まどろみ」
静かに唱え、私は鎌の柄にキスをしました。魔力を集中させ、鎌の刃は月光に似た淡い光を放ちます。
「私は夜の子」
天井にぶつけないよう注意しながら、鎌を掲げます。この大鎌は現の世界と、夢との境界線を切り崩すための物。つまり私と彼との隔たりを壊してしまう物なのです。
静かに眠っているレヴォンさんの顔をもう一度見下ろし……彼目がけて鎌を振り下ろしました。
「――!」
その刹那、目の前の世界が二つに裂けました。私の鎌が作った裂け目からは優しい光が漏れ、道を開いています。
四本の脚に力を込め、その裂け目の中へ跳躍。そこには脚がつく地面などなく、私の体は温かさに包まれて宙を飛び続けていました。背後で裂け目が閉じるのを感じつつ、そのまま光の道を進みます。気持ちのいい浮遊感に身を委ねながら、私はこの先で待っているものに胸を弾ませていました。
そう、ここから先は私の領域。全て私の思うがまま。
レヴォンさんは私のもの。今から会いに行く。
「……イイ夢、見せてあげるね……」
細くて華奢な腕も嫌いだし、それと不釣り合いに大きな胸も嫌いです。羨ましがる人もいますが、少し走っただけで上下に揺れるのが死ぬほど恥ずかしいのです。いっそのことサバトに入ろうかと思ったこともありますが、あの無邪気で可愛らしい幼女さんたちの輪に入るのが怖くなってしまいます。もちろん、彼女たち自身が怖い訳ではありません。私が一番嫌いな、この臆病な性格が、あの賑やかな場所に入るのを邪魔するのです。
そんな私が、ある男の人を好きになってしまいました。とても素敵な人ですが、やっぱり目を合わせることすらできません。ただ後ろから見守るくらいが限界です。
でも。それはあくまでも、昼間の世界での話。彼が目を閉ざし、その向こうにある世界へ飛び込んでしまえば……あとは私の思うままなのです。彼と手を繋ぐのも、抱き合うのも、唇を奪うのも、淫らなことをするのも。
その素晴らしい世界とは、夢。
私はナイトメアのイリシャ。夜を駆け、夢の世界でいななく黒馬の魔物……
……なんて、考えるだけならいくらでも恥ずかしい台詞を述べられます。ああ夢って素敵。
と、いうわけで。
今夜私は愛しの人の夢へ乗り込みます。では今、この昼間の時間に何をしているかというと……情報収集です。昼間のうちにこっそり彼の跡をつけて観察し、それを元に性癖を見抜きます。そうすれば夢の中で、より華麗にあの人を魅了できるはず。
昼間は怖いけど、身を隠す魔法を使いながら彼のお店へ向かいます。昼間にナイトメアと遭遇することは滅多にないと書物には書かれていますが、こんな風に身を隠しているだけの場合も多いんです。私の姿が見えなくなるので、駆け回っている子供を蹴ってしまわないように注意して歩きます。
そしてたどり着きました。白い看板に緑の文字で『カルジェール理髪店』と書かれたお店です。ここにあの人がいる……そう思うと、早く彼の夢の中へ飛び込みたいという欲望で一杯になってきました。でもその時間をより素敵なものにするため、昼間の彼をじっくり観察しないと。
このルージュ・シティの職人通りは今日も賑やかですが、路地裏へ回ってしまえば静かになります。ときどきエッチしているカップルがいたりしますが。リア充爆発してくださいませ。
……じゃなくて。町の人たちがみんなで奇麗にしているので、路地裏も結構清潔です。そしてここから彼の店の裏手へ回り、窓から中を覗くことができちゃいます。
「……よし」
店の裏手に回り込み、姿を消す魔法は維持していると疲れるので解除しました。一階がお店で、彼の部屋は二階。今日見るのは彼の仕事風景です。私は両耳を前に向けて神経を集中させつつ、白いカーテンの隙間からこっそりと中の様子をうかがいました。
「わぁ……」
……いました。彼です。
女の人と間違えそうな顔つきで、髪も長い男の人。でも私が気に入っているのは見た目の奇麗さではなく、ハサミを鳴らしてお客さんの髪を切っているその手つき。そして髪をじっと観察する、その眼差しです。彼の姿を見るたび、私はボサボサに乱れた自分の髪を触り、彼にこの髪を整えてほしいと思ってしまいます。でも私にはこの店の表玄関をくぐる勇気がありません。昼はこうしてじっと見つめて、夜の世界で踊ることを待つのみです。
彼……理髪師レヴォン・カルジェールさんと。
耳に力を集中させ、中の会話を聞き取ります。私たちの魔力はこういうことにも向いているのです。
「……ヒューイー、仕事の方はどうだい?」
「おう、新作の香水をもうすぐ発表するんだ」
素早い手つきで髪を切りながら、レヴォンさんはお客さんと談笑しています。話をしながらも目はしっかり髪とハサミを見つめて、鮮やかな手つきで散髪していました。私は下半身が馬だからあの椅子に座ることはできないけど、いつかあんな風に髪を切ってもらえたら……。
「ちょっと値は張るんだよ。材料にアンバーグリスを使ってるもんだからな」
「アンバーグリスっていうと、クジラの腹から採れるやつ?」
「そう。前に捕鯨船が入港したときに仕入れたんだけど、いつでも手に入るわけじゃないからさ」
店の中全体を見ると、他にお客さんはいませんでした。多分暇な時間帯なんでしょう。できることなら今すぐ店に飛び込んでお客さんになりたいところです。もっと欲を言えばお嫁さんに……
「まあ看板には丁度いいだろう。お前の仕事は繁盛してるか?」
「お陰さまでね、朝に何人か来てくれたよ。面白いお客さんもいたし」
「例えば?」
「メドゥーサの女の子がね。髪を切れば素直な気持ちで告白できそうな気がする、って散髪に来たんだ」
「あー、髪型変えると気分変わることあるからな。生まれ変わって頭の中もさっぱりしてさ」
そうなんだ……私もこのボサボサの髪を切れば、勇気が出るのでしょうか。
「ご希望通り短めに散髪したら、今日こそは素直に想いを打ち明けるんだって張り切ってたよ」
「そうか、上手くいってるといいなぁ」
うう、羨ましいです。
……あれ? メドゥーサを散髪って……
「魔物って中身で勝負なタイプが多いけど、お洒落に興味ある子も多いよな。この前はレッドスライムのお客さんが香水選びに来たし」
「確かに。僕の方も、散髪に来るスライムさんが最近増えてる」
スライムを散髪!?
「スライムのお客って、理髪師的にはどうなんだよ?」
「特に困ることはないよ。切った髪がスライムゼリーになって食べられるし」
えー!?
「魔物さんたちって面白いよね。種族ごとに髪も触り心地とか違うし」
……軽くパニックになった私を他所に、レヴォンさんはお客さんの髪を洗いはじめます。顔こそは笑っていませんが、今の言葉には不思議な熱がこもっているように感じました。まるで心から好きな物について話しているかのような。理髪師という仕事柄か、女性の髪を愛しているのかもしれません。気を取り直して、私も夢の世界ではちゃんと髪型を整えなくちゃ……。
「そうそう、体のニオイとかもな。そして何よりもエロい。レヴォン、お前も体感してみれば分かるぞ」
「あははっ。でもさ、エロ関係で魔物さんが人間の女より劣ってるところってないかな?」
「あるわけないだろ、そんなの」
私も同意見です。いくら自分に自身が持てない小心者の私でも、性技や誘惑術で魔物が人間の女性に負けるなんて考えられません。たとえそれが夢の中限定でも。夢の中限定でもっ!
「いやほら、魔物さんって、その……基本的に股に毛が生えないらしいじゃん?」
「まあ、獣人には体毛が股にもある奴はいるけどな。お前生えてる方が好みだったのか?」
「いや、ツルツルの方がいいんだけど。でも最初からツルツルだと剃る楽しみが……」
……ああ、変態さんだこの人。こういう性癖を持った人っていつもどんな夢を見ているんでしょうか。いくらなんでも裸の女性に囲まれて延々とお股の毛を剃ってあげる夢ってことはないと思いますが。
しかし何と言うことでしょう、あのかっこいい彼が、ハサミを使う手つきがとても素敵なレヴォンさんが変態さんだったなんて。しかも髪フェチなだけでなく毛フェチだったなんて。
こんなことを知ってしまった以上、夢の中ではまず人間の姿で、お股に毛を生やして現れてみるしかありません。彼に剃ってもらう感触を味わいたい私もまた変態さんかもしれません。でもいいんです、現実だと心拍数が大変なことになる行為も、夢の中なら全部許されますから。
やっぱり昼間に勇気を出してストーキングを行い正解でした。この調子で彼の性癖をどんどん調べて……
「……イリシャちゃん」
「ひゃあ!?」
突然呼びかけられ、私は後ろ足二本で竿立ちになってしまいました。大声を出してしまったことに気づき、慌てて窓から離れました。レヴォンさんたちにバレてないか心配です……。
しかし私を驚かせた張本人は、私の目の前に小さな姿をさらしてきょとんとしていました。
「う、ウルリケちゃんっ。びっくりするじゃないですかぁ……」
「ゴメンナサイ」
ぺこりと頭を下げる彼女はちょっと地味で小さくて、でもお茶目で可愛いドッペルゲンガー。私の数少ないお友達の一人です。
「イリシャちゃん、ここで会うの、珍しい……」
たどたどしく喋るウルリケちゃん。伸びた前髪の隙間から赤い目が見えました。
「ウルリケちゃんこそ、こんなところで何を……やっぱり言わなくていいです」
彼女に少し歩み寄った瞬間、精液のニオイがむわっと鼻をつきました。要するに旦那様と一緒に街を歩いていたらムラムラしてきたので、路地裏でエッチしてもらったということでしょう。彼女は可愛いほっぺたを掻いて気恥ずかしそうに笑っています。リア充爆発してくださいませ本日二回目。
私の嫉妬心に気づいているのかいないのか、ウルリケちゃんは私のお尻の方へトコトコと歩いてきました。
「きゃ……!?」
横から小さな手で、馬尻をぺたぺたと触ってくるウルリケちゃん。くすぐったい……。
「な、何してるんですかぁ……」
「……いいお肉」
「そ、そういう怖い冗談はやめてください!」
私は必死でたしなめつつ、彼女の手をお尻から引きはがしました。ウルリケちゃんの旦那様がお肉屋さんということもあり、こういう冗談を言われると背筋がゾクッとします。
でもそういう所を覗けば可愛い友達です。かりそめの姿を取る魔物同士、何か通じ合うところがあるのかもしれません。でも彼女はもう私と違い、本当の姿で旦那様と愛し合うことができます。私と同じくらい臆病なウルリケちゃんが、どうしてそんな勇気を持てたのか……私には分かりません。
とにかく今は彼女と話し込むわけにはいきません。ストーキング中は気を抜くわけにはいかないのです。
「ウルリケちゃん。今忙しいですから、また今度ね」
すると彼女は理髪店の窓をちらりと見て、私の顔をじっと見つめ、納得したように頷きました。
「また、ね」
「ええ、また……」
駆けていくウルリケちゃんの小さな後ろ姿を見送り、体がむずむずしてくるのを感じました。ゆっくりと息を吐き、もう一度お店の窓をのぞきます。レヴォンさんはお客さんのヒゲをそり、仕上げに入っていました。お客さんの切りそろえられた髪が爽やかです。
ハサミや剃刀を使うレヴォンさんの手つきに目を奪われます。いつまでも見ていたいほど、あの細やかな手つきが素敵なのです。
「……んっ……」
お腹の中がきゅぅんと疼きました。ウルリケちゃんと会って精のニオイを嗅いだため、性欲がこみ上げてきてしまったのです。ケンタウロス種は前と後ろ、両方にアソコがあり、それが一緒に疼きはじめました。そして窓白の向こう、すぐ近くにレヴォンさんがいるということが興奮を誘います。
「あっ、いけない……!」
出てきたお汁がローブに染みを作っていました。あわてて裾をたくし上げると、アソコにひんやりした風が当たりました。お汁がとろとろ出てくる割れ目が疼き続け、そこをいじりたいという衝動に駆られます。
今このお汁を拭き取っても納まらないでしょうし、このまま我慢してレヴォンさんの観察を続けたらおかしくなっちゃいそう……。
辺りを見回し、誰もいないことを再確認します。大丈夫、ウルリケちゃんみたいに路地裏で本番までシちゃう人もいるんだし、ちょっとアソコをいじるくらい問題ないはず。もし誰かに見つかったらそう言って開き直ってやりましょう。……勇気があれば。
私はお汁がどんどん垂れてくる割れ目を指で開きました。くちゅ、と小さな音を立て、ピンク色の中身が露になります。穴が私の意思と関係なくぴくぴく動き、そこに何か入れて欲しいと訴えていました。ちょんと膨らんだクリトリスを、指でそっと撫でます。
「ぁン……」
切ない気持ちよさに体がぴくりと震えました。私の体は結構敏感なので、ちょっとしたことでも気持ちよくなれます。でもこれがもし、レヴォンさんの手だったら。あの細やかな動きで、丁寧に触ってもらえたら。
「ん……ふぁ、ん……レヴォンさぁん……♥」
レヴォンさんの指が私のアソコを開いて、中をくちゅくちゅして。クリちゃんを優しく撫でてくれたら。
「ひぁぅ……レヴォンさん、もっとぉ……♥」
優しく、ゆっくり、焦らすようにしつこく撫でられて。アソコからどんどんお汁が出て、とまらなくなって。
体中が震えます。大好きな人を思い浮かべての自慰。四つの脚から力が抜けそうになり、理髪店の石壁に寄りかかりました。レヴォンさんの家だというだけで冷たい壁さえ愛おしく感じてしまいました。私はつゆだく状態になったアソコをじっくりといじり、自分を焦らしていきます。
「お、お願いですからぁ……メスおまんこの、もっと奥までぇ……指挿れてぇ……♥」
みっともなく懇願しながら、私は悶えました。目を閉じ、瞼の裏にレヴォンさんの顔を、手を思い浮かべています。私に勇気さえあれば今すぐ本物のレヴォンさんに告白できるのに、今はただ自分で自分を慰めるだけ。もどかしいです。
お汁でぬるぬるになった手を服の下に入れ、胸を揉みました。無駄に大きくて恥ずかしい胸を夢中で揉み、その自分の手をレヴォンさんのものだと想像します。こんな風に揉んでもらえたら嬉しさと恥ずかしさで、胸だけでイっちゃうかも……。
「あぅぅ……おっぱい、だめぇ……乳首、ゆるしてぇ……♥」
身をよじらせ、思わず下半身を壁にどかっとぶつけてしまいました。
「あぅ……ひゃぅぅ……気づかれちゃうよぉ……でもぉ……止まらないぃ……♥」
そして指が少し奥の、感じるところに少し触って……
「ひぅぅぅぅ……♥」
アソコの中がきゅんきゅん疼きました。アソコの気持ちよさが胸に、胸の気持ちよさがアソコに伝わって響き合います。ただひたすら瞼の裏のレヴォンさんと行為を続け、それでも切なさは増すばかりでした。だって一番欲しいものが、そこには無いのだから……。
一番感じるその部分をひたすら指で刺激し、一人でよがります。脚が震え、蹄が石畳にぶつかって音を立てました。
「レヴォン、さん……♥」
あの人の手を、指を、眼差しを思い浮かべながら、徐々に強くその部分を擦り、一人でどんどん高まっていきました。気持ちは切ないまま、体の快楽だけが増していきます。人間と同じ上半身、馬の下半身、両方が快感に痺れていきました。あと少し、もう少しで最高に気持ちよくなるのが分かっているのに、本当の雌の悦びを感じることができません。
「んっ……ひぅぅ……あんっ♥」
指の動きを徐々に早く、グチャグチャと音を立てながらアソコをほじくっていきます。お汁が沢山垂れて、脚まで滴っているのが分かりました。こんな切ないのはもう耐えられない、早く終わらせたい……そう思いながら、私は仕上げに入りました。
「ひ……ぃ……ふぁぁぁぁぁぁん♥」
ぷしゃっ、と前後のアソコから潮が噴き出し、全身が痺れるような気持ちよさに包まれました。快楽に脚がガクガクと震え、立っていられなくなりそうです。
ついに馬体を石畳の上に横たえ、私はごろりと寝転がってしまいました。自分で自分を抱きしめて切ない快楽に震えながら、私は息を吐いて理髪店の窓を見上げました。あの中に今もレヴォンさんがいるのに、抱きしめに行けない距離ではないのに。今はこうして妄想の中で耐えるしかないなんて、私はつくづく自分が嫌いになります。
でも。
夜になれば話は別。今の幻想以上に甘くて、気持ちのいい夢を見ることができるのですから。二人だけの素敵な世界で、レヴォンさんを好き勝手にできます。そしてその夢は現のできごとよりも強く、はっきりとあの人の心に残るでしょう。彼はやがて夜を、つまり私を待ち望む日々を過ごすことになるのです。
「……ふふっ」
こみ上げてきた淫らな期待に、私は自然と笑みが浮かんできました……
………
……
…
……二階の寝室はカーテン越しに月明かりが差し込み、ふんわりとした光が優しく暗闇を照らしていました。四つの脚で一歩一歩、ゆっくりとベッドに近づきます。質素だけどふかふかしてそうなベッドで、レヴォンさんは穏やかに寝息を立てていました。女の人と間違えそうな、奇麗で可愛い寝顔です。
その傍らで、私は身を隠す魔法を解きました。この夜をどれほど待っていたでしょう。彼はすでに夢の中です。
早くそこへ行きたいという気持ちをおさえつつ、手にした物を垂直にかざしました。冷たい金属の柄に、禍々しい大きな刃がついた代物。人間が思い浮かべる「死神」の持ち物にそっくりな大鎌です。でもこの鎌はナイトメアの力で作られた物であり、命を刈り取る道具ではありません。
「……導け、まどろみ」
静かに唱え、私は鎌の柄にキスをしました。魔力を集中させ、鎌の刃は月光に似た淡い光を放ちます。
「私は夜の子」
天井にぶつけないよう注意しながら、鎌を掲げます。この大鎌は現の世界と、夢との境界線を切り崩すための物。つまり私と彼との隔たりを壊してしまう物なのです。
静かに眠っているレヴォンさんの顔をもう一度見下ろし……彼目がけて鎌を振り下ろしました。
「――!」
その刹那、目の前の世界が二つに裂けました。私の鎌が作った裂け目からは優しい光が漏れ、道を開いています。
四本の脚に力を込め、その裂け目の中へ跳躍。そこには脚がつく地面などなく、私の体は温かさに包まれて宙を飛び続けていました。背後で裂け目が閉じるのを感じつつ、そのまま光の道を進みます。気持ちのいい浮遊感に身を委ねながら、私はこの先で待っているものに胸を弾ませていました。
そう、ここから先は私の領域。全て私の思うがまま。
レヴォンさんは私のもの。今から会いに行く。
「……イイ夢、見せてあげるね……」
12/11/04 18:44更新 / 空き缶号
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