連載小説
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私の価値について

「フランチー殿、下がっていてくだされ!」

 叫びざま、私は暁に斬りかかった。真正面からの馬鹿正直な攻撃……無論、餌だ。
 片手持ちの間合いを最大限に活かし、なおかつ短い振り幅で逆袈裟に打ち込む。当然の如く防がれるが、私は刀身がぶつかり合う前に体を捻った。
 弧を描く足取りで、するりと暁の背後に回り込む。あっけなく背後を取った。間髪を入れずに、今度は袈裟に斬り下ろす。

 刹那、金属音。
 暁は呪刀を持つ手を背中に回し、私の一撃を受け止めた。

「……唵!」

 暁が叫ぶ。私は即座に身を逸らした。
 見えない刃が、横を抜けていくのを肌で感じた。左腕を奪った術……戦慄する。だが今の私なら見切れるのだ。刃状に研ぎ澄まされた魔力の波動を察知し、十分に回避できる!

「ほお、避けよった」

 暁は感心したように振り向いた。相変わらず薄ら笑いを浮かべたまま。

「ほな、これならどや?」

 一瞬、濃密な力が呪刀に集中される。避けようとしたとき、それが解き放たれた。数十枚はあろうかという不可視の刃となって。

 ……回避は無理か!

 私は自分の魔力を瞬時に練り上げた。それを腕を伝わせ、刀へ注ぎ込む。伊庭家に伝わるのも退魔剣術。魔力を使う技法も含まれているのだ。本来人間に使うことは禁じられているが、私も暁も最早人の皮を被った犬畜生にすぎない。
 私はこの状況下で攻撃を選択した。この戦いを長引かせるわけにはいかない。穏健派とはいえ、ここは教団の勢力圏なのだ。

「伊庭流奥義・呑竜の剣!」

 魔力によって刀身が震動する。ともすれば手を離れて暴れ出しそうなほどだが、腕一本でそれを押さえ込む。
 そして、飛来する刃の中心へ突貫した。

 ーー壱の手・隼!

 刀身の魔力を、前方一直線上に解き放つ。奴が使うのと同様に不可視の切っ先が伸び、迫る魔力の刃を弾いた。飛散した刃が船室を傷つけ木屑が舞う。
 刃が取り除かれた空間にそのまま突入。すると暁は呪刀を縦に構え、短く呪文を唱えた。結界である。半透明の膜が奴を覆い、私の刃はそれにぶつかって逸れた。祖国で戦ったとき、父でさえあの結界を破れなかったのだ。今の私にできるのか……悩んでいる猶予はない。

 ーー弐の手・鍾馗!

 魔力を勁力、即ち強力な一撃を叩き込む爆発力に変える技だ。
 右手一本で叩きつけた刀が結界とぶつかり合う。凄まじい衝撃が右手に返ってくるが、手応えはあった。暁も薄ら笑いを止め、必死に私の一撃を受け止めている。
 ならば、このまま連続で技を叩き込めば……

 ーー参の手・飛燕!

 本来飛び道具として使う技だが、今至近距離から放てば結界を破れるはず。右手が痺れるほどの衝撃に耐えながら、刀身の魔力を飛散させた。

「くッ!?」

 暁の顔に、初めて驚愕の表情が浮かぶ。結界が砕け散ったのだ。
 喜びを噛みしめる暇はない、一気にカタをつける!

 ーー肆の手・疾風!

 瞬時に連撃を叩き込む、疾風怒濤の早業。これで決着をつける。今ここで、こいつの首を取る。
 私は息継ぎもせず、初撃を繰り出した。

 ……が。
 私の刀は奴に届かなかった。

「なっ……!?」
「……おしかったねぇ」

 暁は背筋の凍るような笑みを浮かべた。刃は奴の体まであと僅かという所で止まっている。腕が動かない。金縛りの術か。
 結界を破られた時に備え、予め用意していたのかもしれない。ここまで来て、私は油断していたのか。

「ほな、さいなら」
「シロー!」

 暁が呪刀を振り上げるのと同時に、フランチェスカがチンクエディアを投げつけた。しかし暁の顔面目がけて飛んだ幅広の短剣は、即座に払い落とされてしまう。重量のある短剣が床に突き刺ささり鈍い音を立てる。

「うっ!?」

 突如、暁がその場に崩れ落ちた。傷を負っているという足が戦いに耐えられなくなったのだろうか?否、奴の足に黒い縄のような物が絡みついていた。そしてそれはフランチェスカの掌から伸びている。
 魔力の触手……彼女を魔物にしたリリムと同じ力。暁がチンクエディアを振り払った際、自分の腕で視界を遮ることになった。その一瞬の隙を狙って引きずり倒したのだ。
 この機を逃すことはできない。私は即座に、刀に意識を集中させる。

「伍の手・裏飛燕!」

 先ほど飛散させた魔力を再び制御し、呼び戻す。室内に拡散していた魔力が再び凝縮され、刃を形作る。
 そして、暁の体に降り注がせた。腕を貫き、脇腹に突き刺さり、次々と鮮血が吹き出す。

「グオォォォォォァ!」

 獣のような雄叫びが、船室に響いた。額からも血を流し、暁は血まみれの顔で私を見つめ……あの薄ら笑いを浮かべる。それも何処か満足げに。

 どさりとその場に倒れ伏す暁。頭にも攻撃は当たったようだが、死に至らしめることはできなかったようだ。とは言え、治療しても脳神経に異常が残るだろう。
 フランチェスカと目が合う。私は何も言葉が出ず、彼女も同様だった。だがやるべきことは分かっている。この戦いに幕引きを、そして過去との決着をつけなくてはならない。
 私は刀を振り上げた。




 ーー殺すなーー




 突如聞こえた、女の声。私が目を見開くと、暁の周囲に黒い靄が湧き上がった。人間ではない、魔物の魔力を感じる。

「転移魔法……!?」

 フランチェスカが呟いた。腕の金縛りもすでに解けた私は咄嗟に距離を置き、身構える。
 霞は急激に濃くなり、気配も密度を増していく。そしてその中から、巨大な魔力を持った何かが魔物が現した。黒毛の九本の尾、尖った耳、煌々と輝く深紅の瞳。その姿はまさしく、私の故郷に生息する魔物……稲荷だ。

「……今宵……?」

 暁が消え入るような声で呻く。黒稲荷はゆっくりと振り向き、何やら呪文を唱え始めた。私は反射的に攻撃の姿勢を取る。

「シロー、手を出すな!」
「……唵!」

 フランチェスカが私を制止したのと、黒稲荷が叫んだのはほぼ同時だった。
 再び黒い霞が湧き上がり、部屋に充満する。咄嗟に顔を庇って守りの姿勢を取るが、魔力の波動が体に伝わってきた。害を受ける物ではないようだが、黒稲荷を中心に魔力が濃くなっていくのを感じる。

 次の瞬間、目のくらみそうな光が部屋に満ちた。だがそれも一瞬のことで、薄目を開けてみると黒い霞が次第に晴れていく。魔力も消えており……黒稲荷と暁の姿もそこになかった。
 船室には私とフランチェスカ、そして恐怖のあまり失神した神父のみが残っている。甲板の方も静かになり、フィベリオらの話し声だけが聞こえてきた。

「……“傾国の黒稲荷”、今宵」

 フランチェスカがゆっくりと口を開く。

「レスカティエの重鎮だ。……やられたね」

 フランチェスカと目が合い、ゆっくりと息を吐く。高めた力を落ち着かせ、刀を鞘に納めた。何とも表現できない感情だ。フランチェスカの助けもあり、私は奴に勝てた。だが止めを刺すことはできなかったし、もう二度と奴を殺す機会は無いだろう。
 それなのに私は、これでいいと考え始めていた。あれほどまでに憎かったのに、奴の哀れな姿を、虚ろな瞳を見ただけで怒りが風化してしまったのだろうか。奴を追い詰め、地に這わせ、それで満足しようとしている。

「シロー」

 名を呼ばれ、私ははっと顔を上げた。フランチェスカが眼前に近づき、微笑を浮かべる。

「お疲れ様」

 優しい言葉と共に、彼女の唇が頬に触れた。

 ーーああ、もういいのだな。

 柔らかい感触を受けながら、私は思った。私が一番憎かったのは暁ではない。憎かったのは、最も許せなかったのは……何もできない自分だった。
 今なら、私は自分を許せる。過ぎ去った過去に馳せながら、私はフランチェスカと共に歩み出した。








 …………





 ………






 …











 フィベリオ率いる我々奇襲部隊は暁を取り逃がしたが、敵の企図を打ち砕くことには成功した。敵の輸送艦を制圧した後、我らは船に積まれていた金品及び重要書類を略奪し、情報を持つ幹部らを生け捕りにできた。同じ教団の領地を攻撃するというランクヴェスター派の蛮行を証明する資料は、今後教団勢力圏を混乱させる良い材料になるだろう。
 暁がレスカティエに連れ去られたことを知ると、首領アレッシオ・ツェリーニは追撃を中止した。あの魔界国家を敵に回すことはできない。首領は決して保守的な男ではないが、エスクーレが「第二のレスカティエ」になることを許せるほど、急激な変化を望んではいないのだ。
 我々はファミリーからの報酬を受け取り、次の戦いに備えて羽を休めることとなった。


「ほらほら……角、結構気持ちいいでしょ?」

 薄暗い寝室。仰向けに横たわる私の男根に、フランチェスカは角の表面を擦りつけていた。一見硬そうな、節のある角だが、触ってみるとまるで柔肌のような感触が伝わってくる。魔物の体からは『保護の魔力』というものが分泌され、交わりの際に角や爪で男の体を傷つけないようになっているのだ。
 彼女が戦闘中に見せた、素手で敵の刃を逸らす術もこれの応用だった。攻撃を受ける瞬間に相手の武器を保護の魔力で覆ってしまえば、理論上はどんな刃物でも素手で防げる。しかしそれを可能にするのは、勇者フランチェスコの時代から磨かれてきた彼女の反射神経だろう。

「うっ……フランチー殿ッ」

 硬そうに見える物から、優しい快感を受けている。その倒錯感もまた、快楽を高める要素の一つだった。今にも射精しそうな私の顔を見て、フランチェスカは満足げな笑みを浮かべる。
 彼女をアルプにしたリリムも、恐らくこのような笑みを浮かべていたのだろう。それに弄ばれるうちに、その邪悪な美しさに憧れてしまったのかもしれない。自分もこうやって、誰かを屈服させてみたい……そんな思いがあったのだろう。或いは、もっと滅茶苦茶になってみたいという願望か。

「シロー、もうイっちゃうの? いいよ、いつもみたいにどっぷり出して」

 男根を握る手が、摩擦の速度を早める。先走りの液が潤滑液となり、卑猥な水音を立てた。
 そして、私は限界に達した。一気に快感が弾け、迸った多量の白濁液が彼女の黒い角を、黄金色の髪をべっとりと汚していく。パンに乗せた氷菓が溶けたかのようだ。

「ははっ、凄い量! 最高!」

 白で染まった顔で、フランチェスカは無邪気に笑う。強烈な欲望を吐き出したにも関わらず、インキュバスの私は尚も性欲がぶり返していた。彼女の方も先ほどから股間をまさぐっており、白い頬が赤く火照っている。

「……シロー」

 彼女は私の上に体を重ねる。紫色の瞳に心が吸い込まれそうだ。

「僕は昔、親に端金で売られた。たった何ヶ月分かの生活費……それがあのとき、僕につけられた価値だった」

 私の体を、しなやかな腕が抱き締める。私も右手を彼女の背にやり、体を密着させた。

「僕はこの町が憎かった。それなのに、僕の価値を取り戻せたのもこの町だったんだよ。この悪徳の港、エスクーレだ……」
「私も祖国で全てを失い……しかしこの町で、明日を見つけました」

 腕に力がこもる。上腕部分しか残っていない左腕も、無意識のうちにフランチェスカを抱き締めようとしていた。彼女の息が顔にかかり、その感触を楽しむ。

「貴女と出会えました故に。今度は手放しませぬ」
「……僕もだ」

 我々はどちらからともなく、口づけを交わした。こうして体を重ねていると、実感できる。もはや彼女無くして、私の価値は無いのだ。
 互いの口内を味わい、唇を離す。ふいにフランチェスカは、ベッドの脇に置いてある私の愛刀に手を伸ばした。鞘から小柄を取り外し、小さな切っ先で自分の親指を軽く刺す。白い指先に美しい血が滲んだ。
 血の掟。私は理解した。マフィアが兄弟の契りを結ぶ儀式である。彼女から小柄を受け取ると、それを口に咥えて親指を刺す。僅かな痛みと共に、血が滲み出た。

 互いに手を握り、傷口を合わせる。痛みを味わいながら、彼女と私が同胞になったということを改めて実感した。

「僕らは、一つだ」
「ええ」

 見つめ合いながら、フランチェスカはゆっくりと、私の男根を受け入れていく。シーツを湿らせるほどに汁の滴った女性器が、滑らかに肉棒を呑み込んでいった。

「んっ……んっ……んっ……♥」

 恍惚とした表情で、吐息と共に甘い喘ぎ声を漏らす。私もぬめりと温かさに男根を包み込まれ、快感が脳を溶かしていった。

「んはっ……♥ 分身薬、まだあるよ……飲む?」
「お望みとあらば……ぅッ……後ほど」

 ぐにゃりと蠢く膣の感触に悶えつつ、私は答えた。今は一対一で、この快楽を享受していたいのだ。
 私の意図を察したフランチェスカは、緩やかに、次第に激しく腰を動かし始めた。可愛らしい乳首を摘んでやると、身を捩らせて喘ぐ。

「ああン♥ くっぅぅ、ひぅっ♥」

 結合部からはぐちゅぐちゅと水音が発せられ、互いの腰がぶつかる小気味良い音と重なる。彼女の唾液が垂れ、私の頬を濡らした。精液と唾液に塗れた顔を快楽に歪ませ、フランチェスカはひたすら快楽を求めていた。

「ああ、あああぅぅ……♥ シロー、シローは僕のモノだ♥ 僕はシローのモノ……♥」
「放しませぬ……貴女だけは手放しませぬぞ、フランチェスカ……!」


 ……私は恐らく、一生剣を捨てることはできないだろう。祖国へ帰る日が来るかも分からない。もし暁が再び私の前に現れれば、再び憎しみが燃え上がるかもしれない。
 「俺たちに明日はない」……ならず者が使う言葉である。所詮私は明日の命も知れぬ身なのだ。

 しかし。彼女と共に生きていれば、どのような明日でも未練はない。

 親指に残る傷口の痛みを感じながら、私は愛しい魔物の膣に精を放った。













 ……END……



12/02/11 23:31更新 / 空き缶号
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■作者メッセージ


余話もありますので、宜しければ。

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