「スパゲッティってのは元々、素手で摘んで食べるものだった」

　摺り下ろしたチーズを麺にかけながら、フィベリオは言った。たっぷり振りかけると、堅いチーズの塊とおろし金をフランチェスカに回す。

「王侯貴族が食べるようになったから、フォークに巻き付ける食べ方になったんだよね」

　フランチェスカも慣れた手つきでチーズを摺り下ろしていく。良い匂いではあるがフランチェスカは尋常ではない量をかけるため、集会所に匂いが充満する。慣れるのには時間がかかりそうだ。
　ツェリーニ・ファミリーは町の中にいくつかの集会所を持っており、この食堂もその一つである。椅子や机などは高価な木で作った品で、木目の美しさが輝かしいほどだ。ビリヤードと呼ばれる遊技用の台が置かれ、酒も各種揃っている。充実した内装がツェリーニの財力を示しているが、それにも関わらず首領は零細漁民と変わらぬ家に住んでいるという。詳しい事情は知らないが、おそらく贅沢な暮らしをして調子に乗ってはいられないのだろう。

「さてイバ。フランチーから話は聞いたが……」

　フィベリオが本題を切り出した。口調は陽気ながらも、目つきは鋭利な刃物のように鋭い。闇に生きる者の目だ。

「お前がアカツキとやらへの報復に参加することも問題は無ぇ。むしろ相手の情報を持ってるなら頼りになる」

　言いながらフォークに麺を巻き付け、一口頬張る。

「では……」
「だが！」

　私が言いかけると、彼は麺を飲み下して言葉を遮った。フランチェスカは粉チーズの山を崩して麺と和えながら、フィベリオの反応を伺っている。

「だがな。私怨で動かれちゃ困る」
「……ええ」

　彼の言いたいことは分かった。マフィアは常に組織の利益を最優先とし、個人的な感情や信仰を仕事に持ち込んではならない。そういったものによる個人の勝手な行動が、集団全てを崩壊させかねないのだ。特に裏の世界においてはよく起こり得る。私が個人的復讐心で暴走することを危惧しているのだろう。

「ま、アカツキは俺が『消す』ことになっている。お前が俺の下について指示に従ってくれさえすれば、本懐を遂げさせてやるよ」
「兄貴がってことは、ドンから指示が出たわけ？」

　フランチェスカも質問しながら麺を頬張った。ちなみに私の分のチーズは残っていない。

「ああ、俺が指揮を執って暗殺することになった。メンバーは相談役と話し合ってソルジャーを選抜したが、その中にイバを加える」
「かたじけない」

　私は頭を下げた。

「恩に着ることはねぇ。お前の腕はアレッシオも買ってる」

　首領の名を出してフィベリオは笑った。フランチェスカ曰く、彼は幹部の中で唯一首領を呼び捨てにできる男らしい。首領とは子供の頃からの付き合いで、時には首領直々に暗殺を命じられることもあるという。今回も命令が出たということだろうが、それだけアカツキを警戒しているということだ。

　これでようやく自分の怨恨に蹴りをつけられる。復讐したところで家族が生き返るわけではないが、それで憎しみを終わらせられる。過去に区切りをつけ、生まれ変われるかもしれない。そうすれば……。

「とはいえ、作戦はすぐに実行できるもんじゃねぇ。相談役たちが段取りを整えている間に、フランチーは……」
「ああ」

　葡萄酒を呷り、フランチェスカがフィベリオの言葉を引き継いだ。杯の中で揺れる赤い液体を見つめながら、紫色の瞳が妖しく笑っている。何かを懐かしむように、楽しそうに。

「ルージュ・シティとの交渉に向かう」






























　…　…　…


　襲撃の後にも関わらず、エスクーレ港に訪れる商船が減った様子はない。交易以外にも食料等の補給を行う場所として、この町は極めて重要な地点だからだ。ことに教団の目を盗んで反魔物領と親魔物領とを往復する闇商船や、魔物と共に活動する海賊にとっては格好の寄港地だった。教団海軍の動向などについてもツェリーニ・ファミリーを通して最新の情報を得られるし、場合によってはファミリー傘下の海賊による護衛も依頼できるという。魔物と無関係な商人も、近辺の市場を裏で操るマフィアと交友を持つことは不利益ではない。
　エスクーレは表向きは中立の都市国家なので、公に魔物を支援しているわけではない。しかし相手が異教徒であっても人外であっても、町に利益をもたらすなら争わないという気風の町であり、ファミリーもまた親魔物勢力から得られる利益を優先しているのだろう。「魔物を敵に回すと何が厄介って、奴ら金を積んでも靡かねぇ」とはフィベリオの弁だが、その言葉が教団と魔物側の最たる違いを表していた。

　その意味ではフランチェスカの役割……ファミリーの魔物構成員の統率・親魔物系勢力との交渉は非常に重要と言えるだろう。
　今回交渉に向かうのは吸血鬼の領主が治める町、ルージュ・シティ。近年作られたばかりだが、人間と魔物が互いの長所を生かすことで目覚ましい発展を遂げているという。だが当然、主神教団がそれを見過ごすはずもない。今回のエスクーレ襲撃はその町を攻略する足がかりとするため、港湾の設備や町の資源が必要だったと捕虜が白状したらしい。
　つまり、ルージュ・シティとエスクーレ・シティは共通の敵を持っている。共闘を申し込み、最終的には裏で都市同盟を結成する……それが今回の、フランチェスカの任務なのだ。


「いい船が拾えて良かった。これなら安心だ」

　甲板で港を見つめながら、フランチェスカは葡萄酒を呷った。我々の乗る貨客船は帆を一杯に張り、少しずつ港から離れていく。船は比較的新しく、それでいて船長は逞しい老練な船乗りだった。船足も速そうだし、乗組員は魔物に顔が広いとのことなので、確かにこれなら安全な航海ができるだろう。
　水夫たちが手旗信号で他の船に合図を送り、見習いと思われる子鬼の少女たちが港に手を振っている。反魔物思想の者がこの光景を見ても、エスクーレ港にいるうちは彼女たちに手出しできない。人であろうと魔物であろうと、町の平穏を乱す者はファミリーの制裁を受けるのだ。

「ルージュ・シティまでは丸一日だ、のんびり過ごそうじゃないか。……お腹も減ったし」
「……御意」

　フランチェスカに従い、船内への階段を下りていく。出航前に食事も済ませたにも関わらず「腹が減った」と言う意味くらい、私にも分かる。それどころか彼女に誘われるだけで情欲がそそられ、堕ちていくのだ。

　私と彼女しかいない世界へと。







　……船内の寝室もそれなりに清潔で、寝具も新しい。私は椅子に腰掛けた状態で、下半身の刺激に喘ぐこととなった。
　柔らかい唇が亀頭へ接吻を繰り返し、時折舌が尿道口をつつく。男根の付け根は指でくすぐるように刺激され、疼くような快楽を与えられる。

「んっ……もう汁が出てきた。そんなにシたかったわけ？」

　ニヤニヤと笑いながら、フランチェスカは屈んだまま私を見上げる。相変わらず底意地の悪そうな、そのくせ妖艶な笑みだ。最初に彼女と寝てから、いつもこの妖しい笑顔を見ながら果ててきた。まだほんの数日しか夜を共にしていないというのに、もう途方もない回数を経たようにさえ思える。しかもその快感は、飽きることを許してくれないのだ。

　すぼめた唇を尿道口につけ、じゅじゅっと音を立てて先走りの汁を啜る。唇が亀頭に吸い付き、柔らかい感触が密着した。ぴくりと震える男根を、フランチェスカは嗜虐的な目で見つめるのだ。私は服を着たまま下半身のみ露出させて椅子に座り、彼女が全裸で跪き股間に口をつけている構図。普通なら私がフランチェスカに奉仕させているように見えるだろう。しかし実際の主従はまるで逆……私がフランチェスカに弄ばれているのだ。

「……ふふっ、エロ汁がどんどん湧いてくる。しばらく精液じゃなくて、これを吸い出してみようかな」
「な……」

　それはつまり、生殺しにするという宣告だった。私が言葉を発する前に、フランチェスカは亀頭への接吻責めを再開する。ただ唇だけが触れるだけのときもあれば、次は吸い付いて刺激を与えてくる。時には舌先で軽くつつかれ味見をされる。そして尿道口付近に汁が溜まってくると、彼女は音を立ててそれを啜るのだ。
　それを繰り返し、じわじわと高められていく。だが射精に至る快感は与えられず、ただ疼き続けるしかない。だが女に体を弄ばれている屈辱も、フランチェスカの満足げな顔を見ると許してやろうという気持ちになってしまう。そして、ただ快楽を享受するしかないのだ。

「シローはエロ汁も美味しいね。……僕のもご馳走してやるよ」

　眼前に白い指が突き出された。ねっとりと糸を引く液は彼女の股から出たものだろう。無理矢理口に押し入ろうとしてくる指をやむなく受け入れ、不思議な味のする愛液を舐め取ることになった。

「美味しい？　ねぇ、美味しいって言ってよ」

　空いた手を男根に添えてきた。言ったらこのまま射精させてやる……紫色の目がそう告げている。屈辱的な要求……しかし私はフランチェスカの手淫を味わいたくて仕方なかった。早く言えとばかりに軽く力を込めてくる指先に、私はあっけなく屈してしまった。

「美味しゅうござる……」
「ふふ……ありがと」

　その瞬間、男根が力を込めて握られた。さらに素早くしごかれながら、親指の腹が先端を強く刺激してくる。生殺しにされていた男根にこの責めは強烈だった。

「ううっ！」

　数秒と保たず、私は白濁をぶちまけた。それでもフランチェスカは手の動きを止めず、搾取を続ける。
　最後の一滴まで快感を味わい、私は脱力した。フランチェスカが得意げな顔で、指の間に精液で糸を張っている。私に見せつけるかのように……。

「……」

　男としては無論屈辱である。しかし彼女になら構わないという思いが屈辱感に入り交じり、言葉を失ってしまう。
　すると不意に、彼女が男根に頬を押しつけてきた。唇とは違う、むにっとした感触が亀頭を刺激し、そのまま円を描くようにぐりぐりと擦りつけられる。

「うぐっ……！」

　思わず声を上げると、彼女は竿の部分をそっと撫でた。子供を労るような優しい手つきで。私を見つめる瞳も、何処か優しいものに見えた。

「ごめんよ、シロー。ちょっと意地悪してみたくてさ」
「いえ……」

　突然の謝罪の言葉に戸惑っていると、フランチェスカはいきなり私の頭を抱き締めた。あの平たいくせに柔らかい不思議な胸が、顔面に押しつけられる。私は首に巻き付く腕の感触も楽しみながら、胸の温かみを満喫するしかない。
　そうしているうちに、亀頭にぬめりを帯びた柔らかい物が接触する。

「……挿れてあげようか？」

　耳元でそう囁かれると、それだけで脳髄が痺れるような感覚に襲われた。今の私はどのような顔をしているのだろうか。フランチェスカの胸に溺れ、快楽ともどかしさだけが体中に広がっていく。
　私だけでなく、フランチェスカも息づかいが荒かった。尻尾が私の腕に巻き付き、逃がすまいとばかりに締め付けてくる。心臓の鼓動も顔に伝わってきた。

　ーーそうか。

　フランチェスカは早く私を屈服させたいのだ。同時に自分を焦らし、この時間を楽しんでいるのである。

「フランチー殿が……」
「ん？」

　抱擁を解き、私の顔を覗き込んでくるフランチェスカ。頬は紅潮し、熱い息を漏らしていた。
　股間部が僅かに下がり、亀頭に粘膜が密着した。

「フランチー殿が魔物になった理由……分かった気がするでござるよ」

　私の言葉に、一瞬だけ紫色の眼が見開いた。そしてそれが、次第に淫靡な笑みへと変わっていく。

「……いいんだよ、そんなことはさ！」

　刹那、男根が根本まで女性器に包み込まれた。潤滑液が果汁のように滴る魔物の肉筒。男根を貪るこの感触には慣れそうにない。
　だがそれを味わう前に、私は別の刺激に襲われた。

「んっ♪」
「ぐむっ……!?」

　フランチェスカが強引に接吻をしてきたのだ。侵入してきた舌が口の中を舐め回し、唾液を流し込んでくる。腰も上下運動が始まり、卑猥な水音が上下両方から発された。

「ん……じゅるっ……」

　責めというより、もはや口内を蹂躙されていた。私を逃がさないよう抱き締め、激しく舌を絡ませてくるのだ。唾液が頬を伝い、激しい接吻が股間の快感さえも増幅させた。
　まるで接吻と性交の刺激が、私の体内でぶつかり合うかのように……

「ーーーーッ！」

　声にならぬ叫びと共に、私は絶頂に達してしまった。初夜のときほどではないにしろ、多量の白濁をフランチェスカの蜜壺に注ぎ込んでいく。そしてその間もずっと、口内は舌で犯されていた。凄まじい強制的な快楽に、私は膝を屈してしまったのだ。
　ようやく唇が離れ、フランチェスカと私は荒い息を整える。互いの息がぶつかる距離で、フランチェスカが微笑んだ。

「……僕がアルプになったのは……」

　私に頬を寄せながら、彼女が呟いた。いつの間にか私の腕は、彼女の背をしっかり抱き締めている。

「間違いなく、僕の望みだったんだろうね……あのリリムにフランチェスコとして陵辱されたときより、フランチェスカの体でシローと交わる方がずっと気持ちいいんだから」

　意識しているのかいないのか、急に彼女の蜜壺が締まった。インキュバスとなった私の体は敏感に反応し、男根が彼女の中で怒張していく。
　同時にフランチェスカは腰の動きを再開した。彼女の愛液と私の精液が入り交じった汁が、いやらしく音を立てながら垂れている。

「んっ……シロー。こうやってる時だけは、他のことを忘れちゃいなよ」
「……御意」

　……仲間の過去に深入りしないのが、マフィアの暗黙の掟だ。そのためフランチェスカもフィベリオも、私がアカツキを憎む理由について特に問わなかった。だが彼女はきっと、私の心境を察してくれているのだろう。死んだと思っていた仇が生きていたと知り、怒りどころか喜びさえ抱いた私の感情を。
　だから彼女は私を包んでくれる。私が私怨に駆られ、歯止めが利かなくならぬように。彼女と共にいられるように。

「ははっ……ルージュ・シティに着くまで、ずっと繋がってみない？　これから忙しくなるんだから」
「そうでござるな……」

　私たちは性器同士を結合させたまま椅子から立ち上がる。狭い部屋なので、そのまま倒れ込むように寝具に寝ころんだ。
　紫色の瞳を見つめながら、私は深く甘い闇に身をゆだねた……

■作者メッセージ
久々の更新となってしまいました（滝汗）
遅れた理由はいろいろあります。
会社の忘年会とかで忙しかったとか、もんくえの妖狐カワイイとか。

一番大きな理由は、昨今のSSにおける騒動です。
叩かれてるSS（当然叩きに正論もありますが）なども見ていると、私のSSもこのままでいいのだろうかと思えてきまして、もんくえに逃げたり自分の方針についていろいろ考えていました。

しかし私は今まで、書きたいと思った話を書いてそれなりに上手くいってきました。
なので今後も、とりあえず今までのやり方を貫いていこうと思います。
もんくえをやって「ああ、やっぱり俺は魔物娘と愛を育みたいんだなぁ」と再認識したので、今後も頑張ります。

今回もエロシーンを挟んだ都合であまり話が進みませんでしたが、次回からテンポ良く進んでいくと思います。