仇敵を料理する方法について
「ひゃぁっ……い、や……嫌ぁ……」
「ははっ、どうしたのさ? 僕らに喧嘩売った気概を見せてみなよ?」
本来客室だったと思われるドアを開けると、フランチェスカがそこにいた。壁には全裸に剥かれた若い女が鎖で拘束されており、フランチェスカから与えられる快感によがっている。兵として訓練を受けた体は引き締まって美しく、凛としていればさぞ涼やかな美女だろう。しかし魔物の指先に股や乳房を愛撫され、その表情はだらしなく蕩けきっていた。構成員に拷問されたらしい傷から血が流れているにも関わらず、涎と愛液垂れ流しながらひたすら喘いでいる。僅かに残った屈辱の表情が嗜虐心を煽るのか、フランチェスカは舌なめずりしながら行為を続けていた。
そして部屋にはもう一人……若い男がいた。やはり全裸に剥かれ、拷問後の傷だらけの姿で壁に拘束されている。フランチェスカの陵辱行為を憤激の眼差しで睨みつけているが、開いた口からは声が一切出ていない。口封じの呪いでもかけられたのだろう。
「あ、シロー」
責めの手を止め、フランチェスカは私の方を向いた。
「ごめんよ、置き去りにしちゃって」
「いえ」
私のあっさりとした返答がつまらなかったのか、彼女は捕虜の女の秘部を指先で広げ、見せつけてきた。桃色の肉から止め処なく粘液が滴り、卑猥極まる光景である。
「ほら、綺麗なピンク色だろ? 見られると興奮しちゃうかもね」
「い、嫌ぁ! やめ……ひゃぅぅ!」
割れ目の突起を指先で刺激され、捕虜はびくりと快楽に震える。少し前まで一人前の兵士だった戦乙女が、だらしなく汁を垂らしながら媚態を晒しているのだ。羞恥に満ちた表情といい、普通なら男の情欲をそそるのに十分すぎる淫靡さだろう。しかしどういうわけか、私はこの光景に興が冷めるような感覚を覚えた。
フランチェスカはふいに、自分のベルトを外し始めた。黒い下着も降ろし、つるりとした恥丘を晒す。昨夜散々堪能させられたにも関わらず、それを見ると体が勝手に疼き出した。あの花園から与えられる快楽を体が待ち望んでしまう。だが彼女は私に背を向け、捕虜に自分の体を重ね……恥丘同士を密着させた。
「さあ、仕上げだ……」
ゆっくりと、フランチェスカが体を上下させる……
「あああああああああっ!」
耳障りなほどに甲高い嬌声を上げ、捕虜は激しく身をよがらせた。彼女を拘束する鎖の金属音、擦りあわされる股間部から聞こえる卑猥な水音がそれに混じる。
「ひゃぁあぅ……♪ ふぁああああああん♪」
単なる貝合わせにも関わらず、捕虜は大げさな声を上げて悶えている。まるで鉄の鎖さえ引き千切ってしまいそうなほどに。だがよく観察してみると、ただ女性器を擦り合わせているだけではなかった。フランチェスカの性器から漏れ出す魔力が捕虜の体内に侵入し、体を蝕んでいるのだ。
私の流派は退魔剣術、即ち魔物との戦いを主眼とした撃剣。そのため呪術などについても多少は学んだ。だから神経を研ぎ澄ませば、魔力の流れも把握できるというもの。フランチェスカの蜜のように甘い毒が、捕虜の体を徐々に染めていく。かつてフランチェスカがそうされたように、捕虜の体が作り替えられているのだ。
「ふううぁぁん♪ はひゅっ、ひうぅぅうぅ♪」
「んっ……ふふっ、いい声だね……女同士でこんなに気持ちいいんだ、これが彼のチンポだったら……?」
「ぅ……!?」
耳にも注ぎ込まれた毒により、捕虜の目が見開かれる。魔力と刺激で蕩けきった無防備な精神が、フランチェスカに言われたことをそのまま想像してしまうのだろう。どうやら声も出せないまま彼女を助けようと藻掻く男が、彼女の恋人らしい。鎖を引きちぎる力は無いようだが、愛する女が魔物の手に堕ちていくのを目の当たりにして、すんなり諦めのつく奴などいない。
そんな抵抗を嘲笑うかのように、フランチェスカは作業を続ける。
「魔物になれば、剣なんか握らなくて済む。……ん……好きな男だけを見ていればいいんだ」
「はぅんん……か……かれ……だけ……」
瞳がどんよりと曇っていく。よがる彼女を抱き締めながら、フランチェスカは微笑んだ。
「その方が幸せだろ……? 魔物になれば死ぬような目に遭わなくていい、平和に暮らしていればいい」
「まもの……へいわ……へい…わ……」
妖しく輝く紫色の瞳。暗示にかけられたような、間の抜けた声。しつこく性的刺激を与え続けられた捕虜には、もはや抗う気力など残っていなかったのだろう。フランチェスカの魔力が強くなり、とどめの一押しをかけようとしていた。
「さあ……うんとエッチな魔物になりな」
「あ……あ……あああああああああん♪」
一際長い嬌声と共に、捕虜の体に異変が起き始めた。昨夜フランチェスカから聞かされた現象……魔物化である。快楽に身を悶えさせる捕虜の背から、バキバキと音を立てて白い骨が突きだしてきた。同時に、髪の毛の合間からは角の先端が、腰の辺りからは尾てい骨が突きだしてくる。胴や手足の皮膚にはうっすらとピンク色の産毛が生え始め、生い茂るかのように濃くなっていく。その全てが快感であるかのように喘ぐ彼女からフランチェスカが離れると、股間の粘液が糸を引いた。突きだした骨には皮膚がつき、小さな翼と尾を形成する。
涎と股の汁垂れ流しにしながら、完全に魔物となった彼女は荒く息を吐き……だらしのない笑顔を浮かべた。
フランチェスカが腕の鎖を外してやると、彼女は体毛に覆われた胸を撫でさすり、その刺激に痺れたような声を上げる。まるで新しい体の感覚を確かめるかのように。
脚の拘束も解放され、彼女は赤子のような足取りで歩き出した。魔物の彼女は蕩けきった瞳で、自分の獲物を……未だ声を出せず、絶望に満ちた表情をしている恋人の元へ歩み寄った。
「あ……あン……ジェイ……じぇい……♪」
恐怖に満ちた恋人に抱きつき、待ちきれないとばかりに男根を掴む。そしてそれを、自分の股へ……
「ふあああああん! ジェイ、じぇいが入ってきたぁ♪ 気持ちイイ……気持ちイイよぅ♪」
悦びの声を上げるレッサーサキュバスを見て、フランチェスカはにやりと笑った。
「ふふっ。後は適当な魔界に放り込んで終わりさ」
得意げに告げ、ハンカチで自分の股を拭き取る。紫色の瞳が、私の方を見た。
「これでもう、ツェリーニに刃向かうことはない……そういうことでござるか」
「ああ。もうエッチすることしか頭にないもの。男の方もすぐにそうなる」
服を着たフランチェスカは私の背を叩き、部屋から足を踏み出した。背後ではレッサーサキュバスが男にすがりつくようにして、一心不乱に腰を振っている。昨日まで戦友でもあった恋人を弄ばれ、魔物に変えられる……最終的に幸せな結末を迎えるにしても、主神教団の価値観で生きる者としては死より辛い絶望だろう。マフィアとしては立派な報復と言えなくもない。
響き渡る耳障りな嬌声を背に、私もフランチェスカに従った。
「報復は行うのでござるか?」
「当然。教団とはいえここまで舐めた真似されて黙ってちゃ、ツェリーニの名が泣く」
振り向くことなく、フランチェスカは言った。私に話せる情報は少ないだろうが、聞いておくに超したことはない。最早ツェリーニ・ファミリーとは縁を切れないのだから。
「敵はランクヴェスター派っていう、教団の過激派だ。やり方が無茶苦茶だから、同じ主神教団の中でも煙たがられてる。この町の教会の連中もよく悪口言ってるし」
このエスクーレ・シティにも、教団の信者はいる。通常の主神教団から分化したエスクーレ新教と呼ばれる宗派で、「例え異教徒相手でも、争いより交易による和解を」という考えを貫いているのだ。無論ツェリーニ・ファミリーと関わりがあるため、潔癖な宗派とは言えないが。
ともあれ、この町を焼き討ちした相手への報復となれば、町の教会や議会も止めろとは言うまい。
「とはいえ、ただ叩き潰すだけじゃ戦略とは言えない。まあその辺は副首領や相談役がいい手を考えるさ。……ところで、シロー」
紫色の瞳が私を見つめる。笑みはない。真剣な表情だ。
「捕虜が白状したんだけど、火をつけたのはジパング人の術者だったらしい」
「ほう……」
私のように金で雇われた流れ者だろうか。あるいは教団の思想に傾倒した輩か。どちらにしろ依頼主の命令があれば、同国人であっても斬ることに躊躇いはない。
「名前は確か……アカツキ、って言ったな」
「なっ……!?」
私の心臓が大きく脈打った。
「知ってるのかい?」
フランチェスカはすかさず尋ねてきた。
走馬燈の如く脳裏に蘇ってくる、忌まわしい記憶。
血の海となった道場。
家族や門弟たちの屍の山。
千切れた左腕。
そして……仇の姿。
ーー生きていたのか……? あの男が……!
「……フランチー殿、そいつの姓は?」
「アマノーミァとか言ってた。……知っている奴かい?」
確定した。私から全てを奪った男が生きていたのだ。
片腕を失った身で剣の腕を磨き続けてきたのも、人を殺し続けてきたのも、全ては奴を殺すため。だが、それは叶わぬ願いだと思っていた。何故ならあの男はすでに死んでいたから。
だが、生きているとなれば……!
「……フランチー殿、報酬はいりませぬ。その男、拙者に斬らせてはくださらぬか」
「……シロー?」
フランチェスカは怪訝そうな顔で私を見る。何処か不安げなその表情を無視し、私は上腕のみが残った左腕を押さえた。幻痛が酷くなる。あのときの痛みは、憎しみは、未だ燻り続けているのだ。
左腕が告げている。応報せよと。
奴の首を取り、同胞たちへの手向けとせよと。
それで気が済まぬなら、頭蓋に漆を塗って杯にしてしまえと。
「天ノ宮暁……奴だけは拙者が斬る!」
… … … …
… … … …
「全滅だと!? たかがマフィア如きに!?」
「馬鹿な、犯罪集団の何処にそのような力が……!?」
狼狽する騎士や司祭共を見ていると、ついつい失笑してしまいそうになる。金糸や鎖で装飾された立派な軍装も、揃った口髭も、全ての威厳が台無しだ。実に滑稽。
円卓に置かれた酒を一口のみ、表情を誤魔化す。祖国の酒とは違う水菓子の香りに、炭酸が口の中で弾けた。なかなか美味しい。レスカティエにいる従姉妹も、こういうのを飲んでいるのだろうか。
「アカツキ! あれだけ金を払ったにも関わらず、貴様は何をしていた!?」
神父の一人が立ち上がり、僕にむけて怒鳴ってくる。どうでもいいけど、人を指さすな。
「命令通り、火をつけて燃え広げさせたやないの。その間に敵さんに負けた奴らが悪い」
僕がそう言ってやると、神父は顔面の毛細血管が千切れそうなほど赤くなった。故郷のホオズキを思い出す。
「まあ落ち着け。それよりも次の手を考えねば……」
「左様、あの忌まわしきルージュ・シティを滅ぼすには、あの港を押さえねば」
「今度は勇者を派遣しては?」
「たわけ! マフィア如きに勇者を使ったとあっては教団の恥!」
「そのマフィア如きに負けたのであろう! 貴様の部下は!」
「何を言う、貴様こそもっとまともな船を調達できんかったのか!?」
くだらない議論を始める偉い人たち。来る日も来る日も責任のなすり合いで、よく飽きないものだ。いやはや、我が家を思い出す。長女と次女のどちらを世継ぎに据えるかで、上を下への大騒ぎ。家中で分裂して争いの日々。
まあ、それに乗せられた僕も人のことは言えないが。おかげでこうして、異国で阿呆な仕事ばかりやらされている。今回はヤクザ相手の仕事だったが、連中は思いの外手強かった。いや、こいつらがちゃんと下調べをしていれば、先に分かっていたはずだ。折角真面目に火付けをした僕の活躍も、目の前の発泡酒の泡の如く消えてしまった。
退屈になった僕は隣にいる若い騎士に、ふと思ったことを訊いてみることにした。
「ねえ。なんでこのお酒、シャンパンって言うん?」
若い騎士は呆れたような顔をしていたが、彼も目の前の不毛な議論に嫌気が刺していたのだろう。小声でちゃんと答えてくれた。
「そういう名前の地から伝わったからだ。最も、そんな地方がどこにあるか知る者はいないがな」
「へえ。分からへんの?」
「沈んだ島の名前だとか、滅びた土地だとかいろいろ言われているが……一説には異世界の地名だとも言われている」
異世界。僕らの住むこことは異なる、全く未知の世界。たまに聞く言い伝えだ。
若い騎士は長いため息をついたかと思うと、話を続けた。
「伝説で語られる異世界には……魔物の存在しない、人間だけの平和な理想郷があるという」
「人間だけの?」
彼は力なく頷いた。
「そのような世界を作り上げるのが、教団の仕事だというのに……」
責任のなすり合いで白熱するお偉方に目をやり、騎士は頭を抱えた。
ああ、駄目だ。何で揃いも揃って僕を笑わせようとするんだ。魔物がいなくなったからと言って、人間だけの世界が平和なわけないだろう。目の前のお偉方を見れば分かるはずだ。人間はどんなくだらない理由でも争えるし、本当は魔物より欲深だ。絶対悪である魔物がいなくなれば、人間同士で相手を悪だと決めつけて戦い続けるに決まっているじゃないか。
本当に、どうしようもない阿呆だ。こいつらも……僕も。
そう言えばヤクザの中に、隻腕の日の国人がいたと聞いた。かつて片腕だけ切り落とし、仕留め損ねた男がいたが……もしそいつだったら、本当に笑えるな。
「クックックッ……」
込み上げてきた笑みを、僕はシャンパンと一緒に飲み込んだ。
「ははっ、どうしたのさ? 僕らに喧嘩売った気概を見せてみなよ?」
本来客室だったと思われるドアを開けると、フランチェスカがそこにいた。壁には全裸に剥かれた若い女が鎖で拘束されており、フランチェスカから与えられる快感によがっている。兵として訓練を受けた体は引き締まって美しく、凛としていればさぞ涼やかな美女だろう。しかし魔物の指先に股や乳房を愛撫され、その表情はだらしなく蕩けきっていた。構成員に拷問されたらしい傷から血が流れているにも関わらず、涎と愛液垂れ流しながらひたすら喘いでいる。僅かに残った屈辱の表情が嗜虐心を煽るのか、フランチェスカは舌なめずりしながら行為を続けていた。
そして部屋にはもう一人……若い男がいた。やはり全裸に剥かれ、拷問後の傷だらけの姿で壁に拘束されている。フランチェスカの陵辱行為を憤激の眼差しで睨みつけているが、開いた口からは声が一切出ていない。口封じの呪いでもかけられたのだろう。
「あ、シロー」
責めの手を止め、フランチェスカは私の方を向いた。
「ごめんよ、置き去りにしちゃって」
「いえ」
私のあっさりとした返答がつまらなかったのか、彼女は捕虜の女の秘部を指先で広げ、見せつけてきた。桃色の肉から止め処なく粘液が滴り、卑猥極まる光景である。
「ほら、綺麗なピンク色だろ? 見られると興奮しちゃうかもね」
「い、嫌ぁ! やめ……ひゃぅぅ!」
割れ目の突起を指先で刺激され、捕虜はびくりと快楽に震える。少し前まで一人前の兵士だった戦乙女が、だらしなく汁を垂らしながら媚態を晒しているのだ。羞恥に満ちた表情といい、普通なら男の情欲をそそるのに十分すぎる淫靡さだろう。しかしどういうわけか、私はこの光景に興が冷めるような感覚を覚えた。
フランチェスカはふいに、自分のベルトを外し始めた。黒い下着も降ろし、つるりとした恥丘を晒す。昨夜散々堪能させられたにも関わらず、それを見ると体が勝手に疼き出した。あの花園から与えられる快楽を体が待ち望んでしまう。だが彼女は私に背を向け、捕虜に自分の体を重ね……恥丘同士を密着させた。
「さあ、仕上げだ……」
ゆっくりと、フランチェスカが体を上下させる……
「あああああああああっ!」
耳障りなほどに甲高い嬌声を上げ、捕虜は激しく身をよがらせた。彼女を拘束する鎖の金属音、擦りあわされる股間部から聞こえる卑猥な水音がそれに混じる。
「ひゃぁあぅ……♪ ふぁああああああん♪」
単なる貝合わせにも関わらず、捕虜は大げさな声を上げて悶えている。まるで鉄の鎖さえ引き千切ってしまいそうなほどに。だがよく観察してみると、ただ女性器を擦り合わせているだけではなかった。フランチェスカの性器から漏れ出す魔力が捕虜の体内に侵入し、体を蝕んでいるのだ。
私の流派は退魔剣術、即ち魔物との戦いを主眼とした撃剣。そのため呪術などについても多少は学んだ。だから神経を研ぎ澄ませば、魔力の流れも把握できるというもの。フランチェスカの蜜のように甘い毒が、捕虜の体を徐々に染めていく。かつてフランチェスカがそうされたように、捕虜の体が作り替えられているのだ。
「ふううぁぁん♪ はひゅっ、ひうぅぅうぅ♪」
「んっ……ふふっ、いい声だね……女同士でこんなに気持ちいいんだ、これが彼のチンポだったら……?」
「ぅ……!?」
耳にも注ぎ込まれた毒により、捕虜の目が見開かれる。魔力と刺激で蕩けきった無防備な精神が、フランチェスカに言われたことをそのまま想像してしまうのだろう。どうやら声も出せないまま彼女を助けようと藻掻く男が、彼女の恋人らしい。鎖を引きちぎる力は無いようだが、愛する女が魔物の手に堕ちていくのを目の当たりにして、すんなり諦めのつく奴などいない。
そんな抵抗を嘲笑うかのように、フランチェスカは作業を続ける。
「魔物になれば、剣なんか握らなくて済む。……ん……好きな男だけを見ていればいいんだ」
「はぅんん……か……かれ……だけ……」
瞳がどんよりと曇っていく。よがる彼女を抱き締めながら、フランチェスカは微笑んだ。
「その方が幸せだろ……? 魔物になれば死ぬような目に遭わなくていい、平和に暮らしていればいい」
「まもの……へいわ……へい…わ……」
妖しく輝く紫色の瞳。暗示にかけられたような、間の抜けた声。しつこく性的刺激を与え続けられた捕虜には、もはや抗う気力など残っていなかったのだろう。フランチェスカの魔力が強くなり、とどめの一押しをかけようとしていた。
「さあ……うんとエッチな魔物になりな」
「あ……あ……あああああああああん♪」
一際長い嬌声と共に、捕虜の体に異変が起き始めた。昨夜フランチェスカから聞かされた現象……魔物化である。快楽に身を悶えさせる捕虜の背から、バキバキと音を立てて白い骨が突きだしてきた。同時に、髪の毛の合間からは角の先端が、腰の辺りからは尾てい骨が突きだしてくる。胴や手足の皮膚にはうっすらとピンク色の産毛が生え始め、生い茂るかのように濃くなっていく。その全てが快感であるかのように喘ぐ彼女からフランチェスカが離れると、股間の粘液が糸を引いた。突きだした骨には皮膚がつき、小さな翼と尾を形成する。
涎と股の汁垂れ流しにしながら、完全に魔物となった彼女は荒く息を吐き……だらしのない笑顔を浮かべた。
フランチェスカが腕の鎖を外してやると、彼女は体毛に覆われた胸を撫でさすり、その刺激に痺れたような声を上げる。まるで新しい体の感覚を確かめるかのように。
脚の拘束も解放され、彼女は赤子のような足取りで歩き出した。魔物の彼女は蕩けきった瞳で、自分の獲物を……未だ声を出せず、絶望に満ちた表情をしている恋人の元へ歩み寄った。
「あ……あン……ジェイ……じぇい……♪」
恐怖に満ちた恋人に抱きつき、待ちきれないとばかりに男根を掴む。そしてそれを、自分の股へ……
「ふあああああん! ジェイ、じぇいが入ってきたぁ♪ 気持ちイイ……気持ちイイよぅ♪」
悦びの声を上げるレッサーサキュバスを見て、フランチェスカはにやりと笑った。
「ふふっ。後は適当な魔界に放り込んで終わりさ」
得意げに告げ、ハンカチで自分の股を拭き取る。紫色の瞳が、私の方を見た。
「これでもう、ツェリーニに刃向かうことはない……そういうことでござるか」
「ああ。もうエッチすることしか頭にないもの。男の方もすぐにそうなる」
服を着たフランチェスカは私の背を叩き、部屋から足を踏み出した。背後ではレッサーサキュバスが男にすがりつくようにして、一心不乱に腰を振っている。昨日まで戦友でもあった恋人を弄ばれ、魔物に変えられる……最終的に幸せな結末を迎えるにしても、主神教団の価値観で生きる者としては死より辛い絶望だろう。マフィアとしては立派な報復と言えなくもない。
響き渡る耳障りな嬌声を背に、私もフランチェスカに従った。
「報復は行うのでござるか?」
「当然。教団とはいえここまで舐めた真似されて黙ってちゃ、ツェリーニの名が泣く」
振り向くことなく、フランチェスカは言った。私に話せる情報は少ないだろうが、聞いておくに超したことはない。最早ツェリーニ・ファミリーとは縁を切れないのだから。
「敵はランクヴェスター派っていう、教団の過激派だ。やり方が無茶苦茶だから、同じ主神教団の中でも煙たがられてる。この町の教会の連中もよく悪口言ってるし」
このエスクーレ・シティにも、教団の信者はいる。通常の主神教団から分化したエスクーレ新教と呼ばれる宗派で、「例え異教徒相手でも、争いより交易による和解を」という考えを貫いているのだ。無論ツェリーニ・ファミリーと関わりがあるため、潔癖な宗派とは言えないが。
ともあれ、この町を焼き討ちした相手への報復となれば、町の教会や議会も止めろとは言うまい。
「とはいえ、ただ叩き潰すだけじゃ戦略とは言えない。まあその辺は副首領や相談役がいい手を考えるさ。……ところで、シロー」
紫色の瞳が私を見つめる。笑みはない。真剣な表情だ。
「捕虜が白状したんだけど、火をつけたのはジパング人の術者だったらしい」
「ほう……」
私のように金で雇われた流れ者だろうか。あるいは教団の思想に傾倒した輩か。どちらにしろ依頼主の命令があれば、同国人であっても斬ることに躊躇いはない。
「名前は確か……アカツキ、って言ったな」
「なっ……!?」
私の心臓が大きく脈打った。
「知ってるのかい?」
フランチェスカはすかさず尋ねてきた。
走馬燈の如く脳裏に蘇ってくる、忌まわしい記憶。
血の海となった道場。
家族や門弟たちの屍の山。
千切れた左腕。
そして……仇の姿。
ーー生きていたのか……? あの男が……!
「……フランチー殿、そいつの姓は?」
「アマノーミァとか言ってた。……知っている奴かい?」
確定した。私から全てを奪った男が生きていたのだ。
片腕を失った身で剣の腕を磨き続けてきたのも、人を殺し続けてきたのも、全ては奴を殺すため。だが、それは叶わぬ願いだと思っていた。何故ならあの男はすでに死んでいたから。
だが、生きているとなれば……!
「……フランチー殿、報酬はいりませぬ。その男、拙者に斬らせてはくださらぬか」
「……シロー?」
フランチェスカは怪訝そうな顔で私を見る。何処か不安げなその表情を無視し、私は上腕のみが残った左腕を押さえた。幻痛が酷くなる。あのときの痛みは、憎しみは、未だ燻り続けているのだ。
左腕が告げている。応報せよと。
奴の首を取り、同胞たちへの手向けとせよと。
それで気が済まぬなら、頭蓋に漆を塗って杯にしてしまえと。
「天ノ宮暁……奴だけは拙者が斬る!」
… … … …
… … … …
「全滅だと!? たかがマフィア如きに!?」
「馬鹿な、犯罪集団の何処にそのような力が……!?」
狼狽する騎士や司祭共を見ていると、ついつい失笑してしまいそうになる。金糸や鎖で装飾された立派な軍装も、揃った口髭も、全ての威厳が台無しだ。実に滑稽。
円卓に置かれた酒を一口のみ、表情を誤魔化す。祖国の酒とは違う水菓子の香りに、炭酸が口の中で弾けた。なかなか美味しい。レスカティエにいる従姉妹も、こういうのを飲んでいるのだろうか。
「アカツキ! あれだけ金を払ったにも関わらず、貴様は何をしていた!?」
神父の一人が立ち上がり、僕にむけて怒鳴ってくる。どうでもいいけど、人を指さすな。
「命令通り、火をつけて燃え広げさせたやないの。その間に敵さんに負けた奴らが悪い」
僕がそう言ってやると、神父は顔面の毛細血管が千切れそうなほど赤くなった。故郷のホオズキを思い出す。
「まあ落ち着け。それよりも次の手を考えねば……」
「左様、あの忌まわしきルージュ・シティを滅ぼすには、あの港を押さえねば」
「今度は勇者を派遣しては?」
「たわけ! マフィア如きに勇者を使ったとあっては教団の恥!」
「そのマフィア如きに負けたのであろう! 貴様の部下は!」
「何を言う、貴様こそもっとまともな船を調達できんかったのか!?」
くだらない議論を始める偉い人たち。来る日も来る日も責任のなすり合いで、よく飽きないものだ。いやはや、我が家を思い出す。長女と次女のどちらを世継ぎに据えるかで、上を下への大騒ぎ。家中で分裂して争いの日々。
まあ、それに乗せられた僕も人のことは言えないが。おかげでこうして、異国で阿呆な仕事ばかりやらされている。今回はヤクザ相手の仕事だったが、連中は思いの外手強かった。いや、こいつらがちゃんと下調べをしていれば、先に分かっていたはずだ。折角真面目に火付けをした僕の活躍も、目の前の発泡酒の泡の如く消えてしまった。
退屈になった僕は隣にいる若い騎士に、ふと思ったことを訊いてみることにした。
「ねえ。なんでこのお酒、シャンパンって言うん?」
若い騎士は呆れたような顔をしていたが、彼も目の前の不毛な議論に嫌気が刺していたのだろう。小声でちゃんと答えてくれた。
「そういう名前の地から伝わったからだ。最も、そんな地方がどこにあるか知る者はいないがな」
「へえ。分からへんの?」
「沈んだ島の名前だとか、滅びた土地だとかいろいろ言われているが……一説には異世界の地名だとも言われている」
異世界。僕らの住むこことは異なる、全く未知の世界。たまに聞く言い伝えだ。
若い騎士は長いため息をついたかと思うと、話を続けた。
「伝説で語られる異世界には……魔物の存在しない、人間だけの平和な理想郷があるという」
「人間だけの?」
彼は力なく頷いた。
「そのような世界を作り上げるのが、教団の仕事だというのに……」
責任のなすり合いで白熱するお偉方に目をやり、騎士は頭を抱えた。
ああ、駄目だ。何で揃いも揃って僕を笑わせようとするんだ。魔物がいなくなったからと言って、人間だけの世界が平和なわけないだろう。目の前のお偉方を見れば分かるはずだ。人間はどんなくだらない理由でも争えるし、本当は魔物より欲深だ。絶対悪である魔物がいなくなれば、人間同士で相手を悪だと決めつけて戦い続けるに決まっているじゃないか。
本当に、どうしようもない阿呆だ。こいつらも……僕も。
そう言えばヤクザの中に、隻腕の日の国人がいたと聞いた。かつて片腕だけ切り落とし、仕留め損ねた男がいたが……もしそいつだったら、本当に笑えるな。
「クックックッ……」
込み上げてきた笑みを、僕はシャンパンと一緒に飲み込んだ。
11/12/05 23:40更新 / 空き缶号
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