後編
近寄っていくペトナに、白髪の魔物はニコリと笑いかけた。遠くからでも分かる、眩しい笑顔だ。背中には髪と同じ色の翼があり、黒い服によく映えている。
そして目と鼻の先という距離にきたとき、ペトナは突然彼女に抱きついた。白髪の魔物は綺麗な声で笑いながら、ペトナの頭を撫でてやっている。ペトナが俺以外の奴と、こうも積極的にスキンシップをとるとは。その魔物もペトナを知っているらしく、優しく抱きしめながら何かを話していた。
「あのマンティス……そうか」
領主が静かに呟き、俺の方を見た。不思議な色合いをした灰色の瞳に、自然と背筋が伸びる。
「君が、彼女の配偶者となったのか」
「……ええ」
改めて言われると何となく照れくさい。
だがそれよりも、俺は先ほどの淫行の最中、ペトナが言ったことを思い出した。自分は人間だった……確かにそう言ったのだ。人間が魔物になることは、もはやよくある話と言っていい。それが良いか悪いかは人の価値観によって異なるが、親魔物派の地域では男のインキュバス化共々『種の進化』として受け入れられている。俺が家畜を殺して肉にするのと同様、自然の摂理と言うべきかもしれない。
だが俺の知る限り、マンティスには人間の女を同族化させる力はないはずだ。ならば、他に考えられることは……
「領主様、あの女性はリリムでは?」
「そうだ」
あっさりと領主は答えた。澄んだ声で話を続ける。
「風来姫レミィナ……私の親友にして、悪友」
悪友、という単語を出し、領主は苦笑した。
あの白髪の魔物は町で何度か見かけたことがあり、「リリムではないか」という噂が流れていた。魔王の娘、つまり魔界の王女たちを総称してリリムと呼ぶが、その気質は様々だという。母である魔王に忠誠を尽くす者、夫と共にのんびりと暮らす者……だが、彼女たちには共通の能力がある。人間の女を、好きな魔物に変えられることだ。教団の重要拠点だったレスカティエ教国が、一人のリリムによってあっけなく終末を迎えたことは記憶に新しい。この町に住むレスカティエ出身者が言うには、それも王族や国を守るはずの勇者たちが、次々と魔物に変えられたためだという。噂ではその事件以来、教団の勢力圏で「泣いてばかりいるとリリムが来るぞ!」と叫べば子供が泣きやむようになったらしい。
「ペトナを魔物にしたのは、彼女なのですか?」
「それを知ってどうする?」
領主の瞳が、じっと俺を見つめた。先ほどまでとは違う、厳しさと優しさを併せ持ったような視線。俺という人間を試そうとしているような目つきだ。
「俺は人間が魔物になることを、別にどうとも思いません。しかし勝手な気まぐれでペトナの人生が無茶苦茶にされたのだとしたら、やはり良い気分はしません。偽善と思うかもしれませんが」
「ふむ」
「それに何より、何故マンティスなのかが気になります。」
魔物化の際にどの魔物に変えられるかは、リリムの気まぐれや本人の望みによって決められるという。高位の魔物に変えるならば、その人間にも資質も必要とも聞く。しかし基本的に淫らであることを良しとするというリリムが、人間をわざわざマンティスなどという魔物に変えるだろうか。仮に変えたとしても、普通のマンティスと同様に男に興味を持たぬ生活を送らせるだろうか。その疑問が引っかかっていたのだ。
「なるほど。魔物の性質について、よく勉強したと見える」
感心したような笑みを浮かべ、領主はペトナたちに視線を移した。無邪気に抱きつくペトナに、レミィナと呼ばれたリリムは微笑みながら語りかけている。形容しがたい、不思議な女性だった。一目見れば虜になってしまうという魔性の魅力と、領主に似た優しさのオーラを併せ持っているように見える。
そんな不思議な姫君を数秒眺め、領主は再び口を開いた。
「……昔、姫と一緒に旅をしていたことがあってな」
その灰色の瞳は過去を見ているのだろうか。付き人の男も神妙な面持ちで、彼女の言葉に耳を傾けている。
「その時、教団の予言者……ペトナ・ヴェノルータに出会ったのだ」
「予言者……!?」
俺は驚きながらも、ペトナが時々呟く『予知』を思い出すと合点がいった。あれは野生の勘で片付けるには正確すぎる。
しかし教団の予言者となれば、相当な能力を持っていたのだろう。未来を知ることがどれだけ難しいか、一介の屠殺屋である俺でも知っている。教団も魔物に対抗しようと、そうした人材を集めているのだ。その中には強制的に教団の施設に入れられた者もいるし、孤児を拾って黒魔術紛いの方法で能力を植え付けることもあるという。
「元々は孤児で、小さな教会で育てられたらしい。それが予知の才能に目をつけられ、専門の施設に入れられた。……私が出会ったとき、彼女は投薬によってかなり衰弱していてな」
「投薬というと、まさか……」
「教団が表向きには禁止している、依存性のある薬だ」
予言や霊媒を行う術者が、特殊な精神状態になるために薬を使うことがある……領主はそう付け加えた。
俺は改めて、教団に怒りを覚えた。勿論、教団の全てが悪とは思わない。俺の故郷には弱者救済に労を惜しまない立派な神父がいたし、川に落ちた子供を助けようとして死んだ修道士もいた。だが魔物を滅ぼすことに固執し、他のことを考えない腐った奴らがいるのも事実だ。そういう奴らは家畜を殺す俺たち屠殺人を蔑み、一方でペトナのような人間を家畜同然に使役する。そしてそれを正義だと信じていることが、何よりも胸くそ悪い。
「ペトナが呂律が回らないのも、薬のせいか……」
「恐らくな。……それに加え、遠い未来を予知するには相当に神経を使う。精神がおかしくなっても無理はない」
その時俺は、領主の手が強く握りしめられていることに気づいた。彼女もやはり、教団に相当な憤りを感じたのだろう。
「虫になりたい、とペトナは望んでな」
「虫、ですか」
「何にも縛られずに、生きることだけを考える存在になりたい。もう何も考えたくない。……そう繰り返していた」
聞いただけでも、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。痛ましいにも程があるだろう。領主と付き人の表情にも、沈痛の色が浮かんでいる。長い道具の生活と薬により、彼女は木偶の坊のような人間になってしまったのだ。人間として生きることを、自分から拒否するほどに。
そして悪魔の王女は、ペトナの欲する物を与えたということだ。
「……マンティスの語源は『予言者』という意味だ。レミィナ姫は彼女の望みを叶えると同時に、過去を背負わせた」
領主の瞳が、再び俺を見据える。
「いつか過去を受け入れ、自分の本当の望みに気づくだろう……そう言ってな」
それはつまり、自分で立ち上がらせようとしたという意味だろうか。魔物にされても、ペトナは予言者だったという過去を背負い続けていた。そのまま生物本能で野生動物を狩り、同じく本能によって子を為すべく、俺に襲いかかり……人間の世界へ戻ることになった。彼女は自分の望みに気づいたのだろうか。
不意に、領主は微笑を浮かべた。
「ペトナの尻に、時計の形をした刺青があるのを知っているか?」
「……いえ、初耳ですが」
少し記憶を探り、答える。ペトナはいつも俺に視線を送ってくるので、入浴時などもあまり後ろ姿を見せない。しかも尻と言えば、丁度腰から生えたカマキリの腹の陰にあるため、見えにくかったのだ。
「レミィナ姫は魔物に変えた相手に自分の紋章を残していく。格好つけているつもりらしい」
領主の視線が、再びレミィナ姫の方を向く。悪魔の王女はそれに気づいたようで、朗らかな笑顔で手を振ってきた。ペトナも俺がいることに気づき、遠くから微笑を浮かべている。二人とも、実に無邪気で自然な笑顔だった。
レミィナ姫はただ、人間の独りよがりな正義に疲れたペトナを自然に帰したのだ。森で一人静かに暮らしているうちに、心が浄化されていったのだろう。そしてペトナの過去がどうあれ、出会いがどうあれ、俺と彼女は絆で結ばれてしまった。過去をやり直すことができない以上、時計の針に従って未来を目指すしかないだろう。そしてペトナの伴侶になると決めた以上、共に歩んでいくしかない。それがきっと、自然なことなのだと思う。
「……さて、私はそろそろ失礼する。仕事中にすまなかったな」
付き人が日傘を開き、領主の頭上に掲げた。質素な装飾の施された黒い傘が、彼女の足下に陰を作る。
「いいえ、ありがとうございました。明日は是非お越しください」
「勿論だ。レミィナ姫にも声をかけよう。行くぞ、ベン」
「はい、領主様」
付き人の男は俺に一礼し、領主に従った。
二人が離れていくと、入れ替わりにペトナが向かってくる。軽い足取りで、何事もなく領主たちとすれ違い、一直線に俺の元へと駆けてきた。近づいたとき、若干生臭い臭いが鼻をつく。どうやら未だに、精液まみれのパンツを着用しているらしい。そのせいか息を軽く弾ませ、頬が紅潮している。俺が声をかける前に、さっと俺の後ろに回って『メイトガード』を始めた。二つの膨らみが背中でぐにゃりと潰れ、甘い吐息が耳にかかる。
「ライ、ジェ。お仕事、早く終わらせ、よう?」
俺を抱きしめながら、ペトナは囁く。彼女の言いたいことはすぐに分かった。
「そうだな。早く終わらせれば、早く子作りできるからな」
「うん。赤ちゃん作、り、したい」
嬉しそうに頷くペトナと共に、俺は解体する鴨の用意を始めた。熱湯に入れて羽をむしり取った鴨をまな板に乗せ、よく研磨された包丁で皮と肉を切り裂いていく。
そうしているうちに、クルトとウルリケがやってくる。二人とも仕事用のエプロンを着用し、包丁を携えていた。
「兄さん、僕らの方は終わったから、手伝うよ」
「そうか、四人いればあっという間だ」
意外なことに、ウルリケは血を見るのが平気だ。最初はアンデッドの端くれだからかと思ったが、どうやらドッペルゲンガーの本能によるものらしい。変身能力を失っても、好きな男性の理想の女性であろうとする本能が残っているのだ。だから彼女はクルトと同じ仕事をし、苦楽を分かち合っている。
ペトナも相変わらず手際よく鴨を解体し、時折ウルリケと言葉を交わしている。親父が死んでから今まで、俺と弟の二人でやってきた仕事に、今はそれぞれの伴侶が加わっているのだ。
「……良いもんだね、兄さん」
「そうだな」
… … …
「お疲れ様、ペトナ」
「おつかれ、様」
言葉を交わした後、俺たちは服を脱ぎだす。
予定を上回る早さで準備が終わり、俺とクルトは前夜祭を休んで夫婦の時間に入ることにした。血の臭いが染みついていたので風呂に入ってからと思ったのだが、待ちきれないペトナのため、風呂場で小作りに励むことになったのだ。俺が脱衣を終えると、ペトナも全身の皮膜を消し去り、人間と同じなめらかな皮膚を晒した。大事にしている鈴を髪から外し、俺の服の中に隠す。よく分からないが、俺の持ち物と一緒にしておくと安心できるらしい。
森で鍛えられた無駄のない肉体は、眩しいほどの美しさを持っている。股間を覆う縞模様の下着を脱ぐと、昼間に出した俺の白濁と彼女の愛液によって、ぐちゃぐちゃになった恥丘が露わになった。勃起したペニスを股に咥え込みたくてたまらないようで、潤んだ目で見つめてくる。そんなペトナを脱衣場から浴室へ連れて行き、早速生の美乳を揉んでやる。
「んっ……あはぁ……♪」
蕩けるような感触と、蕩けるような甘い声を楽しみながら、俺は領主が言ったことを思い出した。
胸を揉みながらペトナの後ろに回り、カマキリの腹を持ち上げ、彼女の尻を確認する。確かにそこには、時計の文字盤を象った紋章が刻まれていた。かぎ爪のついた手が生えた意匠で、如何にも魔物らしい。
しかしそれよりも俺の目を引きつけたのは、尻そのものだった。胸や太ももに負けず劣らずの曲線美を持ち、美脚と相まって絶妙な艶やかさを放っている。触らない手はない。
「ひゃん!?」
紋章の当たりをつついてみると、ぷにっとした弾力に指先が押し返される。今まで触られなかったところをつつかれたせいか、くすぐったそうな声が聞こえた。
そのまま全体を撫で回し、揉んでみる。胸より弾力のある感触を指先で味わい、割れ目に手を入れて肛門を探り当てた。こちょこちょとくすぐってみると、ペトナは切なそうな声を出した。
「ライ、ジェ……赤ちゃ、ん……」
かなり焦らしてしまったらしい。涙の貯まった瞳で見つめられ、かなりの罪悪感が沸いてくる。
‐‐しかしこいつ、本当にあの森のアサシンなのか?
思わず苦笑しながら、俺は彼女の前面に回り……ペニス先端を、恥丘の入り口に押しつけた。
ペトナは喜んで俺に抱きつくと、一気に腰を沈めてくる。
「ふあああああん♪」
「うっ……!」
熱を帯びた膣は四方からペニスを包み込み、圧迫してくる。何度ヤっても、挿入時のこの感触には慣れない。むしろ交わるほどに快感が増し、ペトナの体はどんどんいやらしくなって俺を虜にするのだ。俺が床に腰を降ろすと、ペトナはとんとんと小刻みに腰を振り始めた。
「あっ、んっ、ひっ……らいじぇ、しゅきっ……♪」
ペトナが俺の唇を奪う。互いの唾液を味わい、舌を握手のように絡めると、股間の快感が倍増した。
股間だけではない。胸も、腹も、首に巻き付く二の腕の感触も、触れ合っている箇所全てが快感を生んでいる。それは彼女も同じらしく、腰を振りながら全身を擦りつけて摩擦してくる。すべすべの柔肌と、ひしゃげる美乳、そして細身ながらもしっかりと量感のある、鍛えられた肢体。その全てを使って俺を悦ばせ、自分も快楽の高見へと上っているのだ。
「ぷはっ……ライジェ、だい、しゅきぃ……♪ しゅきぃ、ライ、ジェ、好き……♪」
唇が離れても、ペトナの口からは涎と、先ほどと同じ言葉しか出てこない。俺は快楽に溶けながら、彼女の耳元に口を寄せた。
「俺も、ペトナが好きだ」
そう囁いた瞬間、ペトナは激しく腰を振り始めた。上下、前後、左右、縦横無尽に揺り動かし、男を貪ろうとする。尻を俺の膝にぺたぺたと打ち付け、一心不乱に交尾を愉しんでいた。
「しゅきぃ! 好き、ライジェ大好きっ♪ 赤ちゃん作るのっ、だいしゅきぃ♪」
先ほどより大音量で愛を連呼する姿は、俺をも興奮させる。ペトナは上下、前後、左右、縦横無尽に揺り動かし、男の味を貪る。尻を俺の膝にぺたぺたと打ち付け、一心不乱に交尾を愉しむ。初めての時とは比べものにならないほど、巧みに子種を搾り取り、自分も愉しむ技術を身につけていた。
お互い、絶頂まで時間はかからなかった。
「ふあああ、あああん!」
「うっ……!」
きゅーっと締まってきた膣の中で、ペニスが激しく脈打った。昼間に搾り取られたにも関わらず、濃厚な精液が輸精管から迸っていくのが分かる。快楽に震えながら結合部分に目をやると、溢れ出した白濁が確認できた。俺とクルトは兄弟揃って精力が旺盛らしい。
互いにしがみつくように抱き合いながら、全身で余韻を味わう。そっと髪を撫でてやると、彼女も俺の頭をそっと撫でてくれた。
抱擁の力を少し緩めると、蕩けた微笑みを浮かべるペトナの顔を見ることができた。白い肌をピンク色に染めて、口元から涎を垂らし、目元に涙まで溜めた姿。感情の無い虫が俺のための雌になったその姿は、抱き合っている俺に多大な満足感を与えてくれる。彼女は俺から離れないし、俺も彼女から離れることができない。それが無性に嬉しいのだ。
「ライ、ジェ……」
ふいに、ペトナは胸の双峰に手をやり、下からぐっと持ち上げた。美乳が強調され、つんと勃った乳首が俺の方を向く。
「おっぱ、い、吸って」
「吸うのか?」
「赤ちゃんの、練習」
赤ん坊の代わりに乳にしゃぶりつけ、と言うのか。気恥ずかしいが拒否できるわけがない。少し腰を曲げてピンク色の乳首を口に含み、舌先でくにくにと味わう。ペトナはくぐもった声を出し、母性たっぷりに俺の頭を撫でた。ペニスは結合したまま元気を取り戻しているが、彼女は一切腰を動かさず、『母親』としての仕事に集中している。
今度は俺が焦らされている気分だ。母性の象徴とも言える乳房をしゃぶりながら、膣の温かさとぬめりによるソフトな刺激を愉しまされる。
「あの、ね。んっ……」
喘ぎ声の混じる舌足らずな口調で、ペトナは囁いた。
「あの鈴、良いお母さんになれますように、っていう、おまじな、い」
「お母さんに……?」
口を離して聞き返すと、顔に胸を押しつけられた。ちゃんと吸って、と言わんばかりに。
俺が再び乳首を口に含むと、ペトナはまた優しく撫でてくれた。
「んっ……。私を、育ててくれ、た、シスターはね……赤ちゃん、産めない体だった、の」
シスター。
予知能力に目をつけられ、施設に連れて行かれる前の話だろう。恐らく孤児だったペトナの親代わりとして、世話をしてきた女性。ペトナの母になりたいという願望は、そのシスターが原因だったのか。母親になれなかった自分の夢を、鈴と一緒にペトナに託したのかもしれない。
「私、ね。シスターのなれなかったお母さん、に……シスター、みたいな、優しいお母さんになりた、い」
頭を撫でる手の動きが止まり、優しく抱き締めてくる。快楽に悶えながらの強い抱擁ではなく、そっと労るような、慰めるような、柔らかいものだった。このまま寝てしまえばさぞ気持ちいいだろうが、結合したままのペニスはむず痒い快楽を受け続けている。
「ライジェ、と、初めてえっちした、とき……みらい、見えたの」
「……未来、か」
「私が、いて、ライジェがいて、クルトもウルリケもいて……私たち、の、赤ちゃんが二人」
うっとりと言うペトナの声は、神々しくさえ感じた。人魔関係なく、『母』という存在は何よりも美しいのかもしれない。
俺が子供の頃、屠殺という家業から虐めを受け、母に抱かれて泣いていたことがあった。厳しい母が、あのときは俺を励ましながら、泣きやむまで抱きしめてくれていた。だから俺は泣きやんだ後、不思議と心が晴れていたのだ。そして胸を張って、家畜の解体を練習した。俺たちの奪った命が、人々の命を繋ぐのだと。
しかし。世界は変わりつつある。人間が男と女しかいない以上、魔物がその自然のシステムに食い込んだ時点で、教団側の敗北は決まったようなものだろう。気長な魔物たちのことだからいつまでかかるか分からないが、いずれ魔王による愛の時代が訪れる。それで戦が無くなり、平和で豊かな世界になるのなら、俺は文句は言わない。
だが人々が愛のみを求め、インキュバスと魔物が性交さえしていれば生きていけるという時代が来たとき、俺たちは必要とされるのだろうか。生きるため、生かすために家畜を殺すという仕事は、その時代でも存続できるのか。親父や先祖たちが続けてきた営みは、全て消えてしまうのか。
俺は密かに悩んできたのだ。
「……ペトナ」
「ライ、ジェ……」
だが、ひたむきなペトナを見ていると、そんな悩みも馬鹿馬鹿しく思えてきた。
俺は胸を張っていればいい。彼女の前で、いずれ生まれてくる娘たちの前で、常に男らしく在りたい。そのためにも堂々と、屠殺解体の仕事を続けていこう。
「ペトナ……俺もな、いいお父さんになれるよう頑張る。だからずっと、俺に着いてきてくれ」
「……うん!」
ペトナが俺の唇を奪ったのを合図に、授乳の練習は交尾へと戻った。彼女の腰の動きに合わせ、俺も突き上げる。
焦らされてきたペニスが歓喜し、ペトナが再び愛の言葉を連呼する。
濁流のような快楽に揉まれ、強烈な快感と白濁を吐き出しながら、
俺はペトナと二人で作る未来を思い描いていた。
〜fin〜
そして目と鼻の先という距離にきたとき、ペトナは突然彼女に抱きついた。白髪の魔物は綺麗な声で笑いながら、ペトナの頭を撫でてやっている。ペトナが俺以外の奴と、こうも積極的にスキンシップをとるとは。その魔物もペトナを知っているらしく、優しく抱きしめながら何かを話していた。
「あのマンティス……そうか」
領主が静かに呟き、俺の方を見た。不思議な色合いをした灰色の瞳に、自然と背筋が伸びる。
「君が、彼女の配偶者となったのか」
「……ええ」
改めて言われると何となく照れくさい。
だがそれよりも、俺は先ほどの淫行の最中、ペトナが言ったことを思い出した。自分は人間だった……確かにそう言ったのだ。人間が魔物になることは、もはやよくある話と言っていい。それが良いか悪いかは人の価値観によって異なるが、親魔物派の地域では男のインキュバス化共々『種の進化』として受け入れられている。俺が家畜を殺して肉にするのと同様、自然の摂理と言うべきかもしれない。
だが俺の知る限り、マンティスには人間の女を同族化させる力はないはずだ。ならば、他に考えられることは……
「領主様、あの女性はリリムでは?」
「そうだ」
あっさりと領主は答えた。澄んだ声で話を続ける。
「風来姫レミィナ……私の親友にして、悪友」
悪友、という単語を出し、領主は苦笑した。
あの白髪の魔物は町で何度か見かけたことがあり、「リリムではないか」という噂が流れていた。魔王の娘、つまり魔界の王女たちを総称してリリムと呼ぶが、その気質は様々だという。母である魔王に忠誠を尽くす者、夫と共にのんびりと暮らす者……だが、彼女たちには共通の能力がある。人間の女を、好きな魔物に変えられることだ。教団の重要拠点だったレスカティエ教国が、一人のリリムによってあっけなく終末を迎えたことは記憶に新しい。この町に住むレスカティエ出身者が言うには、それも王族や国を守るはずの勇者たちが、次々と魔物に変えられたためだという。噂ではその事件以来、教団の勢力圏で「泣いてばかりいるとリリムが来るぞ!」と叫べば子供が泣きやむようになったらしい。
「ペトナを魔物にしたのは、彼女なのですか?」
「それを知ってどうする?」
領主の瞳が、じっと俺を見つめた。先ほどまでとは違う、厳しさと優しさを併せ持ったような視線。俺という人間を試そうとしているような目つきだ。
「俺は人間が魔物になることを、別にどうとも思いません。しかし勝手な気まぐれでペトナの人生が無茶苦茶にされたのだとしたら、やはり良い気分はしません。偽善と思うかもしれませんが」
「ふむ」
「それに何より、何故マンティスなのかが気になります。」
魔物化の際にどの魔物に変えられるかは、リリムの気まぐれや本人の望みによって決められるという。高位の魔物に変えるならば、その人間にも資質も必要とも聞く。しかし基本的に淫らであることを良しとするというリリムが、人間をわざわざマンティスなどという魔物に変えるだろうか。仮に変えたとしても、普通のマンティスと同様に男に興味を持たぬ生活を送らせるだろうか。その疑問が引っかかっていたのだ。
「なるほど。魔物の性質について、よく勉強したと見える」
感心したような笑みを浮かべ、領主はペトナたちに視線を移した。無邪気に抱きつくペトナに、レミィナと呼ばれたリリムは微笑みながら語りかけている。形容しがたい、不思議な女性だった。一目見れば虜になってしまうという魔性の魅力と、領主に似た優しさのオーラを併せ持っているように見える。
そんな不思議な姫君を数秒眺め、領主は再び口を開いた。
「……昔、姫と一緒に旅をしていたことがあってな」
その灰色の瞳は過去を見ているのだろうか。付き人の男も神妙な面持ちで、彼女の言葉に耳を傾けている。
「その時、教団の予言者……ペトナ・ヴェノルータに出会ったのだ」
「予言者……!?」
俺は驚きながらも、ペトナが時々呟く『予知』を思い出すと合点がいった。あれは野生の勘で片付けるには正確すぎる。
しかし教団の予言者となれば、相当な能力を持っていたのだろう。未来を知ることがどれだけ難しいか、一介の屠殺屋である俺でも知っている。教団も魔物に対抗しようと、そうした人材を集めているのだ。その中には強制的に教団の施設に入れられた者もいるし、孤児を拾って黒魔術紛いの方法で能力を植え付けることもあるという。
「元々は孤児で、小さな教会で育てられたらしい。それが予知の才能に目をつけられ、専門の施設に入れられた。……私が出会ったとき、彼女は投薬によってかなり衰弱していてな」
「投薬というと、まさか……」
「教団が表向きには禁止している、依存性のある薬だ」
予言や霊媒を行う術者が、特殊な精神状態になるために薬を使うことがある……領主はそう付け加えた。
俺は改めて、教団に怒りを覚えた。勿論、教団の全てが悪とは思わない。俺の故郷には弱者救済に労を惜しまない立派な神父がいたし、川に落ちた子供を助けようとして死んだ修道士もいた。だが魔物を滅ぼすことに固執し、他のことを考えない腐った奴らがいるのも事実だ。そういう奴らは家畜を殺す俺たち屠殺人を蔑み、一方でペトナのような人間を家畜同然に使役する。そしてそれを正義だと信じていることが、何よりも胸くそ悪い。
「ペトナが呂律が回らないのも、薬のせいか……」
「恐らくな。……それに加え、遠い未来を予知するには相当に神経を使う。精神がおかしくなっても無理はない」
その時俺は、領主の手が強く握りしめられていることに気づいた。彼女もやはり、教団に相当な憤りを感じたのだろう。
「虫になりたい、とペトナは望んでな」
「虫、ですか」
「何にも縛られずに、生きることだけを考える存在になりたい。もう何も考えたくない。……そう繰り返していた」
聞いただけでも、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。痛ましいにも程があるだろう。領主と付き人の表情にも、沈痛の色が浮かんでいる。長い道具の生活と薬により、彼女は木偶の坊のような人間になってしまったのだ。人間として生きることを、自分から拒否するほどに。
そして悪魔の王女は、ペトナの欲する物を与えたということだ。
「……マンティスの語源は『予言者』という意味だ。レミィナ姫は彼女の望みを叶えると同時に、過去を背負わせた」
領主の瞳が、再び俺を見据える。
「いつか過去を受け入れ、自分の本当の望みに気づくだろう……そう言ってな」
それはつまり、自分で立ち上がらせようとしたという意味だろうか。魔物にされても、ペトナは予言者だったという過去を背負い続けていた。そのまま生物本能で野生動物を狩り、同じく本能によって子を為すべく、俺に襲いかかり……人間の世界へ戻ることになった。彼女は自分の望みに気づいたのだろうか。
不意に、領主は微笑を浮かべた。
「ペトナの尻に、時計の形をした刺青があるのを知っているか?」
「……いえ、初耳ですが」
少し記憶を探り、答える。ペトナはいつも俺に視線を送ってくるので、入浴時などもあまり後ろ姿を見せない。しかも尻と言えば、丁度腰から生えたカマキリの腹の陰にあるため、見えにくかったのだ。
「レミィナ姫は魔物に変えた相手に自分の紋章を残していく。格好つけているつもりらしい」
領主の視線が、再びレミィナ姫の方を向く。悪魔の王女はそれに気づいたようで、朗らかな笑顔で手を振ってきた。ペトナも俺がいることに気づき、遠くから微笑を浮かべている。二人とも、実に無邪気で自然な笑顔だった。
レミィナ姫はただ、人間の独りよがりな正義に疲れたペトナを自然に帰したのだ。森で一人静かに暮らしているうちに、心が浄化されていったのだろう。そしてペトナの過去がどうあれ、出会いがどうあれ、俺と彼女は絆で結ばれてしまった。過去をやり直すことができない以上、時計の針に従って未来を目指すしかないだろう。そしてペトナの伴侶になると決めた以上、共に歩んでいくしかない。それがきっと、自然なことなのだと思う。
「……さて、私はそろそろ失礼する。仕事中にすまなかったな」
付き人が日傘を開き、領主の頭上に掲げた。質素な装飾の施された黒い傘が、彼女の足下に陰を作る。
「いいえ、ありがとうございました。明日は是非お越しください」
「勿論だ。レミィナ姫にも声をかけよう。行くぞ、ベン」
「はい、領主様」
付き人の男は俺に一礼し、領主に従った。
二人が離れていくと、入れ替わりにペトナが向かってくる。軽い足取りで、何事もなく領主たちとすれ違い、一直線に俺の元へと駆けてきた。近づいたとき、若干生臭い臭いが鼻をつく。どうやら未だに、精液まみれのパンツを着用しているらしい。そのせいか息を軽く弾ませ、頬が紅潮している。俺が声をかける前に、さっと俺の後ろに回って『メイトガード』を始めた。二つの膨らみが背中でぐにゃりと潰れ、甘い吐息が耳にかかる。
「ライ、ジェ。お仕事、早く終わらせ、よう?」
俺を抱きしめながら、ペトナは囁く。彼女の言いたいことはすぐに分かった。
「そうだな。早く終わらせれば、早く子作りできるからな」
「うん。赤ちゃん作、り、したい」
嬉しそうに頷くペトナと共に、俺は解体する鴨の用意を始めた。熱湯に入れて羽をむしり取った鴨をまな板に乗せ、よく研磨された包丁で皮と肉を切り裂いていく。
そうしているうちに、クルトとウルリケがやってくる。二人とも仕事用のエプロンを着用し、包丁を携えていた。
「兄さん、僕らの方は終わったから、手伝うよ」
「そうか、四人いればあっという間だ」
意外なことに、ウルリケは血を見るのが平気だ。最初はアンデッドの端くれだからかと思ったが、どうやらドッペルゲンガーの本能によるものらしい。変身能力を失っても、好きな男性の理想の女性であろうとする本能が残っているのだ。だから彼女はクルトと同じ仕事をし、苦楽を分かち合っている。
ペトナも相変わらず手際よく鴨を解体し、時折ウルリケと言葉を交わしている。親父が死んでから今まで、俺と弟の二人でやってきた仕事に、今はそれぞれの伴侶が加わっているのだ。
「……良いもんだね、兄さん」
「そうだな」
… … …
「お疲れ様、ペトナ」
「おつかれ、様」
言葉を交わした後、俺たちは服を脱ぎだす。
予定を上回る早さで準備が終わり、俺とクルトは前夜祭を休んで夫婦の時間に入ることにした。血の臭いが染みついていたので風呂に入ってからと思ったのだが、待ちきれないペトナのため、風呂場で小作りに励むことになったのだ。俺が脱衣を終えると、ペトナも全身の皮膜を消し去り、人間と同じなめらかな皮膚を晒した。大事にしている鈴を髪から外し、俺の服の中に隠す。よく分からないが、俺の持ち物と一緒にしておくと安心できるらしい。
森で鍛えられた無駄のない肉体は、眩しいほどの美しさを持っている。股間を覆う縞模様の下着を脱ぐと、昼間に出した俺の白濁と彼女の愛液によって、ぐちゃぐちゃになった恥丘が露わになった。勃起したペニスを股に咥え込みたくてたまらないようで、潤んだ目で見つめてくる。そんなペトナを脱衣場から浴室へ連れて行き、早速生の美乳を揉んでやる。
「んっ……あはぁ……♪」
蕩けるような感触と、蕩けるような甘い声を楽しみながら、俺は領主が言ったことを思い出した。
胸を揉みながらペトナの後ろに回り、カマキリの腹を持ち上げ、彼女の尻を確認する。確かにそこには、時計の文字盤を象った紋章が刻まれていた。かぎ爪のついた手が生えた意匠で、如何にも魔物らしい。
しかしそれよりも俺の目を引きつけたのは、尻そのものだった。胸や太ももに負けず劣らずの曲線美を持ち、美脚と相まって絶妙な艶やかさを放っている。触らない手はない。
「ひゃん!?」
紋章の当たりをつついてみると、ぷにっとした弾力に指先が押し返される。今まで触られなかったところをつつかれたせいか、くすぐったそうな声が聞こえた。
そのまま全体を撫で回し、揉んでみる。胸より弾力のある感触を指先で味わい、割れ目に手を入れて肛門を探り当てた。こちょこちょとくすぐってみると、ペトナは切なそうな声を出した。
「ライ、ジェ……赤ちゃ、ん……」
かなり焦らしてしまったらしい。涙の貯まった瞳で見つめられ、かなりの罪悪感が沸いてくる。
‐‐しかしこいつ、本当にあの森のアサシンなのか?
思わず苦笑しながら、俺は彼女の前面に回り……ペニス先端を、恥丘の入り口に押しつけた。
ペトナは喜んで俺に抱きつくと、一気に腰を沈めてくる。
「ふあああああん♪」
「うっ……!」
熱を帯びた膣は四方からペニスを包み込み、圧迫してくる。何度ヤっても、挿入時のこの感触には慣れない。むしろ交わるほどに快感が増し、ペトナの体はどんどんいやらしくなって俺を虜にするのだ。俺が床に腰を降ろすと、ペトナはとんとんと小刻みに腰を振り始めた。
「あっ、んっ、ひっ……らいじぇ、しゅきっ……♪」
ペトナが俺の唇を奪う。互いの唾液を味わい、舌を握手のように絡めると、股間の快感が倍増した。
股間だけではない。胸も、腹も、首に巻き付く二の腕の感触も、触れ合っている箇所全てが快感を生んでいる。それは彼女も同じらしく、腰を振りながら全身を擦りつけて摩擦してくる。すべすべの柔肌と、ひしゃげる美乳、そして細身ながらもしっかりと量感のある、鍛えられた肢体。その全てを使って俺を悦ばせ、自分も快楽の高見へと上っているのだ。
「ぷはっ……ライジェ、だい、しゅきぃ……♪ しゅきぃ、ライ、ジェ、好き……♪」
唇が離れても、ペトナの口からは涎と、先ほどと同じ言葉しか出てこない。俺は快楽に溶けながら、彼女の耳元に口を寄せた。
「俺も、ペトナが好きだ」
そう囁いた瞬間、ペトナは激しく腰を振り始めた。上下、前後、左右、縦横無尽に揺り動かし、男を貪ろうとする。尻を俺の膝にぺたぺたと打ち付け、一心不乱に交尾を愉しんでいた。
「しゅきぃ! 好き、ライジェ大好きっ♪ 赤ちゃん作るのっ、だいしゅきぃ♪」
先ほどより大音量で愛を連呼する姿は、俺をも興奮させる。ペトナは上下、前後、左右、縦横無尽に揺り動かし、男の味を貪る。尻を俺の膝にぺたぺたと打ち付け、一心不乱に交尾を愉しむ。初めての時とは比べものにならないほど、巧みに子種を搾り取り、自分も愉しむ技術を身につけていた。
お互い、絶頂まで時間はかからなかった。
「ふあああ、あああん!」
「うっ……!」
きゅーっと締まってきた膣の中で、ペニスが激しく脈打った。昼間に搾り取られたにも関わらず、濃厚な精液が輸精管から迸っていくのが分かる。快楽に震えながら結合部分に目をやると、溢れ出した白濁が確認できた。俺とクルトは兄弟揃って精力が旺盛らしい。
互いにしがみつくように抱き合いながら、全身で余韻を味わう。そっと髪を撫でてやると、彼女も俺の頭をそっと撫でてくれた。
抱擁の力を少し緩めると、蕩けた微笑みを浮かべるペトナの顔を見ることができた。白い肌をピンク色に染めて、口元から涎を垂らし、目元に涙まで溜めた姿。感情の無い虫が俺のための雌になったその姿は、抱き合っている俺に多大な満足感を与えてくれる。彼女は俺から離れないし、俺も彼女から離れることができない。それが無性に嬉しいのだ。
「ライ、ジェ……」
ふいに、ペトナは胸の双峰に手をやり、下からぐっと持ち上げた。美乳が強調され、つんと勃った乳首が俺の方を向く。
「おっぱ、い、吸って」
「吸うのか?」
「赤ちゃんの、練習」
赤ん坊の代わりに乳にしゃぶりつけ、と言うのか。気恥ずかしいが拒否できるわけがない。少し腰を曲げてピンク色の乳首を口に含み、舌先でくにくにと味わう。ペトナはくぐもった声を出し、母性たっぷりに俺の頭を撫でた。ペニスは結合したまま元気を取り戻しているが、彼女は一切腰を動かさず、『母親』としての仕事に集中している。
今度は俺が焦らされている気分だ。母性の象徴とも言える乳房をしゃぶりながら、膣の温かさとぬめりによるソフトな刺激を愉しまされる。
「あの、ね。んっ……」
喘ぎ声の混じる舌足らずな口調で、ペトナは囁いた。
「あの鈴、良いお母さんになれますように、っていう、おまじな、い」
「お母さんに……?」
口を離して聞き返すと、顔に胸を押しつけられた。ちゃんと吸って、と言わんばかりに。
俺が再び乳首を口に含むと、ペトナはまた優しく撫でてくれた。
「んっ……。私を、育ててくれ、た、シスターはね……赤ちゃん、産めない体だった、の」
シスター。
予知能力に目をつけられ、施設に連れて行かれる前の話だろう。恐らく孤児だったペトナの親代わりとして、世話をしてきた女性。ペトナの母になりたいという願望は、そのシスターが原因だったのか。母親になれなかった自分の夢を、鈴と一緒にペトナに託したのかもしれない。
「私、ね。シスターのなれなかったお母さん、に……シスター、みたいな、優しいお母さんになりた、い」
頭を撫でる手の動きが止まり、優しく抱き締めてくる。快楽に悶えながらの強い抱擁ではなく、そっと労るような、慰めるような、柔らかいものだった。このまま寝てしまえばさぞ気持ちいいだろうが、結合したままのペニスはむず痒い快楽を受け続けている。
「ライジェ、と、初めてえっちした、とき……みらい、見えたの」
「……未来、か」
「私が、いて、ライジェがいて、クルトもウルリケもいて……私たち、の、赤ちゃんが二人」
うっとりと言うペトナの声は、神々しくさえ感じた。人魔関係なく、『母』という存在は何よりも美しいのかもしれない。
俺が子供の頃、屠殺という家業から虐めを受け、母に抱かれて泣いていたことがあった。厳しい母が、あのときは俺を励ましながら、泣きやむまで抱きしめてくれていた。だから俺は泣きやんだ後、不思議と心が晴れていたのだ。そして胸を張って、家畜の解体を練習した。俺たちの奪った命が、人々の命を繋ぐのだと。
しかし。世界は変わりつつある。人間が男と女しかいない以上、魔物がその自然のシステムに食い込んだ時点で、教団側の敗北は決まったようなものだろう。気長な魔物たちのことだからいつまでかかるか分からないが、いずれ魔王による愛の時代が訪れる。それで戦が無くなり、平和で豊かな世界になるのなら、俺は文句は言わない。
だが人々が愛のみを求め、インキュバスと魔物が性交さえしていれば生きていけるという時代が来たとき、俺たちは必要とされるのだろうか。生きるため、生かすために家畜を殺すという仕事は、その時代でも存続できるのか。親父や先祖たちが続けてきた営みは、全て消えてしまうのか。
俺は密かに悩んできたのだ。
「……ペトナ」
「ライ、ジェ……」
だが、ひたむきなペトナを見ていると、そんな悩みも馬鹿馬鹿しく思えてきた。
俺は胸を張っていればいい。彼女の前で、いずれ生まれてくる娘たちの前で、常に男らしく在りたい。そのためにも堂々と、屠殺解体の仕事を続けていこう。
「ペトナ……俺もな、いいお父さんになれるよう頑張る。だからずっと、俺に着いてきてくれ」
「……うん!」
ペトナが俺の唇を奪ったのを合図に、授乳の練習は交尾へと戻った。彼女の腰の動きに合わせ、俺も突き上げる。
焦らされてきたペニスが歓喜し、ペトナが再び愛の言葉を連呼する。
濁流のような快楽に揉まれ、強烈な快感と白濁を吐き出しながら、
俺はペトナと二人で作る未来を思い描いていた。
〜fin〜
11/10/27 23:28更新 / 空き缶号
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