連載小説
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前編
 小鳥の囀りと、風で揺られる木々のざわめきだけが聞こえる世界。
 木漏れ日が作る光の模様を楽しみつつ、俺は山ブドウを採る。故郷で貧乏暮しをしていた頃、口にできる甘いものと言えば、自生しているこれだけだった。ルージュ・シティに移り住んでから、ケーキだのチョコレートだのも買えるようになったものの、この山の恵みは未だに好物だ。それ以上に、森へ来ることで自分たち人間もまた『動物』であることが実感できる。ここで多くの生き物が産まれ、生きて、殺し、産み、また殺される様子を見ていると、家畜の屠殺解体を生業とする俺達が、生物として自然な存在だと自覚できるのだ。

 一粒抓んで食べると、爽やかな甘みと酸味が口に広がる。ある程度採ったら、次の場所へ移動しなければならない。山の恵みは無限ではないし、ここに住む鳥や魔物の食糧でもあるのだ。この辺りに凶暴な魔物はいないが、山を荒らせば容赦のない制裁を受けるだろう。そしてそれは当然のことだ。


 ふいに、鈴の音が聞こえた。小鳥や虫の声とは違う、明らかに人工物の奏でる金属音だ。茂みを掻き分ける僅かな音と共に、軽やかな鈴の音が近付いてくる。俺が身につけている熊避けの鈴とは違った、か細い音である。

 ‐‐あいつか。

 歩行に合わせた鈴の音と共に、その主が生い茂った草木を掻き分けて姿を見せた。

 濃緑の被膜と甲殻を身に纏った、すらりとした体型の女。鳶色の瞳と、同じ色の『複眼』を側頭部に持ち、その更に後ろには一対の触角が生えている。何よりも特徴的なのは両手首から伸びる、折りたたまれた長い刃物。凍ったような無表情と相まって、近寄りがたい迫力を生み出していた。それを除けば……否、それを含めて彼女はとても美しく、凛とした佇まいをしている。
 だが男として、目が行ってしまうのは被膜に覆われた胸と、むき出しのふとももだった。指先までを覆っている濃緑色の被膜は彼女の股間辺りで途切れており、眩しいほど白いふとももが完全に露出しているのだ。動きやすさを重視しているのだろうが、こんな森の中でよく傷つかないものだ。魔物の魔力によるものか。

 鈴の音は彼女のこめかみに付けられた、髪留めの鈴だった。山へ入ると時々、この魔物が鈴の音と共に現れる。マンティスと呼ばれる昆虫型の魔物で、その名の通りカマキリの特徴を持つ。しかし遭遇しても、それでどうなるということではない。マンティスは魔物に珍しく人間には無関心で、偶然出会っても自分に無関係な存在として無視するのだ。人間を「食えない動物」と認識し、脅威にならないなら関わらないということだろう。

 だから今回も、俺の横を素通りしていくはずだった。肉食であろう彼女にとって、俺の持っている山ブドウは興味の範疇にない。しかも彼女は左手に、首の無くなったウサギの体をぶら下げてる。茶色い毛に血が付着しており、少し前に彼女が仕留めたということは間違いない。立派な夕食がある以上、俺がそれを奪おうとしない限り、このまま巣へ戻るはずだ。

 しかし。
 いつもと違い、彼女は俺をじっと見つめてきた。目の前にある邪魔な蔓を鎌の一振りで切り捨て、ゆっくりと歩み寄ってくる。鳶色の瞳が、美脚が、次第に近づいてきた。だがそれらに見とれるよりも、危機感を覚えるのが当然だ。籠を置いて身構えた俺に対して、彼女もすっと腰を沈めた。

 彼女の手から、ウサギの体が滑り落ちる。夕食を一度置き去りにして、俺に意識を集中させるとは。
 しかも、彼女は閉じていた両の鎌を開き、合掌して拝むような姿勢で構えをとる。明らかに、狩りの姿勢だ。

「……俺が、何かしたか?」

 念のため尋ねてきても、返ってきたのは無表情と沈黙のみ。鎌をかざし、左右にゆらゆらと揺れる姿はまさしく、獲物を狙うカマキリだった。
 先に述べた通り、俺の仕事は家畜の解体であって、戦闘など専門外。喧嘩は強い方だが、魔物とやり合えるほどではない。ましてやマンティスは「森のアサシン」と呼ばれる魔物のハンター。何が彼女の気に障ったのか分からないが、目を付けられた以上逃げるのは不可能だ。

「できれば、見逃し……」

 駄目元で説得しようとした瞬間、彼女は動いた。
 身を守ろうと咄嗟に突き出した腕が、彼女の右の裏拳で下に向けて押さえられる。
 さらにその手が俺の胸に向けられた。

 次の瞬間、鈴の音と共に天地が逆転した。

「ぐっ……!」

 地面に叩きつけられ、背中から衝撃が伝わった。咳が出る。
 脚を俺の背後に差し込み、それを支点にして一気に押し倒してきたのだ。未だに胸を押さえつけられ、苦しい。

 無様に仰向けに倒れ、咳き込む俺を、マンティスは相変わらずの無感情な目で見下ろした。東方の国に『蟷螂の斧』という言葉があることを、ふと思い出す。カマキリが勝てもしない相手にさえ鎌を振り上げる様子から、『無駄な抵抗』という意味で使われるようになったとか。だがこの場合、その言葉が相応しいのは明らかに俺の方だった。

 突如、マンティスが左手の鎌を掲げる。甲殻と同じ素材であろう刃が木漏れ日を反射し、金属とも鉱石とも似つかぬ光沢を生み出した。そのまま鎌の先端で俺の下半身をなぞっていくと、ズボンの布がすーっと避けていく。彼女が器用なのか『保護の魔力』という奴なのか、俺の皮膚には全く傷がつかない。

 ‐‐そうか……繁殖期だ。

 人間に無関心なマンティスも、繁殖期には男が必要になる。あくまでも「人間のオスには子供の元を出す棒がついていて、それを股の穴に入れればいい」程度の感覚らしいが、やはり人間とのセックスが必要なのだ。
 だがそれを通じて、所謂『魔物娘』としての本能に目覚めてしまう、とも文献には記されていた。

「おい、止めろ!」

 制止の声も虚しく、下着まで無残に切り裂かれた。新品だったというのに。
 そんな俺を無視し、彼女は自分の被膜の裾に手をかける。腰から上部をぴっちりと覆っている濃緑の被膜には、豊かな胸の曲線や臍のくぼみまでがくっきりと浮かんでおり、サキュバスなどが好む露出の多い衣装とはまた違った淫靡さを生み出していた。彼女がその裾をすっとまくると、純白のショーツが露わになった。魔物……特に野山に住む種族は基本的に下着をつけないと聞いたが、例外はいるらしい。そもそも狩りの際に邪魔にしかならないであろう鈴を、わざわざ髪に飾っている時点で、彼女は普通のマンティスとは異なるのではないか。
 しかし、捕らえたオスを性的に食うのは変わらないようだ。すっとショーツを脱ぎ捨てると、毛が全く生えていない滑らかな恥丘が姿を見せた。ぴったりと閉じ、僅かながら濡れているその割れ目は、すでに子種を受け入れる準備ができているようだ。それでも彼女の顔は相変わらず、感情の全くない目で俺のペニスを見つめている。

「うっ……!」

 突然、ペニスを手で撫でられた。
 情欲の無い、むしろ面倒くさそうな愛撫だったが、柔らかく温かな手と、それを覆う被膜のツルツルした感触は必要十分な刺激だった。手に握り込んだペニスが勃起を完了したのを確認し、彼女は俺の上に跨ってくる。あの美脚でガニ股になり、割れ目を指で開く姿は実に煽情的だが、このまま犯される気にはなれない。

「止めとけよ……俺じゃ、お前の今後を背負えるか分からないぞ」

 俺の言葉に対して、彼女はやはり無表情で答えた。お前は子種だけ出せばいい、とでも言いたげな目である。彼女は極限まで怒張したペニスをしっかり掴み直し、腰を降ろしていく。
 その手によってペニスを性器へと導きながらも、面倒くさそうに、恥じらいも高揚感も無い表情で俺を見下ろしていた。
 やがて、ペニスが一気に飲み込まれた。

「うおおっ……!」
「……ッ、ぁぁあッ!?」

 一瞬のうちに、根元まで咥え込まれる。とても温かく、柔らかい肉の壁が、四方からペニスを締めつけてきた。奥まで届いたであろう俺の肉棒は、食いちぎられそうな刺激さえも快感として脳に伝えてくる。
 そしてマンティスの方はというと、体を仰け反らせて震えていた。触角も、腰から生えたカマキリの腹部も垂直に伸ばし、目を見開いている。口からは掠れた喘ぎ声が漏れ出し、体の震えで鈴が小さな音を立て続けていた。その表情に苦痛の色は無い。自分の受けた快感の意味が、理解できないでいるのだ。
 彼女が、ゆっくりと俺を見る。
 この感覚は何? お前は知っているの? ……そう、潤んだ鳶色の瞳で問いかけるかのように。

 文献に書かれていた通りだ。初めての交わりで、マンティスは訳も分からないまま男の味を覚えてしまう……その相手に、たまたま俺が選ばれてしまったのだ。

 ‐‐腹を括るしかないか……

 俺に責任は無くても、ここまで来てしまったのでは仕方ない。今から彼女を放って逃げることもできない以上、最後まで付き合ってやるのが筋だろう。第一、最初にこの辺りで彼女を見かけたときから、その自然と共に生きる姿に憧れてきたではないか。それに見事な格闘術で押し倒されたときから、心の何処かでこうなることを期待していたのも事実だ。
 覚悟を決めた俺は、手を伸ばして彼女の頬を撫でてやる。

「もう一回抜いて、挿れてみろ」

 そう教えてやると、彼女は恐る恐ると言った表情で、ゆっくりと腰を持ち上げ始める。

「あ……あンッ……ひぁっ……」

 ペニスが肉壁を擦る感覚に、彼女は途切れ途切れの嬌声を上げる。俺の方も亀頭にヒダが引っかかり、絶妙な刺激を与えられた。次に、彼女はぐっと腰を沈める。

「ふああああああ!?」
「うっ、く……」

 鈴音と同時に、亀頭が子宮に打ちつけられ、共に強い快感を受けた。膣の締め付けがますます強くなり、ひくひくと収縮しながらペニスを咀嚼している。まさしく「下の口」と言うべきか。

「……気持ちいいだろ?」

 そう尋ねてみると、マンティスは嬌声を上げながらコクコクと頷いた。いつも俺を「いないのと同じ存在」としてきたであろう彼女に、言葉と心が通じたらしい。そのことに興奮し始めた俺は、彼女の豊満な胸へ手を伸ばした。張りのある被膜に包まれた乳房を掴むと、柔らかく形を変えて潰れ、手を押し返して元の形になる。

「あんっ!? んっ……お、おっぱ、い……!?」

 最初に聞いた、彼女の意味のある言葉がこれとは。恍惚とした表情で俺の手を握り、どうしたらいいのか分からず胸に押し当てている。彼女にとって、胸の膨らみは子育てのための器官でしかなく、「揉まれるのが気持ちいい」という発想など無かっただろう。訳の分からない快楽を一度に味わって、軽いパニック状態のようだ。自分が何をすべきか分からず、縋るような目で俺を見る姿が妙に可愛らしい。もはや森のアサシンの面影は無かった。
 容赦なく胸を揉み続けると、彼女の膣がきゅっと締まってくる。さらにもっと揉んでくれと言わんばかりに、俺の手をぐっと引き寄せて喘ぎ声を漏らした。ただの繁殖のための道具だと思っていた相手に甘え、縋りつく彼女の心境はどのようなものだろうか。このまま胸を中心に苛めてみてもいいが、生殺し状態のペニスが悲鳴を上げ始めたことだし、『種馬』の役割を果たすとしよう。

「ちゃんと腰を振らないと、子種が出ないぞ?」

 そう言ってやると、マンティスは自分の目的を思い出したらしい。ハッとしたように腰のピストン運動を開始する。潤滑液の量が増していき、その蜜壺はどんどん淫らにペニスを咥え込む。収縮する柔らかな肉がペニスをくすぐってきた。そして出し入れを繰り返すたびに、軽やかなな鈴音とぐちゃぐちゃという水音、そして嬌声が森の中に響く。
 頬がすっかり紅潮し、冷徹な狩人は発情しきった雌となっていた。単調な上下運動だが、慣れてきたのか彼女はその速度を増し、雄を……俺を貪り始める。パンパンと肉のぶつかり合う音が響き渡り、俺と彼女はどんどん高まっていく。

「んふぁ♪ あふ、ひゃう、ふぁ、あ、あ、ひあっ♪」

 リズミカルな腰の動きに合わせて、彼女は声を上げる。
 俺はその手を握って、ゆっくりと自分の方に引いた。それに釣られるかのように、彼女は俺にしなだれかかってくる。先ほどまで揉んでいた柔らかな胸が、俺の胸板でぐにゃりと潰れる。そして目の前には彼女の顔。

「んっ♪」
「むぅ!?」

 突然、彼女が俺の唇を奪ってきた。完全に不意打ちだったが、俺は喜んで舌を絡ませる。流れ込んでくる唾液を飲み下し、逆に彼女の口腔へと侵入した。徹底的に舌を絡め取って蹂躙してやると、くぐもった悩ましい声が漏れだす。
 一旦止まった下半身の運動も、彼女がキスをしたまま腰だけを揺さぶってきた。荒々しい腰使いによって、肉に包まれたペニスが四方八方へと弄られる。どうやら本格的に、魔物の本能が目覚めたようだ。どうすればもっと気持ちよくなれるのかを理解し、手探りで実行している。もっとも彼女が自覚しているかは分からないが。

 息継ぎのためか、彼女が口を離す。唾液まみれになった口周りに、嬌声と一緒に吐き出される荒い息遣い。それが顔にかかる度、この変わり果てた虫娘が愛おしくなる。双眸はおろか、頭部の複眼さえもが蕩けた表情をしているかのようだ。
 垂れる唾液を舐め取ってやると、彼女はますます腰の動きを激しくする。いよいよ限界だ。

「出るぞ、子種を出してやるからな……!」

 そう囁いた瞬間、彼女の美脚が俺の脚に巻きついてきた。精液を一滴も逃すまいとするかのように。

「そう、ちゃんと受け止めてッ……お母さんになるんだぞ?」
「おかあ、さん……?」

 蕩け切った彼女の眼が、僅かに見開かれる。

 しかし俺はお構いなしに、欲望を一気に迸らせた。

「きゃうううううぅぅぅ♪」

 可愛い声を聞きながら、子供ができる魔法の薬を、彼女の胎内に注入していく。
 仰け反る彼女の上半身を無理矢理抱き寄せ、唇を奪った。精液が妙に濃く、異常なまでに熱を帯びているのが自分でも分かる。仕事が忙しく、しばらく抜いていなかったせいか。毎晩弟が寝室でヤっているのを余所に眠りこけていたが、相当溜まっていたらしい。彼女の口内を舐めまわして強く抱きしめると、彼女も俺の首に腕を巻きつけてきた。全身で互いの体を味わいながら、絶頂の快感に身を震わせる。射精が終わっても、その余韻はしばらく続いた。

「ぷはっ……はぁ……はぁ……♪」

 唇を離し、舌をだらりとさせて息を吐くマンティス。温かい息が当たってくすぐったい。しばらく見つめ合い、彼女の背をゆっくり撫でてやる。
 すると突如、俺の頬に温かい雫が垂れた。次々と滴り落ち、顔を濡らしていく。彼女が笑顔を浮かべながら、大粒の涙を流していたのだ。

「あた、し……お母さん、に……なれる……」

 少し掠れた声で、彼女がゆっくりと言葉を紡ぐ。その間も涙と涎を垂れ流しながら、この上なく幸せそうな表情をしていた。俺の頬をそっと撫でながら、うっとりと見つめ続ける。

 ふと、「アサシン」という言葉の由来を思い出す。諸説あるが、有名なのは大麻、或いは麻薬中毒者を意味する単語が訛ったというもの。昔の暗殺者集団が、大麻を吸って夢見心地で人を殺したことに由来するらしい。人間は薬に依存するが、魔物のアサシンは雄に依存する……そんなくだらないことを考えた。そして標的となった人間もまた、彼女達に依存してしまうのだ。

 ‐‐こんな顔をされたら、な……。

 一度捕らえられたら、もう魔物からは逃げられないという。だが、俺もこいつを逃がす気は無い。

 そっと頭を撫で、髪飾りの鈴を鳴らしてやると、彼女は再び俺の唇を奪った。












 … … …


「……で、その後しばらくズッコンバッコンやってて遅くなったと」
「すまん、クルト」

 家の食卓でウサギの肉を頬張りながら、弟に謝罪する。向かい側に座る弟のクルトは苦笑しつつ、肉を切り分けた。そしてそれを、膝の上に座る黒ずくめの少女に食べさせてやっている。この少女はドッペルゲンガーという魔物で、最初はクルトの失恋の記憶に呼び寄せられたらしい。片思いの相手に化けて男に擦り寄る魔物なのだが、今は正体を明かして、名実ともにクルトの恋人となっているのだ。
 我が家に椅子が二つしかないことを理由に、こうやって膝の上に彼女を座らせて食事をする惚気ぶり。おまけに無駄に精力のある弟は夜の営みに熱中し、朝寝坊をすることも時々ある。それでも屠殺という仕事から、過去にトラウマを抱えた弟を支えてくれるウルリケに、俺としても感謝していた。だからある程度は大目に見ていたのだが……今回は立場が逆転したらしい。夜まで帰らなかったので、二人には大分心配をかけてしまった。

「まあ、良かったんじゃない? 兄さん、昆虫好きだし」
「……ああ。お前に義姉ができたわけだ」

 俺を襲い、愛欲に目覚めたマンティス……ペトナと名乗った彼女は、椅子に座る俺に背後からしがみついていた。学術的には『捕獲肢』と呼ばれる両手の鎌で、俺の体をしっかりと捕らえている。『保護の魔力』とやらの効果で、体や衣類に傷は付かない。俺がウサギ肉を切り分け、彼女の口元へ持っていくと、嬉しそうにそれを食べた。

 日が暮れるまで交尾を楽しんだ後、案の定、ペトナの巣へ連れ去られそうになった。しかし俺の家に来るように説得すると、意外にも快諾してくれたので、山ブドウとウサギの肉を土産に帰宅できたのだ。裂かれた俺のズボンは帰る際、ペトナが応急処置として草の汁や樹液で接着してくれた。後で洗ってウルリケに縫ってもらうとしよう。
 なお、ペトナは山を降りるときから、今のように俺の背中にしがみついて離れない。これは『メイトガード』と言う行動だ。昆虫の中には交尾を終えた後も、雄が雌の背に覆いかぶさり、他の雄との交尾を防ごうとする奴がいる。虫の世界に貞操概念などはないが、自分の子孫を確実に残したいという切実な本能から、このような浮気防止策をとるのだ。しかしそれを魔物の雌が人間の雄に行うのなら、それは単なる甘え癖である。そう指摘してやると、ペトナは真っ赤になって俯いていた。

「……ライ、ジェ」

 耳元で、ペトナが俺の名を呼んだ。相変わらず掠れた、少し舌足らずな口調だ。

「後でま、た……赤ちゃん作、り、しよ?」

 魔物は食事中だろうがお構いなしだ。彼女はどうしても母親になりたいらしい。それを含めても、やはりペトナは図鑑に載っているような普通のマンティスとは何か違うのだろう。
 人間と比べ、魔物は妊娠する率が少ないというから、確かに数をこなさなければならない。当然、彼女を家に連れ帰った時から、それを覚悟している。

「分かった。その代り、明日から仕事を手伝ってくれ。牧場祭が近付いていてな」
「うん」

 俺に頬を寄せるペトナ。それを見て、ウルリケもクルトに何か囁いた。クルトが苦笑しながら頷いている辺り、「私も赤ちゃんが欲しい」とでも言ったのだろう。

 ‐‐今夜は早めに、寝室へ行くか……

 ペトナの頬ずりの感触を楽しみながら、俺もまた苦笑するしかなかった。
11/10/10 20:51更新 / 空き缶号
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■作者メッセージ
蟷螂拳・挑扼肘
1.間合いを詰め、相手のパンチを右の裏拳で上から押さえこむ。
2.そのまま相手の背後に大きく脚を差し込む。
3.同時に相手の胸に右手を当て、一気に投げ倒す。


というわけで、マンティスSSです。
今までプロットがなかなか練れず、後回しになっていました。
そうしているうちに、身の回りでやたらとカマキリを見るようになり……。
ちょい怖くなったので、構想まとめてすぐさま書きました。

さて、作中で語られている通り、ペトナは普通の野生マンティスと少し違います。
おしゃれしてたり、パンツ穿いていたり。
その辺を含めて、後編をお楽しみに……してくださると嬉しいです。

ちなみに、ペトナがライジェを押し倒すのに蟷螂拳の技を使ったのは作者の趣味です(キリッ

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