読切小説
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ちびっこヴァンパイア リライア
 ……太陽なんてキライだ。
 それはヴァンパイアとしては極自然な感情であり、宿命と言ってもいいことだった。強大な力を持つ魔界貴族である彼女たちが、太陽の光にかかれば愚かな人間どもと同程度の力しか発揮できないのだから。しかし自分たちの力を奪う忌々しい太陽の下で、人間どもや他の魔物がどのように過ごしているのか、気になる者もまた多い。
 まだ幼いリライアも、そんなヴァンパイアの一人だ。両親の仕事の都合で、魔界の中枢から親魔物派の都市国家にやってきて、彼女は生まれて初めて『青空』を見た。目に染みるような青と、その中に漂う雲の純白を見て、リライアは自分が今ようやく広い世界に出られたのだと知ったのである。それまで人魔の性交に適した薄暗い空の下、しかもそのほんの一部の領域で、自分は気高き貴族なのだと胸を張っていたのが、馬鹿馬鹿しく思えた。そしてこの青空の下では、どんな人々が暮らしているのかが気になっていた。

「せっかく来たのだ。町で遊んできてよいぞ?」

 母が優しくそう言ってくれたとき、リライアはすぐさま出かける準備を始めた。魔界よりも強い日光が少し恐かったため、暑さを我慢してマントを羽織り、フードを頭にかぶって母譲りの赤髪を隠す。灰色の小さな瞳に未知の世界を映し、幼きヴァンパイアは青空の下へと乗り出した。





「きょうは何してあそぶ?」
「きのうは『人間狩り』をやったよね」
「じゃあ、今日は『魔物狩り』だな!」

 市場の雑踏を抜けた先の空き地に、子供たちが集まっている。人間の子供と魔物の子供がほぼ同数で、魔物たちも種族はバラバラだ。ただ、貴族や階級といった言葉とは無縁の、庶民層の子供たちには違いない。
 普段関わることのない者たちに、リライアは不思議な興味を覚え、彼らに近づいた。すると子供たちもリライアに気づき、視線が集まる。仲間に入りたい……そう思ったリライアは、考えるより先に口を開いた。

「い、いっしょに、あそんであげてもいいぞっ!」

 胸を張って言い放ったその言葉は、子供たちをきょとんとさせるだけだった。このような言い回しをする少女など初めて見たのだろう。
 そんな中、子供たちの中で一番背が高い少年が口を開いた。

「おまえ、なんて名前? なんて魔物?」

 少年は微笑を浮かべ、親しげな口調でそう言ったが、リライアは途端に不愉快になった。その少年の身なりと言えば、つぎはぎだらけのボロい衣服を見に纏っており、しかも服も手足も泥だらけで汚れているのだ。農民か、下手をすれば乞食の子供かもしれない。貴族である自分が、こんな下賤の者に「おまえ」呼ばわりされるなど、リライアは今まで経験したことが無かった。

「リライア。ヴァンパイアの、リライア・クロン・ルージュだ!」

 声高らかに名乗るリライア。今まで彼女の名前を聞いた者たちは、「おお、ルージュ家のお嬢様でしたか。これはこれは」などと畏まったものである。だが、ここではそうはいかなかった。

「りらいあ? 言いづらいからリーアって呼ぶぜ」
「なっ!?」

 予想外の答えに、リライアは戸惑った。何と言うべきか分からずしどろもどろになっていると、他の子供たちも彼女に話しかけてきた。

「リーアちゃん、どこからきたの?」
「リーアちゃん、ヴァンパイアなの? かっこいい!」
「リーアちゃんも、魔物狩りやる?」
「うみゃああっ、わたしはリライアだ! 言いにくくなんかないぞ!」

 涙目になって主張するリライア。すると先ほどの少年は、仲間の一人に声をかけた。

「イア、リライアって言ってみ」

 イアとよばれた少女の姿は、灰色の肌と真っ白の髪、そして目も虚ろ。リライアは一発でゾンビであると分かった。彼女は舌足らずな口調で、「うー、りぃ、あう、りらう、えー、りーらー……ぁぅー」などと繰り返し、しょんぼりと俯く。
 そんな彼女の肩を叩いて慰めつつ、泥まみれの少年は拳を振り上げて叫んだ。

「やっぱり言いづらい! 『リーア』にけってーい!」
「うみゃああああん! ゾンビなんかにいわせるなー!」
「ゾンビでも友だちだぞ! キャベツ食うな!」
「それをいうなら『サベツするな』だー!」



 ……その後、リライアは何だかんだで彼らと一緒に遊ぶことになった。
 『魔物狩り』という恐ろしげな名前の遊びは、まず地面に長方形を描き、子供たちが人間と魔物で分かれる。魔物たちが逃げた後、人間は十数えてから魔物を追いかけ、魔物を捕まえて長方形の所まで連れていくのだ。この長方形は棺桶という意味で、中に入れられた魔物は棺桶に封印されて負け、というわけだ。しかし人間が魔物に背中を叩かれると『魔物の家来』にされてしまい、他の人間が魔物を追うのを邪魔しなければならない。捕まった魔物は抵抗してはいけないが、捕まえた人間を他の魔物が『家来』にすれば逃げられる。
 かつてこの町近辺でも繰り広げられていた、人と魔物の血生臭い争い。それさえも遊びのネタにしてしまうのが、子供の凄さと言えるだろう。初めての庶民の遊びに、リライアは仏頂面をしながらも、胸が高鳴っていた。

「それじゃ、始め!」
「きゃー逃げろー!」
「あうー」
「わんわんおー!」

 泥まみれの少年……ベンと名乗った彼の合図で、魔物の子供たちは黄色い声を上げて逃げ出した。同時に人間たちは目を塞ぎ、長方形の周りで数を数え始める。

 いくら日光の下でも、走るくらいはできる。しかし昼行性の魔物たちが電光石火のごとく逃げていくのを見て、リライアは自分の動きが酷く緩慢に感じた。夜の身体能力が極めて高いための錯覚でもあるが、逃げ切れる自信を失くしかける。もし捕まったら、ヴァンパイアの名折れだ。
 すると、リライアより更に緩慢な動きの少女……ゾンビのイアが、空き地の隅にある大木に近寄るのが目に入った。跡を追ってみると、大木の裏側には子供が一人入れる大きさの洞が空いており、イアはその中へと身をひそめたのだ。
 なるほどと思ったリライアは、自分も逃げるのではなく、身を隠す方を選んだ。そこまで大きな洞のある木は他に無さそうだったので、単に木の陰に隠れることにした。見つかりそうになったら上手くやり過ごして、相手の背中を叩けばいい。

「はーち、きゅーう、じゅう!」

 ルール通り十秒数え、人間の子供たちは走り出した。「わるい魔物は火あぶりだ! こわい魔物もはりつけだ!」と囃しながら、手分けして魔物を探すべく駆けていく。
 しかし、ベンだけはその場に残った。まずは近くから探すつもりなのだろう。リライアはほくそ笑んだ。もし彼が木の洞にいるイアを捕まえようとしたら、その隙にベンの背中を叩いて、家来にしてやれる。

 ……ふっふっふ、「あひぃ!」っていわせてやるぞ!

 両親の寝室から聞こえてくる叫びを思い出しながら、リライアは機会をうかがう。すると読み通り、ベンは空き地周辺の木々を探し始めた。

「さーて、へっぽこヴァンパイアはどーこかなー」

 へっぽこ、という単語にリライアの眉がぴくりと反応する。彼女が近くにいると気づいているのか勘なのか、ベンは言葉でリライアを挑発し始めたのだ。

「わるい、わるーいヴァンパイアなんか、オイラがやっつけてやる!」

 相手の自尊心の高さを逆手に取るという、子供ながらなかなかに効果的な手段だった。しかし、挑発の内容は所詮子供。そんな安っぽい挑発に、リライアは……

「わたしは、わるいことなんてしないぞ!」

 まんまと釣られた。彼女もまた子供なのだから、当然と言えば当然である。
 姿を見せて怒鳴ったリライアに、ベンは一直線に迫ってきた。結局、追いかけっこを演じる羽目になってしまったのである。
 今まで魔界で生きてきて、ここまで強い日差しの中で運動したことのないリライアは、やはり速く走れなかった。なんとか距離を保っていても、いずれ追いつかれてしまうだろう。

「やーい、のろまヴァンパイア!」
「うみゃあああん! ゲセンのものめ、わたしはキゾクだぞ!」

 必死で走りながら、苦し紛れに傲岸な台詞を吐くリライア。それに対し、ベンは……

「それがどうした! オイラは農民で、ガキ大将だぞ!」

 声高らかに、自信満々に叫び返してきた。同じ所をぐるぐると回りながら、二人の距離は次第に縮まっていく。汗だくになりながら、リライアは必死で逃げ続ける。
 生まれて初めての経験だった。ただ捕まりたくない、負けたくないという思いが、彼女を支えていた。所詮子供の遊び……しかし貴族として叩き込まれたプライドが、そう割り切ることを許さなかったのだ。

 それでもついに、ベンの手がリライアに届きそうになる。
 だが、その時。

「あぅ〜!」
「うわっ!?」

 たまたま、イアの隠れる大木の傍を通った時、木の洞からイアが顔を出したのだ。リライアを助けようとしたのだろうが、ゾンビの動きでは遅すぎる。だが驚いて後ろを振り向いたベンは、リライアに対して背中を向ける形になってしまった。

「今だぁーっ!」

 リライアは力を振り絞り、ベンに飛びついた。突き出した掌は見事に背中を捉え、ベンが微かにうめき声を漏らす。
 しかし勢い余ったリライアの体は、滑り落ちるかのように倒れていき……地面に突っ伏すことになった。土の上に体ごと倒れるのも、生まれて初めての経験。だが痛みをこらえて顔を上げると、そこには悔しそうなベンの顔があるではないか。

「ふっふっふ、これでおまえは、わたしのケライだぞ!」

 得意満面の笑みでリライアが言うと、イアも嬉しそうに「あぅ〜」と声を上げる。ベンはそんな二人を交互に見て、ちぇっと舌打ちをした。そして、未だ倒れているリライアに手を差し伸べる。

「わかったよ、オイラの負けだよ。ほら、立って」
「うむ!」

 リライアは彼の手をしっかりと握り、立ち上がる。未成熟な胸を張り、満足げな笑みを浮かべつつ、あることに気付いた。
 ベンの泥のついた手を、自分がためらいもなく握ったこと。そして今、自分の服も土で汚れ、それを全く気にしていないということ。もう一度ベンの手を見てみると、単に汚れているだけでなく、皮がむけてボロボロになっているのが分かった。日々の畑仕事のせいだろうが、同じくらいの歳の子供がこんな手をしているなど、リライアは想像もしていなかった。

「リーア、どうしたの?」
「あ、なんでもない。さあ、ニンゲンどもをのこらずケライにしてやるー!」
「あぅあぅあ〜!」



 ……結局、その日は土や埃で真っ黒になるまでベンたちと遊び、両親から説教をもらう羽目になった。














 そして、一ヶ月後。

「やーい、のろまヴァンパイア! ここまでおいでー!」
「うみゃああああん! おのれベン、『あひぃ』って言わせてやるー!」

 『魔物狩り』の逆パターン、『人間狩り』をして遊ぶ子供たちの中に、今日もリライアの姿があった。『人間狩り』の場合、捕まえられた人間は大釜を表す円の中に入れられ、人間に背中を叩かれた魔物は『人間のペット』になる。リライアは執拗にベンばかり追うため、いつしか二人の一騎打ちとなることもしばしばあった。ベンはベンで、リライアをペットにしようと狙ったり、『魔物狩り』のときには真っ先にリライアを追いかけている。ある意味、似た者同士なのかもしれない。

 ひとしきり遊ぶとみんなで木陰に座って休憩する。時々飛んでくる虫を捕まえたり、草むらから顔を出したトカゲをドラゴンだなんだと言って捕まえたり、子供らしい時間を過ごしていた。
 リライアはすでにこの中にすっかり溶け込み、誰もがリライアを友達だと言ってくれる。だが、草の絨毯の上に寝転ぶリライアの表情は、どこか暗かった。

「リライア、元気ないの?」
「え? いや、大丈夫だぞ」

 はっきりそう答えても、やはりリライアの心は沈んでいた。彼女は魔界貴族である両親の仕事で、この町にやってきた。しかし、その仕事は今日で終わる。
 リライアは明日、魔界に帰るのだ。

 ……つたえなきゃ、だめかな……

 リライアは捕まえたトカゲで遊ぶ、ベンの姿を見た。ガキ大将は貴族と同じくらい偉いと思っている、愛すべき馬鹿。いつも畑仕事で泥だらけになり、その後遊びで泥だらけになる、無邪気な馬鹿。リライアをからかうくせに、彼女が転んだり虫に刺されたりしたときはすぐ助けに来てくれた、親切な馬鹿。
 その笑顔を見る度、そのボロボロに手を見る度、どんどん彼が愛おしくなっていく。だが貴族であるプライドが、リライアを素直にさせてくれないでいた。
 このまま、お別れになるのだろうか……リライアは自分の心が、見えない糸で締め付けられているように感じた。

「……あ、レミィナ姫だ!」

 誰かがそう叫び、リライアは起き上がった。
 日傘を差した、白い翼を持った悪魔の少女が歩いてきている。翼と同じく白い髪に、澄んだ深紅の瞳。そして気品漂う、その面持ち。リライアたちと同じ年頃だが、その優雅な佇まいはもはや天性のものにさえ見えた。
 仲間の少年たちが恍惚とした表情になるのも無理は無い。彼女はこの町に住まうリリム――魔王の娘の一人なのだから。
 そんな彼女は、リライアに向かって無垢な笑みを向けた。

「こんにちは、リライア」
「は、はい! こんにちは、姫様」

 無邪気で優雅なその声は、同性で、しかも魔物であるリライアでさえ甘く蕩けるように聞こえる。彼女がリリムの中で特別美しいというわけではない。まだ子供であるため、リリムの力を『隠す』ことができないのだ。出歩くだけで、声を発するだけで、際限なくその魅力を振りまいてしまうのである。男を誘い、女を堕落の道に引きずり込むための、その力を。彼女とももう一ヶ月間親しくしているのだが、リライアは未だに慣れなかった。

「姫様、お出かけ?」
「うん、おじいさんのお墓に、お花をあげてきたの」
「そっか。ヘンシェルじいさん、きっとよろこんでるよ」
「おとなたちが、わたしたちの遊び場をなくしてヘンな宿屋をつくろうとしたとき、あのおじいさんは反対してくれたもんね」
「じいさんのとけい、今日もちゃんとうごいてる?」

 みんながレミィナを囲んで、頬を赤らめながら楽しそうに話している。ベンもだ。誰にでも分け隔てなく接する彼女は、人魔問わず人気がある。
 その様子は、リライアにとって当然面白いものではない。

「わたし、さきに帰るからな!」

 立ち上がり、お尻に微かについた土を払って、速足で歩きだす。

 その目から雫がこぼれおちていることに、気付いた者はいただろうか……。


















 ……夜、リライアは自室のベッドに腰掛け、俯いていた。

 明日、自分は魔界へ帰る。ほぼ悠久に近い時を生きる高位の魔物たちは、どこかへ移住するスパンも非常に長い。今回はたまたま一ヶ月間この地に来たが、次に魔界から出るのはいつになるか分からない。
 そうしたらベンは、いつか自分のことなんて忘れてしまうだろう。レミィナ姫は高嶺の花だろうが、この町には他にも可愛い女の子なんていくらでもいる。いつか誰かと愛を育んで、結婚して、子供ができて……幸せになっていくのだろう。

「……それでも、いいか」

 諦めたように、リライアは呟いた。
 所詮、夢だったのだ。泥まみれになって遊んだことも、ボロボロの彼の手をかっこいいと思ったことも。ただの、一月限りの夢だったと思えばいい。明日からまた魔界で生きていけば、そのうち本当に夢だったことにしてしまえるだろう。それでいい。

 リライアはベッドに横になった。ヴァンパイアが本領を発揮する夜だが、今日はもう外に出たくない。
 このまま、早く明日になってしまえ。そうすれば全て終わる……

 リライアがそう思ったときだった。部屋の窓を叩く音が聞こえたのは。

「リーア! あけてくれよ、リーア!」

 はっと、リライアは目を見開く。それはまさしく、ベンの声だった。カーテンのかかった窓の外で、ガラスを叩きながら呼びかけてくる。

「リーア、いるんだろ!? あけてくれよ!」
「……何?」

 カーテンすら開けず、リライアは問い返した。せっかく諦めがついたというのに、何故今になって尋ねてくるのか。会いたい気持ちと、会いたくない気持ちが葛藤を始める。

「レミィナ姫から聞いたんだ! リーア、まかいに帰っちゃうんだろ!?」
「……それが?」
「何で言ってくれないんだよ! だまっていきなり帰るのかよ!」

 心を締め付ける糸が、その強さを増していく。リライアは自分で自分を抱きしめるように、うずくまって、声を震わせながら答えた。

「おまえには、カンケイないだろう!」
「カンケイなくない!」

 帰ってきたのは、力強い声だった。屋敷の住人が全て起きてくるのではないかというほどに、力のこもった声。
 糸の締め付けが、少しゆるんだような気がした。ベンはまた、自分に手を差し伸べようとしているのだと気づく。それも体ではなく、心に。

「オイラ、おまえが……リーアのことが……」

 ベンの声に、涙が混じるのを聞いて、リライアは心の中で彼を応援し始めた。
 早く……早くその続きを言ってくれ。そうすれば、私も素直になれる気がする。
 ベッドから降りて、窓の前でリライアは祈っていた。

「リーアのことが…………すきなんだッ!」

 糸が、心を縛る糸が弾け飛ぶ音を、リライアは確かに聞いた。恐れる物の無くなった彼女は、カーテンの端を掴み、一気に開ける。
 そこには、愛しいベンの素朴な顔があった。自分同様に涙目になり、勇気を振り絞って告白してくれた、ベンの顔が。リライアは窓を開け、庭に立つベンに向かって身を乗り出した。

「リーア……行かないでくれよぉ……」
「なくなよ、ベン……わたし、だって……ぐずっ……帰りたく、ないよぉ……」

 ようやく出せた、本音。涙と一緒に、押しとどめていた心が流れ出した。
 ここにずっと、ベンの傍にずっといたい。しかし、それは叶わない。
 そんなリライアの心に、再び貴族の誇りが浮かび上がる。常に気高くあれ……その矜持に従って、リライアは涙を袖で拭った。そしていつものように、幼きヴァンパイアは胸を張る。

「ベン、わたしは……わたしは、りっぱなキゾクになる。やさしいキゾクになる。みんなからほめられるような、すごいキゾクになって、じぶんの町をもって、みんながへいわにくらせるようにする。だから、だからな……」

 ゆっくりと語るリライアの前で、ベンもまた涙を拭い去っていた。いつものように強い光の宿った双眸で、リライアをじっと見ている。

「……そのときは、わたしのケライになれ! ケライになって、わたしとずっといっしょにいろ!」
「……わかった」

 ベンはしっかりと頷いた。微笑みを浮かべて。

「かならず、リーアのケライになりにいく! だから、まっててくれよ!」

 ベンの言葉を聞いたとき、リライアの抑えが利かなくなった。ヴァンパイア……吸血鬼の本能が、ベンを求めたのである。
 窓越しにベンの肩を掴み、ぐっと引き寄せるリライア。口腔を開け、小さな牙をぎらつかせると、さすがにベンの顔に恐怖がよぎる。しかし彼はゆっくりと、自ら首を差し出した。愛する少女から、約束の印を受け取るために。
 リライアはその首筋に軽く口づけをし、次に牙を突きたてる。開けた穴から、甘美な血液を吸い出していった。

「あ、あああ、ぁぁぁぁぁ」
「ん……ん……ん……」

 ヴァンパイアの牙から与えられる快楽。この歳の少年にはまだ早すぎるその快楽に、ベンは体を震わせる。
 リライアはゆっくりと、彼の血を味わった。大地のような力強さを持つ、彼らしい味。この味に、すでにリライアは魅せられていたのかもしれない。この力強さと素朴さを持つ少年に、心から魅かれていたのだ。

 このまま、時間が止まればいいのに……
 二人は揃って、そう願っていた。


























… … … … …


「この町には今、あの頃の私やお前が大勢暮らしている」
「左様でございますな、領主様」
「私とお前が出会った町……あのような、人と魔物が手を取り合い、長所を生かし合いながら発展できる町は、数えるほどしかなかった」
「だから貴女様は、自らの手でお作りになられました。このルージュ・シティを」
「そして、お前も私との約束を果たした。……だがベン、二人っきりのときは私をどう呼べばいいか、忘れたか?」
「……うっかりしてたよ、リーア」
「まったく。頼り甲斐はあるが、相変わらず頭だけは馬鹿だな」
「そんなこと言うと、今でもベッドの中では『うみゃああああん』って鳴くことをレミィナ姫にバラしちゃうぜ?」
「……来ているのか、姫が?」
「リリムらしき女性を市内で見かけたって情報があった。黒い、逆回りの懐中時計を持っているんだと」
「やれやれ……いつの間にかフラッとやってくるのだから」
「呼ぶかい?」
「いや、いい。彼女は彼女の考えがあってほっつき歩いている。そのうち私の所にも顔を見せるだろう。……さて、私の伽をしてもらおうか」
「思い出話をしてしまったからな、今夜は少しねっとりとやるぞ」
「ああ……私たちはずっと一緒だ」




END


11/09/24 09:02更新 / 空き缶号

■作者メッセージ
ルージュ街の領主の話も書かなきゃなア。
でもルージュ街のネタ、溜まってるしなア。
そうだ、ちびっこシリーズでやればよくね?

というわけで、本日の午後17時から執筆を開始しました。
ネタは熱いうちに……とはいえ、やっつけにもほどがあると皆さんお笑いでしょうが、とりあえずお読みいただきありがとうございます。
まだルージュ街ではあまり存在感の無い領主リライアですが、今後の活躍をお楽しみに……していただけたら泣いて喜びます(爆)。

ところでプロフィールで挙げている、ちびっこぬれおなごのお話ですが、今構想をいろいろ練り直してます。
他にも書きたいネタは大分溜まっているので、いつになるかはわかりませんが(汗)、心の隅っこにでも保留しておいていただければと。
では、これにて。



8月22日 20時
うっかりダグを「魔物娘いろいろ」で投稿してしまったため、「ヴァンパイア」に修正。

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