ただいま
「……クソッタレ」
俺はいつものように、騒音で目が覚めた。部屋の外で引きこもりの兄貴が暴れて、親父とお袋が必死でそれを宥めている。俺の名前も呼んでやがる、抑えるのを手伝えって。
せっかく良い夢を見たのに、朝っぱらからこれか。兄貴を養うため学校も辞めて働いているってのに、その上でこの仕打ちかよ。
けど、いつもより楽に布団から起きられた。夢の中で色々してくれた、あの子のおかげかな。まったく、目が覚めなきゃ良かったのに……。
「……ん?」
起き上がったとき、枕元に小さな紙切れがあることに気づいた。切符だ。
書かれた駅名を見た瞬間、思い出した。
「……そうだ……約束したんだ……!」
眠気も気怠さも一気に吹っ飛んだ。素早く着替えて、切符を財布にしまう。そのままカバンを引っ掴んで、部屋を、家を飛び出した。騒ぎ続ける親や兄貴をほったらかして。
俺は全てにしっかりケリをつけるため、こっちへ帰ってきたんだ。
………………
「店長、今までお世話になりました」
「いやいや、こちらこそ。これから復学するの?」
「家を出るんス。行く当てはあるんで……ああ、怪しい仕事するわけじゃないっスよ」
「そうか。まあ君の家の事情は聞いてるから、脱け出す目処がついたならそれが一番だろうね。頑張ってな」
「ハイ! ありがとうございます!」
バイト先……今日からは元バイト先になるコンビニの制服を脱いで、最後のタイムカードを押した。ここの人たちは親切で、俺のこともよく心配してくれたから、退職を申し出てから規則通り一週間働いた。
他に2人バイトを掛け持ちしていたが、内1つは同じようにまともに辞めて、もう1つはパワハラが横行してる所だったから腹いせにバックレた。
これで仕事関係は良し。後は家のことにケリをつける。
「ちょっと、バイト先から連絡あったわよ! 仕事行かないで何やってんの⁉︎」
家に入るなり、母さんが開口一番怒鳴ってきた。超音波出てるんじゃないかというキンキン声だ。俺は無視した。怒る気はしない、母さんもガリガリに痩せて、今にも倒れそうになっているから。
自分の部屋へ入ってみて、持ち出す物はもう無いと再確認した。一番大事な切符は肌身離さず持っている。そのまま家を出ようとしたとき、ドタバタと駆け寄って来る奴がいた。
兄貴だ。
「啓二ぃ! バイトサボってんじゃねーよ! 今月の課金どうす……!」
運動不足の権化みたいな腕で掴みかかられた瞬間、俺は兄貴の股間を蹴り上げた。悶絶して倒れた兄貴の脇をスッと通って、そのまま玄関に向かう。
「ち、ちょっと、啓二……」
「俺出て行くから」
そう言ってやったときの母さんの顔は、正直可哀想だった。だけど、俺はそろそろ自分を可哀想だと思ってもいい頃だろう。ニートの兄貴の面倒見るために学校辞めて将来の夢も諦めて、今日まであくせく働いてきたんだから。
「出て行くって、どこに……」
「母さんが知らない場所」
「ち、ちょっと待ちなさい! 家族なんだから助け合わなきゃ……」
「誰が俺を助けてくれてる!?」
親を怒鳴りつけるのは初めてだった。だから母さんも……丁度自分の部屋から出てきた父さんも固まった。
「小学生の頃はさ、俺がいじめられてる所を兄貴が何度も助けてくれたけどさ。あの頃のカッコいい兄貴はもういないじゃん」
「啓二……」
「いい加減、現実見ろよ。このままじゃ兄貴含めて全員、共倒れだ」
言いたいことは全部言って、俺はさっさと玄関へ向かった。まだ床の上で苦しんでいる兄貴が、これを機に昔の兄貴に戻ってくれればいいな……そんな中途半端な希望だけを、その場に残した。
ポケットの中の切符の感触を確かめ、駅へ走る。駅は恐ろしく静かで、いつもと違って客も駅員もいないし、自動改札も反応しなかった。そのままホーム出ると、へもう電車が来る音が聞こえた。いや、電車じゃない。
暗い夜のホームを、線路の向こうから来るライトが照らした。煙突から煙を吐きながら、黒い蒸気機関車が迫ってきて、甲高い音を立てながら停車する。あのとき見たのと違い、貨車じゃなくて客車を曳いていた。
当然、俺はドアを開けてそれに乗り込んだ。椅子に座ると疲れがドッと出る。蒸気の音が聞こえて、列車はゆっくりと動き出した。
「切符を拝見します」
いつの間にか、車掌さんが近くに来ていた。女の車掌……美人だけど、どこか作り物のような顔の。
人間じゃない。そう察して、確かにまたあそこへ行けるんだと確信しながら切符を見せた。車掌さんは小さなパンチで切符に穴を空け、俺に返す。後ろの車両が寝台車になっているから、使っていいと言って。
寝台車なんて初めてだ。疲れた体に鞭打って、用足しを済ませてから向かう。切符に書かれた番号のカーテンを開け、ベッドへ横になった。
狭いがフカフカで、すぐに眠気が襲ってきた。列車の振動や音さえも子守唄みたいに感じる。
「……シノちゃん」
待っててくれ。その言葉を口にするかしないうちに、俺の意識は落ちて行った。
…………
ーー家のことに全部、決着つけたいんだ。もう親や兄貴のために何かしようとは思わないんだけど。
ーーはっきり言ってやらなきゃいけない。俺自身のために。
ーーそれに世話になった人たちには挨拶したいし。
ーーできるだけ早く済ませる。だから、それから……
ーーはい。シノはお待ちしております。
ーー切符です。ぜったいぜったい、無くさないでくださいね。
ーーお兄様は必ず、ここへ帰っていらしてください。
ーーシノの……お婿さんになる、ために。
「……お客様。そろそろですよ」
優しく肩を揺すられ、俺は目を覚ました。あの車掌さんがすぐ近くで、俺の顔を覗き込んでいた。
「おはようございます。後十五分ほどで、唐紅郷です。花嫁さんが待っていますよ」
「あ、ありがとうございます」
車掌さんは俺を起こすだけじゃなくて、濡れ布巾を持ってきてくれた。起き上がって顔を拭くと、今度は櫛で寝癖を直してくれる。花嫁さんに会うのだから、と。
「シノちゃんを知っているんですか?」
「ええ。貴方を丁寧にお連れしてくださいと、一生懸命に頼まれました」
可愛かったなぁ、と微笑む車掌さん。なんか、その光景がすっと頭に浮かんだ。
できる限りに身だしなみを整えて、車掌さんにお礼を言って、列車が停まるのを待つ。窓から見えるあの駅の景色が、妙に懐かしく感じた。一週間ちょっとしか経っていないはずなのに。
ブレーキの音が聞こえ、汽車がスピードを落としながらホームへ入る。『唐紅郷』の駅名が見えた直後、その下に立っている女の子……紅葉柄の着物を着た、あの子が見えた。
ーーお兄様!
小さな口が、そう動いたのが見えた。
俺の乗る客車はあの子の前を通り過ぎたが、程なくして停車した。大急ぎで降りると、雪駄の足音が近づいてくる。
「お兄様っ!」
「シノちゃん!」
嬉しそうに抱きついてきたシノちゃんを、受け止めながら抱っこする。いい匂いが、ふわっと鼻をくすぐる。シノちゃんの髪も柔らかいほっぺも、綺麗な着物も、全て甘い匂いを纏っている。
ああ、帰って来れたんだ。もう俺の居場所は完全にここだったんだ。そう自覚しながら、後頭部で輪っかになったシノちゃんの髪の匂いを吸い込む。。
「お疲れ様でした、お兄様。おかえりなさいませ」
「ただいま、シノちゃん」
そんなに長く離れたわけではないのに、そして知り合ってからの時間もごく短いのに、シノちゃんは目を潤ませて再会を喜んでいる。俺も同じ気持ちだ。この小さな女の子は、そのくらい俺の中で大きな存在になっていた。
車掌さんに改めてお礼を言って、俺たちは……というか俺は歩き出した。シノちゃんが離れたくないと言うので、俺が抱っこしたまま森へ向かったからだ。森の中は相変わらず紅葉していて、風で赤や黄色の葉が飛んでいく。足元にも綺麗な木の葉が積み重なっていた。
「戻って来るまでの間、どうしてた?」
「えっと……」
俺の肩に手を回してしがみついているシノちゃんが、ちょっと恥ずかしそうに笑った。
「お兄様のことを考えながら……ずっと、自分でお股をいじっていました」
「……ずっと?」
「はい。お兄様をお見送りしてから、今日お出迎えにくるまで……ずっと」
「……本当に朝から晩まで?」
「はい。お日様に見られながらお股をいじって、お月様に見られながらお股をいじって、鳥さんたちに朝のご挨拶をしながらお股をいじって……」
恥ずかしそうに、けど楽しそうに話すシノちゃん。どうりで、匂いが濃いわけだ。基本的には同じ所にいる木の精だから、そんなこともできるんだろう。
「とっても気持ちよくて。でもとっても、切なくて」
「待たせちゃって、ごめんな」
頭を撫でてあげると、シノちゃんは嬉しそうに微笑んだ。
「謝らないでください。お兄様にとって、大事なことをなさったのですから」
むわっ、と甘い匂いが強まった。あの時の匂いだ。シノちゃんの股間はもう濡れ始めて、あの蜜が滴っているんだと察した。
俺も勃ってきた。今すぐにまたあんなことをヤってみたい……けど、シノちゃんの木まで行かないと。小さな体をぎゅっと抱きしめて堪え、歩き続ける。多分シノちゃんも我慢していて、俺の肩に爪が食い込むくらい、しっかりとしがみついていた。
ようやく、あの小さなモミジが見えてきた。相変わらず、綺麗な赤に染まっている。俺たちを出迎えるみたいに風で揺れ、ガサガサと音を立てた。
足を止めた瞬間、何かに足首を掴まれた。人の手じゃなくて、もっと硬い物に両足を捕らえられる。
下に目を向けると、それは木の根っこだった。二本、三本と地面から伸びてきて、俺の体に絡みついてくる。それだけじゃなくて、シノちゃんの着物の裾からも根っこが生えてきた。俺の体に巻きつくだけじゃなくて、肌に食い込んでくる。
それでも痛みはないし、シノちゃんが笑顔だから恐怖も感じなかった。
「えっと、お兄様」
体が根っこで覆われて、シノちゃんの体と根っこで繋がっていく。
「シノと、誓いの、接吻を……」
ピンク色の唇が近づいて、俺の口と重なった。小さな舌を一生懸命に入れてくるのが可愛い。頭を撫でたかったけど、もう手が根っこだらけで動かせない。その代わりキスに精一杯応えながら、目を閉じて……
体が森に包まれていくのを感じた。
俺はいつものように、騒音で目が覚めた。部屋の外で引きこもりの兄貴が暴れて、親父とお袋が必死でそれを宥めている。俺の名前も呼んでやがる、抑えるのを手伝えって。
せっかく良い夢を見たのに、朝っぱらからこれか。兄貴を養うため学校も辞めて働いているってのに、その上でこの仕打ちかよ。
けど、いつもより楽に布団から起きられた。夢の中で色々してくれた、あの子のおかげかな。まったく、目が覚めなきゃ良かったのに……。
「……ん?」
起き上がったとき、枕元に小さな紙切れがあることに気づいた。切符だ。
書かれた駅名を見た瞬間、思い出した。
「……そうだ……約束したんだ……!」
眠気も気怠さも一気に吹っ飛んだ。素早く着替えて、切符を財布にしまう。そのままカバンを引っ掴んで、部屋を、家を飛び出した。騒ぎ続ける親や兄貴をほったらかして。
俺は全てにしっかりケリをつけるため、こっちへ帰ってきたんだ。
………………
「店長、今までお世話になりました」
「いやいや、こちらこそ。これから復学するの?」
「家を出るんス。行く当てはあるんで……ああ、怪しい仕事するわけじゃないっスよ」
「そうか。まあ君の家の事情は聞いてるから、脱け出す目処がついたならそれが一番だろうね。頑張ってな」
「ハイ! ありがとうございます!」
バイト先……今日からは元バイト先になるコンビニの制服を脱いで、最後のタイムカードを押した。ここの人たちは親切で、俺のこともよく心配してくれたから、退職を申し出てから規則通り一週間働いた。
他に2人バイトを掛け持ちしていたが、内1つは同じようにまともに辞めて、もう1つはパワハラが横行してる所だったから腹いせにバックレた。
これで仕事関係は良し。後は家のことにケリをつける。
「ちょっと、バイト先から連絡あったわよ! 仕事行かないで何やってんの⁉︎」
家に入るなり、母さんが開口一番怒鳴ってきた。超音波出てるんじゃないかというキンキン声だ。俺は無視した。怒る気はしない、母さんもガリガリに痩せて、今にも倒れそうになっているから。
自分の部屋へ入ってみて、持ち出す物はもう無いと再確認した。一番大事な切符は肌身離さず持っている。そのまま家を出ようとしたとき、ドタバタと駆け寄って来る奴がいた。
兄貴だ。
「啓二ぃ! バイトサボってんじゃねーよ! 今月の課金どうす……!」
運動不足の権化みたいな腕で掴みかかられた瞬間、俺は兄貴の股間を蹴り上げた。悶絶して倒れた兄貴の脇をスッと通って、そのまま玄関に向かう。
「ち、ちょっと、啓二……」
「俺出て行くから」
そう言ってやったときの母さんの顔は、正直可哀想だった。だけど、俺はそろそろ自分を可哀想だと思ってもいい頃だろう。ニートの兄貴の面倒見るために学校辞めて将来の夢も諦めて、今日まであくせく働いてきたんだから。
「出て行くって、どこに……」
「母さんが知らない場所」
「ち、ちょっと待ちなさい! 家族なんだから助け合わなきゃ……」
「誰が俺を助けてくれてる!?」
親を怒鳴りつけるのは初めてだった。だから母さんも……丁度自分の部屋から出てきた父さんも固まった。
「小学生の頃はさ、俺がいじめられてる所を兄貴が何度も助けてくれたけどさ。あの頃のカッコいい兄貴はもういないじゃん」
「啓二……」
「いい加減、現実見ろよ。このままじゃ兄貴含めて全員、共倒れだ」
言いたいことは全部言って、俺はさっさと玄関へ向かった。まだ床の上で苦しんでいる兄貴が、これを機に昔の兄貴に戻ってくれればいいな……そんな中途半端な希望だけを、その場に残した。
ポケットの中の切符の感触を確かめ、駅へ走る。駅は恐ろしく静かで、いつもと違って客も駅員もいないし、自動改札も反応しなかった。そのままホーム出ると、へもう電車が来る音が聞こえた。いや、電車じゃない。
暗い夜のホームを、線路の向こうから来るライトが照らした。煙突から煙を吐きながら、黒い蒸気機関車が迫ってきて、甲高い音を立てながら停車する。あのとき見たのと違い、貨車じゃなくて客車を曳いていた。
当然、俺はドアを開けてそれに乗り込んだ。椅子に座ると疲れがドッと出る。蒸気の音が聞こえて、列車はゆっくりと動き出した。
「切符を拝見します」
いつの間にか、車掌さんが近くに来ていた。女の車掌……美人だけど、どこか作り物のような顔の。
人間じゃない。そう察して、確かにまたあそこへ行けるんだと確信しながら切符を見せた。車掌さんは小さなパンチで切符に穴を空け、俺に返す。後ろの車両が寝台車になっているから、使っていいと言って。
寝台車なんて初めてだ。疲れた体に鞭打って、用足しを済ませてから向かう。切符に書かれた番号のカーテンを開け、ベッドへ横になった。
狭いがフカフカで、すぐに眠気が襲ってきた。列車の振動や音さえも子守唄みたいに感じる。
「……シノちゃん」
待っててくれ。その言葉を口にするかしないうちに、俺の意識は落ちて行った。
…………
ーー家のことに全部、決着つけたいんだ。もう親や兄貴のために何かしようとは思わないんだけど。
ーーはっきり言ってやらなきゃいけない。俺自身のために。
ーーそれに世話になった人たちには挨拶したいし。
ーーできるだけ早く済ませる。だから、それから……
ーーはい。シノはお待ちしております。
ーー切符です。ぜったいぜったい、無くさないでくださいね。
ーーお兄様は必ず、ここへ帰っていらしてください。
ーーシノの……お婿さんになる、ために。
「……お客様。そろそろですよ」
優しく肩を揺すられ、俺は目を覚ました。あの車掌さんがすぐ近くで、俺の顔を覗き込んでいた。
「おはようございます。後十五分ほどで、唐紅郷です。花嫁さんが待っていますよ」
「あ、ありがとうございます」
車掌さんは俺を起こすだけじゃなくて、濡れ布巾を持ってきてくれた。起き上がって顔を拭くと、今度は櫛で寝癖を直してくれる。花嫁さんに会うのだから、と。
「シノちゃんを知っているんですか?」
「ええ。貴方を丁寧にお連れしてくださいと、一生懸命に頼まれました」
可愛かったなぁ、と微笑む車掌さん。なんか、その光景がすっと頭に浮かんだ。
できる限りに身だしなみを整えて、車掌さんにお礼を言って、列車が停まるのを待つ。窓から見えるあの駅の景色が、妙に懐かしく感じた。一週間ちょっとしか経っていないはずなのに。
ブレーキの音が聞こえ、汽車がスピードを落としながらホームへ入る。『唐紅郷』の駅名が見えた直後、その下に立っている女の子……紅葉柄の着物を着た、あの子が見えた。
ーーお兄様!
小さな口が、そう動いたのが見えた。
俺の乗る客車はあの子の前を通り過ぎたが、程なくして停車した。大急ぎで降りると、雪駄の足音が近づいてくる。
「お兄様っ!」
「シノちゃん!」
嬉しそうに抱きついてきたシノちゃんを、受け止めながら抱っこする。いい匂いが、ふわっと鼻をくすぐる。シノちゃんの髪も柔らかいほっぺも、綺麗な着物も、全て甘い匂いを纏っている。
ああ、帰って来れたんだ。もう俺の居場所は完全にここだったんだ。そう自覚しながら、後頭部で輪っかになったシノちゃんの髪の匂いを吸い込む。。
「お疲れ様でした、お兄様。おかえりなさいませ」
「ただいま、シノちゃん」
そんなに長く離れたわけではないのに、そして知り合ってからの時間もごく短いのに、シノちゃんは目を潤ませて再会を喜んでいる。俺も同じ気持ちだ。この小さな女の子は、そのくらい俺の中で大きな存在になっていた。
車掌さんに改めてお礼を言って、俺たちは……というか俺は歩き出した。シノちゃんが離れたくないと言うので、俺が抱っこしたまま森へ向かったからだ。森の中は相変わらず紅葉していて、風で赤や黄色の葉が飛んでいく。足元にも綺麗な木の葉が積み重なっていた。
「戻って来るまでの間、どうしてた?」
「えっと……」
俺の肩に手を回してしがみついているシノちゃんが、ちょっと恥ずかしそうに笑った。
「お兄様のことを考えながら……ずっと、自分でお股をいじっていました」
「……ずっと?」
「はい。お兄様をお見送りしてから、今日お出迎えにくるまで……ずっと」
「……本当に朝から晩まで?」
「はい。お日様に見られながらお股をいじって、お月様に見られながらお股をいじって、鳥さんたちに朝のご挨拶をしながらお股をいじって……」
恥ずかしそうに、けど楽しそうに話すシノちゃん。どうりで、匂いが濃いわけだ。基本的には同じ所にいる木の精だから、そんなこともできるんだろう。
「とっても気持ちよくて。でもとっても、切なくて」
「待たせちゃって、ごめんな」
頭を撫でてあげると、シノちゃんは嬉しそうに微笑んだ。
「謝らないでください。お兄様にとって、大事なことをなさったのですから」
むわっ、と甘い匂いが強まった。あの時の匂いだ。シノちゃんの股間はもう濡れ始めて、あの蜜が滴っているんだと察した。
俺も勃ってきた。今すぐにまたあんなことをヤってみたい……けど、シノちゃんの木まで行かないと。小さな体をぎゅっと抱きしめて堪え、歩き続ける。多分シノちゃんも我慢していて、俺の肩に爪が食い込むくらい、しっかりとしがみついていた。
ようやく、あの小さなモミジが見えてきた。相変わらず、綺麗な赤に染まっている。俺たちを出迎えるみたいに風で揺れ、ガサガサと音を立てた。
足を止めた瞬間、何かに足首を掴まれた。人の手じゃなくて、もっと硬い物に両足を捕らえられる。
下に目を向けると、それは木の根っこだった。二本、三本と地面から伸びてきて、俺の体に絡みついてくる。それだけじゃなくて、シノちゃんの着物の裾からも根っこが生えてきた。俺の体に巻きつくだけじゃなくて、肌に食い込んでくる。
それでも痛みはないし、シノちゃんが笑顔だから恐怖も感じなかった。
「えっと、お兄様」
体が根っこで覆われて、シノちゃんの体と根っこで繋がっていく。
「シノと、誓いの、接吻を……」
ピンク色の唇が近づいて、俺の口と重なった。小さな舌を一生懸命に入れてくるのが可愛い。頭を撫でたかったけど、もう手が根っこだらけで動かせない。その代わりキスに精一杯応えながら、目を閉じて……
体が森に包まれていくのを感じた。
25/09/22 22:01更新 / 空き缶号
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