野伏賢斗の帰結2
「何日か待ってて。きっと上手く行くから」
その日の夜、マルガがにこやかにそう告げてきた。寝る前にしれっと俺の部屋に現れて、隠してあったエロ本を勝手に読みながら。
「ほほー。ケントって母性溢れる感じのプレイが好きなの? ハリシャが得意だよ、こういうの」
「……」
「あ。さすがに怒ってる?」
「いや、ツッコミ入れる気力が無くなってきた」
こいつら何でもアリすぎる。つーか魔女の装束を着たまま家に来られるとは思わなかった。胸が開きすぎ、というかちょっとジャンプしたらポロリするんじゃないか。
ついでにヘソも出てるし……お菓子食いまくってるのに、お腹スラッとしてるな。ガーターとかふとももとか、たまにパンチラするとか、男の理性を奪いにきてる。そもそもよく考えてみれば、肌の綺麗さからして人間離れしている。童話に出てくる魔女と同じなのはとんがり帽子だけだ。
「あ、それと大事な話を一つ」
エロ本を丁寧にベッドの下へ戻し、マルガは不意に真面目な顔になった。
「後出しでゴメンだけど、願い事を叶えたら代償をもらうから」
「は?」
冷や汗が出た気がする。こいつらは悪いヤツじゃない(と、思いたい)けど、魔女が求める代償って大抵かなりヤバいものじゃないか。人魚姫みたいに声を奪われるとか?
「聞いてねーぞ、そんなこと」
「だからゴメンって。まあボクたちが頂くのはすごく大事なモノだけど、捨てても困らないモノだから安心して」
「……なぞなぞか?」
困惑する俺の前で、マルガはひょこっと立ち上がった。くそ、身長差のせいで目の前におっぱいが来やがる。俺が目を逸らすのに対し、マルガの方は部屋の窓をガラッと開けた。
「中にはお金を払ってまで捨てたがる人もいるくらいだし、ケントも別にどうってことないでしょ。必ずハッピーエンドにしてあげるから、後はお楽しみってことで!」
そういうなり、何でもアリな魔女は窮屈そうに身を屈めて、窓から飛び出した。ここは二階だけど心配はいらない。すぐに四次元スカートの中から箒を出して、ちゃんと窓を閉めてから飛び去った。箒どころか塵取りすら隠せないくらい短いスカートだってのに、物理法則完全無視だ。
町の上を堂々と飛んでいるのに誰も気づかないのは、特定の人以外には姿を隠す魔法を使っているかららしい。立ち食い蕎麦屋で生卵を代わりに食ってやったことがきっかけで、俺がその特定の人に選ばれたわけだ。
多分、願いはちゃんと叶えてもらえるだろう。俺が望んだ通り、美緒とまた仲良くなって、いずれ子供の頃約束したみたいに結婚して、幸せな家族に……と、なるかは分からない。なんかもっとぶっ飛んだことになりそうな気がするし、『代償』の謎もある。後悔したいような、さっき言われた通りハッピーエンドを信じたいような。
だけど一つだけ確かなことがある。俺のクソみたいな日常がぶっ壊されるということだ。
「……やるなら、今のうちだな」
机の引き出しを開け、中に入っているそれを取り出す。バイト代で買った小型カメラ。バッテリーを確認し、壊れないようタオルで包み、カバンに突っ込んだ。
せめて少しくらい、このクソッタレな日常に反撃しておかなきゃ悔しいじゃないか。美緒は俺の行動をどう思うかな……その時になれば分かるか。
手早く寝巻きに着替えて、ベッドに入ろうとしたとき。枕に置かれた、長方形の紙に気づいた。
「う……!」
思わず声を出しちまった。ヌード写真だ。マルガとハリシャ、二人並んでの。
拾ってみると、写真の中の二人が笑顔で手を振ってきた。さすが魔女の写真、めちゃくちゃ動いている。おへそから上だけを写した写真だけど、それだけで十分体つきの綺麗さが分かる。思わず見惚れるくらいの肌の綺麗さ、体の凹凸……特に凸の方。手でおっぱいを持ち上げて見せたり、むにむに寄せたり。すげぇ柔らかそうだ。
『ムラムラしたときに使っていいよ』……裏側にはそう書いてあった。
葛藤の後、俺はその写真をさっきのエロ本に挟んで封印した。美緒のことが今でも好きだと言っておきながら、近い距離にいる女の子をネタにそういうことをするのは……どうなんだと思ったから。
そりゃ人間じゃなくても、魅力的な女の子たちだってことは間違いないけど、あの二人も結局何がしたいんだか。
「えー!? しまっちゃうの!?」
「うおっ!?」
窓をガラッと開け、マルガが文句を言ってきた。こいつ帰ったかと思ったら空中で待機してやがったのか。
「エロいでしょ!? ねえエロいでしょボクたち!?」
「うるせえ! 帰れ痴女! 痴魔女!」
部屋の隅にあったクイッ○ルワイパーで威嚇して追っ払った。手で直接突き飛ばそうものなら、うっかり胸に触ってしまいそうだから。
鍵をかけカーテンも閉め、消灯。よく寝ておかなきゃならない。
明日から学校で、戦争になるかもしれないからな。
……翌朝、駅では二人とも美緒とも出会わなかった。その代わりってわけじゃないけど、登校したら知り合い同士が揉めていた。
一人は朝練後の野球部員。顔面に目立つ青アザができていた。デッドボールだと本人は言い張っているけど、連日新しい怪我ができているのはおかしいだろ。毎日毎日デッドボールを出すほどヘタクソ揃いじゃないはずだ。それに顔以外もズタボロなのはいくらんでもおかしい。
もう一人は俺と同じクラスの鏑木。一言で言えば、昭和時代の不良みたいなヤツ。さすがに髪型はリーゼントとかじゃないが。
「あのクソ教師にやられたんだろ!? いい加減辞めちまえよ!」
「放っておいてくれ!」
ズタボロが鏑木の腕を振り払って、校舎へと駆け出した。周りは生徒も教師も見て見ぬ振り……毎朝この調子だ。
「……鏑木」
「……クソが」
頭を抱えている鏑木に声をかける。奴は俺の方を見ないまま、ボソッと吐き出した。
「……アイツ、昔はマジで、強ぇヤツだったんだよ」
「スポーツ万能で、勉強もできたんだってな」
もう何度も聞いた話だった。俺はズタボロとは大して付き合いも無いけど、鏑木とアイツは幼稚園からの友達だというから。
「正義感強くてさ……みんなのヒーローみてーなヤツだったのに」
「今じゃズタボロだな」
俺たちだけじゃない。他の連中も教師どもも、みんな本当は分かってる。顧問に虐待されているんだ、アイツは。
「なんであんな目に遭って、部活続けてるんだよ……」
「洗脳されてるんだよ」
耐えることに慣らされて、耐える以外に何もできないと思い込んでいる。他の部員も、アイツみたいになりたくないから顧問の言うことを聞いている。それで試合で実績を出してることもあって、他の教員は見て見ぬ振り。
俺と鏑木の関係はせいぜい、まあまあ仲の良い友達って程度だ。あのズタボロとは特に付き合いもない。けど、このことへの感想は全く同じだ。
クソが!
「鏑木。あと何日かかかるかもだけど、何とかできると思う」
「なんとかってどうするんだ? あのクソ教師を埋めちまうってか?」
それができるなら一番手っ取り早いんだけどな。
「まあ見てろって。社会的制裁ってやつを食らわせてやる」
「は? 何だそりゃ……」
俺は詳しく話さなかった。早い話が犯罪になりかねないことだし、巻き込まない方がいい。もう一度「まあ見てろ」と伝え、先に教室へ向かった。
その日もしょうもない日常だった。授業は普通に受けて、友達とどーでもいい話もして、下校する。こんな何気ない日々が大事だって奴もいるだろうし、それを守りたいから余計なことをしたくないという奴もいるだろう。しょうがないことだとは思うけど、俺はもう嫌だ。
だからその後何日か、野球部の部室へ忍び込む機会を窺った。カメラを隠して、虐待の映像をネットに上げて大炎上させてやる。これだって立派な盗撮だろうし、それが正しいことだとは思わないけど、大人が見て見ぬ振りをしてる以上、俺にできるのはこれくらいだ。ただの自己満足だろうけど、やる。
「……あー、クソ」
昼休み。部室の鍵穴から針金を引き抜いて、思わず悪態を吐いた。なかなか気付かれずに忍び込めるタイミングが無いまま日が過ぎて、今日はネットで見た知識でピッキングに挑戦してみたところだ。結果はまあ、自分の不器用さを嘆くだけに終わった。
鏑木は毎日ズタボロに部活を辞めるよう説得している。いいヤツだ。正直、あいつのそんな姿を見なければ、行動を起こす勇気が出たか分からない。けどそれも成果は出ないで、あいつはいよいよクソ教師に直接カチコミをかけようかとまで言っている。いっそあいつに作戦を話して、陽動作戦をやってもらうか。いいヤツだからこそ、犯罪まがいのことに協力させたくはないけど……。
もしくは、魔法に頼るか。マルガとハリシャは一昨日あたりから姿を見せないけど、携帯でメッセージは送られてくる。エロい話とかがほとんどだけど、困ったことがあればいつでも連絡していいと言われてるし……。
「お困りですかー?」
ふいに聞こえた声。心臓が飛び跳ね、弾かれたように後ろを振り向く。
会いたかった相手……けど、このタイミングで出会うとは思ってなかった相手が、そこにいた。
「ケーンちゃんっ」
美緒は昔と同じように、俺の名を呼んだ。
23/08/02 22:06更新 / 空き缶号
戻る
次へ