おひさましずんで
海鳥の声が聞こえる。目を覚ました僕に、障子越しに差し込む夕日が眩しかった。布団の上で左右を見渡し、その和室が現実のものだと再確認する。畳と囲炉裏に、双子の名前と身長が彫られた柱……一瞬夢だったんじゃないかと思ったけど、全て本当のことだった。
ふと、あの柱に近づいて匂いを嗅ぐ。白濁は二人が拭き取ったのか綺麗になっているけど、微かに生臭さが残っていた。あの強烈な快感も、夢じゃなかったんだ。
記憶が途切れていだけど、射精し過ぎた末に眠ってしまったのだろうか。気持ちよかったな、と思いながら、思わず股間を押さえた。
部屋に双子たちの姿は無いけど、彼女たちが布団を用意して、僕を寝かせてくれたのだと思った。ついでにちんちんも綺麗に拭いて、パンツとズボンを穿かせてくれたらしい。
近くにあるくず籠には丸めたちり紙が捨てられている。数は少ないし悪臭もしなかったから、そちらは耳かきを拭いたものだったのだろう。
部屋はとても静かだ。少し不安になり、二人の顔を見たくなる。
体は何だか元気いっぱいだったので、家に上がったときを思い出しながら廊下へ出た。薄暗くて少し肌寒く、木の床は僅かに軋む音を立てた。
「トモネちゃーん! アカネちゃーん!」
試しに呼んでみた。
「……トモネちゃーん、アカネちゃーん!」
数秒待ってもう一回。すると「こっちですよー」と声が聞こえてきた。玄関の反対側からだ。
「どこー?」
「こっちです、お台所ですよー」
声を辿って歩いていくと、パチパチと薪の弾ける音が聞こえた。初めて見る土間の炊事場で、アカネちゃんは竈の前に屈んでいた。
「ご飯炊いてますから、いっしょに食べましょうね」
彼女は小さな胸いっぱいに息を吸い込み、煤けた火吹き竹に口を当てる。僕の耳や股間へ吹き付けられたのとは違う強い息に、火が明るく燃え上がった。
「……トモネちゃんは?」
「おかずのお魚をとりにいってます……すぐにつかまえて、帰ってきますよ」
「僕も何か手伝えること、ある?」
一生懸命働くアカネちゃんに尋ねると、アカネちゃんはまたニコリと笑った。
「ありがとうございます。でもコウキくんはお客さんですから、ゆっくりしててください」
そう言って、再び火吹き竹で火を大きくする。手慣れた様子だった。両親が旅をしていて二人で暮らしているのだから、家事は当然やりなれているし、客が一人来たところで大した問題は無かったのだろう。ましてやこうした昔の道具の使い方なんて、当時の僕にはまるで分からなかった。
「じゃあ……近くにいても、いい?」
「ふふっ……どうぞ」
アカネちゃんは嬉しそうに笑う。どちらかというと、ただ一緒にいたいだけだった。トモネちゃんも早く帰ってこないかな……そう思いながら炊事の様子を見ていると、外へ通じる勝手口が開いた。
「ただいま……きゃっ!?」
トモネちゃんの声がしたけど、僕が振り向いた瞬間、慌てたように戸が閉まった。
どうしたんだろう……様子を見に行こうとすると、アカネちゃんが僕の手を掴んで引き止めた。
「えっと……ちょっと、待っててあげてください……」
困った顔をしているアカネちゃん。どうしたんだろうと思っていると、再び勝手口が開く。
「……ただいま。コウキくん、おきてたんだね」
冷たい風が吹き込んでくる中、何か気恥ずかしそうに笑いながら、トモネちゃんは土間へ入ってくる。日が暮れてきたから寒いだろうに、相変わらず裸足で、しかも雪がついていた。
「トモネちゃん、冷たくないの!?」
思わず心配で聞いてしまった。彼女たちの足はとても綺麗だし、霜焼けになったら大変だ。
「へーきへーき。トモネたち、お靴とかいらないの」
あっけらかんと答えて、近くの布巾で足を拭くトモネちゃん。片手には小さな網を持っていて、そこに大きな魚が三匹入っていた。まだ生きて動いている。
「これ焼くから、いっしょに食べようね……」
水瓶で手を洗い、魚をまな板の方へ持って行くトモネちゃん。魚を包んでいる網はなんだか粘ついた質感で、網目も不揃い……なんとなく、人工物ではないように見えた。
トモネちゃんの足に雪がついていたのを思い出し、ふと外の様子が気になってきた。
勝手口の引き戸をそっと開けてみると、地面に薄く雪が積もっていたものの、もう止んでいる。空は晴れ、雲が夕陽を反射して赤く輝いていた。海の波もキラキラと光り、遠くではその上を走る汽車が煙を吐いている。綺麗な景色だった。
けれど地面の雪目を落とすと、不思議なことに気づいた。アカネちゃんの裸足の足跡が、勝手口のすぐ近くにしかないのだ。それも三つだけで、魚を獲って海から歩いてきた跡がない。
よく見るとその後ろに、ポツポツと小さな穴が沢山あった。傘の先でつついたような穴だ。足跡には見えないけど、海へと続いているようだった。
「コウキくん! 勝手に開けないで!」
突然、強い声で叱られた。反射的に戸を閉め、「ごめん」と謝る。すると怒鳴ったトモネちゃんは、ハッとしたような顔をして、あたふたし始めた。
「ご、ごめんね、大きい声でちゃった……ごめんね……」
「コウキくん、トモネちゃんは、その……怒ったわけじゃないんです……!」
謝るトモネちゃんと、一生懸命に取り繕うアカネちゃん。なんだかいたたまれない気分になった。
「コウキくん、トモネのこと……怖くなった……?」
「そんなことないよ」
即答した。耳かきの多幸感は消えていても、二人への気持ちは変わっていない。
「トモネちゃんもアカネちゃんも……かわいいし……大好き、だよ……」
「……ほんと?」
頷いて見せると、トモネちゃんの顔に笑顔が戻り、アカネちゃんもホッとしたように笑みを浮かべた。二人は「ありがと」と言って僕の頬にキスし、調理に戻った。
なんとなく分かっていた。あの足跡……僕は二人が見られたくないものを、見てしまったのだと。だからもう見てはいけないし、その話もしない方が良いのだと。見るなと言われていたものを見てしまった話は、大抵悲しい結末になると思った。鶴の恩返しとか、神様が死んだ奥さんを連れ戻そうとした話とか。
だから見なかったことにしよう。それがきっと双子たちのためで、僕自身のためでもある。そう思った。
……母の不倫に見て見ぬ振りを続けていた父も、もしかしたら似たようなことを考えていたのかもしれない。
夕食は間もなく出来上がり、僕も食器を出すのは手伝った。こんがりと丁度良く焼けた魚は皮もパリッと香ばしく、その下には薄い脂の層があって、こってりとした味わいだった。ご飯の方は、初めて「おこげ」というのを食べた。硬くて歯にくっつくけど、醤油を少し垂らすと香ばしくて美味しかった。
トモネちゃんとアカネちゃんの食べ方は、当時の僕でも分かるくらい上品。魚の小骨は箸で綺麗に取って、身をほとんど残さず綺麗に食べていた。お嬢様なんだな、と思った。
食べながら、いろいろと話をした。この世界にはどんな町があるか。二人の両親の仕事。オバケの通う学校。
大きな町は巨大な塔になっているらしく、その中に駅や学校があるとか。汽車を走らせているのは動く人形だとか。話を聞くほど、この世界に興味が湧いていった。
食事の後、僕はまだ二人と一緒にいられると思っていた。もしかしたら、また気持ちいいことができるんじゃないかとも期待していた。
けれど。
「ちょっと早いけど、もう寝ようね」
「コウキくんは、このお部屋で寝てください」
耳かきをしてもらい、食事もした、囲炉裏のある部屋。すでに敷いてあった布団を指差して、二人はそう言った。
「お日さまがのぼるまで、ほかのお部屋に入ったり、外に出たりしないでね。お手水だけならいいけど……トモネたちのお部屋にも、入っちゃダメだからね」
別々の部屋で寝る、ということだ。昼間に出会ってから、あれだけくっつき合っていたわけだし、夜も一緒に寝ると思っていた僕は正直がっかりした。
でも双子たちの口調は有無を言わさないもので、どうしても同じ部屋には居られないのだと分かった。また『鶴の恩返し』を思い出し、二人の言う通りにしようと決めた。
「わかった。約束する」
そう答えると二人は安堵したように微笑み、また僕の耳へ『ふー ふー ちゅっ ちゅっ』をしてくれた。
貸してくれた浴衣に着替え、良い気分で布団へ横になる。「おやすみなさい」と告げて、二人は部屋の明かりを消し……出ていった。
一、ニ時間くらいは普通に寝ていたと思う。けれど、一度目が覚めてしまうと、ただ悶々としたまま寝付けなくなった。どうしても、二人としたエッチな遊びが頭を過ってしまう。
自分で股間を弄り、生まれて初めて自慰を行ったけれど、射精には至らず、気が紛れたのも最初だけ。同じ屋根の下に、トモネちゃんとアカネちゃんがいるからだ。オバケの女の子たちの手で精通を迎えたという経験は、それだけ強烈なものだった。二人にしてもらえばもっと気持ちいい、二人に会いたい……その思いだけが肥大化していった。
気がつけば、布団から出て部屋の中をウロウロしていた。動物園のクマみたいに。
そんな不安定な状態がしばらく続き……尿意を覚えた僕は、部屋から出た。廊下には最低限の明かりがあって、トイレの場所は聞いていたから、行って用を足した。けれど、その帰りにふと足を止めてしまった。
二人の部屋の前だ。来てはいけないと言われているけど、もし外からでも、二人の甘い匂いを嗅げたら。それだけで少しは満足できるかもしれないと思ったのだ。
でもさすがに、襖越しではあの繊細な匂いは漂ってこない。中へ入りたい、二人の顔を見たい……寝顔だけ見てすぐ出て行けば、怒られないだろうか。そんなことまで考え始めたときだった。
「……コウキくん、そこにいるの?」
背筋がビクッとした。
「……いるんですね」
「どうしたの……? 眠れないの……?」
オバケである二人には、襖越しでも僕のにおいが分かってしまうらしい。約束を破りかけているのに、声に怒っている様子はない。僕を心配してくれているようにさえ思えた。
だから思い切って、正直に言った。
「……トモネちゃんと、アカネちゃんに……会いたくなって……」
「……もしかして、キモチイイこと、したいの……?」
すっかり見透かされていた。僕の股間が疼いて仕方ないことさえ、感知されていたのかもしれない。恥ずかしくて仕方なかったけど、もう二人の顔を見たい、そこを触ってほしいという欲求を抑えるのは無理だった。
「したい……」
しばらく、返事はなかった。でも何かひそひそと話している声は聞こえ、そして。
「……トモネたちもね、眠れなかったの」
「コウキくんと、同じですね……」
クスクスと笑いながら、二人は襖を開けてくれた。その瞬間、温かい空気と一緒に甘い匂いが漂ってきた。中は暗くで、二人の姿を含めて何も見えない。それでも匂いに誘われて、胸を踊らせて足を踏み入れた。
次の瞬間、すぐ背後で襖を閉められた。廊下から差し込んでいた僅かな光もなくなり、真っ暗になった。
しかし、暗闇の中に四つの、小さな……赤い光を見つけた。双子達の瞳だと気づいた、その瞬間。
「とうっ」
「えいっ」
突然、左右から二人に抱きつかれた。いや、捕まったと言うべきか。オバケの女の子は力が強いと分かってはいたけど、そのときは確かな違和感を感じた。
僕の体を拘束したのは、明らかに人間の手足ではなかったのだ。もっと数が多く、硬くて、ツルツルとした物。
恐怖を感じる間さえなく、暗闇の中で『何か』にがんじがらめにされてしまったのだ。
「あーあ……他のお部屋に入っちゃダメって、言いましたよねぇ……?」
「約束、やぶっちゃったね……コウキくんは悪い子だねー」
耳元で、双子達が囁く。楽しそうに、無邪気に、そして艶かしく。
「い、入れてくれたんじゃ……?」
「ふすま開けただけだもん。入っていいなんて言ってないよぉ……?」
「悪い子には……おしおきです」
ぺちん。音を立てて、アカネちゃんの小さな手が僕のお尻を叩いた。
「ひっ」
思わず情けない声が出た。アカネちゃんはそれが気に入ったのか、さらに叩き続ける。
「トモネも叩いちゃお……えいっ、えいっ♥」
「えい、えい……♥」
二人掛かりで左右の尻を叩かれ、痛くて逃げ出そうにも、動けない。
双子たちに最初感じた、未知への恐怖が、何倍にも蘇ってきた。けれど同時に、期待してしまっている自分もいた。二人が何をしてくれるのか、と。
思えばすでに、彼女たちの巣に囚われていたのかもしれない。
23/02/22 21:41更新 / 空き缶号
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