きかんじょし
……朝日が目にしみる早朝。
まだ空気が冷えている時間に、僕は熱気のこもる空間にいた。けれど不思議とそれは苦にならず、釜の蓋を開けて石炭を投入する作業を淡々とこなす。
ミカドは勇壮な煙を吐きながら、力強く線路上を走っていた。どこまでも続く海の上を、どこまでも伸びる橋。神々と妖怪の暮らす世界で、人間の作った文明の利器が貨車を牽いていく。
「これから行くところはね、龍が治めている街なの」
レバーを操作しながら、サヨさんが楽しげに語る。龍神の都には良い水と良いお米があって、良い酒ができる。それを他の街へ届けるのも、鉄道の仕事だと。
僕は火夫として働くことになった。石炭や水の供給、火加減の調整を行う仕事だ。石炭はただ放り込めば良いというわけではなくて、列車の勾配などを意識して、火室内へ均等にばら撒く必要がある。人間ではないサヨさんは念力のような力を使って1人で運転していたが、今日から僕が助士を務める。練習はさせてもらったが、彼女にいろいろ教わりながら勤務することになる。
狭く暑苦しい空間で力仕事をする、大変な重労働。けれど苦にならないのは、この世界の水の恩恵もあるのだろう。
けれど一番の理由は隣にいてくれる、赤い靴の女の子のおかげだろう。
「サヨさん、こんな感じで大丈夫?」
「うん。上手だよ」
にこやかに笑うサヨさんを見ると、自然と頑張れる。この非日常が日常になっても、それは変わらないだろう。
「あ、そうだ! 向こうに着いたら、一緒に温泉行こうよ。有名なところがあって、寄る時間もあるし」
「その温泉って、やっぱり……」
「混浴だよ?」
……彼女の言葉や仕草に、自然と体が欲情してしまうのも、きっと変わらないだろう。サヨさんは人形だけど、僕の体こそ彼女のおもちゃになってしまったのかもしれない。とても大切にしてもらえるおもちゃに。
「めっ!」
ぺちん、と軽くお尻を叩かれた。
「運転中は集中しなきゃダメだよ?」
「ごめんなさい」
欲情したのを見透かされ、素直に謝った。理不尽といえば理不尽かもしれないけど、こんなやりとりでさえ幸せに感じる。
するとサヨさんはくすっと笑い、僕の頬にそっとキスをしてくれた。
「これで我慢してね? 私も頑張って我慢してるから……♥」
青い瞳に、少し艶っぽさが表れた。もう頑張るしかない。いや、いくらでも頑張れる。どこまでだって行ける。
赤い靴の人形と、黒鉄の機関車と一緒に。
ーーおわり
22/09/26 23:26更新 / 空き缶号
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