「……ほい、お待ちどうさま」

　香ばしい湯気を立てる茶碗が、目の前に置かれた。焼きおにぎりにワサビや鰹節、鮭などを乗せ、煎茶をかけたお茶漬け。

「朝ごはん言うても、もうお昼やなぁ」
「うん……」

　割烹着姿のミヤさんと顔を見合わせ、苦笑する。何回も何回もセックスして、性欲のままひたすら淫らな行為にふけって。お互い眠くなってきたところで、ミヤさんが僕の股間を舐めて、最後に一回に抜いてくれて。
　後は一緒に布団に入って寝た。目覚めたときにはもう日が高くなっていて、先に起きたミヤさんが隣で鰹節を削っているところだった。彼女が「おはよ」と声をかけてくれて、昨日の出来事が夢じゃなかったんだと実感して、思わず涙が出てしまった。

　良い匂いで食欲がそそられる。二人で箸を……同じ柄で色違いの夫婦箸を取り、「いただきます」と言ってお茶漬けをかき込んだ。崩した焼きおにぎりや鰹節の香ばしさに、ワサビの香りがたまらない。お茶の良し悪しなんて分からないけど、ミヤさん曰くとても良いお茶を使ったらしく、本当に美味しかった。

「おいしい？」
「うん、すっごく」
「よかった」

　さらさらとお茶漬けをかき込み、ほっと息を吐いて、ミヤさんは微笑む。

「今日、どないする？　今からやったら、現世行く汽車にもまだ乗れるやろけど……」

　そういえば、今日帰る予定だった。今となってはなんだか、ミヤさんさえいてくれればどっちでもいいような気がしている。
　そんな僕の心中も、もしかしたらミヤさんは分かっているのかもしれない。花のような微笑みを浮かべ、僕を見ている。

「今日は帰らんと、うちとデートしぃひん？　もっともっと、ここ案内したげるで」
「ありがとう。僕もそうしたい」
「よっしゃ、決まりやな」

　ちゅっ、と頬にキスを一つくれた。本当にキスが好きなんだな、と思う。

「なんかええなぁ、こうやって一緒に朝ごはんするの。いつか子供と三人で食べたいなぁ」
「子供？」

　不意に出てきた言葉にきょとんとすると、彼女も同じくきょとんとした顔でこちらを見返す。

「ハルくん、夕べ最後の方、『妊娠して！　妊娠して！』言いながらお射精してたやん」
「あ、ああぁ……」

　恥ずかしさに顔が赤くなる。本心だったし、今でも気持ちは同じだ。彼女との間に子供ができたら嬉しい。でも思い出すとやっぱり恥ずかしい。思わずお茶漬けを勢い良く食べて誤魔化してしまう。

「あはははっ。かわええな、ハルくん」

　楽しげに笑うミヤさんの頬も赤らんでいた。彼女もきっと想像しているのだろう。生まれてくる子はやっぱり、彼女みたいな耳と尻尾を持っているのだろうか。

　そのときふと、昨夜の記憶をもう一つ思い出した。お茶漬けをゆっくり飲みくだし、尋ねてみることにする。

「ねえ、ミヤさん。僕、体は何ともないんだけど」
「んん？」
「呪いって、結局どういうものなの？」
「あー、あれなぁ」

　昨日話したときの神妙な態度とは打って変わって、気楽な様子だ。もしかして嘘や冗談だったのか？

「この世界の女の子と寝てまうと……生きてる間も、死んだ後も、来世でも……」
「どうなるの？」

　食べ終わった箸と茶碗を置いて、僕の目をじっと見て。また頬にキスをしてから、彼女は耳元でそっと囁いた。



「ずーっと、その女の子に付きまとわれる呪いがかかるんよ」
「え……？」



　唖然とした僕を見て、愉快そうに笑って。ミヤさんは畳に三つ指を着き、深々と頭を下げた。

「ふつつか者どすけど、未来永劫よろしゅうおたの申します」
「こ、こちらこそ！」

　互いに頭を下げて、顔を上げて、笑い合う。

　頬にあった傷の痛みが、本当の意味で消えたような気がした。








　ーーおわり

■作者メッセージ

お読みいただき、ありがとうございます。

しかし私は一体どうしてしまったのか。
お茶漬けのようにサラサラっと書いて、さらさらっと読めるSSを書くつもりが、いつの間にか結構なボリュームになっていた。
十代の少年少女の恋愛は甘酸っぱさが大事だと考えているのに、いつの間にか糖分マシマシになっている。
少年少女らしく普通に王道的な性描写を書こうとしたはずが、いつの間にか変態的になっている。

でも、それもまた創作というものかもしれない。
私ではなく、ミヤさんとハルくんがこの話を形作ったのだろう……