ルージュ街の樹医
木々の合間から空を見上げると、雨雲が空を覆い始めていた。ここしばらく晴れの日が続いたので、農場の人たちも雨を待ち望んでいる。精霊や魔物の住む町ではそれほど水不足の心配はないが、やはり自然の雨があると農民は助かるのだ。
地図を取り出し、今いる場所に丸をつける。これでこの付近一帯の診察は完了、病気はなかった。
「いよいよ降ってきそうだな……」
僕は今しがた診察した木にもう一度手を触れた。ゆっくりと息を吐く。心が静まり返っていき、水の中にいるような気分になった。浮遊感とともに視界がゆっくりと暗転する。
微かに水の音が聞こえる。根から吸い上げたそれが太い幹へと伝わっていき、細かな枝まで巡っていく。やがて細かな水の粒として葉の裏から放出される。僕にはその様子が手に取るように分かった。そして蒸散量が普段より減っていることから、やはり雨が近いことも分かる。
もっと深くこの木と繋がれば、木の生い立ちも少しは知ることができる。ぼんやりとした不鮮明なものだが、そうやって森の過去を見るのも悪いものではない。これが持って生まれた僕の能力だ。
だが今はもうすぐ昼食の時間だろうし、ひとまず農場に戻ろう。呼吸を整え、木に一礼してからその場を去った。風に吹かれて葉がざわざわと鳴っている。
鼻先に水滴がぽつりと当たった。やはり降ってきたようだ。だが急いで帰ろうと思った矢先に、僕は気になるものを見つけてしまった。
「へぇ、これはなかなか……」
切り株というのは人の手の入った森には大抵あるもので、別に珍しくはない。だが一面びっしりと苔に覆われ、人間が数人乗ってダンスでもできそうな大きさというのはあまりないだろう。それが森の風景の中で何とも美しく、尊く見えた。
天気のことはこの際忘れることにして、僕はその切り株に駆け寄った。ふんわりと絨毯でもかけたように苔むしており、かなり古いものだと予想できる。この大きさでは相当な巨木だったはずで、切り倒すにも相当苦労しただろう。このルージュ・シティは新興都市だが、昔にもこの地に人がいたのかもしれない。
「ふーむ」
大抵の人は精々、風情があるというだけで済ませるものだろうが、僕はこの切り株に無性に惹き付けられていた。ここまで古いものとなると、もう中は腐って空洞になっているかもしれない。死んだ木はそうやって新たな命を育む養分となるのだ。
普通の樹医ならすでに命を終えた木を患者にはしないが、僕はこの切り株を「診察」してみたいと思った。何か放っておけないようなものを感じたのだ。
苔むした表面に手を置くと、ふわふわとしていて心地よい。目を閉じてゆっくり息を吐き、心を落ち着かせた。完全に死んだ枯れ木なら何も感じないが、生きている木なら僕に応えてくれるはずだ。
とくん、と小さな水の音がした。
地中から切り株の中に水が伝っている。極々わずかな音を立てて根が水を吸っていた。中身は腐ってなどいない。おぼろげではあるが命を感じる。
ここまで苔に覆われながらもまだ生きているなんて。しかもこれだけの大きさとなると、どれだけ昔からここにいたのか。
より深くまで潜る。木の記憶を辿れるくらいまで。木々のざわめきが聞こえ、うっすらと景色が見えてきた。太陽、雨、風、獣……。相当な昔から、この木はすでに切り株になっていたらしい。
さらに記憶を遡っていく。銀色の物が見えた。刃物……斧だ。そこからもっと過去へ行く。何か渦巻いた物が見える。これは何だ。どこかで見た覚えのあるものだ。霞んでいてよく見えないが、代わりに声が聞こえる。唸り声と、甲高い子供の声。
そして……
――貴方を待っていた――
「!」
ハッと目を開けると、雨が降り始めていた。記憶の海から這い上がり、呼吸を整える。
「今のは……?」
辺りを見回しても誰もいない。だが最後に聞こえた透き通るような声は頭にはっきりと残っている。木の記憶にしては鮮明すぎだ。それに何故そう思うかは自分でも分からないが、あの言葉は僕に向けて投げかけられたものだった。
切り株は相変わらず緑の苔に覆われ、雨に打たれている。こんな姿でも静かに生きているのは間違いない。それだけではなく、もしかしたら……。
「カルステン!」
ふいに名前を呼ばれ、駆け足で近づいてくる同僚に気づいた。同じ市営農場で働く友人だ。
「ああ、クルト」
「もうお昼だよ。雨も降ってきたし、一旦戻りなよ」
そう言う彼の体からは微かに血の臭いがした。家畜の解体を終えた後、僕を探しにきてくれたのだろう。切り株のことは気になるが、ここは彼の言う通りにすべきだ。雨具もなしに木を調べて、風邪などひいては仕方ない。
「そうするよ。悪いね、わざわざ」
「構わないって。診察は終わったかい?」
農場に向かって一緒に走りながら、クルトは尋ねてきた。彼は僕の仕事に興味を持っており、よくあれこれと質問を受ける。
「予定のところまではね。病気の木はなかったよ」
「あの切り株も診察してたの?」
「……ああ。あれはまだ生きていたよ」
そう応えると、クルトは「えっ」と声を上げた。
「あんなに苔まみれなのに?」
「水を吸い上げている」
不思議な声のことは言わなかった。彼は裏表のない良い奴だが、そこまで話しても仕方ないだろうし、理解できないだろう。
クルトは感心したように嘆息し、ちらりと後ろを振り返った。切り株の姿が次第に遠くなっていく。
「それにしても、カルステンのそれは不思議な力だね」
「まあね。魔法とも違うみたいで、自分でもよく分からないけど」
……ルージュ・シティの南地区は大半が市営農場と農産物市場、あるいは森で占められている。住人は猟師か、僕らのような農場職員がほとんどだ。一口に職員といっても役割は様々で、クルトは家畜の屠殺・解体、僕は樹医。農場の果樹園のみならず、森林地帯の見回りも僕の仕事だ。森には多くの魔物が住んでいるし、農場の職員にも彼女達と結婚して一緒に住んでいる人が多い。猟師たちにとっては日々の糧を得る大切な場所だ。木々の健康状態を知り、維持に努めるのはとても大切な仕事と言える。
僕がこの町に来た理由は単純に、持って生まれたこの能力を活かしやすいと思ったからだ。人魔共栄を掲げ、種族の隔たりすらない町の方が、こういった力に理解を示す人も多い。教団の権力が強い場所だと、主神から授けられた力以外は『悪魔憑き』などと呼ばれることもある。
実際に来てみれば思った通り差別はなく、領主はヴァンパイアだと聞いて少し怖かったが、とても奇麗で優しい女性だった。それまで見てきた搾取者としての貴族ではなく、「人の上に立つ者」という風格が感じられた。
こうして平穏な生活を手に入れた矢先、不思議な切り株と出会ったのである。
「今日は一日雨っぽいね。しばらく暑かったからありがたいわ」
「だなぁ。俺も丁度魔界イモの収穫が終わったところで良かったよ」
農場の中にある食堂で、従業員たちは思い思いの会話をしながら食事をとる。今日の昼食は『イモ窯煮込み』と呼ばれるオリジナルメニューだ。魔界イモこと『睦びの野菜』は魔界のポピュラーな食材の一つで、その特徴は作り手や育成方法によって様々な品種が生まれることだ。生食用や半透明の物など、その種類は多岐に渡る。
『イモ窯煮込み』の場合は人の背丈ほどの大きな魔界イモの中身をくりぬき、中に鶏肉や野菜、調味料を詰めて特製の巨大鍋で豪快に煮込む。イモに火が通り、中身の味がイモに染みた所で棍棒で叩き割る。そのまま砕いたイモと中身を混ぜれば出来上がりだ。独特の料理方法と併せて人気が高く、南地区以外の住人たちも時折この食堂に食べに来るほどだ。
「そういや私設軍から来月納期で地雷イモの発注がきてたな。偶然できた失敗品種が売れるってのも妙な気分だが……」
「あはは……仕方ないわよ、あれで兵隊さんたちが助かるんだから」
「何せ罠にも非常食にもなる凄い代物だからな。あれに改良を加えて、熱源誘導式多弾頭魔界イモってのを考えてみた」
「お前はイモを何だと思っているんだ」
魔界イモの担当者たちは新品種の開発に余念がない。あまりにもいろいろな物を作れるので、時折その情熱が変な方向へ向く農家もいる。
一方僕は食事をしながらも、あの切り株のことに思いを馳せていた。
「あれが生きているとは……たくましいな、植物は」
クルトの兄、ライジェは感心したように言った。彼は小柄な僕やクルトと違い、かなりがっしりした体躯の男だ。その一方で自然を愛する繊細なナチュラリストでもある。
「いつからあるのか、森の魔物に聞いても分からなかったな」
「うん、あれは相当古い物だよ」
話しながら自分の料理を口へ運ぶ。鶏肉の旨味がホクホクしたイモに染みていて、力の出る味わいだ。
「カルステンの力でも、詳しいことは分からないのかい?」
クルトの言葉に、僕は返答に窮した。不思議な声が聞こえたことを言うべきか、考えあぐねていたのだ。
「……とりあえず、もう少し調べてみることにするよ。何か気になるんだ、あの切り株」
「森の木の診断は?」
「今日やる予定のところまでは終わってる。思ったより早く進んだんだ」
「なら問題無い。俺たちの方もとりわけ忙しいわけじゃないからな」
そう言うライジェの仕事はクルト同様、家畜の解体だ。先祖代々その家業を続けてきたが、その職業ゆえに差別も受けてきたという。僕は動物愛護を無責任に叫ぶ輩は嫌いだ。そういう連中は獣を殺すのが残酷な行為と言っておきながら、植物の命にはさほど興味を持たない。野菜のカブでさえ虫にかじられれば、辛み成分を分泌して身を守ろうとするのに。そして何より、人間同士の戦争には極めて冷淡な奴らが多い。
ライジェとクルトは生きるために命を奪う行為と向き合っているからこそ、自然の大切さ、命の尊さを理解している。付き合っていて気分がいいと感じる数少ない人間だ。
「まだ雨は降り続けるみたいだし、ツェルトバーン着ていきなよ。僕らはもう屋内仕事だし」
「ありがとう。ところでペトナさんとウルリケさんは?」
「二人で風呂だ。女にいつまでも血なまぐさい格好はさせていられないからな」
苦笑するライジェ。彼らの夫婦仲は極めて良好なようだ。
………
……
…
強さを増した雨の中、僕はまた切り株と向き合っていた。ツェルトバーンと呼ばれる三角形の雨具は町の私設軍でも使われているもので、数枚繋ぎ合わせてテントにもなる。以前この町に来た異世界人とやらが伝えたものらしい。一枚だけでも支柱で立てて雨よけには使えるので、切り株近くに設置しておくことにした。地面には防水魔法のかけられた布を敷き、気休め程度だが濡れないようにした。
これである程度雨をしのぎながら『診察』することができる。
「僕を待っていた……か」
あの不思議な声は幻聴ではない。意思を持った何かが僕に向けて発したものだ。
切り株に手を触れると、表面の苔はじっとりと濡れていた。もしかしたらこの苔が光合成を行い、切り株へ養分を与えているのかもしれない。切り株自体が生きているのは確かなのだ。ならば僕に声をかけてきた「何か」はきっと、この中にいる。
「……確かめよう」
目を閉ざし、僕はゆっくりと息を吐いた。木の精神へ入り込むために。あの声の主と会うために。
切り株が水を吸い上げる音が聞こえる。ほんの僅かだが、間違いなくこの木は生きている。
水の中にいるような感覚に身を委ねる。もっと深い所へ……深い所へ……
――来てくれたのね――
「あっ……!」
僕は思わず声を上げた。声が聞こえただけではない、何かが頬に触れたのだ。柔らかく暖かな……女性の手の感触。
『彼女』は目の前にいた。儚げな美しい眼差し、白く瑞々しい肌、そして緑色の、長く艶やかな髪。僕の頬を撫でる手つきはとても優しく、体から力が抜けそうだった。
何よりも目を引いたのはその体つきだ。緑色の薄いヴェールのような服が彼女の体を透かしており、豊かな胸の形を恥ずかしげもなく見せつけている。曲線を描く腰つきも、奇麗な鎖骨のラインも、全て見ることができた。
声をかけてきたのは彼女に違いない。だが目の前にいるにも関わらず、僕は夢を見ているのだと思った。その姿はあまりにも近かったのだ。僕が心の奥底で描いていた、理想の女性像に。
「……貴方を、待っていた」
鈴の鳴るような声で、彼女は告げた。細い指先で僕の頬を撫でながら。
「あなたは……!?」
そのとき僕は周囲の異様さに気づいた。雨の森の中にいたはずなのに、周囲から木々の姿は消えている。立てかけておいたツェルトバーンもだ。辺りは濃い霧に覆われ、眼前の女性の姿しか見えない。
普通なら不安で胸が一杯になるだろう。発狂しかけるかもしれない。だが僕はその前に再び、女性の美しさに目を奪われていた。彼女がそっと身を寄せてきたからだ。
「う……」
その柔らかな体が触れた瞬間、体から力が抜けた。毒や病気によるものではない。むしろ触れられた途端にすーっと気分が良くなり、安心感が胸一杯に広がったのだ。
そんな力を持つ、何か爽やかな香りが彼女から放たれている。記憶を辿り、しばらく考えてようやく思い出した。これは木が身を守るために出す香りであると。
木は傷つけられると病害虫を退ける成分を自分で作り出し、放出する。だがそれは人間には無害で、むしろ癒しを与えるのだ。女性の体から放たれているというのは普通ならばあり得ないが、僕には思い当たることが一つあった。
「ほら……」
優しく微笑み、彼女は僕を抱きしめてくれた。瑞々しく柔らかい体が密着してきた瞬間、多幸感が胸一杯に湧いてくる。いい匂いのする髪が顔に触れ、弾力のある乳房が僕の胸板でひしゃげた。
いつの間にか僕は裸になっていた。肌を覆う物は一切なくなり、彼女の体が素肌に擦れてくる。胸の高鳴りが止まらないのに、彼女の香りが僕の心に癒しをくれたから、怖くなかった。
少しだけ勇気を出して、僕も彼女を抱きしめた。その瞬間に幸せな気分が胸一杯に広がる。兵士が長い出征を終えて故郷へ帰ってきたときのような、子供が生き別れの母親と再会したかのような、そんな安心感が体を包んだ。
彼女の腰に手を回し、髪を撫で、頬をすり寄せる。気持ちいい。
「ん……」
自然と唇が重なった。彼女の舌が口に入り込んでくる。握手をするように舌を絡め合い、柔らかな唇を楽しむ。
そのままゆっくりと押し倒されたが、やはり恐怖心はない。彼女が危険な存在ではないと確信していた。教団が吹聴している、色香で男を惑わして喰らうような存在ではない。僕は今まで人間相手に心を許したことはない。ライジェやクルトは良い奴だし友達でもあるが、それでもやはり人間だった。目の前にいる彼女は僕が唯一、この世で完全に心を許せる存在。
つまり、植物なのだ。
押し倒された僕の体は何の衝撃もなく横になった。唇が離れ、唾液がねっとりと糸を引く。
もっとキスしていたい……そんな切ない感覚がわき起こったが、すぐに消えた。彼女が服を脱ぎ去ったからだ。いや、脱いだという表現は適当ではなかっただろう。ただでさえ肢体が透けて見えた薄い服は一瞬で消え去り、周囲の霞と同化するかのように跡形もなくなってしまった。後に残ったのは彼女の、白い、瑞々しい裸体のみ。
彼女がゆっくりと立ち上がり、僕を見下ろした。とてもやさしい眼差し。柔らかく揺れ動く胸。すらりとした腕。
そして脚の間にある、ぴったりと閉じた割れ目……雌しべだ。人間なら別の呼び方をするだろうが、僕は彼女のそれは雌しべだと思った。
くるりと後ろを向き、彼女は腰を降ろした。僕の顔の上に、お尻と雌しべが来るように。目と鼻から数センチ先にそれらがあり、とても良い香りを放っている。こんなに興奮するような状況があるだろうが。彼女がもう少し力を抜けば、それらは僕の顔に密着してしまうだろう。恍惚状態に陥りながら、僕は夢見心地でお尻の丸みと、雌しべの香りを味わった。
「……飲んで」
優しい声がそう言った。すると雌しべの割れ目から、ぽたり、ぽたりと液が滴り、僕の顔にかかった。おしっこ、と思ったが違う。それはねっとりと粘り気があり、僕の顔にこびりついて、甘く清々しい香りを放っているのだ。
まるで蜜、または樹液。僕は口を大きく開けて、滴ってくる樹液を飲んだ。それが舌についた瞬間、胸がスーッとするような気持ちのいい甘さが広がった。ペパーミントのように爽やかだが、刺激や癖のない、不思議な味だ。
「あ……!」
ふいに、彼女の手が僕に触れた。下半身の、一番敏感な所にだ。労るような優しい手つきで僕の雄しべを撫で擦り、木が水を吸い上げるようにゆっくりと、快楽を与えてくれる。
彼女の息が雄しべの先端にかかった。くすぐったさに体がピクリと震える。それを楽しむかのように、彼女は雄しべを柔らかに刺激してくるのだ。
雌しべからは相変わらず樹液が滴っている。僕はいつしか彼女のお尻を掴んで引き寄せ、直接ソコに口をつけて味わっていた。雌しべのピンク色の洞窟に舌をねじ込むと、より多くの樹液がとろとろと垂れてくる。それを味わい、飲み干していく。
「んっ……いいわ……とても、イイ……♥」
艶かしく喘ぎながら、彼女はすべすべした手で奉仕を続けた。樹液の味と雌しべの卑猥さ、お尻の柔らかさと相まって、たまらない快感がわき起こる。玉袋の中からそれがこみ上げてくるまで時間はかからなかった。
「……だめ」
だが、もう少しでそれを出してしまうというところで、彼女は雄しべから手を離してしまった。一番気持ちいいであろう瞬間をお預けにされ、雄しべが急に寂しい感覚に襲われる。そして魅惑的なお尻と雌しべも、僕の顔から離れた。それでも僕の舌はずっと、雌しべを掻き回して樹液を舐める動きを続けていた。
そんな僕の顔を覗き込み、彼女は雌しべの割れ目を指で広げてみせた。樹液滴る、ピンクの肉洞を。それだけで、彼女の言いたいことは分かった。
「ココに……ね?」
「……うん。出したい」
僕たちは手を繋いだ。腰の上に跨がって、彼女はゆっくりと、雌しべと雄しべを接触させる。
「あぁ……」
「ん……♥」
互いに悩ましい息を吐きながら、彼女がさらに腰を降ろす。ねっとりと樹液をはらんだそこは僕の雄しべを滑らかに、そして温かく受け入れた。
「入っ、たぁ……♥」
うっとりと呟く彼女だが、僕はそれどころではなかった。先ほど味わった不思議な樹液が、柔らかな肉洞の中で雄しべに絡み付いてくる。ゆっくりと脈動する彼女の内側は、極限まで高められていた雄しべに止めを刺すのに十分すぎる気持ちよさだった。
口を開いたものの、僕は言葉を出すことができなかった。代わりに雄しべが激しく脈打った。こみ上げてきたものが迸り、雌しべの中を流れ出していく。自然と頬が緩んでしまうような、そんな開放的な射精だった。いや、受粉というのだろうか。全てが彼女の中へと、吸い上げられて行く。
「あ……あんっ……♥ そう、これ……これよ……♥」
すぐに出してしまったにも関わらず、彼女は嬉しそうだった。そして雌しべに抱かれた僕の雄しべは萎えることなど知らず、尚も怒張したまま肉洞と樹液に揉まれている。
「ね、もっと……そう、もっとしましょう……貴方を、待っていたの……♥」
笑顔に涙を浮かべながら、彼女がゆっくりと腰を動かす。樹液が卑猥な音を立てながら雄しべに絡み付いてくる。そして肉洞は彼女の優しさが表れているかのように、まろやかな刺激を雄しべに与えてきた。再びこみ上げてくるまで、ほんの少しの時間しか必要なかった。
「うん、僕も……あなたに、会うために……」
生まれてきたんだ。
その言葉はまたもや、射精の快楽によって声にならなかった。それを解き放っている間もずっと、彼女は腰を振っていた。恍惚に浸りながらも貪欲に精を吸い上げる彼女に、僕は喜んで受粉していく。雄しべと雌しべはまるで一つになったような一体感を生み出しており、それがたまらなく気持ちいい。
彼女もまた絶頂に達した。溢れた樹液を僕の胸に塗りたくり、マッサージしながら交わり続ける。
ときおり雄しべを雌しべから抜き、その豊満な胸で挟み込んで可愛がってくれた。僕が疲れてくると樹液を飲ませてくれた。
何度も何度も、数えるのが面倒になるくらい、僕は雌しべに受粉を行った。彼女も何度もうっとりと恍惚に浸りながら絶頂に達した。いつしか、僕の雄しべからは精が、彼女の雌しべからは樹液が止めどなく流れ出るようになった。
良い香りの樹液が周囲に溜まり、小さな池になっていく。だが精は一滴残らず、彼女の中に吸い上げられていくのだ。
「あ、はぁ♥ んっ♥ きもち、いい……♥」
「僕も、ああっ……あなたが、気持ちいい……!」
むせ返るような芳香に包まれ、僕は彼女と一つになっていった。
次第に僕の肌は硬く黒い樹皮に、指は枝に変じていくような、そんな錯覚を感じた。
それはあながち、錯覚ではないのだろう……。
………
……
…
どれほど時が経ったのだろうか。
温かく、甘い。まるで母体のような安心感。ここでは時間など、有って無いものかもしれない。
樹液の泉の中で、僕は目を覚ました。霞に包まれたその泉に半身を漬け、彼女はちゃんとそこにいた。裸で、そして、小さな女の子を抱きながら。
「……生まれたんだね」
「ええ」
幸せそうに微笑む彼女。その豊かな乳房に、緑の髪の女の子が吸い付いている。生まれたばかりのはずなのにもう体は成長しており、ちゃんと二本の脚で立って、美味しそうに母親のミルクを飲んでいた。
彼女は空いている乳房を手で持ち上げ、僕を見つめてきた。遠慮なく、僕もそれに吸い付く。
つんとした乳首を吸うと、とろりと濃厚なミルクが染み出して来た。元気が出る甘味だ。
「わたし、幸せよ……貴方のおかげで、また……」
僕の頬を撫でながら言う彼女。幸せなのは僕の方だ。ようやく、自分が生まれてきた意味を、あの力を持っていた意味を見つけられたのだから。そして何より、彼女を救うことができたのだから。
乳首が口から離れる。僕と娘は初めて目を合わせた。彼女によく似た緑の瞳には無邪気な光が宿り、僕を見てニコリと微笑む。
「パパ」
嬉しそうに僕を呼び、抱きついてくる娘。たまらなく可愛らしくて、その頭を何度も撫でた。
ふいに、股間がくすぐったくなる。娘が小さな手で、仕切りに僕の雄しべをまさぐっていたのだ。白い頬に赤みが差し、娘は僕をじっと見つめている。
「三人でしようか」
そう言うと、二人とも喜んで頷いた。
実の娘とそういうことをするのに、全く背徳感は湧かなかった。彼女たちはそういう存在なのだと僕には分かっている。そしてカルステンという人間だった僕もまた、その中に取り込まれた存在。
何をすべきなのかは分かっている。母親としたことを、娘にもしてやればいい。
妻は娘を抱っこして、その小さな雌しべに指を這わせた。未成熟に思われた娘の雌しべはたちまち樹液を垂れ流し、母と同じピンクの肉洞を見せてくれた。
「……パパ」
抱きかかえられたまま、娘は股を閉じたり開いたりしながら、潤んだ瞳で見つめてくる。もう一度その頭を優しく撫でて、雌しべに雄しべをあてがってやると、娘は仕合せそうににっこりと微笑んだ。
「ほら、入るよ」
僕は腰を進め、それに合わせて妻も娘の小さなお尻をゆっくりと押し出す。小さな雌しべは締め付けはきつかったが、それでもしっかりと僕の雄しべを受け入れてくれた。
「大丈夫?」
「あっ♥ んんっ……ウン、へいき……♥」
涙を流して喘ぐ娘だが、その涙が嬉しさと気持ちよさからであることも分かる。根元までしっかり入ると、僕は腰を前後させた。幼い娘の内側は一生懸命に雄しべを気持ちよくしようと、締め付け、収縮し、樹液を滴らせる。
そんな娘を応援するように、妻が娘の体を揺り動かす。僕の腰の動きに合わせて、お互いがうんと気持ちよくなるように。
「パパ……パパぁ……♥」
幼い樹霊は雌しべに受ける快楽によがり、甘えるように抱きついてくる。こんな可愛い仕草を見せられ、その行為を最愛の妻に見守られているのだから、高まるのもあっという間だ。
僕は妻と目を合わせ、こみ上げてきたものを解き放った。
「あンっ……ああんっ……ふあぁ♥」
途端に雌しべの締め付けがきゅーっときつくなり、迸った精を吸い上げていく。娘は雄しべの脈打ちが止まるまで、僕の胸に顔を埋めていた。
樹液がたらたらと滴り、娘が顔を上げた。蕩けた表情だった。妻がその頭を撫でて、良い子だと褒めてやる。そして口元に乳首を近づけ、ミルクをのませてあげるのだった。
「二人で、この子を……」
「そうだね。一緒に育てよう」
授乳する彼女の目を見て、僕は改めて決心した。この子を立派に育てていこう。そのために僕の精をありったけ与えてあげようと。
この子が大きく、天を衝くほど高くなって、あの平和な森と町を見守れるように。僕と彼女を引き合わせてくれた、ルージュ・シティを守れるように。
でも。
もちろん、最愛の妻である彼女とも……。
「ねぇ」
僕は彼女に雄しべを差し出した。
妻も嬉しそうに、自分の雌しべを指で広げる。
娘は乳房から口を離し、わくわくした表情で僕らを見つめている。
これから永劫に続く、彼女たちとの生活。それを思って、僕は生まれてきた喜びを噛み締めていた。
――fin
地図を取り出し、今いる場所に丸をつける。これでこの付近一帯の診察は完了、病気はなかった。
「いよいよ降ってきそうだな……」
僕は今しがた診察した木にもう一度手を触れた。ゆっくりと息を吐く。心が静まり返っていき、水の中にいるような気分になった。浮遊感とともに視界がゆっくりと暗転する。
微かに水の音が聞こえる。根から吸い上げたそれが太い幹へと伝わっていき、細かな枝まで巡っていく。やがて細かな水の粒として葉の裏から放出される。僕にはその様子が手に取るように分かった。そして蒸散量が普段より減っていることから、やはり雨が近いことも分かる。
もっと深くこの木と繋がれば、木の生い立ちも少しは知ることができる。ぼんやりとした不鮮明なものだが、そうやって森の過去を見るのも悪いものではない。これが持って生まれた僕の能力だ。
だが今はもうすぐ昼食の時間だろうし、ひとまず農場に戻ろう。呼吸を整え、木に一礼してからその場を去った。風に吹かれて葉がざわざわと鳴っている。
鼻先に水滴がぽつりと当たった。やはり降ってきたようだ。だが急いで帰ろうと思った矢先に、僕は気になるものを見つけてしまった。
「へぇ、これはなかなか……」
切り株というのは人の手の入った森には大抵あるもので、別に珍しくはない。だが一面びっしりと苔に覆われ、人間が数人乗ってダンスでもできそうな大きさというのはあまりないだろう。それが森の風景の中で何とも美しく、尊く見えた。
天気のことはこの際忘れることにして、僕はその切り株に駆け寄った。ふんわりと絨毯でもかけたように苔むしており、かなり古いものだと予想できる。この大きさでは相当な巨木だったはずで、切り倒すにも相当苦労しただろう。このルージュ・シティは新興都市だが、昔にもこの地に人がいたのかもしれない。
「ふーむ」
大抵の人は精々、風情があるというだけで済ませるものだろうが、僕はこの切り株に無性に惹き付けられていた。ここまで古いものとなると、もう中は腐って空洞になっているかもしれない。死んだ木はそうやって新たな命を育む養分となるのだ。
普通の樹医ならすでに命を終えた木を患者にはしないが、僕はこの切り株を「診察」してみたいと思った。何か放っておけないようなものを感じたのだ。
苔むした表面に手を置くと、ふわふわとしていて心地よい。目を閉じてゆっくり息を吐き、心を落ち着かせた。完全に死んだ枯れ木なら何も感じないが、生きている木なら僕に応えてくれるはずだ。
とくん、と小さな水の音がした。
地中から切り株の中に水が伝っている。極々わずかな音を立てて根が水を吸っていた。中身は腐ってなどいない。おぼろげではあるが命を感じる。
ここまで苔に覆われながらもまだ生きているなんて。しかもこれだけの大きさとなると、どれだけ昔からここにいたのか。
より深くまで潜る。木の記憶を辿れるくらいまで。木々のざわめきが聞こえ、うっすらと景色が見えてきた。太陽、雨、風、獣……。相当な昔から、この木はすでに切り株になっていたらしい。
さらに記憶を遡っていく。銀色の物が見えた。刃物……斧だ。そこからもっと過去へ行く。何か渦巻いた物が見える。これは何だ。どこかで見た覚えのあるものだ。霞んでいてよく見えないが、代わりに声が聞こえる。唸り声と、甲高い子供の声。
そして……
――貴方を待っていた――
「!」
ハッと目を開けると、雨が降り始めていた。記憶の海から這い上がり、呼吸を整える。
「今のは……?」
辺りを見回しても誰もいない。だが最後に聞こえた透き通るような声は頭にはっきりと残っている。木の記憶にしては鮮明すぎだ。それに何故そう思うかは自分でも分からないが、あの言葉は僕に向けて投げかけられたものだった。
切り株は相変わらず緑の苔に覆われ、雨に打たれている。こんな姿でも静かに生きているのは間違いない。それだけではなく、もしかしたら……。
「カルステン!」
ふいに名前を呼ばれ、駆け足で近づいてくる同僚に気づいた。同じ市営農場で働く友人だ。
「ああ、クルト」
「もうお昼だよ。雨も降ってきたし、一旦戻りなよ」
そう言う彼の体からは微かに血の臭いがした。家畜の解体を終えた後、僕を探しにきてくれたのだろう。切り株のことは気になるが、ここは彼の言う通りにすべきだ。雨具もなしに木を調べて、風邪などひいては仕方ない。
「そうするよ。悪いね、わざわざ」
「構わないって。診察は終わったかい?」
農場に向かって一緒に走りながら、クルトは尋ねてきた。彼は僕の仕事に興味を持っており、よくあれこれと質問を受ける。
「予定のところまではね。病気の木はなかったよ」
「あの切り株も診察してたの?」
「……ああ。あれはまだ生きていたよ」
そう応えると、クルトは「えっ」と声を上げた。
「あんなに苔まみれなのに?」
「水を吸い上げている」
不思議な声のことは言わなかった。彼は裏表のない良い奴だが、そこまで話しても仕方ないだろうし、理解できないだろう。
クルトは感心したように嘆息し、ちらりと後ろを振り返った。切り株の姿が次第に遠くなっていく。
「それにしても、カルステンのそれは不思議な力だね」
「まあね。魔法とも違うみたいで、自分でもよく分からないけど」
……ルージュ・シティの南地区は大半が市営農場と農産物市場、あるいは森で占められている。住人は猟師か、僕らのような農場職員がほとんどだ。一口に職員といっても役割は様々で、クルトは家畜の屠殺・解体、僕は樹医。農場の果樹園のみならず、森林地帯の見回りも僕の仕事だ。森には多くの魔物が住んでいるし、農場の職員にも彼女達と結婚して一緒に住んでいる人が多い。猟師たちにとっては日々の糧を得る大切な場所だ。木々の健康状態を知り、維持に努めるのはとても大切な仕事と言える。
僕がこの町に来た理由は単純に、持って生まれたこの能力を活かしやすいと思ったからだ。人魔共栄を掲げ、種族の隔たりすらない町の方が、こういった力に理解を示す人も多い。教団の権力が強い場所だと、主神から授けられた力以外は『悪魔憑き』などと呼ばれることもある。
実際に来てみれば思った通り差別はなく、領主はヴァンパイアだと聞いて少し怖かったが、とても奇麗で優しい女性だった。それまで見てきた搾取者としての貴族ではなく、「人の上に立つ者」という風格が感じられた。
こうして平穏な生活を手に入れた矢先、不思議な切り株と出会ったのである。
「今日は一日雨っぽいね。しばらく暑かったからありがたいわ」
「だなぁ。俺も丁度魔界イモの収穫が終わったところで良かったよ」
農場の中にある食堂で、従業員たちは思い思いの会話をしながら食事をとる。今日の昼食は『イモ窯煮込み』と呼ばれるオリジナルメニューだ。魔界イモこと『睦びの野菜』は魔界のポピュラーな食材の一つで、その特徴は作り手や育成方法によって様々な品種が生まれることだ。生食用や半透明の物など、その種類は多岐に渡る。
『イモ窯煮込み』の場合は人の背丈ほどの大きな魔界イモの中身をくりぬき、中に鶏肉や野菜、調味料を詰めて特製の巨大鍋で豪快に煮込む。イモに火が通り、中身の味がイモに染みた所で棍棒で叩き割る。そのまま砕いたイモと中身を混ぜれば出来上がりだ。独特の料理方法と併せて人気が高く、南地区以外の住人たちも時折この食堂に食べに来るほどだ。
「そういや私設軍から来月納期で地雷イモの発注がきてたな。偶然できた失敗品種が売れるってのも妙な気分だが……」
「あはは……仕方ないわよ、あれで兵隊さんたちが助かるんだから」
「何せ罠にも非常食にもなる凄い代物だからな。あれに改良を加えて、熱源誘導式多弾頭魔界イモってのを考えてみた」
「お前はイモを何だと思っているんだ」
魔界イモの担当者たちは新品種の開発に余念がない。あまりにもいろいろな物を作れるので、時折その情熱が変な方向へ向く農家もいる。
一方僕は食事をしながらも、あの切り株のことに思いを馳せていた。
「あれが生きているとは……たくましいな、植物は」
クルトの兄、ライジェは感心したように言った。彼は小柄な僕やクルトと違い、かなりがっしりした体躯の男だ。その一方で自然を愛する繊細なナチュラリストでもある。
「いつからあるのか、森の魔物に聞いても分からなかったな」
「うん、あれは相当古い物だよ」
話しながら自分の料理を口へ運ぶ。鶏肉の旨味がホクホクしたイモに染みていて、力の出る味わいだ。
「カルステンの力でも、詳しいことは分からないのかい?」
クルトの言葉に、僕は返答に窮した。不思議な声が聞こえたことを言うべきか、考えあぐねていたのだ。
「……とりあえず、もう少し調べてみることにするよ。何か気になるんだ、あの切り株」
「森の木の診断は?」
「今日やる予定のところまでは終わってる。思ったより早く進んだんだ」
「なら問題無い。俺たちの方もとりわけ忙しいわけじゃないからな」
そう言うライジェの仕事はクルト同様、家畜の解体だ。先祖代々その家業を続けてきたが、その職業ゆえに差別も受けてきたという。僕は動物愛護を無責任に叫ぶ輩は嫌いだ。そういう連中は獣を殺すのが残酷な行為と言っておきながら、植物の命にはさほど興味を持たない。野菜のカブでさえ虫にかじられれば、辛み成分を分泌して身を守ろうとするのに。そして何より、人間同士の戦争には極めて冷淡な奴らが多い。
ライジェとクルトは生きるために命を奪う行為と向き合っているからこそ、自然の大切さ、命の尊さを理解している。付き合っていて気分がいいと感じる数少ない人間だ。
「まだ雨は降り続けるみたいだし、ツェルトバーン着ていきなよ。僕らはもう屋内仕事だし」
「ありがとう。ところでペトナさんとウルリケさんは?」
「二人で風呂だ。女にいつまでも血なまぐさい格好はさせていられないからな」
苦笑するライジェ。彼らの夫婦仲は極めて良好なようだ。
………
……
…
強さを増した雨の中、僕はまた切り株と向き合っていた。ツェルトバーンと呼ばれる三角形の雨具は町の私設軍でも使われているもので、数枚繋ぎ合わせてテントにもなる。以前この町に来た異世界人とやらが伝えたものらしい。一枚だけでも支柱で立てて雨よけには使えるので、切り株近くに設置しておくことにした。地面には防水魔法のかけられた布を敷き、気休め程度だが濡れないようにした。
これである程度雨をしのぎながら『診察』することができる。
「僕を待っていた……か」
あの不思議な声は幻聴ではない。意思を持った何かが僕に向けて発したものだ。
切り株に手を触れると、表面の苔はじっとりと濡れていた。もしかしたらこの苔が光合成を行い、切り株へ養分を与えているのかもしれない。切り株自体が生きているのは確かなのだ。ならば僕に声をかけてきた「何か」はきっと、この中にいる。
「……確かめよう」
目を閉ざし、僕はゆっくりと息を吐いた。木の精神へ入り込むために。あの声の主と会うために。
切り株が水を吸い上げる音が聞こえる。ほんの僅かだが、間違いなくこの木は生きている。
水の中にいるような感覚に身を委ねる。もっと深い所へ……深い所へ……
――来てくれたのね――
「あっ……!」
僕は思わず声を上げた。声が聞こえただけではない、何かが頬に触れたのだ。柔らかく暖かな……女性の手の感触。
『彼女』は目の前にいた。儚げな美しい眼差し、白く瑞々しい肌、そして緑色の、長く艶やかな髪。僕の頬を撫でる手つきはとても優しく、体から力が抜けそうだった。
何よりも目を引いたのはその体つきだ。緑色の薄いヴェールのような服が彼女の体を透かしており、豊かな胸の形を恥ずかしげもなく見せつけている。曲線を描く腰つきも、奇麗な鎖骨のラインも、全て見ることができた。
声をかけてきたのは彼女に違いない。だが目の前にいるにも関わらず、僕は夢を見ているのだと思った。その姿はあまりにも近かったのだ。僕が心の奥底で描いていた、理想の女性像に。
「……貴方を、待っていた」
鈴の鳴るような声で、彼女は告げた。細い指先で僕の頬を撫でながら。
「あなたは……!?」
そのとき僕は周囲の異様さに気づいた。雨の森の中にいたはずなのに、周囲から木々の姿は消えている。立てかけておいたツェルトバーンもだ。辺りは濃い霧に覆われ、眼前の女性の姿しか見えない。
普通なら不安で胸が一杯になるだろう。発狂しかけるかもしれない。だが僕はその前に再び、女性の美しさに目を奪われていた。彼女がそっと身を寄せてきたからだ。
「う……」
その柔らかな体が触れた瞬間、体から力が抜けた。毒や病気によるものではない。むしろ触れられた途端にすーっと気分が良くなり、安心感が胸一杯に広がったのだ。
そんな力を持つ、何か爽やかな香りが彼女から放たれている。記憶を辿り、しばらく考えてようやく思い出した。これは木が身を守るために出す香りであると。
木は傷つけられると病害虫を退ける成分を自分で作り出し、放出する。だがそれは人間には無害で、むしろ癒しを与えるのだ。女性の体から放たれているというのは普通ならばあり得ないが、僕には思い当たることが一つあった。
「ほら……」
優しく微笑み、彼女は僕を抱きしめてくれた。瑞々しく柔らかい体が密着してきた瞬間、多幸感が胸一杯に湧いてくる。いい匂いのする髪が顔に触れ、弾力のある乳房が僕の胸板でひしゃげた。
いつの間にか僕は裸になっていた。肌を覆う物は一切なくなり、彼女の体が素肌に擦れてくる。胸の高鳴りが止まらないのに、彼女の香りが僕の心に癒しをくれたから、怖くなかった。
少しだけ勇気を出して、僕も彼女を抱きしめた。その瞬間に幸せな気分が胸一杯に広がる。兵士が長い出征を終えて故郷へ帰ってきたときのような、子供が生き別れの母親と再会したかのような、そんな安心感が体を包んだ。
彼女の腰に手を回し、髪を撫で、頬をすり寄せる。気持ちいい。
「ん……」
自然と唇が重なった。彼女の舌が口に入り込んでくる。握手をするように舌を絡め合い、柔らかな唇を楽しむ。
そのままゆっくりと押し倒されたが、やはり恐怖心はない。彼女が危険な存在ではないと確信していた。教団が吹聴している、色香で男を惑わして喰らうような存在ではない。僕は今まで人間相手に心を許したことはない。ライジェやクルトは良い奴だし友達でもあるが、それでもやはり人間だった。目の前にいる彼女は僕が唯一、この世で完全に心を許せる存在。
つまり、植物なのだ。
押し倒された僕の体は何の衝撃もなく横になった。唇が離れ、唾液がねっとりと糸を引く。
もっとキスしていたい……そんな切ない感覚がわき起こったが、すぐに消えた。彼女が服を脱ぎ去ったからだ。いや、脱いだという表現は適当ではなかっただろう。ただでさえ肢体が透けて見えた薄い服は一瞬で消え去り、周囲の霞と同化するかのように跡形もなくなってしまった。後に残ったのは彼女の、白い、瑞々しい裸体のみ。
彼女がゆっくりと立ち上がり、僕を見下ろした。とてもやさしい眼差し。柔らかく揺れ動く胸。すらりとした腕。
そして脚の間にある、ぴったりと閉じた割れ目……雌しべだ。人間なら別の呼び方をするだろうが、僕は彼女のそれは雌しべだと思った。
くるりと後ろを向き、彼女は腰を降ろした。僕の顔の上に、お尻と雌しべが来るように。目と鼻から数センチ先にそれらがあり、とても良い香りを放っている。こんなに興奮するような状況があるだろうが。彼女がもう少し力を抜けば、それらは僕の顔に密着してしまうだろう。恍惚状態に陥りながら、僕は夢見心地でお尻の丸みと、雌しべの香りを味わった。
「……飲んで」
優しい声がそう言った。すると雌しべの割れ目から、ぽたり、ぽたりと液が滴り、僕の顔にかかった。おしっこ、と思ったが違う。それはねっとりと粘り気があり、僕の顔にこびりついて、甘く清々しい香りを放っているのだ。
まるで蜜、または樹液。僕は口を大きく開けて、滴ってくる樹液を飲んだ。それが舌についた瞬間、胸がスーッとするような気持ちのいい甘さが広がった。ペパーミントのように爽やかだが、刺激や癖のない、不思議な味だ。
「あ……!」
ふいに、彼女の手が僕に触れた。下半身の、一番敏感な所にだ。労るような優しい手つきで僕の雄しべを撫で擦り、木が水を吸い上げるようにゆっくりと、快楽を与えてくれる。
彼女の息が雄しべの先端にかかった。くすぐったさに体がピクリと震える。それを楽しむかのように、彼女は雄しべを柔らかに刺激してくるのだ。
雌しべからは相変わらず樹液が滴っている。僕はいつしか彼女のお尻を掴んで引き寄せ、直接ソコに口をつけて味わっていた。雌しべのピンク色の洞窟に舌をねじ込むと、より多くの樹液がとろとろと垂れてくる。それを味わい、飲み干していく。
「んっ……いいわ……とても、イイ……♥」
艶かしく喘ぎながら、彼女はすべすべした手で奉仕を続けた。樹液の味と雌しべの卑猥さ、お尻の柔らかさと相まって、たまらない快感がわき起こる。玉袋の中からそれがこみ上げてくるまで時間はかからなかった。
「……だめ」
だが、もう少しでそれを出してしまうというところで、彼女は雄しべから手を離してしまった。一番気持ちいいであろう瞬間をお預けにされ、雄しべが急に寂しい感覚に襲われる。そして魅惑的なお尻と雌しべも、僕の顔から離れた。それでも僕の舌はずっと、雌しべを掻き回して樹液を舐める動きを続けていた。
そんな僕の顔を覗き込み、彼女は雌しべの割れ目を指で広げてみせた。樹液滴る、ピンクの肉洞を。それだけで、彼女の言いたいことは分かった。
「ココに……ね?」
「……うん。出したい」
僕たちは手を繋いだ。腰の上に跨がって、彼女はゆっくりと、雌しべと雄しべを接触させる。
「あぁ……」
「ん……♥」
互いに悩ましい息を吐きながら、彼女がさらに腰を降ろす。ねっとりと樹液をはらんだそこは僕の雄しべを滑らかに、そして温かく受け入れた。
「入っ、たぁ……♥」
うっとりと呟く彼女だが、僕はそれどころではなかった。先ほど味わった不思議な樹液が、柔らかな肉洞の中で雄しべに絡み付いてくる。ゆっくりと脈動する彼女の内側は、極限まで高められていた雄しべに止めを刺すのに十分すぎる気持ちよさだった。
口を開いたものの、僕は言葉を出すことができなかった。代わりに雄しべが激しく脈打った。こみ上げてきたものが迸り、雌しべの中を流れ出していく。自然と頬が緩んでしまうような、そんな開放的な射精だった。いや、受粉というのだろうか。全てが彼女の中へと、吸い上げられて行く。
「あ……あんっ……♥ そう、これ……これよ……♥」
すぐに出してしまったにも関わらず、彼女は嬉しそうだった。そして雌しべに抱かれた僕の雄しべは萎えることなど知らず、尚も怒張したまま肉洞と樹液に揉まれている。
「ね、もっと……そう、もっとしましょう……貴方を、待っていたの……♥」
笑顔に涙を浮かべながら、彼女がゆっくりと腰を動かす。樹液が卑猥な音を立てながら雄しべに絡み付いてくる。そして肉洞は彼女の優しさが表れているかのように、まろやかな刺激を雄しべに与えてきた。再びこみ上げてくるまで、ほんの少しの時間しか必要なかった。
「うん、僕も……あなたに、会うために……」
生まれてきたんだ。
その言葉はまたもや、射精の快楽によって声にならなかった。それを解き放っている間もずっと、彼女は腰を振っていた。恍惚に浸りながらも貪欲に精を吸い上げる彼女に、僕は喜んで受粉していく。雄しべと雌しべはまるで一つになったような一体感を生み出しており、それがたまらなく気持ちいい。
彼女もまた絶頂に達した。溢れた樹液を僕の胸に塗りたくり、マッサージしながら交わり続ける。
ときおり雄しべを雌しべから抜き、その豊満な胸で挟み込んで可愛がってくれた。僕が疲れてくると樹液を飲ませてくれた。
何度も何度も、数えるのが面倒になるくらい、僕は雌しべに受粉を行った。彼女も何度もうっとりと恍惚に浸りながら絶頂に達した。いつしか、僕の雄しべからは精が、彼女の雌しべからは樹液が止めどなく流れ出るようになった。
良い香りの樹液が周囲に溜まり、小さな池になっていく。だが精は一滴残らず、彼女の中に吸い上げられていくのだ。
「あ、はぁ♥ んっ♥ きもち、いい……♥」
「僕も、ああっ……あなたが、気持ちいい……!」
むせ返るような芳香に包まれ、僕は彼女と一つになっていった。
次第に僕の肌は硬く黒い樹皮に、指は枝に変じていくような、そんな錯覚を感じた。
それはあながち、錯覚ではないのだろう……。
………
……
…
どれほど時が経ったのだろうか。
温かく、甘い。まるで母体のような安心感。ここでは時間など、有って無いものかもしれない。
樹液の泉の中で、僕は目を覚ました。霞に包まれたその泉に半身を漬け、彼女はちゃんとそこにいた。裸で、そして、小さな女の子を抱きながら。
「……生まれたんだね」
「ええ」
幸せそうに微笑む彼女。その豊かな乳房に、緑の髪の女の子が吸い付いている。生まれたばかりのはずなのにもう体は成長しており、ちゃんと二本の脚で立って、美味しそうに母親のミルクを飲んでいた。
彼女は空いている乳房を手で持ち上げ、僕を見つめてきた。遠慮なく、僕もそれに吸い付く。
つんとした乳首を吸うと、とろりと濃厚なミルクが染み出して来た。元気が出る甘味だ。
「わたし、幸せよ……貴方のおかげで、また……」
僕の頬を撫でながら言う彼女。幸せなのは僕の方だ。ようやく、自分が生まれてきた意味を、あの力を持っていた意味を見つけられたのだから。そして何より、彼女を救うことができたのだから。
乳首が口から離れる。僕と娘は初めて目を合わせた。彼女によく似た緑の瞳には無邪気な光が宿り、僕を見てニコリと微笑む。
「パパ」
嬉しそうに僕を呼び、抱きついてくる娘。たまらなく可愛らしくて、その頭を何度も撫でた。
ふいに、股間がくすぐったくなる。娘が小さな手で、仕切りに僕の雄しべをまさぐっていたのだ。白い頬に赤みが差し、娘は僕をじっと見つめている。
「三人でしようか」
そう言うと、二人とも喜んで頷いた。
実の娘とそういうことをするのに、全く背徳感は湧かなかった。彼女たちはそういう存在なのだと僕には分かっている。そしてカルステンという人間だった僕もまた、その中に取り込まれた存在。
何をすべきなのかは分かっている。母親としたことを、娘にもしてやればいい。
妻は娘を抱っこして、その小さな雌しべに指を這わせた。未成熟に思われた娘の雌しべはたちまち樹液を垂れ流し、母と同じピンクの肉洞を見せてくれた。
「……パパ」
抱きかかえられたまま、娘は股を閉じたり開いたりしながら、潤んだ瞳で見つめてくる。もう一度その頭を優しく撫でて、雌しべに雄しべをあてがってやると、娘は仕合せそうににっこりと微笑んだ。
「ほら、入るよ」
僕は腰を進め、それに合わせて妻も娘の小さなお尻をゆっくりと押し出す。小さな雌しべは締め付けはきつかったが、それでもしっかりと僕の雄しべを受け入れてくれた。
「大丈夫?」
「あっ♥ んんっ……ウン、へいき……♥」
涙を流して喘ぐ娘だが、その涙が嬉しさと気持ちよさからであることも分かる。根元までしっかり入ると、僕は腰を前後させた。幼い娘の内側は一生懸命に雄しべを気持ちよくしようと、締め付け、収縮し、樹液を滴らせる。
そんな娘を応援するように、妻が娘の体を揺り動かす。僕の腰の動きに合わせて、お互いがうんと気持ちよくなるように。
「パパ……パパぁ……♥」
幼い樹霊は雌しべに受ける快楽によがり、甘えるように抱きついてくる。こんな可愛い仕草を見せられ、その行為を最愛の妻に見守られているのだから、高まるのもあっという間だ。
僕は妻と目を合わせ、こみ上げてきたものを解き放った。
「あンっ……ああんっ……ふあぁ♥」
途端に雌しべの締め付けがきゅーっときつくなり、迸った精を吸い上げていく。娘は雄しべの脈打ちが止まるまで、僕の胸に顔を埋めていた。
樹液がたらたらと滴り、娘が顔を上げた。蕩けた表情だった。妻がその頭を撫でて、良い子だと褒めてやる。そして口元に乳首を近づけ、ミルクをのませてあげるのだった。
「二人で、この子を……」
「そうだね。一緒に育てよう」
授乳する彼女の目を見て、僕は改めて決心した。この子を立派に育てていこう。そのために僕の精をありったけ与えてあげようと。
この子が大きく、天を衝くほど高くなって、あの平和な森と町を見守れるように。僕と彼女を引き合わせてくれた、ルージュ・シティを守れるように。
でも。
もちろん、最愛の妻である彼女とも……。
「ねぇ」
僕は彼女に雄しべを差し出した。
妻も嬉しそうに、自分の雌しべを指で広げる。
娘は乳房から口を離し、わくわくした表情で僕らを見つめている。
これから永劫に続く、彼女たちとの生活。それを思って、僕は生まれてきた喜びを噛み締めていた。
――fin
19/02/19 20:49更新 / 空き缶号